魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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冒頭ちょっと時間がジャンプしていますが、前話(部長たちとの面通し)のシーンの続きです。

【加筆修正】
・屋敷の所属を柔術部から空手部に変更しました。



#029 部活連執行委員(2)

 民家もまばらな八王子盆地の西のはずれ。

 ぽつりと建った小さな二階建てのアパートが丸々、現在のあなたの下宿先である。下宿といっても()()()世話係が居るわけでなく、同居人も以前と全く変わらない。第一、あなたが住処とする場所は異界化してしまうのだから、あなたにとっては「一軒家がアパートに変わった」程度の違いでしかなかったりもする。

 

 西側に山地を持つ八王子盆地は、それだけ夜も早く訪れる。あなたが四十人近い部長らとの面通しを終え、簡単な書類の確認作業をそれなりに手際よく片付けた頃には、陽もとっぷり沈んでしまっていた。アパートに着いたのは、日没から更に二時間後のことであった。

 

 

「おかえりなさいませ。……先にお風呂になさいますか?」

 

 深々と頭を下げた家事妖精(シルキー)が、珍しく普段とは異なる提案をしてきた。

 体育の後にはシャワーも浴びているし、異界(しごと)帰りというわけでもない。はて、そんなに汚れたり臭ったりはしていないはずだが? と訝しんだあなたに、彼女は「お疲れのご様子でしたので」と声を抑えて言葉を継ぐ。

 戦闘においては敵無しの人修羅とはいえ、苦手なことを繰り返していれば気疲れもする。傍目には気付かせないようにしていたつもりだが、流石に十年ほぼ毎日顔を合わせていれば、そういったことにも隠しきれないようだった。

 

――ん。そうしよう。

 

 あなたは小さく頷くと、カバンをシルキーに預けて風呂に入ることにした。

 

 

 学生向けアパートの小さな浴室は、小市民であったあなたの心を優しく解きほぐしてくれる。

 仲魔たちが勝手に居候している隣室は異界化しており、その浴室は古代ローマの公衆浴場(テルマエ)の如し。そちらに足を運べば華やいだ空間を楽しむこともできるのだが、あなたはこの小さな風呂を好んだ。不用意にあちらに行けば、下には置かない勢いの女悪魔たちが、あなたの世話を焼こうと群がってくるからだ。

 

 前世ではその価値に気付いていなかった“高校生”という貴重な時間。西暦2095年という未知の時代。現代魔法という未知の技術。どれもあなたの興味をそそるものばかりだ。厳しい戦いを乗り越えたあなたであっても、精神は疲弊するし、ひとり静かに物思いに浸りたいときもある。

 故に開放的でありながら一人になれる貴重な時間を、あなたはゆったりと堪能する。

 

 今日は一日、各部部長との顔合わせ、それに書類確認を名目にした雑談だけで終わってしまった。

 初対面の人間と挨拶を繰り返すというのは、思っている以上に疲れるものだ。前世の経験に加え、今生の家業であれこれ人と会う機会は有った。だからある程度は慣れているつもりであったが、そうもいかなかった。肩書きも立場も機能しない、純粋な個人同士のコミュニケーションというのは、ほとんど学生時代にしか機会のない、なかなか稀有な技能なのだから。

 

 だがまあ一応の目的──あなたが現代魔法に慣れるまでの時間稼ぎ──は達成できそうだし、部活連も面白そうな職場になりそうだ。まず悪くはない結果を得られたと、先ほどのやり取りを思い出しながら、あなたは湯船にとっぷりと浸かる。

 

 

*   *   *

 

 

 遡ることざっと五時間。

 

 服部(はっとり)刑部(ぎょうぶ)からの一方的な通達がなされ、あなたは部活連執行委員の就任が決定した。

 だがそれで終わるほど、聞き分けの良い生徒たちばかりではない。

 

 ざわめく各部部長たちの中から、一人の男子生徒が手を上げた。

 

「空手部部長の屋敷(やしき)だ。よろしくな、間薙(クン)

 

 と、あなたにウインクをして自己アピール。身長はそれほどでもないが、挙手された腕は筋肉質でうっすらと血管が浮き出ている。その面立ちも打撃系格闘技のプレイヤーらしい無骨なものだった。だが同じく筋肉質で無骨なイメージの十文字(じゅうもんじ)克人(かつと)と違って、こちらは笑顔の絶えない人懐っこい性格が見て取れる。

