この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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11話

 その巨大な体躯と膂力から繰り出される攻撃は、一撃で冒険者を屠ることから一撃熊と呼ばれるモンスター。

 かつてはまともに立ち会うのを避けていたとんぬらは、杖代わりの鉄扇を向け、力強い声で奇跡魔法を唱えた。

 

 

「『パルプンテ』ッ!」

 

 

 しかし、何も起こらない。

 

 外れ。そして、一撃熊はすでに鋭い爪が標的の手にかかる間合いに入ってる。容赦なく振り下ろされる一撃に、とんぬらは鉄扇を広げて、受け止め、そして、押し弾く。

 

「『花鳥風月』――からの『雪月花』!」

 

 攻撃を弾かれ、仰け反った一撃熊に鉄扇から大量に放射される水を浴びせられ、極寒の冷気が一気に凍結させる。その効力は、里の大人たちが使う上級魔法の『フリーズバインド』に及ばぬものの、モンスターを数秒停止するには十分な働きをする。

 

 そして、一撃熊の動きを止めたとんぬらは横っ飛びして撃ち易いように間を空けると、その後ろで声をかけるまでもなく動いていた相方のゆんゆんが銀色のワンドよりトドメの魔法を放つ。

 

「『ライトニング』――ッ!」

 

 集中して魔力を練り込み、魔法の杖に威力が増幅された稲妻は、動けぬ一撃熊を射抜き、命を奪った。

 

 

 邪神の下僕騒動が収束してからしばらくの月日が経った。

 学校を卒業した紅魔の里・猫耳神社の神主代行とんぬらは里で研鑽の日々を送っている。

 早朝は農家の収穫バイトで野菜相手に防御の特訓をし、それが終わったら自警団に合流して大人達とモンスターを狩り、そして、午後から喫茶店のバイトで最近入った後輩の面倒を見る、というのが一日の基本サイクルだ。三日おきに紅魔族随一の占い師にして修行好きなそけっとにバイトの後で稽古というか打ち合いをするが、充実した毎日である。

 

「おつかれさん。中級魔法だけど大した威力だな、流石ゆんゆん」

 

「う、ううん、私が呪文に集中できるのはとんぬらが前衛で守ってくれるから……本当、『アークウィザード』なのに、一撃熊と打ち合えるってどうなのよ」

 

 本来、後衛職である魔法使いが『クルセイダー』並みの働きをしている。一撃熊は並の冒険者ではまともに相手にならないモンスターなのだ。おかしいのだが、もうこの見慣れてる攻防に、ゆんゆんは突っ込まず、自分の仕事をしてモンスターを片付けることに集中するようになった。

 

「前まではそんなに力はなかったぞ。今の冒険者カードのステータス見ても力はそれほど上がってない。だから、これは仮面(こいつ)のおかげだろうな」

 

 とんぬらは着脱できない顔上半分を覆う仮面に手で触れる。

 あの鞘から抜くだけで所有者の身体能力を底上げする神器・魔剣『グラム』と同じように、この『冬将軍』の仮面もとんぬらのステータスを底上げしているのだろう。また力だけでなく、傷の治りも早くなってる。亜種のドラゴンである『クローンズヒュドラ』は、首を断っても魔力により再生するだけの回復力があると聞くが、これはとんぬらがドラゴンとなった影響か。

 

「力だけでなく、宴会芸スキルも強くなったようだしな。まあ、前衛は任しておけ」

 

「もう何も言わないけど……ねぇ、私ばかり狩ってていいの? まだとんぬら、今日は二体しか倒してないじゃない」

 

「いいさ。そういう取り決めだろ。俺が最初に奇跡魔法を使わせてもらう代わりに、それが外れたらゆんゆんが倒すようにサポートする。これなら俺も存分に奇跡魔法の練習ができるわけだし、フォローをしてくれるゆんゆんのおかげだ」

 

