魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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模擬戦に関連した一高の慣習(入試上位陣が模擬戦漬けになる)は、本作の独自設定です。(原作には関連する記述はなかったと思います)



#025 ルールのある戦い

服部(はっとり)副会長。俺と模擬戦をしませんか?」

「……は?」

 

 達也(たつや)の言葉に、服部は一瞬その意味が理解できなかった。

 模擬戦とはその名の通り、戦いを模した訓練のことだ。軍事力として魔法師を欲する国家に大いに奨励されたそれは、安全のためのルールこそあれ実戦に近く、であるが故に残酷なほど実力差が露わになるものだ。

 

 魔法力の試験で合格平均を下回った二科の入学生が、一年を通して実技成績一位をキープしてきた自分に、あろうことかその模擬戦を申し込んできた。

 これが例えば「胸を借りるつもりで」「訓練のために」というのであるなら、向上心の表れと見なすことも出来ただろう――それでも服部は力不足として切り捨てていただろうが。だがこの新入生の意図がそこに無いことは、誰の目にも明らかだった。

 

「思い上がるなよ補欠の分際で!」

 

 故にその怒りは正当なものなのだろう。だが――

 

「……何がおかしい」

「いえ、()()()()()()()()()()()、なのでは?」

「っ!」

 

 それは達也の苦笑を誘い、痛烈な逆撃を招いただけだった。

 息を詰まらせ動揺を露わにする服部に、達也はなおも()()を続ける。

 

「標準化された魔法力の検査とは違って、対人戦闘スキルは戦ってみなければ分からないかと。別に風紀委員になりたいわけじゃないんですが……妹の目が曇っていないことを証明するには、仕方がありません」

 

 最後にはため息混じりの独り言のようにしめられた言葉は、もはや服部のことなど眼中に無いようですらあった。

 それが意図したものであったなら、司波(しば)達也という人間は人の神経を逆撫でする達人に違いない。まったく見事な【挑発】だと、あなたは他人事のように眺めていた。

 

「……いいだろう。身の程を弁えることの必要性を、たっぷり教えてやろう」

 

 声を震わせながらも服部が上位者として応じる立場を保てたのは、彼の矜持のなせる業か、あるいは突き抜けた憤怒が肉体に正常な振る舞いを強要したものか。

 

 

 これまで黙って成り行きを見守っていた真由美が、片手を上げて慌ただしく口を挿んだ。

 

「はいはいそれではここに二年B組・服部刑部と一年E組・司波達也の模擬戦の申請を、生徒会長権限で受諾します」

「生徒会長の宣言に基づき、風紀委員長として両者の模擬戦を課外活動として認める。(あたし)が立会人を務めよう」

「これより三十分後、場所は第三演習室。試合は非公開とし、双方にCADの学内使用を認めます。サインが居るわよね。お願い、あーちゃん」

 

 続けて承認を与えた摩利(まり)の声は、どこか楽しげだった。

 どこか対象的な二人の宣言により、正式な模擬戦として認められたことになる。校則で禁じられた()()にしないため、必要なことなのだろう。あとは宣誓書と、CADの使用申請書にサインを入れれば、手続き上は完了だ。午前中に授業で習ったばかりの手順が、目の前で展開されてゆく。

 

 必要書類をプリントアウトすべく、中条(なかじょう)あずさは慌ただしく端末を叩いた。

 

 

*   *   *

 

 

「風紀委員長として初めて承認する模擬戦が、こんな形になるとはな」

「その割にはノリノリだったじゃない、摩利。期待してたんでしょう?」

「新入りの実力を見るいい機会だからな。服部にどこまで食い下がれるか」

「司波くんの勝率は?」

「勝負はやってみなけりゃ分からないさ」

 

 模擬戦の手続きは驚くほど早く片付いた。

 普段の振る舞いからは想像もできなかったが、どうやら書記の中条あずさ、事務仕事の手並みは相当のものらしい。本人は「一年やってれば誰でも出来ますよ」と謙遜していたが、書類上の手続きだけでなく、各方面への口頭連絡まで一人で済ませてしまったのは大したものではないだろうか。

