魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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大変お待たせしました。

持病が悪化してこの方、生活環境が激変してアレコレしている間に時間が過ぎてしまいました。
調子の良いときに少しずつ書いていければと思っていますが、正直どこまでやれるかは分かりません。

また忘れた頃に更新されるようなことになるかもしれませんが、気長にお付き合い頂ければ幸いです。


長くなったのでエピソードを分割しました。


#028 部活連執行委員(1)

 4月12日――火曜日。

 

 真由美(まゆみ)の勧めで部活連――課外活動連合会――執行部への専属を取り決めた翌日から一週間、あなたは久々に「忙殺される」という心地を味わった。

 

 それは朝、登校時から始まる。

 

 

*   *   *

 

 

間薙(かんなぎ)

 

 朝8時39分。昨日とほぼ同じ時間に教室に入り、時間割を確認するために端末を弄っていると、廊下からあなたを呼ぶ声がした。

 声の主は、十文字(じゅうもんじ)克人(かつと)。日本の魔法師たちの頂点に立つ十師族(じゅっしぞく)の一つ、十文字家の嫡男であり、この魔法大学附属第一高校において三巨頭(ビッグスリー)と呼ばれる三人の優等生の一人だ。新入生も最初はただそのプロレスラーのような目を引く巨躯に驚くばかりだが、彼の訓練風景を目の当たりにして恐れ慄くようになり――練習相手がゴムボールのように弾き飛ばされる様子(さま)を見れば誰だってそうなる――、やがて正しく畏怖するようになる。

 

 その彼が、あなたを呼んでいた。

 

 あなたの周囲にいたクラスメイトたちは、恐る恐るあなたと十文字とを交互に見やり、わずかに身を引いた。彼はただ実務的であるだけなのだが、愛想のない大男の振る舞いは、苛立ちを露わにしているようにも見えてしまう。十五歳の少年少女に「睨まれては敵わない」と思われたとしても仕方があるまい。

 そういうあなた自身、日本人としては面立ちにやや険があり、また先日の騒動で森崎(もりさき)を挑発する等、怖がられる要素は十分に持ち合わせている。そのため「すわ模擬戦(けっとう)か」と誤解を受けていたりもしたのだが、今は横に置く。

 

 あなたはゆるりと席を立つと、廊下に出て十文字と向き合った。見れば見るほど大きな図体をしている。肉体美の極致を愛でた古代ギリシアにおいても、彼であれば文句なしに英雄と見做されたことだろう。あなたはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

――何用か?

 

「放課後、16時までに準備棟の部活連事務室だ」

 

――分かった。

 

 おおかた各部活への面通しか挨拶回りといったところだろう。昨日の今日ので忙しないことだが、彼からすれば待望の欠員補充が行われたのだ。心変わりしないうちに確保しておきたい気持ちはよく分かる。

 それにしても24時間法での指定とは、とあなたは少しズレたところで感心していた。

 

 無愛想な二人のやり取りを勘違いした生徒たちが騒いでいたが、あなたは気にせず自分の席に戻ると、胸ポケットから取り出した情報端末に予定を入力してゆく。思えば自分でスケジュール管理をするのも久しぶりだ。

 これまでは家に帰って家事妖精(シルキー)に告げれば済んでいたが、これからは校内でも忙しく動き回る必要があるようだし、彼女をこちらに呼び寄せるわけにもいかない。第一シルキーが家から離れるわけがないことに気付き、益体もないことを考えたと、あなたは小さく苦笑いを浮かべた。

 

 

*   *   *

 

 

 午後の授業が15時に終了して後、明日の予定を個人用の情報端末にコピーしてからあなたは席を立つ。

 あなたが古式魔法師であることを知る人間は、一様にあなたが情報端末を使いこなしていることに驚いていた。やはりCADを用いずに魔法を行使することや、「古式」という呼び名そのものから、機械に対して不寛容な部分があると思われていたらしい。

 偶然その光景を見ていた光井(みつい)ほのかにも――

 

「古式の人も情報端末とか使うんですね」

 

 と、少々驚かれてしまったりもした。

 そう思うのも仕方のないことではある。確かに古式魔法師の中には機械を遠ざけ、忌み嫌う意固地な者もいるのだ。だがそうかと思えば、そうした振る舞いを古式魔法師らしさのパフォーマンスと割り切り、電子機器はおろかCADすら使いこなす者もいる。

 結局のところ、それは流派や個人の資質次第なのだとあなたが説明すると、「そういうものか」と皆あっさり受け入れていた。力の優劣についてはともかく、それ以外のことについては彼らは思いの外、寛容なようだった。興味がない、と言い換えても良さそうだが。

 

 

