魔法科転生NOCTURNE 作:人ちゅら
本作に登場する武術・武道の術理は基本的にファンタジーです。現実にある同名のものと似たものもあるかもしれませんが、すべて似て非なるマジカル拳法とお考えください。
「勝者、
ものの五秒で決着したが、今の模擬戦、見るべきところは非常に多い。
まずは両者の使用武装、CADの違い。
対する達也は拳銃タイプの特化型CADを使用した。格納する魔法式の構成パターンを同じものに限定、また格納できる起動式の数そのものも九種に制限することで、処理速度の高速化を実現しているとか。また拳銃タイプのCADには照準補助の機能もついている。達也は自身の発動速度の遅さを補うため、起動式をカートリッジで交換できるこれを常用しているそうだ。
次に魔法の回避手段。
開始直後、服部は即座に左腕を達也に向けると、右手で左手首のCADを操作してみせた。淀みない動きは流石と言うべきだろうが、その時点で達也が一足飛びに服部の眼前に飛び込んでいる。服部は慌ててCADを再操作していた。
現代魔法は改変する情報体を正しく指定しなければならない。もちろん多少のズレは無意識下にある魔法演算領域で補正がかけられる。だがその達也の体術が
その刹那の時間で、達也は服部の顔面へと繰り出した掌底を寸止めにし、側面へと跳躍するように移動した。服部はその掌底を避けるように上体を捻り、バランスを崩した。この時点で服部の視界からは完全に消えてしまったことだろう。彼の魔法は完全にその目標を失い、エラーとなる。
最後に、勝利を決した攻撃手段だ。
だがこれについて、あなたは理解できていない。
服部の視界から姿を消した達也は、例の拳銃タイプのCADを構え、トリガーを引いて魔法を発動。またすぐに移動してトリガー、三度移動してトリガー。都合三回、彼は魔法を発動した……らしい。だが現象としてあなたに視えたものは、服部の後方から指向性の強いサイオン波が発生した。ただそれだけだった。実際、周囲には一切被害らしきものもない。
だが、その波に曝された服部は為す術もなく昏倒し、模擬戦は決着した。
* * *
立会人である風紀委員長の
称賛の拍手を受けても達也は平然と、部屋の隅にあるロッカーから自分のアタッシュケースを取り出す。大ぶりな拳銃型CADと、腰につけていた
服部の様子を確認しながら、摩利が背を向けた達也に声をかけた。
「しかし司波。最初の動きは自己加速術式でも使ったのか?」
「いえ、違います。俺の速度では、開始前に術式を準備しなければ間に合いません。それはルール違反ですよね」
「その通りだ。私も君が事前に魔法を準備していなかったとは思う。だが、だとするとあれほどの速さをどうやって」
摩利は彼の最初の動きに納得がいかなかったようだ。
分からなくもない。達也の挙動はそれだけ卓抜した
「そうよ摩利。それじゃあ達也くんはCADを二つ持っていたことになるじゃない」
「複数のCADの併用は、汎用型で特化型に匹敵する速度を出すより高等技術です。流石にそれは」
真由美と鈴音も、達也を擁護する。
というより、二人とも達也の体術にそれほど疑問を抱いていないようだ。
「いや、それはそうなんだが……」
だが、摩利はまだ納得がいかないようだった。
達也がルール違反をしたわけではないこと、そして摩利だけが疑問に思っているその理由を、あなたは理解していた。あれは純粋な、だが今となっては相当珍しい古武術の
――
「……そうだ」
あなたの指摘を、達也は憮然とした声で肯定した。
CADのメンテナンスをしている彼はあなたに背を向けており、その表情をうかがうことは出来ない。
渡辺摩利は、まさにその
あなたがそのあたりのことを説明し、更に深雪が「兄は忍術使い、
「しかし凄いな君は。そんな技術まで身につけているとは。期待以上だ」
彼女は嬉しそうに達也の肩を強く叩き、叩かれた達也は迷惑そうにひっそりとため息を吐いた。
「それではあの、攻撃に使った魔法も忍術ですか? サイオンの波動そのものを放ったようにしか見えなかったんですが」
「忍術ではありませんが、サイオンの波動というのは、正解です。あれはサイオンの波を作り出すだけの無系統魔法です」
そう。拳銃型CADから照射された魔法は、サイオンの波を射出するだけの簡単なものだった。それが体勢を崩した服部を貫くよう照射されたことまでは、あなたも理解している。
