新機動戦記ガンダムSEED DESTINY  -白き翼‐   作:マッハパソチ

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戦士たちは一時の休息を得る。

その日、少年は運命の出会いをする。





      Rest to next battlefield(後編)

明朝、まだ太陽が顔を出したばかりの頃、

ディオキアの薄暗い空へと飛び立つ一機のモビルスーツの姿があった。

 

その機体―――ウィングゼロのコックピットにヒイロ・ユイはいた。

何故ヒイロがこんな時間にディオキアから飛び立ったのか、

その理由は昨日の夜へと遡る……――――

 

 

 

デュランダルとの対談を終え

ヒイロがゼクスと共にしばらく通路を歩いていたとき

ゼクスに頼まれごとを言い渡される。

ヒイロがその内容について尋ねると

 

『明日ウィングゼロに乗り、ある場所へと向かってくれ。

………私はミネルバの配属となる為ここを離れる事が出来ない』

 

『………ミネルバに?』

 

『そうだ、詳しい内容は後でウィングゼロへ送っておく。

 それと………これを』

 

ゼクスは白色の便箋を取り出し、ヒイロへと差し出してきた。

受け取って見ると、宛名に男性の名前が書かれているのが分かる。

 

『これは?』

 

『紹介状だその場所に着いたらその人へ渡してくれ

 この世界に来て私が世話になった人だ。

 それを見せればお前にも手を貸してくれるはずだ』

 

渡された便箋を見つめヒイロはしばらく考えた後

ヒイロは

 

『……了解した。それで俺は何処へ向かえばいい?』

 

『その場所は―――……』

 

 

 

そして今、ヒイロはコックピットのモニターを眺め

ゼクスから送られてきた内容を確認している。

そこには内容と共に昨日ゼクスから告げられた目的地の地図画像が映し出されている。

その場所は何の因果が働いたのかは分からないが、

ヒイロが当初目的としていた場所―――ザフト軍拠点基地ジブラルタルであった。

 

 

 

 

ディオキアに着いた翌朝、

シン・アスカが朝食を摂る為に

階層を移動するべくエレベーターへ向かうと

同僚であるルナマリア・ホークと鉢合わせになる。

 

「おはよう、ルナ」

 

「……………」

 

シンが声を掛けるが返事が返って来ない。

どことなく機嫌が悪そうである。

 

「ルナ? どうしたの?」

 

「……っ! 別に何でも無いっ」

 

何でも無くなさそうであるが

とりあえずこれ以上追及をするのは止めることにした。

 

 

ホテル内のダイニングまで移動してくると

昨日知り合ったゼクス・マーキスがいるのが分かる。

既に食事を済ませたのか彼の座るテーブルには

コーヒーカップだけが置かれている。

 

「「おはようごさいます」」

 

「……ああ、おはよう」

 

シンとルナマリアは彼の前に立ち敬礼をしながら声揃え挨拶をする。

それに気付いたゼクスが二人に挨拶を返してきた。

 

「シンと……確かルナマリアだったな。

……アスランとレイという少年は一緒ではないのか?」

 

「レイなら昨日の内にミネルバに戻りましたけど

 隊長は―――」

 

「隊長ならまだお部屋にいると思いますよ。

 何だか朝からとっても楽しそうでしたから」

 

ゼクスの質問に対しシンが返答しようとすると

ルナマリアがそれを遮るように棘のついたの返事を返す。

何故これほどまでに彼女が不機嫌なのか、

どうやら原因はアスランにあるようだ。

 

一体何があったのか

シンがその事について聞くべきか、

聞かないべきか迷っていると

 

「……―――それでね その兵士の方が私に言うの……」

 

「それはいいから、少し離れて歩いてくれ」

 

今話題に上がっていたアスラン・ザラが入って来るのが見える。

ラクス・クラインが腕に抱きついた状態で……。

 

アスランもシンたちに気付いたのか慌ててラクスを引き剥がす。

 

さらにそんな彼らの後ろからスーツを着た男

ラクスのマネージャーと思しき人がやって来た。

 

「今日の打ち合わせがありますので、ラクス様はあちらへ」

 

「えーーっ!?」

 

ラクスは男の申し出に不満の声を上げる。

 

「申し訳ありませんが、どうかお願いします」

 

「……仕方ありませんわね。ではアスラン、また後ほど」

 

男がどうしてもと頼みこむと

彼女もやむを得ないといった様子で納得し

最後にアスランに声を掛けるとその場を去って行く。

 

