魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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当初のプロットでは「破1」「破2」で分けるつもりだったんですが、ちょうどいい長さでの切りどころがなかったので一本まるっと出してしまいました。
お陰で余計におまたせしてしまってスミマセン。



#054 事後処理・破

 2095年4月26日――火曜日・夕刻。

 

 悪魔に取り憑かれた男子生徒二名を救急車で搬送するのを見届けたあなたは、克人(かつと)に呼び出しを受けて生徒会室へと向かった。

 当初の予定――生徒会会長の七草(さえぐさ)真由美(まゆみ)、部活連会頭の十文字(じゅうもんじ)克人、そして風紀委員長である渡辺(わたなべ)摩利(まり)を加えた四人で、悪魔――超常的な寄生物(パラノーマル・パラサイト)――と(つかさ)(きのえ)の義兄について、改めて相談をするためだ。

 

 そうして生徒会室のドアを開けるなり目に飛び込んできたのは、生徒会長のデスクに座り、モニタを睨みながら手元にメモを取りまくる生徒会長の姿だった。

 

 先ほどの事件の事務処理だろうか?

 やけに気迫のこもったその様が気になったあなただったが、パーティションで区切られた応接スペースに座る克人に「こっちだ」と促されたので、ひとまず棚上げしておいた。

 

「それで、だが」

 

 あなたが克人と摩利、二人に軽く会釈をして席に着くと、克人が言うべき言葉を探して視線を彷徨わせている。

 

――どちらの件からで?

 

 あなたが持ち込んだ二つの話、どちらから話すべきか、あなたも考えあぐねていた。

 この場にしても、克人にせよ真由美にせよ、どう対処するべきか判断しかねる話なので、同じ運営委員の長である摩利にも話しておきたい。ということで設けられたものだ。

 

「そうだな……」

「その前に、お前に聞いておきたいことが有る。あの二人に何をした」

 

 克人の思案に割り込むように、摩利が立ち上がり、あなたに詰め寄る。

 何、とは。

 

「お前が抱えて出ていった二人だ。こちらが手を出す前に、気絶したようだった。()()を使ったのか」

 

 ……ああ、もしかして。

 彼女はあなたの未知の現象、未知の能力に対して警戒しているのではなかろうか?

 そういうことであれば、理解できる。

 

――ああ。

 

 人の精神活動に作用する魔法は、現代魔法では不得意な分野だ。

 それは現代魔法が自然科学の領域から研究が始められたことと無関係ではないのだろうが。

 閑話休題(それはさておき)

 

 使ったのはサキミタマの【ドルミナー(誘眠)】。分類上は対象を眠りに誘う権能(まほう)とされるが、サキミタマのそれは主に昂った感情を(しず)め、休息を与えるためのものだ。元から精神が摩耗していたからこそ効果を発揮したに過ぎない。

 

――あれは興奮状態を鎮めるだけのものだ。気絶したのは疲れが出たんだろう。

 

「ふん、どうだかな」

 

 不信感を隠そうともせず、突っ掛かってくる摩利。

 

 理解はできる。

 魔法という技能が自然現象に干渉する際、常にその結果は前後の連続性の破断という性質を持つ。それが物質を対象にするなら、科学的に前後の変化を観測、判定することが可能だ。

 しかしそれが精神を対象にすると話は変わる。科学は未だ精神の連続性を証明することが出来ていない以上、当然その不連続性を証明することも出来ない。つまり魔法が精神に干渉した事実を客観的に観測することは不可能なのだ。

 

 そして人間は精神の連続性、自己の自我について無条件で信じるべきもの、最も貴重なものとして至上の価値を認めている。

 だからこそ他者の精神に影響を及ぼす魔法は、現代魔法においても行使の際には複数の強力な制限があり、これを破れば重大なペナルティを負わされることになる。

 

 とはいえ、あなたが――より正確にはサキミタマが、だが――したことは、対象者を眠らせただけだ。それほど強い拒絶反応を生じうるものなのだろうか? 前後不覚にするだけであれば、他にいくらでも手段はある。それこそ現代魔法にも、物理的に致命傷を与えるような魔法すらあるというのに。

