長く、険しい山中を行く影。不慣れな環境に辟易しつつもメアリは懸命に山道を進む。
額には汗が滲み、息はやや荒く。されど勝利の道筋であるこの優位を何とか優位にしようと薄く笑みを浮かべる。
「そなた、大丈夫かのぅ」
「ふ、ふふふ・・・・・・、この程度で私がくじけるわけないじゃない。でもどうしてもというなら負ぶっても構わないわよ」
汗をぬぐいながらもメアリの膝は笑っていた。メアリは箱入りのお嬢様、魔術師としての研鑽を積んでいたために、彼女は世情に対しては疎く、ろくに外に出ることも無かった弊害がここに出ていた。
ゲロを吐き、体力は続かず、戦闘以前にメアリは満身創痍であった。
「ふむ、それは兎も角、ようやく相手のお出ましといったところかいのぅ」
そういうとメアリは背筋を伸ばし、余裕ぶるかのように取り繕う。
虚勢を張ることにかけてはメアリは優秀といえるだろう。特に交渉となれば基本中の基本を備えているといってもいい。
「さあ行くわよライダー! 私たちの素晴らしさを見せつけてやりなさい」
「・・・・・・ふむ、承知した」
ライダーはやれやれとため息を吐きつつも、メアリの命令に従う。もとより今のマスターを裏切るつもりはない。進んで外道を行う訳でも無し、性格が全くそりが合わないわけでもない。ただ単純に無能なだけなら問題はない、そういった存在の扱いは十二分に心得ている。
要は生前からの性。死ぬ前までやってきた当たり前のことを当たり前に行っているだけのこと。目上の者の命令は絶対。その中でいかに自分の裁量で最善をつかみ取るかがライダーのやることである。加え、せっかく令呪と言うものがあるならば、有効な時に使うべきであると彼は想定している。
雑草が揺れ、枯れ葉を踏みしめる音が前方から聞こえ、ようやく相手は姿を現す。
「ほぅ・・・・・・」
括目し、ライダーは感嘆する。東洋人であるライダーでさえ驚くほどのがたいの良さ。身長190cmのライダーの身長よりもやや高めで、肉体は斯様な柔術をしている割にはしっかりとついている。実用的かつ、全身は筋肉による生身の鎧を纏う。隙も見せぬ出で立ちに、武人としての心をくすぐられる。
ライダーも若き時は槍を振るい、武科挙によって国に仕えることになった身だ。位が昇るにつれて戦線での武勇を振るうことはほとんどなかったが、それでも一介の武弁として羨望と尊敬を感じ得ない。
「いや、すまない。この時代に斯様にも壮健な男児がいるとは思わなんだ。つい見とれてしもうた」
それは紛れもなくライダーの本心からの言葉であった。武人として八十八という存在はただの一般人でなく、一介の武術師としてのそれとライダーは無意識に判断した。
「・・・・・・ちょっとライダー、何を言ってるのよ! さっさと要件を言いなさいっ!!」
しかし、そんな背景を知らないメアリはしびれを切らしたかのようにライダーを叱責する。
その様子に八十八たちは状況を察そうとメアリに視線を向ける。
金髪碧眼という見た目は日本人が想像する外国人そのもののイメージであり、腰までかかるであろう髪はツインテールにまとめてある。身長はそれほど高くはなく、大体八十八と同年代であろうというやや幼さを感じさせる見た目であった。
「な、なによぉ・・・・・・そんな睨まなくていいじゃない・・・・・・。私はマスターなのよ・・・・・・!」
八十八の鋭い眼光に睨み付けられたと感じたメアリは、その瞳から隠れるようにライダーの後ろに隠れ、萎縮する。先ほどまでの威勢は何だったのか、まさに虎の威を借りる狐といったようなものだ。
「すまんのぅ、ご覧の通り、マスターは未だ若い娘子じゃ。どうか大目に見てほしい」
「・・・・・・別に、俺は構わんさ。そういう目で見られるのは慣れている」
この言葉は紛れもなく八十八の本心であり、事実でもあった。身長2m近くあり、鋼の肉体を持つ八十八はただそこにいるだけで周囲を威圧する。その見た目故に不良に絡まれたことも一度や二度ではないし、何より八十八自身にも他人とは違う肉体的な欠落である
「なんや、兄ちゃん修羅の道いっとるなぁ・・・・・・友達おらんのか?」
