NARUTO-空-   作:Teru-Teru boy

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夢と火影

 木の葉の里に戻ってきてから1週間。難易度の高い任務を受注することなく、Dランク任務を即座に終わらせれば、やることもなく書店や花屋をぶらぶらと歩く。ソラの表情は晴れない。

 

「なあ、俺、手裏剣百発百中になったぜ」

「嘘つけ」

「嘘じゃねえよ」

「俺は苦無で百発百中だけどな」

「そっちこそ嘘だろ」

 

 まだ幼いアカデミー生が帰り道に他愛もない会話をしているのが耳に入る。ソラにとっては手裏剣や苦無を扱う技術以上に、忍者というものを鑑みて、心にしこりを抱えていた。

 

 火影の顔岩を正面に右手端にある展望台に足が進んでいた。ソラの好きな里を見回せる場所だ。そこでソラは里をぼーっと眺める。

 

 ここは好きな場所であり、嫌いな場所である。この展望台に来てしまうとソラは自分の弱さが出てきてしまうことが嫌いだった。しかし、同時にこの展望台は里を眺められる好きな場所である。

 

 里を眺めていると、木の葉の里に帰ってきた時のことを思い出していた。波の国の任務で自分のことを祖母に相談したときのことを。

 

 

『ソラ』

『何ですか?お祖母様』

『…』

『…』

 

 沈黙する祖母の瞳はまるでソラの心を見透かしているようだった。

 

『あなたはとても優秀ですね』

『そんなことはありません』

『なぜ優秀ではないのでしょう?』

 

 小鳥の質問にソラは答えあぐねる。

 

『私は…』

『ソラは?』

『私は、自分が優秀だとは思えません』

『それはなぜ?』

『…』

 

 どんなに言葉を探しても口からは出ない。自分が優秀だとは微塵も思わない。優秀な忍びはハザマやツカイのことを言うのではないだろうか。ソラは暗い思いをしまいこむ。

 

『私は、…おそらく忍には向いてないのでしょう』

『いえ、私から見ればあなたはとても優秀な忍です』

『そうでしょうか』

『ええ、何故だかわかりますか?』

『いえ、わかりません』

 

 小鳥の言いたいことはわからない。小鳥ほど気遁がうまくは使えない。相手の感情から、相手の思考を読み解く技量が違いすぎる。

 

『ソラ、あなたは自分で自分に今、必要なものをわかっているからです』

『…』

『あなたが今、何に悩んでいるか、それすらあなたは気づいています』

『…』

『だから、あなたは優秀なのですよ』

『…』

『私から言えることは、あと一歩を踏み出すこと、それが難しいのであれば、それができることを考えればいいのです』

『…よく、わかりません』

『あなたは優秀ですよ』

 

 

 小鳥にソラが悩んでいることは見抜かれて、それに必要なことを教えてくれたのだろうけど、ソラはそれを認めることができない。

 

「どうすれば…」

 

 ソラは何をすべきか、何が自分のためになるかを理解しておきながら、それを行動に移さない。移そうとしない。1人になると、こんなにも弱い部分が出てくる。ソラはそれでもその弱さをどこかで吐き出す必要があった。ソラは柵に手を置き、それを枕代わりに頭を埋める。

 

 波の国の任務で相手の忍者の命を奪い、暗殺任務を達成した。今までの任務とはやはり違う。封印術を使用するCランク任務は多く、護衛任務も忍の護衛が分かれば相手は迂闊に手を出してこれなかった。本格的な戦闘はソラに多大な影響をもたらした。しかし、それ以上に頭からこびりついて離れないのは、戦意のない下忍を殺害することだった。気遁で心に触れなければ、自分は悩まなかったかもしれない。ソラは頭を過ぎった仮定の世界の想像をやめる。意味はない。

 

 忍は軍事力。相手戦力と衝突すれば命がけの戦いになる。それを否定しては自分が死ぬだけだ。あのときの選択は正しかった。だが、正しいことをしたと、自分の感情が認識することはない。感情は任務を遂行するとき邪魔になる。

 

 心を殺せ。先人達はそうしてきた。

 

 だが、ソラは目の前の少年と1人の敵忍者を救える可能性があるとわかり、木の葉に導いた。しかし、そのとき触れた敵の忍者、再不斬は心を殺し、任務にはついても完全に自己を失ってはないない。そして感情も持っている。下忍は感情を露わにするのは仕方ないと判断していたが、上忍のカカシやシカクも感情を完全には殺していなかった。

 