 他の部長たちから囃し立てられて「任せとけ!」と応じるなど、明るいキャラクターが場を和ませる。きっとムードメーカーなのだろう。

 

「服部よう」

「なんだ?」

「話しておくのは良いけどよ。全員(600人)に面通しするわけにもいかんだろう。知らんで勧誘したり模擬戦(ケンカ)ふっかけたりってのを止めんの無理だぜ?」

「むぅ、それはそうか。なら腕章を」

 

――却下で。

 

 屋敷の意見に対して服部が脊髄反射で提案しようとした対策を、あなたは最後まで言わせなかった。一週間ほどの短い期間ではあったが、腕章をつけた生徒といえば巡回をしていた風紀委員と、あとは入学式の際に誘導をしていた生徒くらいのものである。新入生が一人だけそんな目立つものを常時付けていたら、完全に晒し者ではないか。

 

 眉をひそめたあなたのインターセプト(ツッコミ)に「おおー」「やるな」と感心する声やら、「服部がボケ?」などの笑い声、「やだちょっと可愛い?」「クール系?」と黄色い声やらが上がり、騒がしくなる。

 一挙手一投足に注目されるのは、人里離れた暮らしに慣れたあなたには、少々つらい。まあ理解できないところで笑いが起こるのは、DARK(おかしな)悪魔連中の相手で慣れてもいるのだが。

 

「会頭、いかがしましょう?」

「知らずに声をかけたものまで罰するわけにはいくまい」

「じゃあ――」

 

 服部に問われて一理あると頷く十文字に、我が意を得たりと空手部部長が身を乗り出す。だが……

 

「だがそれが言い逃れの口実にされてしまえば、通達が無意味になるだろう」

「うっ」

 

 なるほどそれを狙っていたのかと、あなたは得心する。年相応の気安い口調に似合わず、空手部部長は頭の回転が早そうだ。

 指摘されて口ごもったあたり、アンフェアであることは自覚していたのだろう。乗り出していた身を引いてみせてはいたが、不満の色は消えない。

 

 それだけ望まれていると思えば、あなたも悪い気はしない。

 とはいえそれがまた騒動の種になるとするなら、それはあなたの望むところではなかった。

 

「ふむ……まあ新人が一人でも欲しい気持ちは分からんではない。まして腕の良いやつなら特にな」

 

 十文字が部長たちの振る舞いに理解を示すと、いかにも重い決断であるように深く頷いて見せ、妥協案を提示する。

 

「ならば間薙の勧誘禁止は、今月いっぱいとしよう。5月1日に解禁とする。勧誘週間(ばかさわぎ)の後始末にも人手は必要だからな」

 

 その提案に、興味津々といった眼差しの各部部長たちも、そういうことならばと納得したようだった。念を押すように服部が「新歓期間が過ぎているから駄目だ、なんてことは言わないから安心してくれ」と付け加えていたが、これは当然だろうという面持ちでスルーされていた。口にした当人が少し悔しそうな表情をしていたあたり、あるいはジョークのつもりだったのかもしれない。

 

 そんなわけで部長たちの方は一応の納得を見たわけだが、あなたの方はそういうわけにもいかない。面倒を避けるために部活連の執行委員になったはずが、これではあなたの安寧の時間はほんの一月も存在しないことになってしまう。

 あなたに非難の目を向けられた十文字は、思い出したように「あー、すまん」と再び全員の注目を集めると、仏頂面で補足説明を始めた。

 

「大したことではないんだが、言い忘れていた。間薙の部活連入り(こんかいのはなし)は元々、七草(さえぐさ)生徒会長の提案だ。公私混同するやつではないから心配は要らんと思うが、余計なことをすれば予算会議で一言チクリとやられるくらいはあるかもしれん」

 

 ……それは十分、大したことなのではないだろうか?

 そら、部長たちが再び不安げな顔をしだしたではないか。

 

「繰り返しになるが、執行部の仕事は順次、間薙に引き継いでいく。権限も、まあ責任はもちろん俺や服部が持つが、じきに現場での判断も任せることになるだろう。施設利用、外出申請、部費の出納、トラブルの仲裁、他諸々な。それなりに忙しいことは知っての通りだ。仕事の邪魔になるような勧誘は控えてくれ」

 

 前世の記憶に沿うなら部費の出納など、生徒自治に任せるには権限が大きすぎる気もするが、この時代においてはそう珍しいことでもないらしい。まして魔法科高校は、早熟が求められる魔法師を育てる教育機関だ。権限を与えることで責任意識の醸成を、などと企図しているのかも知れない。

