不眠転生 オールナイト   作:ビット

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感覚・お気に入り・評価・誤字報告ありがとうございます。

まだまだ先は長そうですが、完結させられるよう頑張ります。


雄英高校体育祭︰3

薄く息を吐くと同時に、白い靄が顔を撫でた。身体に収まり切っていないのであろうエネルギーが、身体から流れ出ていく。

 

完全に失敗した。どうせエネルギーを貯めておくなら、トーナメントの組み合わせが発表された後、選手控え室で行うべきだったかもしれない。

 

昼飯を食い終わり、五回ほど自分の喉を切り裂いて尚昼休憩は終わらず、暇だなぁ、なんて考えで生徒用の観戦席に来た直後、溜めに貯めたエネルギーが俺の身体から解放されようと暴れ回る感覚を感じた俺は、椅子に座り必死で踏ん張っていた。

 

感覚としては排泄を限界まで我慢している時のそれに近い。特別強い痛みがある訳では無いがとにかく苦しい。油断すればエネルギーは一瞬で暴発してしまうだろう。

 

完全にキャパオーバー。今までは貯め込んだエネルギーを長時間維持しておく様な経験はまるで無かった。脳無に蹂躙された時はバケツをひっくり返すかの如く使っていたし、あれ以外で短時間で死にまくった様な事はない。

 

「あの……不死?なんかその……大丈夫?」

 

誰かが話し掛けてくるが、エネルギーの制御に集中し過ぎていて何を言っているのか全く伝わってこない。鼓膜を震わせた音は、脳を介さず空気に霧散していく。今はどんな声だろうと意味を持った音には聞こえないだろう。

 

――が、急に自分に向けられた言葉に、思わず、一瞬だけ制御が乱れた。身体から吹き上がるエネルギーの風が、ふわりと髪や服を浮かせる。

 

っっっぶねぇぇぇ!もう少しでやらかす所だった!

 

だが今の放出で少しだけ楽になった。なんとか立って歩く事は出来そうだ。

 

顔を上げると、ボーイッシュな女子生徒――耳郎が驚いた顔でこちらを見つめていた。おそらくだが先程声を掛けてくれたのは彼女で、急にエネルギーを放出した俺に驚いているのだろう。申し訳無いことをしてしまった。

 

「……悪い」

 

口から飛び出そうなエネルギーを必死に抑え込みながら、なんとかその言葉を発する事の出来た俺は、生徒達がスタジアムの中央へと移動を始めている事に気がついた。

 

俺も向かわなくては。

 

 

なんとか会場の中心へ移動すると、すぐにミッドナイトによる説明が始まった。尾白やB組の一部の生徒達が、「自分は出場に相応しくない」と辞退を申し出る原作と全く同じシーンを経て、漸く組み合わせ決めのくじ引きを行い、トーナメント戦の組み合わせが発表された。

 

俺の対戦相手と順番は――一戦目に、緑谷と。

 

思わず天を仰ぐ。神は俺を見捨てなかった。さあ勝負だ緑谷出久。今すぐに!オールマイトの弟子にしてワンフォーオールを継ぐ我がライバルよ!

 

さっさとこの苦しみから解放してくれ!

 

逸る俺の気持ちも知らず、プレゼントマイクは告げた。

 

『それじゃあトーナメントはひとまず置いといて!束の間だが楽しく遊ぶぞレクリエーション!』

 

くそっっっっったれめ!

 

俺は恐らく、二度目の生において最もおぞましい表情を浮かべていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耐えた。ただひたすらに。耐え続けた。

 

「不死くん!」

 

『一回戦で早くも注目の組み合わせぇ!一種目め一位の緑谷出久バーサス!二種目め一位の不死透也!ヒーロー科A組同士の熱い戦いが今始まる!』

 

もはや歓声すらもどうでもいい。早く。早くだ。

 

「不死くん……?」

 

『ルールは簡単!相手を場外に落とすか行動不能にする!もしくは相手の戦意を削いでまいった!とか言わせても勝ちのタイマンガチンコだ!ケガはリカバリーガールがいるから気にすんな!道徳倫理は一旦捨ておけ!』