 忍も人。ソラはそれをわかってはいるが、もし人としての感情を持ってしまうと、暗殺任務には今後一切、就くことができなくなる。ハザマもツカイも同じ下忍なのに暗殺任務、敵方との交戦で死に至らしめても、自分ほど深い悲しみに囚われはしなかった。

 

 なぜ、こんなにも自分の心は弱いのだろう。

 

 なぜ、同じ下忍の2人は心が強いのだろう。

 

 なぜ、ナルトはあのような状況にあって…

 

 心が最も強いと感じたナルトのことを思い出す。それ以上は想像をしたくない。ソラは自分の心の弱さが嫌いだった。なぜ、みんなと違うのだろう。私は優秀な一族に生まれながら、どうしてこうも戦えないのだろう。

 

「でも…、そうだね。わかってるよ。お祖母様…」

 

 祖母の言うことをソラは理解していた。そして自分に起きている悩みにもしっかりと気づいた。

 

 自己同一性の喪失。

 

 蒼井一族は気遁の性質上、自己の形成に他人が大きく関わる。そのため、いつの日にか自分というものがわからなくなる。自己を見失いかけたソラは、自分の心理的症状を調べ、客観的に看破したが、その心理的状況から抜け出せないでいた。

 

 すべてわかっている。私というものが曖昧で、それをしっかりと地盤に固定するものが必要だ。それを見つければ、私は迷うことはない。ソラはそこまで理解し、自分に必要なものを見返した。必要なのは確固たる信念。ソラには大切な人を守れる忍になるという信念がある。だが、それもまた、他人が九尾の被害で負った心傷に触発された信念である。

 

 それは自分の本当の信念だろうか。

 

 疑い出せばキリがない。結局、ソラは自分がわからなくなる。思考の海に浸り、夕闇も空を覆い始めてきた。

 

「ここにおったか」

 

 周りに気遁を展開していなかったため、いきなり現れた人影にソラは気づかなかった。

 

「お爺様」

 

 祖父の海であった。かなりの高年齢ながらもしっかりとした姿勢で、威圧感さえ感じる厳格さに、ソラは慌てて姿勢を正す。

 

「よい、楽にしなさい」

「はい」

 

 展望台にある椅子に腰掛ける。

 

「自分を見つめ直すのはいいが、それだけでは前には進めん」

「…お爺様、うち若き小娘の感情は見ないでください」

「自分で小娘なぞ言うものではないわ」

 

 海のお節介にソラは即座に反応する。

 

「どうやら相当参っているようじゃな。任務中でも己の心情を殺し、無理して臨んでいるようじゃ」

「…はい」

「説教するわけでもない。楽にしなさい」

 

 それを言われソラは肩から力を抜く。

 

「ソラよ。お主は夢と聞いてどのようなことを思い出す?」

「夢、ですか?」

「ああ、お前じゃなくてもいい。誰かの夢でも構わない」

 

 いきなりの話題の転換だが、ソラは思考を切り替える。

 

 

『火影になって、里のみんなに認めさせてやるんだ!』

 

 

 ソラの頭にナルトが思い浮かんだ。

 

「うずまきナルトか?」

「…はい」

 

 思考を読み取られてむすっとした表情をソラが作る。自分も相手の感情から相手の思考を読み解くが、やはりやられる側になれば嫌なものである。

 

「火影になりたい、とのことです」

「まあ、ワシも知っておる。じゃが、彼の者は火影になりたいだけではないだろう?」

「里の人たちに自分を認めさせる?」

「そうじゃ、それはとても曖昧で抽象的なことじゃが、彼の夢には同時に成せる具体的な目標がある」

「それが、火影になること」

 

 ソラは自分の夢、大切な人を守れる忍とは一体何か。具体的なことが何もないことに気づく。

 

「お主は否定しているのじゃよ。自分の夢も」

 

 ソラは雷に打たれたかのような速度で、地面を見ていた顔を持ち上げる。目線の先には海が微笑んでいた。気遁が海の感情を読み取ってしまう。そこから導き出される思考さえ想像がついてしまう。

 

 やめて。

 

 それ以上は言わないで。

 

 それを言葉にはできなかった。

 

「いつまでも自分を偽り続けるのは良くないことじゃ」

 

 見透かされたことに息を飲む。

 

「そうじゃ、お主は自分の夢には続きがある」

 

 ようやく自分が自分を否定している要因にたどり着いた。わかっていたのだ。わかっていながら、その夢を掲げてくなかった。ただの子どもの我儘だが、ソラはそれをしたくなかった。言いたくなかった。初めてできた友の夢を阻むと勝手に考えていたからだ。

 

「彼に負い目を持つ必要はない。逆に、負い目を持っていればお主は失礼なことをしておる。それはわかるな?」

 

