魔法科転生NOCTURNE 作:人ちゅら
「風紀委員長の
ただ一緒に帰ろうとした二科の兄と一科の妹。それを妨害しようとした一科生に、彼らを退けようとした二科生。
整理してみると酷い図式だ。彼らがどう釈明するつもりか傍観していると、ふと闖入者の小さい方、柔らかに巻いたロングヘアの少女の視線に気付いた。入学式で祝辞を読んでいた、生徒会長の、確か……
はてなと首を傾げてみせると、彼女はあなたをビッと指差す。それからその指で野次馬たちに解散を命じている風紀委員長を指差し、にっこりと笑ってみせた。
あなたが自分を指差してみると、うんうんと頷く。それから風紀委員長を指差すと、先程よりもうちょっと強い調子で頷いた。渋面を作ってみせると、両手を煽りあげるように立って立ってとジェスチャーを示す。
「一緒に来なさい」ということのようだ。
「なにしてるんだ真由美……」
「参考人に来てもらえないかなーと思って」
「参考人?」
何が楽しいのかにこにこと笑みを浮かべる真由美に、摩利は呆れた声を出していた。まき散らされていた威圧感が、妙にほのぼのとした空気に塗りつぶされてゆく。
その隙を突くかのように、渦中にあって隠れるように息を潜めていた少年――司波達也が口を開いた。
「すみません。悪ふざけが過ぎました」
「悪ふざけ?」
「はい。森崎一門のクイック・ドロウは有名ですから。最初は見学のつもりでしたが――」
森崎一門。
クイック・ドロウ。
……確か身辺警護を専門とする現代魔法師の家門、だったか。
以前、
あなたがそんなことを考えている間にも、達也は風紀委員長の詰問をうまくはぐらかしていた。
「――ほう。では他の生徒たちがCADを操作していたのも、同じ理由からか?」
「この距離では体を動かしたほうが早い、と言った生徒がいたもので」
「ふむ」
達也の言葉に、わずかに考え込むような素振りを見せた摩利に、笑顔のままの真由美が「もういいじゃない」と追い打ちをかけた。
「本当にただの見学だったのよね?」
「はい」
真由美の笑顔に、達也の鉄面皮が応じて、
「では会長もこう仰っていることなので、今回は不問とします。以後このようなことのないように」
「魔法の行使には細かな規則や制限があります。生徒だけで魔法の発動を伴う自習活動をすることは、控えたほうが良いでしょうね」
「次同じことをすれば厳罰に処す。心するように。では、解散」
上級生から注意とお小言を貰って、
これでこの話はおしまい。
……の、はずだったのだが。
「あ、君にはまだ聞きたいことがあるから」
生徒会長はあなたの腕に絡みつくと、やけに冷めた声でそう告げた。
* * *
何重にも広がっていた人垣が解れ、下校する生徒の波へと変じてゆく。
その最中、最初にCADを抜いた一科生――
さっさと姿を消した五人は分からないが、未だにわめき散らしている森崎と名乗った一科生には注意が必要だろう。
この手の騒動の種は、不完全燃焼のまま放置すると碌なことがないものだ。今はまだ、言葉にすることで自身に言い聞かせているだけかもしれない。だが、いずれ客観を主観が塗りつぶし、大きな歪みを抱えるようになる。司波深雪にどれだけ力があるかは知らないが、まだ年若い少女に過ぎないのだ。良からぬ企ての標的にされないとも限らない。
万が一、それで兄妹に
これは本来なら、あなたが責任を持つことではないだろう。
彼らと極力関わらないようにしようと考えてから、まだ半日も経ってはいない。そのことにあなた自身も気付かないではなかったが、しかし最悪の事態について思い至ってしまった。次いでその回避策についても。
それはかつて「お節介な無精者」だの「人間避雷針」だのとからかわれた気性の表れ。
そしてもう一つ、あなたの内に吹き荒ぶ感情が綯い交ぜになったものだった。
入学式前の、司波達也に向けられた言葉。
一科と二科で分けられた玄関。
昇降口から教室まで、一科生と二科生が互いに行き交う通路は一つもない。
今日のオリエンテーションで確認した、一科と二科の受講環境の格差。
そして一科生の間に蔓延する、おかしな特権意識。
あなたが入学してから、たった二日である。
たった二日の間に見せつけられたこれらの格差、否、
それは義憤などと呼べるものではない。
