「くぁせagqtjmx@tpt6jptw2ああア――!?!?!?」
圧倒的な存在感を持って場を制圧する悪意。主犯格であると思われる、死柄木弔と呼ばれていた青年と相対していた不死少年が、奇声を上げて倒れ込む。
身体が凄まじく重い。まるで鉛で全身を固められている様だ。足が動かない――――――そう考えた所で、呼吸が異様に早くなっている事に気付き、深呼吸をしてリズムを整えた。
「おい不死っ!大丈夫かっ!!!」
「来るなっ!!!切島少年!!!」
コンクリートの上を絶叫しながらのたうち回る不死少年の元へと駆け出そうとした切島少年を引き止め、悪意の発生源へと視線を向けた。
黒い炎に身を焼かれながら、怒声を上げ頭を掻きむしっている死柄木。灰色の地面の上でパチパチと音をたて燃える黒い炎から、尋常ではない狂気と意思が発生している。
指一本すら動かせない。だがそれは敵も同じ状態の様で、黒霧と呼ばれていたワープゲートの個性を持つ男も、死柄木の背後で硬直していた。
「があああああっっっ!!!クソっNんだお前!俺は――――――おれはそんな、E、ぅになんかならねぇ!!!うるせぇ!!」
死柄木が叫ぶ。彼の感情に呼応する様に黒炎は勢いを増し、フレアを発生させた。
黒炎は渦を巻き、死柄木の頭上へと奔る。次第に炎は球状を形成し、巨大化していく。
それは、黒い太陽の様だった。
正しく邪教の象徴。黒炎は光を呑み込みながら狂気を撒き散らす。私へと語りかける狂気と意思がその勢いを増し、そして不死少年は絶叫した。
堪らず地面に膝をつく。止まれ、動くなと、黒炎が囁き掛けてくる。奥歯が砕けるかと思う程の強さで歯を食いしばり、何とか意識を保っている状態だった。
死柄木の怒声が止んだ。顔を上げ正面を向いた時に、ようやく意識の外で頭を下げていた事に気付く。
死柄木の瞳に映っていたのは、虚無だった。
背筋が粟立つ。計れない。意思が、感情が、生気がまるで感じられない。ただのガラス玉を見せられている様だった。
目を覆い隠す程伸ばされた髪が逆立ち、コンクリートの床が凄まじい音をたてながら、シールを剥がすかの様に地面から引き剥がされた。千切れた床が宙を浮かび、黒い太陽へと呑み込まれ消え失せる。
引力が力を増していく。咄嗟に地面に拳を放ち、地面を抉り両手を引っ掛け踏ん張る。
いや待て、今拳を放つ一瞬だけ、身体が軽くなった。
ずりずりと、狂乱する不死少年が引き摺られていく。
動かない――――――動かせない、動けない!必死に身体を動かそうとするも、指一本動く気配が無かった。何故だ、さっきは問題無く動けたじゃないか!
不死少年と死柄木との距離が縮まっていく。両者の距離は既に10メートルもない。このままでは不死少年が“消されてしまう”。
それは駄目だ。それはいけない。悪の頂点に立つと断言した彼だが、見捨てる訳にはいかないんだ。
話をしなければ。悪の道へと進もうとしている彼を、正しく導かなくてはいかないんだ。
「――――――!」
意識が暗闇に呑み込まれる。身体中から力が抜け、ゆっくりと前へと倒れ込み――――――
「オールマイトォ!!!!!!!!」
倒れかけた身体を、両腕で支えた。
少年の叫びだった。聞いた事がある。誰よりも優しくて、誰よりも勇気ある少年。その名前を私は知っている。
意識が朦朧とし、声の主が誰なのかすら判別出来ない。動かぬ身体をそのままに、瞳孔だけを声の元へと向ける。
複数の瞳が、こちらを見つめていた。
緑谷出久と、先人達七人の瞳。ワン・フォー・オールを引き継いできた英雄達の残滓。
身体が燃えるように熱を持つ。朧気だった意識は鮮明に、湧き上がる感情は情けなさ。
彼は未だ悪を為していない。ならば誤った道を進む彼に手を差し伸べ導いてあげねばならない。
夢を与えなければならない。過ちを正さなくてはならない。それが出来ずして何が
身体に覇気を漲らせる。周りへの配慮を完全に無視し、衝撃波を全身から発生させながら、一挙動すら全力で飛び出す。
