今回は短めです。
――――――やってしまった。
時は雄英襲撃事件から二日目の放課後。今朝両腕粉砕骨折に顔面骨折という大怪我を負ったのにも関わらず、包帯まみれで復帰した相澤先生が放った雄英高校体育祭開催という言葉を聞いた時点で、俺はこの事に気が付かねばならなかったのだ。
午後の授業も終わり、早速帰路に就こうと教室の扉を開いた途端、視界に映ったのは大勢の人間の姿。そういえばこんなイベントもあったなぁと思えたのも束の間、いきなり多くの生徒達の視線に晒された俺はフリーズしてしまう事になる。
ざわざわという喧騒と、好奇心に満ちた人間の視線を感じて少しだけ腹が痛くなった。プロヒーローになればマスコミやファンに囲まれる事など日常茶飯事なので、こういう類の緊張には慣れなければいけないという事は分かっているのだが、今の俺にとっては少々キツい。
固まっていると肩の辺りでエネルギーが極々小さな音を立てて弾けるのを感じた。つい先日から行っている、エネルギーを繊細に操作する為の特訓で、常に微弱なエネルギーを全身に纏っているのだ。この程度の緊張で集中力がブレてしまう辺り、やはり俺はまだまだらしい。
個性暴発のおかげで冷静になった頭で思考する。これは体育祭が例年通り開催される事を聞いた生徒達の敵情視察。普通科や他の科からのヒーロー科への編入を狙う生徒達が、ヴィラン連合との戦いを潜り抜けた1年A組の戦力を探りにきているのだ。
さて状況は理解した。ではどうやってこの場から逃げ出そう。見たところ隙間なんてものは無く、廊下を生徒達が埋め尽くしている。
腕組みをしながら逃走方法を考えていると、ふと隣に人の気配を感じる。同時に嫌な予感が頭を過ぎり、これは不味い事になると直感した。
「どけモブ共」
威圧する様な声と共に現れたのは、1年A組が誇るヤンキー(?)こと爆豪勝己である。出入口の前に集る生徒達を睨みつけながら、堂々と暴言を吐いた。他のA組の生徒達から制止の声が掛かるが時すでに遅し。爆豪の暴言で気を悪くした生徒達から、不満や怒りの声が飛ぶ。
やりやがったコイツ。横目で爆豪を睨むが、今は俺への関心は無いようだ。完全に群衆に苛立っている。
「ヴィランを退けた1年A組……どんなもんかと見に来たが、随分偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こうなのかい?」
「ああ!?」
爆豪を非難しながら群衆から一人の生徒が現れる。うねった紫色の髪を逆立てた、目元に隈がある背の高い生徒、心操人使だ。
「なんだか幻滅しちゃうなぁ」
明らかに敵意満々である。まぁ彼の場合は宣戦布告をしに来た様なものだし、当たり前といえば当たり前なのだが。
普通科からヒーロー科への編入を狙っているという旨の話をしている彼は、天才だらけのヒーロー科でも充分にやっていける個性と熱意の持ち主だ。油断していると足元をすくわれるだろう。俺の中の要注意リスト入りである。
B組の鉄哲徹鐵も参戦し、更にヒートアップする現場。胃がキリキリと本格的に痛み始めた俺は、もう騒ぎを無視して人混みを突っ切ろうと足を踏み出した。
瞬間、緊張とストレスで乱れていた俺の集中力は完全に霧散し、身体に纏っていた個性が暴発する。
やべ、不味い。
咄嗟にエネルギーを抑えたが、白い炎は破裂する様な音を立てて俺の身体から漏れ出した。先程まで騒がしかった廊下が静まり返り、爆豪へと集中していた視線が一気に俺へと集まる。
「……ちょっとそこの君、道を開けてくれ」
「ひっ、はい!」
俺が丁度目の前にいた男子生徒に声を掛けると、モーセが割った海の様に人混みが綺麗に分かれた。何だか悪い気がしたので愛想笑いを浮かべながら歩いていく。
人混みを抜け、ふと後ろを見ると、心操が呆然とこちらを見つめている。物凄く反応に困ったのでとりあえず笑顔を見せてお茶を濁しておいた。
しかしまだまだこの個性を使いこなしているとは言い難い。引き続き特訓が必要な様だ。
二日前の戦いで気付かされた己の未熟さ。それを克服する為に、今回の体育祭は丁度いい機会だと言える。
目指すは優勝ただ一つ。雄英から課される新たな壁を、一番乗りで乗り越える。
昂った気分に反応し、制御が乱れたエネルギーが、パチパチと軽い音を立てていた。
「何アレ怖すぎ」
「やっべぇアイツ……」
「おい心操……ヒーロー科、想像以上にヤバいぞ……」
俺の名を呼びながらそう話し掛けてくる友人に、しかし俺は言葉を返せない。それ程までに驚愕していた。
先程まで爆豪勝己への怒りや不満の声で満たされていた廊下は、先程とは打って変わり、不死透也を恐れる声で溢れかえっている。
教室から出てきた時は大人しかった――――――否、大人し過ぎた。こちらの声にも一切の反応を示さず、1年A組の周りに集まった群衆を見定める様に見つめていただけだった。その状態は爆豪勝己が現れてからも暫く続き、微動だにせず周りを見つめ何かを考える素振りを見せていた。