 廊下に出れば、どこか場違いな空気を漂わせて佇む司波(しば)達也(たつや)と、それを遠巻きにする、先日騒動を起こした一科生たち。彼らも流石に再度因縁をつける蛮勇は持ち合わせていないようで、ただ小声で二科生である達也を嘲笑い、また彼に惑わされたとある美少女の将来を憂う。「未来ある我々と共にあるほうが彼女のためになるのに」と、自分たちを持ち上げることを忘れずに。

 

 その歪んだ小人たちの悪意の輪を、凍てつく冷気が切り裂いてゆく。今さら誰の仕業かなどと語る必要もなかろう。寸前まで苛立ちを隠した面差しは、達也を捉えた途端、花が咲いたように明るいものへと変わった。そのあまりに劇的な変わりように失笑したあなたになど、誰も気を払わない。

 

 「お待たせしました」と彼の妹、司波深雪(みゆき)が駆け寄る。柔らかくたなびく艷やかな黒髪と、鈴を転がしたような声音、そして何より艶やかな笑顔に皆が見惚れ、動きを止めた。この場において「美は力」とは真理であった。あなたを除いた誰もがその美に言いしれぬ()を感じ、ほう、と溜息を吐く。

 「行こうか」と達也が深雪を促して、周囲のありさまなど一顧だにしない兄妹はその場を立ち去った。

 どうやらそれで、今日の見世物は終幕のようだ。

 

 

 先ほどの一幕など最初からなかったように、誰もが三々五々に散ってゆく。ほのかと雫に一緒に帰ろうと誘われたものの、残念だが今日は用があるからと断り、予定の時間までしばらく雑談に花を咲かせる。

 他のクラスメイトらも合流し、思春期の少年少女らしい益体もない時間を楽しんだ後、皆と別れてあなたは約束のとおり準備棟へと足を運んだ。

 

 

*   *   *

 

 

 準備棟一階の端、「部活連事務室」と書かれた扉の前で仁王立ちしている十文字のフットワークの軽さは、正直すこし予想外だった。

 

「む。来たか」

 

――待たせ、ましたか。

 

「構わん。約束の時間には間に合っている」

 

 あなたの慣れない丁寧語の返事に、十文字は気にするなと首を振る。

 だが彼の隣に居た生徒はそうはいかなかったらしい。

 

「だとしても、もう少し早く来ることは出来たんじゃないか?」

 

 わずかな苛立ちの感じられるその声を、あなたはつい先日、聞いた覚えがあった。生徒会副会長の服部(はっとり)刑部(ぎょうぶ)だ。

 

――早すぎても迷惑かと。

 

 ここは新入生らしく頭を下げておけば済みそうなところだが、あなたはつい、言葉を返してしまう。

 人里離れた暮らしに忘れていた対人技能も、東京に出てきて急激に取り戻しつつある……と、自分では思っていたのだが、そうそう上手くはいかないようだ。

 要らぬ半畳を入れてしまい、案の定、服部には顔を顰められてしまった。

 とはいえあなたが気になったのは、その隣で十文字が片眉をあげ、何か面白いものでも見たようにニヤリと口角を上げていたことの方だったが。

 

「……いいだろう。それくらい(はら)の座ったやつでなければ務まらんからな」

「苦労するぞ、君」

 

 嬉しげに口角を上げた十文字と、肩を落としてため息混じりにつぶやく服部。二人の言葉に部活連執行部とはどんな魔境なのかと、あなたは思わず左手で顔を塞いだ。

 

 

*   *   *

 

 

「紹介する。部活連(ウチの)執行部、期待の新人だ」

 

 十文字に先導され、連れてこられたのは準備棟二階の会議室であった。月に一度の連絡会議のためだけに作られたその部屋に、数十人からなる少年少女が集まっていたのは、(ひとえ)にあなたという新入りと面通しをするためだ。

 部屋に入るなり無骨な最上級生はただそれだけ言うと、あなたの肩を掴んで皆の前に押し出した。

 それは見事な丸投げだった。

 面通しという状況こそ予想していたものの、たった一言で放り出されると思っていなかったあなたは流石に面食らったが、どうにか立て直して軽く会釈をしながら自己紹介を始める。

 

――1年A組、間薙シン。……

 

 所属と名前。新しい肩書き。現状の所信表明。そして最後に挨拶の言葉。

 形式的(ありきたり)な自己紹介ではあるが、高校一年生にしては十分丁寧な部類だろう。実際、堅物(カタブツ)と認識した者もいたようで、「うるさそうだな」というボヤき声も、壁際に立っていた服部に目をやり「服部二世だ」という声も聞こえた。

 

 あなたが自己紹介を終えると、「分かってると思うが」と服部が言葉を続けた。

 