狂気と意思を完全に振り払い、拳を構えながら加速した。
一瞬で死柄木の正面へと移動する。踏み込みで地面が大破し凄まじい音を立てた。衝撃波で不死少年が吹き飛び、死柄木との距離が開く。狂気の中、必死に抵抗していた白い少年を視界の端に入れながら、吼えた。
「SMASH!!!!!!!!」
天を突く拳。空へと向けられた拳は、球形を半壊させる事に成功したが、しかし黒い太陽を撃ち砕くには至らない。
黒炎が眼前に迫る。回避も防御も間に合わない。それでも戦意を衰えさせる事無く炎を睨みつける。
黒一色だった視界が白に上塗りされた。白炎は黒炎を相殺し霧散させる。
既に限界は近い。それでも命を懸けずして何がプロだ。振り抜いた腕とは別の腕で拳を握りしめ、更にもう一歩踏み込んだ。
拳の周りの空気が唸る。先程の一撃で発生した上昇気流が雨を降らせ、雨粒が頬を打った。
限界を超えた身体の酷使により血反吐を吐くが止まらない。
「DETROIT・SMASH!!!!!!!!」
その拳は闇を打ち払い平和の象徴として在ろうとする己の存在意義そのもの。放たれた衝撃波は辺り一体を吹き飛ばし、立ち込めていた雨雲に巨大な穴を開けた。黒い太陽は霧散して消え失せる。
自らの活動限界を突破してしまった事を理解した。左腕が萎み、トゥルーフォームへと変身していく。
盛大に血を吐いた。それでも視線は前に向ける。悪意達を睨み続ける。
荒い息を吐きながら砂利を踏みしめる音と共に、一人の少年が私の隣へと並ぶ。いつか得体の知れない悪意に満ちていると評した少年と並び立とうとも、何故か今だけは彼から悪意を感じなかった。
長い前髪に隠された紅色の瞳が、空を反射して青く煌めいている様に見える。
悪意達は、黒い霧に運ばれ、捨て台詞すらも吐かぬままに帰って行った。
「……不死少年、君に聞きたい事があるんだ」
――――――なんでしょう。
「君は何故……何のために此処に来たんだ」
――――――強くなるためです。
「……そうか」
それが君の答えか。
オール・フォー・ワンを倒して、頂点に立つと君は言った。暗い覇道を進むと言うなら、強さは必要不可欠であり絶対的な道標になる。
いつか君が、私達とは違えた道を征くというのなら。私が君を打ち倒そう。
トゥルーフォームを見ても驚く素振りはない、つまり私の秘密を知っていたのだろう。更にオール・フォー・ワンの存在を知っていた。これら二つの事で分かる。君が既に引き返せない場所にいる事くらい。
でも何故だろう。私は未だに、君に拳を向ける未来が想像出来ないんだ。
何を馬鹿な事をと自嘲の笑みが溢れた。耄碌か。そんな歳でもないだろうに。
「最後に一つだけ聞かせてくれ。――――――君は何故強さを求める。何故頂点を目指す」
その問いを境に彼は口を閉ざし、私と相対した時は必ず浮かべていた不気味な笑みを消しさる。真剣な瞳で何処か遠くを見つめたまま、それ以上何かを語る事は無かった。
とんでもない戦いだった。そしていくら何でもイレギュラーが多過ぎる。対策の為の計画はほぼ無意味だったと言っていいだろう。不死身じゃなければ死んでいた。とんだハードモードだ。
高性能な脳無を原作よりも一体多く投入され、死柄木も得体の知れない力を使っていた。こんな状況でよく死者が出なかったものだ。
特にあの死柄木の力はヤバすぎる。得体も知れない黒い炎に、一気に行動不能にまで追い詰められた精神汚染。オールマイトがいなければかなり危険だった。死にはせずともオール・フォー・ワンの下へと連れ去られていたかもしれない。
しかしやはりオールマイトは凄い。今の所何回コンティニューしようが勝てるビジョンが見えない程だ。更に並んで戦った事で分かったが、彼には圧倒的なカリスマがある。戦闘中、彼の隣で戦える事が、嬉しくて堪らなかった。
最後に意識を正常に戻せたのも、オールマイトの覇気に当てられたからだろう。彼がすぐそばに来た途端、意識が切り替わった様にクリアになった。
