この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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感想欄を見て、早急にネタ晴らしをせねばと載せました。なので、文章物語として甘いところがあるかもしれないので、あとで書き直すかもしれません。


110話

 高位悪魔の呪いに解放され、蓄積されたドラゴンの魔力は暴走する。それは冷静な判断力こそ失われているが、魔法の威力は格段に増した。ともすれば、『氷の魔女』時代のウィズに匹するやもしれぬ。

 そのゆんゆんの赤く染まった光彩が蛇のようにとんぬらを射竦めている。

 見る者の保護欲をかき立てる童顔には、いっそ禍々しいほどの愉悦があった。いや、もっとシンプルに歳不相応の快楽に蕩けかけているとまで言っても過言ではないかもしれぬ。ともすれば緩んでしまいそうな唇を必死になって引き結びながら、だがおさげが解け、赤く彩られ、燃え盛るように揺れる髪や紅潮するうなじから溢れる甘いにおいまでは隠し切れない。この苛烈な状況な最中であっても、渦中にある少年の嗅覚をくすぐってくるほどだ。

 それに肩を出すような衣装であるから胸元から危ういくらい眩い白が溢れているし、パンティーストッキングに包まれた足を振り回してくるから太ももの付け根近くまで覗けてしまう。

 

「くっ……!」

 

 魔法戦で目を離すわけにはいかないのだが、あまり釘付けになっていると魅了されてしまう。こういう意味でも破壊力抜群。それでいて当の本人はまるで気にしていない。むしろ見てほしいとばかりにとんぬらに見せつけてくるようで――そして、それ以上に圧倒するのが楽しくて楽しくて仕方がないと言った、嗜虐の顔で追い詰める。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!!」

 

 紅魔族の十八番を殴るような出足の速さで繰り出す。とんぬらはその袈裟懸けの軌道から逸れるよう身を捻り、そのまま後方一回転。かわしざま、とんぬらが口ずさむは詠唱――などではなくて、

 

「税を納めたのは将来の不安からだ。正直、神社は儲からない。紅魔の里で、氏子もそういるわけでもなく、需要はあまりないからな。冠婚葬祭を取り仕切ったり、祭りを主催したりはするが、そう滅多にあるものじゃない」

「『ライトニング・ストライク』ッ!!」

 

 純白の閃光をそのまま転じて発射したかのような雷光に背を浅く焼き切られながら、起き上がりざまにとんぬらは続ける。

 

「国教のエリス教みたいに援助されているわけでもない。お賽銭を収入源にと期待するわけにもいかない」

 

 ほぼ個人運営の宗教というのは副業で凌ぐようなもので、実際とんぬらは学生時代は学業と両立してバイトをこなさなければ食う物にも困る苦学生であった。

 

「ゆんゆんは族長になるんだろうが、家族の大黒柱になるとしては、最低限、食いっぱぐれることのない、安定した収入を確保したいと考えている。無論、神社を盛り立てる考案はしているぞ。そうだな、最近、人を指導している内に『悟りの書』に記された『ダーマ神殿』ならぬ『猫耳(ダーマ)神社』なる転職を支援するのもいいかもしれんと考えている」

「『ファイアボール』っ!!」

 

 無詠唱で放った中級魔法の紅蓮の火球が、鉄球のような勢いでとんぬらに打ち付けられる。咄嗟に初級水魔法の『クリエイト・ウォーター』を放つもそれでも熱と衝撃に、とんぬらが吹き飛び――それから今度はゆんゆんが声を上げた。この身勝手な弁明に反論してやるために。

 

「それなら、貯金を納めなくたっていいじゃない! 十分すぎる貯えがあったのに!」

 

 そう、確かに貯金は式を挙げてから先のことを考えて貯めていたものだ。

 それはとんぬらも認めるところ。

 あの時冷静に計算したが、端から年金などなくても一生暮らしていける。子供たちのことを見越しても十二分過ぎるくらいに。

 だがそんな計算をしておきながらなおとんぬらの胸を突いたのは、その声が震えていたから。そうその叫びは憤りというより、どこか悲哀に近い、声に聴こえる。

 

「そうだな……ゆんゆんの気持ちも、分かる」

 

