保須市編からはどんどんシリアスになっていく予定です。
今回のお話で、主人公の能力や正体について気付いてしまう方がいるかと思われます。ネタバレ防止の為、感想に展開予想を書き込むのは御遠慮下さい。
赤い炎が部屋を照らす。苛烈な炎は、冬の夜の冷たい空気を優しく温めた。
そう、彼との出会いは雪の降る冷たい夜だった。顔に纏う炎が冷えた空気を蒸発させ、顔に水蒸気がまとわりついて不愉快な思いをさせられていた事を覚えている。
一歩歩くごとにギシギシと床が鳴り、嫌でもその家の年季を感じさせられた。廃墟同然の家の中からは、己が歩く音だけが聴こえてくる。
目的の部屋に着くと、一気に扉を開き、中を見渡した。物が散乱し、生ゴミの匂いが鼻につく。
自らが纏う炎以外の、ぼんやりとした明かりが部屋を薄く照らしていた。光源に目を向けると、ボロボロのテレビが置かれている。
テレビの前で、一人の子供が座り込んでこちらを見上げていた。
真っ黒な隈に縁取られた紫色の瞳が揺れている。不思議な瞳だった。炎が揺れる度に、瞳はその色を変えている。青色に、そして次の瞬間には赤色に。そして紫色へと戻る。
けれどもそれ以上に強く瞳に映されているのは、あまりに色濃い失望と虚無であった。
ガリガリに痩せた体躯から感じられる生気などまるで無く。生まれつきのものなのか、或いは変色したのか分からない白い髪はゆらゆらと揺れている。
その身から発される瘴気は、あまりに壮絶だった。
思わず吐きそうになり、口に手を当て膝を突いた。無残な目にあった子供を見るのは初めてではない。仕事上何度か目にしてきた。
だがこの子はそのどの子供達とも違う。歪んでいる。歪みすぎてしまっている。
異質な環境が、人間の業が、この子を生み出してしまったのだ。
最低な事だ。最悪な事だ。この人間が生み出してしまった何かを目の当たりにして――――――自分の子供の事を思い出してしまう親が、英雄が、この世に存在するなんて。
号哭が部屋を震わせる。後悔に身を焼く英雄を、それは冷たく見つめていた。
目の前で、炎が揺れている。掌から発せられた白い炎は、人魂の様に部屋中を飛び回り、音も無く消失した。
鍛錬でかいた汗を流す為にシャワーを浴びる。一睡すらせずに、ひたすらに修練を積めるのがこの個性のメリットの一つと言っていい。それでも不眠の個性が捨てれる物なら捨ててしまいたいが。
簡単に汗を洗い流してから、冷蔵庫からサンドイッチを取り出し適当に腹につめた。飯を食わなくても死にはしないが、気分と体調の問題だ。
何せ今日は雄英高校体育祭当日。腹が減っては満足なパフォーマンスも出来ないというもの。
「ごちそうさまでした」
一人の家でそう呟く。物音もしない静寂な空間を嫌でも意識してしまい、胸の内に寂しさが去来する。
掠れてしまった前世の記憶をなぞると、両親や友人の姿が浮かんできた。らしくもないな、と自嘲する。
ネガティヴな方向に突っ走る感情そのままに、今世の両親の事を思い出そうとしてやめた。顔どころか声すらも思い出せない。そもそも両親が今生きているのかという事すら俺には分からない。
死んでいると勝手に思っているが、もしかしたら何処かで生きているのかもしれないな。
幼い頃の記憶は確かにある筈なのに、ぼやけてしまって全く思い出せない。十歳までの記憶がはっきりとしないのは、その年で俺の自我が目覚めたからなのだと勝手に予想している。
あの神らしき存在が、俺の脳等に負担を掛けないようある程度期間を置いて覚醒させたのだろうと考えている。まぁこの際どうでもいい話だ。
このまま一人でいると、勝手にどんどん落ち込んでしまいそうである。いつもより少しだけ早いが学校へ向かおう。
強く頬を叩いて意識を入れ替える。さぁ、今日こそ本番だ。緑谷も、爆豪も、轟も超えて、俺が一位になってやる。
身体に薄く纏っていたエネルギーは、感情を大きく昂らせて尚、微塵も揺らぐ事は無かった。
入試総合一位の爆豪が、己の優勝を高らかに宣言する。親指で首を切る仕草をした後に列へ戻ると、A組へのヘイトはいよいよ測り知れないものになっていた。
俺は実技試験は良かったが筆記はそこまで良くなかった為に総合では2位になっている。悔しいが、2度目の人生だろうと、偏差値70を超える高校の入試でトップの成績を取るのは厳しかった。
最初の種目は障害物競走。正直これは楽勝だと思っている。この種目でギミックも後の展開も既に分かりきっているというのは圧倒的過ぎるアドバンテージだ。俺の個性との相性もいい。
ぶっちゃけ、これでは負ける事の方が難しいだろう。
次種目の騎馬戦の事も考えわざと順位を落とす事も考えたが、皆が真剣に臨んでいるのに、一人だけわざと手を抜く様な真似もしたくない。
集団の先頭には行けなかったので、あえて一番後ろへ陣取った。中の方は人が密集していて身動きがとれなくなってしまう可能性がある。
