この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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エルロード後の閑話です。


100話記念

「0000、0001、0002、0003……」

「1000、1001、1002、1003……」

「2000、2001、2002、2003……」

 

 只管、扉に張り付けられた十マスを押していくと……

 

「7070」

 

 ピッ――と解除音。

 

「フフフフフフフッ……」

 

 ひとり遊びが得意だからこういう単純作業は得意だけど、流石に疲れた。けれど、この疲労以上にこみあげてきた達成感で、笑みが漏れる。

 そうして、封が開けられた金庫を開くとその中に、ゆんゆんは一枚の写真を見つけた。

 

「誰かの、写真……?」

 

 写りがぼやけてて人物像はさっぱりわからない。なんとなく黒髪の女で、何か頭に大きなリボンのようなものをつけている。

 これが、とんぬらの大事な貴重品をしまっている金庫(紅魔族製の暗証番号式)から出てきた。古びた写真だけれど、管理状態からとても大事にされているのがわかる。

 ……以前、『えっちな本』を隠し持っていたけど……なんだかおもしろくない。自分で探っておいてなんだけど、とてもとてもおもしろくないものを見つけてしまった。

 

 本に“隠し事が浮気の原因になる”とか書いてあったのを読んだのがきっかけ。

 とんぬらがいない間に、この『アンロック』の通用しない個人金庫を、家でひとりにいるとき暇を見つけては頑張って開けようとしてみたけれど、そこにあったのは一枚の女性の写真だ。

 

(ゴゴゴゴゴ年齢的にとんぬらのお母さんってことでもなさそうだし、とんぬらは一人っ子って聞いてるからお姉さんでもないでしょ。じゃあ、何なのこの人ゴゴゴゴゴ)

 

 相手の情報がないかと目を凝らしてみると気付く。頭のリボンが、リボンじゃなくて、これは――

 

「猫耳……?」

 

 その時、ぽつりと零した単語に反応したのか、写真から光が放たれる。

 突然のことに目が眩んだゆんゆんは、

 

「え?」

 

 ギュンッッッ!!!!!! と、写真へと意識が吸い込まれていった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 チュンチュン、と。最初に入ってきたのは、小鳥の囀りだった。

 直後に光。そして真っ白な視界が一気に色づく。奥行きが生まれ、景色が組み上げられ、気が付けばゆんゆんは石畳の境内に立っていた。

 ……紅魔の里、なの?

 山間のひっそりとのどかな風景は、故郷と多少の差異はあれど瓜二つと重なっていると言っても良い。

 そして、この場所。鳥居やら社やらが立てられた、神社――こんな場所、この世界で心当たりはひとつしかない。

 きょろきょろと右に左に首を振って視線を巡らせば、すぐに目当てのモノが見つかる。

 

「うん、あのご神体があるし、ここってやっぱり猫耳神社よね」

 

 紅魔の里の名所のひとつ。とても精巧に造られた猫耳娘の人形(ひとがた)が堂々と鎮座している猫耳神社。ゆんゆんも良く知ってる。

 

(あれ? 私、『テレポート』なんて使ってないわよね……。じゃあ、一体何が……)

 

 強制帰郷の事態に考え込んでると、ざっざっと物音。

 誰か来る――!

 日課の掃除していた幼児が社の裏の蔵から、この境内へひょっこりと現れた。

 

「あれ? なんか突然近くに気配が現れたかと思ったら、参拝者の方ですか」

 

 それは、袴に振袖の和装を着た、こめっこちゃんよりも幼さそうな、紅顔の男の子。頭の上にこの神社の関係者の証である猫耳をつけているがそれがとてもマッチしていて、きゅんと胸にくる愛らしさだ。彼が捨て猫だったらゆんゆんはお持ち帰りしてた。

 

(でも、誰だろ……? きっと猫耳神社の関係者なんだろうけど、こんなに幼い子っていたかしら? ……それに、なんだかとんぬらに似てるような……)

 

 もしかして、彼の弟……?

 いや、とんぬらは一人っ子だ。姉もいなければ弟もいない。なんて、首を捻ってると、その子は甲高い声で、この里特有の挨拶をした。

 

 

「我が名はとんぬら! いずれ猫耳神社の神主となる、勇者の末裔なるもの!」

 

 

 と、自己紹介で正体が一気に明らかになったわけだが、この回答にゆんゆんは頭が真っ白になった。

 今この子、何と言ったの?

 とんぬら……そう、とんぬら。次期神主で、勇者の子孫……うん、とんぬらね……――

 

「え、……え? ええええええええっ!?!?」

 

 

 思わず絶叫を上げてしまった。

 でも、これはしょうがない。だって、こんな小さい……三歳くらいの彼が出てきたんだから、吃驚仰天だ。

 口調は未来の彼と比べればまだ不自然に固さを覚える、丁寧だけど角張ってはいる。また容貌も、男女の境が曖昧な幼少期だからか可憐で……けど、仮面は付けていなくても、パーツパーツの面影がやはり彼を思わせる。

 

「あの、大丈夫ですか、お姉さん?」

 

 心配そうにこちらを窺う三歳児。これにすぐに自己意識を復旧させる。小さいとんぬらにまで心配かけられない!

