魔法科転生NOCTURNE 作:人ちゅら
2095年4月19日──火曜日。
新歓イベントの振り替えでB組との合同で行われた現代魔法学の実習は、現代魔法学における“魔法力”の三要素のうちの一つ、魔法式構築速度の向上を目的としたものだ。
暫定ペアの
──済まない、待たせた。
「ええ。お気にならさず」
そうした喧騒もどこ吹く風と、素知らぬ様子の彼女に促されて、続いてあなたが実習用の設置型CADの前に立った。
設置型CADは、発動する魔法が先行設定済みだ。後は皮膚接触により自動的に起動式が吸引されるようになっている。ただタッチパネルに手を載せて、魔法発動に必要な変数を入力すれば良い。その変数入力だって脳の意識と無意識の境界線上にある魔法演算領域が勝手にやってくれるし、そこで魔法式が構築され、イデア上に展開されれば、あとは現実の方がそれに合わせて改変される──無論、魔法の
CADを介することで、魔法師であれば誰でも魔法を使うことが出来る。もちろん保有する
だからこそ教育機関が必要なのだと、思うのだが。
CADを見つめ、わずかに思考の海に潜りそうになる。そんなあなたの様子に、視界の隅で深雪がスッと手でレーンを指し示す。
──確か……
タッチパネルに触れて発動地点を目視すれば、あとは勝手にやってくれるんだったなと、あなたは左手をタッチパネルに伸ばす。武術で鍛えたあなたの肉体が距離感を誤ることはない。と同時に頭を上げて、発動地点へと目をやる。
が。
視界の上部、認識域ギリギリで、ちょうどレーン向かいのB組の女子生徒も、試技を開始しようとしているのが見えた。赤い髪、色素のやや薄い肌、瞳も黒や茶ではない。一高では非常に珍しい外見だ。ふと気になって、視線をそちらへと向けてしまった。
ビーッ!!
手元の設置型CADから電子音が鳴り響く。と同時に、赤髪のB組女子があなたに向かって怒気を放った。
「何してくれてますか!」
何をしたのか、あなたは自分でも分かっていない。
あなたの魔法が発動しなかった。それは確かだ。
だが少女を怒らせるようなことを何かしたというのか?
* * *
「どうしました?」
あなたが困惑していると、騒ぎを聞きつけたのか、すぐ近くにいた百舌谷が尋ねてくる。
とはいえあなたは事情がよくわからない。言葉に詰まっている間に、B組の女子生徒の方が百舌谷に言い募った。
「彼が私の邪魔をしたんです!」
「……具体的には?」
「私が魔法を使おうとしたら、同じ地点に魔法をぶつけてきたんです!」
「同じ地点に? それはおかしいですね」
「でも──!」
なお言い募る女子生徒を、百舌谷は「魔法師は冷静に」と手のひらを見せて制止する。
そういえば服部も以前そんな事を言っていた。人間の意志の力──マガツヒを扱う古式魔法師としては、激情のコントロールも技術の一つなのだが、科学を論理式で改変する現代魔法師には、そうではないらしい。
「このCADは、安全のため範囲外を指定した際には魔法式が成立しないようになっています。ですからあなたと同じ地点に魔法を発動することは不可能です」
「でも」
「でもあなたの魔法は発動しなかった。そうです、不思議ですね。一科生でも優秀な成績で入学したあなたが、こんな簡単な魔法を発動できないはずがない。それは私もそう思います」
「だったら」
「
「……はい」
なるほど、服部の言葉はここから来たものかと、あなたは納得する。しかし結論は、服部のニュアンスとは多少異なる気もする。
百舌谷の「正しく行使する」というのは、服部の言うような
そんなことを考えている間も、百舌谷の
「現在分かっている確実なことは、あなたが魔法の発動に失敗したこと。それから
不意に名を呼ばれたあなたは、現実から遊離しかけた思考を手繰り寄せ、我に返る──周囲からは無表情で彼らの会話を見つめていただけに見えただろうが。
「君は魔法を発動する際、正しく発動地点を視認していましたか? あるいは視認せずとも照準を合わせる技術を持っていますか?」
あなたがよそ見をしていたことは確かだ。
それに現代魔法については完全に素人のあなたに、そんな技術があるはずもない。
──いえ。
「では君の魔法が発動しなかった理由は、変数入力の失敗でしょう。ブザーが鳴ったのは、範囲外に魔法を発動しようとしたためです。……他にも何人か、鳴らしてしまった生徒がいるようですね」
──……なるほど。
百舌谷が証明だと言わんばかりに、生徒たちが居並ぶ教室内へと視線を投げかける。確かにあちこちでブザーが鳴っては指導教員たちが、そちらへ足を運んでいる。おそらくブザーが鳴った理由を説明しているのだろう。
「間薙君の魔法は失敗した。これも事実として良いでしょう。次に
「はい!」
「明智さんのCADはブザーを鳴らしていませんし、これも事実と認定して良いでしょう。間薙君は範囲指定を誤り、それが原因で魔法の発動に失敗した。明智さんの魔法は発動するはずだったが、失敗した。ここまでが現在確認できている事実です。良いですか?」
百舌谷の丁寧に事実を積み重ねていく語り口は、聞く者たちも冷静にしてゆく。実際、激高していた女子生徒──
あなたもまた彼の出す結論には興味深々だ。頷いて続きを聞くことにする。
「そこで明智さんは、魔法が妨害されたと考えた。そしてその原因を、間薙君の魔法だと認識した。ほぼ同時に発動された、間薙君の魔法と相克を起こした。そう考えたわけですね」
「はい」
現代魔法学における魔法の“相克”とは、同一地点または同一対象に対して行使された複数の魔法式が、それぞれ現実を改変しようとする現象を指す。多くは論理矛盾を起こし、どの魔法式も魔法現象を起こすことなく消えてしまうが、干渉力に大きな差がある場合は、より強い魔法式の現象のみが発現する。
「これについては試技の記録を確認することで、確実ではありませんが、ほぼ確定することが可能です。魔法大学の関連施設では常にサイオン波の変動が記録されています。明智さんの魔法の発動地点のサイオン波を調べてみましょう。まずはCADの方へ」
それだけ言うと、スタスタと一人で歩き出す百舌谷。どうやら検証方法まで説明してくれるらしい。
実技実習のはずが、いつの間にやら実験になっているのだが、いいのだろうか?
