魔法科転生NOCTURNE 作:人ちゅら
原作でほとんど何やってるか分からない部活連(課外活動連合会)について、本作における設定はこんな感じです。ということで。
日本全国に九つある魔法大学附属高等学校――魔法科高校──では、毎年4月の第三週を“新入生歓迎週間”と銘打ち、在校生を中心に新入生向けのさまざまなイベントが行われていた。
どこの学校が言い出したのかは分からないが、どこかの生徒会のお調子者が言い出したこのイベントは、各校の運営者たちや生徒たちの都合と相俟って、あっという間にある目的を持った伝統行事になっていた――新陳代謝の激しい学生生活において、三年も続けば「伝統」になるものだ。
別名“新入部員勧誘週間”──
「自主性の尊重」の美名により、西暦2095年現在、部活動(=課外活動、クラブ活動)への所属は義務ではない。だが進学の際の内申への影響は、今なお無視できるものではない。特に最大の進路である魔法大学は、国防、治安維持を担い国力を左右すると言われる魔法師の育成機関だ。素行や向上心といった評価は重要項目の一つである。敢えて無下にしたいと考える生徒はほとんどいない。
結果として、毎年ほとんどの新入生が自主的に何らかの部活動に参加しているらしい。
また部活動で鍛えられる能力は、魔法科高校間で競い合う年に一度の競技会――九校戦――でも有用なものである。魔法教育の成果をアピールできる九校戦の結果は、当然ながら、翌年の入学志願者数、ひいては新入生の“質”に大きく影響する。故に強制はできないものの、学校としても可能な限り生徒たちには部活動に参加し、切磋琢磨し大いに成長して欲しいというのも偽らざる事実であった。
建前と願望の折衷案として、一高では勧誘週間の初日、第三月曜日の午前中の授業はすべて自習となっていた。そしてこの時間を利用して毎年、「新入生の歓迎会」という建前で課外活動説明会が行われている。そこでのアピールがその後の勧誘活動に影響するとあって、どの部も工夫を凝らしたパフォーマンスを見せようとするものだ。その準備と進行を行うのが、新年度最初の部活連執行委員の役割だった。
* * *
4月13日──水曜日。
普段どおり授業を受け終えたあなたは、放課後すぐに迎えに来た
実務面、利便性から言えば間違ってはいないのだが、他の二つの運営委員が校舎に執務室を持っている──しかも何故か外階段で繋がっていて廊下に出ずとも行き来できるようになっている──のと較べると、一つだけ不遇を託っているようで、なんともいたたまれない。
あなたがそれを口にすると、服部は「ああ」と同意とも溜め息ともつかない返事をしてから説明を始めた。
「一応、理由があってな。一つ目は、魔法科高校の部活連は外郭団体に属すること。課外活動は建前として学校組織とは別の管轄になるから、学校運営の下部組織である生徒会と風紀委員とは別の扱いになる。二つ目は、
部活連が外郭団体の下部組織というのは、魔法競技系クラブの存在が理由らしい。
部活動への参加が任意になったため、学校からの部費の配分は二十一世紀初頭の頃と比べても、大分シビアなものになっている。特に魔法競技はCADを始めとする高額な道具、また競技場の安全にかかるコストなど、必要とされる費用は非魔法競技系クラブの比ではない。だが戦火がいくらか遠のいたこともあり、魔法師に対する風当たりも年々厳しくなっていた。そんな中で、公平を旨とすべき学校組織が特定の部活動を偏重することは、外部からの批判の的となってしまう。
そのあたりを補填するため、魔法師育成を目的とした外郭団体が設立され、部活連を通じて
準備棟が魔法大学の所有物件であることも、そのあたりに配慮した建前なのだろう。魔法教育に関する資材、設備の一部を魔法大学の倉庫に保管し、必要に応じて貸し出している、という建前で運用されている。
このあたりの玉虫色の対応はお国柄というもので、大戦を経た今もあまり変わっていない。
「あとは懲罰委員会との距離感だな」
懲罰委員会とは生徒がトラブルを起こした際、どのような罰を与えるかを裁定する学内組織だ。一高では生徒の自治権として認められているのだという。これは当事者間で解決できない、あるいは介入を要すると判断された事故、事件が発生した際、生徒会長を委員長として臨時に編制される。