 

 

「いい加減にして」

 

 あなたと風紀委員長との間に剣呑な空気が生じ、室内に嫌な緊張感が漂う。

 するとそれまで自分のデスクで作業に没頭していたはずの生徒会長が顔を上げ、苛立ちを隠さず口を挟む。

 

「摩利。間薙(かんなぎ)君の何が気に入らないのか知らないけど、ここに何をしに来たの?」

「それは……」

「魔法師に手の内を聞くのはマナー違反よ。それにあなたの技能だって似たようなものでしょう」

「だが……!」

 

 ()()()()()()

 その一言が気になったあなたは、渡辺摩利を【視】てみることにした。

 

 基礎能力に関しては、人間にしては大したものだが達人、超人と言えるほどではない。

 技能も、目に付くものは【源流武芸】と【調香術】の二つくらい。

 

 【源流武芸】といえば、平安時代の妖怪退治の伝承にある頼光四天王の武芸のことだろう。源頼光(みなもとのらいこう)配下、渡辺(わたなべの)(つな)を筆頭とした四人の武将、渡辺綱、坂田(さかたの)金時(きんとき)卜部(うらべの)季武(すえたけ)碓井(うすい)貞光(さだみつ)が使った大刀、弓、斧などの武器術と思われるが、詳しいことはあなたも知らない。

 あるいは伝承の悪魔として彼らを召喚すれば分かるかもしれないが、今の話題とは関係がなさそうだし、人間レベルの武芸で傷つけられる人修羅(あなた)でもない。また別の機会としよう。

 

 とするともう一つ、【調香術】だろうか?

 

「私は摩利を疑うべきなのかしら?」

「……すまなかった」

 

 香りもまた、古来はまじない、魔法の類に数えられた技能だ。たとえば痛みを忘れさせたり、心を落ち着かせたり、逆に興奮させたりする、心を操る魔法の道具とされた。あるいは害虫を避けたり、猛獣をまどろませたりと、人間以外にも効果を持つものがたくさんある。

 地獄や冥界、辺獄、桃源郷、涅槃、天上界など、信仰にまつわる異界には必ず香りの描写が伴うのも、古くから人類が香りに特別なものを感じていた証左であろう。と、かつて氷川は(うそぶ)いていた。

 

 ……ああ、だからか。

 摩利の指先から微かに没薬(ミルラ)の香りが漂うのは。

 

「それから間薙君。手の内を晒せなんて言わないから、一緒に行動するときは、せめて何をするつもりか、くらいはなるべく事前に話しておいてね」

 

――ああ。すみませんでした。

 

 渡辺摩利の能力について思索に耽り始めていたところ、急に水を向けられたあなただったが、配慮が足りなかった自覚はあったので、すぐに謝罪を口にした。

 

 思い返せばあの時、具体的に何をするのかを話したのは克人一人に対してであって、摩利を含めた風紀委員たちとは情報共有をしていなかった。

 前生でも即興チームによる作戦は、スタンドプレーで破綻することが少なくなかった。もちろん手の内を明かせない相手もいたが、その場合は極力距離を取って影響を少なくしようとする。今回のように同じ作戦空間で行動するなら、極力一般的な行動を選択するべきなのだ。

 

 摩利の撃発はそうした理由ではないと思うが、ここでは摩利とあなたが双方ともに謝罪した、という形式(カタチ)が大事なのだ。風紀委員長の不満は(くすぶ)るだろうが、せっかく生徒会長殿が矛を収めるための口実を作ってくれたのだ。

 ここはありがたく乗らせてもらって――

 

 

 ――(いや)

 それならば口実で済ませず、言葉どおりにしてみるのも良いかもしれない。

 これから男子生徒が搬送された病院へ行き、古式魔法師・吉田幹比古に憑物(つきもの)落としを実行してもらう。

 ……吉田の許可が必要か。

 

 うまくすれば、風紀委員長の協力も得られる可能性が出てくる。もちろん摩利自身のあなたに対する嫌悪感がすべて払拭できるとは思わないが、感情はともかく風紀委員の立場から、協力要請を拒絶することを難しくすることはできるかもしれない。

