【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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こはん→へいげん、まで一気に行くのでいつもより長めです。


第十一話 「としょかんへいこう! にー!」

「〝ヒト〟って、どんな動物なのー?」

 

 首をかしげてそう言うフェネックに、アライさんは下を見たまま答えました。

 

「賢くて、頼もしくって、いろんなことを教えてくれるのだ」

「んんー……確かにカバンさんは賢そうだけどー、私達が直接見たわけじゃないからさー」

「ア、アライさんはしっかりと見たのだ! 耳も尻尾もないけど、ちゃんと二本足で立ってて、珍しい毛皮を着てて、それに……それに、帽子がよく似合っていたのだ」

 

 帽子? とフェネックが訝しげな声を挙げます。

 

「そうなのだ。〝ヒト〟はよく帽子をかぶっていたのだ」

「ええっとー、それって、カバンさんがアライさんの帽子をかぶってたからってことなのかなー」

「違うのだ! な、なんて説明したらいいのかアライさんにもよくわからないけど! とにかくカバンさんはヒトなのだ!」

「うんー、わかったよーアライさーん」

 

 フェネックは柔らかな笑顔を浮かべ、それから押し黙っていたレミアのほうを見やります。

 視線の意図をくみ取って、レミアは今しがた自分の考えていたことを口にしました。

 

「とりあえず、アライさんのおかげで一つの仮説が出来たわ。カバンさんはヒト――――つまり人間である、そういうことね?」

「そうなのだ」

「正直あたしには〝人間のフレンズ化〟ってのがわけわからないから、その辺は置いとくわよ。で、仮に彼女が人間なら、これまで伝え聞いてきた話にも納得がいくわ」

 

 妙に知恵の効いた足跡を残していくカバンさんですが、その正体がヒトであれば、他のフレンズとは少しばかり違う様子でも納得できます。

 そんなことを考えていたレミアに、ビーバーがすっと静かに手を挙げました。

 

「ええっと、やっぱりヒトって賢いんスか……?」

「あなたも大概に凄いけど……まぁ、そうね。動物よりは総合的な知性に優れているわ」

 

 なるほど、とビーバーは満足げにうなずきました。

 レミアが続けます。

 

「それで、カバンさんが人間かもしれないってことがわかったんだけど……でも、どうしてアライさんはそんなことを知っているのかしら?」

「あの帽子は、昔パークにいたヒトがよくかぶっていた帽子なのだ」

 

 昔、という言葉にレミアが眉をひそめます。

 

 確かにここまでの道中、レミアは人を見かけていません。

 フレンズの姿は限りなく人に近いですが、肝心な〝人〟は存在しないのではないか、と考えていました。

 

 それゆえに、アライさんの〝昔〟という言葉が気になります。

 

「確かにあたしの見てきた限りでは、人はいなかったわね。でも、昔はいたのね?」

「いたのだ。一緒に遊んだり、冒険したり、戦ったりしたのだ」

「戦ったって、どういうこと?」

「セルリアンがいっぱい出て、パークの危機になって、それでヒトはたくさん戦ってくれたのだ。フレンズを守ってくれたのだ」

「……もしかして、その〝パークの危機〟があったから、いまこのジャパリパークには人がいないの?」

「たぶんそうなのだ。詳しいことはアライさんにもわからないのだ」

「うーん……」

 

 レミアは顎に手を当てて考えました。

 今の話からすると、アライさんはずっと昔からこのジャパリパークに住んでいることになります。それも、動物としてではなくフレンズとして。

 

 そこを突っ込んで訊いてみたいとも思ましたが、それよりも今聞いた話を整理するのが先だと、レミアは判断しました。

 

 どれも有益な情報です。

 

 どれくらい昔かはわかりませんが、パークにも人がいて、フレンズとの友好関係を結んでいたこと。

 

 フレンズは場合によってはかなり長い間生きていられること。

 

 そして何らかの問題が起きて、あるいはセルリアンの大量発生そのものが問題となり、人はどこかへ行ってしまったこと。

 

 これらは本国に伝える必要があると思案しつつ、レミアはアライさんの次の言葉を促しました。

 

「それで、じゃあ、アライさんが追いかけている帽子は、その時のパークに居た人のもので、今はもう手に入らない珍しいものだから取り返そうとしているのね?」

 

 アライさんは首を横に振りました。

 振ってから小さく「ちがうのだ」と否定しました。予想外の反応にレミアは少し驚きます。

 

 かすれた、消え入りそうな、とても小さな声で。

 肩を震わせて今にも泣き出してしまいそうな顔で。

 アライさんはレミアをまっすぐに見て言いました。

 

「あの帽子はミライさんからもらっただいじな宝物なのだ。アライさんとミライさんの、とっても……とっても、たいせつな〝思い出〟なのだ」

 

 〇

 

 夕焼けの空は赤と紫のグラデーションに彩られ。

 ゆれる水面にたくさんの輝きを生み出していました。

 もうあと数十分で日は落ちて、ここ湖畔にも夜が訪れます。

 

 そんな美しい湖のほとり。

 木材をくみ上げて建てられた一軒の立派なログハウスに、アライさんの涙声は響いていました。

 

「あの帽子はパークにミライさんが居た唯一の証なのだ。だから、絶対に、ぜったいに取り返すのだ」

「思い出……」

 

 レミアは拳を握り締め、

 

「――――そう、それは取り返さないといけないわね」

 

 アライさんの言葉に深くうなずきました。

 

 パークにミライさんが居た証。

 アライさんの大切な思い出の品。

 

 レミアには〝ミライさん〟が何者なのかはわかりませんでしたが、その人がアライさんにとって大切な人だったのであろうことは容易に想像できました。そしてこれから先、もう二度と会えないかもしれないということも。

 