ラクスが去った後、アスランがシンたちの下へ近づいて来た。

シンは先ほどゼクスにしたように彼へも挨拶をするが

隣にいるルナマリアはそっぽを向いて、目も合わせようとしない。

 

 

「揃ったか……実はここで君たちを待たせて貰っていた」

 

レイ以外のパイロットたちが揃ったところでゼクスは話し出す。

三人がゼクスの方に注目すると、

 

「議長の命令で明日から君たちの艦

 ……ミネルバに配属される事になった」

 

「「え?」」

 

ゼクスの何気なく言った言葉。

しかし、シンとルナマリアは告げられた事に戸惑いの声を上げる。

アスランもまた、声こそ出さなかったものの、

その表情からは二人と同様の反応が窺える。

 

ミネルバに配備されている中で搭乗者のいるモビルスーツは

インパルス、セイバー、ザクウォーリア、ザクファントムの4機。

数としては少ないが、どれもがザフトの強力な機体であり、

また、パイロットたち個々の能力も高く、戦力としては申し分ない。

 

さらに、こちらの方がより重要と為ってくるのだが

現在、ミネルバにはタリアとアスラン、二人の特務隊が所属している。

確かに特務隊『フェイス』はザフトのトップエリートの証であり

一つの部隊の中に複数の特務隊が属することは

表面的には良い事の様に思えるが、そうではない。

独自の指揮権限を与えられている特務隊が複数名所属するという事は、

指揮官がその数だけ部隊にいるという事になり、

指揮の統一が困難となる惧れが出てくる。

 

ミネルバではタリアが艦の指揮を、アスランがモビルスーツ隊の指揮を行い

役割を分担することで、隊の統制は保たれているが、

それが三人になれば統制の乱れとなるのではと懸念される。

 

ゼクスのミネルバ配属を指示したデュランダルの意図が何なのか、

三人には知る由もない。

 

「艦の方へも後で着任の挨拶に伺うつもりだ。

 ……新参者だがよろしく頼む」

 

伝える事を伝え終えると

ゼクスは席から立ち上がり、

三人の下から離れ、ダイニングを出て行くのであった。

 

 

 

 

その日の午後、

アスランはミネルバの自室でコンピュータを操り、調べ物をしていた。

 

朝食を取り、ミーアを見送り、その後ルナマリアと一悶着あり

朝から気疲れしてしまったアスランはどこに行く気も起きず

ミネルバへと戻って来たのだ。

午前中は疲れを取る為に横になっていたのだが

午後になり、ずっとこうして暇を持て余すくらいならと、

これまで気掛かりであった、ある事について調べようと考えたが、

 

(やはり駄目か……)

 

彼の欲しい情報は何一つ得られないでいた。

 

現在、アスランが調べているのは他でも無い。

アークエンジェル―――キラ・ヤマトたちのその後の足取りと

カガリ・ユラ・アスハの居なくなったオーブの情勢についてであった。

フリーダムとアークエンジェルがオーブの代表を連れ去ったという情報は

既に世界中の勢力に知れ渡っているが

アークエンジェルに関する情報はそれから一切の進展を見せていない様で

またオーブについても何ら詳しい事は知る事が出来なかった。

 

(……キラ、お前は今どこで何をしているんだ……)

 

 

その後も駄目元で情報を探したが、見つからず。

いい加減、気が滅入って来たアスランは気分転換も兼ねて

セイバーの整備でもと、モビルスーツデッキへと移動してきた。

 

デッキ内へ入ると、昨日まで有ったはずのヒイロ・ユイの機体の姿が無く、

代わりに、見慣れないモビルスーツが一機置かれているのが分かる。

紅色を基調とした装甲と翼を持ち、頭部はインパルスやセイバーに似たデザイン。

何処なくヒイロという少年のモビルスーツに似ているが

その外見から見られる雰囲気は、まるで正反対である。

 

アスランはその機体の方へと近づいて行き。

しばらくそれを正面から見上げていると、ある違和感を覚える。

そして、その正体が何なのかは直ぐに理解する事が出来た。

 

「……射撃武装が無い?」

 

右腰に備えられたビームサーベルの柄と左腕のシールドに着けられた鉄鞭、

そして両手部分にあるクローと全てが近接格闘用の装備であり。

その他の射撃武装はビームライフルどころかバルカンの砲口一つ見当たらないのである。

 

