【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~   作:奥の手

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第十三話 「じゃぱりとしょかん! にっき!」

 数えきれない星々と、それに負けないくらい輝いているサンドスターが、真っ暗な空を彩るそんな静かな夜のこと。

 

 ジャパリ図書館も例外なく夜に包まれる中、レミアとアライさん、フェネックはまだ図書館の中にとどまっていました。

 

 日記を見つけた時点ですでに日が傾き始めていたことと、レミアがこの日記をすぐにでも確認したいことを理由に、図書館で一泊することとなったのです。

 

 小さな机の前に座るレミアは、図書館内の木の根元で身を寄せて眠るアライさんとフェネックをなんとなく眺めていると、静かな声で後ろから声をかけられました。

 

「では、我々は向こうで本を読んでいるのですよ」

「あら、寝なくて大丈夫なの?」

「我々は夜行性なのですよ。夜は活動時間なのです」

「夜でもばっちり見えるのです。本を読むのも余裕なのです」

 

 そんなことを言い残して、窓から月明かりが入ってくるテーブルに座ると、博士と助手は向かい合って薄めの本を読み始めました。

 

 レミアは、目の前の机に向き直ります。

 ロウソクの明かりが柔らかく手元を照らし、古びた分厚い日記を浮かび上がらせていました。

 

「さて……じゃあ、あたしも読もうかしら」

 

 図書館の中央から貫くように伸びている大木の、その根元で気持ちよさそうに寝ているフェネックとアライさんをもう一度ちらりと一瞥してから。

 

 レミアは静かに〝ここを訪れた未来の人間へ〟と走り書きされている文字を指でなぞり、日記の最初のページをめくりました。

 

 

 

 

 〇

 

 

 6月3日

 

 今日から日記をつけていこうと思います。

 いや、本当は面倒くさいんだけど、おばあちゃんが「データより紙のほうがずっと長く記録は残るんだよ」っていうから、まぁ頑張って研究した成果ぐらいは書き残しておこうかなぁって。

 

 でも今日は書くことあんまりないから、これでおわり。

 

 

 〇

 

 

 6月4日

 

 そう言えば私自身のこと書くの忘れてた。

 ほら、あれ。事故とかで記憶喪失になったら、自分の日記を見返して〝思い出したぞー!〟ってなるの、ドラマとかでよくあるじゃん?

 だから書いておこうかなーって。

 

 もし私が私を忘れたら、下の記述をよく見てね!↓↓

 

 名前:リリー・アイハラ

 年齢:ヒ・ミ・ツ!(ここの研究所では最年少なんだって!)

 性別:え、もちろん女だよ? さすがにわかるよね?

 性格:んんー……難しいなぁ……。

 

 ――――。

 ――――――。

 ――――――――。

 

 

 

 〇

 

 

 レミアはちょっとページを飛ばしました。

 日記の最初の方は特に重要そうなことが書かれてないように思えたからです。

 

 ただ一つ、この日記の筆者は、完全にレミアの母国語と同じ言語を使っているわけではなさそうだということは、短い分量でしたが読み取りました。

 

 ところどころレミアに読めない単語がありました。レミアが知らない単語であったというよりは、知っている単語が変化しているような、あるいは別の意味で使われているような節がみられます。

 

「似てるけど違う言語……西の海を渡ったところに、そんな国があるって聞いたわね」

 

 もしかしてそこの言葉かしら?

 

 そんなことを考えながら、読み飛ばしたページに目を落とします。

 

 

 

 

 〇

 

 

 8月20日

 

 今日はセルリアンの観測に成功しました。

 色が黒色で、比較的集団で観測されています。

 

 セルリアンに関してはまだまだ研究することが山済みです。現場からの情報やサンプルを、もっと有効に活用しないとですね。

 

 

 〇

 

 

 8月23日

 

 ここ三日は忙しすぎて日記が書けなかったけど、今日は書きます。晩ごはんのハンバーグがおいしかったので。

 この三日間で随分と黒セルリアンに関しての研究が進んだようです。

 

 一つに、サンドスターが無機物に当たるとセルリアンが誕生するというのは以前からの研究成果で証明されているのですが、黒セルリアンはサンドスターの噴出する山の地下、つまりマグマにサンドスターが当たることで誕生しているという仮説が強そうです。

 

 ただそれについてもまだ確定ではないので、まぁ私の日記ではこれくらいしか書けないかなぁ。

 

 明日の朝は何食べよう?