 中級とはいえ過剰に魔力が練り込まれ、高速度に射出した一発、威力を殺さんと水魔法を放った腕の先は、常人であればショック死してもおかしくないような大火傷だ。所々は炭化しているのに。

 それでもとんぬらは続ける。前人未到の大言壮語を口ずさむ。

 

「だが、このまま貯金するのと税金を納めているのとでは、ひとつ、違いがある。それは、魔王討伐の後押しになるか否かだ」

 

 両者、息は上がっている。

 だが紅魔族随一の勇者の眼差しに廃れる色はなく。

 族長の娘の鬼気とした笑みに、翳る色もなし。

 

「産まれてくる子供たちは、平和な時代に生きてほしいと願い、だから、賭けた」

 

 焼け焦げた手指を開閉し、まだ動作可能であることを確認し、何事もなかったように腰の道具袋に入れて中を漁る。

 

 ――と、ここで声を上げたのは、二人ではない。

 

「貴様……何故」

 

 ゼーレシルト伯。

 向こうも向こうで、魔法戦の流れ弾を警戒しながら、ダクネスを着ぐるみから漏れ出した黒い触手で押さえつけたり、カズマが投げてくる瓶(水の女神様のだし汁)を避けたりとしながらも、高位悪魔は余裕があった。

 しかし、事態は思うようにいってはいなかった。

 

「倒しているはずなのにダスティネス卿からは喜悦の感情が湧き出しているし、一方的にいたぶられているというのに星五つから屈辱の悪感情がまったくない。どうなっているっ?」

 

 野次るようにそちらへ向けて声を飛ばす『残虐候』

 これにゆんゆんから目を逸らすことなく、とんぬらは堂々と言い放った。

 

 

「愚かだな高位悪魔よ。惚れた娘が俺の好みド真ん中に猫可愛い姿で構ってほしがってるんだから、そんなの……萌えるだけだ!」

 

 

 なんかもう魅了されてるかもしれないと自分でも正常な思考ができているか疑問に思うが、これに少なくとも猫耳萌えを理解してくれた変態師匠は力いっぱいに頷いて同意してくれるに違いない。

 

「とにかく、勝手をしたって自覚している。謝る。不満をぶつけてくるなら全部受けてやる。でもな、嫁にする相手なんだから俺だって甘えたっていいだろ」

 

 他の誰にもこんな勝手をやれない。

 だけど、将来を同じものを見たいと望んだ相手から、全部遠慮してやるのは、違う。

 

「ああ、甘えるさ。そして、今言ったことゆんゆんにも信じられる、俺が見据えた先を見てもらえるよう、強引にだって振り向かせてみせる! 自分の嫁くらい奇跡に頼らず自分の力でモノにしなくちゃ格好がつかないからな!」

 

 

 この最近の絶不調から沸々と蘇ってきた不敵な表情でとんぬらは言った。

 ――これにゆんゆんはキレた。

 

 

「私が! 嫁なら! そう言ってよ! みんなの前でもちゃんと主張して!」

 

「察しろ! 恥ずかしいんだ!」

 

「今言えたじゃないっ! もう! 絶対、とんぬらを屈服させてやるわ!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「そうよ屈服させて、そうすればずっととんぬらは私のものに――」

 

 激昂に呼応して、ゆんゆんの身体から真紅のオーラが勢い盛んに立ち上る。

 ギッ、と闘技場が悲鳴を上げる。空気が乾くどころか焦げていく。赤色の魔力の波動が際限なく広がっていく。

 竜の力を取り込んだ竜使い――それはもう一体のドラゴンである。

 冗談でも何でもなく、今とんぬらが対峙するのはドラゴン、そして、『アークウィザード』の『ドラゴンロード』

 

「ふう――」

 

 呼吸も、難しい。

 大気そのものが焔のようで、吸い込むと肺が焼けそうだ。ゆんゆんの周囲にはゆらゆらと揺らめく蜃気楼。

 

「だって今までずっと我慢してた。血も肉体も、体温も輪郭も、それに心も、全部私だけのものにしてとんぬらを独占することを夢見てたんだから」

 

