この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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連続投稿その2です。


104話

「『セイクリッド・ライトニングブレア』ー!!」

 

 ダクネスと合流を果たしたアイリスが激しく衝突し合う竜同士の乱闘に強烈な雷光を放つ。

 しかし、スカルドラゴンの雷属性に対する耐性は完璧だ。ゴーレムの大群を粉砕した強力な雷撃も弾かれる。

 

「やはり効きませんか……!」

 

 アイリスの魔法でもダメなのかよ……!

 こうなればもうこちらに有効な手段はない。チマチマと矢を打ち放っているが、そんなの最も硬いブラックドラゴンの竜骨に突き刺さるはずもない。ゆんゆんもとんぬらの支援をしていて、上級魔法を繰り出す余裕まではないようだ。めぐみんもアクアも魔力を使い果たしているし、ダクネスは攻撃面では全く頼りにならない。

 

「……とんぬら?」

 

 何かに勘付いたゆんゆんがふと戸惑い、竜言語魔法を詠唱する指揮杖を止めてしまう。

 おい、ゆんゆん!? お前まで援護を止めたら――

 支援が途切れて、急に動きが格段に落ちる鎧竜。

 この好機を逃さない死竜。

 箒で掃くように地表を大振りで這うとんぬらの尾撃でスカルドラゴンは吹き飛ばされたが、弾かれた竜骨はそのまま尻尾に張り付き、その動きを固めてしまう。

 まずい!

 他にも竜骨兵が寄ってたかって、鎧竜に飛びついて、自ら一種の拘束具として巨躯を縛っていく。

 

(『バインド』でこっちも拘束してやるか? いや、あんな骨の大群を縛り切るのはいくらなんでも無理だ。『スタン』で動きを止めようにも、スカルドラゴンに普通の状態異常は通用しない……!)

 

 このピンチにカズマがどうにかしようと焦って……その時、声がした。

 

「ようやく、決まったな」

 

 それは『吸魔石』を消費して、どうにか生き繋いでいた『エルロード』の第一王子。

 さっきまで上体を起こすこともできなかったレヴィ王子がけろりと立ち上がる。

 

「忌々しき障害はこれで果てる。我が大望を妨げるものはなくなった」

 

「王子……? いきなり何を言って……」

 

 尊大な態度。元々小生意気だったが、そこには前にはなかった年月で醸成された威風のようなものがあった。

 この雰囲気、何か覚えがあるような……

 

「あーっ! この王子に死人の魂が憑いてるわっ!」

 

 過剰に指をさして反応したのは、へばっていたアクアだ。

 

「なんだと……? アクア、それは一体?」

 

「この気配に気づくとは、やはり貴様はただの人ではないな。(なんだこれは!? 俺の身体が言うことを聞かない……乗っ取られたのか!!?)」

 

 

 別人のような口調。ああ、そうだこの一人二役の喧しい感じ。仮面が張り付いたダクネスに憑依したバニルと同じなのだ。

 

「まさかあのスカルドラゴンなのか!?」

 

「正確には、あのスカルドラゴンに憑依していた黒魔導師だ。(なんだと!? ふざけるな! 俺の身体から出ていけ!)」

 

「レヴィ王子に何をする気ですか!」

 

 事態に気付いたアイリスが、鋭い眼差しを向ける。

 

「何もする気はない。単にこの指輪をはめていた宿主がこの身体で、そのパスを辿って憑依しただけの事。(この指輪が……!)。だが、我の邪魔をしようものなら、完全に魂を定着する(ひっ!?)」

 

 つまり、王子の人格を塗り潰すということ。

 あのブラックドラゴンの竜骨をも支配しえたのだ。人間の、王族であることを除けば普通の子供と変わらない。抵抗力などないに等しい。

 

「あんた死人のくせに何偉そうに……」

 

「待て待てアクア! 刺激するな!」

「(そうだ止めてくれお願いだ!)止めておけ。汝でもこの指輪がある限り、核たる我を浄化し切ることは叶わない」

 

 アンデッドとなれば容赦ない狂犬女神を抑える。向こうは人質を取っているも同然なのだ。

 

「お兄様……」

 

「アイリス、ここはお兄ちゃんに任せとけ」

 

 自信なんてあってないようなものだが、それでも不安げに瞳を揺らす妹分(アイリス)を見れば、胸を叩くしかないだろう。

 カズマは交渉のとっかかりとなるものを拾えないかと対話を試みた。

 

「……それで、話しかけてきたっつうことは、こっちに何か言いたいことがあるのか?」

 

「汝らとの戦闘に、我はいささか魔力を消耗した。これ以上は今後に支障をきたす。しかし、ここで何もなく見過ごすには、……正直、惜しいのだ」

 

 レヴィ王子に取り憑いた黒魔導師はそこで、その指に嵌めた指輪をそっと撫でながら述懐する。

 

「我がこの指輪を作り、我が魂を彼のブラックドラゴンの屍に憑依されたのは、すべて兄のため」

 

「兄の?」

 

「そうだ! 我は兄の無念を晴らしたかった! 兄のささやかな幸せを奪い取った者どもに、思い知らせたかったのだ! そう、この世界を蹂躙して――」

 

 そんな……

 全人類に敵に回してまでも復讐を果たしたいほど、憎悪しているのか。

 おそらく、その兄とやらはよっぽど不遇な目に遭わされたのだろう……

 

「なあ、本気で兄ちゃんは弟に世界を滅ぼしてほしいなんて願ったのか?」

 

 カズマは努めて落ち着いた声で、そう確認する。

 

「……確かに汝の言う通りだ。この世界を蹂躙したところで、兄への慰めにはならない。だが兄の魂は、未だこの世界に未練を残し彷徨い続けている」

 

「だったらさ、その兄ちゃんの魂を天に返せばいいんじゃないか」

 

「我も兄を成仏させてやりたく思う。それには兄が思い残したこと、念願の達成をしなければならない。そうだ。兄は自分の地位を守るために、放棄せざるを得なかったものがあった」

 

 よし、これだ! ここで望む品があれば穏便に事を済ませられるかもしれない。

 

「それは何だ?」

 

「パンツ、だ」

 

 ………。

 

「それは何でしょうか?」

 

 思わず丁寧口調に言い直して二度確認したが、答えは変わらない。

 

「パンツだ(……おいふざけてるのか?)。――ふざけてなどいない! 貴族にして夜な夜な女子から下着を盗んでいた兄は警察に訴えられ、それを逃れるために、集めてきた下着を手放さざるを得なかった! (いやふざけてるだろ)それから兄は無念に涙で顔を濡らしていた。そして死んでいったのだ」

 

 拳を震わせながら、それが本気だと言葉を吐露するが、副音声(レヴィ)に同感だ。

 おいおい……まさか、こんな下着泥棒の兄のために、人様に迷惑をかけるもんじゃない指輪を作製して、ドラゴンに取り憑いたというのか?