 

 

 〇

 

 

 8月24日

 

 今日の晩ごはんは焼肉でした。柔らかくておいしかったけど、フレンズの子と一緒に食べたのはアレどうなんだろ。

 なんかいけないことをしたような……でもライオンちゃんとだったし、いいよね別に。肉食だもん。

 

 研究はちょっと進んだかな。

 黒セルリアンを構成する物質は、サンドスターの観測地点よりも下で生成されるっぽいから〝サンドスター・ロー〟という名前になりました。

 マグマとサンドスターの融合だとしたら、どうやってサンドスターと分離させるかが重要ですね。

 

 明日の朝ごはんはホットドック食べたいなぁ。

 

 

 〇

 

 

 8月30日

 

 日記とか言いつつも毎日は書けないよねそりゃ。私だって忙しいですもーん。

 

 今日は疲れたから成果だけ書くよ。

 セルリアンは全体的に光に向かって指向してるかもだって。セルリアン全体としては〝無機物だったころの物質の特徴を強く引き継いでいる〟って研究仮説が立ったんだけど、これ、私としては合ってそうな気がするんだ。

 

 まぁ科学者が「合ってそうな気がする」なんて不確かなこと言っちゃいけないんだけどね。もしこの仮説が正しかったら、黒セルリアンが太陽に向かって進んでいるのに、海には入らないことの理由を説明できるんだよね。

 

 

 〇

 

 

 9月1日

 

 今日の晩ごはんは現場の人と一緒でした。ミライさん面白い人だったー!

 あ、サンドイッチ美味しかったです。卵っていいよね。

 

 研究成果は特になし!

 また一緒にご飯食べたいなー。

 

 

 〇

 

 

 9月5日

 

 ここ数日は大変でした。

 サンドスター・ローが異常に排出されて、これまでの観測史上最大級のセルリアンが誕生しました。黒セルリアンはこちら側の攻撃を受ける、あるいは黒セルリアン自身の動きで、小さなセルリアンを撒き散らすことがわかりました。

 

 意図的に小セルリアンを作り出していたという報告もあるので、注意しないといけませんね。

 

 それと、大本の黒セルリアンを倒せば、周囲の飛び散ってできたセルリアンも溶岩に変わることが確認できました。

 

 

 〇

 

 

 9月6日

 

 石を破壊して倒した後のセルリアンが、元となった無機物の状態に戻るのは黒セルリアンだけのようです。

 水を元とした青セルリアンも、砂や岩を元とした赤セルリアンも、倒すと何も残らなかったのに、黒セルリアンだけは溶岩になります。

 

 ……不思議ですが、何か関係があるはずです。調べましょう。

 

 今日の晩ごはんはホイコーローでした。ピーマンが苦かった。

 

 

 〇

 

 

 9月10日

 

 ここ数日ですごい仮説が立ちました。

 

 いろいろあるのですが、中でも驚きなのがセルリアンの指向パターンです。

 あくまで仮説にすぎませんが、

 

 〝光が最優先、次がサンドスター濃度の高い場所、最後にセルリアン同士が引き合う〟

 

 というものです。

 だからいつも一定数以上のまとまった数で観測されて、サンドスターの供給がなくなると徐々にその数を減らすんですね。

 

 生け捕りにしたセルリアンをうまく使えば、まとめて多くを対処できるかもしれません。

 フレンズたちの安全を守るためにも、なるべく早く確定情報にしたいですね。

 

 

 〇

 

 

 9月12日

 

 もはや日記というか備忘録のような……まぁ毎日は書けないですし、仕方ないですよね。

 今日の晩ごはんは久しぶりにハンバーグです。豆腐でカサ増ししました。

 ふわふわでしたが、でもやっぱりお肉百パーセントが一番おいしいですね。

 

 明日はおやすみだー! おばあちゃんのところ行ってきまーっす!

 

 あ、研究報告は特になし!

 

 

 〇

 

 

 9月13日

 

 長くなりそうだけど、がんばって書くぞー!

