この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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106話

 ――ドラゴンの魔力というのは扱いが難しい。

 前例として、竜の血を飲んだひよこが巨大化するだけでなく、主人(アクア)にも逆らう凶暴性も発揮していた。呑まれれば、狂化してしまうものなのである。

 紅魔族というのは優秀な魔力素質はあるのだが、魔力の自然放出が苦手で魔力を溜め込み易い性質がある。

 

 

 ――悪魔というのは好みの悪感情を引き出す術に長けている。

 淫夢を見せて精気を得るサキュバスしかり、人をからかい恥ずかしめる地獄の公爵しかり、ご飯のために悪魔は術を編み出しているものだ。

 ぼっち癖が抜け切らぬその性根を、劣等感が好物である悪魔に目を付けられた。

 

 

 ――そして、彼女は近頃、不満だった。

 

 

 こんな不幸が不幸にも度重なった結果……

 

 

「ウフフ……そうよね。……もう私しか見られないよう……たーっぷりと躾けないとダメよね」

 

 はらりとおさげをまとめていたリボンが解けた髪が、見るも鮮やかに赤く赤く染まっていく。まるで某野菜人が感情を爆発させて金髪になるように、これは紅魔族の長の血族が覚醒したのか。

 

「と

 ん

 ぬ

 ら

 ぁ

 紅魔族随一の、ううん、世界で、一番、幸せなペットにしてあげる」

 

 自らを抱きしめるように両手を当てられた童顔にはうっとりと恍惚、陶酔の色が浮かんでいて、彼女らしからぬ蠱惑的な表情に。微かに開いた唇は艶やかな彼女の欲望を透けてみせるかのよう。

 紅に潤んだ瞳、燃えるような赤い髪、火照って朱を差した頬、そのいずれも自分を屈服させた未来図を思い浮かべた高揚を想起させる。

 

「大丈夫、とんぬらは……ンッ、ハァ……私が一生面倒見るから……」

 

 ドラゴンは宝物を収集する習性があるというが、これも竜の魔力に酔ったせいか。捕まったら冗談ではなく、管理(監禁)されそうだ。

 

(紅魔族の頭のアブない方の娘がついにヤンデレに目覚めちまったか……!?)

 

 妖艶であるが、それ以上に勝る戦慄に口元を引き攣らせるカズマ。眼中にないため直に見つめられているわけではないが、背筋の辺りがゾクッと来る。

 この挑発行為に、同じく同行していたダクネスが声を上げた。

 

「な、なんと、破廉恥なっ……! いったいどうしたんだ、ゆんゆん!? 今は冗談を言っている場合じゃないぞ!」

 

「んもう! 相変わらず堅苦しい人ね。楽しい雰囲気がシラケちゃうから私達の邪魔をしないで! さもないと、あなた達みたいなお邪魔虫は、私の魔法で、黙らせてあげるわ!」

 

 『ゆんゆん・ドラゴネスモード』は周囲の空間を蜃気楼の如く揺らめかせるほど魔力の昂りを発する。

 

(やばい。これ、勝てないかもしれない)

 

 して、これに数多の艱難辛苦を乗り越えてきたとんぬらは、初めて目を逸らしたくなった。

 あまりに反則過ぎる。これに抗えとかなんて試練だ。魔法を交える前に背中を向けたくなったが――鬼嫁からは逃げられない。

 

 

「逃げたりしたらヤいちゃうかも――『カースド・インフェルノ』ーッ!!」

 

 

 ちなみに悪魔の呪いのせいかは知らぬが、その衣装もまた、バニーガール(頭部は猫耳仕様)に変身している。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「『ティンダー』、『フリーズ』」

 

 ――煌びやかな花焔(かえん)と氷華。

 色々な人の魔法を見たことがあるけど、この人の魔法は、とても綺麗で、魅せられる。

 誰でも覚えられる初級魔法だけど、こうも鮮やかに掌から開かせてみせるのは誰でもできない。

 ママのパパ……イグニス様は、この人のことをとても評価している。

 『上級魔法が簡単にできるよりも、初級魔法なのに凄いと思わせる魔法使いの方が素晴らしい。彼は年若いがその腕は宮廷魔導士としても十二分に務められるだろう』と仰っていた。

 レベルが上がりスキルポイントを溜めていけば、上級魔法もできるようになる。でも魔法に限らずどんな物事においても本当に技術のある熟練者は、まず基本が良い。物凄く形が綺麗で、どっしりと安定しているのだ。

 イグニス様は、単純に剣の素振りだけでも見る人が見ればその者の程度を測れるというけど、彼の魔法はそれに通じるものがある。

 そう、この人は、ひとつひとつの技術に人を魅了する“華”がある。魔法のことが詳しくない素人目でも目が離せなくなるくらい胸が躍る!

 

「あの」 僅かにあった逡巡は、湧き上がる好奇心に圧されて。「私も、できますか」

 

「もちろん。俺は君を教え導く師である。手と頭を存分に貸そうとも」

 

 口調。穏やかに。

 表情。同じく、そして同時に、仮面の奥の眼差しは包むような柔らかい光を湛えている。

 

「一日二時間ほどでしかシルフィーナへの教示の時間は割けないけれど、全力でこの才を尽くそう。俺もまた人に教授を受けた身であり、新たな弟子を育てることはその師らへの恩返しの一環なのだから」

 

 そう言って微笑む彼を前にして、もう、我慢は利かなかった。

 小さな唇を開いて、思い浮かべた質問を口にしようとする。稀代の魔導師で、この街のエースと称される冒険者でもある彼は自分の知らない世界をたくさん知っているだろうから、どこから訊いていいものか期待できる話題が豊富過ぎて会話のとっかかりを選ぶにも迷ってしまう。

 

「お師匠様にも、お師匠様はいたんですね?」

 

 無難にまず口にしたのは先の会話に出た師の話。

 

「ああ。里の学校の先生や親とは別に、三人の師がいる」

 

 微笑みながら彼は応じる。

 

「魔法使いの師が二人。ひとりは同郷の『紅魔の里のアークウィザード』、もうひとりは地下ダンジョンで出会った『リッチーのアークウィザード』」

 

「リッチーですか!?」

 

 驚きに声を上げてしまう。

 リッチー――

 それは、孤児院に訪れるエリス教徒から伝説級のアンデッドモンスターと教わっている。そんな大物と繋がりがあったなんて。

 

「驚くのも無理はない。けれど、俺はその方に、暗闇の恐怖から救ってもらった。そして、偉大な魔導師キールはリッチーであったが、その心は人間だった」

 

 ひとりの女性のために国と戦った大魔導師――

 彼の口から語られるそのリッチーの師である背景のそれは、簡潔にまとめていながらも淡々と事実だけを述べるのではなく。ママ(いとこ)が寄贈してくれた絵本を皆に朗読するかのような、場面場面で声調の起伏に富んだ情緒ある語り口調だった。

 それだけ思い入れのある話で、きっとこの人の根幹に携わっている。私も聴き入る物語にすぐに夢中になる。寝る前にお願いしてベッドでパパに英雄譚などを話してもらった時と同じか、それ以上に集中して。

 そして、最後は静かに締め括る。

 

「今はもう、眠りにつかれている。リッチーの禁呪から解放され、お嬢様のところへ逝かれた」

 

 そういって、彼は苦笑しながら、こちらの目元の頬に手を伸ばして、指でそっといつの間にか零れていた涙を拾うように拭う。

 

「ぁぅ」

 

 こんな些細なお世話をされたせいなのか恥ずかしくて、つい俯く。師匠に触れられたところが異様に熱く覚える。

 その様に彼は見て見ぬふりをしてくれて、それから、あともうひとり……プリーストの師である『アルカンレティアのアークプリースト』については“あの変態師匠は大人しくしていてもらいたい”と苦労がありありと滲んだ溜息交じりに述べた。

 

 

「では、そろそろ始めようか」

 

 改めてした自己紹介が終わると、彼は、視線の位置がこちらと同じ程度になるまで身を屈める。真っ直ぐに見つめる真摯な視線。自然と膝立ちの姿勢になりながら、この手を取る様はまるで誓いを交わす騎士のよう。つい強張ってしまった身体に、彼の魔力が通される。

 

「『ヴァーサタイル・ジーニアス』」

 

 事前に説明されていた、才を与えることで一時、魔法を使えるようになる独自の支援魔法。師である彼の、ウィザードとプリーストの双方に極めて高い素養を併せ持つ類稀な才に底上げされて、まだ冒険者カードに登録もしていない身ながらも簡単な魔法スキルができるようになる。

 