 ふざけ過ぎだろ!

 

「……えと、つまり冤罪でもなく、兄は本当に下着泥棒なんですよね」

 

 めぐみんが何とも言えない表情を浮かべる。

 確かに、スカルドラゴンという怪物から、その正体が“下着泥棒の弟”となると一気に強くなさそうというか、苦戦していたことにやるせなくなる。

 しかし、ここで強く突っ込んではいけない。交渉術は根気よく、相手に親身になって考えなければならず、そんな否定をするような刺激を与えてはいけない。

 

「あのさ、アンタが兄貴の無念を晴らしたいって思う気持ちはわかるよ」

 

「え? わかるの? 相手は下着泥棒なのよ?」

「変態同士で響き合うものはあるんでしょうか?」

「やはりクリスのを盗んだ時に見せたカズマの喜びようはウソじゃなかったんだな」

 

「………」

 

「お兄様……」

「(お前もこいつの同族なのか?)」

 

 周囲の視線が痛い。

 

「おい、お前ら。頼むからちょっと黙っててくれないか? スカルドラゴンが怒り出したらどうするんだよ」

 

 斜め上の展開に戸惑う気持ちはよくわかるけど、せっかく向こうから話し合いを提案したのだから、慎重にこのチャンスをものにしないと。

 

「でもさ、やっぱりそれってちょっと違うと思うんだよな。アンタの兄ちゃんがそんなことを望んでるとは思えないし、何よりも――人類が死滅したら、お前の兄ちゃんが大好きだったパンツもなくなるだろ」

 

「真剣な顔で何を言ってるんですか、この変態は」

 

 でも、今の状況では正しいことを言っているはずだ。

 

「そうだな。このまま世界を滅ぼしたところで、兄の無念が晴れるわけではない。――ならば、我は要求しよう。ここで汝らを見逃す。その代わりに、汝らのパンツを差し出せ」

 

「なぁ!?」

 

 でも、やっぱりこれは頭が痛い。

 しかし、こちらは王子という人質を取られていて要求に従う他ない。それが最も犠牲の少ない選択のはず。

 

「……本気でパンツが欲しいのか?」

 

「本気だ。女子のパンツこそが、兄への何よりの慰めになるものに違いない」

 

「うん、そうなるよな」

 

「ま、待ってください! まさか、本気ですか!」

 

 めぐみんらが激しい抵抗を見せる。当然だ。下着泥棒の無念を晴らすために、パンツを寄越せと言うのだ。しかし、ここには人命がかかっているのであって……

 人の命とパンツとなればどっちに天秤が傾くかはわかるはずだ。

 それに、ヤバいのは王子様だけではないのだ。

 

「あの……、私のパンツをあげれば、とんぬらを助けてくれるんですか!」

 

「ゆんゆん!?」

 

 こうして外野が対話に望んでいる間も戦闘は続いていて、その形勢はすでにほぼ決まっていた。

 今や鎧竜の巨体は、骨の湖に埋もれて圧し潰されている。屈して抵抗できないようで、起きることもできないでいる。このままではとんぬらも危うい。

 

「私のパンツで、とんぬらを解放してくれるんですよね?」

 

「(おい本気か!)ああ、そちらが戦意を収めるのなら。しかし、奴は我の障害。見逃すには、三枚のパンツを要求する」

 

「ぅ……でも、とんぬらを助けるためなら……」

 

「ゆんゆん、待ちなさい。こんなバカげた要求に乗っちゃいけません!」

 

 羞恥に顔を真っ赤にしながら、スカートの中へ手をかけるゆんゆん。めぐみんがそれに待ったをかけた。

 

「めぐみん、このままじゃとんぬらが……!」

「だからって、あなたが犠牲になるような真似をとんぬらが望むはずがないでしょう!

 

「(っ~~! もういい!)」

 

 このカオスな状況に、吼えた。

 もう我慢の限界とばかりに、身体を乗っ取られていたレヴィ王子が一気にまくし立てる。

 

「(このふざけた弟を成仏しろ! 俺が邪魔なら……その、右手を斬り飛ばしてやれ)なにっ、貴様本気か? (ああ、本気だ! これ以上……お荷物になるのはごめんだ!)」

 

 初めて、黒魔導師の気配が動揺する。一体となり、その感情が読めるからこそ、この王子がどれだけ覚悟が決まっているのがわかったんだろう。

 

 そうだ。この黒魔導師が核たる魂をこの戦場から離れた王子の肉体へ“避難”していたのは、きっとそれほど追い詰められていたからだ。だから、これはチャンスで――無力な王子の些細な抵抗、小石のようなそれに躓いたその隙を、逃さず、

 

 

「その気概、俺も奇跡で応じようではないか! 『パルプンテ』――ッ!」

 

 

 ここに聴こえるはずのない声がした。

 虹色の光が弾ける――

 

 “不浄なるものよ”

 

 反響し、木霊する、どこからか謳われる詠唱(こえ)に死人の魂は器とした王子の肉体を反射的に竦ませる。

 

 “この世に穢れをもたらすものよ”

 

 悪寒がする。この魔法を完成させてはならないと本能が告げている。

 

 “我が言葉を聞き、鎮まり給え”

 

 それは爆弾だ。導火線に火は既に点っており、無遠慮な爆発までもう――一手、遅かった。

 