 おそらくは半信半疑、今は一次情報による混乱と不安であなたに仮の信を置いてくれている生徒会長(真由美)部活連会頭(克人)も、時間が経ってそれらが落ち着けば不信に傾く可能性は少なくない。鉄は熱いうちに打て、とはやる気だけの話ではないのだ。

 

――ちょっと失礼。

 

 と、あなたは携帯端末から幹比古に向けてメールを打つ。

 憑物落としをして欲しい旨、その時、運営委員の長三人に同席させたい旨を伝えると、家伝の秘儀を開示する責任について少々悩んだようではあるが、最終的にはあなたの――

 

開示の責任(ソレ)については間薙(ウチ)で負う』

 

 ――という一言で決断し、承諾してくれた。

 ま、秘儀の開示と言っても今から病院内に研究機材を持ち込めるわけでなし、ただ()()()だけだ。

 もし記録を希望された場合、古式魔法師家の秘儀として断れば良いし、吉田家の方には幹比古に関する依頼の手数料として交渉するでも、代わりに間薙謹製の呪具(アイテム)を提供するでも良い。

 

――では実際に観てもらう、というのはどうだろうか?

 

 

*   *   *

 

 

 21時すぎ。

 八王子市内にある魔法大学附属八王子病院の一室に、あなたたちの姿があった。

 

 同行者は七草真由美、十文字克人、渡辺摩利の三人に、祭礼に使う神具を持って合流した吉田幹比古。

 そして責任者として安宿(あすか)怜美(さとみ)にも同行してもらった。

 怜美については立会人として、また今後、なにかと協力してもらうことも考え、ある程度の事情は知っておいてもらうことにした。

 

 ちなみにこの病院も名前の通り、魔法大学の肝いりで運営されており、普段から学生魔法師たちのトラブルに対応してくれているそうだ。とはいえ医療系の魔法師が常駐していることを除けば、設備に関しては一般的な病院とほぼ変わりないらしい。

 加えてどうやらあの東道青波(フィクサー気取り)の息がかかっているらしく、名を出せば何かと融通が利くとのこと。とりあえず今回は使うつもりはないが。

 

 搬送されてきた二名の生徒は、血の気も引いた病的な顔色で、ベッドの上に横たわっている。

 現在は心電図モニタをつなぎ、栄養点滴をしながら経過観察をしているようだが、今や生命力(マガツヒ)の枯渇しかけた肉体には効果も薄いだろう。放っておけば残った生命力も悪魔に吸い取られて、眠ったまま数日後に息を引き取るか、運よく生還したとしても長時間の酸欠後に近い後遺症が残ることになる。

 

 想像以上に状態が悪かったのだろう。

 彼らを見る安宿先生も、顔色を失っていた。

 

 

「で、どうするつもりだ?」

 

――彼らに憑いた()(もの)()とす。

 

 幹比古の祭壇設営を手伝いながら、すこしばかり秘密の打ち合わせを終えたあなたは、備え付けのパイプ椅子に並んで座る見物人たちに説明をしていく。

 とはいえあなたも吉田家の儀式がどのようなものか、詳しいことは知らないので概要解説しか出来ないのだが。

 

 憑物落としと言えば、古来より狐狸妖怪、邪鬼、悪霊といった、人知の及ばない存在(モノ)を遠ざける儀式を言う。あなたの生きた二十一世紀初頭で流行した創作物では、凝り固まった思い込みを()()に見立て、丁寧な状況解説によって見失っていたものを取り戻させることを憑物落としと呼んだりもしたが、元来はれっきとした隠秘学(オカルティズム)であった。

 西洋に渡ればこれがエクソシズム――悪魔祓い――となるわけだが、やっていることは同じだ。

 

 何かが憑いている、という状態は現代では科学的に説明できるものもあるし、心の問題であったものもある。

 だがそうでないものもある。

 そういう話だ。

 

 

 準備されていく祭壇は簡易ながら神道式のもので、置かれる神具もそれなりに年季が入ったものに見える。あなたの【眼】にもそれが吉田家累代の家宝であろうことは見て取れた。とはいえ丁寧に手入れされていたわけでもなく、単に使われず仕舞い込まれていただけのようでもあった。

