ダーティ・ウェイストランダー   作:たまごねぎ

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 fallout4をプレイしてたら無性に書きたくなったので書いてみました。原作とは異なる展開も多々出てきますので、ご注意を。


プロローグ

 

 

 人は過ちを繰り返す。

 

 

 Vault111の床を歩きながら私はその言葉を心の中で呟いた。

 

 私の隣を歩く妻も、近所の住民達も皆先ほど起こった出来事を未だ受け入れられていないのか茫然とした表情を浮かべている。

 

 受け入れられる筈がない、核戦争が起こってしまったなどと。そして今まで築き上げてきた全てを失ってしまったなどと。

 

 

 

 

 話は一時間前にさかのぼる──────

 

 

 

 

 

「今夜の在郷軍人会館での演説、きっと上手くいくわ」

 

 今夜の演説に備え、髭を剃るなどと鏡の前で身だしなみを整えていると妻のノーラが私を気遣ってか励ましの言葉をかけてきた。

 その言葉に心配ないさとの言葉を笑顔と共に返す。

 

「ほら、身だしなみを整えるのもいいけど他の支度もしないと。鏡の前に居座りすぎよ」

 

「分かったよ」

 

 ちょうど身だしなみも整えた終わったところなので、妻の言葉に従い鏡の前から退くと私はキッチンへと向かうことにした。

 

「おはよう、コズワース」

 

「おはようございます!旦那様。さあ、コーヒーをどうぞ」

 

「ありがとう」

 

 大手ロボットメーカーであるゼネラル・アトミックス社が開発した家庭用お手伝いロボットであるMr.ハンディ───もといコズワースに礼を言うとテーブルの上に置かれたマグカップを手に取る。

 

 飲み終わったカップを洗い場へ持っていくと配達された新聞に目を通す。

 

「……あまり良い記事は載っていないな」

 

 ここ数年は良いと思える記事がめっきり減った。紙面を飾るのはもっぱら中国との戦争の事についてや国内で頻繁に起きるテロについての記事だ。新聞だけに限らずラジオやテレビでも悪いニュースしか流れてこない。

 

 今後、自分たちは、世界はどうなってしまうのかと憂鬱な気持ちに浸っているとポンと肩を叩かれた。横に顔を向けると妻が心配そうな表情を浮かべていた。

 

「大丈夫?顔色、悪いわよ」

 

「ああ、うん。大丈夫だよ」

 

「アナタがそう言うなら良いけど………心配事があるなら、ちゃんと私に相談してね。夫婦なんだから」

 

「分かってるさ」

 

 感謝の言葉の代わりに妻の華奢な体を抱きしめると妻も自分の体を抱きしめ返してきた。互いの体を抱きしめあっていると、奥の部屋から息子の泣き声が聞こえてきた。

 

「ああ、この泣き方はミルクですね!ショーン坊っちゃんを見てまいります」

 

 自分達が向かう前に金属のアームで哺乳瓶を握ったコズワースがショーンの元へと向かっていった。そんなコズワースの後ろ姿を見た妻は微笑みを浮かべる。

 

「ふふっ……最初は不安だったけど、コズワースはショーンをよく世話してくれてる」

 

 息子が生まれて数日経ったころ、自分が息子の世話を手伝ってくれるお手伝いロボットを購入してはどうかとの話を持ちかけた時はロボットに世話を手伝ってもらう必要はないと言っていたが今は大切な家族の一人と見なし、息子の世話を手伝ってもらっている。

 

「さて、朝食は何を作ろうかしら?」

 

「何でも良いよ。君の作る料理は何だって美味しいからね」

 

「ありがと」

 

 朝食が出来上がる間、特にすることもないのでヌカ・コーラでも飲みながらテレビでも見ようかとソファに座ったところで、玄関のチャイムが鳴った。

 

「誰だ?こんな朝早くに……」

 

 無視を決める訳にもいかないので、悪態を吐きながらネイトはノブを掴むと玄関のドアを開けた。

 

「おはようございます!Vault-Tecです」

 

 玄関の前に立っていたのは糊の効いた黄色いビジネススーツと身に着け、帽子を被ったVault-Tec社の社員だった。

 

