魔法科転生NOCTURNE 作:人ちゅら
2095年4月28日――木曜日・放課後。
目を開けた瞬間、最初に感じたのは静寂だった。
嫌な予感が遅れて浮上する。
アナログ式の腕時計は、16時18分。
五限の終了時間から更に一時間が経っている。
討論会はプロジェクターなどの設備準備を加味し、15時45分が開始予定時間だ。
つまり、
――寝過ごしたか。
あなたは短く舌打ちする。
疲労による深い睡眠。
一昨日の
放送室の占拠騒動と、病院での悪魔祓い。
そして討論会のための資料集めで徹夜作業。
確かに
連日ここまで想定外の出来事が続けば、あなたとて気疲れもする。
ありえないことではなかった。
だがこれは最悪のタイミングだ。
あなたは身体を起こしながら、即座に最短経路を思考する。
討論会は既に始まっている。
個人端末には通話呼び出しのコールが何度も入っていたが、ここまで呼びに来なかった、叩き起こされなかったということは、討論会への出席は免除された、と判断してもよいだろう。
今から会場へ向かうより、まずは状況把握するとしよう。
都合が良いのか悪いのか、ここは部活連事務室だ。
討論会が行われている講堂兼体育館からは離れているが、講堂の常設カメラのデータが映せる大型モニタが備え付けられている。
端末を操作し、大型モニタに講堂の映像を呼び出す。
映し出されたのは、壇上で応酬を繰り返す生徒会と有志同盟の姿。
音声を拾うと、広い講堂に響く男子生徒の怒鳴り声がスピーカーを震わせる。
あなたは騒音に顔をしかめつつ、人間の声を拾いやすいようイコライザを調節し、ボリュームに自動補正をかける。
ふむ。
質問は見事に
公平性への不満。
待遇差への憤り。
個別の事例を持ち出した糾弾。
あなたの苦労は無駄にならずに済んだらしい。
だが。
――浅い。
思わず、声が漏れる。
有志同盟の論点は散漫だし、主張は感情的で、提示されるデータは断片的。
どれもこれも反証に耐えるものではない。
対する生徒会側は、準備通りに論理を組み上げて着実にポイントを稼いでいる。
あなたが居なくても、あなたの用意した
正直、引き継ぎが雑になってしまったので大丈夫かと不安だったのだが、それは杞憂だったようだ。
これでは勝負になるまい。
* * *
……こんなものか?
あなたは腕を組み、画面を
突然の討論会なのだ。準備不足ということは大いに有り得る。
しかも昨日はビラ配りにかなりの人数を動員していた。それを考えれば、断片的であれ資料があるだけ褒めるべきかも知れない。
思春期の少年少女が、思い込みの感情論で行動してしまっても不思議ではない。
否、そちらの方があなたの感覚的には納得できる。
壇上で論述している男子生徒は会長に反論される度に顔を赤くしているし、苛立ちを隠せず会長が答弁している間中、演台をコツコツ指で叩いていたりもする。
それでも彼の隣に座る、パネル操作役の少年に
そうして暴れ馬を乗りこなす少年は、手元のなにかを指さして話している。
おそらくは次にどうするかの指示をしているのだろう。
また、
彼らも昨日のビラ配りに参加していたので、おそらく有志同盟の生徒だろう。
その野次に
そこに情熱は感じられない。
決められた仕事をこなしているだけのように。
本来なら、もっと感情的に振る舞うはずだ。
日頃の鬱憤を晴らす絶好の機会のはずなのだから。
それをわざわざ見過ごす理由が、何かあるのだろうか。
より
まるでこの場そのものが目的ではないような、なにか。
あなたの胸中に
ライブカメラを俯瞰のものに切り替えると、その異常は明確だった。
思ったよりも人数が少ないのだ。
最前列で野次を飛ばす生徒は有志同盟だろう。
傍聴席に座らず席の外周に立っている生徒も、おそらくはそうだ。
彼ら全員を合わせても、たったの十人ほど。
昨日の放課後に、本棟各階の廊下や中庭で、小体育館前の渡り廊下で、校門前ロータリーで、大声を張り上げてビラを配っていた生徒たち。
そこには、あの騒動に参加していた人数の半分も居ない。
彼らを動員しない理由があるだろうか。
注視すれば、異常は更に際立ってくる。
――……居ない、な。
中心人物と思わしき面々が不在なのだ。
果たしてこれが偶然だろうか?