 

「だ、大丈夫よ……えと、その、……ね。――うん、ご神体がこちらに手を振ったような気がして驚いたの」

 

「え、本当ですか!?」

 

 透き通る目、というのはこういうものを指していうのだろう。

 今の彼の瞳には何の疑いもなく、汚れも見えない。まさに純粋無垢。積もったばかりの雪のように真っ白である。

 誤魔化すために吐いた下手なウソをあっさりと信じてしまう幼児に、ゆんゆんは心苦しくなるのだが、お目目をピカピカとさせてご神体の猫耳娘の周りをうろちょろするその姿は、やはりというかなんというか可愛らしい。

 としばらくご神体を調べてたが、ハッと何かに気付いた反応をして、こちらへ駆け戻ってくる。

 

「ごめんなさい。お客人を放っておいてしまって……」

 

「そんな気にしないで! 私、このくらいで全然、放置されたなんか思ってないから」

 

「そうですか。優しいんですね、お姉さん」

 

 しょんぼりしてるところに声をかければ、水を与えられた花のようにニカッと笑う三歳児。

 うん、子供、いい。とても素直で、初々しくて……ちょっと彼との子供を想像してしまい、将来が楽しみになった。

 

「それで、今、お父さん…猫耳神社の神主はお母さんと一緒に所用で里におらず、お客人に参拝の儀をすることはできないんです……でも! あちらの賽銭箱にお布施してもらえたら、神様に願い事を聞いてもらえるかもしれません!」

 

 申し訳なさそうにしつつも、必死にフォローしようとするとんぬら三歳。

 これには“用があって立ち寄ったわけではない”などとは言えず、ゆんゆんは、じゃあ、とポケットの財布から小銭を……いや、もう逆さにして全エリス硬貨を賽銭箱の中へ落とした。

 

「わあぁ……! ありがとうございます! こんな太っ腹な方は僕初めてです」

 

 散財してしまったけど、この子の喜ぶ顔を見たら、これくらい貢いでも後悔はない。

 

「でも、お財布を空にして大丈夫なんですか?」

 

「いいのよ。心配しないで。……それで、変なこと訊くけど、今って何年?」

 

「はい。今は――」

 

 確認にと質問して、彼が答えてくれた年代は、12年前。

 とんぬら三歳は、冗談を言っているようでも、ウソを吐いてからかっている風にも見えないし、実際この奇妙な問いかけに真面目に教えてくれたのだ。

 

(だとするとやっぱりこれって過去に飛んでるの!?)

 

 パートナーの奇跡魔法でとんでもな事態に慣れていたつもりだったが、これにはお手上げ。心当たりとすれば、あの写真なんだろうけど……どうしよう。

 そんな悩むゆんゆんの表情を見てか、励ますように、

 

「せっかく、当社にお参りに来たのですから、お守りにこれをどうぞ!」

 

「え、これって……」

 

 渡されたのは、今彼が付けていた猫耳バンド。氏子の証でもあるそれを受け取って、ゆんゆんはちょっと反応に困ったけれど、ワクワクとこちらに期待の眼差しを向ける彼を無視できず、装着。

 

「ぅぁ…………」

 

 ……こちらを見たまま、ボーッと。その頬が徐々に色づいてくるんだけど、彼の口は空いたままで、感嘆しか出てこない。

 感想が返ってこないことを気にして、つい催促するようにゆんゆんは、少し首を傾けながら、

 

「どう、かな?」

 

「!?」

 

 声をかけるととんぬら三歳は吃驚したように跳ねて、それからすぐに背を向けてしまう。走っていくのは、さっきまで整理をしていた神社の蔵。そこから、ある物を持ってきて、ゆんゆんにお願いする。

 

「その! 写真を撮っていいですか! さっき蔵を整理していたときに、カメラを見つけたんです! 相当年代物ですけど……きっととびっきりのが撮れると思うんです!」

 

「う、うん、別にいいけど」

 

 やや興奮気味に。何かが幼い彼の琴線を強く刺激したのだろうか。いっそ情熱的に口説くくらいに迫られて、ゆんゆんは頷いてしまう。

 

「じゃあ、このバンドはとりあえず外そ」

「猫耳はそのままでお願いしますお姉さん!」

 

 うん、彼が一体何に反応したのかわかった気がした。

 でも、これがとんぬらだなぁ、とゆんゆんは思ってしまう。

 

 そして、もう念写するくらいに(りき)を篭めてシャッターを切った幼とんぬらは、直角になるくらいに深く頭を下げて、礼を述べる。

 

「ありがとうございますお姉さん。もうすぐ修業が始まるので不安だったのに、それがうそのように晴れてきました」

 

「修行、って?」

 

 頭に引っかかった、その三歳児の口からあまり飛び出すようなものじゃない単語についゆんゆんは訪ねると、彼はああ言いながらもまだ少し曇りが残る表情で、

 

「他の里の子とは違って、僕は特別な魔法を覚えるために、大変な修行をしなくちゃいけないんです。お父さん、お爺ちゃんもやってきた……ううん、それ以上に厳しいのを受けなくちゃならないんです。全然発現しない、役に立たない魔法を習得するために……」

 

 ああ、そうだった。

 とんぬらは、三歳から修行をすることになる。そう、これはちょうど修行を始める直前なのだ。

 そして、今の彼はまだ、心底からそれを納得していない。

 