「お訪ねしたのは他でもありません。お客様とご家族の将来の安全をお助けしたいのです。我がVault-Tec社は地下核シェルターの分野ではトップでございます」

 

「よろしければ“Vault”とお呼びください。核による破壊の恐怖に怯えずに過ごせる、贅沢な居住空間をご提供しますよ」

 

 Vault-Tec───ワシントンD.C.に本社を置く、主に重量系構造物の建築を行う大企業。しかし、それは表の顔。軍に在籍していた一部の者しか知らない事だが裏では軍事技術や医療技術などを研究している。

 

 最近ではアメリカ政府と契約を結び、Vaultと呼ばれる核戦争に備えた地下核シェルターを建設しているとの話を聞く。

 

「それで……Vaultが今日訪ねてきたのは何故だ?」

 

「ええ。本日は緊急の要件を伝えにお伺いさせていただきました」

 

 男は今までの笑顔から一転、真面目な表情に切り替えるとそう口にした。

 

「緊急の要件?」

 

「ええ、ご家族の将来を左右するほど重要な要件です。お客様はまだお気づきでは無いかも知れませんが、この国はもう終わったんですよ」

 

 それはどう言う意味かと私が訊ねる前に男が“この国は終わった”とはどう言う事なのかを話し始める。

 

「言い方は悪いですが、“大きなドッカーン”ってやつがね。残念ながら避けられません。しかもそいつはアナタがたの予想よりも早くきます。……意味はお分かりですよね」

 

「………核戦争が起きるとでも言うのか」

 

 その懸念は中国との戦争が始まってから自分を含め、大多数の人間が抱いていた。だが、実際に起こるとは想像していなかったために私は男の言葉に少なからずショックを受けていた。ショックを受け混乱している私の事などお構いなしに、男は矢継ぎ早に話を進めていった。

 

「時間も押してきた事ですし要件を済ませてしまいましょう。まず、この国に多大な奉仕をしているご主人とご家族にはお近くのVault──“Vault111”の優先入居権が与えられています」

 

「既にお客様は入居権をお持ちなので、後は情報の確認をしていただければ晴れてVault111で快適な暮らしを送れるようになりますよ」

 

 男は手に持っていたアタッシェケースの中からクリップボードに挟まれた書類とシャープペンシルを差し出してきた。

 

 先ほどのショックから立ち直れていないネイトは混乱した頭のままでも、差し出された書類に記載された情報にしっかり目を通していた。そして書類の一枚に記載された情報にネイトの目が釘付けになる。

 

「待て、ロボットはVaultに入れないのか?」

 

「その通りです。私個人としては非常に残念に思いますが、諦めてください。規則ですので」

 

 男にその言葉を突きつけられても尚、食い下がるネイトだったが全て流されるか規則と言う言葉を盾に退けられた。

 

 問答は無意味と言う事実を理解したネイトはやりきれない表情のまま、書類を記入し終えるとボードを返した。

 

「素晴らしい!手続きは完了です、これでVaultに入れますよ。皆様の将来への備えをお喜びします」

 

「ああ……」

 

 要件を終えた男はこちらに向けて一礼したあと、玄関の前から立ち去っていった。男の後ろ姿を見送ったあと、ドアを閉めて私は再びソファーへと座ると男の言葉が真実なのか、そしてコズワースのことについて考え始めた。

 

 以前の私ならば笑い飛ばしていたところだが、現在の戦況を考えれば笑い飛ばす訳にもいかなかった。私が勲章を得る要因となったアンカレッジの戦いのあと、軍は中国本土へと侵攻を開始した。つまり中国側は相当追い込まれている事になる。

 

 そうなると中国軍の上層部の誰かがトチ狂って核ミサイルの発射ボタンを押すと言う可能性が浮上してくる。

 だが軍人ならば誰しも分かっている筈だ。そのような事をすれば核戦争が勃発し、世界は数時間も経たない内に焦土と化すだろう。

 

 

 だが、もし核戦争が起こったら──────

 

 

「旦那様」

 

 考えるのに没頭していた為か、コズワースに言葉をかけられるまで彼が近づいていたことに気づかなかった。

 

「どうした?」

 

「ショーン坊っちゃんがどうにも落ち着きません、私は父親の愛情が必要なのではと思います。旦那様の得意分野ですよ!」

 

「分かったよ」

 

