【第二期完結】けものフレンズ ~セルリアンがちょっと多いジャパリパーク~ 作:奥の手
じりじりと照り付けていた太陽が沈み、明るい月とわずかな夜風の吹くサバンナの夜は、それはそれはすごしやすい気候でした。
雨季や乾季の存在するこの地方は時々肌寒い夜もありますが、今日は別段凍えることもなく、とても心地のよいものです。
そんな月明かりに照らされるサバンナの草原を、一人の女性が歩いています。
背の高い女性です。肩より少し長い茶髪に、切れ長で灰色の瞳。動きやすそうな黒のタンクトップに、迷彩柄のカーゴパンツをはいています。
恰好からして〝戦う人〟という雰囲気がにじみ出ていますが、その雰囲気通りの代物が、両手には握られていました。
大きなライフルです。大口径で、一発撃つごとに排莢と給弾を手動で行う必要のある〝ボルトアクション・ライフル〟と呼ばれているものでした。
また両腰のホルスターには旧式のリボルバーが二丁、女性の歩調に合わせて調子よく揺れています。
まるでどこかの戦地から赴いてきたかのような出で立ちで、女性は草を踏みしめながら歩いていました。
その顔に不安と疲労、そして何より〝ココはどこ?〟という疑問符たっぷりの表情を浮かべながら。
○
しばらく歩いていると、向かう先で何やら声が聞こえました。
若い、というよりはむしろ子供のような声がします。
「…………?」
目を細めながらゆっくりと、女性はライフルを握りしめながら進みます。警戒の色が濃くなりました。
ごっつい軍用ブーツで足元の草を音もなく踏みつつ、静かに慎重に、声の主達へ近づいて行きます。
ライフルのセーフティーは外され、いつでも引き金を引ける状態です。
ほどなくして声の主たちを見つけました。
「こっち! こっちなのだ!」
「それはわかるけどぉー急いで追いかけなくったって――――ん?」
そこには人影が二つありました。
地面に鼻を近づけてクンクンとにおいを嗅いでいる彼女は、全体的に灰色っぽい印象。
薄い青色の生地でできたシャツと紺色のスカートに、髪は黒とも灰色ともつかない毛束が、何かの動物の顔を描くかのように入り混じっています。そしてその頭の頂点には丸っこい耳が。
一方で、その後に立っているのは薄いピンクのカーディガンに白いスカートの少女。頭には同じく大きくとがった耳を生やしていました。
そして二人とも、お尻の少し上あたりからふさふさの尻尾を生やしています。
「…………」
「…………」
「…………」
人のような、そうじゃないような様相の二人は、銃を持った女性を見て固まり、銃を持った女性もまた二人を見て固まりました。
そのまま数秒。
時が止まったサバンナの夜に、ゆるく暖かな風が吹いて――――。
「早く追いかけるのだぁー!」
「いやさすがに気にしようよぉアライさん」
灰色の〝アライさん〟と呼ばれた方が大声で叫びながら走り出そうとしたところを、黄色い耳の少女が服の首元をひっ掴まえて止めました。
「ぬぉあ! フェネックやめるのだぁ!」
「でー、あなたは誰? なにか用ー??」
襟をがっしりと掴まれてパタパタしているアライさんから目を離して、フェネックと呼ばれた少女は銃を持った女性に尋ねます。
よく言えば落ち着いた、悪く言えばやる気のなさそうな声です。
女性は今なお口を開けて固まっていましたが、はっとして何度か首を振ると、ライフルを下ろして安全装置をかけました。
「あ、あたしは…………あれ? いや、思い出せないの。気が付いたらここにいて」
「いつの話ー?」
「ついさっき……かしら?」
「おぉー。じゃあきっとサンドスターから生まれたばかりだねー。めずらしー」
「……?」
気の抜けるような声でフェネックはつぶやきます。
女性に説明しているというよりは、自分で納得するために口にしている感じでした。
「あ、いや、えっと……何が何だかわからないんだけど、とりあえずその子、離してあげたほうが良くないかしら?」
「ん?」
首をかしげながらゆっくりと視線を落としたフェネックは、
「うわー、ごめんねーアライさーん」
首が締まって青い顔をしていたアライさんから、のんびりとした口調とは裏腹に慌てた様子で手を離しました。
○
「落ち着いたー?」
「長い付き合いだからってそういう止め方はないと思うのだ……」
「次は気をつけるよー」
げほげほ、と何度か咳をしつつ蘇生したアライさんの背中を優しく撫でつつ、フェネックはライフルを持った女性のほうに向き直りました。
「私はフェネック。こっちはアライグマのアライさん。あなたはー?」
「んんー、名前も思い出せないのよねぇ」
「そうなんだー。…………ねぇー、首にぶら下げてるそれ、なぁにー?」
「首?」
フェネックの人差し指の先を追って女性が首元を触ると、ひんやりとした感触がありました。
ドッグタグです。軍隊に所属する人間が首からぶら下げている、個人証明用の金属プレートです。
楕円形の小さなそれにはいくつかの文字が刻印されていました。
