魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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#004 九重八雲

 立派な本尊の鎮座する、九重寺の本堂。

 燭光を模した間接照明のみの薄暗い板の間に、あなたと糸目の坊主頭とが向かい合って座っていた。禿頭にしてそれなりの年齢ではありそうなのに、どことなく若さを感じさせるこの男は、ここ九重寺の住職で、九重(ここのえ)八雲(やくも)と言うらしい。

 古式魔法師や武術家たちの間では、古式魔法と体術を組み合わせた忍びの技――【忍術】――に通じた人物として知られている。玉砂利の境内を音を立てずに歩くのだから、その技は確かなものだろう。だが【アナライズ】してみても、異能者ではあるが人間をやめてはいない。相応の修行を積んだ達人であった。

 

 互いに名乗り、深々と頭を垂れる。

 軽さを残した物腰柔らかな受け答え。その様はなかなかの人物のように見受けられた。仏門ではなく、古式魔法師の師範として多くの弟子を持つ身らしいが、慕われている様子が思い浮かぶ。

 

 先ほどの出来事にも、場合によっては相当危険なことになったはずだが、特に慌てた様子はなかった。ただ【境界化】が解除されて助かった、と瞳を見せない笑顔で言っただけだ。

 どうやら数日前、突如としてそうなっていたらしい。「朝起きたら急にだからね。参ったよ」とのこと。

 それでしばらく閉山して門人も外に出し、旧知の古式魔法師に相談したんだとか。そこからあなたの実家へ話がまわり、あなたに子供の使いが言い渡されたのだろう。道理で「直接手渡しに行け」なんて指示されていたわけだ。

 

 まあ、そうしたことは今まで数え切れないほど有ったことだ。

 それよりもこうして、実力者に面識を持てたことの方が大きい。初対面で内実を知ることはできないが、少なくともつまらない悪党ではなさそうだし、なにより人当たりが良い。

 人付き合いがあまり得意ではないと自覚しているあなたにとって、それは非常に大事なことだった。

 

 だが。

 しかし。

 

 あなたは思う。

 それでも禿頭(ハゲ)はいけない、と。

 あのやたら高い塔の上で偉そうなことを(のたま)っていた、石頭のハゲ巨顔を思い出してしまうからだ。あの分からず屋の石頭めに、この鉄拳を何度振り下ろしたことか。あの戦いはそんな馬鹿馬鹿しいものではなかったはずなのだが、思い返せば拳を痛めるのが先か、ハゲが散華するのが先か、最後は我慢比べの様相を呈していたようにも思えてくる。

 

「それで、入道閣下はお元気にしておられたかな?」

 

――忌々しいことに。

 

「そうかい。大変結構なことだね」

 

 忌々しい戦い(ハゲ)の記憶を思い出していたあなたは、気が緩んでいたのだろう。思わず内心を吐露してしまった。

 

――あ、今の()()で。

 

「バレても構わないと思ってるでしょう、君」

 

 あなたは力強く首を振って答える。

 そんなことを言ったと知られれば、またうるさく付きまとわれそうだ。勘弁して欲しい。

 

 八雲の言う()()()()とは、東道(とうどう)青波(あおば)という、僧形をしているくせに権勢の臭いが鼻につく生臭の妖怪ジジイである。

 なんでも祖父とも昵懇の間柄で、古式魔法師の間では非常に強い発言力を持っているとか。前世紀の小説に登場した鎌倉の老人(フィクサー)のような存在なのだろう。「本当にいるんだ、こういうの」と関心したものだった。

 なお、あなたが初めて会った時には、大戦時の負傷とかで視力を失った左目に、髑髏の刺繍をさした大きな黒革の眼帯をしていた。「どうかね?」と聞かれたので「似合わない」と答えたが、以降は眼帯を外していたので、気まぐれか何かだったのだろう。

 

 驚くことに、あなたが完全に【アナライズ】できなかった数少ない人間の一人である。【アナライズ】できないということは、魂が神格の域に達しているということだ。あるいは霊格の高い悪魔の転生体なのかもしれない。

 もっともその後色々とあって、あなたにとっては「なにかと付きまとってくる迷惑な爺様」という印象しか残ってはいないのだが。

 

 

「うん、大体のところは分かった。僕は君に協力しなければならないらしいね」

 

 あなたから手渡された書状を手早く一読すると、八雲がその糸のように細い目を薄っすらと開いてあなたを見た。

 しかし協力と言われても、今のところ他人に頼むようなことは何も無い。

 

「僕が提供できることは調べ物かな。ただし機械はダメだ。僕はあくまで()()だからね」

 