 そんな人との思い出がなくなったとなれば、取り返さなければいけません。

 カバンさんが盗ったのか、あるいは別の事情があるのか。

 

 いづれにしても絶対に帽子を取り返すつもりです。

 もしカバンさんがアライさんの帽子を〝盗った〟のであれば、レミアはそれがわかった瞬間から手荒なこともためらわないと決心しました。

 

「アライさんありがとう。どうしてそこまで必死に帽子を追いかけているのか、不思議に思っていたのよ」

「言い出せなくてごめんなさいなのだ。本当にアライさんにとってあれは大事なものなのだ。宝物なのだ」

「そうよね」

 

 頷くレミアに、アライさんは顔を上げてその目を見て、先ほどまでの弱々しい口調とは打って変わってはっきりとした様子で口を開きました。

 

「だから帽子を盗り返しても、レミアさんには渡せないのだ。お願いだからあれをずっとアライさんのものにしてほしいのだ。

「はい?」

 

 〇

 

 アライさんの言葉にレミアは思わず素っ頓狂な声を上げます。

 アライさんのために帽子を取り返そうとしているのに、それをあたしが取り上げる意味が分からない。

 

 ここまでずっと黙っていたフェネックも、これには声をあげました。

 

「アライさーん、どういうことー?」

「レミアさんもヒトなのだ。あの帽子はヒトがよくかぶっていたから、アライさんが取り返してもレミアさんにあげないとだめかもしれない…………と思っていたのだ」

「あぁー」

 

 今の説明でわかったのか、フェネックは人差し指を頬にあてながらうんうんとうなずいています。

 

「でも〝いた〟なんだよねー?」

「そうなのだ。ツチノコと話をして、考えが変わったのだ。だからアライさんは話をしたのだ」

「ちょっと待って二人とも。あたしまだよくわからないんだけど」

「そうであります! なんだか難しいでありますよ!」

「そうッスかね……? オレっちはある程度分かったッスけど……でも、もうすこし詳しく聞きたいッスねぇ」

 

 黙って話を聞いていたビーバーとプレーリーも交え、レミアも話の内容が見えて来ないのでアライさんに続きを促しました。

 

「これからちゃんと説明するのだ」

 

 アライさんの考えはこうでした。

 

 そもそも帽子はヒトがかぶるもので、フレンズはかぶらない物だと思っていた。

 

 あの帽子はミライさんからもらった大切な帽子であり、それが盗られてしまったので、ひとまず何としてでもこれを取り返さなくてはいけない。

 とりかえせば〝帽子はヒトがかぶるもの〟なんて知っているフレンズは周りにいないので黙っていれば大丈夫。

 

 ところが追いかけているとレミアさんに出会い、特徴からしてどう考えてもヒトであったから、アライさんはとっても困ってしまった。

 なんせ無事に帽子泥棒から帽子を盗り返しても、今度はヒトであるレミアに渡さなければならない。

 悩んだ末にとっさに思いついたのが、レミアに〝ヒト〟という言葉を思い出させない事だった。

 

「見たところ記憶喪失だったし、〝ヒト〟の言葉さえ聞かせなければ完璧だと思ったのだ……」

「あたしの記憶が戻ったら計画が台無しになるわねそれ」

「そうなのだ。それで、なんかジャングル地方の橋を渡ったあたりからレミアさんの様子がおかしかったから、これはもう思い出してるかもしれないって思ったのだ」

「かもしれないじゃなくて、もう結構思い出してるわよ。あたしはヒトだわ」

「やっぱりそうなのだ」

 

 何も考えていないようで、アライさんはいろいろと考えていたようです。だいぶ斜め上ですが。

 

 そんな中、フェネックはなにか思い当たることがあったのか、深く感心した声を上げました。

 

「あーそっかー、なるほどねー」

「フェネック、どうしたのだ?」

「いやねー、カフェから立ち去るときにー、アライさん、カバンさんが図書館に向かってるって聞いたら大慌てだったじゃないかー」

「そうなのだ。カバンさんも自分がヒトであることを忘れていれば、おとなしく帽子を返してくれると思ったのだ」

「だよねー。でもー……」

「たぶん間に合わないのだ」

 

 アライさんは肩を落としながら、しょんぼりとした顔でそう言いました。

 

 カバンさんが自分の正体に気付いていないなら。

 つまりヒトだと知らなければ、帽子を返してくれる可能性が上がるということです。

 でももうきっと図書館についているので、カバンさんは自分がヒトであると気が付いています。

 

「…………困ったのだ」

 

 ですが、ここの心配についてはレミアが払拭してくれました。

 

「大丈夫よ。ちゃんと事情を話して返してもらいましょう」

「そうッス! 今の話をしたら、あのカバンさんなら返してくれるッスよぉ!」

「間違いないのであります!」

「まぁ、もし返してくれなかったらあたしが取り返すわ」

 

 レミアの言葉には黒い意味も含まれていたのですが、それに気づいたのはフェネックだけでした。

 耳をぴくぴくとさせながら、いつも通りの余裕たっぷりな笑みにほんの少し意地悪な笑顔を浮かべて、

 

「それでー、レミアさんはアライさんの帽子をとり返したらどうするのー?」

「どうするって?」

「取り上げるー?」

 

 ニマニマと笑いながらわかりきった質問をします。

 フェネックの気の利いた意図にレミアもつられて頬を緩ませながら、

 

「そうねぇ……あんまり素敵な帽子だったら、貰っちゃうかもしれないわね」

 

 おどけた調子でそんなことを言いました。

 

 でもこの後アライさんが本気で泣き出してしまったので、フェネックとレミアはかなり深く反省しました。

 

 

 〇

 

 

 夜。

 幾重もの星が空いっぱいに広がりながら、水面にもその光を落とすそんなきれいな景色の中。

 