「まず、魔法やスキルは、職業や個人によって修得できる種類が限られているのは知っているね。例えば水が苦手な人は氷結や水属性のスキルを習得するのに苦労する。これから、先の手本のように各属性の初級魔法、それから神聖魔法を試しに唱えてみよう。それで、シルフィーナの素養を確認しようか」

 

「は、はい、お師匠様!」

 

「緊張しなくていい。俺がついている」

 

 細い手首を握り締められた。

 その感覚で余計に強張ってしまうのだが、逸らすことのない師匠の眼差し――その瞳の奥に燻る熾火のような赤い光。穏やかに燃え盛る暖炉の火を見ているようで、少し少しずつ息が整っていく。

 

「じゃあ、順に唱えてくれ。『クリエイト・アース』、『ウインドブレス』――」

「はい! 『クリエイト・アース』! 『ウインドブレス』!」

 

「『クリエイト・ウォーター』、『ティンダー』――」

「『クリエイト・ウォーター』! 『ティンダー』!」

 

「『フリーズ』――」

「『フリーズ』!」

 

 内側から支援するだけでなく、外から覆うように他者の魔法を操縦・補佐(リード)するその技能。

 この世界にはないが、補助輪付き電動自転車で後押しをしながら決して倒れぬよう姿勢を補正されているようなもの。

 ひとつひとつ丁寧に、彼の手に導かれる――

 

 右の掌から土が生じたかと思えば、風の煽りを受けて舞い上がり、

 左の掌からは水が出たかと思えば、火で炙られて蒸発させる、

 最後は砂塵と蒸気が混じり合うところに凍てつく冷気を浴びせ――粉雪が降る。

 

「うわぁ!」

「空気中に浮遊する塵を核とし、そこに冷やされた水蒸気が集まって雪はできあがる。今のは初級魔法で雪の生成を再現したもの。この雪はシルフィーナが創ったんだ」

 

 まるで魔法のよう。いや、魔法だった。

 頭上に降り注ぐ白い雪が肌に当たる度に、胸の奥に湧き上がる高揚を感じてしまう。高揚。昂り。もっと正確に言うなら何だろう。自分の中でこんなにも強く、ありありと感じられるものは。

 驚愕、感動、歓喜――そして、誇らしさだ。

 こんなに綺麗なものを自分の手が作り出したと手離しで褒めてくれる師匠に、自信が生まれたのだ。

 

「これは、初めて魔法を成功させた記念だ」

 

 そういって、こちらの手首から握った手を放すと、粉雪舞う大気をかき混ぜるように指先を軽く円に廻らして――ふわり、と自分が生み出した雪が集まり白い塊になる。

 

「お師匠様」 さらりと成した師の御業に、ゴクリと息を呑んで、「これは?」

 

「雪精だ。といっても模擬的なもので、けどそう簡単に溶けないように錬成してある。触っても平気だよ」

 

 手の内にふよふよと漂う雪の精霊。自分が創った雪の精。

 冷たいのに不思議と温かい……この人の熱が篭ってるからだろうか、なんてことを考えてしまう。

 最初に会った時はママに酷いことした人と最低辺だった、けど、助けてもらい、そして今はもう、人物評価は何段階も上がってしまっていて、止められそうにない。

 

 その日から、シルフィーナはこの魔法のような二時間を毎日待ち遠しくなるくらい楽しみになった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「今日もシルフィーナの指導をしてくれてありがとう、とんぬら君」

 

「いえ、初めて人を指導する立場に立った若輩者、拙いところがあると思います」

 

「いやいや、この最近のシルフィーナはとても楽しそうでねぇ。私の目に狂いはなかった。君に指導役(チューター)をお願いして正解だったよ」

 

「はは、ご期待に応えられていると嬉しいのですが」

 

 ダスティネス・フォード・シルフィーナ――

 シルフィーナ、それにダクネスの、姉妹である母方の家系は、強い魔力と魔法抵抗力を持つが薄命で、例に漏れず病弱。彼女たちの母親もそれで早くに亡くしており、シルフィーナもまた身体はあまり強いとは言えない。

 ダクネスは父方のダスティネス家の頑健な肉体を継いでいるおかげで健康ではあるが、それはあくまでも例外。彼女の家系の身体の弱さは原因が不明で治療不能なものだとされていたが――けれど、それと似たような事例を知っていた。

 

 優秀な魔法使いとしての資質を秘めている紅魔族。

 魔力の自然回復力が半端ではなく、一日に魔法を使わずに就寝してしまうと体という器の容量をオーバーして具合が悪くなってしまう一族固有の症状がある。優秀過ぎるのがかえって負担になってしまっているのだ。

 誰もが生まれつき常人よりも高い魔力容量と質の高い強い魔力を持ち合わせているも、魔力の自然放出が下手であった紅魔族はこの症例を克服しようとひとつの道具を作り出した。

 それが紅魔族のローブだ。

 これは単純にファッションというだけでなく、身体の許容量を超えた魔力を放出してくれるので、紅魔族は、最低一人一着は所有している欠かせないものだ。特に魔力を放出するための魔法を使えず、また魔力制御が下手で自然放出も上手くない子供は、寝る時でもマントを着るのが基本。これのおかげで紅魔族の子供たちは健やかに成長しながら魔力を操る術を学校で学び、ローブに頼らずとも魔力を自然放出できる大人になっていく(それでもファッションとして大人もローブを着こなしているのが大多数)。

 

 して、話に聞くところ、その母方の家系は、代々強い魔力と魔法抵抗力を持つ者が多い――つまり、紅魔族と似通った点がある。

 試しにお古のローブを貸し与えてみると、なんと、シルフィーナは健康面が大きく改善された。

 

 なので、あとは魔力の制御の仕方さえ覚えれば、普通の人と変わらぬ生活ができるようになるかもしれない……と――そこで、原因に最初に思い至ったとんぬらにシルフィーナの家庭教師をしてほしいと白羽の矢が立った。

 

『私の妻、それにシルフィーナの母さんも体が弱く、子を産んでから早くに亡くなってしまった……だから、克服させてやりたいのだ』

 

 と一族の未来、宿願に関わる結構重い依頼で、最初はとんぬらも“ちゃんと指導できる人間に依頼した方がよいのでは?”と辞そうとしたのだが、“君ほど素晴らしい魔導師を他に知らん。それに年が近い方が人見知りのシルフィーナもすぐに打ち解けるはずだ”と“王国の懐刀”と謳われた領主イグニスの熱意に結局折れた。

 

(三人の師に教わり、里の学校に通った。それに姫さんに付き合わされて、宮廷魔導士殿の講義を受け、魔術研究の論議も交わした。……それらを参考にして指導法を組み立てられたから、右も左もわからず、まったくの手探りというわけでもなかったが)

 

 とりあえず、一度請け負ったからにとんぬらはまず里の学校より子供たちの指導計画を教えてもらい(紅魔族流の名乗り上げなど余計なのは省いた)、

 親から受けた神主の修行法、ならびに三人の師それぞれの指導を受けた己の経験を交えて(シルフィーナの体質面を考慮してスパルタ度は最小限に抑えた)、

 最終的に、『ヴァーサタイル・ジーニアス』を活用する独自の指導法に行き着いた。

 

 それが思った以上に功を奏していて、とんぬら初めての弟子育成は順調に進んでおり、シルフィーナの指導を始めてから早数日が経過した今こうして、保護者のイグニスとの面談で、良い報告ができているわけで、

 

「そうか。この調子ならシルフィーナも元気に」

 

 面談の最中、この当主の自室の扉がコンコンと叩かれる。

 イグニス領主がノックに応じると、ダスティネス家の執事ハーゲンが扉を開けて、その斜め後ろにちょこんと金髪碧眼の女の子がこちらを窺っていた。

 

「申し訳ございません、イグニス様。あまりシルフィーナ様を待たせるのは、お体に差し障るかと私めが勝手に」

 

「おおそうか。いや気を遣わせてしまったなハイデル。つい長話をしてしまっていたな。それでシルフィーナ、何か用かな?」

 

「あの、お師匠様に……!」

 

 ぺこりとイグニス領主にお辞儀をして部屋に入ると対面に座しているとんぬらへと駆け寄る。

 

「どうした、シルフィーナ? 何かあったのかい?」

 

 声をかければ、少女はもじもじと指を捏ね回し、恥ずかしそうにしながらも思い切って訊ねた。

 

「そのっ、今日の私、どうでした?」

 

「ああ、とても上達していたよ。睨んだ通り、シルフィーナは神聖魔法――それも人の怪我を治す回復系統に高い素質があるみたいだ」

 

「ママみたいになれるでしょうか?」

 