「今、お父さんたちがいないのもその修行をつけるために、僕の師匠をお願いしようとしている『アルカンレティア』の友人を訪ねに行っていて……だから、もうすぐ里を離れるんです。時々、行事を仕切ったり、神社を管理するために帰ってくることもあるんでしょうけど、それでも長い間、この里に帰ってこれないんだと思います」

 

 行っちゃダメ――と一瞬、ゆんゆんは、そう口を開きかけてしまう。

 ゆんゆんは、知っている。彼からこの先のことを聞いている。

 

 とんぬらは、水の都『アルカンレティア』で、一度、死んでいる。

 

 そう、このまま修行に里の外へ送りだせば、この子はモンスターに殺されてしまうのだ。たとえ生き返るにしても、死んだことに変わりない。ううん、それだけじゃなく、それ以降も、とんぬらはずっと、死ぬほど大変な目に遭い続けるのだ。

 そんな悲惨な将来を思うと、胸を詰まらされた。

 いいの、と声ならぬ声が頭の中だけで響いて問いかける。死にに行くとんぬらを見逃して? と。

 そんなの、迷うこともなくダメに決まっているはず……なのに、止める言葉は出ない。

 これが、過去だというのを思い出した。自分の他愛ない一言でも、現在が変わってしまうかもしれない――なんてことを思ってしまったのだ。

 そう、とんぬらの奇跡魔法がなかったら……

 

「里の最終兵器、だなんてウチは誇っていますけど、現代における伝統の魔法はほとんど形骸化していて、覚えたって、為になるとは思えない。……苦労して稼いだスキルポイントも結局無駄にしてしまうために、辛い修行をするくらいなら……」

 

 彼の中で燻っている不満。彼に修行をさせない、死なせたくなければ、これを利用すればいい。魔法をこっぴどく批難して、そして、このまま安全な里の中に留まっていなさい、そう言い聞かせばいいのだ――

 

(でも……私は……――)

 

 

 ♢♢♢

 

 

「私はその特別な魔法……『パルプンテ』がどんな魔法か、私、知ってるわ」

 

「お姉さん」

 

 幼子と目線の高さを合わせるようにしゃがみ、その小さな、いずれ重いものを背負う彼の肩に手を置いて、ゆんゆんは噛みしめる言葉で語り出す。

 

「すごい、魔法なの。でも、奇跡を起こすのはすごく大変。とびきり扱いが難しい。普段は頻繁に外したり、格好悪く滑ったりすることが多くて……フォローするのは大変だし、バカにされたりすることもあるわ」

 

 この幼子の命を、運命を楽にしてあげたいのなら、ここで話を終わりにしてしまえばいい。

 しかし、ゆんゆんは、“でもね”と言葉を紡いだ。

 

「彼が『パルプンテ』で起こした奇跡は、他のどんな魔法でも成し得ないことを実現させてきた。そう、一生懸命皆を護ろうとして、何とか世界を救おうと戦った彼だけが、起こせる奇跡だったの。そして、その想いを叶えて、大切なもの全てを守り通してきた」

 

 一呼吸置き、手を置いた幼い彼の肩を、ギュッと掴んで、

 

「……けど、その魔法を極めるのはすごく……すごくすごく大変なんだと思う。ドラゴンになったり、陰で(だれ)にも見せないような鍛錬をずっと積んで、それでも外しちゃうの。きっとずっと苦労することになるわね」

 

「報われない……。あまり理解されないような魔法なんですねやっぱり……」

 

「そう? 私は、ずっと苦労して――夢を見続けられる、とてもロマンがある魔法だと思う」

 

 顔を俯きかけた幼い彼へ、微笑みながら言い切った。

 彼の魔法が無意味に終わるなんて、とても言えない。否定なんて口が裂けたってできない。他の誰がバカにしたって、私だけは支持すると決めているのだから。

 そして、その魔法を覚えた先の未来に、少なくとも、ひとりの少女はきっと救える。だから彼の魔法に意味がなくなんてないのだ。

 

「とんぬらにしかできない。とんぬらの魔法はきっと奇跡を起こせるようになるから。だから、とんぬら――」

 

 ――頑張って。お願い。

 そこまでは言葉にできず。万感の思いを込めて、真っ直ぐに見つめる。

 そして、このまだ小さい彼を、抱き締めた。

 

「このバンドは、私には少し小さいから……」

 

 と耳元で囁き、貰った猫耳バンドを彼の頭に返す。

 

「だから、そのお守りは、とんぬらが付けていて。ね?」

 

 未来を知りながらも、無事であるようにと願を篭めて、その猫耳頭を撫でる。

 幼子は、頭の奥の方に仕舞うよう彼女の姿を大事な記憶に留めるように、その眼を瞑る。

 そして。

 やがて。

 

 

「うん、僕は、どんなにつらいことがあっても負けないよお姉さん」

 

 

 今度こそ。

 スッキリとした面持ちで笑ってくれた。

 直後に、周囲で火花が炸裂するような音が響き渡った。

 一際巨大な轟音とともに、ゆんゆんの身体は“過去”の世界から消失した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――戻ってきた。

 あれから五分と経ってない現在に、過去から戻ってきたゆんゆんは、すぐに部屋を出た。

 

 とんぬら……っ!