 ゆんゆんは震えながら、自分の言葉に身を震わしながら、愉しそうに笑う。

 結局、とんぬらの弁明は火に油を注ぐような真似であったが――これでいい。

 魔力の自然排出が苦手な紅魔族が、余分な魔力を発散させる主な方法は、そのままずばり魔法を使って魔力を消費させること。学校を卒業する条件に“魔法の習得”があるがこれは、自分で魔力を発散できることは紅魔族には不可欠だからだ。

 

 一方的にいたぶられたのは、ゆんゆんの魔力切れを狙っていた。

 溜め込んだ魔力――魔力感知で覚えた性質より、狂化の一因を見抜いたとんぬらは、“竜の魔力”を吐き出させようとしていた。そのおかげでか、少しずつだが、ゆんゆんの目の色は落ち着いてきているように見える。もっとも最初と比較してであって、今でも普段以上に荒ぶっている。

 けれども、己の体力を計算して、ここらが限界だと悟っている。それにいい加減に今の猫耳バニーは冷静に努めたいとんぬらには目に毒過ぎるし、こっちも本能回帰して襲い掛かったらもう大変だ。

 ――だから、ここが勝負時だととんぬらは決める。

 

「『風花雪月・怒涛の狛猫』」

 

 舞うように扇を、一周円を描くように振るい、立ち込める冷気、それが凝集した氷結晶が、白き虎を形作る。

 実体を持たない魔力の塊たる精霊だが、『冬将軍』の如く極まればその魔法防御力は、爆裂魔法ですら一撃で仕留めえないほどになる。魔力を注ぎ込み、半幻魔にまで昇華された雪精。それらが八体の猫、否、大型の獅子と成す。

 

(チャンスは一度――!)

 

 装備した『星降る腕輪』に魔力を通す――――瞬間、タン、と着地する音。それは尋常ではないスピードで、なにしろ一瞬にして、ゆんゆんの視界から消え去ったぐらいの速さだ。とんぬらはそのまま、一気に一直線にゆんゆんに迫ろうとはせず、回り込むように走る。

 

「いつものことだけど呆れた。遮蔽物があるわけでもないのに、単純な素早さでこっちの動体視力を上回るんだから。とんぬらって魔法使い職なんじゃないの?」

 

 熱源となっている赤い瞳。

 空気を真紅に染め変えていく魔力の波動と共に視線がすぐ後を追う。

 

「でも、絶対に逃がしたりしないんだから――『カースド・ライトニング』!」

 

 宙に描くよう杖を振るって展開した魔法陣から解き放たれた漆黒の雷が、その背中を狙う。

 しかしとんぬらは振り向きもしない。

 暴走している状態からの齟齬を修正した。呼吸のリズム。離れていても息遣いを覚えるほどに熟知している。

 

「『ディフューズ・リフレクト』」

 

 後ろ手に腕だけで扇を投げた。ブーメランのように旋回する鉄扇は空中で端と端が接着して、鏡形態に。そこに施したのは“一工夫”した反射魔法。

 吸い込まれるように黒い稲妻に命中した鏡は、その雷光を吸収するように取り込み――そして、跳ね返した。無数に倍返しして。

 

 拡散反射。乱反射させるよう仕組んだ反射魔法が紫電一閃の魔法を万雷に。

 逃げ場などないカウンター。けれど、それも意味はない。

 

「効かないわよ!」

 

 ゆんゆんの指に嵌めている『雷の指輪』。これが避雷針の役目を果たし、雷除けをするのだ。当然そんなことはとんぬらも知っている。知っているからこそ、“跳ね返しても傷つけない”雷属性の魔法を使うタイミングでこの手札を切った。睨みを利かせる見せ札になるとして。

 それにダメージはなくともわずかに怯む――このわずかな時間稼ぎがとんぬらの狙い。それでもまだ距離を詰めること叶わなくとも、積み重ねる――

 

 ワイヤーを手繰り、シュルシュルと回るヨーヨーのように鏡の扇を手元へ引き寄せるとんぬらに、ゆんゆんが次に繰り出すのは、視界を埋め尽くすほどの豪火球の連続投射――!

