魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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更新時間ぎりぎりまで書いていたので、後で修正入れるかもしれません。

【加筆修正】
・屋敷の所属を柔術部から空手部に変更しました。




#033 剣術部と剣道部

 レッグボール部、空手部と続き、講堂内のボルテージは一気に上がった。続いた自転車競技部はその勢いに乗り切れず失速してしまったが、その後の部活動は場の熱気に合わせてパフォーマンスの質を上げてきた。

 中には予定とは違うパフォーマンスをやらせてくれと言ってきた部もあり──たとえばスピードシューティング部は観客の頭上越しにクレー射撃をやりたいと言い出した──、あなたは裏方仕事を手伝ってくれている演劇部や風紀委員──それぞれ舞台装置と防護魔法担当──との打ち合わせをやり直す羽目になったりもしたが、まずは成功と言って良いイベントとなった。

 

 お陰であなたの評判も上々。危惧されていた各部からの勧誘についても、下手に自分たちの部に勧誘して周囲の反感を買うより、部活連に融通の効く人間がいてくれた方が都合が良い。そういった評価に落ち着いたようだった。

 

 

 そうして休憩を挟みつつ、午前の授業時間をフルに使った各部活動紹介のイベントも終わって昼休み。一年生たちも食堂へ向かったり教室に戻ったりと三々五々に散ってゆく。しかしあなたにはまだ、後片付けの仕事が残っていた。

 とはいえあらかたの機材は使った部活が順に片付けている。残ったものは垂れ幕と椅子、シートくらいのものだ。人手もある。手際よく片付けを進めてゆけば、ものの十分で講堂は元通りであった。

 

 一通り終わったと確認したところで、あなたは両腕で頭上に大きく丸を作り、演劇部部長の女子生徒に終了の合図を送る。彼女は大きく手を叩いて注目を集めると、「お疲れさまでしたー」と大声で終了の挨拶。

 

「「お疲れさまでしたー!」」

 

 すかさず演劇部員たちの唱和が返り、講堂は拍手の音で包まれた。

 これでやっと、この説明会におけるあなたの仕事が終わったことになる。

 

 間髪入れずに差し入れのおにぎりと紙コップのお茶が配られると、各自その場に座り込んでの慰労(おつかれ)会へと早変わりした。特に届けがあったわけでもないが、こちらは一応、演劇部主催ということになる。部でイベントに参加した際に、必ず行う伝統らしい。

 

「お疲れさま!」

「ね、ね。中学でも学級委員とかやってた?」

「すごかったよねえ。その制服じゃなかったら一年生って分かんなかったんじゃない?」

「スーツとか着て」

「白系とか」

「似合いそー」

「黒だとちょっと怖くなりすぎだし」

「うちの制服、白でよかったねえ」

 

 彼女たちが握ったらしい──これまた“伝統”だそうな──おにぎりは美味しいのだが、食べながら話しながらと実に(かしま)しい。彼女たちが彼女たちのことについて話している間はそうでもないのだが、話題があなたのことに移り、あれやこれやと質問される空気はちょっと苦手だった。

 

 褒めてくれていることは分かるが、同時にからかわれていることも分かる。そもそもこの手の司会業は、前世で氷川(若ハゲ男)に何度も押し付けられた経験によるスキルで、褒められても当時のことを思い出してモヤモヤしたものを抱えてしまうのだ。

 どうしても言葉少なになってしまう。

 

 本年度次席入学の優等生。

 やや(こわ)さはあるものの、まず二枚目と言って良い顔立ちの少年。

 突付いてみれば引き締まった体つきも良いし、甘さを残した渋みのある声も心地好い。古式魔法師の家で身に着いた所作は、古風ではあるが洗練されている。加えて面倒な仕事を卒なくこなした社会性。おそらくは新入生の中でも五本の指に入る有望株だろう。

 その少年が自分たちの言動に翻弄されている姿は、彼女たちの心の柔らかい部分にじんわりと染み渡ってゆく。

 

 いわゆる“ギャップ萌え”というやつである。

 

 それが彼女たちの悪戯心を刺激して、次の称賛ともからかいとも取れない言葉と、悪ふざけのソフトタッチを生み出してしまう。

 悪循環であった。

 

 