 

 おばあちゃんから、私が小さい頃に一度だけしてもらったお話を、また聞けました。

 ひいお婆ちゃんがまだ子供だった頃に、ここの研究所で起きた戦争の事です。

 

 戦争って言ってもそんなに大きなものじゃなくて、今の私ならわかるから書くけど、分隊クラスの衝突だったみたい。

 前々からサンドスターの利権に口を出していた国が、何をとち狂ったのか武力行使に走ったんだって。

 

 でも、たまたまその時お忍びで視察に来てた別の国の偉い人がいて、その警護の人たちがめちゃくちゃ頑張って追い返したって話。

 

 まぁこれだけなら別に子供に聞かせるようなおもしろい話じゃないんだけど、何がすごいってその警護の人たちのうちの一人が、私のひいお婆ちゃんをずっと守ってくれてたってこと。

 

 ひいお婆ちゃんは、その日たまたま研究所に遊びに来てて、ちょうどその時襲撃があって、怖くてずっと泣いてたんだって。

 そりゃ泣くよ。今の私でもそんなことあったらオシッコちびっちゃう。

 

 でも警護の人はものすごく強くて、ひいお婆ちゃんのことをしっかり守ってくれてたんだって。

 しかもそれは女の人! びっくり! 

 名前は教えてくれなかったそうだけど、背が高くてすごくきれいな人だったって。

 

 でも、ひいお婆ちゃんがお礼を言う前にどっか行っちゃったみたい。詳しい話は、それ以上は聞けなかったなー。

 

 今までで一番書いた。つかれた。寝る。

 

 

 

 ――――。

 ――――――。

 ――――――――。

 

 

 

 〇

 

「…………」

 

 ページをめくっていた手を、レミアは一度止めました。

 

「……研究所の襲撃? 要人警護?」

 

 小さく、口の中だけでそう呟きます。

 

 何か引っかかるものがありました。

 胸の奥の方でチクリと刺すような、しかし具体的には何がそうさせているのかわからない、とにかくチクチクモヤモヤした気持ちが湧き上がってきます。

 

「…………まぁ、いいかしら」

 

 どこか、頭の隅にも鈍い痛みを感じながら。

 レミアは続きを読み始めました。

 

 

 

 〇

 

 10月2日

 

 しばらく日記を書いてなかったけど再開します。

 

 研究が進みました。

 

 〝セルリアン同士は互いを引き付けあう〟というものです。

 

 度重なる試行の結果なので、これはもう確定と言っても良いでしょう。

 ですが引き続き研究を続ける必要はありますね。

 

 より正確に、より多角的に、です!

 

 

 〇

 

 10月3日

 

 今日はお婆ちゃんの方から研究所に来てくれました。

 何なら泊っていけばいいのに、用事があるからってすぐ帰っちゃったよ。ちぇ。

 

 でもほら、この間の話の続き、もうちょっと詳しいのが聞けましたよ。

 ひいお婆ちゃんが子供の頃にあった、研究所襲撃事件。

 

 ちょっと悲しいお話だった。

 ひいお婆ちゃんを守ってくれた女の人、実はその時死んでたんだって。

 名前はレミアさんって言――――。

 

 

 ――――。

 ――――――。

 ――――――――。

 

 

 

 〇

 

 ガタッ!

 

 レミアは大きな音を立てながら、座っていた椅子から飛び跳ねるように立ち上がりました。

 

 目から入ってきた今の情報が、頭の中で繰り返されます。

 

 〝研究所襲撃〟

 

 〝偉い人の警護〟

 

 〝子供〟

 

 〝防衛戦〟

 

 〝死んでいた〟

 

 目の前が暗くなるような感覚と、手の平からすぅっと血の気が引いていく感覚が重なります。

 立っているのか座っているのかもわからない、曖昧な意識が漂います。

 

「レミア! どうしたのです!」

 

 そんなレミアを見てただ事ではないと駆け寄ってきた博士たちですが、レミアはそちらの方を見ることもなく、錯乱した様子で頭を抱えました。

 

「あた……あたしが……うそでしょ……? いや、だって……」

「レミア! しっかりするのです! レミアッ!」

「これ、だって、ひいお婆ちゃんって、何年前の……い、いや、それより、あたし、あた、そ、そんな――――」

「レミア、どうしたのですか!!」

「あ、あたし、死んで――――」

「レミアッ!!!」

 

 助手が鋭く叫び、その場で宙に飛び上がると、ひざを突き出してレミアの側頭部を思いっきり蹴り飛ばしました。

 

 レミアは避けることも受け止めることもできず、助手の蹴りをもろにくらいます。

 バランスを崩しながら大きな音を立てて倒れました。

 