 やや冷たい風が湖のほうから吹いてくるのに身を任せて、レミアは草の上に胡坐をかいて座っていました。

 お気に入りの葉巻を口にくわえつつ、ゆっくりと煙をたなびかせ、ぼーっと湖の景色を眺めています。

 

 一晩そのままビーバーたちの家に泊めてもらうことになった一行。レミアは夜中にこっそり抜け出して、ひとり一服しているところでした。

 

「静かね……いいところだわ」

 

 誰に聞かせるでもなく、そんなことを呟きます。

 葉巻だって弾薬と同じく増えますから、何本吸ってもジャパリまんを食べていれば復活します。ただ〝フレンズとしての状態維持〟のためには優先順位が低いのか、高山で吸った一本が復活するのには時間がかかったようです。

 

「……さて」

 

 声を一つ。

 レミアが家の外に出たのは、なにも葉巻を吸うためだけではありません。

 片手には通信機を持っています。そろそろ手に入れた情報をベラータに送ろうと思っていたのです。

 

 ヘッドセットを頭に付けつつ、ふと仰ぎ見た夜空は、

 

「…………きれいね」

 

 瞬く星と星の間に、虹色のサンドスターが舞っていました。

 

 サンドスターの出所を目で追うと、夜でも明るい山頂が見えてきます。

 不思議な七色の光を放っていて、火口からはきらきらとした粒子が雲のように夜色の空を塗り替えています。

 この世のものは思えない、しかし確かにその目で見ることのできる幻想的な光景に、レミアは目を細めました。

 

「本当に、信じられない景色だわ」

 

 美しい夜の空に感嘆しながら通信機のスイッチを入れます。

 しばらく砂嵐が聞こえた後、回線がつながりました。

 

「こちらレミア・アンダーソン少尉。ベラータ、聞こえるかしら?」

『お久しぶりですアンダーソン中尉(・・)。お元気ですか?』

「元気か元気じゃないかで言えば元気な方よ。ここの空気はおいしいわ」

『それは良かったです。ところで――――』

 

 通信機の向こうから聞こえてきた飄々とした声は、二言三言交わしたかと思うとレミアに疑問を投げかけました。

 

『レミアさん、あなたの階級は?』

「少尉よ」

『違いますよね?』

「…………?」

 

 何を言ってるんだこいつはと言わんばかりに眉をひそめて、レミアは通信機に言い放ちました。

 

「あたしは〝少尉〟よ。中尉じゃないわ。高山の時もそうだったけどオペレーターがそんなところを間違えないで頂戴」

『いえいえ、間違えているのはレミアさんの方なんですよ』

「はい?」

『まだあまり情報が集まっていないんですが、あなたの階級はどこのデータベースを漁っても〝中尉〟なんです。少尉じゃないです』

「…………」

 

 レミアは、ベラータが自分のことを終始〝アンダーソン中尉〟と呼んでいたことに気付いていました。いい加減な男なのでどこかで正してやろうと思案していた時もあったのですが、しかし今こうして何事かわけのわからないことを言われると、

 

「…………ちょっと意味が分からないわ」

 

 思考停止してしまいました。

 

『どうしてアンダーソン中尉の階級が違うのか……いえ、正確にはあなたの認識と違うのかということは、いまだに俺も分かりません。あなたがその場所へ派遣されるときに特務階級として与えられたのでは?』

「だとしたら間違えたりなんてしないわよ。最初は本国へ通信してたつもりなのよ?」

『その部分だけ記憶にない、とか』

「あぁー……」

 

 確かにその可能性はあります。なんとも困った記憶の抜け落ちかたです。

 

『とりあえず、今後は〝アンダーソン中尉〟でいいですかね? まぁ正直階級なんて書類と団体行動の時くらいしか役に立たないクソ制度ですけどね』

「今のところはカットして本部に送るのよ」

『抜かりはありません』

「あたしの階級は中尉――――えぇ、それでいいわ」

『わかりました。レミア・アンダーソン中尉殿』

 

 わざわざかしこまってそう言ったベラータに、レミアは聞こえるように一つため息をついてから、ここまでの旅で入手した情報を随時渡していきました。

 

 結構な量だったのでそこそこ長時間のやり取りでしたが、自分で優秀というだけあって、ベラータはまじめな時にはしっかりと情報を吸収してくれます。

 全てを聞き終えたベラータは。

 

『いやぁ、いいですねぇそこ。聞けば聞くほどに魅力的なところです。ケモミミ少女しかいなくって、汚い人間は全滅ですか』

「一人いるわよたぶん」

『あぁ、カバンさんでしたっけ? でもその子も女の子なんですよね?』

「たぶんね。今のところ男性を一人も見ていないわ」

『それがいいんですよそれが! まさに理想郷です』

「…………」

『どうして人のいない土地があるのか、このご時世では考え難いですが……なんにしても、早く位置座標を特定したいですね。移住のために』

「あんたみたいなやつからここを守るために情報を送るのよ。移住なんて許さないわ」

『えぇー……せっかくいいところなんですから俺にもおすそ分けしてくださいよ』

「直接見たわけじゃないでしょうに…………」

『話に聞くだけでもモデリングはできるんですよ。ある程度あなたのお話からそこのことは形にできてるんです』

「冗談でしょ?」

『本当ですよ! 帰ってきたら見せてあげます。聞いた特徴を細かくフォルダリンクして、予想させる遺伝子配合と地形、気候の適用状態から造形化までもっていって――――フェネックちゃんとアライグマちゃんですか? その二人は目に見える形で映像化が済みましたよ。かわいいなぁ……』

「その才能別のところに使ったほうがいいんじゃないかしら」

『俺の頭の使い道は、俺自身が決めますよ』

 

 至極もっともなことを言っているのですが、このタイミングでそれを言われたら腹が立つことこの上ないので、レミアは大きくため息をついてから続けました。

 