スタートゲートは高さ3メートル程。邪魔になる程巨大な生徒もいない。いける筈だ。
上方に取り付けられたランプが光る。3つのランプ全てが光った所で、実況のプレゼント・マイクが開始の宣言をした。
炎を地面に向けて放ち身体を浮かせると、瞬時に後方へ向けて炎を炸裂させ前へと飛ぶ。大味に暴発させ、衝撃で無理矢理飛んでいた今までのそれとは精度が違う。爆豪の動きを観察して完成させた技能である。
一気に前方へ。先頭を走る轟が地面を凍結させ生徒達を足止めするが、飛んでいるこちらには関係ない。
最初から飛ばして行く。先程よりも強く大きなエネルギーを炸裂させギアを上げた。轟の前へと着地し、ブーストさせた身体能力を使って一気に走り出す。
入試時の小型の仮想ヴィランが目の前に現れるが関係ない。後続と差をつけるため無視して直進する。
地面に暗い影が差した。入試の時のゼロポイントヴィランことロボ・インフェルノだ。そう認識すると同時に個性を左手に纏い前方へ向ける。
入学時は全集中の100パーセントじゃなければ破壊しきれなかった。けれど成長した俺は違う。この個性は多分、死ねば死ぬ程強くなっていってる。
雑に、気だるげに腕を突き出し、纏っていたエネルギーを解放した。
消費エネルギー65パーセント。
炸裂させれば音はするが、放出音は全くない。無音のエネルギーは20メートルを超える巨体を、数体まとめて吹き飛ばし、倒壊させる。
軌道線上に瓦礫の道が完成した。足場が悪過ぎるので再度飛んで通過する。
ギミックが分かっているという事は、完璧に近い精度で予測と対戦相手への妨害・対策がたてられるという事。あの瓦礫は空中を移動する手段を持たない人間にとってはかなり邪魔だろう。
ほくそ笑んでいると後ろから凄まじい冷気を感じた。後方を振り返ると、轟が瓦礫を凍結させ無理矢理足場を作っている。他の連中にも道が出来てしまうが、形振り構ってられないという事だろう。
第二のギミックは足場同士がロープで繋がれた道だ。プレゼント・マイクによるとザ・フォールという呼称らしい。
両腕にエネルギーを集中させ、瞬時解放。2週間に及ぶ個性操作の特訓により、そのタイムは1秒を切った。
すぐ後ろにいた轟を巻き込みながら個性を炸裂させる。一気に空中へ飛び上がり、普通の道が続く場所までひとっとびだ。
追い付いて来ているのは、ザ・フォールを俺と同じような方法で突破した爆豪と、氷で無理矢理足場を作り走って来ている轟。それから――――――
「行かせない!!!」
――――――真横に、緑谷。
驚愕に目を見開く。正直、今彼がこの場にいる事は全くもって予測出来ていなかった。俺も轟も爆豪も、原作よりもずっと速いペースで進んでいる筈だ。
原作では第三ギミックの途中、ゴールギリギリまで先頭に食い込んでこなかった筈。一体どうやってここまで来れた!?
「君の!個性を見て!閃いたんだ!」
凄まじい速度で走りながら、ボソボソと、こちらにギリギリ聴こえる程度の音量でそう話す緑谷。恐らくこちらに話し掛ける気はないのだろう、独り言だ。彼の目は正面しか見ていない。
「大きな力が扱えないのなら!微弱な力を!身体中に満遍なく!!!」
耳を凝らせば、緑谷の全身から、スパークする様な音が聴こえてくる。
フルカウルか!!!原作より早いこの段階で!完成させていたのか!
不味い。俺のブーストは、痛感遮断の応用で身体のリミッターを外しているだけ。人間の身体能力を超越する様な力は出す事が出来ない。
スピードも腕力も、間違いなく今の緑谷の方が上だ。
両腕を後方へ。エネルギーを放ち一気に加速を試みる。しかし伸ばされた腕は、緑谷によって打ち払われた。
「させないよ!君の戦いは、雄英に入ってからずっとずっと見てきたから!!!」
完全に読まれてやがるっっっ!!!
トップスピードを出させないように、あえて並走しているのか。
焦燥に笑みが零れる。
緑谷に伸ばした右腕も、瞬時に弾き飛ばされた。
挙動も、特性も、研究され尽くしている。ヒーローや生徒の個性を、誰よりも真剣に観察し、考察してきた緑谷だからこそなせる事。
『オオオオオ!緑谷並んだーーーー!!!喜べよマスメディア!お前ら好みの超展開だぜ!!!』
「不死くんっ!僕は……っ!」
俺の腕を打ち払った緑谷が、並んで初めてこちらを向いた。燃える瞳に俺の顔が映り込む。
「僕はっ!!!君に勝つよっっっ!!!」
「上等だ緑谷ァァァ!!!」
緑谷が叫ぶ。彼の裂帛の気迫に負けじと俺が吼える。
だがこの熱を、想いを、覚悟を。心の内で燻らせるのは、思春期真っ盛りな、未熟な俺達には到底出来ぬ事なのだ。
チクショウッッッ!完全に精神年齢が身体に引っ張られてやがる!前世と合わせりゃ40代のオッサンだぞこっちは!!!