 CADを受け取りにいった達也と服部、それに同行した深雪を除き、手持ち無沙汰になった面々は、予定の時間よりも大分早くから第三演習室の前に(たむろ)していた。

 

 

「間薙くんは、どう? どっちが勝つと思う?」

 

 にこにこと楽しげに問うのは、言わずと知れた七草(さえぐさ)真由美生徒会長。この模擬戦を見物するため、先程まで億劫そうに書類にサインを入れていたのが嘘のようだ。日常業務や友人との軽口の間に調子を取り戻したようで、あなたの呟きに青ざめていた顔色も、いつの間にやら元に戻っている。

 

――ルール次第では?

 

「ほう。ルール次第では新入りが服部に勝てると?」

 

 あなたの答えに、食いついたのは渡辺(わたなべ)摩利だ。

 今さっき「やってみなけりゃ分からないさ」と軽口を叩いたばかりの人間の言うことだろうか。先ほどの様子では相性はよくなさそうだが、それでも摩利は服部の能力(うで)については認めているのだろう。その彼が侮られたと感じたのか。

 あるいは単に、同意されたのが気にくわなかったのかも知れない。

 

 とはいえ、あなたの答えは変わらない。

 模擬戦というものについては今日、授業の中でその概要がレクチャーされたばかりなのだ。詳しい内容について調べておこうと思ったら呼び出されて、あなたは今ここに居る。判断材料がまったく不足しているのだ。

 

――そもそも俺は、模擬戦がどんなルールで行われるのか知りませんので。

 

「じゃあ、どんなルールなら司波くんが勝てると思う?」

 

 今度は真由美が、興味津々といった様子で問うてきた。

 どんなルールなら勝てるか、か。

 

 確実なのは、()()()あたりだろうか。

 

 使える魔法を同じ威力のものに限定しての殴り合いになれば、モノを言うのは耐久力(HP)だ。

 達也のマガツヒ量なら、人間としては桁外れの耐久力(HP)があるはず。対する服部のマガツヒは、並の魔法師レベルでしか無かった。古式魔法の手合せならば彼に勝ち目はない。

 

「持久戦か。競技としては面白そうだが、あまり現実的ではないね」

 

 そう。

 現代魔法の普及した今の流行は一撃必殺、先手必勝とされる。

 

 この世界の現代魔法師の登場は、第三次大戦で熱核兵器の使用を防ぐという、ただその一点に端を発する。

 当時()()()と呼ばれていた彼らは数も少なく、また組織的な力を持たなかった。そんな彼らの取りうる戦術はただ一つ、不正規(ゲリラ)戦のみだ。そのため使用される魔法も対人用の、対象を一撃で無力化する威力が要求された。これは現代魔法師を特殊作戦チームとして運用する多くの軍事組織がその伝統を継承している。

 また、より強力な制圧力を求め、現代魔法に国防における抑止力たることを求めた先進国は、人間の耐久力(ソフトスキン)どころか特殊戦闘車両を蹂躙できる破壊力を実現させた。

 

 故に現代魔法師同士の戦いは先手必勝――先に当てたほうが勝つ――という身も蓋もないものと成り果てた。もちろん対抗魔法、防御魔法の開発も進んではいるが、()()()()()()()()という考え方が一般的だ。

 馬鹿げた丈夫さ(タフネス)を持った【悪魔(バケモノ)】たち相手に、手練手管の持久戦が標準となっている古式魔法師の戦場とは違う。

 

 

「で、どうするの? 無難なのは初弾命中(ファーストブラッド)だと思うけど」

「私が立ち会う模擬戦が、そんな()()()()()()()なわけないだろう? それに……」

「それに?」

「元々は司波が一科生を制圧できるかが問題だったんだ。ある程度納得のいく決着をつけさせなきゃ収まらないさ」

「そうよねえ」

 