 ママ、つまりはダクネスのことだ。上級騎士職の『クルセイダー』は、プリーストのように神聖魔法も覚えられる職種で(ただ彼女がその手の魔法の類を使ったところをとんぬらは見たことがないし、話に聞くところ防護系統にスキルポイントを全振りしているという)、魔法に関してならば素質はあろう。

 ただし、肉体や武技面ではあまりおすすめはできない。ダクネスがああも最前線で無茶できるのは、『王の盾』と称される父方のダスティネス一族の恵まれた身体能力を受け継いでいるからだ。

 イグニス領主も、ダクネスと同じ道(そもそも娘にしても凶暴な魔獣に突っ込んでいくようなのは親心で反対したい)を歩ませるのは、眉間にしわ寄らせた渋い反応だ。それは指導役のとんぬらも同感するところで、

 

「それはどうだろうね。ママ――ダクネスさんに憧れているのは知っているけれど、彼女のように人を護りたいというのならもっと他の道がある。才能の活かし方も人それぞれだ」

 

「そうなのですか」

 

「ああ、紅魔族の農家は上級魔法を農業に活用している。普通に強いから戦闘でも活躍できるだろうけど、里の皆のご飯を作ることで皆を支えて大いに助けられている」

 

 知り合いに約一名、商才がマイナスなのに魔道具店長を営む元凄腕冒険者がいるが、それは特殊な例外だ。

 

「いずれはイグニス様やパパ、それにママ・ダクネスさんともよく話し合い、そして、自分でよく考えて進む道を決めると良い」

 

 知り合いに約一名、周囲の反対を聞き入れず我が道を行く爆裂魔法使いがいるが、それも特殊な例外だ。

 

「でも今は、シルフィーナはまだまだ学ぶことがたくさんある。自分は何をするのが好きか、どんなことをするのが得意なのか。うん、それを確かめるために様々なことに挑戦してみる時間もある。それは体が元気になってからでも遅くはないはずだ」

 

 上記の二人によくよく苦労を掛けさせられている身としては、この初めての弟子がそうならないことを祈ろう。

 

「じゃあ、今日はこれで失礼――」

 

 とんぬらは、ちらりと時計を見てから席を立ち、しかし裾を握られ引き留められた。

 

「今日、夕食をご一緒に……その、お師匠様ともっとお話がしたくて……」

 

 儚げな少女にお願いされ、とんぬらは困ったように頬を掻く。

 どうやら今日はダクネスが兄ちゃんらの屋敷に泊っているようだから、寂しさも増しているのだろう。

 イグニス領主や執事ハイデルら大人たちと目配せをしてから、一端、天を仰いで――とんぬらはポンと優しく幼い少女の金髪を撫でる。

 

「それはまた次の機会にしよう。悪いが今日はもう帰らせてもらうよ」

 

「ぁ……はい、ごめんなさい」

 

「謝ることはない。可愛い弟子に誘ってもらえて嬉しかったんだから。だから、また誘ってくれ」

 

「っ、はい、お師匠様!」

 

 よし、と手を放すととんぬらに、イグニス領主が、

 

「残念だよ、とんぬら君の芸を見られると思ったんだけどね」

 

「それはまたの機会に」

 

 そうして、別れを済ましたとんぬらは、ダスティネス家の屋敷を後にした。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 お師匠様ともっと一緒にいたかったけど、残念。

 今日はママもいなくて、寂しい――でも、“これ”がある。

 

「お師匠様……」

 

 もう自分(シルフィーナ)用の紅魔族製のローブは発注されて届けられているけど、それまで借りていたお師匠様のお下がりのローブは返さずにそのままいただいていた。

 お師匠様が今の自分と同じ年頃に羽織っていたローブ……せっかくなので掛け毛布に使っている。そして包まっていると、まるでお師匠様に優しく抱きしめられているようで、寂しさを覚えるまでもなく眠りに落ちてしまう。

 そう、今日も夢見る。これを纏っていた昔のお師匠様はどんな子だったのだろうと。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ただいまー……って、何をやってるんだゆんゆん?」

 

「はうあ!?」

 

 とんぬらが帰宅すると、きっと取り込んだ洗濯物を折り畳んでいる真っ最中だったのだろう。が、とんぬらの下着に何やら鼻を近づけさせているゆんゆんの行動は明らかに不自然である。

 

「あわわ……あわっ、あううぅ……っ」

 

 ……あまり状況の整理をしたくないというか、とんぬらの精神安全上、突っ込むのは控えたいのが本心であったが、吃驚してパニくっているゆんゆんを落ち着けさせるためにも声をかけなければなるまい。

 

「えー、っと、そんなに慌ててどうした、ゆんゆん? というか、自分の下着は自分でやると前に決めていたはずだが」

 

 あまり思い出したくないが、バニルマネージャーのダンジョンギミックであれやこれを赤裸々に暴露されたときから、どうやらゆんゆんには刺激が強いと判断したのだ。

 

「べ、別に、これくらい大した手間じゃないわよ……ただとんぬらのぱんつくらい……『エルロード』のこと思い出して、慌ててなんかっ、ないからっ!」

 

 なら、どうして言い募る。

 

「とにかく、これは……――そう! パートナーの服を綺麗にしたんだな~って思うと気持ち良くなるの」

 

「なんだか少し変態っぽいセリフというか倒錯感がないか?」

 

「な、ないからっ! 私、変態じゃないからっ! ほら、冬だと洗濯物乾き難くなって、生乾きだと嫌な臭いにもなるでしょ? ……だから、嗅いで……その、ちょっとだけ嗅ぎ具合を確認することがあるだけで、別に変態とかそういう事、ぜんっぜん、ないからっ!」

 

 ……いや、だからどうして言い募る?

 

 なんかもうこれ以上は泥沼になりそうなので仕切り直して、

 

「ただいま、ゆんゆん」

 

「うん! おかえりなさい、とんぬら」

 

 パパッと家事を済ましたゆんゆんが玄関まで移動してお出迎え。羽織っていた上着を預かりながら、訊ねる。

 

「それで、ご飯にする? お風呂にする?」

 

 口よりも先んじて、くぅ~と腹が鳴った。

 これに、クスッとゆんゆん。

 

「とんぬらのお腹、抗議してるね。ご飯が先でいいかしら?」

 

「そうみたいだが、気分的に温まってから、ご飯にしたい。今日はまた一段と寒かったしな」

 

「わかった。じゃあ、上がったらすぐ、ご飯にできるようするから」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 ……もう二人暮らしをして随分と経つ。

 世間一般的と比較すれば随分と早いだろうが、きっとこの調子でずっと過ごしていくのだろうなと思うし、そろそろ曖昧な“若者同士(カップル)の同棲”からケジメをつけなければと考えている。

 

(里から族長に色々せっつかれているしなぁ……)

 

 彼女が成人する時期を目処に、積み立ててきた式の費用、また計画した将来のための貯金などなどこれまでの報酬の半分を貯金に回し、目標としていた額にもうすぐ達しそうな今日この頃。

 このまま周りよりも急ぎ足で駆け抜けていいのか……とんぬらは、少し、考える。

 今ある選択肢、それを選んだ先の十年後の未来まで想像して――ふと、現在を見つめ直すことにした。

 

「……そうだ。ゆんゆん、明日はバイトも休みだが、デートしないか?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 デートは随分とご無沙汰だったりする。

 邪神率いる魔王軍の侵攻を迎撃したり、知人が借金返済するのを手伝ったり、隣国に第一王女の影武者のまま外交に赴いたり、とそれどころではないくらい大変だったのもある。また怠惰の呪いでとんぬらのレベルが下がってからバイトがない日は経験値稼ぎに勤しんでいた。

 だから感謝祭の時のダブルデート以来になるだろう。別にバイトも同じ職場で、クエストを受けるのも一緒だから寂しかったりすることはそうなかったけど、やっぱりこういうのは別。

 いつもよりもおめかし(下着もばっちりと勝負用のを装備)をし、気合いを入れて今日のデートに臨んだゆんゆん……であったが、

 

 

「おー! そこにいるのはこの『アクセル』のエース様じゃねぇか! ちょうどいい! 暇そうだし、ピンチな俺達を助けちゃくれねぇか!」

 

 

 街一番のチンピラに絡まれた。

 

 ちょうど冒険者ギルドが面した通りを歩いていた時、窓際の席、その窓から身を乗り出している金髪の男はダスト。その横にはポニーテイルの魔法使いの少女リーンがいて、何やら注意している。

 すでに注目を集めているみたいだし、無視するわけにもいくまい。

 

「……やれやれ、チンピラのダストだけなら無視してたんだが、どうやらリーンさんがお困りのようだし……いいか、ゆんゆん?」

 

「うん。リーンさんとは、その、友達だし!」

 