 その証拠に、力ある呪具であれば――そうでなくとも想いを込めて扱われた物品であれば多少は――見えるはずの想念の影(マガツヒ)がほとんど見て取れない。

 

 神秘が(そこ)なわれ、悪魔たちの潜む不可知の領域も少なくなった科学全盛の現代において、もはや憑物落としや悪魔祓い(エクソシスト)といった呪術(まじない)の類は形式ばかりの儀式(セレモニー)になってしまっているのだろう。

 ……しかしこれで効力のある儀式ができるのだろうか?

 

 

 およそ十分ほどして、病室備え付けの折りたたみテーブルに神具を並べ、簡易ながら清祓(せいばつ)式の祭壇が整えられた。

 その祭壇を挟んで生徒が眠るベッドを奥に、(さかき)の枝を(うやうや)しく掲げた幹比古が手前に座る。

 首から両肩、胸までを白絹の薄布――おそらくは比礼(ヒレ)と呼ばれる神具のひとつ――で隠しているのは、一高(イチコー)の制服の緑のアクセントを隠して浄衣(じょうえ)の代用にしているのだろう。

 

「では、準備ができ次第、始めます。

 僕が終わりましたと言うまで、声を出されないようお願いします」

 

 緊張した面持ちであなたたちを見渡し、幹比古が告げる。

 さて、お手並み拝見といこう。

 無理ならあなたが力づくでやってもよいのだし。

 

 

 ピッ ピッ ピッ ピッ

 つながれた心電図モニタが、規則的に電子音を発する中。

 

「ひふみよいむなや こともちろらね……」

 

 俗にひふみ祓詞(はらえことば)とよばれる四十七音の神咒(かじり)を唱えながら身体を左右にゆらゆらと揺さぶり、魂の汚れをふるい落として自らと場を清めていく幹比古。そして手にした榊を水盆に浸し、自らの肩を何度も打つ。

 

 神道系の魔道士は(けが)れと呼ばれる要素を遠ざけることで魂を清らかにし、霊格(レベル)を高めることを美徳とする。

 仰々しい儀礼を見慣れない現代魔法師の卵たちにしてみれば、何の意味もない行為にしか見えないだろう。

 

 否。七草真由美と安宿怜美にはこの場が祭礼の空間として、一種の結界に取り込まれてゆく様が視えているようだ。他の二人がただ幹比古の所作だけに注視しているのに比べ、彼女たちは空間に広がる薄いマガツヒの光――真由美は霊子(プシオン)と理解しているようだが――に驚いているように思える。

 

「これより二名の鎮魂(たましずめ)を行います。式が終わるまで、頭を垂れていただきますようお願いします」

 

 そうして幹比古が三種(みくさの)祓詞を唱え始めると、ベッドに眠る学生の身体から黒い煙状のなにかがゆっくりと滲み出してきた。

 

 オオォォオォォォォォ……

 

 弱った悪魔が苦しみのあまり、地響きの如く叫んでいる。

 幹比古が祓詞を唱え榊を振るたび、空間そのものを震わせる叫びは大きくなるが、あなたを除いた三人の学生はどこから聞こえるものか分からないようだ。あたりをキョロキョロ見回しながら、発生源を探している。

 

 だがそれも、ドライアイスの冷気のように重みのある黒い煙が、ベッドから床に落ちてなおゆっくりと広がり始めるまでだった。

 

 祓詞に応え、天から降るように天井から室内に満ち来る清浄な神気(マガツヒ)の気配。

 その圧に押し出され、二名の男子学生の肉体から引き剥がされて逃げ出す、二体の悪魔。

 個として形作ることも出来ない弱った二体の悪魔は、黒い煙状のまま二つのベッドの間で混ざり合い、その密度、濃度を増してゆく。

 このままだと二体の悪魔のマガツヒが雑に結びつき、不確定な合体事故が起こってしまうのでは?