 スカルドラゴンと戦闘の最中、状況を俯瞰して、この一手を打ち込むための機を作り上げるために、徹底した策を練り上げた。

 単純かつ驚異的に。あまりに複雑巧緻が過ぎればその策に自身も溺れてしまう。

 その為には如何にして相手に気付かれずに戦線を離脱する必要があり、ならば“このまま不毛な持久戦に挑めば負ける”という想定すら利用してみせよう。

 

 

 “破邪の光にて、消し去り給え”

 

 瞬間、別の場所――鎧竜を縛っていた死竜の戦場、そこで爆発は起こった。

 それはスカルドラゴンが縛り上げた守護竜が砕け散った音。……いや、あれは守護竜ではなく、守護竜を模した氷像。『風花雪月・猫又』。どのタイミングですり替わったのかは、悟れぬ。あの第一王女の雷光魔法が瞬いた時だったかもしれないし、それ以前かもしれない。いずれにしても大道芸の仕込みを人知れずに済ませるのが、手()師の早業。

 

 また、彼が作る氷像は、仮面の悪魔の人形作成の技術を取り入れていて――爆発する

 絡み付いて密着の超至近距離からの爆破を受けひとたまりもない。

 しかし、そんな竜骨を吹き飛ばす爆発にも収まらぬ怒気が少年の裡で滾っている。

 

「人の女に手を出すとはいい度胸だ。その未練ぶち壊してやるから、一切合切残さず成仏し(消え)ろ」

 

 そして、レヴィ王子の背後。忍び入った仮面の少年より、最後の聖言(ホーリーワード)が告げられた。

 

 

「――『シャナク』!!」

 

 

 パキン、と壊れた音。

 かつて、竜骨兵『嘆きの妖剣士』と巡って争った聖杯……それを破壊した時と同じように、けど今度は偶然ではなく意図的に起こした。

 呪われた魔道具のみ限定の、物理破壊による浄化魔法。

 装備した王子の身を傷つけることなく、呪われた指輪のみを砕いた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「くっ……」

 

 とんぬらが、膝をつく。

 今の奇跡魔法から派生した、強引な破壊による破格な浄化魔法に消耗した魔力が大きかったのか。それともスカルドラゴンとの激闘が響いたか。あるいはその両方か。

 

 でも、まだ終わっていなかった。

 黒魔導師の魂の核ごと指輪を破壊して成仏させてみせたが、まだ竜骨が残っている。黒魔導師の魂がなくとも、ブラックドラゴンの狂猛たる残留思念が染みついていた。

 

「グルル……! グルルウオオオオ……!!」

 

 パーツとなる竜骨の供給源が断たれ、魔力も尽きている。

 それでもスカルドラゴンの暴虐は、この『エルロード』に多大な被害をもたらすだろう。

 止める。止めなくてはならない。

 けど、それを討てる手段は?

 めぐみん、アクアも魔力を回復し切っていないし、とんぬらも疲労困憊だ。

 そして、カズマの攻撃力はドラゴンを倒せるほどなく、ダクネスの攻撃は期待できない。

 だから、望み託すのは、二人。

 しかし、スカルドラゴンは既に飛翔した。先程までは大地に根を張った状態であったが、骨の湖が枯れて、黒魔導師との柵が消えて身軽となった今、理性はなく本能がままに攻撃の届かぬ空へと羽ばたく――

 

 

「あの竜を撃ち落とす……ゆんゆん、雷撃魔法の準備をしててくれ」

 

「え、とんぬら……」

 

 戸惑いの声を上げるゆんゆん。

 それもそのはず。ブラックドラゴンに、雷属性の攻撃は通用しない。竜骨だけのスカルドラゴンでもそれは同じ。

 だから、あのドラゴンは、ゆんゆんが最も得意とする雷魔法は効かない、天敵なのだ。

 

「でも、私の魔法じゃ」

「いいや、ゆんゆん。お前は、できる」

 

 けして無理な強がりなどではなく、ごく普通に、当たり前のように言う。

 

「俺はゆんゆんの努力や可能性を誰よりも知っていると自信がある。まあ、つまりはだ。――」

 

 ただ照れ臭く、けれど目を逸らすことなく告げる。

 そう、自信無くしたゆんゆんに火を点ける、たった五文字の呪文を。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「何とか竜に雷が通用するようにして見せるから、大船に乗ったつもりでいろ。期待には何が何でも応える男だからな。――兄ちゃん、付き合ってくれ」

 

「お、おう」

 

 言って、あの人はお兄様の手を引いて走っていく。

 

「あの男、あれだけ言えなかったくせに、こんな時に言うなんて……」

 

 親方が呆れた様子で顔を押さえている。でも、効果覿面。

 ゆんゆんさんの目の色が変わった。それは紅……純度の高い紅。紅玉のように鮮やかに瞳が光る。

 

「え? あいつは、お前じゃなくて、そっちの……?」

 

 レヴィ王子がチラチラとこちらを伺い、疑問符を浮かべている。訳が分からないと言った顔だ。

 

(……でしたら、私がすべきことは――)

 

 竜を撃ち落とす。だから、その先。

 ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスは、聖剣を構え、その好機(とき)に備えて神器の真価を発揮すべく、ひたむきに力を練り上げる。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 徐々に真上に上昇する竜骨。

 これじゃあ普通の攻撃は届かない。今でも弓矢を放って届くかどうか。それが今も高くなっていくとなれば、躊躇うなど悠長にしている余裕などないのだ。

 

 ――天にある標的を降すのだけを考えれば、最適なのは、隕石落し。

 数ある奇跡の可能性の中でもひときわ破壊力があり、しかしそのせいで周囲に及ぶ被害も尋常じゃない、とんぬら自身も出すのを控えるほど。下手すれば、スカルドラゴンが暴れるよりも『エルロード』に災いをもたらすだろう。

 とんぬらが願うのは、それじゃない。

 

「――『パルプンテ』!」

 

 王城で最も高い屋根の上まで駆け上がってから、最後の魔力を振り絞って、とんぬらが起こしたのは真っ黒な煙幕。

 視界を塗り潰したけれど、スカルドラゴンはその漆黒が届かぬ領域にある。範囲が及ばぬ。――ならばその高みに届かせる。

 