 とりあえず話を聞いてみるかととんぬらと話し合い、ギルドに寄る。

 するとまず、歩み寄ってきたリーンがこちらに申し訳なさそうに、

 

「ごめんね。ダストが空気読まずに、でも、困ってるのは本当なの」

 

「別に構いませんが。一体何があったんですか?」

 

「実は……」

 

 三日前に冒険者四人募集、村周囲のゴブリン討伐の依頼をパーティで受けたのだが、一昨日、あるまだ誰も踏み入れていないダンジョンの探索から帰ってきてから、他のメンバー・テイラーとキースが“体が怠い”と体調不良を訴えて、動くこともままならないという。

 クエスト当日になった今日も来られず、こうして急遽臨時メンバーを探していた。

 

「もう四人分の依頼料を前払いで受け取っちゃってね。返そうにも……」

 

「とうの昔に使い果たしたってわけだ」

 

「ダストだけね」

 

「なんか文句あるのかリーン。教えてやるが、金は溜め込まずに使っていくことで経済が回るんだぜ?」

 

「あんたのは後先考えない浪費でしょ」

 

「あーはいはい、そちらの事情は理解した。しかしゴブリン退治くらいなら他の冒険者は捕まらなかったのか? あんたら、この『アクセル』じゃ名の売れた冒険者パーティだろうに」

 

「悪名高いって言いかえるべきね。ダストみたいなセクハラや揉め事ばっか起こしてるチンピラと同じパーティになんて入りたくないでしょ」

 

「おい、その減らず口、二度と叩けないように俺の唇で塞いでやろうか」

 

「やれるもんなら、やってみなさいよ。変な事したら、ダストのことが大好きなあの貴族に、あんたの下着送り付けてやるから!」

 

「おい、やめろ! それは人としてやっちゃいけない事だろ!?」

 

 そういえば、この最近、冒険者ギルドで『働いたら負け』なんて考えが蔓延していると話に聞いたことがある。誰が流行らせているのかは知れないが、ギルド職員のルナが“高難度のクエストを受けてくれている勤勉な冒険者はこの街のエースであるあなた達くらいなものです。ですから、どうかあなた達だけは……!”と拝まれた。

 

(そういや、前に酒に酔った兄ちゃんがそこらの新人冒険者をとっ掴まえて(にからんで)そんなようなことを言っていたような……)

 

 となると、二人が臨時メンバーを捕まえられなかったのは、それが一因である可能性が高い。

 他にも大物賞金首を討伐して懐が潤っていて無理にクエストに出る必要がないというのもある。今の『アクセル』で冒険者をしているのは自分らを除けばしょっちゅう金欠に喘いでいるダストとそのパーティくらいのものだろう。

 

「んなわけでさ、頼むぜエース様。仲間になってくれるんなら、礼にこの前ダンジョンで見つけたお宝本をやる!」

 

 とダストがごそごそと袋を漁って、とんぬらの前に取り出してみせたのは本だ。

 文字が少ない代わりに絵が多い。それも緻密な絵だ。文字は絵のキャラが話している言葉だけのようだが、絵に動きを感じられるので文字がなくても何をしているのかが理解できるし。見たこともない服を着た女が表紙を飾っているが、どうやら書かれているのは日本語……『悟りの書』と同じで、とんぬらにも読めるので内容は把握できる。

 なので、その本のタイトルを……いや、不自然に服がはだけて異様にスカートが短い肌の露出度の多い金髪幼女の絵を見れば、これがどんな本なのかはだいたい想像がつく。

 頬を引くつかせるとんぬらに、ダストは適当にページを開いて熱弁を振るう。

 

「これぞ人類の宝だ。これだけ綺麗な絵で、男の妄想を具現化した本……言葉はわかんねぇけど、やってることはわかる。だから、いつでもお手軽に欲望を満たせるし、男にとっては大変ありがたいもんだ。俺のロングソードもギンギンになったし、カズマにも一冊やったら滅茶苦茶喜ばれたな」

 

「…………よくこれを今、俺にお勧めできたな。ある意味すごいぞあんた」

 

「結構取ってきたからたくさんあるぞ、遠慮すんな。そうだな、あんたはエース様だからな、特別に奮発してもう一冊つけて――」

 

 ぼっ! とダストがとんぬらに手渡そうとした本が燃えた。

 資源ゴミとせず強制可燃ゴミ処理したのは、それまでとんぬらに応対に任せて、背中に隠れるような立ち位置にいたゆんゆんである。

 

「ぅあちっ!? おい、いきなり何すんだ、本が燃えちまったじゃねぇか! せっかくエース様にやろうと」

「いりません」

 

 若干、火の粉に当たったダストはお宝を燃やしてくれた小娘冒険者へ顰めた目を向けるが、逆に真っ赤な瞳に睨み返された。

 

「とんぬらに、そういうのは、必要ありませんから!」

 

「お、おう」

 

 街一番のチンピラもたじろぐ紅魔族の真っ赤なメンチ。これにはリーンも若干引く。

 しかしこれにいつまでも怯んでばかりでないのが、『アクセル』で最も悪名高き不良冒険者である。年端のいかない女の子だろうが容赦なく、

 

「はぁ、ったくこれだからお子様は。あのな、前にも言ってやったと思うが、イケメンで凄腕の、真面目で誠実で忍耐強い聖人君子なんてこの世に存在しない! 夢見過ぎだ。男っつうのは、みんなエロい願望を持ってて、一皮むけりゃ女を襲うことしか考えてねーよ」

 

「とんぬらは、違います! とんぬらは格好良いし凄腕だし、真面目で誠実で忍耐強くて……無節操にナンパするダストさんとは違いますから! とんぬらは全然エロくありません!」

 

「いや力いっぱい否定されるのは俺としても困るんだが、これでも色々と我慢してるし。とにかくゆんゆん止めてくれ。大声でそんなことを叫ばれるのはこっちも恥ずかしいから」

 

 もうすでにギルド内の注目を集めてしまっているが、とんぬらはゆんゆんをひとまずダストらとは距離を置き、物陰まで引っ張って、どうどうと宥める。それから、

 

「ついでに言うとさっきの本にも興味はあるぞ」

 

「え……?」

 

「あれほど(紙が)つるつるなのは珍しいからな」

 

 中身の内容はとにかくとして、とんぬらが驚かされたのはその手触り。妙につるつるしていて凹凸がない。普通の本とは紙質が違う。おそらく製紙技術がこの国のものよりも高度に発展されたものと思われる。

 

「もらえるならもらっておきたかったし、そのダンジョンについて詳しい話も聞いておきたかった」

 

 ひょっとするとそこは、『日本』の文化が眠っている場所かもしれない。

 

「しかし、まあ、ゆんゆんが嫌だというならそれで構わない。……デートを楽しみにしていたみたいだし、別に断っても」

「待って! その……。……、そんなに処理してないし、やっぱりデート中止! 中止しよとんぬら!」

 

 いきなりもじもじしたかと思えば、心変わりするゆんゆん。

 そんな此方の反応を見てか、『アクセル』随一の不良冒険者は語勢を強めて、上からな態度で脅すように、

 

「せっかく高額で売りつけようとしたお宝本を燃やしてくれたんだ。その弁償にタダ働きしてもらおうじゃねぇか。なーに特別に一クエスト分手伝ってくれるだけで構わないぜ」

 

「ダストの戯言は聞き流していいよ。ちゃんと報酬渡すから。だから、お願いできない?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 一冒険者の心構えとして、最低限の装備は携帯している袋に常備してある。

 ゆんゆんも了承し、とんぬらとしても山籠もりでクエストに出られず、勤勉なエースと期待されているギルドに何だか悪いと思ってしまっているのもある。近頃、『アクセル』近辺でモンスターが蔓延るようになっているようだし、少なからず責任を感じている。

 

 

「………なるほど、魔導学院ではそのような授業をしているのか」

 

「そっ、『ウィザード』になるために必要な中級魔法スキルを教師から教えてもらうのよ。それで紅魔族の学校はスキルアップポーションがもらえるって本当?」

 

「ああ、成績上位三名になれば先生から与えられる。他にも『養殖』という先生がモンスターを戦闘不能にしてからトドメを刺すだけの経験値稼ぎもあったな」

 

「へぇ、そうなんだぁ。あたしたちは学院が支給してくれる『給食』で、キャベツとか結構いい経験値になる野菜を食べて、中級魔法を習得できるまで稼がせてもらってるんだけど、そっちじゃそこまで面倒見てくれるの? まあ、紅魔の里近辺のモンスターって『アクセル』に生息してるのとじゃレベルが全然違うし」

 