「座標がわかり次第、回収班の手配も用意して」

『了解です。ケモミミ少女のためなら全力でバックアップしますよ』

「あたしのためにバックアップしなさいよ」

『えぇー。だってレミアさん、聞いたところの情報じゃめちゃくちゃ強いじゃないですかー』

「?」

『東部方面軍ではちょっとした英雄扱いですよ』

「そうでもないわよ。撃つ必要があるときに、ちゃんと撃って当ててるだけよ」

『それができる兵士がうちの国に何人いるのか……まぁ、とにかくわかりました。セルリアンという明確な敵対勢力がいる以上、あなたの力はその場所に必須です。ケモミミ少女を守ってくださいね』

「その言いようは何とかならないのかしら?」

『言い換えましょうか? ――――現地民間人の守防及び敵対勢力の撃滅を指示します』

「固い」

『勘弁してくださいよぉ。俺としてはゆるーい感じであなたとやっていきたいんですから』

「そうね。〝ケモミミ少女〟ってところだけ直して、後は肩の力を抜いてもいいわよ」

『わかりました。それでは――――守るべき子たちを、しっかり守ってあげてください』

「了解」

 

 通信はそこで終わりました。

 謎の疲労感と湧き上がる使命感に胸を焦がしつつ、レミアは通信の内容を反芻します。

 

 ひとつ大きな疑問が転がっていました。

 知らない間に自分の階級が上がっていたことです。まだ戻っていない記憶に答えがあるのかもしれませんが、なんにせよ気になるところでした。

 

「特務のための階級特進……もしそうだったとして、そこまでしてあたしがここに送り込まれた理由ってなによ……?」

 

 レミアは戦うことに関しては頭が使えますが、それ以外のことで使うのは大の苦手です。

 考えてもわからないことは考えないようにする。

 そんな生き方をしていたので、この時も例にもれず、

 

「まぁ、いいか」

 

 あきらめてごろんと草の上に寝転がりました。

 わからないものはわからない。彼女の訓示です。

 

 葉巻がぽうっと先端に赤を灯し、やがて白く細い煙がゆらゆらと昇っていきました。

 

 空高くには美しい星の大群と、川のように揺らめくサンドスターが広がっています。

 こうやって草の上に寝転んで、のんびりと夜空を眺めたのはいつぶりだろうかと過去の記憶を探っていると。

 

「レミアさーん、ちょっといい?」

 

 視界の端にひょいっと、フェネックが現れました。

 

 〇

 

「あら、どうしたの?」

 

 レミアは起き上がりながらすぐに葉巻を地面に押し付けて、それから隣へ来るようにフェネックに言いました。

 すとん、と腰をおろしてからフェネックが口を開きます。

 

「レミアさん、ヒトっていう動物なんだねー」

「え? えぇ、そうよ。あ…………そっか、あたしが何の動物か気になってたのよね」

 

 出会った当初。

 フェネックはレミアの正体を気にしていました。記憶が戻っていない頃のレミアを心配してくれていたのもフェネックです。

 ある程度の記憶が戻った今、自分のことをちゃんと話しそびれていたなぁと、レミアは後ろ髪を掻きました。

 

 星の光を反射する湖を、二人並んで望みつつ、レミアは自分のことを語り出します。

 

 数十分。

 ひとしきり自分の思い出したことを伝えて、最後には、

 

「だから、あたしはここの動物じゃないのよ。帰るべきところがある。――――いつかはお別れしないといけない時が来るってことね」

 

 レミアは寂しそうに、しかし仕方のないことだと目を細めながら言いました。

 フェネックも納得の言った様子でうなずきます。

 

「いつかはお別れするんだよねー」

「そうね。さみしい?」

「まーねー。どれくらい遠くに行くのー?」

「ずっとずっと遠くかもしれないし……すぐ近くかもしれないわ。ここがどこなのか、まだわからないもの」

「だねー」

 

 フェネックは寂しそうに笑って、それからジャパリまんを二つ取り出して、片方をレミアに渡しました。

 

「おなかすいてるー?」

「ちょうど小腹がすいていたわ。弾のためにも食べないとね」

「身長は結構戻ってきたよねー」

「そういえばそうね」

 

 二人並んで笑顔を浮かべながら、しばらくはカサカサという包装紙の音と、ザワザワという風が木の葉を揺らす音だけが、夜の湖畔に響きました。

 

 半分ほど食べ終えた時、ぽつりとフェネックが呟きました。

 

「私、アライさんの足手まといになってるんじゃないかなー」

「?」

 

 急に何を言い出したのかとレミアは驚き、フェネックの顔をみて「あぁ、なるほど」と納得しました。

 

 ほんの少しだけ落ち込んだようなフェネックの表情を見て、レミアは夕方のアライさんの話を思い出します。

 

 

 〝昔パークに居たヒトが――――〟

 〝一緒に遊んだり、冒険したり、戦ったり――――〟

 

 

 あの話はつまり。

 フェネックがフレンズとして、あるいは動物として生まれるよりもずっと前から、アライさんはこの世に生まれていろいろなことを経験してきたということです。

 

 パークの危機、というのも乗り越えたのです。

 だからセルリアンの弱点を知っていたのでしょう。

 

「どうして自分が足手まといだと思ったの?」

「私はねー…………いろいろ考えちゃって、動けなくなる時があるんだ―。心配したり、怖かったりー……」

 

 両手でぎゅっと、フェネックはジャパリまんを握りました。

 

「アライさんはすごいよー、いつも迷わず全力疾走。でもね、時々振り返ってくれるんだ―」

 

 目を伏せて、体育座りの膝に顔をうずめます。

 

「〝フェネックー! はやくはやくー〟って。…………そんなとき、どうしても思っちゃうんだよねー」

 

 〝私、アライさんにとって迷惑なのかなー〟

 