「よし! 兄ちゃん頼む!」

 

 とんぬらに腕を引っ張られながらここまで連れてこられたカズマは、ひいこらと息切れ気味のご様子だが、この一矢に望みを託した。

 移動中に作戦説明は聞いている。

 今回はパーティの三人が珍しく活躍しているというのにあまりいいとこなしだったけど、最後くらいは妹分(アイリス)に兄ちゃんの格好良い所を見せてやりたい。

 

「届け、『ウインドブレス』――『狙撃』!」

 

 頭上に向けて構えたのは、弓。魔法効果を内蔵された、『冒険者』サトウカズマの専用装備ともいえる魔弓。

 『らんらん(めぐみん命名)』改め『嵐の弓』――その錬金強化された『サイクロンボウ』。それから放たれた矢は旋風を纏い、今とんぬらが発生させた黒い霞を絡め捕りながら飛行機雲のように連れ昇っていく。

 事前にアクアから身体強化の支援魔法を掛けてもらい、かつ旋風を付加して射程距離が上昇、そして、乱気流の直中でも中ててしまう幸運補正。

 空を飛ぶスカルドラゴンの肋骨の隙間に入り込んだ一矢は、城の屋上から勢いよく伸びた狼煙を伽藍洞の腹腔内まで運んで満たす。

 

(本当にこの机上の空論を達成してしまうとは、恐ろしい幸運補正だな、兄ちゃんは。きっと俺みたいに面倒な計算を考えなくてもギャンブルで大勝ちしてしまえそうだ)

 

 とにかく、これで仕込みは完了した。こちらの仕事はもう終わり。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 どうしてだろう。

 ついさっきまで全然自信がなかったくせに、こうあまりのくすぐったさについ笑みを零してしまう気持ちになっていた。

 

 準備は万端に整い、ベストコンディション。

 

 鎖で十字に封じられた魔導書『スペルブック』に短刀を突き立て、解放。

 本にして幾重に束ねられたスクロールに篭められた契約した竜の魔力を、受け取る。赤い糸を結んで以来、より補強された(パス)より流れ込む魔力がその身体を満たしていく。

 宿る。

 少女の身に、竜にも等しい魔力が宿る。

 

(とんぬらが……初めて、ちゃんと言葉にして言ってくれた)

 

 飾り気ないけど。それもこんな土壇場で、落ち込んだ自分を励ますための格好つけで。ちょっと時と場所を考えてほしいようで、けどある意味彼らしい彼の告白。

 ただそんなとんぬらの言葉に、少しだけ切なくなる。

 どれだけ自分は助けてもらってるのだろうと、情けなさと心強さが裡で膨らんで胸がいっぱいになる。

 そんな感傷を振り払うように、何度もリフレインしていた台詞を一旦停止して頭の隅にそっと置いて、今はひとつの魔法に専心する。

 

「うん、今なら思うこと全部できるって自信がある。だから、絶対に応えてみせる!」

 

 少女の身体でどんどん昂っていくその熱を、解き放つ。

 

 

「これが今の私の全身全霊! ――『ゴッドスパーク』ッッ!!」

 

 

 すべてが、白く染まった。

 神話的としか形容しようにない規模で、雷電が天と地とを繋ぐ。

 居合わせたものの総身を凄まじい轟音が叩いた。鼓膜どころか全身を吹き飛ばされかねない衝撃だった。地上のありとあらゆるものを拉いで、『ドラゴンロード』の呼んだ落雷は世界を引き裂いた。烈風が吹き荒れた。

 そして、天にあった死竜の――スカルドラゴンの巨体は、その破魔力が付加された神鳴りに呑まれた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――死竜が失墜する。

 奇跡魔法で発生させた黒い霧……属性耐性を反転させる『冥界の霧』で、無敵を誇っていたはずの雷属性が弱点の耐性へと逆転されてしまい、そこを千早ぶる雷霆が撃ち抜いた。

 本来状態異常に陥るはずのないアンデッドであり、強靭な魔力防御力を誇るドラゴンであるスカルドラゴンが焼き焦がされ、竜骨一本たりとも微動だにできないほど痺れ切った。

 

 重力に引かれ自由落下する巨体。

 みんなが作ってくれたこの好機。

 だから、この一刀は外さない。

 だから、仕留める。

 

 

「『セイクリッド・エクスプロード』――!!」

 

 

 アイリスの決意に呼応して、勇者の血族たる王のみ振るえる神器、一騎当千の王を選定する聖剣が眩い光を放つ――!

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――スカルドラゴンは、アイリスの必殺技を受けて影も残さず消え去った。

 辺りが光に包まれたと思ったら、気が付けばなんかスカルドラゴンが消滅していたのでどういった技なのかはカズマにわからない。

 とんぬらと急いで戻ってみればそこには……

 

「アイリス、あれで私に勝ったと思わないでくださいね! 我が『エクスプロージョン』を食らいギリギリ瀕死だったからあのスカルドラゴンは倒せたのですから! ただ、最後のちょっとした一押しをアイリスが担っただけで、そう、あーえーてー、手柄を譲ったのですからね!」

 

 美味しいところを持っていかれ、しかも強力で格好良い技名が譲ってはならない琴線をかき鳴らしてしまったせいか、めぐみんが鬱陶しいくらいアイリスに物申していた。

 

「わかってます、わかってますともめぐみんさん。だからもう許してください」

「いいえ、許しませんとも! 何が『セイクリッド・エクスプロード』ですか、爆裂魔法の上位版みたいな名前を勝手につけたあの技は、今後二度と使わせませんよ!」

「いえ、『セイクリッド・エクスプロード』という名前の技なので、『エクスプロージョン』とは関係ないと言いますか……」

「爆裂魔法のパクリみたいな名前のくせに、関係ないとはどういうことですか! あの強力な威力は『エクスプロージョン』と名前が似通っているからこそ生み出されたと思うのですがね!」

「めぐみんさん、いい加減面倒臭いです! 私の一族に代々伝わる必殺剣をパクリ呼ばわりしないでください! そもそもあれは、剣の名前に由来した必殺技で……!」

 