 ちなみに風紀委員はさっさと撤収していた。

 部活連会頭の十文字(じゅうもんじ)は校長室へ報告に向かってしまい、ほか二名は兼任なので片付けが終わったら部活の方へ直行している。気付けばあなたは置き去りにされていたというわけだ。

 思春期女子のエネルギーはちょっとしたプレッシャーである。

 あなたは上手く(かわ)して席を立つ言葉が思いつかず、少女たちの好奇心と悪戯心の嵐が通り過ぎるまでの間、聞き役の地蔵に徹していた。

 

 

 講堂の外から血涙を流さんばかりにあなたを睨みつけている、一部の男子生徒たちの視線には気付かなかったことにしたい。

 

 

*   *   *

 

 

 放課後。準備棟の部活連事務室にて。

 

 

「巡回は例年通り、風紀委員が担当する。我々は原則部活に詰めるが、トラブルの通報が入り次第、現場に急行して事態の把握と、必要に応じて対処すること。間薙。お前は今日はここに待機。状況の把握を最優先に、出動はなるべく控えるように」

 

──了解。

 

「今週は二、三年のほぼ全ての生徒がCADを携帯する。気を抜くなよ。では解散」

 

 十文字の訓示が終わり、執行部の部屋にはあなた一人が待機となった。

 しばらくはデータベースの整理でも……と思っていたところ、端末に仮入部申請の通知が入ってくる。

 

 二、三年生にはこの時期、ほぼ無条件で開放されている個人CADの携帯権だが、新入生はその限りではない。仮入部という形で部活動に参加する体裁をとらなければ、新入生は校内で個人用CADが携帯できないのだ。

 仮入部申請に対して部活連には何の権利も義務も有さない。ただ事務的にチェックツールに通し、データベースへ格納するだけだ。申請の際には生徒一人ひとりに貸与されている個人用端末を介するため、照合も自動的に行える。

 あなたはその場で自動処理のスクリプトを組みながら、テキパキと事務的に受領を進めた。

 

 

*   *   *

 

 

──部活連執行委員です。状況は?

 

「ああ、お前が来たのか。見てのとおりだよ」

 

 

 狂騒の一週間と言われるだけのことはある。本格的に始まった初日の二時間でもう三件のトラブルが発生していた。特にほんの三十分ほど前、テニスコート付近で一年生女子を勧誘しようと集まった一部運動部員が衝突、もみ合いになった際に痴漢行為まで発生したと聞いたときには、さすがにどうなのかと眉をひそめたが。

 そんなわけで、執行委員の人手はあっという間に満員御礼となり、第二小体育館──通称「闘技場」──からの急報が入ったときには、極力出るなと言われて待機していたあなた以外、誰も動ける状況には無かった。

 

 で、仕方なくあなたが駆けつけたのだが。

 

 

 目の前で繰り広げられているのは、風紀委員の腕章を付けた一年生一人が紺の道着を身に着けた男子を取り押さえていて、その彼を、同じく紺の道着を身に着けた数名が取り囲んでいる。そんな光景だ。

 

 まあその包囲された一年生というのが、あの司波(しば)達也(たつや)でなければ、問題だったのかもしれない。だが彼は正直、あれしきの数でどうにかできる相手ではない。むしろやりすぎないよう、いつでも割り込めるようにはしておこうか。

 あなたはそう判断すると、胸ポケットに入れたカード型ビデオカメラのスイッチを入れ、傍観することにした。風紀委員にも同じものが貸与されているし、司波が忘れていなければ既に起動しているはずだが、万が一にも懲罰委員会で不正がないよう、念の為だ。

 

 

「どうして桐原(きりはら)だけなんだよ! 壬生(みぶ)だって同罪だろう?!」

「魔法の不適正使用のためと、申し上げたはずですが」

 

 桐原武明(たけあき)。たしか剣術部で次期エースと期待される部員だ。

 部活連絡みで空手部に顔を出した折、屋敷(やしき)との手合わせに興味を持っていた男だ。その時には剣術のルールが分からなかったので断ったのだが、冗談混じりに向けられた構えは、高校生にしてはなかなかのものだったと記憶している。

 