「上級魔法とは言わないけど、とんぬらも中級魔法を覚えればいいのに……」

 

「それはできん。奇跡魔法を究めるのが俺の夢だからな。あれから得たスキルポイントは奇跡魔法の詠唱速度と効力強化に注ぎ込み、それから、なんと宴会芸スキルの『ヴァーサタイル・エンターテイナー』という相手を芸達者にする支援魔法を習得したぞ。次は演舞系の踊ってパーティを元気に盛り上げるという『ハッスルダンス』というのを覚えようと思ってる」

 

「もっとちゃんと普通の魔法スキルを覚えなさいよ!」

 

 自警団に混じって、モンスターを狩る経験値上げ。でも、基本、とんぬらとゆんゆんは二人いるときは、組んで戦闘している。近くにぶっころりーたちがいるが、これも連携を練習するためにあえてそうしている。おかげでとんぬらが前衛で、ゆんゆんが後衛を務める異色の上級魔法職タッグが完成しつつある。

 

 とんぬらは空を見て、陽の昇り具合を確かめ、

 

「おっと、そろそろ時間だな。バイトがあるから抜けさせてもらう」

 

「あ、とんぬら……!」

 

 とんぬらを引き止めると、ゆんゆんは持ってきた鞄の中から、小包を取り出して手渡す。

 

「その、いつもお世話になってるし……大変だと思うから……お礼にお弁当作ってきたんだけど……」

 

「お世話になってるのはお互い様だが……うん、助かるよ。ありがとうなゆんゆん」

 

「じゃ、じゃあ、バイト頑張ってねとんぬら……!」

 

 とんぬらに弁当を受け取ってもらうと、ゆんゆんは逃げるように走って行ってしまった。

 それを見送るとんぬらは鉄扇で顔を扇いで、人前に出れるように熱を冷ましてると、ぽん、と肩に手を置かれた。振り向けばそこに自警団の結成者である、ニートだけれども魔法使いとしては一流なぶっころりーがいた。

 

「とんぬら君、非常に言い難いんだが『対魔王軍遊撃部隊』を脱退しないか」

 

 まさかのリストラ通告である。

 

「え、と、俺、ぶっころりーたちの魔法には及びませんけど、そこそこ前衛ができると思うんですが」

 

「いや、君は非常にいい働きをしてくれるよ。魔法使いだけど前衛なら自警団の中でもピカイチだ。けどね、俺達は親や世間の目が冷たくとも、いずれ来るべき時に備えて牙を研ぎ続けている……」

 

「バイトで抜けてしまうのは悪いですが、どうしてもお金が必要なんで。あと少しで目標金額に行きそうなんです」

 

「いや、別に働くことを悪いと言ってるんじゃない。ただね……」

 

 朗らかな陽気の下、ぶっころりーは深刻な雰囲気を作りながら、手にはめてる穴開きグローブを引き絞り、顔を覆うように眉間に指をあてるポーズを取ると、

 

「君たちの甘酸っぱい空気は俺たちにとっては、とてもやるせない気にさせるんだよ」

 

 とても情けないことを口にした。

 ニートぶっころりーが仲間を集めて結成されたレッドアイ・デッドスレイヤーは、二人を除いて全員が独り身のニートであり、つまり独り身のニートには先ほどのような青春なやりとりが眩し過ぎるのだ。

 

「知ってるかい。モグラは地上に出てしまうと目が眩んでしまう。それと同じように、さっきのやり取りだけでなく、君が来るまでの間、そわそわとしてる族長の娘を見るのも、そして、君がいなくなってからテンションがガタ落ちしてるのを見るのも、悪気がないのはわかってるんだけど、とてもやるせない気持ちになるんだよ俺たちは」

 

「いや、俺とゆんゆんは別にそんな関係とかじゃ……」

 

「というわけで、寿退社を勧める。どうか俺たちの目の届かないところでいちゃついてくれ!」

 

