魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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お待たせしました。(すみません)

現代魔法の開発技術については独自設定です。
(二巻31ページ「理論的に新しい魔法を構築できる魔法師は数少ない」以降の記述から構築していますが、本作の設定はおそらく原作よりも技術的に遅れています)



#031 現代魔法の使い道

 4月18日──月曜日。

 

 未明から開門まで、あなたは学校の敷地を都合二周した。

 魔法という機密を多く抱えた魔法科高校には、様々な手段で安全が図られているが、それが常に侵入者を排除できるわけではない。分かりやすい防衛力を持つことで余計な憶測を呼び、マスメディアに痛くもない腹を突かれることになるからだ。

 

 故に敷地の外周をぐるりと囲う壁は、この時代の一般的な公立高校と同レベルの防犯設備しか無い。もちろん実際には市街地監視システム──有毒ガスや違法電波などを検知する各種センサー、魔法現象を検知する想子波センサー、可視光線や熱分布など複数の監視カメラによる監視網──によって二十四時間警戒されていて、侵入者があればすぐに宿直の指導教官や保安員、近隣の交番から警察官が出動するのだが。

 

 ただし実際に魔法科高校で何かしら警察沙汰になると、それだけで騒ぎ出す人間が少なからず存在する。問題提起という建前で、学校側に非がないケースでも「なんとなく」学校側に問題があったように世論を扇動する勢力が。

 そうした連中に対する口上として、一高の校長である百山(ももやま)は「体験学習の一環」という文言をよく使う。

 

「実践の経験として失敗もある程度は容認すべきだ。ただし大事にならないよう大人のサポート下で」

 

 そんなわけで、あなたは「失敗する()()()()()()学生」という役回りで、泥をかぶる役として立ち会ったわけだ。

 

 とはいえ、これについては悪い話ばかりでもない。なにしろ実技教官にせよ保安員にせよ警察官にせよ、魔法師を相手にした立ち回りを知っている。その彼らから現場でレクチャーを受けることが出来たのだ。思わぬ余録だった。

 このところ多忙を極めたためか、少々愚痴が多くなっている気がして、あなたは小さく溜息を吐いた。

 

 

*   *   *

 

 

 朝。

 正式に新入生歓迎週間が、狂騒の一週間が始まってしまった。

 

 準備段階で既に相当な疲れを感じたというのに、校門から入ってすぐのロータリーに待機する勧誘員(プラカード)の群れが、「本番はこれからだ」と無言で主張しまくっている。

 とはいえ現在のところ、騒ぎはそれほどでもない。勧誘の音量が八十五デシベルを超えた瞬間から五分間、領域内の音量を強制的に二十デシベル減圧する魔法が展開されているからだ。八十五デシベルと言うとかなりの騒音ではあるのだが、近くにそれなりに往来のある車道があるため、そういうことになった。

 

 ちなみにこの魔法、CADを通じてあなたが行使している。あくまで生徒の自主性を尊重しつつ制限をかけるにはどうしたらよいかと考えた末のアイディアなのだが、ちょうどいい魔法が無かったので既存の魔法をアレンジしてもらったのだ。

 起動式の編集は、一高で魔法幾何学のオンライン講師を務める廿楽(つづら)計夫(かずお)に教わった。なんでも多面体理論なる分野で、三十そこそこの若さながら権威と認められた俊英だという。

 

 

 一年A組の指導教官である百舌谷(もずや)に相談して、一年生用の起動式ライブラリの閲覧方法を教わり、基礎となる現代魔法【音圧低減(リデュース・ボリューム)】を見つけた。のだが、これは強制的に場の音量を下げるだけなのに、いささか使い勝手が悪い。条件となる音量、減衰させる程度、対象範囲、持続時間など、なにかと変数化された項目が多いのだ。CADの扱いに慣れていないあなたには、変数をきっちり起動式に組み込んでいくトレーニングが足りていなかった。

 どうせ用途は決まっているので、変数を固定してしまえれば楽なのにとボヤいていたところに、偶然通りがかった──と主張する──廿楽教官が現れたため、これ幸いとあなたは魔法の改造に関する質問を投げかけたのだ。

 

「安全に魔法を編集したければ、モジュール型の開発アプリを使えば済むだろう?」

 

──開発アプリというのは?

