ダーティ・ウェイストランダー   作:たまごねぎ

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一話

『冷却アレイに致命的故障。Vault居住者は直ちに退出せよ』

 

 無機質な機械の言葉が冷凍睡眠から覚醒したネイトの耳に届く。その言葉の直後、冷却ポッドの蓋が開く。

 

 脳内を覆っていた靄が晴れ、ネイトは全てを思い出した。核戦争のこと、妻が殺されたこと、そして───息子が攫われたことを。

 

 妻と息子がいたポッドへと駆け寄ろうとしたが、冷凍睡眠の直後で身体機能が完全に戻ってはおらず走ることはおろか、歩くことすらできなかった。

 

 思うように動かない自分の体に鞭打ち床を這いながらポッドの横にある装置を支えにして立ち上がると装置のレバーを下ろした。

 

 妻の遺体が眠る氷の棺桶の蓋が開く。ポッドの中から額に穴が空いた妻の遺体が姿を現した。ネイトは命の灯を失い、凍りついた遺体を抱きしめながら絶叫した。

 

 妻の命と息子を奪っていった奴らに対する憤怒が、言葉にならない激情が、愛する者を守れなかった無念が、そして何より───見ていることしかできなかった己の無力さへの絶望がネイトの心をズタズタに引き裂いた。

 

 妻の命を奪い、息子を攫った奴らの姿が網膜に焼きついている。大切な物を失い、胸の内に空いた穴を際限なく湧き出す憎悪と殺意が埋めていく。

 

 奴らは一体何なのだろうか。素性は全く分からない、ただ一つ分かる事があるとすれば───奴らは妻の命を奪い、息子を攫った極悪人であるということだ。

 

 妻の死に報いるためにも奴らを殺さなくてはならない。自身の手で、必ず。

 

 為すべき事は定まった。妻の命と息子を奪った奴らを探し出し、この手で殺す。そして奪われた息子を取り戻すのだ、何を犠牲にしてでも。

 

 妻の骸をもう一度、深く抱きしめるとネイトは指から結婚指輪を外すと自らの指に嵌める。そして妻の骸を再び冷却ポッドの中に入れると装置のレバーを下ろした。妻が眠る墓標となったポッドの前でネイトは別れの言葉を告げる。

 

「ショーンは必ず取り戻す。だから、ノーラ。君は安らかに眠ってくれ」

 

 彼女の墓標に背を向けると、私は使命を果たすべく歩き始めた。胸の内に決意と黒々とした憎悪、そして殺意を滾らせながら。

 

 

 ■■■■

 

 

 妻と他の住民達が眠る一室から出たネイトは凍えるような寒さの中現状を理解するためにVault内にいるであろうスタッフ、あるいは警備員を探す。

 

 辺りを見回すが通路にも隣の部屋にも彼らの姿は見当たらず、加えて物音や話し声が全く聞こえない。数十人の人間が暮らしているならば必ず物音や話し声の一つや二つは聞こえてくるはず。

 

 なのにそれが聞こえてこないと言う事は、つまり─────

 

「ここにいるのは俺だけではない筈だ………おい!!誰かいないのか!」

 

 声を張り上げるが、返答が返ってくる様子はない。聞こえるのは自動で繰り返される設備の破損を伝えるアナウンスのみ。脳内に最悪の想像が浮かんでくるが、その考えを振り払いVaultの探索を続けようとした時だった。

 

 目が通路の窓ガラスに張り付いている何かを捉える。張り付いているのはキッチンで数度目にした事があるローチの姿をしたナニカだった。

 

 と言うのもサイズが通常のローチの数十倍、赤ん坊程度の大きさはあるのだ。ネイトはその異様な姿に生理的嫌悪を抱き、逃げるようにして他の部屋へと移った。

 

 突然変異と言うやつなのだろうか。しかし、あの異常な大きさを突然変異と言う言葉だけで片付ける事はできない。

 

 移った部屋には都合の良いことにターミナルが一台置いてあった。画面のホコリを拭いネイトは手慣れた動きでキーボードを叩きターミナルを起動させた。画面に緑色の文字列が羅列されていく。

 

「なんだこれは………」

 