 

歯を食いしばり、腕で身体を抱えた。二の腕に食い込む指に凄まじいほどの力が加わっているが、そんなものは構いやしない。

 

さっさと始まれ。

 

 

 

 

『レディィィィイ!!!START!!!』

 

 

白い爆発が起こされた。

 

白炎が放出され、その圧はバトルフィールドの床を引き剥がし上空へ巻上げる。膨大なエネルギーは強力な衝撃波を発生させ――瞬時に展開されたセメントスの壁に致命的なダメージを与えた。

 

衝撃はバトルフィールドに留まらず、周りの地面にも亀裂が走る。夥しい亀裂の入ったセメントの壁は、倒壊寸前でなんとかその形を維持する事に成功していた。

 

この間一秒にも満たない。我慢によって圧縮されていたエネルギーの放出は、放出、というよりも、炸裂という表現の方が的を得ているように思えた。

 

めくれ上がった床とセメントの残骸が降ってくる。拳大の大きさではあるが、万が一観客席に落ちられると大変だと、警備のヒーローや教師陣がなんとか瓦礫に対処する。

 

『なっっっ……』

 

巻上がる砂煙。バトルフィールドには未だ降り注ぎパラパラと音を立てている瓦礫の雨。絶句する実況解説、観客席と緑谷出久。

 

少し多めにエネルギーを消費してしまったかもしれないが、まだ貯蓄は十分に残っている。

 

地獄の苦しみから解放された俺は――めちゃくちゃに清々しい気持ちで、笑みを浮べた。

 

刹那、眼前から凄まじい衝撃。脳裏に浮かんだイメージは己の死体。

 

今からエネルギーを圧縮・放出している時間はない。

 

空中に漂う、先程放出したエネルギーの残波を操作し、衝撃に衝突させる。白炎としての形すら失ったそれは、さながら無色透明の壁だ。

 

今まで一度も成功した事のない、ましてや考えついた事すらない、放出後のエネルギーの再利用・操作を、俺は本能的、或いは直感的に成功させた。

 

再度巻き上がった砂煙が晴れてくると、そこには驚愕の表情を浮べた緑谷が、腫れ上がった左腕を抱えながらこちらを見つめていた。

 

超火力の殴り合いで、フィールドは最早その原型を留めておらず、セメントスの生成した壁は崩れ去っている。

 

この間五秒に満たない。闘いは始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不死君、凄い気迫と集中力だ」

 

俯きながら椅子へ腰掛け、身体中から個性である白い炎を立ち上らせる白髪の男子生徒――不死君を見ながら、僕はそう呟いた。

 

「ああ、凄まじいな……」

 

そう呟く飯田君も、少し彼に気圧されている様に見える。当然だろう、思わず身震いしてしまうほどの、凄まじい戦意。今にもその時が待ちきれない、といった様子で、不死君は一人静かに座っている。

 

「こえーよ……対戦相手殺す気だったりして」

 

「んなわけねーだろ馬鹿!」

 

冗談を言う上鳴君に、切島君が突っ込んだ。切島君は否定しているが、上鳴君が言うように、今の不死君は本当に誰かを殺してしまいそうな気迫に満ちている。

 

そんな彼に僕は――言い様のない恐怖を感じてしまっていた。

 

第一種目の終盤に、直接彼と競い合ってから、僕は彼への漠然とした恐怖を拭えないでいた。それが一体何故なのか、僕自身でも分からない。

 

だから先程の騎馬戦の時、彼に全くの無抵抗でポイントを奪われてしまった。チームの皆はあれは仕方がなかったと言ってくれるが、僕はそうとは思わない。あの身がすくむ様な恐怖がなければ、せめて何か足掻くことが出来たかもしれない。

 

圧倒的な強者を前に感じる感覚でも、強烈な殺意を向けられた時に感じる感覚でもない。ただただ、何故だか彼が恐ろしい。

 