一番目立つところに、一番大きな字で書いてあるものを読み上げます。
「〝レミア・アンダーソン〟……これって、たぶん名前かしら?」
「わぁー。ながーい」
やる気のなさそうな声でそう言ったフェネックは、しかし驚いているのか目を見開いて感嘆の声をあげました。
「でー、あなたは何のフレンズー?」
「フ……〝フレンズ〟?」
「そーそー。私もアライさんもフレンズでー、ここに居る動物はみんな〝フレンズ〟って呼ばれているんだー。で、あなたは思い出せない?」
「えぇ、わからないわ」
「そっかー。〝レミア・アンダーソン〟なんて動物聞いたことないもんねー」
ぽりぽりと頭をかきながらフェネックはつぶやきます。
女性は話が見えてこずに困った顔をしていますが、ふと、そういえば〝レミア〟というのがきっと自分の名前なのだから、とりあえずそう呼んでもらえればいいんじゃないかと思いました。
「ねぇ、フェネックちゃん。あたしのことは〝レミア〟って呼んでくれるかしら」
「名前ねー。いーよー。あー……〝レミアさん〟でもいいー? なんかアライさんのことアライさんって呼んでるから、こっちのほーがしっくりしてさー」
「好きな方でいいわ」
「じゃーレミアさんねー」
フェネックは間延びした声でそう言うと、ん? という顔をしてレミアの持っているものに目が止まります。
そのまま、リボルバーやポーチに視線が映っていきました。
「持ち物ー、どーしてそんなにいっぱい持ってるのさー?」
「これ?」
レミアも、両手に持っているライフルと両腰に下げている二丁のパーカッションリボルバー、そして腰のポーチを順番に視線で追いました。
自分がなぜこんなところに居るのか記憶が全くありませんが、これらをどうやって使うのか、何に使うのかはしっかりと覚えているようです。
ただどうしてこれらを持っているのかは、レミアにもわかりませんでした。フェネックの質問には答えられません。
レミアは顔を上げるとフェネックの目をしっかりと見定めて、それから柔らかな笑みを浮かべながら言いました。
「ねぇ、あなたたち、どこかへ行こうとしていたんでしょ?」
「私は別にー。でもアライさんが急に〝追いかけるのだー!〟って言いだして」
「そうなのだ! あいつらを追いかけないと大変なことになるのだ!!」
すっかり元気になったアライさんは体の前でこぶしを握りつつ、レミアを見上げて叫びました。
そうかと思うと今度は首をかしげて訊ねます。
「でも、レミアさんはどうしてそんなことを訊くのだ?」
「ついて行こうかしら、と思って」
「アライさんにか? そうなのかぁ!? わ、わぁ、フェネック! 聞いた!? 聞いたか!?」
「アライさん落ち着いて……レミアさーん、どうしてまたそんなことをー?」
「あたし何も思い出せないしさ。ここがどこだとか、君たちが誰なのかとかいろいろ気になるけど、あたし考えるの苦手なのよ。面白そうだからついて行こうかなって」
「ふーん」
フェネックは首をかしげつつも、口元には小さく笑みが浮かんでいました。
「私も、アライさんについて行こうかなー。レミアさんが何のフレンズか気になるしぃー」
「うえぇ!? フェネック、ついてくる気じゃなかったのか?」
「さっきまではね」
「ア、アライさん悲しいのだ……泣きそうなのだ……」
「まぁーまぁーアライさん。もうついて行くことにしたんだからさー、泣かない泣かない」
「そうなのか! ついて来てくれるのか!? わかった、じゃあ出発なのだ!!」
月の光が降る青白い夜。
短い草と乾いた土の大地に鼻を引っ付けながら、フガフガとにおいを嗅いで進むアライさんを先頭に。
黄色く長くとがった耳に、ふさふさの尻尾を持つフェネックと。
黒いタンクトップに迷彩柄のズボン、でっかいライフルと二丁のリボルバーを持つ背の高い女性が。
夜のサバンナを旅立ちました。
○
「ところでお腹すいたのだ! ジャパリまん食べたいのだぁー!」
「夕方も食べたじゃーん? そんなにたくさん食べるとお肉がついて動けなくなるよー?」
「うぅ……それは嫌なのだ。でもお腹すいたのだぁ! ほら、レミアさんも!」
「あたしは別に……」
「うぇっ!?」
「でも、あなたたち食料とかどうしているのかしら? 〝じゃぱりまん〟……よね、それって何?」
「ジャパリまんは食べ物なのだ! おいしいのだ!」
「フェネックちゃん、ジャパリまんって何?」
「このパークに出現する、柔らかくておいしい食べ物かなー。詳しくは私も知らないんだけどーなんか気が付いたら近くにあったりとかー、土の中に埋まってたりするんだ―」
「不思議ねぇ」
「そーだねー。まぁ食べるものには困らないよー」
「アライさんは今困っているのだ―! お腹すいたのだぁー! …………ん?」
「「あ」」
アライさんの目の前には。
地面に半分突き刺さった緑色のジャパリまんが三つ、ホクホクと美味しそうな湯気を立てていました。
次回「せるりあん!」