 Vaultの警備員が使っていたしきターミナルにはVault111がリストに登録されていた人々つまり被験者を冷却ポッドにより仮死状態にし、その長期的な影響を調べる為に建設されたと言う内容のことが記されていた。

 

 つまりリストに登録されていたネイトたち家族と住民はVault-Tecに嵌められたのだ。ドクターを含めた職員たちから感じていた胡散臭い気配は間違いではなかった。

 

「ふざけるな……こんな事をして只で済むと思うなよ」

 

 ネイトたちを冷凍していた冷却ポッドの設置された部屋のターミナルを見たが冷却ポッド内の住民達は全て生命維持装置の故障により全員、死亡していた。彼らの死はVault-Tecが招いたものなのだ。

 

 Vault-Tecと、この計画に荷担していたVaultスタッフ達への怒りを新たに抱きながら部屋を立ち去り、Vaultの探索を進めていく。

 

 最初に冷却ポッドに入ってから、どれだけの年月が経ったのだろうか。入った時には真新しかったVaultの設備や壁が随分と劣化しているところから考えて相当な年月が経過している事はまず間違いないだろう。

 

「数年……いや、数十年……それとも、まさか」

 

 マイナスの方に傾いていくばかりの思考を一旦止めると、私は意識を探索だけに割くことにした。以前、Vaultスタッフも警備員も見当たらず物音や話し声も聞こえない。

 

 いや、違う。前方から何かがこちらへ近づいてくる音を私の耳が捉えた。人間が動くときに発する音ではない、このカサカサと言う耳障りな音は間違いなく────

 

 前の壁の隙間から音の主は現れた。先ほど私が目撃した巨大ローチが凄まじい速度で私の方へ近づいてきたローチは私の首元を噛み切ろうと飛びかかってきた。

 

 飛びかかってくるローチを視認した瞬間、反射的に私の体は動いていた。冷凍睡眠からの覚醒後で身体の方は鈍っていても反射神経の方は鋭敏なままだった。右側の拳がローチの頭にあたる部分に命中する。

 

 しかし冷凍睡眠から目覚めた肉体は想像よりも遙かに衰えていた。今の一撃を喰らってもローチは床に落下したが、問題なく動ける様子だった。

 

 確実に仕留めるべく頭に当たる部分を足で何度も踏みつける。踏みつける度にローチは頭部から黄色い体液を溢れさせながらピクピクと体を痙攣させる。

 

 踏みつける度に足の裏に感じる形容しがたい嫌な感触と、ローチの体液で黄色に染まったスーツを見てネイトは不快そうに顔を歪める。

 

 床でピクピクと痙攣しているローチを渾身の力で踏み潰し絶命させる。呼吸を整え再び進んでいくと前方の部屋にシャワーがあるのを発見した。

 

 施設の劣化具合から水がでるのかと心配だったが、弁を捻るとヘッドからは問題なく透明な水が出てきた。

 

 体液の付着した足を念入りに洗ったあと、この部屋には何かめぼしい物や情報が無いか調べてみたが興味を引くものは何も見当たらなかった。

 

 ままならないなと呟くとネイトは再びVaultを探索することにした。通路を通り目の前にあるスライド式のドアが開く。そしてVault内の電力を賄っていると思しき発電機らしき物が設置させている発電室へと足を踏み入れる。

 

 発電機からは絶えずスパークが迸っており、危険だと判断したネイトは部屋の壁を沿って移動することにした。壁を沿って移動していると足が硬い何かを踏んだ。

 

「なん─────」

 

 踏みつけた何かが砕ける音が耳に届き踏んだものが何なのかを確認しようと足下へと目を向け、それを視界に認めたネイトは息を呑んだ。

 

 

 ネイトが踏んだのはVaultスーツを着た白骨死体だった。咄嗟に足を退け、元はVaultスタッフだった骸骨を凝視する。

 

 警備員のターミナルにVault内で内乱が起きた事を暗示する文章が書かれていたのを見て、もしやとは思ったが────

 

 このVaultに人が全くいない理由を理解したネイトは自分が外界から隔絶された孤独の中に存在し、このVault111内で唯一の生存者である事を認識した。取り残された恐怖を振り払うようにして、ネイトはこの墓所と化したVaultから脱出すべく行動を開始した。

