魔法科転生NOCTURNE 作:人ちゅら
2095年4月28日――木曜日・夕方。
相手がただのテロリストなら、警察の特殊部隊なり、軍なりで充分に対応できるだろう。
なんなら一高の生徒たちですら可能性は十分にある。一般家庭の子らでは無理だろうが、魔法師家の師弟らの何割かは、想像以上に戦い慣れているようだった。
……だが、あの場には悪魔がいた。
しかも学生では認識すらできないよう巧妙に隠れて。
アルケニーの子蜘蛛が張った追跡糸は、八王子市郊外の廃棄されたバイオ燃料工場へと続いていた。ローカルマップと重ね合わせれば、そこは一高からも徒歩圏内という近さだ。敵は想像以上に大胆なようだった。
放課後の校内は、依然として警察と風紀委員会が入り乱れている。そんな中、あなたはどうしたわけだか優先的に事情聴取を終え、いち早く解放されて帰路に就く。その途中、あなたは歩きながら侵入者たちの残した“臭い”を思い返していた。
侵入者たちの
そこに潜んでいたのは、天使・エンジェルと、妖魔・キキーモラ。
天使は
しかしキキーモラは違った。何者かに従属を強いられ、見知らぬ土地に放り出されて不承不承に力を振るっていた。
エンジェルとキキーモラ。
その組み合わせに、加えて関係性。
成立する文化圏は限られる。
――スラヴ、か。
小さく呟く。
中欧から東欧にかけた地域をスラヴ、そこで生きた人々をスラヴ民族と呼ぶ。近世以降にスラヴで勢力を増した【啓示派】の一派である“十字正教”は、かつて家を守る精霊として扱われていたキキーモラを“悪しき妖魔”へと貶めた。
あなたは前生の東欧で、実際に十字正教の支援を受ける
異教を否定し、一神のみを絶対視する宗教体系。その排他性は極端だ。
反魔法主義団体の多くが【啓示派】系と結び付いているのも、その延長線上にある。
テロリストどもの内部には、十字正教系の魔道士がいるのだろう。
あるいは天使そのものが紛れ込んでいるかもしれない。
帰宅するとすぐに着替える。
個人端末に
克人や他数名も同道するらしい。
テロリスト相手に高校生が何を無謀な……と思わなくもないが、戦闘に特化した連中であれば対応は可能なようにも思える。
なにより既に準備を進めているそうだし、言って止まるものでもなかろう。
早めに対処しなければならない。
黒の中型バイクを出し、跨ってエンジン始動。
心地よい振動が腹へ響く。
ヘルメットをかぶると個人端末とリンクされ、バイザーに情報ウィンドウが展開される。
反魔法国際政治結社。
世界各地で「社会的差別の撤回」を掲げてテロ活動を実行している、とされるが主要な活動地域はどこも
その言うまでもなく資金源は、大亜連合や新ソ連、その他
この国では情報規制されているため、一般には知られていない。
“魔法師”という戦略兵器を数多く保有する西側諸国への牽制。
そこにあるのは思想ではなく単なる
彼らにとって信心など、方便に過ぎないのではないかと思えてくる。
日本支部の支部長が、
反魔法を唱える団体ながら、彼は催眠魔法が使えるらしい。
名を【
だがその実態は、東欧で開発された光の明滅パターンによる催眠術だとか。
それによって自分の忠実な手下を増やし、いいように使ってきたのだろう。
なんとも芸の無いことだ。
人類史上、呆れるほど繰り返されてきた愚行。
自由を悪しきコトワリと断じ、前の創世を失敗と言い捨てたあの
……想像したら、無性に腹が立ってきた。
バイザーを上げ、夜風を火照った顔に浴びる。
少し頭を冷やすとしよう。
* * *
夜風がコートを叩く。
一度市街地へ迂回し、そこから外れて廃棄された工業地帯へ。
やがて見えてきたのは、長い外壁に囲まれた広大な敷地。
夜空に溶ける高い煙突。
沈黙した配管群。
朽ちた鉄骨。
戦中戦後のエネルギー事情を担い、かつては騒音を撒き散らしていたバイオ燃料工場だ。
二十四時間稼働する機械が生み出す絶え間ない振動は、近隣住民に大なり小なり健康被害を与えていた。そのため彼らは賠償金をもらって軒並み転居しており、このエリアには人家もない。
加えて人口の大幅減により日本全土で遊んでいる土地が大幅に増えたこと。
また同じく人口の大幅減による必要エネルギー量の減少。
更には科学技術の進歩によるエネルギー効率の改善。
それらが合わさった結果、廃棄された工場の再稼働計画もなければ、化学薬品で汚染された土壌の改善コストを支払ってまで再開発をする予定もない。