 

 そんな具合にあなたが思考を脱線させている間にも、十文字はさらなる追い打ちをかけていた。

 

「それからな。勧誘週間が終わり次第、俺は間薙と模擬戦を行うことになっている。俺も楽しみでな──」

「分かった。それ以上言うな。今月いっぱいだろ。そんくらいは我慢できる。なあ?」

「そうか」

 

 非常に(おとこ)くさい笑みを浮かべる十文字に、空手部部長は両手を挙げて降参のポーズを示すと、後ろで顔を青くしている部長連中に同意を求めた。ある者は諦めを、ある者は恐れを、そして一部のいかにも体育会系の──それも実戦派と思わしき──面々はあなたに対して哀れみのような視線を向けつつ、それに承諾の答えを返す。

 ほんのわずかに斜に構え、口角を上げて「これでいいだろう」とあなたを見やった十文字に、小さく頷き返して苦笑い一つ。

 

 もしかしたらアレは彼の()()()だったのではないだろうかと気付いたのは、しばらく後のことだった。

 

 

*   *   *

 

 

──それでようやく片がついたと思ったら……

 

「言葉通りの面通しをされたわけですか」

 

 あなたの脱ぎ散らかした衣類を片付けながら、脱衣所に座り込んだシルキーは話し疲れたあなたの先回りをする。あなたは湯船にゆったりと浸かって、「あァ」と草臥れた声で肯定を返した。

 

「お一人ずつ」

 

──おゥ。

 

「ご挨拶を」

 

──うン。

 

 そうだ。確かに生徒会長(まゆみ)部活連会頭(じゅうもんじ)との話し合いで決まったあなたの用件──面倒事の予防策──は思ったよりあっさりと済んだ。だが、そのバーターとなった専任執行委員の仕事は、まだ何一つとして片付いてはいなかったのだ。

 

 

 来週から始まる勧誘週間の準備の何割かは、執行委員の仕事である。もちろん先に決めて置かなければならない、講堂での活動紹介のタイムシートや、そこで必要になる機材、設備の利用申請などは、あらかたのところは前年度のうちに終わらせてあった。そう、全てではない。あくまで()()()()なのだ。

 

 人間とは極力楽をしようとする生き物だ。

 なんの役に立つのかも分からない書類仕事というものを、好んで行おうとする者はいない。それは体を動かしてナンボという体育会系の人間ほど顕著だ。それは彼らが脳筋(かんがえなし)だからではない。必要なことは必要な時に必要な分だけその場で行えば良い、という臨機応変こそが彼らの真骨頂なのだ。故に予行練習(リハーサル)には率先して参加するが、しかしただ日付を入れ署名捺印するだけの書類を出せというと、のらりくらりと逃げ回る。それは彼らの本能のようなものだ。

 

 

 挨拶がてら、提出された書類の確認作業を並行して進めた。

 忙しないことに明日から講堂使用のリハーサルを行うため、本日中に設備利用の申請書類が必要になる。そのため未提出の部にはこの場で書類を作成、提出してもらう運びとなった。そちらは服部が受け持ち、あなたは提出済みの部の部長たちと、書類について細部の質問をしながら、彼らの部活動と彼ら自身の自己紹介を受けていた。

 あなたに対する勧誘行為は禁じられているが、親しくなることを禁じたわけではない。早くに提出していればこうした機会が持てたのに、という服部による教育的指導だそうだ。なるほど、不平屋たちに嫌われそうな性格である。

 

 挨拶した部の中でも特に印象に残ったのは二人。

 

 一人は空手部の部長、屋敷。家は投極系をメインとする古流武術の家系らしいのだが、幼い頃に父親が空手の達人に負けて以来、すっかり空手に惚れ込んでしまったそうだ。二科生ながら魔法系クラブで部長を務めるあたり、技量に不足はないのだろう。実際、今年2月に行われた総合魔法格闘技の都大会では高校生の部で準優勝、一般の部でもベスト十六に入った実力者だそうだ。

 夢は世界中を巡って武者修行の旅に出ることらしいが、魔法師が国外に出ることは非常に難しい。魔法師の遺伝子は国家の財産と考えられるからだ。二科生とはいえ魔法科高校へ進学できるだけの素質を持っていれば、この制限に十分抵触する。そのため腕試しの機会に飢えているらしく、あなたとも十文字との模擬戦が終わったら一勝負やろうと熱心に持ちかけられてしまった。

 