 ソラは息を飲む。

 

「お主は否定していたかもしれんが、”大切な人を守れる忍になる”とのことじゃが、お主にとって大切な人とはどこまでおるのじゃ?」

 

 九尾に殺された人たちの痛みに触れた。

 

 もう二度と悲しむ心を見たくない。

 

 悲しみの感情で包まれる世界が嫌いだった。

 

 誰も悲しむことのない___。

 

「私は…」

 

 ソラは大切な人を守れる忍びになる。ソラが掲げた夢の本質は、”里に住む人たちそれぞれの大切な人さえも守れる忍になる”という、彼女の大きな夢があった。それをソラ自身がずっと否定してきた。口に出すことを阻んでいた。

 

 ナルトが掲げた夢だから。

 

「そうじゃ、お主がその夢を追うということは___」

「私が火影になる」

 

 もうソラは迷わない。

 

 

 

 ソラはナルトを探しに一楽のラーメンへと足を運んだ。ナルトの住むアパートに行く道中にあるからついでに探していると、そこには違う人影があった。

 

「イルカ先生」

「あ、ソラじゃないか」

「イルカ先生はラーメンですか?」

「ああ、ソラも食べていくか?」

「ええっと、用事があるので」

「いいから遠慮すんな」

「ナルトくんにですね…」

「なら丁度いい」

 

 イルカに引っ張られ、一楽の暖簾をくぐると中にはナルトがいた。待ち人来るというよりは待ち人居たという感じだ。

 

「あれ?ソラちゃんもラーメン食いにきたのか?」

「ナルトくん…」

 

 ソラは少し想定外の場面であり、決心したことを告げるタイミングを見失ってしまった。

 

「ナルトに用があったんだろう?」

「…」

 

 何をいえばいいのかわからず、少し黙り込んでしまう。

 

「俺に用?」

「もしかして?」

 

 イルカの言葉にナルトと一楽の店員であるアヤメが反応する。ソラはアヤメの疑心を即座に感知する。

 

「アヤメさん、そういうことではなく。真面目な話なので」

「またまた、馬に蹴られたくないので黙っていますね?」

「人の話を聞いてください」

 

 アヤメはソラがナルトに告白しようとしていると勘違いしてしまったらしい。それをようやく理解したイルカもまた勘違いし、あたふたし始める。少女の一大決心に親心を見せているようだ。

 

「…イルカ先生?」

「ソラ、俺のことは気にするな。うん、空気だと思ってくれ」

「私のこと空気扱いしていた先生のセリフはなかなかにユニークですね」

「ぐはあっ」

 

 ソラの予想外の方向からの攻撃に、イルカが地に手をついてうなだれる。ナルトはそれに目もくれずにラーメンをすする。ソラもまたイルカのお金でラーメンを頼む。

 

「Cランク任務の報酬ですか?」

「ん?んぐ、そうだってばよ!Cランク任務達成で奢ってもらってたんだってば!」

「そうですか…」

「そういえば、俺に何か用なのか?」

「食べ終わったら話します」

 

 ソラは静かにラーメンを食べ始める。隣でおかわりしているナルトはすでに4杯目だ。これではイルカの財布に大打撃である。おかわり1回に替え玉1回頼んでるナルトの腹はもう十二分以上だろう。それでも別腹と言わんばかりに食べる。

 

「ごちそうさま」

「はやっ!?」

「イルカ先生、ごちそうさまです」

 

 俺のお金…、と呟いてうなだれているイルカを半ば無視して、ソラはナルトが食べ終わるのを待った。

 

「イルカ先生ごちそうさま!」

「はいはい、どういたしまして」

 

 元気のなくなったイルカは目から汗を流しながら麺をすする。うまいなあ、と哀愁漂う声には店主のテウチも苦笑いである。

 

「少し席を後にしますね」

「え?ソラちゃん?」

 

 ソラに引っ張られてナルトも席を立つ。さすがにナルトも困惑してこれって告白だろうか、と疑い始める。俺にはサクラちゃんという心に決めた人が…、と呟いているナルトをまったく人気のない場所に連れ出す。

 

「私はナルトくんにどうしても言わなければならないことがあるのですが…、何から話したらいいのでしょうか…」

「ごくっ」

 

 真剣なソラの表情にナルトは直立不動、珍しく姿勢が整う。

 

「ナルトくんには言っていませんでしたが、私には夢があります」

「え?」

 

 考えていたことと違う話の切り出しにナルトは虚を突かれる。

 

「大切な人を守れる忍になることです」

「大切な人…」

 

『人は大切な人何かを守りたいと思った時、本当に強くなれるものです』

 