結局として、このエリアは都市部郊外に有りながら、一種の空白地帯になってしまっている。
まして今は日も暮れている。
人の気配など無くて当然なのだ。
だが、その代わりに。
濃密な
あなたは工場の敷地から数百メートル手前でバイクを止め、人気のない路地裏へ隠す。エンジンを切った瞬間、世界が異様な静けさへ変わった。
――視られている。
正確には。
防犯装置の死んでいる工場外壁を跳び越え、地面に吸い付くように着地。
そのまま音を殺して影へと溶け込む。
脳裏に起動済みの【
だが、進めない。
警備しているテロリストたちの巡回は、異様なほど統率されていた。
誰も命令を受けている様子はない。
なのに全員が最適な位置へ動く。
死角を埋めるように。
互いの視界を補完するように。
優秀な軍人、訓練された軍隊と言えども、そこまで完璧に運動できるものではない。
それはもはや一個の
あなたは理解する。
この廃工場は今や、視る権能を持ち、組織的な活動を得意とする悪魔――天使ウォッチャーの作り出した疑似【異界】だ。
【啓示派】旧約聖書のひとつ、外典『エノク書』に登場する天使団。
神の眼となり世界を監視した
シェムハザという長に率いられ地上に降り立つも、人間の娘たちの美しさに心奪われ、彼女らを嫁にとって禁断の知識と技術を授けた。また生まれた子らはネフィリムと呼ばれる巨人となり、地上に大きな争いをもたらした。これによって乱れた地上を一掃するべく、彼らの神は大洪水を起こしたともされている。
だが、彼らの真に恐るべきはその権能だ。
まがりなりにも神の眼となるべく与えられた彼らの眼には、視たものを視たまま神に伝えるため、その眼に映った全てを現実とする権能が与えられた。
その名を【観測】。
中世以降の天使学の中では、彼らがその力を悪用し、禁断の知恵を自ら作り出したのでは? だからこそ神の怒りに触れたのでは? などという説もあったほどだ。
流石に神秘の薄れたこの時代に、そこまで強力な権能を行使することはできないだろう。
だが厄介な存在であることに違いはない。
そしてこの工場。
奴の眼が及ぶこの工場全体が、今や奴の結界で覆われている。
兵士たちは無意識下で、ウォッチャーの思考誘導を受けている。
ウォッチャーは彼らの眼を通じ、工場全域を視ている。
そして彼ら兵士に視認された瞬間、存在は固定される。
認識され、定義され、世界に縫い止められる。
最悪の場合、身動きひとつできなくなるだろう。
物理法則に支配された生物に、勝てる道理はない。
あなたは物陰へ身を伏せたまま、【マッパー】をフル稼働させて巡回経路を読む。
ひとりを抜けても、次がいる。
その次も。
さらに次も。
まるで工場全体が巨大な生物だった。
――面倒な。
真正面から突破することは、正直を言えば可能だ。
奴の眼となって動く兵士たちも、数に限りがある。
油断も隙もないとはいえ、広大な敷地全てをカバーするにはギリギリの数しかいない。
どこか一点でも崩すことができれば、途端に綻びが生まれそうではある。
だが、それでは敵に感付かれる。
迎撃してくるならともかく、司波
動いたからには、ここで仕留めておきたい。
* * *
数分。
否、十数分は経っただろうか。
ひたすらに息を殺して隠れ潜むあなたと、鉄壁の監視網にあなたが掛かるのを待つしか無いウォッチャー。
両者の間で膠着状態が続いていた。
その時だった。
工場正門側から轟音。
直後、激しい銃声と爆発。
あなたは目を細める。
――もう着いたのか。
大質量の衝突は、おそらく大型車両。
ジープのようなものだろう。
強引に門を突破したのは、一高側の実戦部隊だった。
そして、司波達也。
突入により、工場内部が一気に混乱へ傾く。
兵士たちの意識が正門側へ引き寄せられた瞬間、ウォッチャーの支配網に綻びが生じた。
あなたは駆ける。
闇から闇へ。
配管上部を跳び、急に点いたサーチライトを躱し、ひたすらに死角を縫う。
一息。
二息。
三息。
次の瞬間には中央管制室前に、あなたの姿があった。
重厚なスチールのスライドドアの向こう側から、濃密なマガツヒの気配が漂っている。
そしてそれらを透過して突き刺さる、無数の視線。
あなたが握り込んだ拳をそのドアに躊躇なく打ち付けると、耳障りな轟音とともに、無理やり枠から押し出されたスライドドアが飛んでゆく。軌道上に有ったデスクやチェア、ラックといった物品を巻き込んで室内はひどい有り様になってしまったが、今はそれどころではない。
その中央。