 ……本当に、どうしたものだろうか。

 誤解を解いておきたいところだが、それは言っても聞いてくれないだろう。でも、ニート云々は置いておいて自警団は皆一流の魔法使い。基本、連携の訓練で二人だけで戦闘しているが、それはすぐ近くにぶっころりーたちがいるから安心してできるのだ。この自警団は訓練にはいい環境なのだ。

 とんぬらは、すごく残念そうに息を吐くと、

 

「そうですか。皆さんの集中を妨げていたとは気づきませんでした」

 

「いやいいんだ。これも俺たちが光に弱いだけ……闇に染まり過ぎたせいだから」

 

「しかし、ぶっころりー以外に経験値稼ぎに付き合ってくれそうな大人は……そけっと師匠でしょうか」

 

「っ!?」

 

 ぽつりと零した人名に、ぶっころりーは目を大きく開けて反応する。

 この前の恋愛相談の結果、傷心したぶっころりーだが、まだ紅魔族随一の美人そけっとのことが諦めきれないでいる。そして、彼女が最近修行に付き合う弟子に取ったのが、とんぬら。その師弟関係がとても親しいものだというのを、四六時中は控えているがまだ続けてる隠密調査(ストーカー)で知ってる。つまり、修行の時間が増えるのはあまりよろしくないではないだろうか。という推論に達し、

 

「いや、気が変わったよ、とんぬら君」

 

「なんですか、ぶっころりー」

 

「やっぱり君は『対魔王軍遊撃部隊』の一員だ。一緒に戦う戦友に遠慮なんてしてくれるな。それに若人を応援するのが先達者としての役目だろう?」

 

「さっきと言ってることが違うんですけど」

 

 ぶっころりーの一存で脱退勧告は撤回されました。

 

「ところで、とんぬら君、大人の女性を対象としたアンケートをお願いしたいんだけど、いいかな。君の身近にいる紅魔族随一美人なお姉さんにこの用紙を渡して、解答してきてほしい」

 

「こんな回りくどい真似しないで、いい加減に自分からそけっと師匠に話をできるようになりましょうよ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「もっと魔道具工房やポーション工房くらいにここの賃金は上がらないでしょうかとんぬら」

 

「いちいち文句を言うんじゃない後輩。妹からニート姉ちゃんとは言われたくないだろう」

 

 里を出て冒険者になるには、まず街に行く必要がある。

 だが紅魔の里周辺には、強いモンスターが数多生息している。

 習得した魔法の特性上、とても街まで自力で辿り着くには無理がある。

 そこで、転送屋と呼ばれたテレポートを生業としている人に依頼し、街まで送ってもらうことにしたが、その費用は最寄りの水と温泉の都『アルカンレティア』まで片道切符で30万エリス。

 

 そして、彼女が行きたい駆け出し冒険者が集まると言われる『アクセル』は、あまり需要がないためテレポートの転送先に登録されておらず、『アルカンレティア』より徒歩か馬車で向かうしかない。

 

 だが、その生まれ持った魔力が有り余っているせいで服屋の魔力繊維は焼き焦げたり、一発限りで跡形もなくモンスターを消し飛ばす爆裂魔法しか覚えていないためポーション工房の材料集めもこなせず、割のいい仕事に就けずに軒並みダメだっためぐみんは、魔力に頼らず給金も安い喫茶店で働くこととなった。

 そこで働いている先輩のとんぬらの補助もあって、どうにか仕事はこなせるようになっており、そこそこ貯金はたまってきているようだが、目標額にはまだ遠い。

 

「自分で言うのも何ですが。随分長い間我慢してるんですよ私。爆裂魔法を習得して半年近くが経っているのに、存分に爆裂できないなんて……!」

 

「ほとぼりが冷めるまで我慢しろよ。里に迷惑が掛かってんだろ」

 

