「本当に久しぶりだねエンデヴァー……10年前の対談振りかな」
「……そうだな」
雄英体育祭会場の一室。めったに人の通る事のないその場所で、二人の巨漢がテーブルを挟んで向かい合っていた。
「しかし、まさか快い返事を貰えるとは思っていなかったよ。君私の誘い尽く断っちゃうからね」
スーツに身を包んだオールマイトが明るく声を掛けながら、己の前へと座る炎の男――エンデヴァーの前に茶と菓子を置く。それを一瞥した後、エンデヴァーは腕を組み直し口を開いた。
「それで、話というのは何の事だ」
「君の息子さん、轟少年。力の半分も使わずに素晴らしい成績だ。……私も今はヒーローの卵達を育てていく立場にある。次代を育てるハウツーってのを是非聞かせて貰いたくてね」
「下らん。他に聞け」
「オイオイそんな冷たいこと――」
「貴様に冷たくしているつもりは無い。そんなハウツーなど俺が教えて欲しい位だ」
パチパチと音を立てながら燃ゆる炎の仮面の奥で、澄んだ瞳が揺れる。エンデヴァーは出された茶を一口飲んだ後に、再度口を開き言葉を紡いだ。
「教育者として……親として俺以下の人間などそうそういまい。自らの業で守るべき人間を傷つけ、ましてやその業を自分の息子に背負わせた」
後悔の念に、炎が小さく揺れる。
20代でデビューしたエンデヴァーは、異例の若さで人気一桁ヒーローの仲間入りを遂げた。その勢いは凄まじく、事件解決数だけなら現時点でオールマイトにも勝る。
今では文句無しのNo.2。昔は人を寄せ付けない雰囲気と苛烈さで、人々に『怖い』という印象を植え付けていたが、それも昔の話。若き頃には無かった落ち着きを備えた彼は、冷静沈着なリーダーとして多くのファンやサイドキックを抱えるトップヒーローだ。
そんな苛烈さと冷静さを兼ね揃えるエンデヴァーは、常にオールマイトを超える事を目的としてきた。それは両者間の不仲説が囁かれる程であり、周知の事実として認識されている。
オールマイトの後継者、未来のNo.1として、誰よりも期待されている男。平和の象徴唯一の好敵手。
そんな男の見せる弱さに、オールマイトは心底驚いていた。
「エンデヴァー、君は……」
「許して貰えるなどと思った事は無い。それだけの事を俺はした。今日来たのには理由が二つある。うち1つは焦凍に告げる事があるからだ」
「二つ?それならもう一つの理由ってのは何だい?」
「貴様だオールマイト。貴様に聞きたい事がある」
成程、だから私の誘いを受けたのかと、オールマイトは一人心の中で納得する。しかし彼が自分に聞きたい事というのは、一体何の話なのだろうか。
「不死透也。あの少年について、お前と話したい事があってここに来た――」
ここで何故その少年の名前が出てくるのかと、オールマイトは目を見開いた。しかしエンデヴァーの続けた言葉は、彼を更に驚愕させる事になる。
「――彼の、後見人として。彼の親を――あのヴィラン、ナイトメアを討った男として、貴様の見解を聞かせて欲しい」
あの少年は、正義か。それとも悪か。俺は未だ、見極める事が出来ずにいる。
連続凶悪殺人犯ナイトメア。単独犯としては12名の民間人と2人のヒーローを葬った、オールマイト登場以降第二位の殺人数を誇る殺人鬼。
個性“悪夢”。目を合わせた人間を強制的に眠らせ悪夢を見せる・また、強制的に眠れない状態へと導く個性。戦闘能力こそ低いが、その個性の凶悪さは凄まじいものだった。
彼の個性によって壮絶な悪夢を見せられた人間は、三日三晩眠り続け、一瞬の暇なく悪夢に魘され続ける。彼の個性によって殺された被害者の殆どが、精神を病み発狂して自殺する者。
街を歩き人と目を合わせるだけでその人間を殺せる個性。三日間という個性使用の為のインターバルがなければ、更に多くの被害者が出ていただろう。
序盤の捜査は難航し、新型の病と噂される程だった。しかしプロヒーロー二人が、なんの抵抗も無しに刺殺された二つの事件を切っ掛けに、この事件の捜査は漸く進展を遂げる。
ナイトメアは、自身の個性で眠らせたヒーローを刃物で殺害していた。
彼が自分で決めた狩場で被害者を選んでいた事と、その場所に設置されていた監視カメラの全てに彼と被害者が話している映像が映っていた事、ヒーロー二人を刺し殺したと見られる刃物に彼の指紋が付着していた事。この2つの証拠が、逮捕に踏み切る為の最大のピースだった。