 今見たのが、夢だったのか、それとも本当に過去へ飛んでいたのか、わからないけど……それでも、今のとんぬらに会いたい。

 懺悔したいのか、安堵したいのか、どっちにしても自分勝手な想いを押し付けたのだ。

 

 ……ずっと、ひとりだった。

 周りに会わせることができなくて、ずっとあと一歩を踏み出せなかったひとりぼっち。それが私。

 深海に沈む貝のように、殻の中に引き籠っていた。誰ひとりに満足に会話もできない。それなのに、族長になるんだって言い張って……父さんが心配するのも仕方ない。

 紅魔族の族長試練は、相方となるものを連れ、二人で受ける必要があるもの。めぐみんに強引にでも誘ってくれないと人に満足に話もできない私にできるとはとても思えないだろう。

 

 でも、本当は、誰かに声をかけてほしかった。

 他に誰もいなくても自分だけは私を見てる、どうしようもないくらい引っ込み思案な私を引っ張り出そうと手を伸ばしてくれる誰かがいてほしかった。

 あの時、神頼みをしたのも、せめて神様は私のことを見ていてほしいと望んでいたから――

 

 そして、彼と出会うのだ。

 私が望んでいたその誰かが、手を伸ばしてくれた。

 それから、世界は変わった。どうしようもなくうじうじとする私に辟易しながらも見捨てることはなくて、そんな彼が尽力し心砕いて、あと一歩踏み出せない私の背中を後押ししてくれたおかげで、卒業するときにはクラスの皆とパーティを開けるくらいになった。

 すごく、うれしかった。

 そして、私のことを見てくれる彼がいなくなったらと思うと、すごく、怖くなった。

 だから、あの時、止められなかった……その一因は、紛れもなく我欲(わがまま)

 

『とんぬらにしかできない。とんぬらの魔法はきっと奇跡を起こせるようになるから。だから、とんぬら――』

 

 その、衝撃。

 何か、とんでもない道を歩ませてしまった。ゆんゆんは、そう後悔した。あそこで語った言葉はちゃんと本心であるのに、しかしその背中を押した半分は何て浅ましい、醜いのだと自嘲する他ない。

 だから、どうか違っていてほしい。

 こんなやりとりは他愛ないものであって、彼の核となるところに占めないでほしい。

 

 そんなことを、この誰が映ってるのかもわからないくらいにボケているのに()()にとってある、古ぼけた“ゆんゆん自身の写真”が否定する。でも、それにわざと視界に入れないように気づかぬふりをして。でないと、彼と合わせる顔もなくなってしまいそうで――しかし、悪魔が目を背けようとする真実を単刀直入に突き付けるのだ。

 

 

「おおっとそんなに慌てて、どうした“お姉さん”よ。お目当ての竜の小僧ならあのポンコツ店主の買い出しに付き合わせているので、ここにはおらんぞ」

 

 

 とんぬらがいるはずの隣の店に寄れば、そこにいたのは、マネージャーであるすべてを見通す悪魔。話をするためにわざわざ人払いを済ませたかのようなシチュエーションの中で、何もかもを見抜かしたように、バニルは告げた。

 

「さて、竜の小僧の過去に大変なことをした張本人よ。汝の思った通りだ。誠に残念ながら、今の小僧となった決定打であったな」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――ゆんゆんが、いなくなった。

 

 『私のことを探さないでください』なんて震える文字で綴られた置手紙が、バイトから帰ってくると夕飯と一緒に机の上にあった。

 またこれはいったいどうしたんだ? と首を捻ったとんぬらは、ひとまず用意されていた食事をいただく。腹が減っては何とやら。厄介事の前に燃料を補充。

 それに大事なことを思案するには、まず冷静にならなければならない。

 それで食中の間、思考をフル回転させた結果、どうやらゆんゆんはこの『アクセル』からいなくなっている事を悟る。匂いに敏感なゲレゲレにも探知できないとなれば、この街にはいなくなっていると見てもいい。

 

「十中八九、里帰りだな……」

 

 ゆんゆんが一瞬で長距離を移動する魔法――『テレポート』の登録先に指定してある紅魔の里。

 推理し、そして、勘も的外れではないと告げている。

 

「まったく世話のかかる」

 

 そう吐露する言葉を受けた手紙には、ぽたぽたと水滴の痕が滲んでる。

 故郷に登録していないどころか『テレポート』自体を習得していないとんぬらは、魔法に頼らず、紅魔の里へ行かなければならない。

 しかし、そんな労苦は脚を止める理由にはなりやしなかった。

 

「一先ず、温泉好きで登録していたウィズ店長に近場の『アルカンレティア』まで送ってもらうようお願いしてから、里までは、ゲレゲレ、お前の足を頼らせてくれ。暴走娘に追いつくには超特急で行かないとならないからな」

 

 ガウッ、と主人の嘆願を豹の魔物は応じるように首を縦に振った。

 

 

 そして、『テレポート』による一瞬の移動よりは遅いが、一日とかからず紅魔の里へと辿り着いたとんぬらは、まず、ゆんゆんの実家である族長の家へと向かった。

 

「ゆんゆんが里に? いいや、あの子はウチに帰ってないよ」

 