隣に立って戦った事で、憧憬の存在とのあまりに大きな差を知った。だけれどこの戦いで得られた物は多い。それは必ず俺の力になる。一歩一歩確実に進んでいこう。
変身が解け、トゥルーフォームとなったオールマイトの隣に立つ。
骨張った身体からは力強さ等は感じられない。それでも、彼の瞳から放たれる光には、絶対的強者の放つ覇気が宿っていた。
「……不死少年、君に聞きたい事があるんだ」
トゥルーフォームを見られても尚動揺はせず。口の端から血を流しながら、堂々と立って話し掛けてくる。
「君は何故……何のために此処に来たんだ」
何故雄英高校に来たのか。オールマイトが在籍するという事も理由の一つだが、やはり此処に来た理由は強くなるためだろう。オールマイトにもそう答えた。
雄英は、ヒーローの育成に於いては間違い無く最高の環境だと言える。教師も設備も、生徒さえもが超一流。轟や爆豪を見ればよく分かる。戦闘能力だけなら、彼等は既に並のプロヒーローとなら互角に渡り合えるだろう。
最も強くなれる環境が雄英だ。最強のヒーローを目指す以上、圧倒的な強さは必要不可欠になる。
「最後に一つだけ聞かせてくれ。――――――君は何故強さを求める。何故頂点を目指す」
落胆を匂わせる声で告げられたその問いに、頭が真っ白になった。俺は何故頂点を目指しているのか。
オールマイトに憧れたからだ。個性に絶望し腐っていたあの時、トゥルーフォームで現場へと走る貴方の姿に憧れた。
限界を超えて戦う最強のヒーローに、どうしようもなく憧れた。
だがそれだけだ。俺はもしかして、最強のヒーローに憧れているだけなのではないだろうか。市民を守る
市民を守る事も、他人の為に命を懸ける事も、全てヒーローになるためのプロセスになってしまっていた。
ヒーローになりたいから助ける。それはきっと、かのヒーロー殺しが言う“私欲を優先させる偽者”の行為。
その在り方を否定はしない。でも俺が目指すのは、本物のヒーローなんだ。
いつの間にか強さだけを求める道を歩んでいた。他人を助ける事が、ただの寄り道になってしまっていた。それでは駄目だ。俺は最強のヒーローになる道を歩みたいのだ。
ただ強さを求めるだけなら、それはヴィランだろうと可能だろう。
精神の未熟さに気付かせてくれたオールマイトに、心の内で感謝する。到着した雄英の教師達の所へと歩きながら、いずれ必ず、貴方の様なヒーローになってみせるという決意を、改めて強く固めた。
それにしても――――――俺はどうやって、一対一で脳無を倒せたんだろう。
記憶に靄が掛かって思い出せない。それに何故だかその事に、一切の違和感すら抱かなかった。
「ハハハハハ!ハハハハハハハハハハ!素晴らしい!素晴らしい力だ、名も知らぬ少年!欲しい!欲しい!欲しいっ!その力が欲しいっっっ!!!」
「不死身の個性か……凄まじいのう。未だに信じられん位じゃ」
「それはそうだよ。君にはそもそも知覚出来ない。オールマイトですら把握出来ていないのだから……映像を介して彼の力の正体に気付けるのは、異能についてこの世の誰よりも理解し、誰よりも生に執着している僕だけだろうさ!」
「そういう個性という事か?不死身かつそれを他者に認識させない個性?」
「いいや違うね。とはいえ此処で語っても無駄さ。あれはそういう代物だ。いやこの言い方は相応しくないな……正しくはとある存在に認識出来ない様隠匿されているんだ」
「よく分からんわい。所で先生、死柄木の暴走の事じゃが、あれは先生が個性を与えたりしたのかのう?」
「いいや。僕は弔の件に関しては全く知らない。原因について心当たりがない訳では無いが、むしろ僕の方が教えて欲しい位さ。だがあの力は有用だ。僕の後継者となる為に、必ずや役に立つだろう――――――いやぁ!それにしても素晴らしい日だ!あの性能の脳無二体を犠牲にしてもオールマイトを殺せなかったのは残念極まりないが、それすらも最早どうでもいい!あの力を手に入れさえすれば、僕は永遠の魔王となれる!!!」
絶対に手に入れてみせる。そう呟くと、魔王は笑った。