 ――ここ最近まで紅魔の里では、魔王軍による襲撃に悩まされていた。

 襲撃と言っても、皆が寝静まっている深夜に爆音を轟かせるといういやがらせである。

 一体何が目的でそんな地味な嫌がらせをしてくるのか、毎回、すぐに里周辺の山狩りをするも、いつも逃げられてしまう。

 里では、大規模な爆発跡と常に逃げおおせる手際の良さから、魔王軍の幹部クラスによるテロではないかとの見解で一致していた。

 

 真相はここにいる爆裂狂な一発芸人の仕業であるが。

 

「不採用になった鬱憤晴らしに爆裂魔法をぶっ放すとか……ゆんゆんにあれだけ説教されたというのに、この爆裂犯。こめっこにソリを引かせて逃げようとしてたみたいだが、俺達が最初に見つけなかったら普通に捕まってたぞ」

 

「かくいうとんぬらもゆんゆんと夜な夜な人目のつかないところで絆を深め合ってるのでしょう」

 

「変な言い方をするな。巨竜変化魔法と使い魔契約で実験してただけだ。だいたいそのときにあんたの爆裂魔法ぶっ放しも付き合ってるだろう」

 

 上級悪魔を吹き飛ばした瞬間を目撃しためぐみんは、とんぬらがドラゴンに変身し、そして、ゆんゆんが『ドラゴン使い』になったのを知っている。爆裂魔法同様、あまり人に吹聴できない秘密を互いに握ってるわけで、どうしても我慢できないときは、頼ったりしている。が、

 

「いいえ、私は毎日爆裂魔法を撃ちたいんです。とんぬら、もういっそ転送屋に頼らず、自力で『アルカンレティア』まで行きませんか?」

 

「嫌だよ。オークにだけは絶対に遭遇したくないんだ。あれに捕まった男は舌噛んで死んだ方がマシな目に遭うんだぞ。そんな危険は避けるに越したことがない」

 

「勇者候補の取り巻きにオークをけしかけると脅すような真似をしておいてよく言えますね」

 

 オークもだが、真にとんぬらが警戒しているのは倒しきれなかったあの上級悪魔だ。人里離れた時を狙われるかもしれない。

 

 ぶつくさと文句を言うめぐみんに、やる気の落ちてるこのバイト後輩を元気づけてやろうか、ととんぬらはその肩にそっと鉄扇を乗せ、その身体に一瞬淡い光を浸透させる

 

「『ヴァーサタイル・エンターテイナー』!」

 

「これは、支援魔法? 学校でも聞いたことない魔法ですが、一体どんな効果が?」

 

「宴会芸スキルで習得した芸達者になる魔法だ。器用度も上がり、バイトするのも楽になるぞ」

 

「あなたは、本当に『アークウィザード』なんですか?」

 

 がっかりと呆れた目でとんぬらを見るめぐみん。

 滑り芸(パルプンテ)物真似(モシャス)といい、魔道ではなく、芸の道に進んだ方が良いのではないだろうか。

 

「くっ、私の琴線を刺激するほど格好良い仮面をつけるようになったのに、覚えてるのがこんなネタ魔法ばかりなんて、本当に残念ですよとんぬらは」

 

「一発屋のめぐみんに言われたくない。ほら、つべこべ言わずに手を動かせ」

 

 支援魔法の効果からか、先ほどよりもいい手際で配膳や皿片づけをするめぐみん。

 なるほど。ネタではあるが役に立たない魔法ではないらしい。今では皿回しもできそうな気がする。

 それに、多芸……

 めぐみんは何となく思いつき、咳払いをする。

 

「『めぐみん……』」

 

 ぼっちの少女の声を真似てみたが、その出来栄えは自分で言って驚くほどだ。

 何ですかコレ、変な気分になってきますね。

 芸達者になる支援魔法というから試してみたが、これは使えるかもしれない。

 

「『とんぬら、ちょっとめぐみんに用があるから連れてってもいいかしら』」

 