「そうですか、族長……」

 

「おや? 何事かはしらないけど、もしかして、娘と喧嘩したのかい」

 

「あはは、さて、どうなんでしょうね。直接会ってみないとそこは何とも言えません」

 

 初心者殺しの変異種でも大変な、上級者クラスの強力な魔物が跋扈する険しい道を、全力疾走させて、ヘロヘロなゲレゲレを族長に預けてから辞す。

 ゲレゲレの嗅覚能力を頼りにしたいところだが、流石にこれ以上の無理は憚れるし、それにひとつ族長の家の他に思い当たったところがある。

 

 とんぬらは、族長の家に程近いところにある、とんぬらの実家……すなわち、猫耳神社へと赴くとそこに――いた。

 

「お願いします、神様! どうかわたしをもう一度あの時に――!」

 

 社の前で、必死に願うゆんゆんが。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 あの時のように逃げそうになるゆんゆんを捕まえるのに一苦労したり、この急な里帰りの動機を吐かせるのに費やした場面場面は省く。

 とんぬらは、ぽつぽつとゆんゆんが口にする、過去に行ってとんぬらに会った――めぐみんが聴けば頭をアクアに回復魔法を掛けてもらうようにと心配されそうな――話を、笑わず、口も挟むことなく、聴くことに徹した。

 そして、結局のところ、神社にお百度参りするかのように、もう一度過去へやり直したかったのは、これ。

 

 

「私……とんぬらに、とても残酷なことをしたんじゃないかって……」

 

 

 その声は、どこか心細そうに、消え入るように響いた。

 ゆんゆんの暴走の原因を知って、とんぬらは、

 

「ド阿呆」

 

 喉元で堪えることができずに言い放ってしまう。頭の中で5秒を数える、冷静になるためのポーズすらも取れなかった。

 ゆんゆんにはショックを受けかねないキツい一言だったが、これは仕方のない事。

 まず、その表情が許せない。

 

「ご、ごめんなさい! 私がバカなことをして……とんぬらのこともっと考えて……」

 

「確かに、客観的に見ると俺は不幸な道のりを歩んできたんだろうな。だが、勘違いするな。俺が言いたいのはそこじゃない」

 

 とんぬらは思い切り嘆息するように告げた。

 

「里を出てから何度も死にかけた。実際に一度死んだ。そりゃまあ、学校のクラスメイトと比べりゃ背中を見せないくらいダントツで、紅魔族随一不幸な少年時代を送ったと名乗ってもいいくらいだろうな」

 

 でもな、ととんぬらは続けて、

 

「俺はそれでも俺の人生を納得のいく選択してきたつもりだ。巻き込まれたのも多いが、それでも後悔しないように全力だったさ。力を尽くして手に入れたのが、今なんだ。誰にだって文句は言わせない。それに不幸にも他人の事情に巻き込まれてきたからこそ、守り抜けたもんもある」

 

 後悔しないように生きろ――というのがアクシズ教で最初に、そう、蘇った時に悟った教え。

 あの反面教師な師より説かれた人生の指針に沿うのは少々どころではないくらいに癪だが、渋々と甘受している。

 

「確かに俺が不幸じゃなければ、もっと楽な世界に生きていられたんだろうな。修行の旅に出ずに里の中で大人たちに守られていれば何度も何度も死にかけるような経験はなかったはずだ」

 

 とんぬらは、自分のパートナーを睨み、それから、一歩一歩、説教の文句を言うごとに距離を詰めていく。

 

「けど、それは幸福とは言い難いものだ。不幸だったが、俺は人生を懸けられるものを見つけられた。それに陰で苦しみ悩む誰かに気付けることもできた。ただふらふらと生きているよりも己を誇らしくあれたと俺は思っている」

 

 そして、彼女のすぐ前に立ったところで、

 

「不幸、とただ一言の批評はよしてくれ。それは無粋の極みだ。俺は……大事な、人ともにあれる俺自身を世界で一番の幸せ者なんだって自己評価している」

 

 笑みを浮かべて。

 獰猛で、野蛮で、雄々しく、なんともらしい最高に最強なはにかんで、とんぬらは評定を下す。

 

「……ありがとう。ゆんゆんが背中を押してくれたからこそ、こうして今がある」

 

 そこで感極まったかのように、

 

「―――、」

 

 ゆんゆんは、言葉もできない。

 

「とんぬら……」

 

 一瞬、彼女の瞳が潤んだように見えた。

 それをこちらに気付かれないようにか、そっと顔を伏せる。そして、面差しを隠しながらも、

 

「そっか……私と一緒で、そう思って……くれるんだぁ」

 

 抱き着かないけど、彼女のほっそりとした指が彷徨いながらもこちらの胸板へ伸びる。ぼっちな気性と同じくらい、健気さといじらしさをいつまでも失わない娘である。遠慮しなくちゃいけないのに我慢できずと言った感じで、柔らかい指の腹を当てる。なぞるようにその形、この肌に伝わるぬくもりが都合の良い幻覚じゃないと再確認するように。

 

 ………

 