だがそれだけで何故、服部が倒れたのか。そこが分からなかった。イデアの層に存在するとされるサイオンの波動が直接干渉できるのは、同じイデアに存在する
あなたと同じように疑問に思った面々は、達也に解を求める眼差しを向ける。
背を向けたままの彼は、あれこれいじくり回していた拳銃型CADをアタッシュケースにしまうと、ようやくこちらへ向き返って「
「酔った? 一体、何に?」
その答えに問いを投げかけたのは、またしても真由美だった。
他の魔法師の魔法について詮索することは、一般的にマナー違反である。先日の
「魔法師はサイオンを、可視光線や可聴音波と同じように知覚します」
「それは魔法師になるための基礎的な技能ですね」
「ええ。ですがその感覚が研ぎ澄まされるほど、周囲のサイオン波に過敏になります。それが魔法の発動を知覚する技能にもつながるわけですが、その副作用として、予期せぬサイオンの波動に曝された魔法師は、それを空気の振動のように錯覚してしまうんですよ。その錯覚が肉体に影響を及ぼしたのです」
要は催眠術の
焼け火箸が触れれば火膨れになる
サイオンの波動という魔法師のみに知覚できる現象を使うことで、魔法師に対してのみ影響を与える魔法となる。強すぎるサイオン波に曝されることで魔法師が体調をおかしくすることは、たとえば例のアンティナイトを起動した際などに顕著だ。
「通常、サイオンの知覚は五感のどれかに変換して認識しますが、それは認識に言語化を要するためで、肉体的にはただ波としてのみ知覚します。ですから『揺さぶられた』と錯覚し、激しい船酔いに似た状態になるわけです」
達也は自分が使った戦術について簡単に解説した。
他人の魔法や戦術を詮索することは通常マナー違反とされるのだが、当人が気にしていないのであれば特に問題にはならない。とはいえ、手の内をその原理まで明かすとは大胆なことだ。
「しかし魔法師は普段からサイオンの波動に曝されているもの。サイオン波には慣れているはずよ? 無系統魔法はもちろん、起動式だって魔法式だってサイオン波の一種だもの。それなのに、魔法師が立っていられないほどのサイオン波なんて、そんな強い波をどうやって――」
「――波の
真由美の疑問に割り込むように答えたのは、やっと顔の
「振動数の異なるサイオン波を三連続で作り出し、三つの波がちょうど服部君と重なる位置で合成されるように調整して、三角波のような強い波動を作り出したんでしょう。よくもそんな、精密な演算ができるものですね」
「お見事です、市原先輩」
なるほど。一度の魔法では威力が不足するところを、重ねることで強化したということか。そしてその波動は服部が体勢を崩した地点で最大になるよう、調整が行われていた。服部の動きに合わせて振動数を調整していたということだろう。とんでもない話である。
ただサイオン波を一地点で合成するだけなら、もっと単純に、例えば波の発動地点で取り囲むようにしても可能だろうが、敢えて扇状に展開したのは観戦者であるあなたたちに被害が出ないよう配慮したのかもしれない。
実に手慣れた技。見事なものだ。
あなたが感心していると、鈴音が小さく手を挙げ、行儀よく質問を続けた。
「もう一つ、質問よろしいでしょうか?」
「なんでしょう、市原先輩」
「君は攻撃に魔法を三度、行使したように見えました。基礎単一系の小さな起動式とはいえ、移動しながらあれ程の速度で魔法が使えるなら、実技の成績が悪いとは思えないのですが……」
「ああ、それは――」
鈴音の問いに達也が答えようとした時、割り込むようにもう一つの質問が投げかけられた。
声の主は、中条あずさ。
達也がこちらへ振り返るまで、ずっと彼の手元を黙って凝視して少女である。
「あのっ! 司波くんのCAD、もしかして『シルバー・ホーン』ですか?」
「ええ。よくお分かりに――」
「本当に本物のシルバー・ホーンですか!?」
「ええ。あの、先輩。シルバー・ホーンの偽物が――」
「一般販売モデルはもっと銃身が短かったと思うんですけどそれ限定モデルですよねっ!?」
「え、ええ……」
「やっぱり! 何処で手に入れたんですかっ?」
矢継ぎ早の質問に、さしもの達也も戸惑いの表情が隠せない。
だがそんな彼の様子などお構いなしに、あずさは己の想いをまくしたてる。
「あの……あーちゃん? シルバーって、
見かねた真由美が声を掛けると、振り向いたあずさの表情がパッと明るくなる。
友人知人に
「そうです!