 

 発電室を出たネイトが次に足を踏み入れたのはVault111の監督官が使用していたらしい部屋だった。入って直ぐにネイトは部屋の中にある木製のテーブルの上に置かれていたモノを目を引かれた。

 

 金属製の注射筒の上にメーターが取り付けられた独特な形状をした注射器。主に生傷の絶えない軍人などが戦闘中、頻繁に使用していた“スティムパック”と呼ばれる治療薬。それが机の上に三つ置いてあった。

 

 持っておいて損はないだろうと判断したネイトは貰っていくぞと既に亡くなっているであろう持ち主に向かって言うと、スーツのポケットにそれらを入れる。

 

 治療薬を入手したネイトは他に何か役立ちそうな物はないかと部屋をぐるりと見渡し部屋の右端に武器庫らしき一角があるのを見つけ、そこへ歩いていく。

 

 武器庫の中には大手メーカーが制作した精度、耐久性、メンテナンスの簡易さ、どれをとっても高い水準を誇る傑作銃である10㎜ピストルと警棒が複数個、そして厳重にロックされたケースの中に安置された銃器らしきものが置かれてあった。

 

 他にも銃の予備部品にカスタムパーツ、防弾ベストやヘルメットなどの防具が複数置かれている。

 

 銃と弾薬の状態を確認して問題がないことを確かめ、予備の弾倉やホルスターなどを持ち出すと武器庫を出る。

 

 武器と弾薬は入手したものの妻を殺し息子を奪った奴らの目的は一向に分からず、息子を攫った理由も分からないままだ。

 

 この部屋に繰るまでにVault内のターミナルに奴らについての情報が残っていないかを探してみたが奴らに関する情報は一切見当たらなかった。自分たちの手掛かりになるものを残さないようにしたのだろう。

 

 正体は全くと言っていいほどに分からない。だが、何としてでも奴らを見つけ出してみせる。

 

「罪は償ってもらう………待っていろよ」

 

 自分が為すべき事を改めて確認したあと、ネイトはこの部屋を立ち去る前に木製のデスクの上に設置されている監督官専用のターミナルに触れる。

 

 奴らの手がかりは残されてはいなかったがVaultを管理する立場である監督官専用のターミナルと言う事もあり先ほど閲覧したターミナルよりも詳細に、このVault111が建造された目的が記述されていた。

 

 被験者を冷却ポッドに入れた状態で長期間にわたる冷凍保存を行い、その際の心肺機能や認知機能の変化を調べる為にこのVaultは建造された─────そして。

 

 被験者となる住民達に事前に確認、許可をとらない所から始まり冷凍保存された住民達の生殺与奪権は全てVault-Tecに握られる。

 

 加えて住民の八割が死亡するまで解凍、蘇生は許可されず残りの二割となれたとしても蘇生された後に待つのは“実験成果”を確認するために施される人体実験だ。

 

 しかし幸運な事にVault内での反乱により実験は失敗。計画に携わったVaultスタッフ達も恐らく全て死亡した。そしてモルモットとして生を終える筈だった私は唯一の生存者としてこの場に立っている。

 

「何て真似を……」

 

 秘密裏に軍事技術や医療技術を研究していると言う噂を職場で絶えず耳にしていたネイトは単なる建設企業でないことは薄々気づいていた。

 

 だが、企業の実態はネイトの想像の遥か上をいっていた。まさか倫理に抵触する実験を平然と行う狂人の集まりだとは。あくまで予想に過ぎないが他のVaultでもここと同様に倫理に抵触する実験を執り行っているのではないだろうか。

 

 人の尊厳を踏みにじる実験を行うVault-Tecに対して激しい怒りを覚えると共にターミナルのログから察するにVault-Tecに使い捨ての駒にされたと思しきスタッフ達にネイトはやるせない気持ちを抱いた。

 

 試作冷凍銃に関する記述を最後にターミナルを閲覧し終わった私はこの場所から脱出すべく、ここに来る際に使用したエレベーターがある場所へと駆け出した。

 

 エレベーターへと向かう道中、通路や設備の隙間から這い出してきた巨大ローチ数体を危なげなく片づけたネイトは数分の後、Vaultと外界を繋ぐ歯車を模した扉の前に到着した。

