魔法科転生NOCTURNE 作:人ちゅら
「過去、
「それは禁止用語だぞ、
二科生に対する蔑称である「
とはいえ――
「取り繕っても仕方がないでしょう。それとも、全校生徒の三分の一以上を摘発するつもりですか?」
そう。一科生の過半数が、その言葉を慣習的に使用しているのだ。入学したばかりの一年生の中にすら、年長者から聞きかじったその言葉を使用する者がいた。彼らの多くはあたかも事情通であるかのように、背伸びする子供たちは誇らしげにそれを口にする。
慣習の通りに振る舞うことは、その社会に属することを表すものだ。だからこそ簡単には無くならないし、繰り返されることで既成事実とされてゆく。
――気に入らんな。
あなたの漏らした呟きは、その場にいた少年少女の目を引きつけるに十分な声量だったらしい。鷹揚で歳不相応な断定口調も、注目されるには充分だったのだろう。オロオロしていた
司波達也は半歩体を動かし、あなたと最愛の妹との間に体を差し込んでいる。見上げた兄妹愛、というべきだろうか。その向こうで深雪がわずかに身を固くしていた。警戒されているようだ。
そして血の気の引いた顔で、真由美はあなたに強い意志のこもった視線を送っている。約束を破るつもりもなければ、ここで下手な騒ぎを起こすつもりもない。あなたは彼女に「わかっている」と片手で応じ、小さく頷いてみせた。
そのやりとりを、摩利と服部が、それぞれ怪訝そうに見ていた。
気を取り直したのは、服部が先だった。
この中で唯一、彼だけがあなたと初対面だ。服部にとって生徒会室という自分の
「ええと、君は?」
――一年A組、
あなたの胸元の
「彼は今年の新入生次席です。本校の運営委員の説明をしているところでした」
よく言えば必要最小限、だが常識的には言葉足らずのその返答に、生徒会長が涼やかな声で補足した。
大きくなるほどと頷き返した服部は、そのまま生徒会長を眩しげに見つめ、惚けていた。小首をかしげた真由美に「はんぞーくん?」と呼びかけられて、ようやっと再起動する。……
照れ隠しの咳払いを一つ。服部はあなたに「なら君も理解しておくべきだな」と告げた後、再び摩利に顔を向けて話し始めた。
「
服部は上っ面ばかりは丁寧に、強く断言する。その言にあなたが
彼が唱えるのは原始の摂理、力の摂理である。それは
人間にせよ悪魔にせよ、意志ある存在が社会を形成するには
故にルールから逸脱する者を取り締まらねばならず、それには相応の力が必要になる。結果として、力ある強者が無力な弱者を支配する構造が出来上がる。
それはかつてあなたの幼馴染がひらいたコトワリであり、彼女があなたに膝を屈した後も曲げることのなかった信念だ。そして若き
原始の摂理、弱肉強食の社会で問題となるのは、強者が無分別にその力を弱者に向けた時だ。逆に言えば、強者が弱者を虐げず、その力によって保護している限り、原始の摂理は善となる。
それがたとえ差別意識に根差したものであっても、「弱者の保護」が目的であると
そのあり方は気に食わないが、拳一つで解決できるような問題でもない。長い目で見るのは良いとして、さて、
あなたが沈思黙考に耽っている間にも、彼らの話は進んでいた。
「あのな服部副会長
確かにあなたの【アナライズ】に映る摩利の能力なら、魔法師の卵が束になってかかったところで敵いはしないだろう。それが事実であるとしても、大した自信家である。
「もっとも、魔法を除いた体術だけなら、相当なレベルにありそうだけどな」
「そんなものは――」
「役に立たない、なんて言わないよな? この
「……! ですが」
「分かってる。校内でそこまで凶悪な魔法を使う
畳み掛ける摩利の言葉に、さしもの服部もすぐには言葉が出てこなかった。
「じゃあ何を期待しているの?」
言葉を止めて一呼吸置いた摩利に、どことなく力の抜けた声で真由美が問いかければ、待ってましたとばかりに摩利は人差し指を立てて持論を開陳する。
「今まで二科の生徒が風紀委員に任命されたことはなかった。それはつまり、二科の生徒による違反も、一科の生徒が取り締まってきたということだ。服部の言うとおり当校には、一科生と二科生の間に感情的な溝がある。一科の生徒が二科の生徒を取り締まる。だがその逆はない。この構造は、溝を深めることはあっても埋めることはないだろう? 私が指揮する委員会が、差別意識を助長するなど、私の好むところではない」
なかなか堂に入った摩利の演説は、場を静まり返らせるだけの力を持っていた。
なるほど流石は上級生、現場をよく理解した上での判断なのだろう。それがどの程度の実効力を持つかは分からないが、上手くすれば「現状に納得していない人間がいる」とアピールすることに繋がる。それが組織の長というのも面白い。この小さな箱庭におけるコトワリの闘争というわけだ。