あなたはただ、気に入らなかった。
それが何故かは分からない。
前世の価値観の残滓なのか、トウキョウで散々見せられた理不尽の記憶か、過酷な戦いを生き残った経験によるものか、今生になってから受けた前時代的な教育の賜物か。
あるいはそこに、あるささやかな祈りに反するものを感じ取ったのかもしれない。
あなたは大きく息を吐くと、苛立ちをそのままに、これからとるべき行動を脳内でざっと再確認する。
左腕をひしと抱き込んだ生徒会長に一言断りを入れて離れると、弾き飛ばされたCADを拾ってホルスターに収め、今なお去りゆく二科生たちの背を睨みつけていた森崎の背に声をかけた。
「なんだ」
彼の鷹揚な名乗りをはっきりと聞いていなかったあなたは、ぞんざいに彼を呼び止めた。だからだろう、相手の受け答えもまた、先ほどまでの苛立ちを隠さないものになっている。もっともこれから喧嘩を売ろうというのだから、それで構わないのだが。
森崎一門について、あなたの勘違いでないかどうか。まずはそのことを確認する。
「そうだ。僕も何度かやっている」
先程の恥を雪ぎたいのだろう。殊更に胸を張り、自信満々にそう宣う。
だが、あなたがこれからしようとしていることは、それを恥の上塗りに変えてしてしまうものだ。その執着に付け込むように、あなたは口舌の矢を放った。
――森崎の要人警護とは、相手を肩書だけで判断して勤まる仕事なのか。
「!!」
あなたの口撃に言葉を返せなかった彼は、肩を怒らせ顔を真っ赤にしてあなたを睨みつけていた。
何か言おうとしているようだが、言葉にならないらしい。
歯を食いしばり、両の手は拳を強く強く握りしめた。
ひどく充血した両目からは、血涙すら流れそうなほどだ。
まるで頑是ない子供を虐めているように思えた。
あまり気持ちのよいものではないなと、あなたは再びため息を吐く。
それでもあなたの口は、口撃をやめなかった。
――そんな有様で、一科だ二科だと
感情が損なわれているわけではないが、感情が昂ぶっても
熾烈な戦いの中でも取り乱すことのない強靭な精神。
それは確かに大きな助けになったものだ。
だが同時にそれは、あなたの心の変容を――言い換えるならば
転生した今生においても、未だその軛から逃れることはできていない。そのため、ボルテクス界で悪魔たちと渡り合っていた頃のまま、横柄な物言いをしてはトラブルを招くことも少なくはなかった。
――何故「自分たちと一緒にいるべき」などと言ったのか。
前世では、そうした面倒とは縁遠かった。
実力主義の幼馴染は、自ら啓いたヨスガのコトワリに従い、あなたを主と認めていた。
しかめっ面で人間観察を愉しむ若きMハゲは、自身に都合のよい距離を保っていた。
運命に翻弄され疲れ果ててしまった友人は、強烈すぎる個人主義でそれを受け入れた。
あなたの口調や態度についてとやかく言ったのは、祐子先生くらいだったろう。そんな彼女にしても、引け目からかそれほど強く諫言することはなかった。
だが古式魔法師としての家門に縛られた今生では、そうもいかない。
結果として幼い頃から幾度となく面倒を被ることとなり、あなたは努めて無口になった。そうすることで、目論見どおりトラブルに巻き込まれる回数は減少した。
――何故「自分たちのほうが優れている」などと思ったのか。
しかし、それはトラブルシューティングの経験を積む機会を逃してきたということでもある。どうにも加減を見誤るようになってしまったことも事実だった。
あなたには、この場で再び騒動を起こすつもりも、他所に飛び火させるつもりもない。だがそのためには、煽りの程度をコントロールする必要があった。経験に依拠する調整能力を、あなたは持ち合わせてはいなかった。
現に今も、自身の内にある苛立ちを静めようとは思わなかった。その勢いで相手の矛先がこちらへ向かえばそれで良い。それくらいに考えていた。交渉にもっとも必要とされる冷静さを、あなたは最初から手放してしまっていた。
故にこの時も言葉が過ぎてしまう。そして……
――お前にとって魔法とは、ただ威張り散らすための身飾りか。
「そういうお前はなんなんだ!!」
……激昂した少年は、一度はホルスターに戻したCADに、再び手をかけた。