 戦闘が終わった後だというのに何とも騒がしい二人。

 アクアやゆんゆんも魔力を使い果たしてへとへとでこの諍いを止める元気もないようで、ただひとりダクネスがどうしたものかとオロオロしている。

 そんな様子を、レヴィ王子は、精気欠乏で蒼褪めた顔色を興奮に真っ赤にして、でもこれまでのことがあって声が非常に掛けづらい心情が邪魔して忙しい。

 

 

「なんてことをしてくれたのですか」

 

 

 そんな空気に水を差したのは、誰よりも早く、一目散に謁見の間を飛び出した宰相だった。

 スカルドラゴンを倒して大団円という流れに構わず、声高に非難する。

 

「城が滅茶苦茶だ。それもすべて王女方が暴れ回ったせいです。……一体どう責任を取られるおつもりか。此度の件で、『エルロード』は『ベルゼルグ』に賠償を申し立てる」

 

 奇跡的に被害が軽微で済んだとはいえ、王城は半壊している。これの修復費用となればどれだけ貪り取られるのか。あまりに突飛な追及に、アイリスも困惑の表情を浮かべている。

 

「これでは支援金もままなりませんね。多少はアイリス様の健闘を称えて、賠償の期限を待って差し上げますが、必ずや取り立てます」

 

 この展開にカズマは思い出す。

 魔王軍幹部ベルディア戦に機動要塞『デストロイヤー』戦のあと逆に借金がかさんだ理不尽を。

 

「ま、待てラグクラフト! それは流石にどうかと思うのだが……。我が国を救ってくれた恩人、ドラゴンスレイヤーの英雄に借金を負わせるのは……ダメだ。そんなの絶対にダメだ!」

 

 とそこでこちらを弁護したのは、王子だ。

 いつになく強気で宰相の要求を突っぱねた。

 

「王子、あまりわがままを申されるな。これは全部、『エルロード』のために」

「ほう、ならばそれが『エルロード』に対する赤心であるのなら、せめて正体を晒してはくれないか、宰相殿」

 

 そこで、ちょうど帰ってきたとんぬらが割って入る。

 そのトレードマークな仮面を見て、大きく目を見開く宰相へと不遜に言い放つ。

 

「この仮面、見忘れたとは言わせん」

 

「き、ききき貴様死んだはずじゃ……!?」

 

「幸運にも、いいや残念ながら生きているよ。あの程度の毒、俺には腹下しにもなりはせん。――さて、いい加減にその魔物臭い正体を白日の下に晒させてもらおうか、『鏡花水月・猫騙し』」

 

 王子が呪われた指輪から解放された今、こちらに躊躇う理由はない。

 

 全開に開き、鉄扇を円鏡の形態『太陽(ラー)の鏡』へと変形。氷面鏡より反射される陽光には、“真実を暴く”という効能があり、カメラのフラッシュを焚くように瞬くや、宰相……何の特徴のない男の姿がグニャリと歪み、真っ黒な人影だけがそこに残る。

 

「なるほど……あんた、ドッペルゲンガーだったのか」

 

 皆唖然と。特に王子に至っては顎が外れるかと心配するほど大口を開けて呆けている。そんな醜態をさらすのが気にならないほど驚愕だったんだろう。

 何せ自国の重臣が人間ではない、魔物であり、そして、魔王軍の手先だったのだから。

 とんぬらに正体を暴かれ、観念したのか宰相を騙ったそのモンスターは、自白する。

 

「……っ、そうだ。俺の名はラグクラフト。魔王軍諜報部隊長、ドッペルゲンガーのラグクラフトだ」

 

 赤裸々にこれまでの経緯を。

 

 

「――あれは今から30年以上前になる。この国の内政官の募集に何度も何度も応募してようやく採用された俺は、それから毎日馬車馬のように働いた。カジノに入り浸りロクに仕事もしない同僚。カジノ狂いの王族に、同じくカジノ大好きな貴族たち。コイツらが毎日散在しまくったおかげで、俺が一体どれだけ苦労をさせられたか……。いっそこの国を放っておいた方が魔王軍のためになるんじゃないか? 何度もそう考えたぐらいだ」

 

 切々と愚痴られるのは、自慢話ではない。苦労話だった。

 事件の黒幕が、最後にすべての種明かしをするのかと思えば、どうやらこれまで溜め込んだ鬱憤を吐き出したかったようだ。

 

 ギャンブルに目を向けず真面目に働いた魔王軍の手先は、あっさりと『エルロード』の王族に信頼を得た。

 そこまではよかった。順調だ。だが、順調すぎた。

 地位が上がれば、優秀な政治能力を発揮してその分だけの責務をこなして立身出世を重ね、今ではこの国の内政を一手に任されるようになったのだが、そこでようやく『エルロード』の国情を知る。

 ギャンブル三昧の結果、途轍もなく膨らんだ財政赤字。しかもこの借金など気にも留めず、毎日遊び惚ける貴族や王族。

 

「わかるか? この国の人間どもは、初代国王がギャンブルで当てた財産を食い潰し続け、国を破綻寸前まで追い込んでいたのだ。それを回復させたのが……」

 

 根が真面目で、重用された責務に応えんと建て直しに尽力した。

 しかし、元々はスパイである。だが、この当初の目的に気付いた時には、宰相という内政官のトップのポジションを獲得していた。

 そこで、ふと思った。

 ここまでやる必要はなかったんじゃないか、と。

 

(そうか、コイツは真面目とかじゃなくてバカなんだな)

 

 愚痴を聞かされてなんかもう哀れみさえ覚えてきた。

 

「この地位に上り詰めた私は、ようやく行動に移すことにした。そう、魔王様のために働く時がやってきたのだ。貴様らは魔王様に関するロクでもない噂を流しまくってくれている様だが、あの方はとても仕え甲斐のある素晴らしい方でな――そこのバカ王子などよりもよっぽどな」

 

 最後、レヴィ王子に向けて放たれた文句に、王子は何とも言えない、言い返したいが言う通り、王族の行いを鑑みれば何も言えなくなって、悔し気に口を噤む。

 とんぬらもそれを見て、これ以上の会話を打ち切るよう口を開いた。

 