 壬生というのが誰なのか、あなたに思い当たる節は無かったが、どうやら最初はその二人が何かしら対立して、騒動を起こしたということなのだろう。

 しかし、なんで剣術部が三尺八寸(さぶはち)──約百十七センチ──の竹刀を持っている? あれは剣道部のもので、剣術部では型稽古に三尺二寸──約百センチ──の木刀を使っていたはずだ。

 

「そりゃあれだ。剣道部の見せ稽古に剣術部が割り込んだんだよ」

 

──嗚呼。

 

 あなたは思わずため息を吐いていた。

 

 

 剣術と剣道。

 

 二十一世紀末の現代において、“剣術”とは剣を使った魔法格闘技(マジック・アーツ)の一種だ。魔法師のうち、特に白兵戦を中心とした海兵や、殺戮ではなく鎮圧を目的とする警察や護衛官などが修める戦闘技能とされる。

 長い雌伏の時代を乗り越えた、いわゆる古武術のいくつかは、その実戦を旨とするスタイルに迎合した。ある者は古式魔法の一派と手を組み、またある者は現代魔法師の血をその家門に取り込み、自らの流派の技術を研ぎ澄まして、現代の実戦格闘術として復活を遂げている。

 

 対する“剣道”はというと、これは魔法を使用しない昔からある剣道そのものだ。一時は国際化により競技性重視の流れがあったが、実戦技能としての剣術が支持されるにつれて勢力を弱めていった──特に警察が剣術を採用したことが致命的だったという。紆余曲折の後、現在ではかつての精神修養を含んだ()()としての性質を取り戻している。

 もっともそれは、かつて剣道がその始まりには撃剣興行(みせもの)などで細々と食いつないでいたように、「精神修養」という名目で入門者を募り、競技人口の減少に歯止めをかけるためだったわけだが。

 

 

 公式には両者とも相互不干渉として交流を禁じているものの、学生にそれを遵守せよと言うのは無理な話だ。第一、格闘技の蛮用に耐える第二小体育館(闘技場)はそこまで広くはない。そこに格闘技系クラブがまとめて入っているため、どうしたって接触は防げない。

 

 魔法格闘技である剣術部には、当然のように一科生が多い。

 逆に非魔法競技である剣道部には、相対的に二科生の比率が多くなる。

 そこに例の選民思想が加われば、面倒な関係が生まれるのは想像に難くない。

 

 もしかして、こうした衝突は日常的にあるのだろうか?

 

「ここまで大騒ぎになることは滅多にねえよ。あんまり騒ぎになると()()使えなくなるしな」

 

 ああ、そうか。施設の使用許可権はこちらで管理しているんだった。

 学校施設は学生でも無許可で使用すれば校則違反となり、最悪停学までありうる。この校則を目にした時、あなたは少々厳しすぎるように思ったが、魔法科高校には厳重な管理を要する施設がいくつもある。その都合だろうと思い至った。

 

 剣術部は実戦格闘技を謳っているだけあって、屋外でも練習は可能だ。だが剣道部の方はといえば、板張りの道場での修練が基本で、屋外に追いやられるのは避けたいところだろう。剣術部は追い出されても構わないが、剣道部はそうはいかない。こうした格差もパワーバランスを崩す一因になりやすい。

 いくらでも問題は転がっているものだと、あなたは憂鬱な気分になってしまった。

 

 

 さて、騒動の方は案の定と言うか、司波があっさりと封殺して終わっている。

 烈迫の気合とともに振り下ろされる竹刀を軽く捌き、胴を薙ぐ竹刀には身近なところにいる剣術部員を盾にする。背を蹴り飛ばされた剣術部員は、竹刀を振りかぶった仲間ともつれ合うように転倒した。剣術部員が竹刀を振り下ろすその腕にそっと手を添えて、自分を狙ったもう一方の竹刀と相打ちにさせる。

 さながらダンスでも踊るように()()()()ゆく慣れた戦いぶりは、効率的に敵の数を減らす見事なものだった。

 

 たまに司波が遠間にいる剣術部員の行動を制止するよう、掌底を繰り出すように腕をふるう場面があった。手のひらを向けられた剣術部員はわずかに行動を止めると、次の瞬間にはなぜだか軽いパニックに陥ってしまい、そのまま司波に打ち据えられて転がされるのだ。

 司波の両手首に付けられた腕輪型CADにサイオンの反応光が見られたため、おそらくは何らかの魔法を使っていたのだろうが、感知できたのはただサイオン波が掌底の先へ飛んだ。ただそれだけだった。