「まあ懲罰委員会にかけられる事件はほとんど、部活動のトラブルだからな。裁判のようなもので、風紀委員が検察で、部活連が弁護士になるわけだ。去年からは何かあっても会長と会頭、渡辺先輩の三人で済んでしまっているが、来週の騒ぎで早速出番もあるだろうし、覚えておいてくれ」
そうしたトラブルがいつ起こるか分からない以上、検察と弁護士が不用意に仲良くしていたら、裁定の中立性、公平性を疑われかねない。そういうことなのだろう。
もちろん、わざわざ険悪なムードを作る必要もないのだろうが。
そんなことを話しているうちに、事務室に到着する。
昨日は会議室に行ったため、あなたが中に入るのはこれが初めてだ。
「まあなんだ。これから色々頼むことになると思うが、よろしくな」
そう言って差し出された手を握り返し、あなたはこれから三年間、放課後の拠点となるだろう部屋へと足を踏み入れた。
これまでの評判を思えば、さぞかし酷い有様なのだろうと想像していたのだが……見た目にはそれほどでもなかった。
足の踏み場がない、といった類の散らかり方でもない。部屋の中央に寄せられた四台の片袖のオフィス机はいくらか埃が積もっているようだが、春休みを考えれば許容範囲だ。奥に一台だけのひときわ大きな机──おそらく会頭の席なのだろう──についても同じで、掃除の行き届いていない様子は男所帯のそれだが、物が片付いていないわけではない。
元よりペーパーレスが当たり前の時代だ。机の上に書類が積まれているような、前時代的な散らかった部屋にお目にかかる機会はほとんど無くなっていた。それでも「電子的な拡張現実技術は未成熟な魔法師の魔法力を損なう」という
だが、部活連のデータベースについて説明を受けている間に、あなたはそれがまったく整理されていないと気が付いた。
言ってしまえば、データベースとしての体をなしていない。何しろ日付、文書名、本文、くらいしか
もちろん
かつて社会人として、まして研究者として過ごしたあなたには、この無駄は見過ごせるものではなかった。一通りの説明を受けた後でそのことを指摘すると、服部は苦笑いを浮かべながら「ああ」と頷き、事情を説明してくれた。
「普段は提出済みかの確認をするくらいだし、その場で必要書類を作って提出するケースがほとんどだったから、どうしてもな。もちろん使いやすくしてくれるなら頼みたいくらいだが」
そこまで話した服部が、気が付いたように「間薙は古式魔法師じゃなかったのか?」と眉をひそめる。
やはり勘違いされているようだと、あなたは自分と古式魔法師に対する誤解に、小さく頭を振った。
流派によっては機械を嫌うものもあるが、古式魔法師が全て、科学技術を拒絶しているわけではない。そもそも古式魔法は古代の
──
「俺もまだまだ勉強不足だったか。古式魔法師のことは、なかなか知る機会がなくてな。これからもいろいろと教えてくれるとありがたい。ああ、だが仕事の方は、当面は準備とリハーサルの手続きを優先してくれ。毎年、本当に忙しいからな……」
* * *
それから数日は、毎日授業を終えると同時に事務室へ向かい、課外活動説明会のための各所への連絡と手続き──特別編成となる時間割の確認のために職員会議に出席し、風紀委員の自治行為に関する校則の通知を各部に配布、勧誘ビラと校内掲示用ポスターの内容確認、使用される資材の搬入と安全確認など──を行った。
当然、あなた一人で回るはずもなく、事務処理手続きではあまり役に立ってくれない
土日は朝からリハーサルの監督役として一日拘束され、日曜の夜から学校に泊まり込むことになっていた。
月曜早朝にはプラカードを掲げて新入生を待ち構えるため、各部勧誘員たちが未明から校門前に屯するのだが、その場所取りで起こるトラブルや、こっそり開門前に忍び込もうとする生徒を取り締まらなければならないからだ。もちろんそうしたことを生徒だけにやらせるはずもなく、戦闘力を有する指導教官らも数名宿直室に泊まっているが、説明会はあくまで生徒の自習活動の一貫という建前があるため、生徒不在というわけにはいかない、とのこと。