 息子の顔を見れば胸の内に巣くう不安も幾分かは減らすことができるだろう。私はソファーから立ち上がり、息子がいる部屋へと向かった。部屋へと着いた私はベビーベッドの上で泣きじゃくる息子をあやし始めた。

 

 腕を動かす度に息子の腕に嵌まる妻の家系に代々伝わってきたと言うブレスレットが窓からの光を反射して輝きながら揺れる。ネイトがあやすと今にも泣きそうな顔をしながら四肢をバタつかせていたショーンが少しづつ落ち着きを取り戻していく。

 

「ベビーメリーを回してあげて、お気に入りなの」

 

 朝食を作り終え、ネイトたちの様子を見に来た妻はそう言うとベビーベッドの上に吊り下げられている宇宙船のオモチャを指さした。

 

 息子のお気に入りと言うのは本当らしい、ネイトがそのオモチャを回し始めると息子はピタリと泣き止むと楽しそうに笑い声をあげた。

 

「機嫌は直ったみたいね。ねえ、朝食を食べたら少し公園にでもいかない?天気もいいし」

 

「公園か……よし、分かった。それじゃあ────」

 

 妻の提案に頷きを返し、ショーンをベッドから持ち上げると朝食を食べにリビングへと行こうとした時だった。

 

「旦那様!奥様!早くこちらにいらしてください!」

 

 リビングから珍しく声を荒げてネイトはたちを呼ぶコズワースの声が聞こえた為、何事かと私たちはリビングへ走った。

 

「どうした!?」

 

「テレビをご覧になってください」

 

 そう言うとコズワースは金属のアームをテレビへ向ける。私はコズワースからテレビの画面へと視線を移した。

 

「───閃光があったとの報告が。目も眩むほどの閃光とのこと。大爆発の音……確認を……確認をとっているところです」

 

「どうやら現地支局との連絡が完全にとれなくなった模様です……」

 

 声を震わせながらニュースを読み上げるキャスターの姿を私たちは画面越しに凝視していた。目も眩むほどの閃光、大爆発の音。これは、まさか────

 

「い、今、確認の報告が……入ってきました。ニューヨークとペンシルバニアで核爆発を確認したとの報告が入りました」

 

「神よ……」

 

 額をおさえ、苦悶の表情をキャスターは顔に浮かべる。キャスターの声からは隠しきれない絶望感が滲み出ていた。 

 

 その姿を最後にニュースは途絶えた。今のニュースは聞いた私は一瞬、思考停止に陥りそうになったが済んでのところで我に返った。

 

「Vaultに行かなければ、今すぐに!」

 

 泣き叫ぶ息子を抱き抱え、私と妻は近くのVault111へと駆けだした。去り際、コズワースに事情を説明する。

 

「コズワース、すまない」

 

「いいんです旦那様。……お仕えできて光栄でした。ほら、早く行ってください!」

 

 どうかご無事で。コズワースの言葉を背に私は自宅を出た。自宅を出たネイトを見送りながらコズワースは視覚スイッチが入った時から始まった幸福だった日々に思いを馳せた。

 

 住宅街は混乱の最中にあった。先ほどのニュースを聞いた住民達は我先にとVaultへと駆けだしている。兵士の誘導に従い私たちと住民達はVault111のゲート前へとやってきた。

 

「そんな馬鹿な。私はVault-Tec社員なんだぞ!中に入らせろ!!」

 

「駄目です。入れません」

 

 ゲート前では先ほど我が家を訪ねてきたVault-Tec社員を筆頭に住民達がT-45パワーアーマーを着た兵士達へと非難と抗議の声をぶつけている。

 

「プログラムに登録している人は先に進んで。そうでない人は家に帰ってください!」

 

「ふざけるな!!家に帰れだと?それは私たちに死ねと言っているようなものじゃないか!」

 

 住民達の誰かが発した声によって更に抗議の声と非難の声は高まる。私たちはそんな住民達を掻き分け、ゲート前に立つ兵士へ声を投げかけた。

 

「リストに載ってる!入れてくれ!」

 

「成人男性、成人女性、乳児……よし、進んで」

 

 手元のクリップボードに視線を落とした兵士はリストの中に私たちが載っている事を確認すると、ゲートの先へ進むよう促す。

 