 ――――フェネックは、それだけを言うと口をつぐみました。

 

 自分よりずっと長く生きているアライさんを、自分は今まで何度も止めてきた。

 危ないと思ったから止めたこともあるけど、自分が怖かったから、自分が嫌だったから。

 そんな理由でアライさんの足を止めてしまったこともある。

 

 どんどん迷わず先へ進むアライさんに、自分はついて行く資格があるのか。

 

 今回のアライさんの話を聞いて、今まで積もっていたそんな不安が、抑えきれないほどに高まったのでしょう。

 

 レミアは、フェネックのそんな悩みを感じ取りました。

 感じ取って、クスリと一つ微笑んで。

 

「アライさんはそんなこと気にしてないわよ」

「…………どーしてー?」

「わかるのよ。あの子、どこかあたしと似てるから」

 

 こて、とフェネックは首をかしげます。

 レミアは指を立てて嬉しそうに言いました。

 

「あたしもね、深く考えるよりとにかく行動に移したい派なの。その結果成功したことは何度もあるけど、失敗しかけたこともたくさんあったわ。そんなとき、友達が助けてくれたのよ。しっかり考えてしっかり迷って、それから手を伸ばしてくれる友達がね」

「…………」

「あたしにはそういう友達(戦友)が必要だった。それはきっと、あなた達でも同じことよ」

 

 だから長生きだとしても。

 いろんなことを見ていても。聞いていても、感じていても。

 そんなことでアライさんは、フェネックちゃんのことを迷惑だなんて思わないわよ。

 

 レミアの言わんとしていることを、フェネックはその大きな耳で聞き。

 よく考えられる賢い頭で、ちゃんと正しく理解しました。

 

「…………うん。そーだねー」

「アライさん、今でも危なっかしいところがあるんだから、フェネックちゃんがしっかり見ていてあげて」

 

 月と星に照らされたフェネックの表情は、

 

「――――はいよー」

 

 ひとしきり明るいものでした。

 

 〇

 

 翌朝。

 朝食をそろって仲良く食べた後、アライさん、レミア、フェネックの三人は湖畔を出発しました。

 

「気を付けて行くでありますよ!」

「帽子、きっと返してくれるッス~!」

 

 ログハウスの上から手を振ってくれるビーバーとプレーリーに、

 

「ありがとうなのだー! また来るのだー!」

「どーもどーもありがとー」

「お世話になったわ」

 

 三人も、見えなくなるまで手を振り続けました。

 

 今日は抜けるような青空が広がるいい天気です。

 朝日がぬくぬくと世界を温め、湖の水面にきらきらと光が反射しています。

 

 新しい旅の一日が、また始まりました。

 

 

 〇

 

 

 湖畔を抜けて数時間歩くと、何やら見晴らしのいい場所へやってきました。

 

 地図の上では平原となっており、足首ほどの青々とした草が辺りに広がっている場所です。

 三人は草原の間に一本だけ敷かれている石畳の上を、暖かな太陽に頬を緩ませながらのんびりと進んでいました。

 

「へー、なかなか面白いところに出たわね」

「なんかこのあたり見覚えがあるのだ!」

「森林地方のすぐ隣だからねー。ってことはー、図書館が近いよー」

 

 遠くの方には建物が見えます。アトラクションとしてパークに敷設された、なかなかに大きな東洋の城です。

 レミアは見たことのない様式の建物に少しばかり興味がそそられましたが、フェネックの言葉に「それじゃあこのまま図書館へ急ぎましょう」と返事をして歩みを進めました。

 

 石畳で作られた道を歩いていると、ちょうど都合のいいことに道は城のすぐそばまで延びているのがわかりました。

 

 レミアは内心で喜びつつ、通り過ぎがてらちょっとだけ覗いてみようと考えながら、のんびりとあたりの景色を楽しみます。

 

「へぇー、いろんなものがあるわね」

「フレンズが遊び場にしてるからねー」

 

 周囲をぐるりと見ていると、何に使うのかわからない巨大なタイヤが半分地面に突き刺さっていたり。

 紙を丸めて棒状にしたものや、なにやら文字の書かれた旗が放り投げられています。

 

「さっきまで遊んでいたのかしら?」

「たぶんねー。でもー」

「どこにもいないのだ!」

 

 アライさんの言う通り、遊んだものの形跡があるわりには、肝心のフレンズが見当たりません。

 

「遊びに飽きちゃって別の所に行ってるとか?」

「こんな面白そうなものに飽きるなんて贅沢なフレンズなのだ!」

「んー…………ねぇレミアさーん」

「どうしたのフェネックちゃん?」

 

 アライさんが落ちていた紙の棒を拾う横で、フェネックが城を指さしつつ首をかしげました。

 

「なんかねー、あっちのお城のほうから声がするよー」

「あぁ、じゃああそこで遊んでいるのかしら」

「んんー……? でもねー、なんか様子がおかしいのさー」

「?」

 

 ぽりぽりと頬を掻きつつ困った顔でそういうと、フェネックはもう一度城のほうを見て、注意深く耳に手を当てて、

 

「どうしたのだフェネック?」

「……………」

「フェネック?」

「なんかやっぱり慌ててるって言うかー、困ってるっぽいかなー?」

「えぇ!? 困ってるフレンズが居るのか!?」

「たぶんねー」

「助けに行くのだ! 放ってなんて置けないのだ!!」

 

 はやくいくのだー! とアライさんは城めがけて駆けだしました。

 

「アライさん、ジャングル地方ではインドゾウに会わなかったのかしら……?」

「うーん、確かにあの状態を見てたら、助けてたと思うんだよねー」

「よね。あの感じ」

「どーするー? レミアさーん」

「とりあえず行ってみましょう」

 

 レミアたちも、後を追ってアライさんについて行きました。

 

 

 

 〇

 

 

 