 白の言葉がナルトの脳裏を横切る。

 

「私は木の葉の里が好きであり、嫌いです」

「え?」

「でも、この里は私にとって大切な人たちの住む場所でもあります」

「…」

 

 ナルトはソラのいつものソラではないことに違和感を覚える。ソラは目を閉じる。自分の言葉を自分で噛み締めているかのようである。

 

「大切な人を守れる忍って何でしょうか?ナルトくんならわかりますね?」

「それって…」

 

 ナルトの視線は自然とソラの背後にある顔岩に移る。ナルトも直感が悪い方ではない。ソラの言わんとしていることを察知できた。

 

「…ソラちゃん」

「ナルトくんは友達です。だから、言っておかなければならなかった」

 

 ソラは目をゆっくりと開いた。

 

「私も火影になりたい」

 

 ナルトの顔が驚愕に染まる。

 

 そして、時が止まるかのように周りの空気が静まるのを2人は感じ取った。

 

 ナルトにとってソラは特別な間柄がある。アカデミー時代に最初に話しかけられ、最初に遊び、最初に友達になった友人。そしてどんなに惨めな思いをしようともソラは決して自分を笑わなかった。もともとソラが笑顔を見せることは少ないが、それでも他人を嘲笑うようなことは一切しなかった。そんなソラだからこそ、ナルトは心を開くことができた。特別な友達、親友といって相違ない。そのソラがわざわざ自分に会いに来て、火影になりたいと言ったのだ。それがナルトには衝撃的であった。

 

「私はちょっと前までナルトくんの夢を応援していた。でも、それは自分の夢を諦めることになる。私は本当は火影になりたかった。木の葉を変えたかったって、思い出した」

 

 ソラの独白を一言一句聞き逃さない。

 

「木の葉が好き。でも嫌いなこともあるから、それを変えたいってナルトくんに会うまでは思ってた。でも、いつの間にか、ナルトくんの夢を応援していて、自分を抑えていました」

「そうだったんだ…」

「でも、もう私は決めたから」

「うん!」

「ナルトくん、今日からライバルだからね」

「わかったってばよ!!!」

 

 一際大声でソラに返事をする。

 

 ナルトは嬉しかった。

 

 ソラは親友ではあるものの、性別が違ったり、近いようで遠い存在と距離感が最も掴めなかった。サスケやサクラとはまた異なり、それでいて距離感を掴み損ねていた。それが一気に縮まり、そして自分を本当に認めてくれている。イルカや第7班のメンバー以上にそれを感じ取った。木の葉丸にもライバル視されたが、それ以上に自分を認めてくれている。

 

 どうしてだろう。

 

 いつも自分を認めてくれている友人。それが不思議でならない。蒼井ソラは自分以上に自分を理解する。でも、ソラだから。それでナルトは結論付けられる。それ以上は別に追求することではない。

 

 そして、もう1つ重要なことがある。木の葉の里が好きであり、嫌いである。その言葉にナルトはさらに共感できた。ナルトにとって木の葉の好きの比重はソラとは真逆だろう。好きな部分は少ない。嫌いな部分が多く見える。でも、ソラも同じように里を嫌いな部分がある。ナルトは自分と同じだ。同じ思いをしているから、すんなりとソラが火影を目指すことを理解できた。

 

「へへっ」

「どうしたの?」

「なんだか嬉しいんだってば」

「そう」

 

 ナルトは手を頭の後ろに組み、にしし、と笑う。ソラはその横を歩く形で一楽のラーメン屋に足を運んだ。

 

 

 

 物陰からナルトとソラの動向を気になって覗いていたイルカは、ソラの決心に驚愕した。そしてそれをナルトに伝えに来ていた。そしてそのことを嬉しいと言うナルト、前にカカシにもうナルトはあなたの生徒じゃないと言われた。その通りだ。人は成長する。イルカはもう、手間のかかるナルトと実は問題児だったソラの成長に感嘆した。そして最もナルトを身近に見てきたイルカにとって、ナルトを認めてくれるソラの存在は嬉しいものだった。

 

「な、なんかちょっと覗いちゃいけなかったような…」

 

 一楽をほっぽり出してきたアヤメは自分の想像とは別の熱い友情に触れてしまったことを後悔した。これって見ないほうが良かったのではと考え、それが口に出る。

 

「あはは、そうですね。無粋なことはやめにして戻らないと…」

 

 イルカは嬉しく笑顔を浮かべるが、その背後はわずかに寂しさがあった。




ようやく主人公し始める。
すごい難産でした。新章として一発目にソラの一大決心を書いておきたく、少しだけ時系列が矛盾したため、回想を使ってみました。

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