魔法科転生NOCTURNE 作:人ちゅら
――尋ねよう。
なにかの守護者を名乗るのであれば、守るべきものがあるのは確かだ。
ではその逆、何者が敵であるのか。
何者を敵とするのか。
何から何を、どのように守るのか。
営々と紡がれる人類史の中、複雑化した人類社会において、戦場はひとつとは限らない。
古代のように一個人が戦争の全局面に出張るようなことは既に無いのだ。人間の数が膨れ上がり、破壊力が人体の許容量をたやすく上回り、軍事が国家という巨大組織全体で運営される総力戦概念が生まれて以来、どれほど優れた人物であれ、その活躍する戦場は常に局地的にならざるを得ない。
広大な戦場を舞台に砲と砲、航空機、艦船で殴り合う戦場もあれば、限定空間に銃弾が飛び交う市街戦、あるいはゲリラ、テロ、内乱などの不正規戦に、諜報戦や情報戦など、数え上げればきりがない。
そしてそれらは長い時間をかけて蓄積してきた経験によって高度に専門化されるようになり、個別に専門とする組織が存在するようになっている。
さて、首都防衛を
「侵略者に対する防衛戦力。そう認識している」
――なるほど。
まあ実際そのとおりなのだろう。
彼の各種障壁を変幻自在に操る戦闘スタイルは、集団戦において最大に機能するように思える。
戦闘行為のエキスパートであり、また人命救助――特に災害救助で大いに力を発揮するのだろう。
それは専守防衛を旨とする戦前の自衛隊の一般的なイメージで、二十世紀末から二十一世紀初頭を生きた経験者であるあなたにとっては非常に想像しやすい。
――ならば。
彼の前にいずれ、数万年の
それでもやはり知っておくべきだろう。
人類が営々と築き上げてきた文明に息づく
数多の時代、名もなき人びとが心に抱いた祈りの
祈りによって生み落とされて、望みによって踏みにじられたもの。
恩讐の彼岸。
即ち人ならざる
* * *
……とはいえ今ここに悪魔を召喚するのはリスクが大きすぎる。
もっと信頼を得てからでないと何か悪魔絡みの事件が発生した際、先日のように痛くもない腹を探られることになりかねない。
というわけで、ここはあくまで脅威を予感させ、次につなぐことを優先する。
一足飛びに物事を進めようとして失敗した経験は数え切れないほどあるのだ。
その尻拭いをしてくれた、やたらと弁の立つ
……いや。
そもそも失敗の前提になった行動自体、あの若ハゲに唆されたケースが大半なのだから、感謝するような筋合いでは断じて無いのだが。
ともかくあんなペテン師もおらず、無駄に敵を増やすことも避けなければならない状況だ。
あなたは石橋を叩いて渡る必要がある。
――現代魔法の成立以前。君たちはまず既存の魔術、魔法について研究を始めた。
二十世紀末からの現代魔法研究の黎明期。
最初に研究対象となったのは、魔法現象を技術としてきた魔道士たちだった。
彼らのうち、好奇心の強いもの、利を求めるものが、最初に協力した。
時には非合法的な手段によって人体実験が行われたこともある。
――そして魔法現象を知り、その再現に努めた。
ほとんどが蓄積された経験則による魔法じみた知恵、あるいは手品や曲芸の類であったが、中には確かに当時の科学において不可解な現象を起こすものもあった。
それが発生する前後に起こる様々な現象の調査。
まずは研究室の中で再現できるものから始まった。
――成功したものもあれば、失敗したものもある。
様々な仮定を立て、膨大な時間と費用を投じた実験の末、魔法現象が発生する際に共通して検出される
物質としては未だに検出できていないものの、現象として確認できるもの。
蓋然性の高さから、やがてそれが検出されるものを魔法現象、されないものを非魔法現象と整理していった。
――そうして取捨選択の末、君たちが打ち捨てたものが、これだ。
あなたが握り拳を見せると、二人が異なる反応を示した。
十文字は怪訝そうに、あなたの次の言葉を待っている。