巨大モニター群の前に、それはいた。
人とも鳥ともつかぬ異形。
無数の眼球が翼のように周囲へ浮遊している。
あらゆるものを視る、という役割を具現化したその姿はひどく
天使・ウォッチャー。
悪魔が、あなたを見る。
否。
奴があなたを【観測】した、次の瞬間。
空間全体が軋むような音を立て、あなたの足が止まる。
存在固定。
現実への楔。
その視界内にある全ての物質を、粒子を、視たままに縫い留める。
常人なら、その瞬間に動きを止められたことだろう。
内臓は動いても皮膚は動かない。
血管の脈動も、筋肉の収縮も、すべて固定された皮膚の内側でのみ処理される。
なにより大気の粒子が止められれば、呼吸もできなくなってしまう。
想像を絶する苦痛に喘がざるをえない。
だが。
――残念だったな。
あなたは嗤う。
――
二十五のマガタマが脈動する。
あなたの体内で、数多の世界の
世界を諦め、命を捨て、心を嗤った
身動ぎひとつ出来ないはずのあなたが、見せつけるように右手を突き出すと、大きく開いた手指を全力で握り込む。
空間に満ちていたマガツヒをその掌中に集めると、あなたはそれをウォッチャーの権能ごと握り潰した。
異形がざわめき、無数の眼球が見開かれた。
理解できないのだ。
なぜ固定できないのか。
なぜ“定義”できないのか。
あなたは既に、人間でも悪魔でもない。
かの
ただ観測され支配され、飽きたら捨てられるような
その
あなたは一歩踏み込んで半身になると、握り込んだ右拳に意気を込めて振り抜く。
神速の拳撃。
大気を引き裂いた後、遅れて衝撃波が室内全域に広がる。
切り裂かれ、圧し潰され、赤と白の液体を撒き散らして爆散するウォッチャーの眼球群。
音にならない絶叫が、室内の大気を震わせる。
だが止まらない。
異形はさらに観測圧を強める。
工場全域の視線が集中する。
兵士たち。
監視カメラ。
電子センサー。
すべてが“眼”として機能し始める。
世界そのものが、あなたを固定しようとする。
だが遅い。
あなたは既にその異形の核、一際大きな眼球の背後へと潜り込んでいた。
――使い魔風情が
低く告げる。
――出しゃばるな
あなたの右腕が閃けば、次の瞬間にはもう、ウォッチャーの核は微塵に散っていた。
結界が崩壊する。
これまでウォッチャーの誘導を受け、極めて機能的に運動していた群体が、ただのテロリストの群れになる。
監視カメラも電子センサーも、瞬時にかかった過剰な負荷によって回路が焼けてしまい、使い物にならない。
堅牢な要塞だったはずの廃工場が、ただの廃屋に成り果ててしまった。
彼らを護った天使の加護も、もはや望むべくもない。
* * *
ちょうどその頃、遠方で魔法干渉の流れが変わった。
ウォッチャーの加護によって増幅されていた精神支配が、一気に出力低下を起こしたのだ。
もはやただの光学催眠に成り下がってしまった。
あれしきの手品にかかる連中でもあるまい。
最悪、克人がどうにでもするはずだ。
あなたは
ここから先は、彼ら自身の戦いだ。
感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。
唐突ですが、本作は次回で入学編エピソードが終わるので一旦休止となります。
で、前日譚である『Persona3 Temperance』の方が再始動します。
P5X、キタロー(結城理)がバカ強くて驚くの巻。無凸で160万出ちゃうかー
『真・女神転生I』では【妖魔】ウォッチャーとして登場しますが、本作では堕天使または天使となっています。これは再創世後の歴史で、初期十字教がグノーシス派を排除しきれなかったためです。(彼らが人修羅に優越する唯一神を求めたため)
『エノク書』が偽典ではなく外典となっているのも同上の理由によります。
別名グリゴリまたはエグリゴリ。(皆川亮二『ARMS』の秘密結社を思い出しますが)
本作では偽神ヤルダバオト(欧州圏の偽唯一神)に仕える【啓示派】系悪魔になります。
なお、ウォッチャーが権能で禁断の知識を作り出した、という説は本作の創作です。
ウォッチャーの視覚的イメージについては、Youtubeで「天使 スローンズ」で検索するとソレっぽいものが出てきます。(グロ注意)(集合体恐怖症の方も注意)
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(20260528)誤字訂正
雪森様、誤字報告ありがとうございました。