 そんな一連の騒動の中で、易々と寝られるものではありません。

 アライさんとフェネックはとっくの昔に起きていました。

 

「ど、どうしたのだ!」

「…………?」

 

 声を上げるアライさんと、状況をすぐに分析し始めたフェネックは、

 

「あ、あた、あたし……そんな……」

 

 床にうずくまる、これまで見たこともないほどに取り乱しているレミアを見て、言葉を失いました。

 

 

 〇

 

 

「少しは、落ち着いたのですか?」

「…………えぇ」

 

 震える声でそれだけを答えたレミアの周りには、アライさんとフェネック、博士と助手が座っています。

 階段の一段目に腰かけているレミアを、全員が心の底から心配した表情で見守っていました。

 

「……全部、思い出したわ。あたしがどうしてここに居るのか」

 

 下を向いたままの、ひどく濁った眼と。

 

「…………死んで、いたのね」

 

 暗く落ち込んだ、絶望に塗られた声で、レミアは小さくそう言いました。

 博士と助手が顔を見合わせ、アライさんとフェネックはどう声をかけたらいいのかと落ち着かない様子です。

 

 レミアは日記から、自分が既に命を落としていることを悟りました。

 

 日記の筆者であるリリー・アイハラという研究員の、おそらくは曾祖母に当たる人物を守って、自分は命を落としています。

 

 それも数日前や数年前の話ではなく、何十年も、下手をしたら百年以上も前の事。

 

 そんな状況で国へ帰るなんてことができるのでしょうか。

 帰ったところで、百年以上消息を絶っていた自分に、帰る場所なんてあるのでしょうか。

 

 ありません。

 帰る場所なんて、どこにもありません。

 

「……………」

 

 声を出す気力もなく押し黙ってしまいます。

 

 ふと、ベラータとの通信がレミアの頭をよぎりました。

 彼のことはレミアも知っていました。

 それはつまり、今レミアの生きているこの時から、ベラータは百年以上前の人物であるということ。

 

 なぜ通信がつながったのでしょうか。

 そんな昔の人間に通信回線がつながるわけがありません。

 

 彼の言っていた言葉を思い出します。

 

 〝ほかの通信回線にはつながらなかったのではありませんか?〟

 

 あの時すでに、レミアとベラータの間には百年以上の時間のずれがあったはず。

 ならば通信できるわけがない。なのになぜ?

 いいえむしろ、ベラータのみと繋がったのは、どうして?

 

 レミアは考えて。

 考えて、しかし、もう、それすらも、考えることそのものが無駄であると思い。

 

「は……はは」

 

 一切の思考を捨てました。

 ジャパリパークから帰れば、ここの情報を伝えて有効活用できるという考えも。

 フレンズたちを祖国の力で保護しようという考えも。

 

 自分がすでに死んでいて、百年以上経っているのならばそれは限りなく無価値です。

 そもそも帰られたとしても、どこに伝えればいいのでしょうか。

 百年もあれば一国の軍隊は変わります。レミアの存在は過去になっているか、それとも忘れ去られているか。

 

 どちらせよ、もうレミアには帰る場所がありません。

 その事実が急激に心をむしばみます。

 

 膝に顔を伏せ、抑えがたい喪失感と悲しみに耐えようと。

 努めて自分の気持ちを無視し続けようとして、しかしそれもかなわず、体が震えてしまいます。

 

 そんなレミアの肩に、そっと、優しく触れる手がありました。

 レミアは顔を上げることもしませんでしたが、触れたのは博士です。

 

 そのままそっと、優しい声で言葉を紡ぎ始めます。

 

「レミア、そのままでいいからよく聞くのです。サンドスターは動物の死骸や剥製からもフレンズ化させるのです。だからフレンズの中には、レミアのような子もいるのですよ」

 

 博士の静かな言葉を、助手が引き継ぎました。

 

「中には数万年、数千万年の時を超えて、もう一度歩いたり走ったり、しゃべったり笑ったりしているフレンズもいるのです。それは、つまり」

「つまり、いま――――レミアは確実に生きているということなのですよ」

 

 その言葉に、レミアの肩の震えが止まりました。

 ゆっくりと顔をあげます。

 泣きはらして赤くなった目が、博士と助手にはよく見えました。

 