 どうするつもりなのやら。司波達也(あの少年)は落とし所を考えて提案したのだろうか? それとも本当に、ただ妹の言葉の正しさを証明するためだけに行動したのか。

 

 先日の中庭での様子からは、二科生に対する偏見には、あまり良い印象を持ってはいないようだったが、今日は完全に無視していた。そのくせ妹がちょっと口論で押し負けそうになっただけで、危険を買って出るという暴挙。

 勿論、自信が有ってのことなのだろうが、どうも良く分からないところがある。本当にただのシスコン男なのだろうか?

 

 

「ところで真由美」

「なあに、摩利」

「なんでこいつも居るんだ?」

「あー……見学よ。ね? まあいいじゃない。このまま帰れ、なんて言われたって気になって仕方がないでしょうし」

 

 どうしたものかと考えているうちに、話題があなたへと移ってしまっていた。

 しかし好かれていないことは薄々勘付いていたものの、こうも分かりやすく迷惑がられるとは。直情径行でもあるのだろうか。

 

 放っておけば空気が悪くなりそうだったが、真由美がフォローを入れてくれたので、ひとまず任せることにした。あなたとしては、ただ「興味がある」という以上の理由はないのだ。拒否されるならば帰るしか無い。

 

 実際、あなたがここにいる理由は、あなたが現代魔法師――実際にはその卵に過ぎないが――の戦いというものを間近で見ておきたかったから、ただそれだけだったりする。あとはまあ、あの孤絶(ノア)の少年が何をしでかすつもりなのか、気になったということもあるが。

 

 

「それに、見ておいてもらったほうが良いと思うのよ。彼、()()だし」

「ほう」

「今年の首席は司波さんでしょう。そうなると……」

「服部と同じか。となると、こいつもしばらくは苦労するわけだ」

 

 む。苦労する、とはどういうことだろうか?

 あなたの疑問が顔に出たのか、苦笑いを浮かべながら真由美が講釈してくれた。

 

 

「新入生の成績上位者は毎年、上級生から模擬戦を申し込まれやすいの。特に総代はね。でも流石に女子に上級生がっていうのは風聞が悪いでしょう? だから総代が女子のときは、次席の男子に繰り下がるわけ」

「服部は去年一年そんな中で揉まれて、黒星は十文字(じゅうもんじ)(あたし)、それに真由美の三つだけだ」

「私は不戦勝でしたけど」

 

 なるほど、それならあの自信も頷ける。

 先日、クラスメイトとの雑談の中で聞いたのだが、十文字克人(かつと)、渡辺摩利、七草真由美の三人は、俗に()()()()()()と呼ばれる逸材らしい。ここ数年における魔法科高校生の中でも群を抜いた出来物(タレント)で、件の九校戦がらみで校外にもファンが多いのだとか。お蔭で彼らに憧れて一高を選んだ生徒も結構居たらしい。

 

 十文字と七草は、ともにこの国の現代魔法師の頂点に立つ十師族の子弟である。その圧倒的な魔法力は折り紙付きだ。そしてそんな彼らに並び称される渡辺もまた、将来を嘱望される逸材なのだろう。そのせいか、彼らとの模擬戦はエキシビジョン相当とされ、黒星も無効(ノーカン)とされる。

 

 先ほどの達也とのやりとりにしても、服部にとっては馬鹿にされたと言うより()()()()()()と感じたのかも知れない……まあ、どちらでも結果的には同じことだろうが。

 

 

 それはそれとして、あなたの学生生活は初っ端から波乱含みになるらしい。模擬戦そのものは望むところだが、先般の()()を守りながらというのは少々骨が折れそうだ。さて。

 

「どう、しますか?」

 

 あなたの思索を見透かしたように、真由美が殊更に柔らかな声音で問いかけてきた。その()は鈴音やあずさを困惑させただけでなく、隣りにいた摩利までもが思わずぎょっとし、のけぞったほどだった。