 

「神火清明 神水清明 神風清明」

 

 あなたがそんなことを考えるのとほぼ同時に、幹比古が息吹(いぶき)法を唱えた。

 祭壇正面と左右に向けて大きく生きを三度吹くと、祭壇まで及びそうになっていた黒い煙が吹き飛ばされてゆく。

 

 しかし、だ。

 

 そうすることで、余計に黒い煙は一箇所にまとまってしまった。

 床にわだかまっていた黒い煙は密度をあげると徐々に上へと立ちのぼり、なにかを形作ろうと(うごめ)き出す。

 それまでゆらゆらと揺らいでいた黒煙は、まるで意思があるかのように流れはじめると、やがて腰ほどの高さのある球体状の黒い(もや)へと姿を変えてゆく。

 

 ガタタッ!

 

 それまであなたの斜め後ろに立っていた摩利が、座っていた椅子を蹴飛ばすようにして駆け出す。

 同時に特殊警棒を振り伸ばし、そのまま黒い靄に振り下ろした。

 

「シィッ」

 

 摩利の鋭い呼気とともに特殊警棒に仕込まれたCADが魔法式を放出し、伸びた特殊警棒が靄を切り裂く。

 その風圧で周囲の靄も吹き飛ばされ、球体はきれいに両断された……ように視えた。

 

 ピピピッ ピッ ピピッ

 

 ベッド脇の心電図モニタの電子音が、突如として乱れる。

 天井のLED照明の色が不規則に変わり、明滅する。

 

 飛び退いて特殊警棒を平に構え、警戒する摩利。

 

 手応えはあっただろう。

 見て分かる通り、特殊警棒によってたしかに一度は切り裂かれていた。

 

「摩利!?」

「手応えはあった。が」

 

 悲鳴のような真由美の声に、摩利は剣士としての実感で応えた。

 だが、確信が持てなかったのだろう。

 武術家にとって、自身の感覚が信じられないことほど恐ろしいことはない。

 その声にはどこか弱気が滲んでいた。

 

 

 心電図モニタの音が、天井のLED照明が元に戻ると、摩利はあなたに視線を向ける。

 

――それは(うつ)()のものではない。

 

 男子生徒二人分のマガツヒでも、現界には足りなかったのだろう。

 それは悪魔として名のある何者かになることも出来なかった。

 確たる姿を得ることもなく、残ったマガツヒも男子生徒たちに還るはずだった。

 

 まあ、ソレは良いのだ。

 二体の悪魔の()()()()()()()()

 

 だが問題は……

 

「……声を出さないようにと、お願いしたはずです」

 

 二人は――いや、あなたも含めて三人は――この儀式の決まり事を破ってしまった。

 

 場を設え、(ルール)を強制するのが祭祀(さいし)、または祭礼(さいれい)という儀式魔術である。

 その法を布く側が――参列者とはいえ――破ってしまった場合、罰則(ペナルティ)を支払わなければならない。

 

――すまん。

 

 諦めの面持ちで言い募った幹比古からマガツヒが流出する。

 摩利、真由美からも同じようにマガツヒが流出する。

 その行き先は、不気味な紫の光を放ちだした黒い靄。

 

 幹比古は柏手(かしわで)を打ち、室内を改めて清めようとするが、彼は祭礼破りの失態を挽回できるほどの霊格(レベル)を有していない。

 祭祀として最大の責任を負っていた幹比古は、再度ひふみ祓詞を唱え、身を清めることで耐えようとしていた。

 

 マガツヒを急速に失えば、姿勢を維持することすら難しくなる。

 摩利はその場にへたり込むように崩れ落ち、真由美も椅子に座ったまま俯き、いかにも調子が悪そうだ。

 二人ともCADを操作して自身の情報を強化したようだが、それで止められるものでもない。

 怜美は隣に座る真由美の背をさすりながら、ゆっくり深呼吸をするよう促していた。

 

――十文字。

 

 あなたはこれまでずっと静観していた克人に声を掛ける。

 

 彼がここまで一言も発さず、摩利の勝手にも動かなかったのは、あなたがそうして欲しいと頼んでいたからだ。

 

「どうすれば良い」

 