 

 扉を操作するコンソールパネルを見つけた私は早速パネルを操作しようとしたが、どうやら操作する為には何らかのデバイスが必要らしい。私の視線は眼下の白骨死体へと向けられる。

 

「Pip-boy、か」

 

 以前、私と私の部隊が軍から支給され使用していた物とは細部が微妙に異なるが茶色のボディに緑色の四角いディスプレイ。白骨死体の腕に装着されていたのは紛れもなくVault-Tecの一部門が開発した多機能デバイス────Pip-boyだった。

 

 白骨死体へと、このPip-boyは貰っていく胸を伝えると装着されていたPip-boyを取り外す。以前使用していたPip-boyは使用するために専用のインプラントを脳に埋め込む必要があり埋め込まれたインプラントは取り外す事のできない代物だったが、このPip-boyはどうだろうか。

 

「またあの体を虫がはいずり回るような感覚を味わうのか……」

 

 留め具を外し、左手首に嵌めると留め具をしめる。しめるのと同時に肌と触れ合う部分が血圧計のように自動で腕の大きさに合わせて収縮した。次の瞬間、私は脳の中枢に埋め込まれたインプラントとPip-boyとが繋がったような感覚を覚える。

 

『神経リンク────接続完了。Vault-Tec Assisted Targeting System 使用可能』

 

 Pip-boyの画面に以下の文字が表示される。次に来るであろう体中を虫がはいずり回るような不快な感覚に備えるが、そのような不快な感覚が来ることはなかった。

 

 私が以前使用していたPip-boy───厳密にはPip-boyに搭載される予定の“ある機能”をテストする為に作られたプロトモデルよりも新しい型だからだろうか。

 

 ボディの下にあるボタンを押す。機械音と共にターミナルと同様に四角いディスプレイに緑色の文字列が羅列されていく。そして最後に、Vaultスーツを着て笑みを浮かべながらサムズアップをしているVault-Tec社のマスコットキャラクターであるVault-boyがディスプレイに表示される。

 

 以前使用していたプロトモデルは“ある機能”をテストする為だけに作られた物と言う話だったのでボタンは三つしか存在しなかったが、このPip-boyはボタンやツマミが八つもある。

 

 搭載されている機能を確かめたあと、私はコンソールパネルにPip-boyの本体に内蔵されているケーブルを接続しパネルの赤いボタンを押した。

 

『Vaultの扉のサイクリング・シーケンスが開始しました。お下がりください』

 

 無機質なコンピューターの音声と共に天井のランプがオレンジ色に輝き出す。Vaultの扉に開いている穴に天井から伸びてきた機械が接続され、火花を散らしながら扉は右側へとスライドしていった。

 

 そしてエレベーターへと辿り着いた私はVaultの扉が開かれた事を関知して降下してきたエレベーターへと上ると生きている人間が誰もいなくなったVault111を後にする。 

 エレベーターが地表に出るまでの間、私は外界はどうなってしまったのかと思いを巡らす。核爆発により大地へと撒き散らされたであろう放射性物質は消え去ったのだろうか、爆発により何もかもが灰燼へと帰し大地は更地になってしまったのだろうか──────

 

 そして私の疑問は直ぐに晴らされることとなる。地表へと出た私が目にしたのは大地を照らす眩しい日の光と、日の光に照らされる荒野と化した大地だった。

 

 核戦争が起こった当日、秋と言うこともあり鮮やかな赤色や黄色の葉を生やしていた樹木は見る影もなく枯れ果て、かつて私たち一家が住んでいた住宅地は多くの建物が年月による風化か、もしくは爆風により倒壊していた。

 

 私は目を見開いて呆然と核戦争後の世界を眺める。眼前に広がる光景を目にした私は衝撃を受け、思考と動きが完全に硬直していまった。

 

 荒廃した大地を照らす空を見上げる。荒れ果てた大地とは対照的に、空は青くとても澄んだ色をしていた─────

 

 

 




fallout4は旧作に比べて虫のリアルさが増してて虫と戦うのが嫌でした。modとかを入れれば虫を別の生き物に変える事ができるみたいなので機会があれば試してみたいですね。
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