 

「『ファイアボール』ッ!!」

 

 巨大な炎の塊が周囲の大気を燃焼させながら宙を走る。速さで対処されるのなら、数でもって圧倒する。反射の処理も間に合わぬほどの制圧。

 ――それでも雑だな、ととんぬらは批評を口ずさむ。

 

 迫りくる豪火球へ体当たりでその身をぶつけ、弾く白い守護者たち。最初に作った狛猫である。

 

 とんぬらが知るゆんゆんの中級魔法の連射能力は五回。今、竜の魔力で底上げされているのだとしても八体の狛猫もあれば防ぐことは十分に可能。爆裂魔法にも耐え抜く将軍級とは言わないが、中級魔法であれば弾くだけの魔法強度は備えている。

 

「だったらぁ! ――『カースド・インフェルノ』ーッ!!」

 

 最上級の火魔法。一切を焼き尽くしてくる、完全には防ぎ切れない超火力。

 ――ここだ! ととんぬらは方向転換し、回り込むのを止めてゆんゆんへ一直線に。それから道具袋から取り出した“小粒の物”を口に含む。

 中級までは無詠唱で速攻できるゆんゆんでも、上級では詠唱が必要。それも最上級ともなれば時間がかかる。

 その間に間合いを詰めて取り押さえる。竜の影響が濃くても、腕尽くでの力関係は変わっていない。

 

 ――舐めないでとんぬら!!

 声ならぬ声でゆんゆんは吼えた。

 とんぬらがゆんゆんを知るように、ゆんゆんもまたとんぬらを知る。だから、最上級魔法を繰り出そうと詠唱に入ったタイミングで飛び出してくることなんて百も承知。

 だから、フェイント――とんぬらが飛び出すのを誘うための――ある種、紅魔族にとっては掟破りな偽の名乗り上げ。

 ゆんゆんは最上級火魔法を高らかに唱えながらも、実際に行使したのはそれよりも一節(ワンカウント)少ない上級魔法の『インフェルノ』。

 この瀬戸際に、一歩先んじて、完成された上級火魔法の火炎がとんぬらを襲う。

 

 

 ――ああ、ゆんゆんならそう来ると思っていた。

 構わず特攻。最上級よりは威力が低いとはいえ、上級魔法。まともに食らえば大火傷する、それを目前にしてもとんぬらは揺るがず。如何なる状況においても冷静に測る。

 

 人間の体と心、女神の加護、竜の特質……数奇な運命の結果に生まれた、“この世界の勇者”は、この逆境に青々と目を光らせ――不思議な霧を発生させる。

 

「え――」

 

 ゆんゆんが渾身の――ありったけの竜の魔力を注ぎ込んで放った――火炎が、その霧に触れるや止まる。カエルに睨まれた蛇の如く眼光に射竦んだよう、魔力そのものが凍てつく。

 

 ――『竜眼』、と名付けたドラゴン固有……いや、とんぬら独自の特技。

 紅ではなく、蒼く光るとんぬらが、水の女神(アクア)がその眷属を呼び覚ますよう、霧を発生させる。この霧の水滴ひとつひとつに破魔――神聖魔法の『ブレイクスペル』と同じ魔法打ち消しの効能が宿っており、霧の凍てつく波動を浴びた魔力は“停止”して、冷え切るように無効化される。

 とんぬら流の『セイクリッド・ブレイクスペル』、魔力そのものを凍らせる、魔法使い殺しの特技。

 

(だが消せるのは一瞬。それも目力入れ過ぎて、バニルマネージャーじゃないが数秒視覚がまともに働かない、文字通り視界が真っ白になる自爆技なんだが)

 

 ホワイトアウト――そんな視界であっても、彼女の位置だけはわかる。

 パートナーにも本邦初公開な隠し芸(スキル)に驚愕するゆんゆんへ、とんぬらは詰め寄り――

 

 

 ♢♢♢

 

 

 視界が真っ白だ。でも、見える。それでもわずかに震える手を、彼女の頬へ伸ばす。触る。指先に確かな体温を感じ、万感の思いを込めてその名を呼ぶ。

 

「ゆんゆんっ!」

 

「えっ、とんぬら、何を……――って、ええっ!?」

 