 もう一人は剣道部の部長、(つかさ)(きのえ)。こちらは屋敷とは異なり、悪い意味で印象的な人物だった。といっても別に見た目や振る舞いの話ではない。少々気弱そうで、疲れているのか自分の肩をよく揉んでいるのは気になったが、むしろちょっと見には誠実そうで大人びた先輩、といった風だった。だがその張り付けた笑顔の裏に、おかしな気配があることはすぐに分かった。

 気になったので軽く【アナライズ】してみて、あなたはその理由に納得した。この男、悪魔に寄生されていたのだ。恒常的にMAGが奪われており、本人の精神はひどく衰弱している。寄生している悪魔が何者かまでは分からなかったが、お世辞にも素性の良いものではないだろう。

 こうした場合、相手の状態が良ければさっさと破魔(ハマ)の権能でMAGの繋がり(パス)を断ってしまうのだが、あいにくと当人の状態があまりに悪すぎた。もしあなたの権能【裁きの雷火】など浴びせようものなら、寄生している悪魔の断末魔だけで命を落としかねない。今後は要観察としておいた。

 

 

「ですが主様。楽しまれたのではございませんか?」

 

 そうした困ったネタも含め、あの騒々しさ、忙しなさに疲れを感じたのは事実だ。

 

 だが、そう悪い気もしなかった。

 

 人里から離れて暮らしていたあなたにとって、あの騒がしさはむしろとても懐かしいものだったように思えたからだ。生まれ直してこの方というもの、幼稚園、小学校、中学と、ほとんどの時間を通信教育で片付けられてしまったため、学校行事というものとは縁遠くなっていた。それは騒動を起こさないためには仕方のなかったことかもしれないが、なんて勿体無いことをしたのだろうかと思わないわけではない。

 

 もちろん実際にあなたが幼稚園児や小学生、中学生として学校に通ったとしても、想像するような楽しい時間が過ごせたかといえば怪しいものだ。

 今の世界において、あなたは魔法師という希少種である。それは国家の財産であり、歩く兵器だ。全能感に溺れた子供たちには因縁をつけられ、そうでない子供たちには恐れられることだろう。

 加えてあなたには前世の六十年を生きた記憶が、知識がある。その認識を持ったまま、無知な子どもたちの中に混ざることなど出来はしない。子供社会の中で平穏無事に過ごせると思うほうがどうかしている。

 

 だが成人し社会人として生活したことのある人間なら、誰もが子供時代の貴重さを知っている。あの時代(とき)をもう一度と、追体験なりやり直しなりを願わないものは少なかろう。

 

 あなたは紛うことなき人修羅。誰(はばか)ることなき創世者(かみ)である。

 だが同時に、一個の人間でもある。

 天上からの俯瞰の視点を得たからこそ、地上の些事を愛おしく思うこともあるのだ。

 

──どうだったかな……

 

「……よろしゅうございました」

 

 湯船を揺らした玉虫色の独白に、女悪魔はころころと笑った。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。今後とも気長にお付き合いいただければ幸いです。

感想でちょいちょいコメント戴いてる十文字との模擬戦、早く書きたいんですが先に勧誘週間のイベントがあるのでもうちょっと後になります。すみません。
あと「CAD」の読み方、やっぱ皆さんも思ってたんですね(笑)


空手部部長の屋敷某はオリキャラです。初期プロットでは剣術部の桐原だったんですが、二年生の彼がわざわざ部長級の会議に出てくるか? ということで差し替えに。そんなわけで今後どれくらい出番があるのかは、ちょっと分かりません。

高校生活の華の一つである、部活動のうち「陽」のイメージを象徴するキャラクターになってくれると良いなあとか、シンと素手格闘の模擬戦やらせたいなーとか、ぼんやりと考えてはいるんですが。

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【お詫び】
 空手部部長・屋敷について。
 以前は“柔術部”部長となっていましたが、「#039 不意打ち」を書く際に古い設定ファイルを参照してしまい、“空手部”部長としてしまいました。しかし設定上、どちらでも特に問題は無かったので、以前の記述を加筆修正し、以後は空手部部長に統一したいと思います。
 以前より楽しんでいただいていた方々に混乱を招いてしまったこと、誠に申し訳ありませんでした。

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(20190415)誤字訂正
 銀太様、誤字報告ありがとうございました。

(20230531)加筆修正
 ・[柔術] → [空手]

(20240402)誤字訂正
 汽水域様、誤字報告ありがとうございました。

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