「他人の評価よりも自分が何をするか、どう行動するかが俺の道だ。最大多数の理解よりも、俺を知る奴が俺を理解してくれれば十分だ」
「おお・・・・・・。なんやそれ、かっこええ・・・・・・、オッサンもいつか使ってみよ」
まさかの返しに対してエンペラーは逆に感動を覚える。この男、ボッチであることに対してなんら後悔も恥辱の感情もない。自分の道が絶たれない限り自身の決めた道に振り返ることなく進むことが出来る修行僧もかくやという精神だ。
「場も温まってきたことじゃ、儂らに敵対の意志はないことを示すためにも、まずは自己紹介をしようかのぅ。儂はライダーのサーヴァント。このような戦の最中じゃ、真名は勘弁しとくれ。そしてそこにおるのは儂のマスターよ」
「ふ、ふん! 私こそ、時計塔に身を置く魔術師! メアリ・セルウィンよ! 覚えておきなさいっ!」
「・・・・・・言葉は立派なんやけど。姉ちゃんの様子じゃあ、かっこつかへんで・・・・・・」
長身のライダーの背に隠れながら、やや震え声で威勢をあげるメアリ。よくよく見て見ると足元はガクガクと震え、まるで小動物の犬を思わせる様子であった。
「阿武木八十八。高校二年、学生だ」
「同じく、オッサンはエンペラーのサーヴァントや。よろしゅうな!」
八十八は無愛想に、エンペラーは人をひきつけてやまないといった美貌に人懐っこい笑顔を浮かべてフレンドリーに返答する。
『兄ちゃん、あのライダーっつうサーヴァントをよう見てくれや。恐らくやけど、ステータスが映るはずや』
その最中に、エンペラーは八十八に密かに念話を行う。八十八はその念話に対して驚くものの、表情には出さずに、じっとライダーを見つめる。
【CLASS】ライダー
【マスター】メアリ・セルウィン
【真名】―――
【性別】男性
【身長・体重】190cm・66kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷C 魔力C 幸運A+ 宝具?
【クラス別スキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
これは強いのだろうか。
八十八の脳内に疑問が浮かぶ。黙し、反芻した結果、八十八はエンペラーと比べ、ライダーの方が格上だと断定した。単純に立ち振る舞いや肉体を見た結果、ライダーの肉体は老年の武人のそれであり、反してエンペラーは常人、或いはそれに劣る体躯である。
肉体面のステータスがEとCではCの方が上、ならば幸運値のA+という値は事実上の最高能力値と仮定しても問題はないだろうという判断であった。
「高校? つまりハイスクール生ってことかしら?」
「おう、歳は17歳の未熟者よ」
その時、メアリに稲妻が奔る。
「はん! なんだタメじゃないの、ちょっとアンタ、ジュース買って来なさいよ!」
「ここから一番近い自販機は山下った先だぞ」
目の前のやばい奴っぽいのが同い年とわかった瞬間、メアリの態度は尊大なそれになる。普通に考えれば逆効果、ライダーは先ほどの評価を下方修正して、こいつ交渉向いてねえな。と己がマスターの駄目っぷりに嘆息する。
「うちのマスターは周囲の気配を察するのが苦手でのぅ。悪気はないんじゃ、恐らく」
「分かるわー、どこでもそう言う奴はおるからのぉ。オッサンの時代にも居ったわ、KYの極みみたいな奴。はっちゃけたせいで、『お前もやったんかいッ!?』って親父を驚かせた奴は後にも先にもそいつだけやろうな。それに比べりゃかわいいもんや、実害はないからのぉ」
うんうん、とエンペラーは頷きながらその時を思い出す。
「アカン、思い出したら腹立って来たわ・・・・・・。そのせいでいきなり親父の地盤引き継いで政治家になったのもその時やし、オッサンの家庭が破壊されたんは、あいつのせいやったんちゃうか?」
とんでもないことに気づいてしまった。そんな風にあごに手を添えて考え込むエンペラーに対し、敢えて聞き手となって愚痴を聞く。
「アンタたち! 何勝手に雑談してんのよ、聖杯戦争中なのよ!」
「・・・・・・そなた、これが交渉というのを忘れてないかのぅ」
「・・・・・・交渉中なのよ!」