 アライさん、フェネック、レミアが平原に差し掛かる少し前。

 

「おーい、ヘラジカー」

「おう! いまそっちに蹴るからなー!!」

 

 平原では数人のフレンズたちが、仲良くワイワイ遊んでいました。

 数日前にここを通ったカバンとサーバルにより、ボールを使う新しい勝負を教えてもらったのです。

 気に入ったからか珍しいからか、平原のフレンズ達には大絶賛の勝負となっていました。

 

 勝負、といいつつヘラジカ陣営もライオン陣営も、みんな笑顔で仲良く遊んでいます。たまにチームのメンバーを交換しながらボールを蹴って楽しむほどです。

 

 合戦の時のようなピリピリとしたムードは、まったくありませんでした。

 

「そっちいったぞー!」

「ちょお! 飛ばしすぎだヘラジカ!」

「すまんッ! 取ってくる!」

 

 元気な声が、晴天の平原にいくつも上がります。

 

 そんな中。

 

「よーっしライオン! おもいっきりいくぞーッ!」

「あ、ヘラジカ! ダメだってその方向は!!」

 

 ライオンの静止も聞かずに助走をつけて、力いっぱい足を振りぬいたヘラジカ。

 

「あ、しまった!」

「だから言ったじゃんかー」

 

 思いっきり蹴られたボールは、ライオンのはるか上空を飛んで城の屋根に引っかかってしまいました。

 

「あそこにいっちゃうと取れないんだよねー」

「す、すまんライオン。代わりのボールを見つけてくる」

「うちの城にはもうないよー? あれが最後だもん」

「なに! じゃあ、すぐ取ってくる!」

「いや無理だってあぶないよー。落ちたらケガするよー」

「ううぅ……」

「まぁー他の道具で代用しよっかー」

「本当に申し訳ない…………」

 

 大事な遊び道具をなくしてしまったヘラジカは、肩を落としてしきりにライオンに謝っています。

 いいってーいいってー、と明るく許してくれるライオンですが、ヘラジカはどうにかしてあのボールを取りたいと思いました。

 まだまだライオンとボール遊びがしたいのです。

 

 そんな時、

 

「私がとってくるよ?」

「ハシビロコウ! とれるのか!?」

 

 ヘラジカは驚きながら振り返り、その細身の肩をつかみます。

 ちょっとびっくりした様子でしたが、ハシビロコウは頭の羽を少し動かして、

 

「私、じつは飛べるんだよ」

「えぇ、そうだったのか? 飛んだところ見たことないぞ」

「やっぱり知らなかったんだ……」

「知らぬ! いつから飛べたんだ?」

「生まれた時からだよ……飛ぶ必要ないから、最近はぜんぜん飛んでなかったけど、あそこまでならいけるよ。とってこようか?」

「頼む! ありがとう!!」

 

 ぱぁ! っと笑顔でそういうヘラジカと、

 

「わるいねぇー、ハシビロコウ。ありがとねー」

「私もまだあれで遊びたいから……待ってて」

「あーい」

 

 ライオンも、笑顔で手を振ってハシビロコウに任せました。

 

 わっさわっさと羽を動かして、久方ぶりに体を宙に浮かせると、城の屋根より高く飛びあがります。

 

「えっと…………あ、あれだ」

 

 俯瞰の視点からほどなくしてボールを見つけました。ゆっくりと近くに降り立ちます。

 屋根の端の方に目当てのボールは引っかかっていました。

 瓦の上をすたすたと歩いて行き、カラフルなボールに手をかけた、その瞬間。

 

「え?」

 

 足元の瓦が滑り落ちました。

 ハシビロコウの左足はその上に乗っていたので、

 

「わ、あ、だめっ!」

 

 バランスを崩し、身体が傾きます。

 

 屋根の上のハシビロコウの様子がおかしいことに、下で見ていたヘラジカとライオン、そしてその他大勢のフレンズも気が付きました。

 

 ライオンが声を張り上げます。

 

「あ、あれまずい! 落ち――――」

 

 最後まで言い切る前に。

 

 ハシビロコウは数枚の屋根瓦と一緒に、足を滑らせて落下しました。

 

 〇

 

「うぅ……いたい……いたいよぉ……」

 

 城の屋根と地面の間は、軽く十メートル以上あります。

 これがもっと、言うならば本物の城のように何十メートルという高さであれば、ハシビロコウも体勢を立て直して空を飛べたでしょう。

 

 中途半端な高さのために滑空できず、また体勢も立て直せなかったばっかりに。

 ハシビロコウは左手から落下。体を強く打って動けなくなっていました。

 

 落ちた先は城の壁と塀の間。太陽の光が差し込まず、ひどくじめじめとしたところです。

 草もまだらで、むき出しの砂利が肌に食い込みます。

 

「いたぃよぉ……助けて……たすけ……うぅ……グスッ…………」

 

 声を上げることもままならないほど、痛みが体中を走り回っています。

 動けません。左腕が全く動かせず、体を起こすこともできません。

 

 目の前に見えるのは何もない空と、自分が落ちてきた黒い屋根。

 それらが涙でぐにゃりぐにゃりとゆがみます。

 

「うぅ……ヒッグ……たすけて……いたいよぉ……」

 

 誰も来ないまま数十秒。しかしハシビロコウには永遠にも思える時間が過ぎました。

 このまま誰も来ないのかもしれない。

 すごく痛い、とっても痛い。痛いけど、誰も来てくれなくて、このまま一人で死んじゃうのかな。

 

 そんな良くない考えが頭を支配し始めた時、

 

「ハシビロコウ!」

 

 ヘラジカの慌てた声が耳に届きます。

 助かった、と思うと同時に、痛みで涙が次から次へと溢れてきます。

 

「ヘラ……ジカ……? いたい……うでが……いた……」

「わかった! こっちの腕だな! しゃべらなくていい!」

「大丈夫?」

 