「ダメだ。声真似してるのバレてるからなめぐみん。支援魔法をかけたのが俺だからバレないわけがないだろ。それに芸能を修めるものとして、今の声真似にはまだまだ粗がある」

 

 ちっ。流石は紅魔族随一の芸人だ。騙すのは厳しい。

 ならば、

 

「『とんぬらぁ……お願いだから、今日の夜、付き合ってぇ……』」

 

「――おいこら、めぐみん! 店内でゆんゆんの声真似で猫撫で声するんじゃないよ! 変な誤解されんだろうが!」

 

「『ああん……とんぬらぁ……もう、我慢できないのぉ……』」

 

「わかったわかった! マジでやめろ! やめてくださいめぐみん様!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「『エクスプロージョン』――ッッ!!!」

 

 ………

 ………

 ………

 

「で? どうしてめぐみんの爆裂魔法に付き合わなきゃいけないの? この前、週に一回って決めたじゃない?」

 

 陽が落ちたころ、里からなるべく離れた森中。爆裂魔法をぶっ放してぐったりなめぐみんとその肩に引っ付いた黒猫っぽい毛玉のちょむすけをおぶりつつも、ゆんゆんがこめかみをひくつかせる。

 

「週一は無理です。最低でも三日に一回爆裂魔法しないと耐えられません。体がボンっていきます」

 

「それでバレたらどうするの? あれだけ周りに期待されておいて、爆裂魔法を習得したって里の人たちに知られたら、がっかりされるのはめぐみんなのよ」

 

 ゆんゆんのお怒りはごもっともだ。

 爆裂魔法はネタ魔法。

 並大抵のものでは扱えないほどの魔力消費量、オーバキルもいいところな破壊力。

 習得に必要なスキルポイント量等々、このスキルを取る者は大馬鹿者だというのが魔法使いの間では常識である。

 

「はぁ……ゆんゆんは友達だと思っていましたが、理解者足りえるのは、やはりとんぬらだけのようですね」

 

「何?」

 

 全魔力を解き放って動けないめぐみんをゆんゆんに任せて、爆裂魔法で寄ってきたモンスター・ファイアドレイクの炎のブレスを躱しながら冷水やら寒風やらを浴びせて相手をしていたとんぬらが突然ふられた会話に訝しむように反応する。

 

「とんぬらはゆんゆんとはちがって、私が“甘い声で囁いたら”二つ返事で付き合ってくれると言いました」

 

「!?」

 

「おい! あれはたしかに甘い声で囁いてきて抗いようがなかったが――っ! またうじゃうじゃと!」

 

「!!!???」

 

 すぐにちゃんと訂正を入れて誤解を解きたいところだが、怒りに燃えた、真っ赤な鱗を持つトカゲ型のモンスターの第二陣が迫ってきた。爆裂魔法の余波で吹き飛ばされたファイアドレイクはどうも大変お怒りのようだ。

 魔法の放った場所がちょうどモンスターたちが食事をしていたところを巻き込んでしまい、飯の恨みを買ってしまったのだ。

 

「放っておいたらまた勝手に爆裂しそうで、それも里の近くで、妹を働かせようとするだろうから受けたが」

 

「ほら、ゆんゆん。とんぬらはわかってくれてますよ」

 

「どうせやるなら、こっちが監督下の方がまだましだと思っただけだ! くっ、俺の平均以下の運ステータスを舐めてたか!?」

 

「素直に自分が不幸(ハードラック)だと認めたらどうなんですか」

 

 怒りに燃えるファイアドレイクたちに同情しつつも捌くとんぬら。強敵ばかりの里周辺のモンスターの中で、一番弱いファイアドレイクは、そけっと師匠の好物であり、修行するたびに狩っていて今ではお手の物だが、背後が気になってしょうがない。こちらを援護してくれるはずの後衛のゆんゆんが無言でめぐみんに言わせ放題で怖いのだ。

 