「で、命乞いはそれでいいのか? 今の愚痴を聞く限り、あんたには情状酌量の余地があるかと思ったがあんなスカルドラゴンを王城の地下に潜ませていては、やはり魔王軍の手先として処理しなければならんな」

 

「ふん! こんな国、俺が一から立て直してやったのだ。だったら、すべてを壊しても構わんだろ! それに俺が単に長年の苦労と愚痴を理由もなく垂れ流したと思ったのか。まあ、誰かに吐き出せてスッキリはしたがな」

 

 剣呑な雰囲気が漂い始める。

 ドッペルゲンガーの長年の苦労を水泡に帰したのだ。当然、復讐がしたい。凄まじいまでの殺意が湧いた。そして、気づいた。

 

「見たところ貴様らはスカルドラゴンを倒すのに疲労困憊している。そして、ここには今、貴様らしかいない」

 

 これはチャンスじゃないのかと。

 

「くく、何故、俺が全て話したと思う? ここで皆殺しにすればどうとでもなるからだ! ああ、そうだ。今度は王子に成り代われば煩わしい思いなどしなくても済む」

 

「怒りのあまり大局を見失ったな、ここで厄介なのはスパイに逃げの一手を取られることだったぞ」

 

「ほざけ。さっきの会話は、時間稼ぎだ。姿形(がわ)だけではない完全なる変身を果たすには十分に観察をしなければならないからな」

 

 爆裂魔法はとんでもない火力で、魔王軍幹部をも打ち滅ぼせるものだろうが、それも一発限り。他も、スカルドラゴンとの戦闘で大技を連発していて、疲れ切っている。

 この状況で、最も強い存在に化ければ、全滅させられることも、けして無理なことではないはずだと睨んだ。

 

「これまで魔王軍に辛酸を舐めさせてきた『ベルゼルグ』の王族、紅魔族にアクシズ教徒を一網打尽にする。ふははははは、そうだ、それでこそ私は魔王城へ錦を飾れるというものだ! 愉悦! 愉悦!! 実に愉悦だ!!」

 

 ドッペルゲンガー自体は、戦闘能力のある魔物ではない。だから、戦闘班ではなく諜報班に組み込まれた。

 だが、化けた相手の力をものにすることができる。虎の威を借りる狐のようだが、変化する対象次第で、強力な戦闘能力を得ることもできるのだ。

 おいこれまずいんじゃないか……!?

 スパイの意図に気付き、そこにいた全員が身を強張らせた。

 

「アイリス姫の力は、なるほど代々魔王軍に恐れられている一族なだけはあった。――しかし、勇者の血を色濃く継いでいるのは、やはり先祖返りしたジャティス王子、貴様だ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ああ、もう終わりだ……!

 レヴィ王子はこの絶体絶命に嘆いた。

 

 宰相だったドッペルゲンガー・ラグクラフトは、あの『ベルゼルグ』の第一王子への変身を成功させてしまった。

 アイリス王女のお兄様であり、あの宮廷道化師をも負かした第一王子だ。あの面子の中では最強に違いなく、今その力が敵として襲い掛かってくる。最悪としか言いようがない。

 

「…………は?」

 

「フハハハハハハッ、どうだ、驚いたか、この不細工な姿は紛れもなく貴様だジャティス王子。俺を所詮ドッペルゲンガーと侮ったことをあの世で後悔しながら逝くと良い!」

 

 勝利を確信し高笑いをあげるラグクラフト、それに対して『ベルゼルグ』の面々は王子自身と同じように悲壮感を漂わせる……ことはなく、微妙な表情だった。

 そして、一名。この状況に真っ先に飛び出し、

 

 

「『ゴットブロー』!!」

「ぶげらっ!!?」

 

 

 仲間の顔だというのに微塵も容赦なく青髪のアクシズ教徒が突き出した拳を、避けられず第一王子のドッペルゲンガーは吹っ飛んだ。

 

「プー、クスクス! “いっちばんのハズレ”を選んだわよコイツ! あー、本当、カズマをサンドバックにしてるみたいで最高に気持ちいいわ!」

 

「あとで覚えてろよアクア」

 

 ???

 ど、どういうことだ? あれは第一王子に化けたんじゃないのか? なのに、なんであんな『アークプリースト』のパンチで、ピクピクとしてるんだ?

 それに、カズマ? 第一王子の名前は、ジャティスじゃないのか?

 疑問符が絶えないレヴィ王子、それにラグクラフト。

 

「ど、どういうことだ!? 勇者の血筋である『ベルゼルグ』の王族の力は、魔王軍でも手を焼かされる……現にあのアイリス姫の力は俺も目を瞠るほどの……!」

 

「何かもう。本当にいろいろ可哀そうなスパイなので教えてあげますが、あなたが変身した男は『ベルゼルグ』の王族でも何でもありませんよ。それも運を除いて、魔法使いである私よりもステータスは低いです」

 

「めぐみんの言う通り。アイリス様とカズマは血縁上何の関係もない」

 

「…………。えっ? いや、アイリス姫の兄君ではないのか?」

 

「そうだよ? 血は繋がってない義理のお兄様だけど」

 

 義理の、お兄様……?