 ライオンも後から追いつき、ハシビロコウの腕を見て、

 

「…………ッ!」

 

 歯を食いしばりました。

 

 左手が赤黒く腫れあがっています。

 ライオンは瞬時に〝これはもう助からない〟と本能から悟りました。

 

 しかし急いで首を振って否定します。

 それは野生、それは動物の頃の考え方。

 

 フレンズのこの身体なら大丈夫。ちょっとやそっとじゃ死んだりなんて…………。

 

 必死にライオンはそう思いますが、しかしハシビロコウの腕は肘から先が赤黒く腫れ、指はピクリとも動いていません。

 体を起こそうと背中に手を入れますが、苦しそうにハシビロコウがうめいて涙をぼたぼたと流すので、これは触ってはいけないと判断しました。

 

「ラ、ライオン、どうすればいいんだッ……?」

「どうって…………どうすれば…………」

 

 必死に頭の中を思い当たって、ひとつだけ、自分がけがをした時に何をしたかを思い出します。

 ケガは舌で舐めれば治りが早いです。

 

 見たところ外側のケガではないので効くのかどうかわかりませんが、何もしないなんてことはできませんでした。

 

「ヘラジカ、効果があるかわからないけど、ハシビロコウの腕を舐めてあげて」

「わかった!」

 

 ライオンの舌はざらざらしているため余計に酷くしてしまうと思い、ヘラジカに任せます。

 ヘラジカは地面に膝をついて、なるべくハシビロコウの腕を動かさないように顔を近づけて、それからそっと舐め始めました。

 

 ライオンはその間、自分に何ができるのか、何をしなければないけないのかを必死に考えます。

 

「どうすれば……このままじゃだめだよね……博士のところへ行く? でもその間にハシビロコウが……」

 

 心臓が早鳴って冷静さを失いかけます。

 ライオンも、周りで見ているフレンズも、皆が今にも泣きだしそうな顔で途方に暮れました。

 

「うぅ………いたいよぉ…………」

「がんばれ……! ハシビロコウ……ッ!」

 

 ハシビロコウの苦しそうなあえぎと、必死に励ますヘラジカの声が城壁の影にむなしく消えた時。

 

「レミアさーん! こっちなのだー! 誰かケガしているのだーッ!」

 

 アライさんの快活な声とともに、怪我や負傷とは常に隣り合わせだったフレンズが、慌てた表情で駆け付けました。

 

 〇

 

「これで……よし。しばらくは絶対に動かさない事。あと、腫れが引くまでは心臓より高いところで固定しておくのよ」

「わかった」

 

 レミアの言葉にヘラジカが深くうなずきます。

 

 城の影、直射日光は当たりませんが十分に光の入る場所で、レミアはハシビロコウの手当てをしていました。

 

 あのあと駆け付けたレミアは、すぐにハシビロコウの状態を見抜き、

 

「これを飲みなさい」

 

 痛みで声も出ない様子の彼女に、すぐさま腰のポーチから薬を取り出して飲ませました。

 即効性の痛み止めはハシビロコウを救いました。

 

 レミアはまっすぐな木の枝を持ってくるよう他のフレンズに指示し、ほどなくして持ってきた枝を包帯とバンドで固定。

 携帯救急キットの五割を消費しながら、ハシビロコウの応急処置を済ませました。

 

「しばらくは寝ると思うわ。起きたらこの粒を水と一緒に飲ませて、それからジャパリまんを食べさせてあげて」

「わかった。これを飲ませればいいんだな?」

 

 神妙な面持ちでそう再度確認するヘラジカに、レミアは肩を叩いて「任せたわよ」と一つ声をかけました。

 

 薬が効いているため、ハシビロコウはすーすーと寝息を立てています。

 数時間もすれば効果が切れるので起きるでしょう。その時のために、レミアはヘラジカに痛み止めをいくつか渡しました。

 

「本当はちゃんと手当てをした方がいいけど、施設もなければ医者もいないから、これで凌ぐしかないわね」

「こんなケガは初めて見たのだ……大変なのだ……」

「〝骨折〟っていうのよ。冷やして固定するのが一番なんだけど、氷がないから心臓より高めに持ち上げるしかないわね。あとは、フレンズの回復力頼みよ」

「ジャパリまん食べてたら治りそうだよねー」

 

 フェネックの言う通りです。

 サンドスターがフレンズの生命維持を担っているのなら、どこかに怪我をしてもサンドスターの摂取で治してくれそうです。

 根拠はありませんが、レミアもそう思っていました。

 だからこそ痛み止めの薬さえあればなんとかなると思ったのです。

 

 〇

 

 応急手当の片づけをしていると、レミアは後ろから声をかけられました。

 ライオンです。

 

「いやー助かったよー。君凄いねー」

「ありがとう。これくらいは朝飯前よ」

「どこで覚えたのー?」

「どこって……まぁ、前にいた所かしら」

 

 へぇー、と感心するライオンに微笑みつつ、レミアは片づけを終えて立ち上がりました。

 

 先を急ぎます。図書館はすぐそこの森林地方なので、あまりここに長居するつもりはありません。

 

 アライさんとフェネックの様子が気になったのであたりを見回すと、少し離れたところでヘラジカと話をしていました。

 帽子泥棒、だったりカバンさん、の言葉が聞こえるので、自分たちの旅の目的を話しているのでしょう。

 

 そろそろ出発しないとなぁと、レミアは太陽の位置を見て内心でつぶやきました。

 可能なら今日中に図書館へ着きたいと思っています。

 

 太陽は一番高い位置に上り詰め、そろそろお昼になる頃です。

 

「…………通りがけにちょこっと見る、ね」

 

 数十分前にそんなことを想いながらのんびりと歩いていた石畳の道に、レミアはゆっくりと歩きだしました。

 