「レミア、よく聞くのです。過去に何があったのかは我々もよく知らないし、別に知る必要もないのですよ」

「賢い我々だって、もしかしたら死骸から今こうしてフレンズになったかもしれないのです」

「なので、その…………なんといえばいいのですか? 助手」

 

 博士がくるりと助手のほうを向き直ります。

 ほんの少しだけ、助手は肩をすくめてから、

 

「――――だから〝いま〟を生きるのですよレミア。たとえ一度生物としての機能を停止していたとしても、〝いま〟は生きているのです。美味しいものをいっぱい食べられるのです」

「…………」

「そうなのですよ。元気だしてくれないと、我々はドーナツが食べられないのです」

「そうなのです。つまり我々は困るのです」

「は、博士と助手は結局それが目的なのだ! なんか話がよくわからないと思ったのだ!」

「やーアライさん、実は博士たちはすごくいいこと言ったんだよー? 最後ので台無しだけどー」

 

 アライさんの叫び声と、フェネックの落ち着いた声が図書館に響きます。

 

 そんなフレンズたちのいつも通りの会話を聞いていて。

 蚊帳の外ではなく、岡目八目ではなく、レミアは彼女たちに囲まれてその話を聞いて。

 

 くすり、とひとつ微笑みを浮かべました。

 

 〇

 

 月の明るいジャパリパークの夜。

 図書館の中では五人のフレンズが、離れた所にある、ろうそくの光に顔を照らされながら。

 

「…………ありがとう、みんな。もう、大丈夫よ」

 

 戦うことが得意なフレンズの、そのあまりにも危険だった心を救ったのでした。

 レミアはいつも通りの、涼しい微笑みを浮かべています。

 

 もう大丈夫そうです。いつものレミアが帰ってきました。

 

 アライさんとフェネックはもちろんの事、博士と助手もホッとした表情でお互いに笑みを浮かべてから、思い出したように口を開きます。

 

「あぁ、レミア。それと今だから言えることなのですが」

「我々がとあるフレンズから聞いた話をしておくのですよ」

 

 博士たちはまっすぐにレミアの、まだ少し泣きはらした後の赤みがかった目を見つめながら続けます。

 

「サンドスターは三千万年以上前の動物もフレンズ化させたのです。なので」

「なので、百年ちょっとなんてちょいです」

「ちょいちょいです。こんくらいです」

 

 博士は片手をレミアの前にあげて、その人差し指と親指でわずかな隙間を作りました。

 そのままニコッと笑って、

 

「これはあくまでそのフレンズと、我々の知能による考察なのですが」

 

 ――――〝サンドスターは、過去と未来へ行くこともできるのですよ〟

 

 博士のその言葉に。

 

 レミアは耳を疑い、言葉にならない驚きの声を上げ、目を見開いたまま固まりました。

 

「…………どういう、ことかしら?」

 

 やっとのことでそれだけをつぶやいたレミアに、博士と助手は立ち上がって胸を張りながら答えます。

 

「我々が〝博士・助手〟とみんなから呼ばれている理由を見せびらかすのですよ」

「博士、見せびらかす必要はありません。…………まぁとにかく、我々は賢いのでそのことを突き止めたということです」

「ちょ、ちょっと待って、説明が雑すぎるわ」

「まだ説明していないのです」

 

 博士と助手は二人で向き合い、その真ん中を指さしました。

 

「いまわれわれが居るのがここなのですよ」

「それで、博士の居る側が過去、私のいる側が未来だとします」

「サンドスターは〝動物だったもの〟をフレンズ化することもありますが――――」

「明らかに、我々の知りえない動物がフレンズになっているケースもあったのです」

 

 博士と助手はその後も何事かと解説をしてくれましたが、それを聞いていたレミアとアライさんにはチンプンカンプンで。

 

「あぁー……博士たちー、すごいけどさー。それ気づいても大丈夫なことなのかなー」

 

 フェネックだけは理解したような様子で、そう言い放ちました。

 

「とにかく、理由はともあれ条件を満たせば過去に行けるかもしれないのです」

「方法はまだわかりませんが〝実際に体験している〟フレンズが居て、そしてレミアがフレンズであり、レミアの死んだ時期にもサンドスターが存在しているのならば、不可能ではないはずなのですよ」

「だから、もっと希望をもって生きるのです」

「必ず住み家へ帰るのです。料理は……それまでにたくさん作ってくれれば、我々は満足なのですよ」

 

 満面の笑みで。

 博士と助手はレミアをまっすぐ見据えながら、そういいました。

 