「そんなに珍しいかね?」

 

「っ? ……マーキスさん……」

 

頭を傾げながらその機体を見ていると、背後から声が掛けられる。

振り返ると、今朝ホテルで会ったゼクスがいつの間にか近づいて来ていた。

彼はアスランの隣に立つと、

 

「これを設計した者の理想の形なのだよ……この機体は」

 

「理想? 一体誰の?」

 

「……私の親友であった男だ。

 今はもう会う事は叶わなくなったがな……」

 

アスランはその言葉に含まれた意味を察すると

彼へ向き直り、頭を下げる。

 

「あの……すいません」

 

「いや、謝る事は無い。

 その男の意志は、今でもこうして残っているのだから」

 

その彼の瞳からは悲壮感など微塵も感じ取れない。

ただ、強く気高い意志だけが宿っていた。

 

 

しばらく、デッキでゼクスと会話をする。

自分の事をマーキスと呼ぶアスランにゼクスと改める様に言うところから始まり。

先ほど艦長のタリア・グラディスとレイ・ザ・バレルへ挨拶をしてきた事、

目の前にある機体がエピオンという名である事などをゼクスは話してくれた。

 

会話が途切れたときを見計らい、

アスランは気に為っていたことを聞いてみる事にした。

 

「あの、一つ聞いてもよろしいですか?」

 

「何かな?」

 

「朝は聞けなかったのですが。

ミネルバへの着任は何か理由があっての事なのでしょうか?

……私には議長の考えがよく理解できないものですから……」

 

「ふむ……君はこれから予定はあるか?」

 

少し考えるそぶりを見せると、ゼクスはアスランへと問い返してきた。

 

「いえ、特にはありませんが……」

 

「それなら君の部屋へ案内してくれないか?

 そこで全てを教えよう……、

 議長の考えも、私がここへ来た訳も教えてやれる」

 

 

アスランはゼクスと共に自室まで戻って来た。

部屋の中へと入ると、ゼクスが一つのメモリデバイスを差し出してきた。

 

「この中に私がこの艦へ来た理由が入っている」

 

それを受け取るとコンピュータを起動させる。

ゼクスから受け取ったメモリを挿し入れると

画面に映し出されたのは戦闘シミュレーションのプログラム。

 

「……さあ、始めてくれ」

 

このシミュレーションを行うようにと、ゼクスが促してくる。

未だゼクスの意図が掴めないが、セイバーの戦闘データを使い、

とりあえず言われた通りにシミュレーションを開始する。

 

画面に現れたのは連合軍の量産モビルスーツのウィンダム。

数は2機、どちらもジェットストライカーを装備している。

2機は右と左に別れて、左にいる方が若干先行している。

一見、何の問題も無いように思えるこのシミュレーション

アスランは、この艦のどのパイロットでも

容易に熟せる内容であるという見解だった。

 

しかし、その見解はすぐに改められることに為ったのだった。

 

アスランは左を先行している方の一機に自機を接近させ、ビームライフルを放つ。

通常の戦闘ならこの攻撃でその一機は仕留めていたはずであるが、

 

「回避されたっ!?」

 

敵機の回避行動がアスランの予想よりも遥かに早い。

さらに回避しながら、数発のビームライフルをこちらへ放ってくる。

そのどれもがアスランの機体を的確に捉えている。

アスランは敵の攻撃を回避する為に右へ右へと移動していく

そこへ、もう一機のウィンダムからビームライフルとミサイルを一斉に放ってきた。

アスランは機体を急上昇させその弾幕を何とか切り抜けるが

もう一方の先ほど仕留められなかったウィンダムが眼前に回り込んでおり

既にビームサーベルをこちらへ向け振り被っている。

咄嗟にシールドでそれを防ごうとするが間に合わず、

アスランの操る機体は為す術も無く切り裂かれた。

 

シミュレーションが自機の撃墜という形で終了した。

 

「それが私がここへ来た理由だ」

 

その結果に唖然とするアスランにゼクスが告げる。

 

「これが理由? 一体どういうことですか?」

 

「君はガルナハンで見たのだろう、あの3機を」

 

ガルナハンの3機。ローエングリン突破作戦の際、

陽電子リフレクターを有する連合の巨大モビルアーマーを

砲台から引き離した後に現れた妙なモビルスーツ。

アスランとシンが撃墜に臨んだが、終ぞ落す事が出来ず

ヒイロのモビルスーツによって破壊された、あの3機。

ただ、それが今のシミュレーションとどう関係しているのか

アスランには分からない。

 