しかしその態度はいきなり急変する。ヒーロー科1年B組の鉄哲徹鐵が啖呵を切った次の瞬間、奴は身体中から個性である白い炎を放ち、群衆を威圧したのだ。
圧倒的だった。今の俺では到底勝てないと思わされた。廊下は堰を切ったように静まり返り、不死透也は開かれた群衆の間を堂々と歩きながら去っていった。
笑いながら。
それはきっと嘲りの笑みだったのだろう。この程度で気圧される様では、己を倒す事などおこがましいにも程があると。そう言いたかったのだろう。
だがそんな事はどうでも良かった。俺が真に驚愕したのは奴の“在り方”である。
この場を去る前、奴は最後に俺へと向かい微笑みを向けた。どろりとした悪意に満ちた赤い目を向け、壮絶な笑みを浮かべたまま。
しかし不死透夜也は悪を志してはいなかった。どうしようもなく純粋に正義を目指していた。
洗脳という個性を生まれながらに授かり、ヴィラン向きの個性だと恐れられてきながらも、それでもヒーローの道を諦められなかった俺だからこそ理解出来た事だ。
似ているんだ。俺とアイツは。
それでいて、きっと誰よりもヒーローに近い所に立つことが出来ている。
尊敬と歓喜に背筋が震えた。ああ、あぁ――――――俺は、ヒーローを目指しても良いのだ。
あれ程までの悪の器すら、ヒーローを目指し、険しい道を進んでいる。番付上位に食い込む様な一流のプロヒーローは学生時代から逸話を残すというが、彼は既にその領域を突破していた。
学生の身でありながらの、ヴィランの撃退。それも二回。これを逸話と言わず何と言おう。
悪の器でありながら、不死透也は必ず凄まじいヒーローになる。そんな確信を抱かされた。
「ははは」
歓喜に思わず笑が零れる。友人が怪訝そうにこちらを見ているが、既にそんな事もどうでもいい。
――――――俺だって……!俺だって、ヒーローに……!
不死透也の様に……!!!
未だ喧騒が支配する廊下から、早足で立ち去る。友人から声が掛かるが、今の俺には届かない。
迷いも過去も断ち切れた。ヒーローになる事を許された様な気分だった。
まずは体育祭。必ず良い結果を出して、ヒーロー科への編入を成功させてみせる。
今までとは明確に覚悟が違う。自らも気付かぬ内に、壮絶な笑みを浮かべながら、早足で廊下を歩く。
お前を超えるぞ、不死透也。何故ならお前は、俺の憧れであるからだ。
完全下校時間が過ぎ去り、茜色の光が射し込む廊下を歩いていく。
閑静な廊下に自らの足音だけが響いていた。
自身の心が許すなら、此処でこの足を止めてしまいたいとすら思ってしまう。しかしそれは己のプロヒーローとしての矜恃が許さない。
扉の上のプレートに、仮眠室と書かれた部屋の前で立ち止まり、ノックをしようとして一瞬だけ躊躇する。我ながら合理的ではない、自分らしくない躊躇いに少しだけ眉を顰めてしまった。
意を決してノックをし、どうぞ、という言葉が返ってくるのを聞いてから、横開きの扉を開き中へと入る。後ろ手に鍵を掛け、五感を研ぎ澄まし、廊下に誰も居ないことを確認する。
「随分と警戒してるじゃないか、相澤君」
「……オールマイトさん」
「掛けなさい」
この部屋に呼び出した人物――――――テレビで見る姿とは大きく違う姿の、No.1ヒーローにして平和の象徴、オールマイトの前に置かれた木製の椅子に腰掛ける。
気を遣われているのか、机の上に置かれたお茶菓子を勧めてくるが断っておく。元々そこまで甘味は好きじゃない。少しだけ落ち込んだ様子のオールマイトさんに複雑な気分になった。
そんな微妙な雰囲気を振り払うかの様に、咳払いをしたオールマイトさんが姿勢を正す。澄んだ空色の、真剣な瞳でこちらを見つめていた。
「それで、話というのは?」
ここから先はもう戻れない。この言葉を口にした途端、俺はこれからずっとアイツを疑い続ける事になる。
本当ならこんな相談したくは無かった。教師として、自分の教え子を疑う事が、こんなにも苦しい事だったとは。
それでも自らの感情を抑え込む。あくまでも合理的に。アイツには、疑ってしまうだけの不可解な点がいくつかあった。
何故あの時、誰よりも先に動く事が出来た?現役のプロヒーローより先に、実戦経験の殆どないただの一生徒が。
何故あの時、黒霧の個性の事を報告しなかった?潜入・撤退に優れたあの個性を、雄英侵入に使わないのは有り得ない。ならば必ず交戦した筈だ、1度目の襲撃で。
余計な感情は捨て去ろう。合理的に物事を考えよう。だからこの事実を彼に伝えよう。
「不死透也の事で、お話があります」
そして2週間が経ち、雄英高校体育祭は開催される。
様々な思惑が交錯する中、赤い炎を携えた男が、雄英高校体育祭の開催地へと向かっていた。