 

「そういえば君は新入生だったか。なら仕方がない。一高(ここ)の図書館で、この文書を検索しなさい」

 

 そう言うと開発アプリに関するいくつかの文献の名前を、あなたの端末に送信して去っていった。

 あなたは図書館にとって返すと、すぐに文書を検索して並べて序文を抽出し、そこから初心者向けの一冊に目星をつけて順に読んでいく。

 結果として、送信されたメモのうち、初心者向けのものはその一冊しか無かった。また過半は魔法の開発アプリに関する研究論文で、たとえ一高がエリート高であっても新入生に読めるとは、ちょっと思えない。指導教官としてそれで良いのかと、あなたは少し不安になった。

 

 後でその際のエピソードを語ったあなたは、廿楽が「自分で調べる意欲のない人間に教えることは無い」という教育方針の持ち主であることを聞いた。気に入られれば何くれなく目をかけてくれるが、見放されれば悲惨なことになるらしい。魔法幾何学の授業では気をつけるように、と忠告までされてしまった。

 

 

 本来の起動式のプログラミングは、完全な職人芸だ。なにしろ単系統のシンプルな魔法ですら、起動式に三万字相当の情報量が必要になる。実用される魔法は最低でもその百倍は必要だというのだから、途方もない話であることは想像に難くないだろう。

 しかもCADが軍事機密に属し、研究開発に強い制限下にあるため、CADの基礎構造(アーキテクチャ)毎にクセが強く、未だ起動式に使える共通のプログラミング言語が存在しない。流石にCPU相当の感応石については、国際魔法師協会が共通規格を定義しているため、大枠では共通しているのだが、細部の違いによって特定の組み合わせで発生するエラーなども決して少なくはない。それを経験と勘で狂いなく書き上げなければならないのだ。いかに難易度の高い(わざ)であるかは想像してもらえることと思う。

 そのためこの半世紀を費やし、各国は起動式のプログラミングをサポートする開発ツールを多数開発してきた。

 

 モジュール型開発アプリとはプログラミングを簡単に行えるよう工夫されたもので、プログラミング言語の構文を多用する定型文を、モジュールと呼ばれるブロックに整理し、それを視覚的に配置、着脱することで、簡易にプログラミングを行うというものだ。

 現代魔法は現在、基礎となる簡素な起動式に必要な処理を追加、拡張することで目的に合わせて個性化を行うのが一般的だ。モジュール型開発アプリは、このうち基礎となる起動式をブロック単位に再編集し、そこに必要なモジュールを追加することで、起動式を、ひいては魔法をアレンジする際に用いられる。

 

 お陰で魔法の開発効率は飛躍的に向上したが、もちろんこれには欠点も多い。

 

 まずは使用頻度が高く安全な構文しか使えないこと。基礎用件の定義や変数の固定値化などは簡単にできるが、あまり個性的(ユニーク)な編集をすることはできない。

 

 それから無駄が多い。多用される構文をまるごと一個のブロック(モジュール)としているため、不要な部分も当然ある。だがそれを切り離すことはできない。これは初心者向けのツールであって、事故が起こりにくいよう安全装置(セーフティ)がかけられているためなので、仕方がない。

 

 最後にそれだけやって尚、事故は起こること。これはいかに簡易版であっても、ベースとなる起動式の構造を正しく理解していないと、どこにモジュールを組み込めば良いのか分からないという、実に本末転倒な陥穽(わな)があるのだ。

 簡易なデバッグ機能も無いわけではないが、完全に起動式の異常を検知することは出来ない。これは人類が未だ情報次元(イデア)の法則を完全解明できていないためであった。現代魔法学において、イデアを直接観測できる計器が開発できていないのだから、無理からぬ事である。

 

 

 ともあれ、あなたはそうしてこの簡易な魔法を引っさげて各クラブを()(めぐ)り、実演してみせた。

 この魔法が機能し、上限値を超過して二十デシベルも減圧されてしまえば、音量比で十分の一になってしまうことを意味する。喉を嗄らして叫んだところで普通の話し声程度にしかならないのだ。それを実際に体験してもらったことで、ほとんどのクラブで「叫ぶだけ損」という認識を持ってもらうことができた。

 一部のクラブからは「おそらく【音圧軽減】ベースの軽量カスタムだ」「なら対抗魔法は……」など、なにやら不穏な呟きも聞こえてきたのだが。

 

 

*   *   *

 

 

 登校時間が過ぎ、ショートホームルームで今週一週間の予定に関する通知が終わると、一年生たちは揃って講堂へと向かう。新入生が講堂へ向かう外廊下は、各部の部員たちがさまざまな思惑と共にプラカードを掲げて取り囲み、ビラを配って自己主張を行う。

 

 この際、二、三年生はあくまで外廊下の上に侵入してはならず、また往来を妨げてもいけないことになっている。

 

 が、ここは魔法師の卵たちの集まる高校なのだ。

 そしてこの新入生歓迎週間の期間中、部活に属する生徒は特例として、授業時間中でも個人CADの持ち込み、携帯が許されていた。これは元々、「魔法競技系クラブが試技を見せるために必要だから」という理由だったのだが、非魔法競技系クラブだからといって魔法を使わないわけではない。むしろ心身を鍛える高負荷トレーニングの際、専用の魔法が使用されることも多いから……とか、難癖をつけて条件を緩めていき、なんだかんだで全生徒フリーパスになってしまっていた。