「今のシミュレーションの敵が実際の戦場に出てきたとしたら

 ……君はどう思う? アスラン」

 

「っ!! まさか……!」

 

その質問でようやくゼクスの言いたい事が理解できた。

 

「今戦ったものが戦場にも出てくると……そう言う事ですか?」

 

「そうだ。まあ、今のはその中でも『最強のデータ』だったがな。

 ……では、次はこれを行ってみてくれ、君の腕は先のもので把握した。

 君の腕なら問題なく熟せるだろう」

 

そう言ってもう一つメモリを取り出し、手渡してきた。

アスランは先のメモリをコンピュータから抜き取り、二つ目のものを入れる。

 

先ほどと同じように戦闘シミュレーションが起動され

これもまた同じ様に2機のウィンダムが相手である。

アスランはそのシミュレーションを開始した。

 

ゼクスは彼の姿を後ろから眺める。

彼が今行っているシミュレーションプログラムは

対モビルドール用にゼクス自らが作ったものだ。

そして、先ほどアスランが戦った2機には

二人のガンダムのパイロットの戦闘データが流用されていた。

先行していた方には、あの『ヒイロ・ユイ』の戦闘データが

そして、残りのもう片方には、

ガンダム03のパイロット『トロワ・バートン』のデータが

それぞれ使われていたのだ。

撃墜されたとはいえ二人のガンダムパイロット相手に

初見であれだけの対応が出来る者などそうはいない。

ガンダムのパイロット相手では

ほとんどの者は彼らに遭遇すれば何も出来ずに撃墜されてしまう。

ゼクスはアスランの戦士としての資質は称賛に値するものだと感じた。

 

ゼクスがそんな想いに耽っていると

丁度、アスランがシミュレーションを終えたところで

今度は見事に勝利を収めていた。

 

「どうだった?」

 

ゼクスはアスランに今回の手応えを尋ねる。

 

「はい、一般の連合兵よりは手強かったですが、

 さっきみたいに倒せないものではないです」

 

「そうか、これからの戦場では君が今戦ったものに近い機体が出て来るはずだ。

 それも一機や二機では済まない数がな……それに対抗する為に私はこの艦へ来た、という訳だ」

 

ようやく全ての事に納得がいった。

少数精鋭部隊のミネルバだが

これほどの性能を持つ敵がいるのなら今回の補充にも肯ける。

ミネルバはザフトの新造艦であり、他に代えが利かない。

加えて、ミネルバのグラディス隊は

今やザフトの中でも主力の部隊と為っている。

それがもし撃沈することがあればザフト全体の士気は一気に低下するだろう。

この艦を沈めさせ無い為にデュランダルは

今回この男 ゼクス・マーキスをミネルバへと寄越したのだ。

 

 

それからゼクスはこのメモリと同じものが、近々ザフトの全部隊に配布される事や

傭兵の少年ヒイロ・ユイが助力してくれる事になった事などを教えてくれた。

ヒイロの件では、先ほどデッキに彼のモビルスーツが無かったことを尋ねると、

 

「ヒイロならジブラルタルへ向かわせた」

 

「ジブラルタル? ……一体何故?」

 

「それは奴が戻った時に分かるはずだ」

 

そう答え、詳しい事を教えてくれなかった。

 

アスランはゼクスに対し、ある疑問を抱いた。

アスランとてザフトの全兵の顔など知らない。

知らない兵の方が多いくらいだが、

この目の前の人物を、ここまで聡明なザフト兵の存在を

今まで知ら無かった事が不思議に思えたのだ。

 

「ゼクス……あなたは―――」

 

何者なのか、と口にしようとしたその時、

コンピュータが通信を報せる音を鳴らし、聞きそびれてしまう。

アスランは目の前のそれを操作し通信を繋ぐと、

画面に艦長のタリア・グラディスが映し出された。

 

「艦長? 何かあったんですか?」

 

アスランが尋ねると、

 

『先ほどシンからエマージェンシーが送られてきたわ。

 アスラン、悪いのだけれど向かっては貰えないかしら?』

 

「シンが? ……分かりました。すぐに向かいます」

 

『ありがとう。助かるわ』

 

通信が切られると、ゼクスに向き直り、告げていく。

 

「すいません。少し用事が出来てしまいました」

 

「ああ、構わない……部下が待っているのだろう?