 口に出した途端、一緒に思いも溢れ出てしまい、たまらずと言った様子で彼女を抱きしめ、この一時ばかりは、堰き止める理性(モノ)も投げ出して唇に唇を重ねた。

 

「っ!? っ!? っ!? っ!? っ!?」

 

 この強引さに、また舌に絡められる良薬の口苦さに、ゆんゆんは体を藻掻かせて最初抵抗するのだが、この相手を強く求める本能解放された欲求はきつくきつく抱きしめる。

 いくら何でも動転して当然だ。

 しかしとんぬらにはこの手段しか思いつかなかった。

 なので、パートナー(ゆんゆん)の心を宥め落ち着かせるため、サクランボのヘタを結ぶ練習で鍛えてきた最高の技をその口内へ注いでゆく。

 

 

 ――こ、こんなにすごいの、初めて!!?

 体が自然と熱を帯び、持て余した熱さが体の芯で何かを溶かして産み、胸が痛いくらいに張ってくる。塞がれた唇の隙間から苦しげな息を漏らし、しかし離れてくれない彼。それでいて自分に何かを唾液交じりに飲ませていく。まるで動物がヒナへ咀嚼した食物を注ぐように。だけど、それ以上に熱烈的に。

 

 

「っっっっっ!? っ!? っっ!? んふっ……――」

 

 緋色の接吻は熱くて、猫舌なとんぬらには刺激的であり、より深く、味わい尽すように夢中になる。ながらも、常に冷静さを欠かさない思考が、“ゆんゆんは耳が弱点だ”と囁く。後頭部を抑えていた手を滑らせて、耳に、その穴を弄る。さらに副次的に回した腕がより密着させる。

 また唇と唇が奏でる淫靡な水音が耳をくすぐり、身悶えるのがどうあっても堪え切れない。

 

「とん……っ、んっんんっ!? んんっ!? んんんっ!? んっんっ!? んんんっんっ!? んっんんっ!? んっ!?」

 

 弱点を突いた甲斐あってか、ゆんゆんは腰を何度か一際跳ねさせると、甘い息を鼻で抜きながら身を力無く任せてきた。突拍子もない行動に混乱したみたいだが、最後の方はたどたどしくも重なり合う唇を動かし返すまでしていた。

 やがて視界が元に戻ってきたとき、

 

「……うん、成功、したんだよな?」

 

「ぁんっ……」

 

 とんぬらの視覚に入ったのは、瞳を蕩け潤ませながら、はだけて露わとなりそうな白い胸元を見事に赤く染め上げているゆんゆん。

 腕の中で、全身を小さくびくびくッと痙攣させて、その度に悩ましげで切ない吐息を漏らす艶やかな姿。

 ……これは、少しやり過ぎたか?

 これほど強くしたのは初めてとはいえ、もう何度かこの手の愛情表現は交わしているというのに初々しい反応である。

 そうして、薄目を開けながら口を半開かせて涎を垂らし放題のゆんゆん。そっとそれを服の袖で拭い、羽織っていたトーガを下に敷いて横たわらせたとんぬら。

 その際にしっかりと確認したが髪の色は元踊りに黒に――暴走状態を脱し、変身が解けた(薄目は依然と真っ赤っかな光が灯りっぱなしだが)

 

「ぁんっ……。も、もっとぉ~~……」

 

 ゆんゆんが幸せそうな呟きを漏らす。どうやら満足していただけたようだ。とんぬらも、心にアストロンな自己暗示をかけて望んだが、結構いっぱいいっぱいである。

 

「………」

「………」

「………」

 

 なので、二人の世界から一足先に正気に戻ったとんぬらは、同じ闘技場にいた三人から刺さる視線に、今度はどう弁明したらいいものかと頭を悩ませた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 とんぬらとゆんゆんが繰り広げる激戦区から離れて、カズマとダクネスは『残虐候』ゼーレシルトと交戦していた。