 レミアは二人の言っている意味がよくわかりませんでしたが、そんな笑顔につられて、小さく肩をすくめながら微笑みました。

 

 

 〇

 

 

 薄暗く不健康で小さな部屋。

 雑多な機械がいたるところに散乱しているその部屋の、机とモニターの前に座る人物は、通信が入ったことを知らせている端末機をそそくさと手に取りました。

 

「はい、こちら西部方面軍以下略のベラータです」

『その辺ちゃんとしたほうがいいわよ』

「どうせカットしますし、相手はレミアさんだと分かってますから問題ないでしょう」

 

 軽快でふざけたやり取りもほどほどに、ベラータは単刀直入に自分の疑問と、そしてこれまで集めた情報の確認をレミアにぶつけました。

 

「レミアさん。あまり驚かずに聞いてほしいのですが、あなたは今現在、俺の集めた情報では死んだことになっています」

『死んでいるどころか死後百年以上経っているわよ。あたしのいるところではね』

「すみません一度通信切ってもいいですか」

『ええ、五分待つわ。その間に頭の中を整理しなさい』

「了解」

 

 通信を切って、ベラータは一度深呼吸して、それから吐きそうになるほど自分が混乱していることを自覚しつつ、とりあえずいつものスナック菓子を口へ放り込みました。

 

「落ち着け俺。…………レミアさん強すぎだろ」

 

 〝強すぎだろ〟にはいろいろな気持ちが込められていましたが、とりあえずベラータはレミアに対する認識を改めることにしました。

 

 具体的には〝東部方面軍の英雄〟という認識から〝東部方面軍の化け物〟にランクアップです。

 自分が死んでいることの報告をあそこまで淡々とできる人間は、きっと化け物並みの精神力に違いない、というのがベラータの考えた最大限の言い訳です。

 

 実際のところレミアは心身喪失しかけていたので全然そんなことはないのですが、奇しくもベラータの知るところではありませんから、どうしても結果だけ聞くとレミアが異常なほどタフな人間に思えてしまいます。

 

「レミアさんは化け物……レミアさんは化け物……うん」

 

 そう唱えるとちょっと落ち着いてきます。化け物なら何が起きてもまぁ想定できるかなと。

 かなり強引に自分を納得させたところでちょうど五分が経ち、レミアから再び通信が入りました。

 

『落ち着いたかしら?』

「俺の頭の中ではかなーりの被害が出ましたが、とりあえず落ち着きました」

『いいことよ。それじゃあ、これからその被害を広げてしまいそうな報告をしていくわね』

「あの、一つ、その前にいいですか?」

『いいわよ』

「その報告ってのは、俺の今までの常識とか当たり前とかの概念をいったん忘れて聞いた方がいい感じのものですか」

『そうね。きっとそうよ』

「了解です」

 

 それから数十分間。

 ベラータはスナック菓子をサクサクぽりぽりと口に放り込みながら、レミアからの報告を聞いていたのでした。

 正気を疑うような報告が相次ぎましたが、常識の一切をかなぐり捨てるつもりで聞いていたベラータは、案外すんなりと受け入れます。

 

「つまり、百年以上の時を超えてこうして通信ができているのは、サンドスターによる作用だと?」

『例の日記に書いてあることと、博士たちの言うことを統合するとそうなるわね』

「〝フレンズを生かすためにあるゆる作用をする物質〟ですか。…………レミアさんを生かすために、サンドスターがこうして時を超えた通信を可能にさせている、と」

『きっとそうね。初めてこの通信をあなたに繋げられた時も、山が噴火した直後だったわ』

「なるほど」

 

 頷き、手元のキーボードを猛烈な速度で叩き。

 ベラータは自分自身がモデリングしたジャパリパークに、新たにサンドスターの概念を埋め込みました。

 

 未だにブラックボックスの多い概念ですが、レミアから聞いた丁寧な情報と、これまで自分がため込んできたあらゆる分野の知識とを統合していき、

 

「……やっぱり、随分と興味深いものがまだまだこの世の中にはあるんですね」

 

 今自分の生きている世界のどこかにも、ケモミミ少女の住む楽園があることを確信して喜んだのでした。

 

 そうです。ワクワクしているのです。

 端末の向こうに居る女性は百年の時を超えて蘇り。

 そして百年後の未知の技術にあふれた場所があり。

 

