激しい波が、俺に押し寄せてくる。
流されないように踏ん張る。
でも、あっさりと、俺はそれに呑み込まれる。
どれだけもがいても、止まれない。
どこまで流されるか分からない。
その途中、ふと横を見ると、俺と同じく流されている雪ノ下と由比ヶ浜がいる。
必死に手を伸ばす。けど、何も掴めない。全く届かない。俺の手では。
2人を呑み込んだ波は、やがて激しくなり、どこか遠くへ流されてしまう。
…………………俺の、せいで。
――――――――
―――――――
――――――
―――――
――――
「………」
目を覚ます。今のは夢か。
俺の目に映るのは天井だ。ここはあの有名な台詞を言うべきか……いや、この天井は知っている。学校の保健室だ。
あれ? つーか、何で、俺は保健室に……? 何があったんだ?
まだはっきりとしていない意識を働かせ、記憶を整理する。
「……うっ!」
記憶が鮮明になっていく。
――――そうだ。雪ノ下、由比ヶ浜が……俺のせいで怪我を。あいつらどうなった? というか、あれから何があった?
カーテンを捲り、急いでベッドから出る。外を見ると、もう夜に差し掛かる時間帯だった。
「よう、平気か?」
保健室のソファーに座っている左さんが声をかける。
「えっ……まぁ、はい。そ、それより!」
「分かってる、分かってる。じゃ、あれからのこと話すぜ」
左さんは俺を宥めつつ、話を進める。
俺はあそこで意識を失い、案の定暴走を始めてしまった。
それから財団Xは撤退し、俺はよく分からない誰かのおかげで変身を解除してもらったらしい。
その後、授業は途中で中止になり、怪我人は救急車で運ばれた。その中には雪ノ下と由比ヶ浜もいた。
運ばれた生徒に命に別状はなく、そこまで酷い怪我ではなかった。
俺は気絶してたが、特にこれといって怪我はなく、ここ――保健室のベッドで寝かされていた。
そして、小町だが、照井さんが小町を保護してくれた。また狙われる可能性があることから、小町はしばらく警察で世話されることになった。何でも、亜樹子さんが面倒を見てくれるらしい。
「と、まぁこんな所だな」
とりあえずあいつらは無事なんだ。
そこだけは、良かった。本当に。
でも、俺がいたから財団Xはここに来た。そして、結果としてあいつらに怪我を負わせてしまった。
その――俺の罪は、絶対に消えない。俺に一生付きまとうことになる。
「色々と、ありがとうございます。それと、ごめんなさい」
か細い声で伝える。
「いや、一般人のお前を戦わせてしまった責任が俺たちにもあるからな。それぐらい当たり前だ」
「……ファングはどうしたらいいですか?」
まだ俺の手元にあったメモリとドライバーに目を向ける。
「財団Xの目的はT2のファングじゃくて八幡っぽいからなぁ。できれば持っててほしいんだが……やっぱ厳しいか?」
「…………いえ、大丈夫です」
答えるのに大分時間がかかった。
左さんの手前、そう言った。
けれど、またこれを使って、周りの誰かが傷付けば……俺の大切な人たちがこれ以上傷付けば…………。
「……っ!」
今まで感じたことのない寒気に襲われる。鳥肌が止まらない。歯が震える。
初めての感覚だ。今まで生きてきたなかで、俺の行動の結果で不幸……と言えば変だが、直接誰かの命に関わるような結果にはならなかった。
だが、今回思い知った。俺がいることで誰かが、俺の大切な人が死ぬかもしれない――その事実に。
ファングを手にしてしまったことの重大性に、ファングを使うということの意味を、戦うことの怖さを……俺はやっと理解した。
「今日のことは色々すまなかった。家まで送るよ」
そんな思考を遮るように、左さんにヘルメットを渡させる。
「は、はい」
――――――
―――――
――――
左さんに送ってもらい、家の前で。
「そうそう。明日は学校休みって言ってたぞ。警察が色々と捜査にあたるからよ」
「そうでしたか」
「また明日の朝にでも迎えにいくよ。これからの対策をフィリップとも練らないといけないしな」
「そういえば、フィリップさんは?」
「事務所で色々調べてるが……」
突然、頭を抱える左さん。
「どうしたんです?」
「お前が助けられた時の状況言っただろ?」
「確かオレンジの膜とか謎の植物ですよね」
「あぁ。それに夢中になっててな。今はマトモに話せる状態じゃねーんだよ」
知識の暴走列車だったか。フィリップさんの知らない対象が現れると、それを調べ尽くすまで左さんとかの話は全く聞かないらしい。
「だから、話は明日からだ。ゆっくりと休んでくれよ。八幡の思ってるよりもずっと、体は疲れてるはずだからな」
「は、はい。それでは」
「おう、じゃあな」
そう言って左さんは去っていった。
「…………………」
休めって言われたけど、到底そんな気分になれない。まだ俺の心の整理はできていない。
正直、左さんと普通に話せたこと自体が驚きだ。そのくらい俺の心が追い詰められていることが、嫌でも分かる。
――――目の前の景色が色褪せて見える。
玄関の鍵を開け、明かりのない暗い空間のリビングにただ独り佇む。
カマクラは小町と一緒に預かってもらっている。誰もいない。静かな家だ。
その最中、やっぱり頭に浮かぶのは罪悪感だけ。それも、時間が経つごとに増していく。
「クッソ…………」
これ学校で、いつも通り……いや、それ以上に、もう全員から「来るな!」って言われるだろうな。もっと罵られるだろうな。雪ノ下と由比ヶ浜以外にも怪我をした生徒もいる。俺の責任だ。俺の、俺の…………。
文化祭とかの時は陰口程度で済んだけど、今回は訳が違う。俺を恨む奴がたくさんいるに違いない。絶対にいる。
「…………」
ドサッとソファーに倒れ込む。
いっそのこと、逃げるか? 全部投げ捨てて。まぁ、今となってはそれもアリだな。でも、いずれはまた財団Xから狙われるかもしれない。そんなの、ただのいたちごっこだ。何も解決しない。
だったら、この問題自体を解決するために財団Xと戦うか? ……それこそ厳しい。
もうファングを使うのが怖い。とても怖い。二度と使いたくない。あれ以上ファングを使えば――――
「俺が、俺でなくなる」
恐らく、ただの戦闘マシーンに成り下がる。フィリップさんはよくこれを乗り越えたよな。俺にはムリだ。
…………これから先、俺の罪と、どう向き合えばいいだろう。
「誰か教えてくれ…………」
お久しぶりです。そのわりに短くてすみません…………
実はここで八幡が逃げてオカマパティシエに雇われる……みたいなルートもありました