 〇

 

「もう行くの? もうちょっとゆっくりしていってもいいのにー」

「今日中に図書館へ行きたいのよ」

 

 ライオンの残念そうな顔にレミアは苦笑いを浮かべつつ、もらったジャパリまんを口へ運びました。

 

 治療代、という言葉は出てきませんでしたが、お礼ということでみんなからもらったジャパリまんを食べつつ、レミアとアライさんとフェネックは平原を出発しようとしています。

 

「まぁーカバンを追いかけるんだったら急がないとねー」

「バスとやらに乗っていたな。なかなかに強そうで早い乗り物だったから、頑張らないと追いつけんかもしれん」

 

 石畳の道まで出迎えてくれたのは、ライオンとヘラジカでした。

 

「他の子たちはどうしたのかしら?」

「ハシビロコウの様子をずっと窺っている。あと、起きた時に元気が出るようにと、果物を探しに行ってくれた者もいるな」

 

 頷きながらヘラジカは、まっすぐにレミアを見て、それから深く頭を下げました。

 

「本当にありがとう。レミアが居なかったら、ハシビロコウがどうなっていたか」

「いいわよべつに。お礼ももらったし、お互い様よ」

「もし困ったことがあったら、いつでも声をかけてくれ! この恩は必ず返す」

 

 力強い言葉でそういうヘラジカに、ライオンも続いて口を開きました。

 

「ウチからも改めてお礼を言わせてねー。あぁ、あと、これは旅のためになるかなー」

 

 ライオンはレミアだけでなくアライさんの方も見つつ、思い出すようにポリポリと頭を掻きながら、

 

「カバンたちは、ヒトの住む場所を気にしてたんだー。たぶん次に目指すのはそういう所かなぁ?」

「えぇ!? カバンさん自分がヒトだって知ってたのか!?!?」

「いんやいんやー。ハシビロコウがねー、カバンの事を〝ヒトのような気がする〟っていってさー」

「ぐぬぬぬぅぅ…………」

「あぁでも、図書館には行ったよ。一応博士には聞きに行くって」

 

 アライさんは不安げな表情でレミアを見ましたが、レミアは涼しい顔で「大丈夫よ」とだけ言いました。

 図書館には間に合わないでしょうが、博士なるものに訊けば次の目的地が見えるでしょう。いざとなればこちらも〝人の集まっている場所〟を探せばいいだけです。

 

 むしろレミアにとっては人が集まっている場所を突き止められた方が好都合でした。

 国に帰った時に、いろいろと話ができるからです。

 

 レミアはライオンとヘラジカのほうへ向き直りつつ、

 

「ありがとう。もう行くわね」

「帽子、きっと返してくれると思うぞ」

「だねー。カバンは優しいからさー、大丈夫だよ」

 

 笑顔でそう言ってくれた二人と、最後に別れのあいさつを交わして。

 

 一行は森林地方、ジャパリ図書館へ向かいました。

 

 

 

 〇

 

 

 かなり薄暗く。

 ものすごく不健康で小さな部屋。

 

 そんな部屋のモニターの前に鎮座するのは、一人の天才的なオペレーターです。

 

 兵士からは名前を〝ベラータ〟と呼ばれ、自らもそう名乗っている彼は、ただいまお楽しみ中でした。

 

「あぁ……たぶんここはこういう感じの耳で……色はやっぱりこっちかこっちかの2パターンまで絞れるから……」

 

 レミアから聞いた情報だけを頼りに、自分なりにジャパリパークを、そしてそこに住むフレンズこと〝ケモミミ少女〟をモデリングしているところでした。

 

「フェネックちゃんはいつも気だるそうな目だって言ってたし、たぶんこんな感じで……」

 

 耳で聞いただけなのに。

 通信機越しに淡々とした情報を手にしただけなのに。

 

 恐ろしいほどにこの男は正確な〝フェネックちゃん〟と〝アライグマちゃん〟をモデリングしていました。

 

 国宝級の才能の無駄使いをしているこの男ですが、一方で別のモニターには目にもとまらぬ速さで文字の羅列が動いていました。

 

「ん」

 

 ひとつ声を上げると、ベラータは隣のキーボードの前に移動して、これまた目にもとまらないスピードでタイピングします。

 

「んんー……よしよしいいぞ」

 

 〝フェネックちゃん〟のモデリングをしていた時のニタニタとした表情はそのままに。

 ベラータは軍の中枢部にある総括データベースへの侵入を試みていました。

 

 数百通りのセキュリティーと、三十秒ごとに変更される何万通りものパスワードを常に早読みして解析しつづけ。

 

 バラバラに散らばっていたレミアの情報を一つに束ねつつ、今まで見ることのできなかった肝心なところを吸い出していきます。

 

「よし。後は痕跡を消してっと……」

 

 カタカタと数秒間キーボードを叩き。

 ぽん、っとエンターキーを押して、ベラータはある一つの書類を手に入れることに成功しました。

 

 内容はまだ見ていません。どういうわけか印刷するまでファイルが開けないようになっていたので、それを解除してからモニターに映し出します。

 

「どれどれ、レミアさんの秘密のヴェールをいま剥ぎ取――――」

 

 モニターに映る秘密文書に目を通したベラータの。

 その顔から、笑顔が消えました。

 

 

 

 

 ――――〇――――

 

 

 

 

 

 以下、本特殊任務に就いた者のうち階級特進者をここに記す

 

 レミア・アンダーソン少尉

 

 この者の挺身並びに本作戦に置いての殉難を評し、ここに階級特進を認める

 

 なお彼の者は軍務規定により二階級以上の特進を認めない

 

 

 因って以下の通り軍籍を記す

 

 レミア・アンダーソン中尉 特務にて殉職

 

 




次回「じゃぱりとしょかん! いちー!」
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