 その上、ケモミミ美少女の楽園が広がっている。

 

「ふふ……たまりませんね」

 

 ついいつもの癖で独り言を呟きながら口元をほころばせていると、通信機の向こうから改まった様子で、レミアの声が聞こえてきました。

 

『ねぇ、ベラータ』

「どうしました?」

『まだこのジャパリパークに人がいた頃、その、パークの人間が何を想っていたか、あたしはこの日記から知ることができたわ』

 

 それは、何かを決意したような声でした。

 

『どんな想いかわかるかしら?』

 

 まるで楽しいいたずらを思いついた子供のような声で、レミアは問いかけます。

 ベラータはフッっと軽く笑うと、分かりきったことを訊かないでくださいよ、と前置きして。

 

「――――人は本気で、フレンズのみんなを守ろうとしていたんですよね」

『そうよ。でも叶わなかったの。だからこの日記を大切に遺した』

「…………なるほど、そういうことですか」

 

 ニヤついた笑みはそのままに。

 すうっと目を細めます。

 

 人はジャパリパークを守ろうとした。

 フレンズのみんなを守ろうとした。

 

 でも叶わなかった。最後まで居ることができず、パークから退去するしかなかった。

 代わりに意思を託すつもりで、廃棄したパークに日記を残した。

 

 そして再び、そんなジャパリパークに人が訪れたのならば。

 

『あたし達は思ったよりも大事な役目を任されたそうよ』

「ケモミミ少女のためなら、俺はなんだってしますよ」

『……そうね。あたしもせいぜい、二度目の人生を上手に使うわ』

 

 百年の壁を越えて。

 一人の兵士と、一人のオペレーターは、お互いに小さく笑みをこぼしたのでした。

 

 

 〇

 

 

「本当に日記、持って行ってもいいの?」

「どうせ我々には読めないのですよ。レミアがじっくり読んで、またここへ来た時に教えてほしいのです」

「ついでにドーナツもまた作るのですよ」

「えぇ、わかってるわよ」

 

 レミアは肩をすくめながら笑顔でそう言いました。

 

 朝日がゆっくりと森林を温め、木漏れ日が土の道に降り注ぐ気持ちの良い朝。

 図書館の前ではアライさんとフェネック、そしてレミアが博士たちとの別れの挨拶をしていました。

 

「博士、言い忘れてたのだ!」

「どうしたのですかアライグマ」

「山に入りたいのだ! お宝? が眠っているそうなのだ」

「?」

 

 アライさんの言葉に博士は首をかしげただけだったので、フェネックが丁寧に捕捉をします。

 

「というわけで、山に入りたいのさー」

「あそこは神聖な場所なのですよ。そんな理由で入れるわけには――――」

 

 言い淀んだ博士のコートを、ちょんちょんと助手が引っ張りました。

 

 極々小さい声でやり取りします。

 

「博士、もしかすると四神の位置のことを示しているのかもしれませんよ」

「え? そうなのですか?」

「分かりませんが、そうだとしたらすごい情報です。後をつけるのもアリです」

「むぅ……だとしたら、アリなのです」

 

 二人は小さい声でやり取りをしていましたが、その内容をフェネックはばっちりと聞き取っていました。

 さすがの耳です。伊達ではありません。

 

「フェネック、アライグマ」

「どうしたのだ!」

「山へ入るのを許可するのです」

「おおー! 博士も太っ腹なのだー!!」

 

 嬉しそうにそう叫ぶアライさんの横で、フェネックは何も言わず、しかし静かに微笑みました。

 

「それじゃあ、そろそろ出発するわね」

 

 レミアの一声で、アライさんとフェネックは前を向いて歩きだします。

 レミアもついて行こうと振り返った時。

 

「レミア」

 

 博士に呼び止められました。

 

「どうしたの?」

「最近、ハンターたちの間でよくないうわさが広がっているのです」

「……よくない噂?」

「サンドスターも異常なほどに出ています」

「注意するのですよ。セルリアンに食べられると、どうなるかわからないのです」

「過去に戻ることもできなくなるかもしれません」

「わかったわ。ありがとうね」

「……我々はおかわりを待っているのですよ」

「だからかならず、またおいしいドーナツを作るのです」

 

 そう言う博士たち二人に、別れの言葉の代わりとして。

 レミアはひらひらと、左手を振って答えました。

 

 




次回「ぺぱぷ!」
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