けれどもそこに不満はない。今はただ、隣を走る少年を負かしたくて堪らなかった。
笑う。楽しくて仕方がない。
緑谷に牽制を入れつつ走っていると、第三のギミックが現れた。道が横に広がり、一見何もない地面が広がっている様に見えるが、実際は地面に威力が控えめの地雷が設置されている。
飛んで抜けるつもりだった。けれど、きっと緑谷はそれを許さない。なら俺に残された手段は、地雷を恐れず正面突破する事だけだ。
全速力で駆ける。地雷を踏み爆発が巻き起こるが、爆炎を無理矢理突破。緑谷も負けじと喰らいついてくる。
残エネルギーが底をつきそうになった。瞬時に痛覚の遮断を取り消し、回していたエネルギーをブーストに当てる。
擦り傷や軽度の火傷がヒリヒリと痛む。気にするものか。止まるものか。緑谷だって条件は同じだ。
ただがむしゃらに。転んだ緑谷に足を引っ張られて転倒した。すぐさま立ち上がり、緑谷を押しのけようとする。
みっともないだろう。笑え。俺も緑谷も笑わん。
卑怯もクソもあったもんじゃない。これは男と男の真剣勝負に他ならぬ。
ゴールまでの距離は残り100メートルを切った。ブーストをかけた俺と、フルカウル状態の緑谷なら5秒もかからず決着が着く。
この状態だと負ける。俺がギアを上げるのには、どうしたってエネルギーが必要になるが、それも既に尽きかけている。ゴールまでブーストをもたせるのが精一杯だろう。緑谷はただ全力を出せば俺を簡単に抜き去れるはずだ。
恐らく緑谷は、ゴールの手前、本当にギリギリで全力を出す。俺のエネルギーが尽きている事を知らないが故に、俺のトップスピードを警戒している筈だから。
そしてゴール手前ギリギリでタイミングを逃す事も有り得ない。オールマイトや、オールマイトの師であるグラントリノをして、咄嗟の判断に優れていると評された彼の感覚は、間違いなく最善のタイミングで加速する。
コンマ1秒足りない。その僅かな差が、こんなにも困難な壁になっている。
どうしようもない。ならもう、限界を忘れて突っ走るだけだ。
だが最後まで諦めはしない。極わずかな可能性に賭けてでも勝利を目指す。
地雷原を抜ける。残り20メートル。未だ並走。緑谷はこちらの挙動に常に気を張っている。油断は無く、迷いも無い。
残り20……15……10メートル。ゴールまでの時間、1秒未満。緑谷は瞬時に加速し、僅かに俺の前へ出る。
俺は為す術もないままに、敗北した。
『誰が予想出来た!?今一番にスタジアムに還って来たその男――――――
――――――緑谷出久の存在を!!!』
プレゼント・マイクの実況と共に、空気が震える程の大歓声があがった。
暫く息を整えると、関係者席に座るオールマイトへ向かってガッツポーズをしている緑谷に声をかけ、無言で手を差し出す。一瞬ポカンとした表情を浮かべた緑谷だったが、すぐに手を握り返してくれた。
「ハァッ……おめでとう緑谷、だが次は負けない」
「不死くん……ありがとう。僕だって負けないよ」
麗日や飯田が駆け寄って来たのを見て少し離れる。会場に設置された巨大なモニターで、ゴールした生徒の順位が発表されていた。
2位は俺、3位は轟、4位は爆豪。
俺が散々掻き回した影響か、中位~下位の順位が原作とはそこそこ違っていた。どうやらA組は全員突破したみたいだ。
次の種目は騎馬戦。2人~4人のチームを自由に組んで、先程の障害物競走での順位によって決まるそれぞれのポイントを奪い合う。
確か一位は1000万ポイント。2位は205ポイント、3位は200ポイントといったように、205から5を引いていった数。
コミュ障ぼっちの俺だが、実は秘策があった。1000万という莫大なポイントをもつが故に、序盤は避けられまくる緑谷のチームに入れてもらうのだ。
早速彼に話し掛けに行こうとした所で、誰かに肩を叩かれた。一体誰が何の用だ。こっちは急いでいるんだぞと振り返ると、赤と白の髪が視界に映る。あれ、こいつまさか。
「おい不死、俺と組まないか」
そう話しかけて来たのは、この学年でも間違いなくトップクラスの個性をもつ実力派イケメンこと、轟焦凍だった。どうやら真っ先に俺へと声を掛けに来たらしい。
……マジで?
観覧ありがとうございました。