 ――それが、どうにもきつい。

 なんというか、その、くすぐったい! 空気も甘酸っぱいが、毛羽立ったセーターで直接胸板を薄く撫でられているようなこの感じが、クるのだとても。

胸板に温かい息が吹きかかるくらいの位置をキープしながらも、あと半歩も飛び込まないのもじれったい。しかし、これがボッチな彼女なんだと思ってしまうわけで、待てなかった。

 

「いやはや参ったね。色々と。因果どうのこうのはややこしくなるから棚に上げるが、あの時会った実は初恋の“お姉さん”の正体が、初めての参拝者とはな」

 

「ぁ……」

 

 ぽんぽん、と良い子良い子するかのように頭頂部の辺りに掌を乗せる――や、その手を艶やかな髪の流れに沿って後頭部に回す。そのままグイッと手前に引くと、腕の中にすっぽりとゆんゆんの頭が収まった。ちょうど、しがみつきたいのを我慢していた胸板におでこが振れる感じだ。

 顔の他にそっと掌を当てたまま、ゆんゆんは借りてきた猫のように大人しく。

 とんぬらもまた彼女の頭頂部に鼻を押し付ける。日常生活で四六時中嗅ぎ慣れているも新鮮に覚える、空気のように不可欠な良い匂いがする。

 

「な、何だか運命を感じるねとんぬら」

 

「そりゃ夢見がちだな」

 

「ええっ!? 否定するのとんぬら!」

 

「怒るな。そうほっぺを膨らませてぶうたれても可愛いだけだぞ。ったく、世の中の色恋沙汰が赤い糸だとか運命の恋人だとかを頼りにくっつくというのは夢物語。実際の恋愛なんて十中八九、その時のノリと雰囲気と押しの一手で雪崩れ込んで結ばれる。俗にいう、惚れたら負けの一目惚れというやつだ」

 

「じゃあ、とんぬらが負けね。わ、私が初恋なんでしょ?」

 

「今その話を持ち出すか。物言いはせんがね」

 

 勝った負けたにこだわる彼女へ呆れたように言って。

 それから、とんぬらは手のひらを返すようにこう笑った。

 

「まあ、十中八九の残る一割がどうなのかは知らんし、夢物語の方がロマンがあっていいんじゃないか、ゆんゆん」

 

 ぱちくりと瞬きしてから、ゆんゆん。

 ギュッと抱き着く力を強くして、

 

「もう、とんぬらは言い回しが回りくどい」

 

「難解な台詞癖は紅魔族の血が流れるせいだ。じゃあ、反省して、簡潔に結論を述べようか」

 

 いつまで経っても恥ずかしい。

 しかしこういう時に想いを伝える対応はテンプレしている。

 ベタというのは全力でやり切れば大きな力を呼び込む。何故ならばそれは王道なのだから。タダブレーキをかけずに助走を続けるのが途轍もなく困難なだけで。

 でもここでやり切れなければ、男じゃない。

 

「俺は、お前を――」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「     」

 

 それまで説法していた口達者な彼だったが、その時だけ竜頭蛇尾と勢いが弱まるように言葉を、とても小さく呟いた。ここまで耳元に口先が近寄ってないと聴こえないくらい……ううん、世界で私にしか聴こえないくらいの。

 

 ゆんゆんは知っている

 その五文字の言葉に、百万言を費やしても語り尽せないほどの想いを詰め込まれていることを。

 だから――――生涯をかけて共に歩みたいのだ。

 この熱意に打たれて、後悔も気後れも、すべて氷解した。彼の気持ちは本物だった。あの時幼い彼が言った誓いはこの今でも守り通している。彼が胸に抱くのは、自分が想像したよりはるかに尊く、崇高で、そして、年月を経て昇華された、揺らぎのない信念なるもの。

 

「とんぬら、私も     」

 

 お返しに、彼の腕の中でしか響かないような小さな告白をする。

 

「……別にここで張り合って言い返さなくてもいい」

 

 と呆れた風に、やや耳を赤くしながら顔を背けるとんぬら。

 そんな、格好つけたがりだけどテレを見せてくれる彼に、甘えるようにゆんゆんは誰よりも頼もしい胸元に、ごろにゃんと頬を擦るように思いっきり密着して甘える。

 

 

 で、

 

「とんぬら、私、責任とるから」

 

 ――色々吹っ切れた。

 彼の告白のおかげで、抵抗感というかしこりみたいなものが消えてしまった。

 しかし、ひとつだけ残るものがあった。それは……

 

 胸を満たす甘ったるい感情に表情と瞳をふやけさせ、猫のように身をすり寄せるゆんゆんに、とんぬらはごくりと生唾を呑み込みつつも、冷静に頭の中で、一、二、三、四、五、と数えて、

 

「ゆんゆん……あのな、そういうのは男の俺が言う台詞だからな」

 

「ううん、違うの、とんぬら」

 

 『汝は大変なことをしてしまった。そう、アクシズ教に汚される前の純真無垢だった竜で小僧は、お姉さんの猫耳(あの)姿に、愛好家になってしまうのだからな』

 とバニルが断言して保証する。

 三つ子の魂百まで。幼とんぬらに、芽吹いたのはあの瞬間であった。

 

 ――つまり、私がとんぬらを猫耳フェチにしちゃったってことなの!?