 ファンシーな着ぐるみだが、背中のファスナーが開いて出てきた中身は異名に恥じぬものだった。

 実にダクネスと相性がいい。

 その正体を見せて恐怖させようとしたゼーレシルトだったが、ドM『クルセイダー』はその期待を見事に裏切って果敢に挑む。

 “今は薬のために!”と瀬戸際で落ちそうになるのを堪えながらも――高位悪魔が嫌がる喜びの感情を発しつつ――繰り出される強烈な攻撃をその身を盾にして受ける。

 そして、カズマはダクネスに守りを一手に引き受けてもらいながら、どうにか高位悪魔の爪を入手せんと奮闘した。悪魔を相手にする事前情報から用意しておいたアクアのだし汁を入れた瓶を投げて、ダクネスを援護するよう牽制する。

 

『くそっ、手羽先部分まで出てきたのは良かったけど、これ以上中身が出たらダクネスでも抑えきれないぞ!?』

『カズマ、私ごと拘束するんだ! ファスナーの前を押さえつけていれば完全には出難くなるはず!』

『っ、『バインド』――ッ!』

『くっ! 小癪な真似をっ……!』

 

 ダクネスが必死に抑えようとするファスナーの隙間から黒色の触手のようなものが這い出す。それらが『鎧の魔剣』を装備したダクネスの、鎧装甲が纏われていない箇所――つまり、顔。その頭上から滴るよう粘液を落として、同時、何かが焼ける音共に煙を立ち昇らせる。

 

『あづ……っ! あぐ……っ!』

 

 悲痛な声を上げるダクネス。カズマ、これに弓ばかりであまり出番のなかった愛刀を抜き放ち、ダクネスの顔を焼いていた触手を斬り飛ばした。床でピチピチと跳ね回る触手に気持ち悪さを催すも、それを堪えてダクネスへ。

 

『効果があるかわからないが、アクアの出し汁ぶっかけるぞダクネス!』

 

 頭に水をかける。火傷してるところは見られず、髪まで丈夫なのか変色している気配はない。だが、何もないわけがないのだ。カズマは頭を洗い流すように瓶を逆さにして水を被せる。この応急処置が功を奏したのか、ダクネスは水けを切るよう首を振って、その意識を醒ます。……ただし、これで用意しておいたアクアの出し汁は使い切ってしまった。

 

『くくっ、私の身体を焼いてきた水はもうないようだな。ならば、存分に表に出てこられるというものだ!』

 

 マズい!

 いくらダクネスでも急所を狙ってくる強烈非道な攻撃では長くは保たないぞ――

 

『カズマ、私のことはいい! ここへ何のために来たんだ! 爪だ! 早くゼーレシルトから爪を取るんだ!』

 

 焦るカズマをダクネスが発破する。

 ああ、そうだ。大変なのは、俺達だけじゃない。街ではアクアやめぐみんが子供たちのために頑張っている。そして、この闘技場でも。こうして戦っている今も、とんぬらはゆんゆんと……――と激しい音が止んだのでつい余所見すれば、なんか、熱烈なキスシーンを繰り広げていました。

 

 ………

 ………

 ………

 

 途中経過を見ている暇がなかったけど、一体どうなったらこんな結果になるんだ?

 女の子を助けるために薬の材料を調達するクエストに燃えていたのに、脇でこんなことやられたら流石に手が止まる。見れば、もみ合っていたダクネスとゼーレシルトもそちらを見ていた。

 皆の注目を集めるとんぬらは、コホンと咳払いしてから、ビシッとこちらを指さし、

 

「『残虐候』よ。貴様の呪縛からゆんゆんを解き放ってみせたぞ!」

 

「とんぬら、何やってんの?」

 

 なんか誤魔化すように決め台詞を口にしようとする紅魔族だったが、突っ込んだ。ちょっとこれは理由をちゃんと説明してもらわないと納得できないというか。あれか? 王子様の魔法のキスでお姫様にかけられた呪いが解かれる的なシチュエーションだったの?

 とんぬらは空気を読まない(あるいは読まないようにしている)ハイテンションで、種明かしする。

 

「手段方法はとにかくとして、ゆんゆんに『理性の種』を飲ませたんだ」

 

 ドラゴンに人家の術を教えた際に伝手でもらった貴重な薬種。これで余っていたのをとんぬらを持っており、その“我を失った変身状態から自我を取り戻させる”という効果にかけた。

 

「ただ、まあ、そのな。『理性の種』はすり潰した方が効果を発揮する代物でな……」

 

 というわけで、口に含んで咀嚼し、すり潰した『理性の種』をゆんゆんに口移し(キス)して飲ませるという作戦を取った。

 これが見事に的中し、ゆんゆんは理性を失わせる呪いを打ち破ることができたのだ。……が、なんというか、取り戻したはずの理性が蕩けているのは気のせいだろうか?