 早く向かって上げたまえ……私もこれで御暇する」

 

 

アスランはゼクスと別れ、シンを迎えに行く為に歩き出していった。

 

 

一人になったゼクスはエピオンの前へと戻って来ていた。

ゼクスは語りかける様に自らの機体を見上げる。

 

そして今、彼の瞳に映っているのは……。

 

 

 

 

ミネルバにエマージェンシーを送った後、

近くの岩陰で暖を取りながら、

シンはその少女―――ステラと背中合わせに座っていた。

 

 

ホテルを出た後、一人ツーリングに出かけていたシンは

休憩の為に立ち寄った崖上から黒海を眺めていると

偶然にも同じ場所にいたこの少女が

崖下の海へ落ちて行くのを見てしまった。

慌ててシンも海へと飛び込み

暴れる少女を何とか助け出したが、

少女を担ぎ、近くの岩壁まで引き上げた際に、

 

『死ぬ気かっ!? この馬鹿っ!』

 

シンがそう叱咤したとき、少女の様子が一変した。

 

『……死? ……死ぬ? ……ぬのは……し………や』

 

『おいっ? どうした?』

 

心配したシンが、少女に声を掛けると、

 

『っ! 死ぬのは、いやぁぁっっ!!!』

 

『っ!? 何だ? って、おい待てっ、そっちに行くなっ!!』

 

『死ぬのは、いやっ、怖い……死ぬのは―――』

 

再び少女が暴れ出した。だが、それは溺れていたときの比では無かった。

何かに取り憑かれた様に『死』への怖れを口にしながら、

泣き喚き、少女はその場を離れ海へと歩いて行く。

錯乱状態に落ちっている所為か徐々に深くなる水位にも気付いていない。

シンが少女に抱き付き、必死にその場に押し留めようとするが少女は暴れ続ける。

 

『ネオ、ネオぉぉっっ!! 助けてぇっ!! 死……―――』

 

『っ!!』

 

気がつくとシンは少女を強くたぐり寄せ、優しく抱き締めていた。

 

 

『大丈夫だから、君は死なない……君は俺が守るから。

 だから、君は死んだりしない』

 

そして、自らの想いを少女に伝えていた。

 

戦争の所為で何か怖い思いをしたのだろう、

誰かが死ぬのを見てしまったのだろう、

その事いつまでも忘れられないのだろう、

自分がそうであったように

その痛みを、悲しみを、怖さをこの少女も知っている。

 

そう思ったときシンは言わずにはいられなかった。

死んだ妹にそう言ってやれなかったから………。

 

『ま……もる?』

 

『そう、守る。君の事はちゃんと俺が守るから』

 

『……守る……』

 

言葉が届いたのか、少女はシンへと聞き返してきた。

少女の瞳を見つめる シンの瞳は強い想いに溢れている。

その確かな想いは少女にしっかりと届いた。少女の心へと……。

 

 

そして今、日は既に落ちて、暗闇が拡がり

明りはシンがくべた焚き火のだけ。

ミネルバからの救助を待ちながら

シンは背中越しに座っている少女に

焚き火に薪をくべらせながら話しかけていく。

 

少女の名前がステラであること、

ディオキアの街の住人で無いこと、

少女――ステラには他に何人かの知り合いがいること、

ここまでステラから彼女自身の身元に関することを聞いたが

どうにもはっきりとしない。

 

とりあえずシンは他に何か聞き出せないかと会話を繋げていく。

 

「俺 シン。シン・アスカって言うの……分かる?」

 

「……シン?」

 

「そう」

 

「シン、ステラを守る。ステラ、死なない?」

 

先ほどシンが掛けた言葉を

もう一度、ステラは聞いてきた。

 

「ああ、守る。君は死なないよ、絶対に」

 

シンもさっきと同じように言葉を返してあげると

ステラはおもむろに立ち上がり、

 

「……シン、“これ”上げる」

 

シンの方へ何かを差し出してきた。

少女の手のひらの上には

小さな桜の花びらのような貝殻がのっていた。

 

「? これをくれるの?」

 

「うん……助けてくれた 御礼」

 

「……ありがとう。大切にする」

 

シンがステラの手から貝殻を受け取ったそのとき

 

 

「シーーン、いたら返事をしろーー!」

 

 

エンジン音と共にアスランの声が聞こえた。

 

「っ! ……何?」

 

突然の物音に驚いたステラがシンにしがみ付いて来る。

 