うちのマスターはテンパるとIQが溶ける奇病にでもかかっているのか。おっちょこちょいとか、うっかりとかとは比べ物にならない不安を、ライダーは一人感じていた。
そんな中で、八十八は疑問に思ったのかメアリやライダーに向かって疑問を述べた。
「―――そもそも、聖杯戦争ってなんだ?」
「・・・・・・は?」
その爆弾発言ともとれる言葉に、メアリは凍り付く。
「・・・・・・聖杯戦争を知らない? これ結構有名な筋の話よ」
「そもそも、魔術やらなんやら初めて聞いたんでな。知ってることがあるなら教えてもらいたいぐらいだ」
『ライダーどういうこと!? この子モグリの魔術師だとしても常識が無さすぎるわッ!!』
メアリからすればまさに青天の霹靂。何が何だかわからない。そもそもサーヴァントの召喚、サーヴァントと紛いなりにも立ち向かうことが出来る。その時点でメアリの八十八に対する評価は一般人とは異なる存在と位置付けていた。
あのブジュツやサツジンケンなんて呼ばれるものも一種の魔術か何かと思っていたぐらいだ。そもそも、人間は無手で空気砲なんて打てはしないのだ。そうなってしまうのも無理はない話だろう。
『言ったであろう、あれは武人であると。魔術など使わず、身一つで戦ったにきまっているじゃろぅ』
『おかしいわ、おかしいわよライダーッ!!? それって貴方の中で常識なの!?』
メアリは初めて相棒の正気は疑う。
そして八十八の様子を見て、そして下した評価は簡単なことだった。
「・・・・・・つまり、貴方は魔術が使えない」
「おうよ、その通りだ」
「貴方はただの身体能力であのサーヴァントに立ち向かった」
「そうだな、おかげで参っちまった。おかしな術で苦戦した」
二、三の問いを行い、メアリは考える。そして下賤な笑みを浮かべると、メアリは胸を張って八十八を見下そうとし、身長の差から逆に見下ろされているに関わらず、そのまま高圧的な視線で八十八を見る。
メアリのその瞳に映るもの、それは単純な自尊心。
メアリの評価の骨子となる物、それは単純に魔術の腕、並びに才能であった。
いかに相手が優れた武人であろうとも、魔術が全くの素人、或いはそれに無知と知れば、その時点でメアリは目の前の対象より格上の存在と定義する。生涯にわたって超えることのできない圧倒的な壁を持つメアリという少女が持つ壊れた価値観であるが、それがメアリの思想の基本となる物。故に、メアリは八十八を自分よりも下の存在と定義づけたのである。
これだけであればメアリはただ傲慢な人間になるだろう。しかし、違いがあるとすればこの後の対応に凡百の差別的な魔術師との違いがあった。
「ふふふ、ならば教えてあげましょう。魔術とは何か、聖杯戦争とは何か、そのすべてを教えてあげましょう! 泣いて喜ぶといいわっ!!」
それは生来の面倒見の良さ、或いはおせっかいといわれるそれであった。
魔術師としては心の贅肉とでも言われるそれであったが、セルウィン家は時計塔における権威と権力の象徴でもある
そもそも、時計塔で研究を行う魔術師の中でもメアリの一家は凡人といっていい。その中で生まれた突然変異の天才は姉であり、だからこそ高い評価を受けたのであって、根源に向かうとしてもそれは後々のこと、それこそ研究成果のすべてを優秀な本家に捧げるような木端魔術師の家庭。
当然魔術師としての教育は研究の成果をすべて引き継がせるものの、何かしら素晴らしい成果が出るわけでもなく、同時並行に魔術研究のための資金繰りをやったり、それを本家に捧げたりとやることは多いものであった。
特にセルウィン家はとある商家から魔術師としての地位を得た一族であり、ロード・ステュアートの有力資金源の一つとして分家の一角を担う家である。
つまりは、学者、魔術師としての誇りに欠けているという一族特有の欠点があった。
「じゃあ頼むわ、オッサンもこういったことに答えるのは難しいって言ってたからな」
「ふふふ! 頼まれたわ!!」
メアリは嬉しそうな声色で答え、そして急激に高まってくる自尊心によって今までの恐怖やらなんやらが何だったのかと言うほどに上機嫌になる。
「・・・・・・そなた、少しは落ち着くといい」
「なによライダー。私に何か文句があるの?」