「私、とんぬらのことこれまで見てきた男の中でピカイチだと評価してますよ。いざというときは頼りになるし、なんだかんだ文句を言いつつも、ワガママを聞いてくれますしね。その仮面も紅魔族的にセンスが良くて格好良いなと思ってます」

 

「でも、俺が覚えるのはネタ魔法ばかりで残念だとか言ってなかったか?」

 

「………」

 

「ちょっと、ゆんゆん。さっきから黙りっぱなしでどうしたんですか?」

 

 気になり、ちらっと後ろを見ると、目を見開いたゆんゆんの表情、暗がりでも分かるほど鮮やかに輝く紅の瞳に、さっとすぐモンスターの相手に戻った。

 

「お、おい。……いえ、あの、ゆんゆんさん? なんか変なこと考えてませんよね?」

 

 思わず丁寧口調に畏まるとんぬら。

 まさか魔法でフレンドリーファイアをしてくるとは思わないけど、何か反応してくれないと非常に落ち着かない。

 けれど、おぶられていて前面が見えないめぐみんは、とんぬらと危機感を共有できず刺激したらまずいその顔色にまだ気付いていないようで、

 

「私は、普通の子たちより貧弱な体をしていますが」

 体型ではなく、旅に必要な“体力が”女子クラスの中でビリ、という意味です。

「ゆんゆんのような中途半端ではありません」

 体型ではなく、習得してる“魔法が”中級魔法ではなくピーキーな爆裂魔法、という意味です。

「きっとゆんゆんよりも需要があるはずです」

 男性ではなく、“冒険者に”求められる人材、という意味です。

 

「なので、私と里を出ませんか、とんぬら」

 

 無論、これも駆け落ちという意味ではなく、とんぬらの実戦能力を見て、30万も必要な転送屋ではなく、自力でも行けるんじゃないかと思ったからの誘いである。

 

「その話は、断っ――っ! これ戦闘が終わったらレベルがひとつ上がってそうだぞ俺!」

 

 これにちゃんとバイトで勧誘されたとんぬらは意味を正確に理解している。

 しかし、ここにはめぐみんととんぬら以外にもいるわけで、そして、彼女がそれを正しく言葉を聞き取れるかというのも定かではない。

 

「――ちょっと待って、納得いかないわ!」

 

 ここでついにゆんゆんが声をあげた。

 

「そりゃあ、あるえほど育ってないけど、私だって成長してる方だと思うし! 貧弱な体しためぐみんに負けてなんかないんだから! 私だってその気になれば、甘い言葉くらい……! く、くらい……ね?」

 

 トカゲの相手で忙しいときに同意を求めてくるんじゃない! 喋ってないで援助してくれよ! ……と叫べたらどんなに良かったことか。でも、戦闘の最中にもお話ができるとは割と余裕なんじゃないだろうか、と思われるかもしれないが、ファイアドレイクが飛び掛かってきたので対応しないとまずい。

 

「う、うう……」

 

 ファイアドレイクが火のブレスを吐こうと開いた顎に水芸を発射するとんぬら。しかし、あちらには問いかけに応えてくれないと見えたのか、少女は涙目ながら、小さな、小さな声で、意識を向けてもらおうと精一杯努力する。

 

「……、…………ん」

 

「え、なんだって? よく聞こえないぞ」

 

「…まって、…しい…ゃん」

 

「もっと大きな声で言ってくれないか」

 

「かまって、ほしいにゃん」

 

「ごめん、もう一回頼むゆんゆん」

 

 きっと、ライバルへの対抗心で火が点いたのもあるのだろう。そのまま勘違いしたゆんゆんはどこまで突っ走っていくのか。目はモンスターに向けながら、耳の意識は後ろに向ける少年が、見えない分を補おうと想像で猫耳を付けた少女のイメージ像を作り上げたところで、

 

「あぅぅ……とんぬら! 構ってほしいにゃん!」

 

「一体戦闘中に何をやってるんですか? いくら人目がつかない森の中だからって、私を背負っているのにこんなところで盛らないでください」

 