「ふむ。『給食』か。紅魔の里では学生は皆弁当を各自用意させられていたが、食事の管理も指導側で請け負うのか。確かに、食は人の身体を作る大事な要素と言うし、子供のころから口に入るものに気を配るのは重要か」

 

「そこまで大袈裟なものじゃないわよ。食事を用意してくれるって言っても昼食だけだし、タダじゃない。ちゃんと学費のうちに給食費を取られてたわ。でも、ギルドのメニュー料金とかと比べると結構安かったわね」

 

「一手にまとめることで安くなる経済効果もあるのか。余分を出さないと考えれば用意する側も楽だしな。これは、里の学校や族長とも相談してみるか」

 

「色々と考えてるわねー、紅魔族だから普通の魔導学院の話なんてつまらないんじゃないかと思ったけど……」

 

「何を言うか。リーンさんの話はとてもためになったぞ。この最近、初めて弟子を取り、師匠の立場になってみてから考えさせられることが多いからな。教えながらこちらも勉強しているよ」

 

 道中、依頼された村まで案内する馬車に揺られながら、これを機にと話をするリーンととんぬら。笑顔を交え、とても打ち解けているのが傍からでもよくわかる。臨時で組まれたパーティメンバーだけれども、駆け出し冒険者の街において魔法使い職の冒険者は少人数であるので、その辺の理解者を求めるコミュニティもあるのだろう。

 

『おいおい。リーン、助っ人のやる気が出るよう、もっと男受けする態度でもしたらどうだ? ただでさえそんな露出度が低くてサービス精神のない子供っぽい格好してるんだからよぉ。お前にお姉さん要素を出させるのは無理でも、ない色気を振り絞って媚びでも売れや。貧弱な胸でも一部には需要あるみたいだからな!』

 

 これを見て、珍しくリーンが同年代の男と楽し気に会話をする様子にダストは最初、助言をやる体で揶揄おうとしたのだが、直後、ダストを交差点に瞬く雷撃魔法(ライトニング)十字架撃ち(クロスファイア)が炸裂して――馬車の隅でおねんねしている。

 

 そんなわけで一名が戦力外に陥り、また道中でも遭遇したモンスターとの戦闘はあったのだが、

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッッッ!」

 

 久しぶりにいつも一緒のとんぬらとは別の、友人のリーンの前でか張り切っているゆんゆんが無双した。

 紅魔族の十八番の上級魔法で並み居る魔物を一刀両断で仕留めてみせる。おかげで支援しようとしていたとんぬらとリーンの出番もない。

 

「あのモンスターっていつもならそれなりに苦戦するんだけど瞬殺ね。流石は紅魔族。『ウィザード』として尊敬するわ」

 

「そんな、褒め過ぎですよー。紅魔族ならこれぐらい普通ですし」

 

 と手放しで称賛されると、顔を真っ赤にして俯く。

 様々な冒険を経て自他ともに実力者だと認められるようになっているのに、未だに慣れないのか、本気で照れているゆんゆん。

 

「そうだな、紅魔族にとってはこれぐらいが普通。というよりも、今のはダメ出しされるぞ。ゆんゆん、あれだとオーバーキル、魔法に対する魔力の配分が過剰で効率が悪い。大方良いところを見せようと張り切ったんだろう。高いステータスでどうにかなっているが、常に冷静に状況把握ができてなければならない『ウィザード』としては減点されるやり方だ。70点」

 

「うぅ、反省するわ」

 

 そこへ、ズバズバと辛口批評されて、しゅんと項垂れてしまう。

 

「採点が随分と手厳しいのね、なんだか意外」

 

 それを見たリーンが瞬きする。

 『アクセル』のエースは、幾多の試練を乗り越えてきた、ルビに“バカップル”と振るくらいイチャつく男女冒険者ペアで有名だ。だからべた褒めするくらい当たり前だと思っていたのだ。

 

「魔法使いは、単純に強力な魔法をブッパすればいいだけの役割じゃありませんから。それだけでは紅魔族の中では補欠。……いずれ紅魔族の長になるのならもっと上を目指してほしい」

 

「そうよね。紅魔族の長になるのならこれくらいで満足してちゃダメ。もっと頑張らないと」

 

 ああ、なるほど。褒めちぎらないのは、彼なりの愛の鞭だろうか。魔法使いとしてではなく、ひとりの少女として見ればゆんゆんは、チョロい性格である。簡単な褒め言葉でも照れる。煽てれば大抵のことは勝手にやってくれそう。なので褒めていればそれなりに伸びるだろうけど、有頂天になって足元がおろそかになれば思わぬ落とし穴にかかるだろう。リーンもゆんゆんはあまりにチョロそうなので、ダストみたいな輩に利用されないかと心配なのだ。

 だから、とんぬらも心を鬼にして――

 

「……しかし、相手の先手を取れるほど上級魔法を繰り出す手早さは、もう里の大人たちと競っても遜色ない。毎日座禅を組んで、詠唱の早口練習している成果が出ているな、ゆんゆん」

 

「!」

 

「加点して、80点だ」

 

「やったわ!」

 

 いや、やっぱり甘いかも。うん、甘いな色々と。

 

 

「ま、中級魔法が精一杯のあたしとは次元が違う話よね」

 

 紅魔族二人の会話にリーンが自嘲するように吐いたボヤキを、耳聡く拾ったとんぬらが、

 

「いいや、中級魔法でも使いこなせれば一流冒険者にも負けないものになるぞ。ああ、兄ちゃんを見ていれば魔法も使いようだというのがよくわかる」

 

「そう? 確かにカズマの初級魔法の使い方は考え直されたけど」

 

「初級魔法であれだけ応用できるんだ。中級魔法ならより幅が出せると思うぞ。例えば――そうだな、ちょうどモンスターが近づいてきているし」

 

 無数の気配と足音を逸早く拾ったとんぬらが示した先より、魔物の群れが姿を現す。

 

「えっ、魔物ですか。あっ、本当に何かがこっちに走ってきてますよ」

 

 御者が慌てて馬を止めて馬車の中へ避難。入れ替わるようにとんぬら達も外に出た。

 遭遇したのは、かなりの数のゴブリン。村に近いところまで来たから、依頼されていた本命のゴブリンが出てきたのだろう。

 

(最近の冒険者が怠惰であるせいでモンスターが数を増やしていると聞くが、これは多いな)

 

 メジャーなモンスターで、家畜や人を襲うことから民間人に危険視されているゴブリン。

 個々の力は大したことがなくても、徒党を組んで人を襲い、武器も使う野生の亜人種。小柄ながら凶暴。そして、初心者殺しなど強力な魔獣を飼い慣らしはできなくても、習性等を巧く誘導して、冒険者らにぶつけ襲わせてくることもする。

 

「ゴブリンは馬鹿だが間抜けではない。モンスターを呼ばれる前に片づけるのが得策か」

 

「とんぬら、じゃあ、私が上級魔法で一気にやる?」

 

「いや、ゆんゆんは馬車で待機しててくれ。これは冒険者を馬車から引き離すための誘導かもしれん。休憩して力を温存しながら、『エネミー・サーチ』で周囲の警戒を頼む」

 

「わかったわ。気を付けてね、とんぬら、それからリーンさんも」

 

 とんぬらとリーン、二人が馬車を出る。

 

「それで今度は噂のレア職『天地雷鳴士』の魔法を見せてくれるのかしら?」

 

「いや、俺は前衛をやる。ゴブリンを殲滅する魔法をするのはリーンさんだ」

 

「え? あたし? 『ウィザード』の中級魔法でゴブリン十数体を倒せるなんて無理よ」

 

「なら騙されたと思って従ってくれ。俺が合図したら――」

 

 要求された“攻撃ならぬ支援魔法”にリーンは思わず首を傾げるのだが、詳しい説明を要求する前にとんぬらはゴブリンの群れに飛び込んでいた。

 ゴブリンは真っ先に、魔法使い職ながら前線に出たとんぬらに一斉に棍棒を叩きつけようと迫る。だがそれを鉄壁の如き鉄扇術の防御で捌き、逆の手から繰り出す真空波で牽制を入れつつ、相手の武器である棍棒を砕き折るほどの蹴撃を主にした体術で敵を後ろに行かせない。まったく後衛職らしからぬバリバリの前衛役割(ロール)っぷりにリーンは若干唖然としてしまうが、鋭い彼の声に素早く気を入れ直して反応した。

 

「リーンさん、今だ!」

 

 初撃の一斉攻撃を容易く跳ね除けられ、たったひとりに圧倒されたゴブリンが恐れ怯んだところを見計らって、とんぬらが道具袋から鷲掴みに手一杯握り取り出した、赤みを帯びた草――『火炎草』、これを瞬く間に『錬金術』スキルで芥子粒に変えてしまうと、ゴブリンたちへ吹き飛ばす。