 

 となれば当然、ここで魔法を使おうという生徒たちが現れる。

 自分たちは廊下の外に居ながら、プラカードやビラ、ボールなどを移動系魔法で中へと飛ばし、あるいは光波振動系魔法などによって賑やかしの光彩を作り、操る。そんな奇術めいたパフォーマンスがあちこちで繰り広げられていた。

 もちろん、高校生レベルで出来ることと言えば、色とりどりの光の玉を浮かべ、パターン通りに動かす程度でしかない。だがそれでも、多くの新入生たちを驚かせ喜ばせるには十分だ。

 

 何度か魔法力が相互に干渉しあって魔法同士が対消滅し(キャンセルされ)たり、複雑な動きをさせようとして魔法の重ねがけ限界を超え、魔法が切れてしまうようなこともあったが、まあこれはご愛嬌というものだ。新入生らもそうした現象にがっかりするより、むしろ興味深げに観察していた生徒のほうが多かった。

 

 

 余談ではあるが、現代魔法において本物そっくりの幻影を作り出し、操る魔法は、先天的な能力に依存する異能に分類される。一般的な魔法師には、せいぜい起動式に予め用意されたモデルを映し出すくらいが関の山だ。

 起動式と魔法式の関係上、思う通りに動かしたければ、動かしたい部分を変数化しなければならない。故に幻影の魔法は、現代魔法において超高度な技術とされる。光波振動系魔法、立体把握能力、そして膨大な情報を適時処理し続けるに足るサイオン量。その全てに高い適性でもなければ、たかだか十数年の人生程度で習得できるものではないのだ。

 

 これが古式魔法となると、何故かそこそこ使い手がいたりする。高難度であるはずのモデルイメージの構築と維持を修行──経験と感覚──という力技で補完してしまうその技能を、現代魔法学は未だ技術化できていない。

 

 とかく現代魔法師というと軍人、戦士のイメージが強いが、現代魔法そのものは単に物理法則に干渉するだけの技術であって、それは戦闘にしか使いみちがないようなものではない。そんな道具(おもちゃ)を頭の柔らかい子供たちに与えれば、当然このような用法も現れるのだろう。

 こうした細かな応用は、結果が先に決められている()()然とした悪魔の権能(あなたの魔法)には無いものだ。

 

 閑話休題。

 

 

 短い外廊下でのパフォーマンスに内心で喝采を送っていたあなただが、本来の役割を忘れたわけではない。同級生らを見送りながら、あなたは無系統魔法、特に精神に干渉するような魔法が使用されていないか、十分な注意を巡らせていた。

 とはいえ現代魔法の知識に乏しいあなたは、使用されている魔法を識別するのではなく、あくまで精神に変調を(きた)した生徒がいないかどうかを【眼】(アナライズ)で確認しているに過ぎない。

 精神干渉魔法の行使には厳しい制限があり、無許可で使えば法に抵触し、処罰を受ける可能性まであるのだ。まさかこんなところで使う阿呆は居ない……と思いたいが、若者は唐突に無思慮(考えなし)な行動をするものだ。気を緩めず監視を続けた。

 

 そうそう。

 

 生徒たちの前を塞ぐようにプラカードを飛来させた部活には、あとでペナルティが与えられることになっている。講堂でのパフォーマンスの時間が減らされるのだ。あなたは彼らの奇術に楽しみながらも、手元のメモにペナルティを与えるクラブ名を記入する様子をわかりやすく誇示し、警告する。

 とはいえ元よりそう厳しくするつもりはない。ノリのいい学生が舞台に上がって、時間どおりに進むはずもないことくらい、あなたにも分かっている。これもまた部活連執行委員としての()()()()()()()であった。

 

 

 のろのろと新入生たちが講堂に流れ込むと、あなたは舞台の下手に回ってマイクを握り、司会業を始める。

 そうしてようやく部活動の紹介イベントが始まった。




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
亀の歩みの更新ペースになってしまっていますが、今後とも気長にお付き合いいただければ幸いです。

原作の魔法科世界は登場人物の立場上、マギクス・バトルが目立っていますが、現代魔法の性質を考えると、もっと多彩な魔法の使い道があると思うんですよね。
もちろん子供の頃から国防を担うプレッシャーを掛けられ続けた数字持ちの面々は、否応なしに戦闘魔法師の道を進むんでしょうけど、そうでない子供たちまで同じ道をいくだろうか? と考えると、軍事や産業以外に魔法が使われてても良いんじゃないかとか。

まあ本作も基本的には原作ルートを進むつもりですんで、残念ながらそちらに重心を置くことは出来んのですが、意外と色んなスピンオフが有り得るんじゃないかなーと、妄想したりしています。

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