否。
この状況で、それはあり得ない。
胸の奥で、警鐘が鳴る。
* * *
あなたは、意識を拡張する。
視覚でも、聴覚でもない。
脳の奥底に埋め込まれた異物のような感覚器官――【
あなたの知覚が世界を
輪郭が消え、代わりに密度が立ち上がった。
個体は点として、感情は濃淡として、意志は微かな揺らぎとして、空間に浮かび上がる。
抽出せよ。
思考でも命令でもない。
あなたの意識が少しだけ世界の
膨大な情報ではあるものの、それはしかし洪水とはならない。
あなたの中で自動的に分解され、圧縮され、優先順位を与えられ、整理されてゆく。
座標。密度。遷移。相関。
――ふむ。
校内の分布が、脳裏に描き出されてゆく。
講堂――高密度。
ここには熱気がある。
興奮と緊張。敵意と期待。それらが混ざり合った濁流。
討論会の観客と、取り囲むように点在するのはおそらく警備担当の風紀委員だろうか。
これは問題ない。
校舎本棟各所――通常分布。
文化系クラブ。居残り。雑談。
点在する小さな塊は、どれも緩やかに揺れている。
目的のない滞在特有の、弛緩したリズム。
異常はない。
実習棟・図書館――やや多。
……増加幅は許容範囲内。
おそらくは図書館利用者、あるいは実験室の残留者だろう。
個々の反応に焦点を当てると、一部に緊張、疲労、焦燥の反応があるが……
判断保留。
第一小体育館――やや少。
第二小体育館――少。
続いてここでも多少の差が認められたことで、あなたはわずかに
正常値と比べて、明らかに差はある。
だが、これは異常であっても即座に危険と判断されるものではない。
第一は屋内競技系。
第二――通称・闘技場は武道系。
剣道部の利用申請が出ていない以上、第二の減少は説明がつく。
……はずだったのだが。
何処へ行ったのやら。
部活連管理棟――寡。
ここには自分しかいない。
当然だ。
本来ならあなたすら、ここには居ないはずだったのだから。
あなたは一息置いて、一度、全体を俯瞰する。
校舎。図書館。体育施設。グラウンド。外周。
それぞれの密度分布が、緩やかなグラデーションとして広がっている。
少なくとも一見した限りでは、どれも正常値の範囲内だろう。
再度、個別の領域へ意識を落としてゆく。
校舎内部。
実習室。準備室。空き教室。
文化系クラブの活動は、どれも低強度で安定している。
魔法系か非魔法系かによる差も、ほとんど見られない。
一科と二科という区分が、ここではほぼ無意味である証左だ。
教職員の反応も確認する。
職員室、各準備室、視聴覚室。
……三割ほどが講堂の様子をモニタ越しに視聴している。
これも自然な反応だろう。
今日の討論会は、教員にとっても無関係ではないし、手続き上の問題もない。
問題なし。
続いて実習棟・図書館を再度フォーカス。
魔法工学の実験室。
精密機器群。封鎖区画。図書館。
人の動きは散発的だが、それぞれに目的が感じられる。
まあ実験中であれば、緊張も焦燥も十分考えられる話か。
滞在時間のばらつきも、通常範囲内と言える。
気にはなる。
他のエリアと比べれば異常度は高めだが、許容範囲でもある。
現状、優先順位を高めに評価しておくことにする。
第一小体育館。
汗。呼吸。規則的な動き。
トレーニング中の集団特有の、周期的な波。
ここも正常。
第二小体育館。
……やはり少ない。
改めて確認するも、それは変わらなかった。
剣道部の本日の使用届はキャンセルされている。
ならばその分、人数が減り密度が下がるのは当然のこと。
だが、彼らは討論会の会場にも姿を見せていない。