 

「ど、どういう……ことだ? ジャティス王子ではないのか? となると貴様は何者だ?」

 

「ベルゼルグ一かもしれない『冒険者』、サトウカズマです」

 

 まったくピンとこない名前だ。

 ……もしかすると、何か訳ありの兄妹という事か。いずれにしてもアイリス姫は兄と慕っていることに変わりないし。

 と納得しようとするレヴィ王子だったが、一方でラグクラフトはわなわなと身を震わせ、失態を悟った。

 

「『冒険者』、だと……? お、俺は最弱職の雑魚野郎に化けたとでもいうのか!」

 

「おい、いい加減にしろよ、さっきから俺に失礼過ぎるだろ」

 

「よーし! それじゃあ、カズマ! ……に化けた魔王軍の手先を皆で囲んでフルボッコにするわよ! 運のないカズマなんて拳骨で十分よ! ストレス発散するいい機会だわ!」

「うむ。魔王軍の手先だからな。カズマ……の顔でも容赦はせん。それと、カズマの瞳はそんなに澄んでないぞ。もっといやらしく濁っている」

「そうですね。これはまた随分と楽しそうな状況……いえ、心苦しいですが、爆裂魔法を放った今の私は楽に爆葬してやれませんから。この時ばかりは私も拳を振るいましょう。フラフラした浮気者のカズマに化けても仕方なく心を鬼にしますよ」

 

「おいアクア、まるで俺が魔王軍みたいに聴こえるんだけど……! それからダクネスにめぐみんも本当は楽しんでんだろクソッたれ! でも普段の行いを改めるから、手加減してやってくれお願いします! 俺と同じ顔をしたヤツがタコ殴りされるのは心が痛むんだよ」

 

「姿形はどうあれ相手は魔王軍の手先なのですから、私もここは、ララティーナたちと一緒にやらないといけないでしょうか。なんかもう見た目が……お兄様も泣いていますし」

「ううん。アイリスちゃんは参加しちゃダメ! ああいうのは目に入れないで、あなたはそのまま綺麗な心で育っていってね」

「うん、まあ、本当にいろいろと可哀そうだな」

 

 その後、主にジャティス第一王子……ではなく、ベルゼルグ一の『冒険者』サトウカズマのパーティ仲間がそれぞれ理論武装をしてから、日頃の鬱憤でも晴らすかのように袋叩きに。最終的に変身を解いて元のドッペルゲンガーに戻ったところでアイリスに介錯されて、魔王軍のスパイ・ラグクラフトはなんともあっけなく撃破されたのであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 こうして、最初から最後まで波乱であった第一王女の初めての外交は終わった。

 反対していた宰相がいなくなり、レヴィ第一王子の決断で、『ベルゼルグ』へ魔王軍と戦うための防衛費だけでなく、魔王軍に攻勢を仕掛けるための莫大な支援金もすることが正式に約束された

 これに王子の取り巻きたちは意外にも満足そうな表情を見せていた。なんだかんだで、自分たちが使える主が己の意思でもって決断を下せたことが喜ばしかったのだろう。それにスパイであったとはいえ、ラグクラフトの最後の愚痴を聞かされ反省したのか政治にも興味を持ってきたようで、これからは“バカ王子”などと呼ばれることもなくなるだろう。

 王城を主戦場としたスカルドラゴン戦における被害復旧があるためすぐにでも支援するとはいかないが、きっと友好国として『ベルゼルグ』の味方になってくれるに違いない。一応とはいえ政治の中枢を担っていた宰相がいなくなったが、それも帰ってくるだろう『エルロード』の陛下らがいる。

 

『ミツルギは、今すぐ『エルロード』の陛下を王都に連れ戻してほしい』

 

 最初、ミツルギパーティが別行動したのはそれが理由。

 年若い政治判断ができない第一王子では、宰相の言いなりだと判断を下してのことだったが、実際そこは宰相も陛下を王都から離して中央で幅を利かそうと企てたのだろう。

 なので、魔剣使いの勇者として他国にもその名を轟かしている有名人であり、王族と謁見しやすいだろうと期待してとんぬらはミツルギキョウヤに任せたのである。

 結局、すべてのことが終わってから王様たちとコンタクトが取れ、帰還するとの一報が入ってきたが、政治を取り仕切っていた宰相の穴埋めをするにはまだ第一王子には荷が重いだろう。これまで宰相に任せきりだったツケを払っていただこう。

 

 で、これは政治面とはあまり関係のない事だったが、レヴィ王子と我が国のアイリス王女は“お友達”になった。

 あれから誤解は解けたのだが、どうやらあの王子殿は『彼の宮廷道化師は姫さんに見初められた恋人』などと思っていて、それでやたらと対抗心剥き出しにしていたようである。なんて誤解だ。姫さんはそれをきっちり否定(『彼は私がいずれ倒したいライバルです』なんていうからややこしくなりかけたが)、そして、とんぬらはしてもいない浮気の誤解を解こうと王子から勘違いが移ったパートナー(ゆんゆん)を宥めるのに苦労した。

 

 で、正しく関係を把握した王子殿。

 彼が姫さんのことを気に入っているのはわかっていたし、『ベルゼルグ』と距離を置くために無礼を振舞ったことも察している。支援金の話がまとまった後、あらためて行われた宴は盛大に催されて、結構仲良さげではあった。

 しかしだ。

 

『お前、アイリスと婚約解消したじゃん』

 

 カズマ兄ちゃんは、外交どうのこうのというより、姫さんの婚約という点に過敏に反応しており、そこのところはきっちりと念押ししていた。

 これにはレヴィ王子、いつになく必死に姫さんへ懇願するような目配せをしながら、

 

『あ、ああ、あれは……。べ、『ベルゼルグ』と距離を置こうとして、それでアイリス姫にわざと嫌われようとしただけで、本心から言っていたわけでは……! それに、俺も宰相に騙されていたわけだし、何よりも同盟と友好の証というか……!!』

『……『ベルゼルグ』と『エルロード』は、ずっとずっとお友達です。なので私達も、ずっと“お友達”でいましょうね』

『待ってくれえええええ!!』

 

 でも、こちらのお姫さんは困ったような表情でちらりと一度だけ兄ちゃんを見てからバッサリといった。

 自業自得というか因果応報というか、残念な結果に終わる。

 しかし、とんぬらからすれば羨ましい。何と言っても、こちらは姫さんからお友達などとは認められず、ずっと“好敵手(ライバル)”として“とても激しい交流(コミュニケーション)”を強いられることがままあるのだから。友達でいるのはなんて平穏な事だろうかと思ってしまう。

 

 そして、今回の貿易を経て、姫さんは『エルロード』でも一躍時の人となった。今や『エルロード』の王子よりも人気者な『ベルゼルグ』の王女。

 何と言っても王都を襲ったスカルドラゴンを降した英雄だけに留まらず、指輪の呪いから王子の命を助け、あわや魔王軍の手先に中枢を乗っ取られそうだった『エルロード』の救世主である。