説明を受けた職員会議の席で「行き過ぎの生徒自治ではないか」と尋ねてみたものの、どうやら言い出したのは数年前の生徒会長らしい。面倒を負いたがらない教頭の
そんなこんなで、まさに「忙殺」の二字にふさわしい時間が過ぎていった。
「勧誘週間の思い出は?」と問われれば、運営委員を経験した誰もが苦虫を噛み潰した顔になるというのは、誇張でも何でも無い、単なる事実なのだということを、あなたは骨身に沁みて理解した。
だが、ただ忙しかっただけでもない。
運営委員の権限として、生徒の成績など一部の非公開情報へのアクセス権を得、学校設備の利用に際する申請の手間も大幅に減った。それに職員らと顔見知りになったことや、準備棟の鍵をほぼ無条件で使用できること、ほとんどの部活動にフリーパスで見学に立ち入れるようになったことなど、利点も決して少なくはない。
そう考えなければやっていられない、ともいうが。
それにしてもと、あなたはこの一週間を思い出し、ため息を漏らしてしまう。
生徒たちは放課後になると、よく小さなトラブルを起こす。
前述のような事務手続きが忙しかったのだが、その合間を縫うようにしてそれらの仲裁に立ち会わなければならなかった。中には呆れるような水掛け論や下らない対抗意識をきっかけに、暴力沙汰に発展することもあった。それだけなら、行き過ぎとはいえ思春期の少年少女らしさと言えなくもないが、その端々に一科生と二科生という差別意識が見え隠れしていたことで、あなたは余計に頭脳労働を強いられることになる。
たとえば説明会における発表の順番ひとつとっても、あれやこれやとクレームが絶えなかった。説明会の前半に持ってくれば後から発表するクラブに印象が上書きされてしまう。かといって後半に持ってくれば集中力が切れた新入生は真面目に聞いてくれないと言い、なら中盤はと言えば中だるみでどうのこうの。
当然ながら、魔法競技系クラブには一科生が多く、非魔法競技系クラブには二科生が多い。魔法力の高い一科生が、その才能を活かしたクラブに所属するのは道理だろう。そして魔法力で劣る二科生が、その不利を無にできるクラブに所属するのもまた道理だ。だが、その分裂が余計に差別意識や対抗意識となって、トラブルを助長することにつながっていた。
つい先日、その差別意識によって手痛いしっぺ返しを食らった服部は、板挟みに遭っていた。以前は短絡的に一科生の側を支持していた彼だったが、
あなたが事務手続きを横に、トラブル仲裁にまで出しゃばらなければならなかったのは、そうした理由であった。
* * *
4月18日──月曜日──午前5時。
「よっ──ぶ!」
泊まり込みで開門前の侵入者に備えていたあなたは、助走をつけて正門を跳び越えようとしていた人影を、小石を投げつけ撃退した。
感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
人修羅さんが社会人経験(?)を生かして学校のあり方に一石を投じてみたり、服部が一科生限定で気さくな兄貴分になったりしてみました。服部は板挟みでしばらくハードモードになりそうな予感。
生徒自治の話について、たとえば泊まり込みの警備なんてのは、論文コンペ絡みで警備に学生らが駆り出されてたのを拡大解釈しています。
百山校長、たぶん内々のイベントに外部勢力(警察など)は入れたくないだろうし、かといってただでさえ集まりの悪い教職員に、この手の面倒を押し付けるのも嫌がりそうだし。じゃあ生徒にやらせてしまえ、という。
分かる方には懐かしの某巨大学園を思い出してもらうと……いや、あそこまでぶっ飛んではいませんが(笑)
次回からは、ようやくバカ騒ぎ週間。原作では達也が頭角を現してくる頃ですが、こちらではどうするか、また『~優等生』のエピソードをどうしようか(OBの参戦はアリなのか)とかで、ちょっと迷い中だったりします。
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(20190506)誤字訂正
さっとん様、誤字報告ありがとうございました。