 目潰しを食らい、もろに粉塵を浴びた前に出ているゴブリンがのたうち回る、その間に、とんぬらは前線からリーンのいる馬車前にまで後退し――それとほぼ同時に、詠唱を済ませていた魔法がリーンの杖から行使された。

 

「『ウインドカーテン』ッ!」

 

 防風壁の中級魔法が、ゴブリンたちにかけられる。

 矢など飛び道具を逸らし、味方を支援する魔法は敵であるゴブリンの群れをすっぽりを覆う。その風の檻は、今しがたとんぬらがばら撒いた真っ赤な粉塵を拡散させることなくその場に停滞、充満させて――

 

「これで、幕引きだ」

 

 パチン、と指を鳴らす。

 初級火魔法、軽く飛ばされた火種が、支援魔法の領域に触れるや否や――――ゴブリンの群れが一匹残らず木端微塵に吹き飛んだ。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「小麦粉が充満した空間ではちょっとした刺激で大惨事になるから気を付けろという話を聞いたことがないか?」

 

 支援魔法ひとつで上級魔法並みの破壊力を演出した彼に話を聞けば、隠すこともなくその手品(さく)を種明かししてくれた。

 

 あの『火炎草』は爆発ポーションの素材にも使われるほど引火性が高い代物。それを芥子粒にして、『ウインドカーテン』で密封された空間内に充満させる。

 するととんぬらが語る“粉塵爆発”の条件が整い、あとはちょっとした火種を放るだけで爆発系の魔法並みの破壊力で敵を一掃する。

 

「……とまあ、今回は初級魔法で火を点けたが、あんたらのパーティには『アーチャー』もいるんだし、火矢でも火付け役に十分だ。事故らないよう扱いには気を付けなければならないが、『火炎草』は個人的な伝手……レイン殿から多く分けてもらってるからほしいならいくつかもっていっても構わない。なくても、先言ったように小麦粉でも代用できる」

 

 確かに。『クルセイダー』のテイラーが敵を引き付け、機を見てダストがあらかじめ用意しておいた粉塵を投げ入れる。それを自分(あたし)が『ウインドカーテン』で空間内に充満させて、最後は『アーチャー』のキースが火矢を撃つ。

 いつもの面子でも可能な戦術である。

 

「中級魔法でも使いよう、かぁ……本当にそうよねー。てか、こんなの普通思いつかないから。粉塵が危険な話はあたしも聞いたことがあるけど、それを戦闘の最中に魔法を用いて状況を作り上げるなんて発想からして違う! 一体どんな知力してんのさ! もしかして紅魔族ってみんなこうなの!?」

 

「紅魔族でもとんぬらはちょっと特殊ですよ。でも、すごく頭がいいです! 魔王軍との防衛戦でも指揮して王国軍を勝利に導きましたし、騎士団長さんから是非軍師として陛下にご紹介したいって言われてるんですから! この前だって………」

 

 鼻息荒く語るゆんゆんの顔がキラキラと輝いている。

 彼が絶賛されるのは我が事のように嬉しいようである。その後はさながら夫を自慢する嫁のように宮廷道化師の武勇伝を語るゆんゆん、それに甘ったるさに少々胸やけを起こしながらも付き合い、微笑ましく聴いているリーン(当人(とんぬら)は馬車の端で目を瞑って無反応を維持している)と……しているうちに、馬車は村に到着した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「そろそろ寝ているフリは止めて、起きろ。あの爆発で起きないのは流石に無理がある」

 

「……ちっ、俺が働かなくても楽できると思ったのに。お前らがもう片付けたんじゃねぇの?」

 

「残念だが、まだサービス残業がある」

 

 村に到着し、遭遇したゴブリンの群れを退治したと報告したのだが、まだ大量発生したゴブリンがいるという。どうやらクエストで依頼された事前の情報はあえて過少に報告していたようだ。ゴブリンの数が多いと依頼料を増やさなくちゃいけない。だから少なめに見積もってギルドへ話を通したのだと。

 とりあえず、この虚偽の報告した問題に関しては後で話し合うとして、村に被害を出しているゴブリンを退治することに方針は固まった。

 

 

 一度も戦闘に参加せずに馬車で眠っていた金髪不良の『戦士』を起こすと村人たちが証言するゴブリンが出現する方角にある森……馬車は通れない場所へパーティは踏み入る。

 

「いつも不真面目なんだから、こういう時くらいサボり癖を控えて真面目に働いたらどうだ?」

「俺は真面目に生きてるぞ。常に自分の欲望に真面目にな」

「そういうのは真面目と言わん。ったく、変態師匠といい、こういう輩は反面教師とならんことしかしないのだ」

「わあったよ、ドラゴンエース様。ちゃんと『戦士』やってやる。だから、ちゃんと均等にクエスト料は分けてくれよな」

 

 『エネミー・サーチ』と『フローミ』とお馴染みにもなった索敵連携で探り、反応のある地点に向かって行く道中、前線を歩く男性陣。それを後ろから見て女性陣が声を潜めて、

 

「なんか、あいつってとんぬらのいう事には割と素直に従うのよね。あたしがやってもああもすぐに動いたりしないのに」

「えっ、それってまさかダストさんって、そういう趣味の……小説にそういう男同士でイチャイチャする話ありましたけど」

「いやいや流石にそれはないわよ。ダストはいっつも女の尻ばっかり追っかけているからそういう……でも定期的に大人しくなるし、前、男に惚れられてたし。それに何となくというかとんぬらのこと、気にかけているような」

「っ、ダメです! そんなの絶対に許さないわ! とんぬらをそういう趣味に引きずり込んだら私……!」

 

「お前ら聞こえてんぞ! 好き勝手なこと言ってんじゃねぇ! 俺はノーマルだ!」

 

「あと俺もノーマルだからな。そんな心配は杞憂だからしなくていいからなゆんゆん。――それから無駄なおしゃべりはここまでだ。静かに。巣穴だ」

 

 そして、森の奥に洞窟を発見。

 山の斜面にぽっかりと開いた穴で、その前の地面には踏み荒らされた跡がある。

 何か魔物……おそらくはゴブリンの住処と思しき場所。先行していた二人は後続たちに大きな木の陰に身を潜めるようハンドサインを送る。

 

(む、何やら騒々しい)

 

 息を潜めて耳をすませば、慌てて駆けるような物音を洞窟より拾う。

 拠点の見張りもいないし、先の爆発音……人を襲いに出たゴブリンたちが帰らぬことに警戒して逃げ出そうとしている可能性もある。

 

 いや、他のゴブリンが戻らず不審にはなるだろうがそこまで性急となるだろうか。もっと身近に本能的な危機と目の当たりにしない限り、馬鹿なゴブリンが住み良い環境を後にするとは思えない。

 そう、訝しみつつ身構えていると、ついに洞穴から飛び出す影。

 

「あれは、ホブゴブリンか!」

 

 姿形は似通っているが小柄ではない、身長2mほどの大柄なゴブリン。下級悪魔崩れの鬼にも似たそのモンスターは、ゴブリンの上位種であるホブゴブリンだ。

 単純に体格が大きいが、ゴブリンたちをまとめる親玉で、鎧や大斧と野生の魔物にしては装備が潤沢……おそらく冒険者らから強奪したものと思われる装備を纏っている。

 ゴブリンが大量発生したのは、これが原因なのか?