 

 なんて罪深いことをしてしまったのだろうか。

 でも、険しい道を歩ませてしまったこととは違って、こちらは償うことで挽回できるはず――

 

「そう、私がとんぬらを満足させてみせるから! きょ、今日の夜、楽しみにしててね!」

 

「目の奥ハートになって赤く燃え上がっているぞゆんゆん!?」

 

 ………

 ………

 ………

 

「ねぇ、とんぬら……そっちに、いってもいい?」

「うん、ありがとうございますでもダメ。その格好はドレスコードに引っかかるから着替え直してきてくれ頼む」

 

 その日の夜、寝室にデンジャラスビーストが顕現した。

 生真面目で良心的かつ健気な性格のゆんゆんが、高貴かつ淫靡かつ無垢な、サキュバス並みの衣装に身を包んでいらっしゃった。

 もうほとんど紐。ふさふさの(ファー)で覆い隠されているが胸はマイクロビキニにほど近い布面積のブラ、ひざ下からを覆って露出した眩しい太股の肌色を強調する毛付きストッキング、胴を縛るかのようにクロスした黒紐……これ以上の描写分析は、青少年の鼻より大量に噴き出す赤いものに染められた。

 そう、没収した『えっちな本』を参考にして自ら手作りした勝負服である。

 そして、教本(恋愛小説)でシチュエーションに応じた台詞を予習することで、不慣れな部分も補っている。

 

「(え、ええと……こういう素直じゃないツンデレ対応の場合は、『魔界の中心で義兄(あに)を避ける』の148ページ……そう)、いじわる。でも、いっちゃおうっと」

「よしわかった。俺が部屋を出よう」

「ええっ!? ちょっととんぬら、そういう対応は小説に書かれてなかったわ! ちゃんと私に捕まられてよ!」

「知らん!」

 

 ――して、マニュアルまで用意して準備万端なゆんゆんに対し、とんぬらは心の準備も間に合わず前後不覚に陥る。スーパーハイテンションな本能と戦っていた理性は自らが蒸発する前に、戦略的撤退を進言。それを聞き入れたとんぬらは南無三と家を飛び出した。

 

 この時の噴火するほどに溢れ生まれた羞恥の悪感情……言ってみれば星五つが食い放題イベントに、お隣の悪魔は大いに笑うのであった。

 

 

「どうして逃げるのとんぬら! 私、とんぬらのためならってすごく頑張ったのに……もしかして、これでもとんぬらを満足させるに至らないの?」

 

「違うそれはない。爆裂魔法を食らったカエルの生存を確認するくらいにありえないからな」

 

「なら――!」

 

「だからな、ゆんゆん、あまりそういう破廉恥な格好で俺を刺激するなと言ってるだろう! 本能をしまっている俺の鉄の金庫(アストロン)にだって我慢の限度があるんだからな! もっと自分の体を大事にしろ!」

 

「で、でも! もう大人になったじゃない! だから、遠慮せずに、え、えっちなこと……本能回帰しちゃっても問題ないわ!」

 

「待て、落ち着け、冷静になろう。なあ、ゆんゆん、そんな一段飛ばしで駆け上がるよりも一歩一歩大人にならないと勿体なく思わないか? それにまだゆんゆんの肉体的にそういう行為を致していいか不安……いや、歳の割に成長しているのはわかっているが――ああ、年齢的に大人になっても立場的にはまだ生活基盤が整っていないわけで……うんそうだ、この話は結婚式を挙げてからにしよう」

 

「じゃあ、いつ結婚するの?」

 

「それはだな……ゆんゆんが族長になれたらの機会にしておかないか。それくらいのきっかけがあれば、俺も踏ん切りつくだろうから……」

 

「……族長になったら、いいのね?」

 

「あ、ああ、その……跡継ぎを作ることも族長の務めであるし」

 

「わかったわ、とんぬら」

 

「くっ……! どうして、男の俺が迫られているんだ」

 

 色恋沙汰というのは魔法以上にパルプンテってるものなのか!? ととんぬらは自身の貞操観念について色々と思い悩み、その結果、この暴走っぷりには、そうする余裕と覚悟があるとんぬらも、“自分がしっかりしないと”と逆にブレーキになってしまう。

 しかしながら一方でゆんゆんは火が点いちゃっている。まるでたった一本のマッチから一面を埋め尽くす山火事な大惨事になっちゃうくらいに。これはもうちょっとやそっとじゃ止められなかった。

 

「じゃあ、これからお父さんを倒して、紅魔族の長の座を奪ってくるわね!」

 

「待て待て! ちゃんと由緒正しき伝統的な試験を受けよう! な? 俺も協力するから、時期が来るまで待とう!」

「大丈夫よとんぬら。今の私なら誰が相手でも負ける気がしないから! ――『テレポート』!」

 

 “違うそうじゃない!”とこの短時間に何度心の中で突っ込んだだろうか。

 本当にしっかりしないと大変なことを仕出かしそうな、パルプンテってるパートナーである。

 

「誰がゆんゆんのブレーキを壊したんだ!? ゲレゲレ……は、族長に預けたままだったな! だったら、せめて『アルカンレティア』までは……――ウィズ店長! 今日もお願いが!」

「フハハハハハハッ! 美味! すこぶる美味! あの暴走娘に迫られると竜の小僧から大変良い悪感情が取れるな! で、転送屋店長はついさっきダンジョンへ魔道具の材料採集に行かせたわ!」