曰くループ・キャスト・システムとは、起動式の最終段階に同じ起動式を魔法演算領域内に複写する処理を付け加えることで、魔法師の演算キャパシティが許す限り何度でも連続して魔法を発動できるように組まれた起動式のこと。だそうだ。
通常の起動式が魔法発動の都度消去され、同じ術式を発動するにもその都度CADから起動式を展開し直さなければならないのだが、これによってCADから起動式を吸引して魔法演算領域に展開する手順を省略し、同じ起動式の魔法に限られるが魔法の連続行使速度を飛躍的に向上させたとか。
「それでですね、シルバー・ホーンというのはそのトーラス・シルバーがフルカスタマイズした特化型CADのモデル名なんです! ループ・キャストに最適化されているのはもちろん、最小の魔法力でスムーズに魔法を発動できる点でも高い評価を受けていて、特に警察関係者の間ではすごい人気なんですよ! 現行の市販モデルなのにプレミアム付きで取引されているくらいなんですから! しかもっ――」
「あーちゃん、ちょっと落ち着きなさい」
早口でまくしたてるあずさの頭部に、真由美はチョップを入れて制止した。あずさは息継ぎを忘れていたのか、呼吸も荒く胸を大きく上下させている。だがその視線は達也の手元のアタッシュケースに固定され、【
「でも、リンちゃん。それっておかしくない? たしかにループ・キャストに最適化された高性能CADを使えば、発動は高速化できるでしょうけど……」
「ええ。ループ・キャストはあくまでも、全く同一の魔法を連続発動するためのもの。サイオン波を放つだけの無系統魔法といっても、波長や振動数が変われば、それに合わせて起動式も変える必要があります。同じ起動式を自動生成して繰り返し使用するループ・キャストでは、先程のように異なる振動数の魔法を作り出すことは出来ないはずです。いえ、もちろん振動数を変数にして、魔法演算領域で生成するようにすれば不可能ではありませんが、あの状況で座標、強度、持続時間に加えて振動数まで変数化するとなると……まさか、それを実行したというのですか?」
「多変数化は処理速度としても、演算規模としても、干渉強度としても評価されない項目ですからね」
処理速度、演算規模、干渉強度は、国際的な魔法力の評価基準だ。それらと無関係な彼の能力は、魔法力として評価されることはない。だからこそ彼は二科生という立場に甘んじている。
肩をすくめて答える達也の声は醒めたもので、だからこそ言外の肯定には強い説得力があった。
鈴音はもとより真由美や摩利までもが言葉を失い、この
達也の技量――それは
もはやこの場に彼の腕前について異議を唱えるものはいないだろう。
第三演習室には再び拍手が沸き起こった。
つられてあなたも手を鳴らし、彼の技量を称賛する。
そんな中で、サイオンの層たるイデア次元よりも尚深く、マガツヒの
服部が昏倒した現象と達也の
だが
それが何なのか、この僅かな時間では把握できなかった。
* * *
その後、服部が自分の非を認めて深雪に謝罪し、彼女がそれを受け入れたことで、この興味深い茶番劇は幕を下ろした。
服部は達也を無視したが、達也は気にする様子もない。
一連の騒動はこれでひとまず決着、ということなのだろう。
真由美が解散を宣言し、その場にいた面々は揃って生徒会室へと戻ることとなった。
あなたも、まだ聞きたいことがあったので生徒会室へ同行する。
その途上、あなたは達也に声をかけられた。
「よく知っていたな」
はて、何のことだろうか?
「古武術には詳しいのか?」
ああ、
古式魔法師の中には魔法のみならず、伝統とされる技術を尊重する者が少なからず存在する。そのため、現代魔法の埒外にあるさまざまな技術を研究、保護している人間もそれなりにいるのだ。
また、あなた自身もかつては
さらにあなたの仲魔の中には、かつて人間だった者、後の世において英雄とされ、伝説によって
前世で妻と死に別れた後は、彼らの技を見、学ぶことも、あなたの無聊を慰めたものの一つだった。
だからまあ、詳しいのかと尋ねられたあなたは、小さく頷いてこう答えた。
――それなりには。
そうあなたが頷いた次の瞬間、あなたの眼前に拳が現れた。殺気はないが、打つ気はある。放っておけばあなたの鼻っ面を強かに打ちつけるだろうそれを、あなたは柔らかく左手で受け流すと同時に、相手の胴体があるだろう空間に
すべての動作を歩きながら、自然体の中で拳を交わした二人に気付いたのは、達也の後ろをついてきて、彼の一挙手一投足に注目していた深雪一人。
「
――
同じ答えを繰り返したあなたに苦笑いを浮かべた達也は、あなたに「すまなかった」と小さく謝罪すると、言葉を失っている妹に歩み寄り、その肩を抱いた。
まあ急に目の前であんなことが始まったら、誰だって驚くだろう。
退散退散。
あなたは歩を早め、前を行く真由美たちの群れに合流した。
感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
「波の合成」のロジックについて理解が不足している可能性があるため、ほぼ原作の抜書きになってしまっています。当該箇所については、後で修正するかもしれません。
たぶん人修羅さんの晩年のフィルムコレクションには「成龍伝説」(P4で花村がヒビ入れたやつ)とか有ったと思います(笑)
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(20180522)誤字訂正
244様、誤字報告ありがとうございました。
(20180423)誤字訂正
銀太様、誤字報告ありがとうございました。