 

「ホブゴブリンって、ゴブリンだけどこんな『アクセル』の近くにいるようなモンスターじゃないわよ!?」

 

「それになんか持ってるぞあいつ」

 

 片手に重厚な大斧を持ちながら、もう片腕に何やら丸っこいのを抱えている。

 財宝、ではない。あれは、卵だ。サイズからしてニワトリの卵とは比べ物にならない、大物サイズの魔獣の卵。

 何に使うかはわからないが、ゴブリンのものではあるまい。孵った魔獣を使役するつもりだったのかもしれない。ゴブリンの上位種であるのだからそれくらいの悪知恵は働くのだろう。

 ――だが、それは叶わない高望みであった。

 

 

「ギルルル……!」

 

 

 ホブゴブリンに続いて――卵泥棒を追いかけ、一匹の魔獣が洞窟から出現した。

 およそ三等身の、無駄に頭部がデカい、濃い緑の体表を持つ二足歩行の恐竜。この世界で誰もが知る、逆鱗に触れてはならないと恐れる魔獣。――ドラゴン。

 

「ドラ、ドラゴゴン! なんでこんな所にっ!?」

 

 驚き過ぎて若干噛んだリーンが、必死にダストの肩を連打で叩く。

 血の気の引いた顔で、まともに杖を構えていられないご様子。まだ駆け出し冒険者の街を卒業できていない『ウィザード』にはドラゴンの相手なんて手に余るどころじゃない。

 無論、それは向こうにも同じことが言える。

 

「ギルルルアアアアッ!!」

 

 追いつかれたホブゴブリンが逃げるのを止め、大斧をドラゴンへ突き付ける。

 しかし、ドラゴンだ。体格はホブゴブリンとほぼ同じことからまだ若いのだろうが、だがその凶暴性は、所詮はゴブリン種に相手できるものではない。

 叩きつけてきたホブゴブリンの大斧は鱗に弾かれ、肉まで通らず、覆せぬ種族差で自慢の大斧は奪い取られ、大上段からの兜割りが繰り出された。

 ――そこでホブゴブリンは咄嗟に大斧の代わりに何か盾になるものと――盗んだ卵を掲げて、それごと――両断。

 

「ああっ、卵が……!?」

 慣れない大斧の扱いで、寸止めできるなんて器用な真似がドラゴンにできるわけもなく、卵は孵る前に割れてしまった。これも、野生の世界だ。

 だが、卵を台無しにされたドラゴン――ドラゴンレックスはより目を真っ赤に血走らせ、興奮している。たかが盗っ人ホブゴブリンを殺したところで、その怒りが止まるはずがない。

 このままでは付近の村が襲われる。いや、それ以前に、鋭敏な感覚を持つドラゴンは様子を窺っていた此方を見つけた。

 

「許さない……許さない……お前らも……つぶす……コロス……」

 

 不幸な事故でお悔やみ申し上げたいところだが、ダンジョンで他所の冒険者達から怪物進呈されてしまった気分だ。

 

「ありゃヤベェな。人語が通じるみたいだが、あんな怒り狂っちまったら人の話なんか聴きやしねぇぞ」

 

「そう言いながら冷静だなあんた。ドラゴンを見ても大して驚いた様子がない」

 

「いやこれでも驚いてんぞ。まあ、ドラゴンにはちっとばっか詳しくてな。交渉の余地がありゃあ戦闘は避けられたかもしれなかったが……」

 

 あまり知られていないが頭の良い個体は人にも懐くし、簡単な意思疎通も可能だ。

 でも、ダストの望んだ穏便なやり方は取れない。人間でも怒り狂っている相手に話し合いの席に就かせるのが難しいのだから、暴れる竜の説得は無理難題もいいところだ。

 

「しかし、エース様たちは随分と落ち着いているな。リーンひとりだけパニックっててなんかかわいそうじゃねぇか」

 

「それは感覚が麻痺っているせいだ。何せ隣国でスカルドラゴンと一大決戦を繰り広げてきたんだからな」

 

 作戦方針、まずはとりあえずぶっ倒す。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ギルルルル――!!」

 

 間近で見るドラゴンレックスの大斧は、重く、そして速い。駆け出し冒険者であればまともに食らえばひとたまりもない。あまり丁寧に手入れがされていない、ボロボロの研ぎ具合でも刃物だ。強い力で斬られれば、先のホブゴブリンのように人間の体などすぐに泣き別れになるだろう。

 

(しかし、躱せないこともない)

 

 相手の武器を奪い、自身に手頃な長物であるために得物にしたところを見るとそれなりに知能はあるが、やはり未熟。力任せ(フルスイング)の挙動は軌道が実に読み易く、攻撃を回避し続けることはさほど難しい事ではない。プレッシャーに身が竦まなければ、駆け出し冒険者の街から卒業した冒険者にできるだろう。

 

 でも、力はある。少なくとも、一撃熊以上だ。

 躱し避けても、外れた鉞の一撃は大地を砕き飛び散らす。砕いた破片が榴弾のように襲い掛かる。

 それにも当たらないが、被害は後衛にも及ぶ。

 

「うおっ!?」

 

 リーンへと飛来した土塊をダストが剣で打ち返すように受け、逸らす。たたらを踏むも、しっかりとパーティの魔法使いを守り切った。だが、そう何度も頼りにはできない。

 

 武装したドラゴン(ドラゴンレックス)が吼える――来る、と足を止め今度は鉄扇を構えた。

 振り下ろされた鉞の兜割りを、束に閉じた鉄扇が受ける、捌く。そこへ、ドラゴンの尻尾――! 腰を捻って振り回し、彼を狙って仮面のエースに襲い掛かる連撃。

 

「『ライトニング』!」

 

 雷撃魔法の援護射撃がその直撃を許さなかった。少女は猛るドラゴンとの近接戦闘を見切れるほど達者ではない。だが強固な信頼関係を築いているパートナーのことならわかる。かつてすべてを見通す地獄の公爵に宣言したように、先のことだってわかった気になる。

 だから、彼の動きを予測して、そこに生じる隙を埋め合わせるように援護する。そして、阿吽の呼吸で一気呵成に攻め立てる。

 尻尾を雷に撃たれて、痺れるドラゴン。――防御を取らずそのまま攻めに移行していた。

 

「『パルプンテ』――!」

 

 構えなど必要なく、詠唱も省略。

 刹那の攻防の合間にも差し込めるほど迅速な奇跡魔法の発動展開――そして、詠唱は山彦になる。

 ――――つまり、“この結果は、この相手に奇跡魔法は不要ということ”ととんぬらは己を納得させた。『感謝の奇跡魔法』にて何度も反復して外れ(スカ)を経験したおかげで、切り替えも速かった。生じる隙がまるで無い。

 

「え? 今なんかすごい魔力の波動があったんだけど、何が起こったの??」

「『筋力増加』!」

 

 若干、味方(リーン)が混乱してしまったが説明している暇もないし、相方(ゆんゆん)はちゃんとフォローしてくれた。外れることも織り込み済みで動いてくれる臨機応変な内助の功に助かった。ひょっとしたらとんぬら自身よりも切り替えが早いかもしれない。

 

「『アストロン』からの――『猫鉄拳(パンチ)』」

 

 堅固な鱗よりも硬い玉鋼。文字通りの鉄拳『アイアンブロー』。

 鋼化魔法の限定発動から渾身の殴打、『竜言語魔法』の支援で補強された膂力から、力でもって――魔法使いらしからぬ肉弾戦で――この暴れ竜を圧倒する。

 どてっぱらに手首まで埋まるほど深く打ち込まれた強烈な一発に、ドラゴンの身体はとんぬらにもたれるようくの字に折れ曲がり、えづく。

 

「なかなかタフだ。流石はドラゴン」

 

 だが、斧は手放さない。点滅しかけたがその瞳にはまだ戦意滾る。

 その気配を察知してとんぬら、いったん距離を取り、ゆんゆんのいるところまで下がった。

 そこへ、ドラゴンは大きな顎を開き、火炎の息を放つ――

 

「ご馳走さん。猫舌には少々熱かった」

 

「ギルル……!?」

 

 だが森ごと焼き尽くさんと襲い掛かったブレスは――『全てを吸い込む』とんぬらの前では吸い込まれた無力化されてしまう。

 得意の攻撃があっさりと防がれてしまったことに動揺隠せないドラゴンに、『アクセル』のエースは詰みに入る。

 

「え、これって魔法陣、いつのまに!?」

 

 光瞬き出す地面を見て、リーンが驚きの声を上げる。

 回避ばかりのドラゴンと至近での攻防の合間に鉄扇から水芸を見舞っていた。ただし、地面に向けて。

 水の女神を崇め奉るアクシズ教徒がよく覚えている宴会芸スキルの『水絵』――これでその場に一時限りの魔法陣を描き終えていたのである。

 

「相手に気取られずに事を済ませるのが得意でね。さあ、仕上げだゆんゆん――『氷雷陣』!」

 

 神聖魔法の聖域展開『サンクチュアリ』を下地に構想を練った設置型の魔法。

 水で描かれた魔法陣が凍てつき氷と成り、そこに篭められた魔力にさらに上掛けするよう、氷を導線として赤光の指揮棒(タクト)より紫電が走り抜ける。

 連携の重層魔法陣に囚われたドラゴンは、全身の動きを氷と雷に束縛された。そして、とんぬらは掌を地面についていた。

 

 かつて城を動く巨人像と化したように大地そのものに働きかける。奇跡魔法から“地を割るコツ”を掴んだ、『龍脈』スキルの応用技。

 

「奇跡に頼らず自力でものにした技――『鳴動封魔』!」

 

 動きを縫い止めた魔法陣、さらにその真下の地面より勢いよく隆起した地盤にアッパーカットを食らったドラゴンレックスは仰け反り、そのまま仰向けに地面に倒れた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「受けたクエストはゴブリン退治だ。ドラゴン討伐ではない。むしろあんたはゴブリンの被害者であったな」