「ありがとう」

 

「幸運を祈ります。神のご加護があらんことを」

 

 私たちはVaultの警備員の後について歯車の形をしたVaultのプラットフォームへと上がる。プラットフォームの上には私たちの他にも数名の住人が乗っていた。

 

 私は混乱あるいは恐怖によるものか荒い呼吸を繰り返す妻、そして泣き叫ぶ息子に励ましの言葉をかける。

 

「あと少し。大丈夫、愛しているよ二人とも」

 

 片方の手で私は震える妻の手をしっかりと握った。妻は私も愛してるわと言い、私の手を固く握り返してきた。

 

 直後、凄まじい爆発音と閃光が私の耳と目に届いた。強烈な光を見た影響で痛む目を開くと目視できるほど近い距離に大きなキノコ雲が見えた。それが意味するのは────核爆弾が墜ちたということ。

 

 

「伏せろ!!爆風がくるぞ!」

 

 

 ネイトの言葉を聞いた住民達は咄嗟に身を伏せた。そして爆風に吹き飛ばされる間一髪でエレベーターが作動し、ネイトたちは爆風に吹き飛ばされるのを免れることができた。

 

 危ないところだった。流れ落ちる冷や汗を拭うと、私は妻と住民達の顔を伺う。直前まで迫った死に対する恐怖心が彼らの顔を蒼白にさせていた。

 

 パワーアーマーを着た兵士はともかく今の爆風でVaultに入れなかった住民や兵士は重傷、もしくは死亡しただろう。

 

 私たちを乗せたエレベーターは地下深くに建造されたVault111へと降っていく。数秒のあと、Vault111へと到着した私たちを数名の警備員とVaultのスタッフ達が出迎えた。

 

「皆さん、エレベーターから降りた後は整列して階段まで進んでください」

 

「心配は無用です!皆さんに新しい家を用意いたしますので。Vault111です!地下における素晴らしい未来です!」

 

 スタッフの言葉を聞いて、私たちは───少なくとも私は胸の内に僅かだが希望ができた。核により私と家族が住む家は無くなってしまったが、私たち家族は生きているし、このVault111が私たちの新しい家となってくれる。

 

 

 そうして今に至る。

 

 

 どうやら私の順番が来たらしい。白い箱が置かれたテーブルまで歩いていき、スタッフから青地に黄色のラインと111の数字がプリントされたVaultスーツを受け取る。

 

「ありがとう。それで次は?」

 

「このドクターの指示に従ってください。行き先を案内しますので」

 

 スタッフは傍らに控えていたVault-Tecのロゴが入った白衣を着た男性を見やる。スタッフに頷きを返したドクターはネイトたち家族に奥の一室までついて来るように言うと通路を歩きはじめた。

 

 通路には家族の安否を心配する人、築き上げてきた全てを失って途方に暮れる人、起こった事を受け入れず呆然と佇む人が幾人も存在した。

 

 彼らの心の傷が癒える事を祈ると、ネイトたちはドクターの後について奥の一室へと進んでいく。

 

 

「この機械は……」

 

 案内された一室には大量のポットが並んでいた。何の目的に使うのかは分からないが、何故だろうか、ネイトにはそれらが機械の棺桶のように見えた。

 

「ああ、除染装置の一種ですよ。心配はいりません、直ぐに済みますので」

 

 ドクターは笑みを浮かべると、私の横にあるポッドを指さすと先ほど渡されたVaultスーツを着用して中に入るよう言った。気のせいだろうか、私には彼の笑みが作り笑いのように見えた。

 

 スーツを着用しようとした時、泣き止んでいたショーンが再び泣き始めた。泣き止ませようと、あやしてみるが息子が泣き止む気配は一向になかった。

 

 自分があやしても効果はなさそうだと見切りを付け、妻に息子を渡す。

 

「シーッ……だいじょうぶ、パパはここにいるからね」

 

 妻があやし始めると、息子はピタリと泣き止んだ。どうやら息子は父親よりも母親である妻の方がお好みのようだ。

 

 Vaultスーツに袖を通し、私は除染装置の中に入った。私が入るのと同時に装置の蓋が自動で閉じられる。妻もベビーリングを通したネックレスを握りしめながら除染ポッドに入る。

 