 

「こ、こんな手段で我が呪いを……し、しかも、劣等感塗れだった小娘から何だこの凄まじい……私はサキュバスじゃないのだぞっ!?」

 

 わなわなと震える『残虐候』。

 高位悪魔ではないが、ものすっごい甘ったるい感情、桃色空気が薫ってくるのがなんとなくわかる。これは悪魔もお気に召さない。

 

「何たることだ……っ! 私の食事がこんなにうまくいかないなんて初めてだ! こうなったら口直しに何としてでも貴様らを屈服させて、悪感情を搾り取ってやる!」

 

 ――しかし我が街のエースはそれが“小さい”と言い捨てた。

 

「こっちだってブチキレてる。よくも俺の逆鱗(よめ)に触れてくれたな。その残機(いのち)、ひとつ奪うだけでは収まりがつかんと知れ!」

 

 己の怒りと比べれば、塵芥と変わらない。一吹きで掃える、と一喝が闘技場を震わす。

 これにわずかに怯む高位悪魔であたが、目敏く指摘する。

 

「ふん! 悪感情は取れなかったが貴様はだいぶ弱っているではないか!」

 

 キスシーンに気を囚われてしまったが、よく見るととんぬらはボロボロだ。ゆんゆんとの戦いで消耗し、魔力と体力も万全とは呼べない状態にある。片腕なんて黒いし、あのとんぬらが肩で息を切らしている。

 これでは高位悪魔を相手どるのは厳しいか。そんなカズマの心の声が聴こえていれば、力強く否ととんぬらは答えただろう。

 追い詰められてからが本番。だから今がベストコンディションであると。

 フラフラとしていた身体に、一本真っ直ぐな軸が通ったように姿勢がピンとしたとんぬらは、宣告する。

 

「『残虐候』、オークを嗾けてくれた礼だ。貴様が屈辱塗れで逃げ出すような奇跡を今ここに起こしてやる!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――これから祝詞を奏上する」

 

 とんぬらはカズマとダクネスの目を見据えて、頼んだ。

 

「これまでになく奇跡魔法に集中する。その間、無防備になるが、兄ちゃん、ダクネスさん、それまで悪魔を抑えておいてくれ」

 

「ああ、任せておけ! とんぬらには指一本触れさせん!」

 

 そう、頼まれた。ダクネスはもちろんにして、物臭で臆病だと自覚するカズマも。

 俺って、兄呼ばわりされただけで簡単に乗っちゃう奴だったか? なんて、妹分(アイリス)にお願いされただけで陥落したことも顧みて、カズマは自問する。

 とにもかくにも、とんぬらには借りがあるし信頼もしている。だったら、やることはひとつ。

 足止めとかそういう直接戦闘に関わらないことは得意だし、自信があるのだ。

 

 

「何だ……? あの小僧から凄まじく強烈な悪寒を覚える!

 

 悪魔族の種としての本能が囁いている。

 全力で阻止せよ。さもなければ己は屈辱に塗れて地に屈する。

 宮廷道化師は見ての通り、万全には程遠いというのに、その立ち振る舞いに今更畏れを抱くなんて……!

 

「ま、まさか、地獄の公爵を倒したという話は本当だったのか!!?」

 

「触手の相手をするのは『クルセイダー』だと、昔から相場は決まっているだろうが! 一本たりとも余所へは伸ばさせんぞ! 根元から抑えてやる!」

 

 着ぐるみと共に拘束されていたダクネスが、ファスナーの奥……うじゃうじゃと祟り神のように触手がうねっている中へ手を突っ込んだ。

 鎧籠手で護られているが、着ぐるみの中から何かが焼ける音がして、ダクネスの額からは脂汗が滲む。しかし、その表情は爛々と充実している。

 

「おい、何故喜悦の感情しか湧き出さないのだこの娘は! おかしいおかしい、この娘はどこかおかしい――!」

 

 こんな頭のおかしいやつとは付き合い切れん! そうゼーレシルトはダクネスを振り払おうと藻掻き暴れる。

 ――そうはさせないと暴れ悪魔の幉にしがみつくように両手で握るカズマが叫んだ。

 

「――『スタン』!」

 

 途端、高位悪魔は硬直した。

 な、なんだと!? あの見るもひょろちょい人間が高位悪魔(わたし)にも通じる特技を使ってきた!?