そんなことを考えつつも、現代魔法学の研究手法を知る好機だと、あなたは百舌谷についていく。“明智さん”も、慌ててそれに同行する。
* * *
それからの百舌谷の手並みは水際立ったものだった。
正しく魔法が発動した場合のサイオン波の記録を取るため、“明智さん”にもう一度試技を行ってもらい、先程の失敗例と、サイオン波の変動値を比較する。失敗例の方が変動値が大きかった事が分かると、次にあなたの試技データから、サイオン波が変動した時間と、あなたが魔法発動に失敗した時間とを照合し──これも多少の誤差はあるものの──ほぼ同一とみなせることから、あなたが原因であろうことはほぼ断定された。
「以上より、高い確率で間薙君はCADのセーフティによって魔法式の構築には失敗したものの、誤った発動地点に失敗した情報構造、無意味な魔法式を発生させた。これが検出された強いサイオン波の変動、サイオンノイズの正体です。これによって明智さんの魔法による情報改変が妨害された。ということが分かりました」
彼女の魔法の失敗は、あなたの失敗魔法の魔法式と、彼女の魔法式とが
結局はあなたが妨害してしまったという認識を再確認しただけに過ぎなかったが、完全ではないにせよ事実とほぼ断定して良いレベルで確定したことで、あなたも彼女も、余計な
──すまない。申し訳ないことをした。
何故あなたが発動地点を誤ったかについては、謝罪の中で説明した。
彼女の外見が日本人離れしていたことに気付いて、瞬間、意識がそちらに持っていかれてしまったと、あなたは素直に告白する。捉えようによっては珍獣扱いにも取れてしまうことに、口にしてから気付いたあなたは焦ったものの、しかし“明智さん”は笑って「それなら仕方がないデスね」と許してくれた。
お返しにあなたも簡単に自己紹介をすると、「
そうしてあなたが話をどう終えようかと戸惑っていると、彼女はあなたの手をとって半ば無理矢理に握手。「この件はこれでオシマイです!」と朗らかに笑って去っていった。なるほど力技。そういう
「──しかしサイオン波の滞留時間が少々長い。それがCADの魔法現象を部分的に引き継いだ結果なのか、それとも間薙君のサイオン保有量に由来するものなのか、判別手段はありませんね。事象としては【領域干渉】なのでしょうが。ふむ……」
あなたたち生徒のやり取りを無視して、百舌谷は実証データを何度も読み返しながら更に何かを読み取ろうとブツブツ独り言を続けていたが、そちらは見なかったことにする。本来は研究畑の人間なのだろう。半生を研究者兼
これが実戦使用可能なものなのか、既存の技術なのか、確認しておかなければならないのだが、それは後回しだ。あなたはまだ、一度も試技の記録をとっていない。
試技に挑み、あるいは好成績を記録した生徒たちの様々な言葉に卒なく笑顔で応えながら、あなたの試技を待ちぼうけていた深雪に待たせたことを謝り、あなたは再度試技に望んだ。
記録は366ミリ秒。
「お見事ですね」
感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
エイミィ出して美少女探偵団がらみのイベントにつなげようと思ったら、百舌谷先生がハッスルしちゃって気付けば人修羅さんのスキル習得イベントに。
次回は人修羅さんの修行&校内巡回あたりになりそうです。(昼食イベントどうすっかなあ)
作中で発生した相克現象、百舌谷は状況から“偶発的な【領域干渉】”と考えています。ただし通常なら単に無意味な魔法式は、情報連結の弱さからすぐに霧散してしまうので【領域干渉】と言えるほどの干渉力を持ちません。あくまで人修羅のバ火力の為せる技だったりします。
(情報構造の強度が何故、どのような理由で変化するのか? 等の具体的な魔法的事実については、本作世界では“イデアを直接観測する技術”が未発達のため、判明していません。あくまで経験則として仮定されている程度です。イデアを観測できるのは稀少な【精霊の眼】持ちの魔法師くらいで、彼らも通常、ミリ秒単位で展開される魔法式と魔法現象を詳細に把握することは出来ませんので)
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(20251003)誤字訂正
hiroigui様、誤字報告ありがとうございました。