幼い子供が、夜の暗闇に漠然と抱く恐怖の様な。そんな感覚だ。

 

そろそろ選手入場の時間だ。皆が支度を始めるが、不死君は一向に動かない。

集中し過ぎていて周りの状況が把握出来ていないのだろうか。声を掛けようかと迷っていた時、耳郎さんが見兼ねたのか彼に声を掛けていた。

 

瞬間、彼の身体から白炎が舞い上がる。熱を持たず、彼の使い方次第で特性を変える特殊なその炎の揺らめきは、今の彼の雰囲気とも相まって、凄く不気味な印象を抱かせた。

 

周りの生徒達の身体が跳ね、沈黙の帳が降ろされる。

 

僕の頬を風が舐めた。不死君の顔を覆い隠す程長い前髪が浮き上がり、彼の表情が顕になる。

 

深く暗い瞳が見開かれ、虚空を見つめていた。

 

鳥肌が立ち、思わず足を一歩引く。

 

彼は耳郎さんに一言謝ると、会場の中心へと歩みを進めて行った。

 

「す、凄まじいやる気だ……!俺も負けてはいられん……!」

 

飯田君はそう言うが、果たして彼のあの様子をやる気があるから、という一言で片付けてもいいものなのか。

 

その後も彼の様子はずっと変わらない。重病人の様にフラフラと歩いているはずの彼の雰囲気に圧倒され、周りの生徒が距離をとろうと道を開ける。

 

結局彼はずっと俯いたままトーナメント発表とレクリエーションを終え、よろよろとどこかへ行ってしまった。恐らく選手控え室だろうか。

 

一回戦の相手が彼とは、本当についていない。負ける気はない。最後まで食らいついてみせる。

 

レクリエーション中、選手控え室で不死君の対策を練っていると、ふとドアがノックされた。返事をしながらドアを開けると、そこにはオールマイトが立っていた。

「オールマイト!」

 

「やあ緑谷少年!ワンフォーオール、掴んできたな!まさかこの短期間でここまで制御が安定するとは!5パーセント程度の出力とはいえ、見違えたよ!」

 

サムズアップしながらそう言うオールマイトに、思わず頬が緩む。口から出てきそうだった弱音をなんとか飲み込み、ぎこちない笑顔を浮かべてみせた。

 

「ありがとうございます。運と皆に恵まれたお陰です……不安も、もちろんありますけど」

 

「不死君か。確かに彼は最大の強敵だろうね」

 

運がないな!と笑い飛ばすオールマイトが、僕の頭と首元に軽めのチョップを落とす。軽くとはいえ、いきなり喉を突かれると変な声が出た。

 

「とにかく思いっきりぶつかる事だ!私から見ても勝ち目が全くないわけではない!いいかい?ヒーローってのは怖い時、不安な時こそ笑って臨むんだ!!」

 

ビリビリと僕の心を打つ彼の言葉。常に笑顔を浮かべてきた彼の言葉には、これ以上ないほどの重みがある。

 

「虚勢だっていい、胸は張っとけ!私が見込んだって事を忘れるな!!」

 

マッスルフォームに変身しながらそう言い放つオールマイト。緊張と不安で冷えた心が、焚き火にかざされたようにじんわりと温かくなる。

 

今の僕はまだ挑戦者。けれど挑戦者にだって、勝利のチャンスはある筈だ。

 

オールマイトの掌が背中を軽く押す。ゲートを抜けて青空の下へ出ると、大歓声がバトルフィールドを揺らしていた。

プレゼントマイクの実況が鼓膜を打つ。軽く身体の関節を伸ばした後、僕は正面に立つクラスメイトを見据えた。

 

単純な戦闘能力なら、まず間違いなくA組、否、学年最強クラスだろう。放出攻撃・範囲攻撃・身体能力強化・高速治癒・高速機動を可能にする、一見隙がない様に見える個性にも、付け入る隙はある。

 

個性を単純に放出する攻撃の後、彼は一瞬だが無防備になる。場外へ出せば勝利というこの対戦のルールなら、その隙をついて彼を場外へ押し出すことは決して不可能じゃない。

 