 

 そうして観察しているうち、あなたはひとつ妙なことに気がつく。

 

 (達也)は常に、その背後に最低一メートル四方程度の空白を維持しているのだ。そして常に片手をいつでもその空間に投げ出せるよう肩を引き、可能な限り片腕が自由な状態を維持していた。

 不意打ちに警戒しているにしても奇妙だ。

 それはまるで、()()()()()()()()()()()()()()かのように見える。

 漂流神ノアという攻性排他の気質(マガツヒ)を持ちながら、その戦闘技術は他者を守るためのもの。二律背反(アンビバレント)というほどではないにせよ、あまり相性の良いものでもなさそうだ。何故あんな技術を身に着けたのだろうか?

 

 

 そんなことを考えながら屋敷と並んで暢気に観戦していたのだが、ふと戦いの輪の外でおかしな気配を感じた。そちらに目をやれば、手首を掴まれた剣道着――一高の剣道部は白道着に紺袴──姿の女子と、手首を掴んでいるこれまた剣道着姿の眼鏡男子の姿があった。

 

 何らかのハラスメント、には見えない。

 言い争っている?

 いや、制止しているのか。

 

 眼鏡の方は(つかさ)(きのえ)。剣道部の部長だ。

 先日の顔合わせで初めて見たときは、どこぞの下級悪魔に精気(マガツヒ)を搾り取られてひどい状態だったが、今日は一応、運動部の女子を片手で止められる程度の力は有るようだ。

 保護すべきか、放置観察に留めるか。本家に問い合わせはしたものの、返事がない。決めかねているのか、何かしら思惑が有るのか。あるいは発見しただけで十分だったのか。

 

 なにはともあれ要注意人物であることには違いない。

 

 

 司が何事か声をかけると、女子の瞳から意思の光が消えて濁る。

 精神操作系魔法だとすれば一大事だが、あなたの【眼】は魔法反応を捉えられなかった。ただ荒立っていた彼女の感情(マガツヒ)が、一瞬で凪の状態に変化しただけだ。

 

 おそらく何か仕掛けただろう司自身は、彼女の変化に目もくれず、ただ司波の立ち回りをじっと見つめていた。一瞬たりと目を離そうとはしないあたり、異常な執着さえ感じられる。それでいて無機質な無表情、痩せた頬とともに人間味も削ぎ落としたような顔は、剣術部員が司波に倒される都度、口角だけを上げてニヤついていた。

 

 あれ、もう操られているんじゃなかろうか。

 

 

 彼らは一体、と屋敷に問いかけようとしたところで、インカムに通報が入る。

 

 場所は第一小体育館近く。

 勧誘騒ぎの中に部外者が乱入してきたとのこと。

 

 ここは風紀委員(司波)に任せておいても問題なさそうだと判断し、あなたは現場に急行した。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
のんびりちょっとずつ進めていますので、気長にお付き合いいただければ幸いです。

前書きにも書きましたが、今回ちょっと更新時間ギリギリまで書いてたので、色々と粗があると思います。なので後ほど修正するかもしれません。

人修羅さん、わりとモテモテです。
まあ魔法科世界でも高校生くらいだと、結婚を考える人間は数字持ち勢くらいのようですが、普通に恋愛対象としても(接点が少なければ)減点要素ほとんどないんですよね彼。接点増えると何故か家に上げてくれないとか、夜歩き(仕事)してるんで遅くまで遊べないとか、なんやかんやでマイナス出てきそうですけど。

というわけで、次回は優等生の方のエピソードに触れつつ、司甲のエピソードまでいけるかな? といった感じです。(少女探偵団出せるかなあ)

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【お詫び】
 空手部部長・屋敷について。
 以前は“柔術部”部長となっていましたが、「#039 不意打ち」を書く際に古い設定ファイルを参照してしまい、“空手部”部長としてしまいました。しかし設定上、どちらでも特に問題は無かったので、以前の記述を加筆修正し、以後は空手部部長に統一したいと思います。
 以前より楽しんでいただいていた方々に混乱を招いてしまったこと、誠に申し訳ありませんでした。

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(20230531)加筆修正
 ・[柔術] → [空手]

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