「この悪魔!」

「うむ、悪魔である」

 

 

 そして、馬車も都合が合わず、とんぬらは覚悟した。自力で走るより他ない。

 駆け出し冒険者の街から水と温泉の街までの荒野、そして、高レベルモンスターが縄張りをつくる森を疾風の如く駆け抜けて……

 

「とんぬらとの結婚を認めてお父さん!」

「ふっ、とんぬら君と結ばれたくば、私を超えてみるがいい娘よ!」

 

「なんか違うだろ色々と! どうして渦中の人物を蚊帳の外に盛り上がっているんだ!」

 

 族長の座をかけた父娘の決闘――そのクライマックスで割って入ったその姿は、将来文豪の眼帯娘曰く“配役は男女逆だがヒロインのようだった”と語られ、そして、決着は阻止したがこの娘の熱意に打たれた族長によって、思った以上に早く、試験は行われることになる。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 時が流れて……

 

 

 ♢♢♢

 

 

 仕事に出掛けたとんぬらを見送ってしばらくして、ふと覚えた昂る気配にゆんゆんは作業の手を止めてそちらに首だけでなく体を向ける

 

「はいはい、なぁに? おっぱいはさっきあげたでしょ? おしっこかしら……おしめを変えないと……」

 

 ついさっきまで、子供たちのようにおしゃぶりを咥えた双子の綿胞子の精霊プチぼうやゲレゲレのベビーと遊んで、きゃいきゃいはしゃいでいたのに急にぐずり出しそうになった双子の兄妹。

 

「ほら、おむつです」

 

 そこへゆんゆんと同じことに思い至ったのであろうめぐみんが、箱からおむつを取り出す……

 

「どうしたのですか?」

 

「うん、めぐみん、毎日来るなぁって思って」

 

「一昨日は来てませんよ。ですから、その物言いは間違っています」

 

 でも、週六のペースで顔を合わせているからほぼ毎日で表現は間違えていない。

 めぐみんの他にも大勢の人たちが子供たちを見にやってきたけど、めぐみんがダントツである。

 

「そのめぐみん? 私は今、ほら産休をとってる身だけど、あまりめぐみんの相手はできないの」

 

「ゆんゆんはこの私が邪魔だとでもいうのですか! まったく! できちゃった婚をした無節操な二人ですし、他人の目がないとこの子たちの兄妹がどれだけ増えるかわかったものじゃありません」

 

 それはきっともっと増えると思う。紅魔族随一の子沢山になる予定だし。

 

「それに折角ですから、大きくなったら我が爆裂道を伝授しようと今のうちに刷り込みを……」

 

「やめてよめぐみん。うちの子たちを可愛がってくれるのは嬉しいけど、そんな道に唆さないで!」

 

「そんな道とは何ですか! 奇跡魔法よりも爆裂魔法を伝統にするべきじゃないんですか!」

 

 なんて大声で言い合っていたら、持ち直った子供たちが不安げにまた泣きそうに、決壊する一歩手前になる。ささっとおしめを替え、よーしよしとあやしながら、

 

「もう、二人をあまり驚かさないでよね」

 

「う、すみません、ついカッとなって……大丈夫です。赤子の世話ならこめっこで経験済みですから二度と騒がしくしたりはしません。そうです、もし今後あなた達を泣かせたら、私が爆裂魔法を披露して差し上げましょう。一発で泣き止むと思いますよ」

 

「余計に酷くなるわよめぐみん」

 

 子供たちに変な影響が出る前に、カズマさんにお願いした方が良いのだろうか。

 

「それと、めぐみん。別にレックスとタバサに私達の後を継がせるべきだとかは思ってないわ」

 

「あなた達の家の跡継ぎではないのですか?」

 

「とんぬらと話し合って決めているの。奇跡魔法や神社、それに紅魔族の族長を継いでくれるのならいい。でも、それは好きにさせてやろう。もちろん、その道を選んでも良いように、って」

 

 そっと寝かしつけた兄妹の顔を見つめる。

 この子たちはどんな風に育ってくれるだろう……そんなことを思いながら、一人立ちするまで決して独りにしないと彼と一緒に誓いを立てた。

 こうして産休をとっているのもその一環である。

 

「ならば、爆裂道でも構いませんね」

 

「そんな棘な道は親として困るんだけど」

 

 ………

 ………

 ………

 

 めぐみんが帰り、子供らが寝静まったころに、ガチャと玄関の鍵が開いて、

 

「おかえり、とんぬら」

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 過去に飛ぶ絵(写真):ドラクエⅤの妖精の城でのイベントを参考。妖精の城に展示される絵画。その絵の内容に関連した人物(主人公)が、調べて過去(思い出)の情景を思い浮かべるとその時に旅立てる。

 設定では、『時の砂』を用いた砂絵であるそうで、作中の写真(魔道カメラ)もとんぬらのご先祖様が、『時の砂』を使って作った魔道具。

 

 プチぼう:ドラクエモンスターズに登場するわたぼう(わるほう)の派生魔物。わるぼう曰く“せがれのようなもの”。赤ちゃんのようにおしゃぶりをつけたミニサイズなわたぼうやわるぼうの二体一組。




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