「十文字会頭は受験を控えておられるし、ご実家の事もあってお忙しい。自分も今年は生徒会副会長の任に(あずか)ったことで、こちらにはあまり顔を出せなくなる。よって彼が部活連執行部の窓口となることは内定と思ってもらっていい。これから一ヶ月は引き継ぎで同行させるから、覚えておいてくれ」

 

 服部はよく通る声で、あなたにまつわるおおよその事情を説明してゆく。後半ちょっと聞き捨てならない話も聞こえるが、先日の話から予想しなかったわけでもないので、ひとまず話が終わるまであなたは待つことにした。

 あなたの知らないうちに、あなたの行動指針を誰かに決められてしまったことは、あの戦いの日々(ボルテクス界)に放り込まれてからというもの、枚挙に(いとま)がない。それが相手の説明不足によるものか、それとも相手の身勝手によるものかはその時々によって異なるが、どちらにせよ、そうした状況になったらさっさと状況改善(レベルアップ)に勤しみ、問題(BOSS)解決(たお)してしまった方が早いことを、あなたは経験から学んでいた。

 もっとも、誰よりもあなたに面倒を押し付けた(つま)には「あなたがそんなだから、誰もがあなたに面倒を押し付けるんだ」と笑われたものだったが。

 

「目ざといやつは知ってると思うが、彼は今年の次席入学で、魔法力の基礎スコアも既に国際A-クラスの逸材だ」

 

 おお! と、部長たちが一斉にどよめいた。気の早い何人かが手を上げて「うちに来ないか?」「一緒に体を鍛えよう!」「カラテやろうぜカラテ!」などと前に出ようとしている。が、服部はそれを片手で制して言葉を続けた。

 

「だが諸君には非常に残念なことと思うが、彼の勧誘は無しだ! 彼自身、特定の部活動への参加は考えていないと聞いている」

 

 ざわめいていた室内が途端にブーイングの嵐となる。すぐに「横暴だー」「部活選択の自由の侵害だー」「部費もっとよこせ」だのとシュプレヒコールを上げ、拳を突き上げる面子も現れた。なんというテンプレ、とあなたが思わず失笑すると、騒ぎはもっと大きくなった。

 思春期の少年少女たちの代表たる面々は、この時代でもノリの良さがモノを言うのだろう。部活動に参加するのも楽しそうだな、とあなたの心は少しだけ揺らぐ。

 

 シュプレヒコールのネタが尽き、一瞬静まったタイミングで服部は再び口を開く。

 

「彼は部活連(われわれ)執行委員の()()という日の当たらない仕事を、快く引き受けてくれた。勧誘や模擬戦などで煩わせることがないよう、各部とも部員への通達を徹底しておいて欲しい」

 

 “専任”と言った直後から、明らかに部長たちの反応が変わった。

 一言で言えば「本当に?」という疑惑と不信が一気に広まったのだ。これまでは他の執行委員と同じように、どこかの部活との掛け持ちを想定していたのだろう。だから勧誘を禁止したことも、おおかた服部が自分の部活なり、彼の口利きで都合のいいところに斡旋するつもりかと勘ぐっていたのだ。そりゃあ横暴だと声を上げても無理からぬこと。

 まあ、そうだったとするなら、今度は「あなたがそこまで物分りの良い子供に見えるのか?」といった疑問が生じるのだが。

 

 服部はそうした反応を予想済みだったようで、あなたに「そうだな、間薙?」と確認を取り、あなたがそれに頷くと、彼らの反応は「正気か?」「騙されてるんじゃ?」「点数稼ぎ?」「だったら風紀委員か生徒会だろ普通」といったものへと変化した。

 

 ……部活連の仕事、どれだけ面倒くさがられてるんだ。

 この調子では少なからぬ改善(カイゼン)を考えなければならないだろう。

 

 早まったかな? と、あなたはこっそりため息を吐いた。

 




【巻き戻しについて】
どうにもズルズルと話が伸びてしまいそうだったメガテンルートは後回しにさせていただくことに。

すぐ終わらせるつもりだったんですが(当初プロットも「異界ビルで悪魔を倒す/〇〇派の情報を得る」くらいしか無かった)、いざ書いてみると次から次へとネタが思い浮かんでしまって、プロット組み直したり未登場キャラの設定調整したりと試行錯誤しているうちに時間が過ぎてしまいまして。これではイカンということでロールバックさせていただきました。
といっても人修羅さんがターミナルビルで一仕事やっつけてきた事実が無くなるわけではありません。そちらを楽しみにしてくださっていた方々には、今しばらくお待ち下さい。(ちょっと整理してからひとまず外伝として別に立てようかと考えています)

(どうでも良いことですが「CAD=キャド」って読みたくなるのが困りものです)

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(20190421)加筆修正
 「部室棟」を「準備棟」に修正しました。

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