せっかくのいい気分に水をさされたメアリはやや不機嫌そうに振り返るが、ライダーはそれを無視してエンペラー陣営に語り掛ける。
「なに、ちょっとした等価交換よ。こちらは戦争や魔術といった者に対して情報を与えよう。しかし、そちらは何をくれるのか、それに触れておかねばこちらだけ労するだけ。これではこちらが不利じゃろう?」
「ちょっとライダー、何も知らない相手に何てこというのよ!」
「何も知らないからこそ、やるべきじゃ。聖杯戦争は仲良しごっこではない。互いに殺し合う戦じゃ。それぐらいはそちらもわかっておろう?」
「せやな、そこは同意するわ。ここでなあなあにして後で雰囲気悪くなったらアカンからな、締めるとこはきちんと締めようや。それが互いの為やしな」
ライダーの言葉に賛成したのはエンペラーだった。
「兄ちゃん、交渉はオッサンに任しとき。オッサンは戦いには向かへんけと、こういうのは得意分野さかい」
「・・・・・・わかった、交渉はお前に一任する」
そう言って八十八は交渉の手筈をエンペラーに任すと、ライダーとエンペラーとの間において話し合いが始まる。聖杯戦争に巻き込まれた八十八からすれば、右も左もわからない状況。特に先ほどハサンから襲われた状況から、あちらとは敵対は不回避となっている。そもそもこの山にいることが既に危険なのだ。一旦は下山を考えてもいた。
対してエンペラーもまた情報は欲しい。聖杯からの知識もあって基礎的な知識には事欠かないものの、それでも現代の風習やら何やら、ほかにも魔術師たちが決めたルールや規範などの聖杯からの知識が及ばない情報がまたほしい。その点で言えば、メアリなどのこちらに友好な魔術師であり、ライダーのように思慮深いサーヴァントのコンビは渡りに船であった。友好関係になりつつも、程よい緊張感をもって話し合える存在はこちらにとっても損ではない。
「その方向でいいじゃろう」
「ま、そこらへんが落としどころやな」
それぞれのサーヴァントが矢面になって交渉した結果、以下のことが決まる。
一つはライダー陣営はエンペラー陣営に対し、情報を流すこと。この情報に虚偽は認められない。
一つはエンペラー陣営はライダー陣営に対し情報の対価としてライダー陣営の求めに応じて一度の共闘関係を結ぶこととなった。
「・・・・・・なんなのよ、マスターをのけ者にして楽しいのかしら」
「・・・・・・」
不満げに口を尖らせるメアリと、ただ黙して語らない八十八。ライダーは己がマスターのフォローに回らざるを得ない今後のことを思い少し辟易するとともに、今回の交渉その他諸々については実りが多かったと半ば満足気ではあった。
「そんで、こっからどうすんねん。オッサン的には山から下りて、ひとまず腰を落ち着けるとこで話したいんやけど」
「そうじゃな、そなたが良ければ儂らの拠点に案内してもいいと思うが、どうじゃろうか」
おずおずとライダーはメアリに語り掛ける。メアリは口もききたくないといった様子であったが、眉間にしわを寄せて八十八に向かって話しかける。
「えっと、八十八といったかしら? とりあえず私の拠点に来る」
「招待されたなら行かない道理はないが、如何するオッサン?」
メアリの問いに対して、八十八はエンペラーの助言を聞く。
今までの話し合いから察するにエンペラーは八十八が不得意とする多角的視野からの話し合いや交渉は得意分野らしい。苦手があるならぶん投げる。エンペラー陣営は互いの欠点を補い合える優秀な陣営であった。
「せやな、拠点とゆうても、罠がないとは限らへん。かといってこっちも山をサーヴァントに占拠されとるさかい、まず情報交換についてはこっちが指定する場所で行う。その後に拠点にお邪魔してもらおうかいの。だまし討ちがあった場合は、今までの契約は破棄や」
「ふん! 私がそんな卑怯な真似するもんですか! ねえ、ライダー!」
「然り、じゃがそう懸念するのは致し方ないことじゃろう。ではまずそちらの指定する場所でまずは情報交換といこうかのぅ」
エンペラーの提案に対して、一応は賛意を示すライダー陣営。その後、八十八の先導によって山を下り、手ごろな喫茶店に入ろうと新市街の方面に進んでいくのだった。