ドラスティックな改革を求める性急さは、組織運営には危なっかしくも有る。だが、所詮は学内で学生に与えられた自治権だ。失敗したところで大きなトラブルにはならないだろう。あなたはそう
「はあ……そんなこと考えてたのね。てっきり達也くんが気に入ったから、引っ張り込もうとし――」
「会長」
あなたのそんな思索をぶった切った真由美の軽口は、冷ややかな鈴音によって阻まれた。だが一瞬で壊れかけた空気が、元に戻ることはない。理と情がないまぜになった空間で、服部もまた己の感情に理をまとって反論する。
この場において、服部はあきらかに孤立していた。摩利も真由美も二科生問題については改善したいと考えているようだし、鈴音やあずさは局外中立の傍観者となっている。深雪がどう考えているかはわからないが、
「会長。私は副会長として、司波達也の風紀委員指名に反対します。渡辺委員長の主張に一理ある事は認めます。ですが風紀委員の本来の職務はやはり、校則違反者の鎮圧と摘発です。魔法力の乏しい二科生に、風紀委員は務まりません。どうかご再考を」
それでも立場を変えずに言葉を連ねるのは何故なのか。
理非も知らずに騒いでいた
「待ってください!」
そこで初めて、司波深雪が動いた。彼女を背にしていた達也は、慌てて彼女を振り返り、彼女を制止しようと手を伸ばすが、彼女の言葉の方が早かった。
力のこもった視線を服部に向け、深雪は言葉を続ける。それは確信に満ちたもので、深雪の介入に目を輝かせていた摩利を驚かせるだけの力があった。
「僭越ですが副会長。兄は確かに魔法実技の成績は芳しくありません。ですがそれは実技テストの評価方法が兄の力に適合していないだけなのです。実戦ならば、兄は誰にも負けません」
とは言え、その言葉をそのまま鵜呑みにできる人間は、この場にはいなかった。むしろ
「司波さん」
その剣幕に当てられた服部の目もまた同じ。その声音は真摯でもあり、穏やかであり、さりとて自説を否定されたことに対する怒りのようなものは無い。彼女の言葉を真に受けてはいないということだ。
「魔法師は事象をあるがままに、冷静に、論理的に認識できなければなりません。魔法師を目指すものは、身贔屓に目を曇らせるようなことが有ってはならないのです」
ゆっくりと噛んで含めるように語られたその言葉は、幼い後輩に対して道を指し示そうとするもので、それ以外の含みは感じられなかった。達也を無視し、二科生を侮蔑するのも彼ならば、あなたの失礼にも怒らず、深雪に一般論を教え諭すのも彼だ。
理性がないわけではない。ただ思い込みが強すぎるのだろう。それは自分自身も同じことだった。落ち着いて観察すれば、色々なことが見えてくるものだ。
だが、そうした余裕がいつでも誰にでも有るわけではない。たとえば今、周囲の無理解な上級生らに憤る少女がそうだ。
余裕ある態度。
語られる一般論。
それらが彼女の焦燥をより煽ってしまうだろうことは、容易く見当がついた。殊更に子供扱いされた子供が癇癪を起こすのは、熟れた果実が木から落ちるようなものだ。ましてや服部は彼女の敬愛してやまない――らしい――兄を侮辱している。もはやこれに抗って自制できる思春期の少年少女の方が珍しいのではないだろうか。
そういう意味では服部の侮蔑を無視し、ただ妹の暴発にのみ反応している司波兄は不気味ですらある。
「お言葉ですが、わたしは目を曇らせてなどいません! お兄様の本当のお力を
「深雪」
「――っ!」
冷静さを失いかけていた少女は、ようやく発せられた兄の制止によって動きを止め、羞恥に染まった顔を隠すように俯いた。その愛くるしい姿に周囲の空気が弛緩する。彼女を微笑ましげに見つめていた面々からすれば、それは回避不能な攻撃力を持っていた。生徒会長に熱を上げているらしい服部ですら、一瞬目を奪われたほどだ。
そんな中、妹に柔らかな眼差しを向けていた達也が顔を上げ、ただ一人だけ無反応だったあなたと、目が合った。それはほんの一瞬のこと。探るような、警戒するような、理解できないものを見るような目線。しかし
「服部副会長。俺と模擬戦をしませんか?」
「……は?」
色惚けていた服部は、すぐには彼の言葉が理解できなかったようだった。
感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
なかなか弄りにくいシーンで、気を抜くと原作そのままになってしまうし、かといって省略できる話でもないし……で、何度もボツ稿を出してます。
そうして何度も書き直している内に服部副会長のコミックリリーフ色が強くなってしまい、薄めるのに苦労しました。(誰得なんだこれ)
おかげで予想よりも長くお待たせすることになってしまいまして、申し訳ない。
まだしばらく忙しい期間が続きそうで、次回の更新もお待たせするかもしれません。なんとか模擬戦まで終わらせたいんですが。