ふと不死君に声を掛ける。宣戦布告の一つでもしてみようかと思えば、彼から全く反応がない。

 

腕で身体を掻き抱くように立つその姿は、何が途方もない苦しみに耐えているようにも見えた。もう一度声を掛けるが、まだ反応はない。

 

そうこうしているうちに、試合が始まりそうだ。彼の様子が気になる所だが、兎に角フルカウルを発動させ臨戦態勢に入る。

 

後から思えば、運が良かった。前傾姿勢をとる僕のこの態勢のお陰で、僕はこの後の衝撃を乗り越える事が出来たのだから。

 

『レディィィィイ!!!START!!!』

 

 

プレゼントマイクがそう宣言した後、顔を上げた不死君は――笑っていた。

 

白い隕石が落ちた。そう錯覚してしまう程の衝撃が僕を襲う。

 

呻き声を出す余裕もない。いや、出しているのか?分からない。とにかく踏ん張ることで精一杯だ。

 

足場が崩れる。彼を中心に、バトルフィールドにクレーターが形成されていく。そのクレーターの窪みに足を引っ掛け、なんとかその一瞬を耐えた。

 

顔を覆っていた手を握りしめる。思考は全く追い付いていない。だが僕の身体は動いていた。

 

それは彼の対策を練っていたが故の動き。彼がエネルギーを放出した後、一気に突っ込んで場外へ押し出す。それが作戦。

 

思考する暇もなく、事前に決めていた動きを身体がなぞろうと、脚に力を込める。片足を前方へ出し――僕の足はそこで止まった。

 

あの時身体を貫いた感覚は何だったのだろうか。よく思い出せない。腕を下ろし駆け出そうとすると、不死君と目が合ったんだ。

 

笑っていた。その笑顔が何よりも恐ろしくて。

 

僕の身体は僕の意志とは関係なく、まるで誰かに操られているかの様に、前方へ拳を放つ予備動作を行っていた。

 

頭の中で警告がガンガンと鳴る。これは、不味い。何が不味いのか、よくは分からない。が、何かとんでもない事が起きる気がする。

 

踏み出し、そして止めた足が踏み込みとなり、僕はそのまま腰を捻って、彼に向けてパンチを繰り出した。

 

――SMASH。

 

放たれたのは紛うことなき全力のオールマイトの力。僕の制御できる範疇をゆうに超えた力の奔流が、不死君へと襲い掛かかる。

 

なんで、どうして。そう考える暇もなく、時には天候すら変えてしまう程の衝撃波が不死君を飲み込んだ。

 

腕がひしゃげ腫れ上がる。痛みに顔を顰めながら、僕は正面を見据えていた。

 

衝撃の第二波が訪れる。直接当たれば、生身の人間など簡単に殺してしまえるであろうその力が、彼を殺めてしまうような結果にはならなかった。

 

どうやって防いだのか、全く分からない。白炎を放出した後には確実に隙があったし、再度白炎を放出する様子も見られなかった。

 

彼はただ、立っていただけ。

 

砂煙が晴れてくる。不死君は未だ笑顔を浮かべていた。

 

――“あれ”は危険だ。“あれ”は歪だ。“あれ”は死そのものだ。

 

 

何故だろう。僕は拳を放つあの瞬間、彼に異様な程の敵意が向けられているのを感じた。

 

それは、僕という依代を通して。

 

 

 

まるでワン・フォー・オールが――不死透也を殺そうとしている様に思えたんだ。

 

 

 

焼かれる様な感覚がする。見据えた視界のその端に、ワン・フォー・オール歴代後継者達の影が映った。

 

 

 




ご無沙汰しております……久しぶりの投稿なのですが、四月から新生活が始まりますので、また暫く忙しくなりそうです。住む場所も関わる人も全く変わるというのは初めての経験ですので、このバタバタがいつ頃落ち着くのか見当もつきません。出来るだけ早く次の更新が出来るよう努力しますので、どうか御容赦を……

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