既に10人を超える死者を出している凶悪ヴィラン。当時駆け出し――しかし番付けはNo.10であった――エンデヴァーも積極的に捜査に協力し、そして犯人逮捕の為の実行役として抜擢される。
もっとも敵は死刑の確定している凶悪殺人犯。油断すればプロヒーローさえ殺されかねない個性の危険性を考慮し、犯人確保時の生死は問わないと、既に決定されていた。
ナイトメアの拠点と見られる廃屋に乗り込んだエンデヴァーとそのサイドキック達は、造作もなくナイトメアを逮捕した。いくら凶悪ヴィランといえども、目を合わせなければただの一般人。体術にも範囲・遠距離攻撃にも長けたエンデヴァーが苦戦する筈もなく、この事件はあっさりと解決した。
――と、表向きにはそうなっている。
だが実際には、この事件には続きが存在した。ナイトメアには子供がいたのだ。
惨い虐待を受けた子供だった。髪は伸び放題、身体は傷だらけ。風呂にも入れず、ゴミを漁って生き延びていた。
少年が発見されたのは、ナイトメアの拠点であった廃屋の最奥の部屋。その少年はテレビの前で座りながら、物の散乱した部屋でひたすらじっとしていたという。
歪んだ環境は、歪んだ存在しか孕むことが出来ない。テレビの中でヒーローを知り憧れながら、ヴィランである肉親に虐げられ育てられるという環境は、これ以上ない程に歪んでいると言っていいだろう。
だからその少年が歪んでしまっていたのは、必然であるとも言えた。
少年と相対したエンデヴァーは、膝を突いて号哭した。
今となっては輝かしい地位と名誉を持つ彼にも、暗い部分は確かに存在した。
若き頃、オールマイトを超える事だけを考えていた時代。己の個性と実力の限界を悟ったエンデヴァーは、強力かつ自らの個性と最も相性の良い個性を手に入れ、自らの
妻は精神を病み、息子の顔に煮え湯を浴びせた。彼女は今なお病院に隔離されている。
当時のエンデヴァーは、正にその時期の若者であった。『オールマイトを超える』という目標だけを見続けていた故に曇っていた視界は、壊れ歪んだ少年を目の当たりにする事で晴れることになる。
妻と子供達へしてしまった事への後悔と、自らへの憤り。そんな事に気付かせてくれた少年は、あまりにも悪に歪められてしまっていた。どうしようもない程に。
次代の巨悪になるぐらいなら、此処で焼き殺してしまおうと一体何度考えた事か。
結果としてエンデヴァーは彼をとある精神病院へと預け、彼の後見人となり出来うる限りのサポートを行った。暫くすると少年は、月数回の監視員の訪問を条件に一人暮らしをする事になる。
その時までは、彼が悪だと胸を張って言えたのだ。
エンデヴァーは一人暮らしを始めた少年を、1度だけ見た事がある。その時彼の胸に去来した感情は、驚愕であった。
――あれ程までに感じていた悪意を、少年から感じなくなっている。
並の医者が、看護師が、泣き喚いてそいつを連れて行ってくれと、他の病院をあたってくれと叫んだ程に悪意を撒き散らしていたあの少年から。
いずれ巨悪として相対する事すら覚悟していた少年から、だ。
分からなくなってしまっていた。彼をどうするべきなのか。
それからまた数年後。彼が雄英高校に入学したとの報せを受け、あの時の少年に直接会いに行く事を決意した。
己の目でもう一度彼を見る為に、そして誰よりも確かな平和の象徴の見解を聞く為に。
ナイトメアの息子にして、まるで魂が変わったかの様に変貌した少年、 不死透也は悪か否か。
エンデヴァーは平和の象徴に、そう問いかける。
歓声を上げる観客達。その声に呼応するかのように、プレゼント・マイクが声を張り上げ高らかに宣言する。
「3……2……1!雄英高校体育祭第2種目!騎馬戦の始まりだあああああ!!!」
開始の合図と共に、白い風が髪を巻き上げた。高鳴る鼓動を感じながら、個性発動の為のチャージを行う。
ただ闇雲に爆発させるだけでなく、繊細に。狙った通りの軌道を描いて。
意思を乗せた白いエネルギーが、戦場を蹂躙した。
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