であるなら、どこか別の場所にいるはずなのだが……
屋外へ。
第一グラウンド――やや少。
第二グラウンド――通常。
野外プール――やや少。
野外演習場――やや少。
これらについては、どれも説明可能だ。
競技特性。学年構成。討論会の影響。
妥当性の範囲内に収まっているので、ここは問題なしで良い。
外周遊歩道――通常。
ランニング中の生徒たちが、連続した線として認識される程度だ。
これも問題なし。
これでだいぶ絞り込めた。
異常は他にある。
あなたは視点をずらしてゆく。
密度ではなく“孤立”へ。
群れではなく“点”へ。
おかしなところは有ったのだ。
通常、無視される微細な反応を、あえて拾い上げる。
そして、それを見つけた。
廊下の端。
倉庫の裏。
階段の踊り場。
建物と建物の隙間。
用途もなく、意味もなく、普段であれば意識に上らない空白地帯。
そこに――点があった。
それも一つ二つではない。
複数が校内の各所に、散在している。
個別に観察すれば、それはいずれも二人組。
位置は変わらず移動もしなければ、コミュニケーションをとっている様子もない。
ただそこに、二人して置物のように静止している。
そして彼らは不自然なほど、感情の起伏が存在しない。
興奮。
高揚。
緊張。
そういったものが一切感じられない。
まるで
異常だ。
放課後に学生が、退屈しのぎに
むしろ逆。
そこに居る必要があるのだ。
あなたは、さらに解像度を上げてゆく。
点と点の距離を測り、相互の位置関係を抽出する。
近傍の点を、仮想的に線で結ぶ。
一つひとつなら、あるいは偶然かもしれない。
だが。
一つ、また一つと接続していくうちに、それらが均等に、連続的に三角形を描いていることに気付く。
正確には、正三角形に近い、規則的な格子構造。
粗いメッシュ。
ポリゴン。
それが、今や一高の敷地全体に広がっている。
……否。
あなたの思考が加速する。
偶然の可能性を排除。
クラブ活動の偏り――否。説明不能。
サボり――否。位置が不自然すぎる。
監視――否。監視対象自体が均質でなければならない。
それならばその監視対象自体が異常である。
残る結論は一つ。
これが意図的配置であるということ。
そして、その目的は――
儀式魔法ではないだろう――少なくとも古式魔法のそれではない。
古式魔法であればマガツヒが致命的に足りない。
点在する彼ら自身を供物にするとしても、距離が離れすぎていてマガツヒの密度が足りないのだ。
だが、似ている部分もある。
儀式的構造。
分散した
結界、あるいはジャミング。
あなたは、外周へ意識を向ける。
格子の外縁。
各点を中心とした円で敷地全体を覆うとき、そこには、わずかな
敷地境界である塀。
場の内外を隔絶する、ひとつの結界としての象徴。
その隙間に――異物があった。
外周、業者搬入口。
通称・裏門。
普段であれば、静寂に沈む場所だ。
だが今、そこに動きがあった。
十数人が三列縦隊で、ちょうどゲート上に並んでいる。
統制された移動で、速度のばらつきがない。
これが徒歩であるなら、
あるいは何か、大型車両にでも搭乗していると考えたほうが自然だろう。
歩哨小屋から一人、おそらく警備員が出てきて縦列の先頭に近づく。
会話には遠すぎる――
続いて縦列最後方から列が
――ああ。
あなたは理解した。
討論会に集まった生徒たち。
規則的に生み出された敷地内の格子構造。
そして外部からの侵入者。
それらのタイミング、すべてが連動している。
その狙いを特定しようと、さらに焦点を絞っ――
パリン!