 克人の応えは抑えてはいるものの、ここまで動かなかったあなたに思うところもあるのだろう。声に(けん)があった。

 そこに想像以上の怒りを感じたあなたは柏手を一つ打ち、病室内に【メディラマ(範囲中回復)】の権能を振り撒いて真由美、摩利、幹比古の生命力(HP)を補填、回復させる。

 

「間薙」

 

――合図をしたら、あの靄を圧潰(あっかい)させてください。

 

 あなたは先程の【メディラマ】で、出来損ないの悪魔にもマガツヒを充填している。じきに姿を得、受肉し現界することだろう。現代魔法がマガツヒに直接干渉できない以上、ダメージを与えるには受肉後の肉体を破壊して強制的にマガツヒを減衰させるしか無い。

 もちろん【神降ろし(テウルギア)】を使えばまた別なのだろうが、朝の模擬戦で消耗させている以上、ここで再び消耗させたくはない。

 

――幹比古。

 

「ぼ、僕はだ大丈夫だよ。あ後始末は任せて」

 

 かつて自分を見失っていた少年は、半月前の手荒な()()によって目が覚めたらしい。「見物人の邪魔を見逃せ」というあなたの無理な注文にも、自信を持って応えてくれた。

 それでも声に震えが残っていたのは、気付かぬふりが武士の情けというものだろう。

 

 

 そうして待つこと約一分。

 黒い球状の靄の正面から、やおら硬質な輝きを帯びた鋭利な切っ先が、上部から黄金色の角のようなものが突き出してきた。

 

 受肉によって得た名は【レギオン(Legion)】。

 新約聖書に登場する悪霊を指す言葉とされる。

 

 瞬間、十文字を再び呼ぶと即座に障壁魔法が発動。

 不可視の球体が黒い靄を瞬時に包み込み、中心に向かって圧縮してゆく。

 金属同士が打ち付けられ、擦れ合う甲高い音が響いたかと思うと、バキボキと骨の折れるような音と、ぐじゅぐじゅと柔らかで湿った何かを握りつぶしたような音が、静かな病室内で反響し。

 そしてバレーボールほどの大きさまで縮まったところで障壁魔法が解除。ぐちゃりと嫌な音を立てて白く清潔だった床に広がった。

 

 それでもなお蠢くレギオンは、瀕死の中でか細い紐のような触腕を伸ばし、最も近くにいる摩利を標的にする。

 

 ヒュン!

 

 と風切り音でもしそうな勢いで伸びた触腕が、へたり込んだ摩利の額めがけて突き刺さる。

 

 パンッ!

 

 だがそこに鳴り響いた幹比古の清浄な柏手が、その勢いをわずかに殺した。

 体力を回復していた摩利が、座ったまま特殊警棒でそれを振り払うのと、まったくの同時。

 

 弾き飛ばされた黒い触腕は、病室の白い壁へと突き刺さっていた。

 まさに間一髪であった。

 

 

()()()()()()()()

 (カン)(ゴン)(シン)(ソン)()(コン)()(ケン)

 祓い 給え 清め 給え」

 

 そうして幹比古の三種大祓(みくさのおおはらえ)がトドメとなり、レギオンとなった悪魔は消え去った。

 

「これにて鎮魂(たましずめ)を終わります。お疲れ様でした」

 

 幹比古が宣言して、今宵の騒ぎは終幕となった。

 

幻覚(つくりもの)ではない、か……」

 

 独りごちる摩利の肩が、ひどく小さなものに見えた。

 




感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。
([ここすき]もチェックしてますんで、感想書くほどじゃないなーという方も、いいなーと思ったところでポチポチやってもらえれば幸いです)

 ぶっちゃけ「憑物落とし」や「悪魔祓い」については、心理学や脳科学の問題を当時の科学的素養で理解するための方便、という考え方のほうが好みなのですが、なにしろここは悪魔が実在する世界ですので、それでは説明できないものも存在する――ということになります。
 本作はあくまで創作物である、ということを改めてここに明記しておきます。

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(20260312)誤字訂正
 hiroigui様、MinouTaRou様、誤字報告ありがとうございました。

(20260314)加筆修正
 【メディラマ】の効果範囲に関する箇所を、一部修正しました。
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