 

 乱暴だが物理的にドラゴンの怒りを鎮めた後、とんぬらは回復魔法『ヒール』を使い、戦闘で受けた傷を癒しながら覚醒を促す。

 これに“そのまま退治した方がいいんじゃないか?”とリーンから意見が上がったが、意外にもダストが退治しないことに賛成の意を示したので、半々に意見割れすることなく多数となった。リーンとしてもドラゴンに臆してはいるが、それを軽くあしらった『アクセル』のエース(とんぬらとゆんゆん)がいるので問題はないかと納得する。

 

「………」

 

 そして、起き上がったドラゴン。先程は大きく見開かれた目に、攻撃性はなくなっている。

 

「おまえ……私……打ち負かした。

 私……おまえ……ついていく。

 それ……負けた者…運命……。

 ついていって……いい?」

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 強者に従うとは、野生の理論。

 仲間になりたそうな目でこちらを見つめるドラゴンに、タイムを取って作戦会議を行う。

 

「なあ、ダスト。さっきあんた、ドラゴンに詳しいとか言っていたが、こういう場合はどうするんだ。説得を試みようとしたら、既に懐かれているんだが」

 

「いいじゃねぇか別に。エース様が好きに決めていいと思うぜ。意思疎通ができる程度に頭も良さそうだし、わざわざ人を敵に回すこともしそうにない。連れてっても問題ないんじゃないか」

 

「適当過ぎるわよダスト! ドラゴンが『アクセル』の往来を歩いたら大変じゃない。隣の国ではドラゴンを従えて戦う『ドラゴンナイト』がいるけど、駆け出し冒険者たちが見たら卒倒するんじゃないかしら」

 

「でも、姿形ならとんぬらの変化魔法で誤魔化せるし……それに、卵がああなって、ひとりでいるのは辛いと思う……」

 

「おう、そうだ。よく見てみろ、あのドラゴンの目を。うちのエース様にさっきからじーっと向けている熱視線、あれは惚れてるな。ついてきたいのも、どらごんたらしなドラゴンエース様と子供を作りたいからじゃねーのか?」

 

「やっぱりダメ。うん、ここできっちり縁切りした方がいいと思うわ。何なら私が()をつけてくるから」

 

「おいエース、おたくの嫁はちょっとした冗談にも過剰――って、なんか上級魔法の詠唱始めてんぞ!?」

 

「そう思うんならあんまり刺激をするな。あとで宥めるのは俺の仕事になるんだからな!」

 

 前言撤回して退治に一票投じようとしたパートナーを抑えつつ、とんぬらは考える。

 ドラゴンも魔物の一種だ。ギルドに登録すれば連れ歩くこともできなくはないはず。

 そして、ちょうど今、家で魔物を飼う余裕はあったりする。

 

 ――ゲレゲレが、雪山で“お相手”を見つけたのだ。

 (つがい)はあの白豹である。

 帰る際に、呼んでも中々来ないので探したら、交尾の真っ最中であった。それは呼んでも来ない。そして、こちらも――避妊薬の(あんな)話をした直後だったので余計に――何とも言えない反応で、しばらく声を掛けづらかった。

 そろそろお年頃であったとはいえ主人を差し置いて何をやっているんだ! といいたい気持ちがあったが、そこは飼い主として、猫耳バンド(ネコ科動物翻訳機能付き)を装着して相談したところ、しばらく離れることになった。

 流石に初心者殺し二匹を『アクセル』の中に入れるわけにはいかないので、今は紅魔の里

モンスター博物館の管理人を務めている紅魔族随一のモンスター爺さんに預けている。

 

 なので、いなくなったゲレゲレの分だけスペースが空いている。とんぬらもなんとなくそれを物寂しく思っていたし、ゆんゆんもそう。『アクセル』に着く前からの付き合いだ。寂しいと思っているだろう。

 それの穴埋め……とは思わないが、新しい仲間を入れて賑やかな方が、気がまぎれるんじゃないかとも思う。

 

(それにドラゴンがこの駆け出し冒険者の街『アクセル』付近でウロウロしているのも問題になるだろうな。それなら対処可能な此方の手元に管理しておくのも一つの手だ)

 

 と考えをまとめたところで、とんぬらがドラゴンを見ると、

 

「私……待つ……ずっと……待つ……」

 

 うん、これ“いいえ”と断ってもめんどうな方向になりそうだ。

 ゴブリンは退治されたのにこの村近くにいられては村人も困るだろうし、このまま帰ってしまうのは後ろ髪が引かれてしまう。

 

「わかったわかった。でも、ついてくるからにはこっちの言うことを聞いてもらうし、戦う以外でも色々と働いてもらうことがあるからな。もちろん、可能な限りあんたに配慮はしよう」

 

「ギルルル! 私……おまえのため……頑張る!」

 

 ドラゴンの表情というのは掴み難いが、嬉しそうである。

 隣で、ゆんゆんがむっと小さく頬を膨らませるが、こんな竜相手にまで嫉妬しないでほしい。

 

(……うん、そうだな。保護者(アクア)様の審査は厳しいが、お相手をせがまれたら、ひよこ?(ゼル帝)はどうかと薦めておこう)

 

 数多の不幸の中でも女難だけは勘弁してほしい。そう、紅魔族随一のプレイボーイは願う。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 デビル(ドラゴネス)モード:ドラクエⅪに登場する特技。秘められし悪魔の力を呼び覚まし、攻撃力、守備力、素早さ、器用さ、それから状態異常の耐性も強化する。さらに外見が悪魔っぽく、衣装もバニーガールに変わる。性格も過激に。

 作中では、悪魔ではなくドラゴンの力で覚醒(暴走)、衣装は猫耳バニー。目だけでなく髪まで赤くなったゆんゆん。

 

 火炎草:ドラクエのダンジョンシリーズに登場する草アイテム。投げれば遠距離の相手に火属性のダメージを与えられ、クスリにして飲めば近距離のモンスターに火炎ブレス。中盤までのモンスターをこれで一発撃破と頼りになる必殺道具。

 

 アイアンブロー:モンスターズジョーカー3Pに登場する特技。神獣ジェスター(宮廷道化師)が固有スキルで習得する。敵単体への物理攻撃で、相手の守備力を半分にしてダメージ計算をする。

 

 氷雷陣:ドラクエⅪの連携技。設置型の魔法で、行動のたびにダメージを与え、かつ氷・雷・土耐性を下げる。

 作中では、とんぬらが『サンクチュアリ』を元に、ゆんゆんと連携して編み出した魔法陣。

 

 ドラゴンレックス(ドランゴ):ドラクエⅥに登場する仲間モンスター。斧持ちの恐竜。

 仲間モンスターだけどセリフが多く、他の人間キャラと扱いはほぼ同等と優遇されているキャラ。しかもその会話内容は、『牛乳……飲みたい……(牛を見て)』、『うさみみ……可愛い……私もつけたい……(バニーを見て)』と強面の見た目に反してやたら乙女(性別はメスである)。

 酒場ではミルクを注文したり、『私……実は、見た目より子供……』と告白されたり、本当に年頃の少女のよう(でもお酒も飲める『うまい……酒……サイコー。ギルルルーッ!』)。

 子供や動物相手にも優しく、事あるごとに『かわいい……』とつぶやき、『おーよしよし、私にも懐いてくれるかな』や『子供だけで……遊ぶ……危険じゃないのか(井戸で遊ぶ子を見て)』などとすでに卵を産んでいるだけあって母性も高い。

 それから装備(衣服)にも関心があるようで、『私にはサイズが合うのか……?』と防具屋で自らの巨躯に悩んだり、兵士に変装した際には『き、きつい……』、『や、やぶれる……』と声を漏らし(結局服の胸のボタンが飛んでいった)、可愛いレオタードが装備できないことを哀しんだりする。

 また自身が魔物であることに気後れしており、街の人間が自分を襲ってこないか、宿屋や酒場では『私もゆっくりしていいのか』と気を遣ったり、『私、余所者ではなく魔物……』と心中吐露する。

 

 そして、自らを討ち倒した相手(テリー)に対しては、特に乙女っぷりが披露される。

 ことごとに『会えたのは私の運命』発言をし、普通に『青い人間(テリー)、好き』と告白?する(ただし恋はわからない模様)。彼に好感を持っている女性たちを前にすると、『青い人間……私の……もの』と明らかにライバル視する様子まで見せる。

 

 他にも基本『ギルルル……』だが、『がおーん!』、『うおーん!』、『ニャウォ~ン』と場面に応じて特殊な鳴き声をしたり、『ギルル……ン!』と鼻歌をしたりすることもある。




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