鋭い破砕音が耳朶を叩き、あなたを意識の層から呼び戻す。
連続してガラスが割れる音。
直後。
スピーカー越しの悲鳴が、空間を貫いた。
* * *
あなたは即座にモニタへ視線を向ける。
講堂内部の俯瞰映像。
だが――
画面が乱れている。
ブロックノイズ。フレームの欠落。色調の歪み。
断続的に崩壊と復帰を繰り返す映像の中で、それは確認できた。
白煙。
床を這うように広がるガス。
複数。投げ込まれている。
――ガス弾。
『何だこれ……!』
『下がれ! 息を――』
悲鳴と怒号。
だが白煙は拡散しきる前に収束した。
いくつかの点へ引き寄せられるように、空間ごと圧縮される。
現代魔法による処理か。
対応は早い。
統制も維持されている。
講堂内部は、まだ保ちそうだ。
問題は、外だ。
あなたは【マッパー】の焦点を外周へ滑らせる。
侵入者の群れはすでに分散している。
単一行動ではなく、複数のルートをたどっているようだ。
だが、それらはそれぞれが明確な意思を持って行動している。
第一グラウンド脇。
ランニング中の生徒が、侵入者たちの進路上にいる。
急停止。反転。警戒。
互いに静止する中、侵入者の一人が一歩前に出た。
集まってきた生徒たちだろう点から数名が、壁になるよう一歩前に並ぶ。
次の瞬間。
生徒たちのうち、ひとつの点がわずかに後退する。
再び、両者は静止。
侵入者の側からもう一人が前に出ると、生徒たちが退いてゆく。
前に出た二人の侵入者が残り、それ以外の侵入者の群れが、再度移動を始めた。
あなたは別の接触点へ意識を移す。
野外演習場付近。
こちらも同様の反応。
接触。干渉。進路確保。離脱。
共通しているのは、戦闘らしい戦闘になっていないこと。
あなたは観測結果を統合する。
攻撃は最小限。
おそらくは急所を外している。
威嚇。
排除。
それだけだ。
無差別ではなく、殺傷目的でもない。
なにより時間を惜しんでいるように思える。
ならば主目的は、別にあると考えるべきだ。
侵入者たちの進路をトレースすると、個々は異なるルートを取っている。
だが――
流れが浮かび上がってきた。
それは収束し過ぎていた。
実習棟・図書館。
その瞬間、あなたの中で複数の情報が接続される。
図書館の反応増加。
図書館利用者というには、わずかに多すぎた密度。
そして、あの格子構造。
外部からの侵入。
内部ノードの配置。
通信遮断。
目的は……時間の確保か。
通信を断ち、外部介入を遅らせる。
内部を分断し、対応を局所化させる。
その間に――
“持ち出す”。
それもハッキングではない。
この状況でネットワーク経由の窃取は非効率だ。
ならば。
物理媒体か。
図書館に保管されたデータ。
魔法大学関連の情報資産。
それを、直接。
あなたは確信する。
講堂は陽動。
格子ノードは遮断。
そして侵入者が回収班。
すべてが一点に収束している。
同時に【マッパー】上で変化が起きる。
校内各所のノード。
二人組の
ああ、つまり彼らは
憑依していた悪魔が、役目を終えて抜け出したのだろう。
場に取り残された生徒たちは、衰えてはいるが命に別状は無さそうだ。
あなたは端末を操作し、再度通信を試みる。
生徒会役員。
風紀委員長。
部活連会頭。
応答なし。
見ればアンテナ表示が消失し、完全オフラインモードになっている。
通信遮断は健在。
遠隔連携は期待できない。
ならば。
優先順位は決まった。
侵入者はこの際、後回しで良い。
時間を必要としているのなら、時間を奪ってやれば良い。
潰すべきは、内部ノード。
あれを破壊すれば、通信は回復する。
回復すれば、包囲、阻止も可能だろう。
あなたは立ち上がる。
状況整理はこれくらいでいいだろう。
これからは行動の時間だ。
あなたは走り出した。
感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。
([ここすき]もチェックしてますんで、感想書くほどじゃないなーという方も、いいなーと思ったところでポチポチやってもらえれば幸いです)
だいぶ難産でした。
原作の状況がちょっと謎だらけだったので自分なりに補完して、あとは本作のストーリーに合わせて捏造したりしています。
そういえば、生徒会規則の改訂を退任時の生徒総会でしか決議できないのって、やっぱり悪用を防ぐためなんですかね? 理念を反映して想定通りに運用する、という意味では就任時に公約とセットでやっても良いのでは、とも思っちゃったりするんですが。