 調べ物。ああ、それならば彼らについて調べてもらうのも良いかもしれない。

 第一高校に在籍しているらしい、古式魔法師たち。

 

 一人は神祇魔法の大家、吉田家の次男坊。

 こちらは「活を入れてやってくれ」と、吉田家次期当主殿からの依頼。

 

「吉田家の次男といえば、一時期は神童なんて言われてた彼かな? 確か名前は幹比古(みきひこ)とか。明日中には調べておこう」

 

 もう一人は、ただ「いるらしい」としか聞いていない、賀茂家の末裔(すえ)

 だいぶ血も薄れているらしいが、魔法師としての力がどれほどのものかを調べることと、場合によっては古式魔法の秘事が漏れないよう対処すること。

 

「流石にそれだけじゃあね。ま、一週間ってところかな」

 

 随分と気安く請け負ってくれるものだが。

 

「これでもここは寺だよ? 系譜が分かっていれば、いくらでも方法はね」

 

 いや、いくらなんでも限度というものがありそうだが。

 だがまあ出来ると言うなら任せておこう。

 出来なかったら「分かりませんでした」で終わらせればいい。

 あまり気乗りのしない二つの仕事を、あなたは早々に投げ出す気になっていた。

 

 

*  *  *

 

 

 それからしばらく世間話に興じ、あなたは九重寺を辞そうと席を立つ。

 長時間の正座のせいで、制服にシワがついてしまった。

 しばらく置いておけば戻るよな? などと益体もないことを考えていると、その色合いからか、ふと今日の出来事を思い出す。

 雑草(ウィード)と呼ばれた少年と、マネカタのような少女。

 

 あなたは今日見た二人についても調べられるか尋ねてみることにした。

 

「新入生総代の司波深雪と、マグの豊富な二科生の男子、ねえ。その二人、たぶん僕には心あたりがあるなあ」

 

 もしかして有名人なのだろうか?

 あなたの問いに、八雲は首を振る。

 

「いやあ、そういうわけじゃあない。ちょっと面識があるというか。けどこれは、どうしたもんかなあ……」

 

 そのまま右の人差し指を自分の額に当て、どこを見ているのかわからない糸目で考え込む。まるで区別がつかないが、もしかすると目を閉じているのかもしれない。

 ほんの三秒ほどで「ま、いいだろう。君も知っておいた方が良さそうだ」などと嘯き、八雲はやけに楽しげに口を開いた。

 

「その男子の方だけど、たぶん僕の体術の弟子だ。名前は司波(しば)達也(たつや)君。深雪君はその妹だね」

 

 なるほど。

 しかし兄妹で同じ一年ということは、年子なのか。それで妹が総代、兄は二科生となると、いかにも仲のこじれそうな関係だが。

 

「チッチッチ。それがそうでもないんだよねえ。彼らはなんというか……そう! とても仲が良い。とても」

 

 こちらの考えを見透かしたように、八雲は先ほどまで額に当てていた人差し指を振っていた。満面の、ともすればだらしなくも見える笑みを浮かべて。これまでの威厳、デキル男のイメージもどこへやら。

 

「まあ達也君の方には今のところ、その気がないみたいだから、そういうことにはなっていないようなんだけどねえ」

 

 その言葉で、あなたは彼の言わんとするところを察した。

 麗しの兄妹愛(ブラコン)というやつだ。

 あなたは前世の経験から、それが非常に面倒くさい人種であることを知っている。なるべく近付かないようにすべきだ。

 

「それで、君は彼らの何が気になったのかな。後学のために教えてもらえるかい?」

 

――はて、どこまで話して良いものだろうか。

 

 問われてあなたは逡巡する。

 あなたが見たマガツヒの量については、既に話している。だがマガツヒの気配についてまで話そうとするなら、込み入ったものになることは確実だ。しかもあの東道青波の関係者である。知られてしまえば面倒が増えることは間違いない。それはどうあっても避けなければ。

 

 完全に現界する前の妖精騎士が見えていたなら【見鬼】の術(アナライズ)も使えるのだろうし、【境界化】への対処も間違いはなかった。古式魔法の達者として、見えざるもの、この世ならざる悪魔たちについても知識はあるのだろう。

 だがそれでも、ノアというまつろわぬ神(悪魔)の気配についてまで、話すことは躊躇(ためら)われた。

 こちらが確信的な情報を伏せていることまで、この達人に気付かれているとしてもだ。

 

 そう長くない沈黙の後、根負けしたように口を開いたのは八雲の方だった。

 

「なんてね。手の内を明かせなんて言わないよ。まあ気が向いたら教えてくれたまえ」

 

 山門で見送られ、あなたは一人、帰宅した。




(20170731)誤字修正
 * 東堂青波 → 東道青波

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