 ツッコミが入り、ブレーキがかかった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「まったく! 以前から思っていましたが、ゆんゆんは色ボケ過ぎではないですかね! いくらめんどうくさい構ってちゃんだからって、モンスターとやり合ってるとんぬらを誘惑するとは何考えてるんですか? ぼっちじゃなくて、ビッチなんですか」

 

「だだ、だってだって! めぐみんがあんな紛らわしい言い方をするから!」

 

 ハイテンションになったとんぬらが一気呵成にファイアドレイクたちの激闘を制してレベルがひとつ上がった後、会話の食い違いに違和感を覚え、誤解を解くことができた。

 

「だいたい、私が言っていた貧弱な体というのは、栄養不足による健康面や体力のことですよ! 発育状態のことではありません! 最近自分が、ちょっと育ってきたからと言って上から目線ですか、まったく失礼な!」

 

「私だって、おかしいなと思ったわよ! 貧弱な体しためぐみんに誘われてこんな鬱憤晴らしに付き合うなんて! けど、話を聞いたら私の声真似で、へ、変なことを言わせようとしたからじゃない!」

 

「あっ、言いましたね! 貧弱な体とは言いますが、私のような慎ましい体型は一部の層の人たちにはちゃんと需要があるのですよ! ゆんゆんのような中途半端な体で、上から目線はイラッと来ます!」

 

「ちゅ、中途半端! 中途半端ですって!?」

 

「ええ中途半端ですとも! 体も中途半端なら覚えた魔法も中途半端! きっと冒険者だけでなく、男性からの需要だって中途半端……、あっ、な、何をするっ! 私は今動けないんですよ!」

 

「このおおおおおお!」

 

 二人が仲良くじゃれつき合ったところで、サッと身軽に肩から飛び降りて避難してきたちょむすけを、ちち、と口ずさみとんぬらは迎え入れるように手を差し出すと、腕を歩かせ肩につかせる。

 

「おーい、置いてくぞあんたら」

 

「待ってください! ゆんゆん、ここは男性の意見も聞こうじゃないか!」

 

「え……」

 

「とんぬら! とんぬらは、私とゆんゆん、どっちが好みなんですか?」

 

 そう訊いてくるだろうと思ったから会話に参加しないようにしていたのに。ゆんゆんも取っ組み合いをやめ、こちらを恐る恐ると見てる。

 こんなことを言わせてくれるなよ、と深く息を吐いてから、適当な調子で、

 

「猫耳が似合う方だな」

 

「ああ、そうでした。とんぬらは特殊なタイプでした。失念していましたね」

 

「訊いておいてそんなにがっかりさせられるのはイラッと来るな」

 

「ちょむすけともこんなにも仲が良いようですし、何せ女神と呼ぶくらいですから」

 

「あんたの爆裂魔法と俺の奇跡魔法、一回雌雄を決してやろうか。というか、この子、メスだろ? いくら紅魔族センスでもちょむすけはおかしいだろ」

 

 お茶を濁したところで、とんぬらは一歩下がった大人の立ち位置から話しかけるように目を瞑りながら、

 

「そもそも、まだ15歳にもなってない子供なんだから、そんなことを訊いてどうする? どんなに色気づこうがしょせんは子供。まあ、俺も猫耳が似合いそうな大人の女性が相手だったら――」

 

「こんなところでお会いできるとは思いませんでした」

 

 突然、声をかけられた。

 目を開けるとそこに、薄汚れた魔法使い風のローブを羽織る、二十代半ばぐらいのメリハリのついた豊満な肢体をした、猫科の猛獣のような黄色い目と燃え盛るような赤髪の美女が立っていた。

 そして、彼女はちょむすけを肩に乗せたとんぬらの前に跪くと、感極まったように声を震わせ、

 

「長い時を経て、ようやく探し出しました! 偉大なる我が主――!」




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