「皆さん!Vaultを降りていく前にポッドで除染と減圧をします。緊張しないでください」

 

 除染ポッドの窓から向かい側のポッド内で緊張のためか不安そうな表情を浮かべている妻へと緊張を和らげる助けになればと、笑いかける。

 

 私が笑いかけていることに気づいた妻は笑顔を返してくれた。

 

 

 これからは今までとは違う、全く新しい生活が始まるのだ。

 

 

 

『住民到着』

 

『乗員のバイタル:正常』

 

『手順終了』

 

 無機質な機械の声が手順が終了したことを知らせる。

 

 次の瞬間、想定外の事態が起こった。機械から噴出されたガスが私の体を凍りつかせていく。気づいた時には既に遅かった、行動を起こす前にネイトの意識は闇に墜ちていく。

 

 薄れゆく意識の中、私は妻と息子の無事を祈ることしかできなかった─────

 

 

 ■■■■

 

 

『手動オーバーライドを確認。低温睡眠、停止』

 

 どこからか言葉が聞こえた。言葉────ただし、人の物ではない無意識な声色の。私は少しずつ意識を覆っていた靄のようなものが晴れていくのを感じた。

 

 例えるならば朝、窓から日の光が射し込んでくるようなゆったりとした過程を経て、私は覚醒した。

 

 目を開く。瞼を覆っていた氷の被膜が落ちていく、ポッドの窓から射し込んだ光が網膜を刺激し、視界は焦点が定まらず揺らいでいる。

 

「こいつね」

 

「開けてくれ」

 

 揺らぐ視界がポッドの外にいる防護服を着た人間と、

片手に拳銃を持った傭兵のような風貌の男を捉える。男の言葉に従い、防護服を着た人間はポッド横の装置を起動させた。

 

「ゲホッ、ガホッ、なに、なにが起きたの……」

 

 ポッドの蓋が開き、冷凍されていた妻と息子が咳を吐きながら覚醒した。咄嗟に妻の元へ向かうため、ポッドの蓋を開けようとしたが私の体は全く動かなかった。

 

 恐らく、冷凍睡眠の影響で身体機能がまだ戻っていないのだ。体を動かす事ができない私はただ、荒い息を零しながら目の前の光景を見ることしかできなかった。

 

「あと少し。全部、上手くいく筈だ」

 

「こっちに来て……良い子よ……ほら」

 

 防護服を着た人間が妻の手から息子を引き離そうと手を伸ばす。それを妻は冷凍睡眠の影響で満足に動かないであろう体を使って必死になって妨害する。

 

 妻を助けようと体を動かそうと試みるが氷付けになった私の体は微動だにせず以前、私は傍観者の立場に甘んじるしかなかった。

 

「赤ん坊を放せ。一度しか言わないぞ」

 

 拉致があかないと悟ったのか傭兵らしき男は警告の言葉を口にすると銃口を妻の額へと向ける。

 

 止めろと叫ぼうとしたが、声帯も凍っているのか声がでない。

 

 妻は半狂乱になっており、今の男の言葉も向けられている銃口にも気づいていない。彼女は今、母親として息子を守ると言うことしか頭にないのだろう。

 

 銃声。妻は額から真っ赤な血と脳漿を迸らせながらポッドにもたれかかるようにして絶命した。息子の叫びが一層激しさを増し、男は顔を歪めながら頭を掻いた。

 

 ショックの余り止まっていたネイトの脳が再び動き出す。目の前の男を殺そうとポッドの蓋を開けようと凍りついた体を動かそうとする。

 

 凍りついた体を無理矢理に動かそうとした為に体と間接が激痛に襲われる。下手をすれば身体が壊れるかもしれない。

 

 だが、今の私は身体が壊れようが目の前の男を殺せるのならばそれで良いとさえ思っていた。

 

 私の憎悪と憤怒と殺意に濡れた視線に気づいた男は歪んだ表情から一変、ニヤリと陰惨な笑みを浮かべると愉快そうに嗤いながら息子を抱き抱えた防護服の人間と共に去って行った。

 

「じゃあな、バックアップさんよ」

 

 男が去り際に残した言葉が私の耳に届くと同事に、ポッド内は再び氷に閉ざされていく。そして再度、私の意識は闇へと墜ちていく。

 

 

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