 

 だが、あなたにとっては驚きよりも懐かしさが呼び起こされる仕草だ。夫を持つとある女悪魔(ひとづま)が、まだ初心(うぶ)だったあなたにこうして不意打ちを仕掛け、よくからかってくれたのだ。その度にあなたの相棒(パートナー)は小さな足であなたを蹴り飛ばしていた。

 

 だがそんな刺激も繰り返されれば、じきに慣れてしまうものだ。あなたの反応が薄くなり、余裕を持って見つめ返すようになると、女悪魔はわざとらしく不貞腐れてみせるようになった。ちょうどそう、今の真由美(かのじょ)のように。

 

 

 言い知れぬ衝動(ノスタルジー)に突き動かされ、あなたはその膨れた頬を人差し指でつつく。

 

 ()()、と真由美は息を吹き出した。

 

「いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

 

 摩利の呆れた声が、あなたたち二人の笑いを誘った。

 

 

*   *   *

 

 

 詳しい話を聞こうと思ったのだが、予定の時刻までそう時間が無くなってしまっていた。あなたたちは連れ立って脇にあるカードリーダにIDカードを通し、第三演習室の扉を開ける。

 

 第三演習室は、ほぼ何もないシンプルな空間だ。凹凸のない床と壁は高価な衝撃緩衝材で覆われ、天井も高めに設計されている。「結局ルールはどうするの?」「実力が問題なんだから、実戦形式でいいんじゃないか?」などと話していると、ちょうどCADを取りに行っていた三人組が到着した。

 

 

 達也と何言か言葉を交わした摩利が、立会人として模擬戦のルールを慣れた口ぶりで告げる。はっきりと聞き取りやすい見事な滑舌で、これでは後からいちゃもんをつけることも出来ないだろう。

 今回の模擬戦のルールは、大まかに以下の通りとなる。

 

【許可】

 *捻挫以上の負傷を与えない直接攻撃

 *素手による攻撃(硬い靴は武器と見做すため学校指定のソフトシューズに履き替えること)

 

【禁止】

 *相手を死に至らしめる術式

 *回復不能な障害を与える術式

 *肉体を直接損壊する術式

 *武器の使用

 

【敗北条件】

 *自主的に負けを認める

 *審判に続行不能(負け)と判断される

 *開始の合図前にCADを起動する

 *上記ルールに違反する

 

 

 話を聞きながら、これはマズいことになったと、あなたは思わず唸り声をあげていた。傍に立った真由美が、不思議そうにあなたを見上げている。

 

 模擬戦のルールは思ったより細かく定義することが可能なようだ。戦況を定義するかわりに手段の制限を加えない、古式の「手合せ」とは勝手が違う。今回は素手攻撃を認めているが、これを禁じられればあなたの勝率はかなり大きく減じることになるだろう。

 建前としての要素が大きいとはいえ、模擬戦は魔法科高校の訓練カリキュラムである。当然ながら、現代魔法師の育成を旨としたものであり、それはただ戦闘力があれば良い、というものではないのだ。この建前の下、素手格闘術を禁止する可能性は十分に有り得る。

 

 これは早急にCADによる現代魔法を使った戦術を構築する必要があるぞと、あなたが考えをまとめている間に達也と服部は互いに開始位置へと移動し、摩利は腕を振り下ろして開始の合図をした。

 

 

 そして――

 

 

「勝者、司波達也」

 

 

 期待していた模擬戦は、ものの五秒で決着した。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。

人修羅さんの強さはルールの無い世界でのものなので、ルールのある戦いの中ではまだまだ未熟な部分もあったりします。その辺りをどう埋めていくのか? のあたりで現代魔法の話に絡められるかなァ、とか。
(といって急にトーナメント戦とかやったりするわけではありませんので、悪しからず)

次回はアッサリ終わってしまった模擬戦の戦評からになります。


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(20180417)誤字訂正
 244様、誤字報告ありがとうございました。

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