そして七草は、目を見開いてその拳を凝視していた。
やはり彼女には視えているようだ。
「
――古流では“
古流では経験の整理を個々人の感覚で行うしか無かった。
かつて超常能力が肯定的に扱われていた時代にはそれらを量的に計量し、あるいは質的に評価し、体系的に研究する科学技術が未発達であった。そして科学技術の発達過程においてそれら超常能力は検証不能なものとして否定され、忌避されるようになったという歴史的経緯がある。
そのため想定以上の出力が得られたもの、機能が発揮されたものを感覚的に語り、それを聞いた人々が雑にまとめて名付けてしまったため、彼らはそれが単なる身体操作によるものか、化学反応によるものか、それとも本当に超常的なエネルギーによるものかを区別できなかったのだ。
だから古式魔法師の研究のほとんどは徒労に終わった。
現代魔法の研究はサイオンに干渉する近代以降の
キルリアン写真に写るか写らないか。
それだけの違いであっても、再現性の有無というのは科学的に大きな意味を持つ。
結果としてそれ以外のもの、古代から伝承されてきた多くの知恵が、人々の想いが、科学の名のもとに排除されたわけだ。
科学を基幹技術として文明が発展してきた以上、仕方がないことではあるが、個の自由、
「
――ん?
「違うのか?」
何故ここで大亜の話に……?
……ああ、なるほど。
仮想敵となる古式魔法師、イコール大亜連合、という発想か。
現代日本において、古式魔法師の存在感はかなり薄い。
隣接国についても、たとえばUSNA――北アメリカ大陸合衆国――は同盟国として脅威度は低いし、そもそもUSNAの古式魔法師も、権力闘争にはとんと興味を示していない。
新ソ連――新ソビエト社会主義共和国連邦――は前時代の政治体制下で土地の古式魔法師を族滅した、とされている。前生のあなたは、とある事情から彼らの逃避行を支援したことがある。
対する現代の大陸――大亜細亜連合――は近年まで古式魔法師が幅を利かせていたらしく、もしもあなたが師事したような達人がまだ残っているのであれば、その可能性は十分に有り得る。
守護者殿はそう解釈したのだろう。
間違ってはいない。
――いや、それで良い。
「ならば逃げるわけにはいかんな。逃がすわけにもいかん」
大亜連合とは三次大戦中に砲火を交わしており、その後も講和を結んでいない。
三年前には沖縄への侵攻作戦を実行し、防衛に成功したものの人命も失われ経済活動にも大ダメージを受けた。
また現在でも大小さまざまな工作を仕掛けてきている敵国だ。
ま、理由は何でも良い。
東京の守護を自認するなら、相応の力を身に付けてもらわなければ困るのだ。
「続けよう」
握った拳で膝を叩くと、その勢いで立ち上がった
その意気や
「七草」
「……大丈夫なの?」
「これは指南なのだろう?」
――ああ。
「古式の秘術か、
「でも」
おそらく真由美には視えたのだろう。
先日の【マカジャマオン】に気付けた、ということは、彼女にはおそらくマガツヒを感知する何らかの能力があるのだ。
思えば先程、あなたが遠当てを構えた際、それを打ち出す前に声を上げていたのも異常だ。
おそらくマガツヒの変化に気付いたのだろう。
あなたが何をするかは分からないが、それが未知の何かであることを警戒している。
立会人として安全を取るならここで止めるべきだ。
それは分かるが、十文字は継続すると言っている。
そしてあなたはこれが「指南」だと言った。
これが古式魔法師の秘術であるのか、あるいは別の何かであるのか。
なんであれ、真由美は先日あなたに対する警戒意識を伝えている。
その上で警戒心をより強めるような振る舞いをしているのであれば、それは少なくとも、あなたはそれが必要だと考えている、ということだろうと判断する。
幼い頃から十師族の一員として
そして数度瞬くと、両手を腰に当ててわざとらしく大きなため息を吐き出して。