「大丈夫……助けが来ただけだから」

 

安心させるように言葉を掛けると

シンはステラの手を引いて、岩陰から出て行くのであった。

 

 

 

 

「君は本当にやらかしてくれるな。色々と」

 

アスランはシンたちをボートに乗せると

第一声に説教の言葉を述べる。

 

「すいません……」

 

「それで、その子は?」

 

頭を下げるシンを見て、これ以上うるさく言うのは止めることにした。

代わりに、シンの隣にいる少女について尋ねていく。

シンはアスランに海で溺れているこの少女を発見し、

助けたのは良いが、崖の下から動けなくなったと話してくれた。

アスランはさらに少女の身元について尋ねると、

 

「分かりません。名前はステラっていうんですけど、他には何も……」

 

「この街の子か?」

 

「いえ、違うみたいです。

でも、戦争で何かあったんだと思います……」

 

「そうか……」

 

その言葉にアスランは沈痛な面持ちをする。

こんな世の中だ、少女の様な境遇を持つ者は巨万といるだろう。

しかし、実際に目の前にすると、言葉を失ってしまう。

 

「……名前以外に何かわからないのか?」

 

アスランの問いかけにシンは首を横に振る。

 

「そうか、名前しか分からないとなると、

 基地に行って身元を調べて貰うしかないな……」

 

丁度その時、ボートが陸に近づいたときだった。

 

 

「ステラーー!! どこだーー!!」

 

「おーい、ステラー!」

 

少女の名を呼ぶ声がする。

ボートから視線を向けると崖の上に二人の少年がいるのが見えた。

彼らの近くにはオープンカーが停車されている。

 

 

陸へと上がったシンたちは軍用のジープに乗り込み、

先ほど少年たちがいた崖の方へと車を走らせる。

 

しばらく、行ったところでオープンカーが対向車線から近づいてきた。

 

「あれだ」

 

シンの声と共にアスランがブレーキを掛け、

クラクションを鳴らし、その車に停車を促す。

ジープから数メートル後方の位置で彼らは止まってくれた。

 

「スティング! アウル!」

 

車から降りるとステラは彼らの方へと駆けだして行く。

 

「ステラ! 何でお前―――」

 

「しっ、黙ってろ。アウル」

 

向こうからも二人が降り、こちらへと近づいてくる。

緑色の髪をした、切れ長の目の少年がシンたちに話しかけて来る。

 

「スティング、シンが助けてくれたの。ステラのこと守るって」

 

「そうか。良かったな」

 

そのスティングと呼ばれた少年は近づいてきたステラの頭を撫でると、

 

「どうもすいません。御手間をおかけして」

 

そう言って、こちらに頭を下げてきた。

シンがスティングにステラが海に落ちた事などを話す。

 

「この子のこと何もわからなくて、困ってたところだったんです」

 

「そうですか、僕たちもずっと探していたんです。

 けど、見つかって良かった。

 ザフトの人たちには本当に“御世話”になって」

 

(? 何だ?)

 

アスランはスティングの言葉に含みがあった様に感じた。

それに、ステラがアウルといっていたもう一人の少年。

彼が最初にこちらを見たとき、その表情に険が混じっていた様に思えた。

 

(警戒されている? 俺たちが軍人だからか?)

 

「それでは僕たちはこれで……ステラ、行くぞ」

 

気に為りはしたものの、

考えている間にその三人はここを離れて行く。

 

「え? シンは一緒に来ないの?」

 

「来る訳無いだろ。さあ、早く乗れ」

 

スティングがステラを車に乗る様に急かす。

 

「でも、ステラのこと守るって……」

 

しかし、ステラはシンの方に視線を向け、不安そうな表情をしている。

そんな彼女を安心させる様にシンが言葉を紡ぎ出す。

 

「大丈夫だよ、ステラ。きっとまた会えるから」

 

その言葉にステラは少しの間顔を俯かせるが

すぐにシンを見つめ返すと、

 

「うん……じゃあ、シンまたね」

 

ステラは最後にそう言うと車へと乗り込んで行った。

車の中からステラはシンの方をずっとシンの目を見つめている。

彼らの車が見えなくなるまで、シンもまたステラの顔を見つめ続けるのであった。

 

 

少年と少女は知らない。

 

戦場の上で再び相見えることを……。

 

                     つづく




第八話(後編)です。

次は等々、ダーダネルス海峡の戦いになります。



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