 特に王城での死竜との激闘は、王都の方からでも凄まじい魔力の波動の応酬は窺えたようで、最後、王家伝来の必殺剣が炸裂した瞬間は歴史として長く語り継がれることになりそうだ。

 ……それだけに、救世主な姫さんとの婚約が解消され、“お友達”になったことは『エルロード』の臣民らにひどく残念がられることだろう。まあ、これはしょうがないと割り切ってもらうしかない。

 

 ………

 ………

 ………

 

(………で、ミツルギらと入れ替わるように『ベルゼルグ』に帰還して、兄ちゃん達が参加する王都での祝賀会は、辞退させてもらったわけだが)

 

 第一王女の影武者の件があって、宮廷道化師の存在は不明瞭に濁しておいた方がこちらも助かる。

 それに、折角、一芝居を討って魔王軍諜報部より『仮面の紅魔族が死んだ』と報告がなされているのに、実は復活していたなんて知られたら余計なちょっかいをかけられるかもしれない。あの死んだフリにはそういう狙いもあったりする。

 

 またこちらには日常がある。

 なので、燃料切れの『超激突マシン』を紅魔の里へ移送するという体で帰りは別れ、ゆんゆんの『テレポート』で紅魔の里を経由してから、『アクセル』へと帰ってきた。

 

「正直、もう上流社会はこりごりだ。しばらくは関わりたくない」

 

「そう、とんぬら、大変だったものね」

 

「ゆんゆんも付き合わせてしまって悪いな。お城の祝賀会を断らせるような真似をしてしまって」

 

「ううん、私も、疲れちゃってたから。……二人でゆっくりしたいなぁ、って」

 

 隣を並んで歩いていたゆんゆんの気配が近づき、距離が縮まり、互いの肩が触れ合う。

 そんな催促の合図に至近にある手を握れば、ゆんゆんは頬を染めて、とんぬらを見上げ、

 

「ねぇ、私のこと、どう思ってる?」

 

「――察してくれ」

 

 顔を反対に背け、ぶっきらぼうに言い放つ。

 そんなついに十五歳になっていたパートナーのすげない態度にゆんゆんは頬を膨らませる。事あるごとに、あの時の告白を再演するようにお願いされているけど、その悉くをこのように断られている。

 どうしてとんぬらはあの時一度言ってくれたことができないのだろうと不満げな少女はしっかりと掴まえた腕を抱き寄せながら、

 

「それはわかってるけど……でもやっぱり、ちゃんと言葉にしてほしいの」

 

「あー……」

 

 頭を掻き、罰の悪さに顔を顰めながら、わかったわかったととんぬらはゆんゆんへと振り返って、その耳元に仮面の下の口を寄せて、

 

「また気が乗った機会にな」

 

 と、これまで通りに言葉で誤魔化したのだった。

 

 

 で、そんな恥ずかしさを堪える隣人の帰還を待ち望んでいたものがいる。

 

「『アクセル』に帰ってこれたし、久しぶりにウィズ店長たちに挨拶を」

 

 バイト先でもあるお隣の魔道具店に入ってみれば――――ずらり、と青と白のストライプ側のパンツが目の前の棚に並んでいた。

 

「おお、実に香ばしい羞恥の悪感情を匂わすのが誰かと思えば、いつも通りに波乱万丈の出張をしてきた竜の小僧ではないか!」

 

 指輪を破壊したので、とんぬら自身の呪いも解放されている。久しぶりに自分で穿けたときには不覚にも泣いたくらいだ。

 だが、だからといって、羞恥物の記憶(トラウマ)を忘れられるわけがない。

 

「実は今日から当店は、男性物下着のセールを開催しようと思っていてな。どうだ、竜の小僧? おひとついかが?」

 

「早速、死んだフリじゃないけど仮病でも使ってバイトを休みたくなったなバニルマネージャー」

 

「うむ、そうなれば我輩が香典として、汝にパンツを贈ってやろうではないか」

 

 上流社会のいざこざに巻き込まれるのはごめんだが、この最上位悪魔にからかわれるのはもっとごめんだ。

 とんぬらは『アクセル』に戻ってもゆっくりと心休めそうな安住の地がないことに天を仰いで嘆くのだった。

 

 

 つづく

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 シャナク:ドラクエⅢより登場する装備した呪われたアイテムを破壊する魔法。その効果から神聖魔法系統に入るかと思いきや、僧侶は覚えず、習得するのは魔法使いか賢者のみ。

 ドラクエⅩにおいては、失われた古代呪文となっており、膨大な魔力を消費するが、通常のお祓いが通用しない強力な呪いをも解く効果のある魔法。破壊の魔神が刻んだ刻印を消し去った上、魔神の眷属十数体を即滅させるほど、過去作より秘法級に超強化されている。

 作中では、パルプンテのスカ効果のひとつ『どこかで何かが壊れた音がする』をとんぬらなりの解釈で物理破壊の浄化魔法にしたという設定。

 

 サイクロンボウ:ドラクエⅨに登場する武器。大嵐の力が宿る強力な弓。『嵐の弓』の強化版。

 

 ゴッドスパーク(の杖):トルネコのダンジョン3に登場する。火柱の杖、氷柱の杖、砂柱の杖、風の杖の4本を材料に、合成の壺で異種合成。ゲーム中で最強クラスの魔法。

 

 スカルドラゴン:この素晴らしい世界に祝福を! のゲーム『この欲深いゲームに審判を!』に登場するボスキャラ。ゲーム中で、デストロイヤーの脚を吹っ飛ばしためぐみんとウィズの爆裂魔法二発同時攻撃にも耐え、その後にアクアの本気(+カズマの魔力)で放った浄化魔法でも滅ぼされなかった。

 ウィズ曰く、戦っても勝てる自信はあるけど戦闘の余波で周囲の被害が尋常じゃなくなるとのこと。

 作中では、それに加え、スカルドラゴンの素体が最強竜種の一角であるブラックドラゴンで、指輪が黒魔術のアーティファクト(ハリーポッターの分霊箱みたい)になってより不死身になり、ヘルモードな仕様に強化されています。


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