それから諦めたように、しかし絞り出した力強い声で宣言した。
「危ないと思ったら力づくで止めますからね!」
否やはない。
あなたは小さく頷いた。
良かった。
これで止められたら、最悪
「おう」
十文字の返事は、ひとつ肝が据わったように聞こえた。
* * *
――よし。では
そう言うやいなや、あなたは一足飛びに十文字の懐に踏み込むと、貫手で脇腹を突く。
中指の先が皮膚を数ミリ押し込む程度で手を引くが、巌の肉体は過敏に反応して大きく飛び退いて眉をひそめ、うめき声を上げる。
十文字が立ち上がるやいなや、再び同じリズムで踏み込み、同じように貫手で突き込む。
障壁を貫通してしまえば、そこにあるのは生身の肉体だ。
いかに魔法師が身体情報を情報強化し、非魔法師よりも遥かに強固な肉体を持つとはいえ、限度はある。たとえばそうした魔法師の頑丈さに対抗するべく開発された軍用ハイパワーライフルの弾丸は、魔法師の肉体をたやすく破壊することができる。
たかだか
あなたは十文字を殺すつもりも、壊すつもりも毛頭ない。
だがそのレベルの危機感を持ってもらわなければ、おそらくあなたの目的は達成されないのだ。
彼に眠る【
初めて彼と
あとはそれを能力として発現できれば、少なくとも今の体たらくからは脱することができる。
対抗手段くらいにはなるはずだ。
それを引き出すため、あなたはひとつ小細工をした。
貫手や一本拳による軽い接触で打撃のダメージを最小限に、代わりに経絡と浸透勁の合せ技で内臓に一時的な不調を招き、本人の危機感だけを増幅してゆく。
これを強強度で打ち込めば俗に三年殺し等と言われるような必殺技にもなりうるが、加減をすれば遅効性ながら治癒可能なダメージに収めることは可能だ――それでもあなた自身で治療しなければならないのだが。
そのまま2分ほど時間をかけ、単発の打撃を繰り返していると、さしもの十文字も不調を隠しきれなくなったようだ。回避が間に合わず、遂にはその場で膝をついた。
――どうした?
自慢の
――もう止めにするか?
脅威となりうる力を前に、ここで引き下がれるはずはないだろう。
――立て。構えろ。
できないのであれば武に携わるものとして、お前は二度と守護者などと名乗れまい。
あなたは腕を組み、殊更に胸を反って十文字を見下ろした。
戦いの中、自ら攻め手を封じるように腕を組むなど愚の骨頂である。
だからこそ【挑発】たりえる。
「間薙君、流石にこれ以上は――」
――あと一回。
それで出来ないようなら終わりにしよう。
真由美がCADに指を添え、すぐにでもあなたを制圧する姿勢を見せたが、あなたが応じると彼女はこの部屋の外周にいくつもの氷塊を生み出して言った。
「……信じるわよ?」
この状況で言うも言ったり、とは思ったものの、そこまで信頼関係があるわけではないのだ。
十分以上に妥協してくれていることは分かっている。
――ああ。
大丈夫。
能力励起のきっかけとしては、十分なはずだ。
必要な能力はあるのだ。
そして
であるなら、あとはきっかけさえあれば、と思うのだが……
ふむ。
「……すまん。待たせたか」
胃のムカつき、喉のつかえ、内臓がねじれるような不快感などの症状が出ているはずだが、十文字は立ち上がると口元を拭い、ファイティングポーズを取った。
――まだ本気になれないか?
「……いや、胆は決まった」
その言葉のとおり、十文字の気配が変わった。
あなたにとっては慣れ親しんだ、清冽な
【
あなたは結果を確信して、最後の一撃を繰り出した。
お待たせしてすみません。
某夏祭りに引っ張り出されたり、体調不良でちょっと入院したりで間が空いてしまいました。
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(20260120)誤字訂正
雪森様、誤字報告ありがとうございました。