 邪神の右腕であった高位悪魔をも封じ込めた金縛りスキル。これにありったけの魔力を注ぎ込んで、ゼーレシルトを邪魔する。

 流石に高位悪魔で、カズマの魔力では一分ともたないだろう。

 しかしそれで十分だった。

 

 

 “テンショウジョウ(天の神) チショウジョウ(地の神) ナイゲショウジョウ(家の神)

 “ロッコンショウジョウト(そして己自身を)ハライタマウ(清め祓う)――――”

“聞こえしめせ テンオツ貴人――――”

 

 

 パン、と柏手一つ。

 清浄な音の漣と共に虹色の煌きが花開くように広がる。

 

 

「――『パルプンテ』――!」

 

 

 瞬間、その場にいたすべてが何かの手応えを察した。強大な、そうこの世の法則そのものが動くような現象とも言うべきか。

 

 『天地雷鳴士』となり、更なる幅の広がりを見せる奇跡魔法。

 そのご降臨を成就させんとするもの、テンオツ貴人。

 これは、最高の吉星。災いを幸いに変え、援助をもたらし、開運へ導く。

 すなわち、この世界において、()の存在の御名は――――幸運の女神(エリス)

 

 

『おおぉっ……!?』

 

 光と共に、現れる女性。

 ゆったりとした白い羽衣に身を包み、長い白銀の髪と白い肌。

 どこか儚げな美しさを持つ彼女は、驚いたように目を白黒させている。

 何かカップを手にひと心地ついてる感で、現在、お茶を啜っているポーズで固まっているところ見るに、これは急な召喚(呼び出し)だったようだ。

 

「え………………なんですか、これ?」

 

 あの時、感謝祭で見えたのと同じご尊顔。その時の縁を手繰り寄せるよう願ってみたが成功した。

 あまりにも呆気なく。

 

「ちょ……」

 

 良く知る『冒険者』は大口を開けて、

 

「な……」

 

 どこか見覚えある顔立ちに『クルセイダー』は目を見張り、

 

「ひぃ!!?」

 

 高位悪魔は短く悲鳴を上げた。

 何が起きたかなんて、正しく理解できるものなどいない。誰もが絶句したまま。女神もまた自分が喚ばれたとは思っておらず、しかしここがあの世とこの世の狭間でないことは把握している。

 そんな中で、とんでもない事態を引き起こした、『天地雷鳴士』は手を組みながら、状況説明兼お願いを始めた。

 

「女神エリス、あなた様に聞いてほしいことがあります。どうか子供たちを救うため、悪魔の調伏にそのお力をお貸しください――」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 事態はパパッと解決した。

 女神エリスは、悪魔やアンデッドに大変好戦的な女神である。

 神々しい後光に浄化されて……なんてことはなく、何かステゴロ殺法で着ぐるみをぶちのめした。

 悪魔貴族は慌てて逃げ出そうとするのだが、そんなことを許す女神様ではなく、残機をたくさん減らし、子供たちのために高位悪魔の爪が必要でなければ、そのまま『残虐候』を消滅させていただろう(本体が消滅してしまうと、爪もなくなってしまう)。

 

 こうして、無事に(悪魔自身は消滅しかかっていたが)高位悪魔の爪を手に入れ、正気に戻り目が覚めたゆんゆんが『テレポート』で一足先に『アクセル』へ帰還し、とんぬらたちも『超激突マシン』で戻れば、子供たちからコロリン病は治療されていた。

 薬の調合で何やら揉めたみたいだが、出来上がった特効薬の効き目は抜群で、一刻と経たずにみんな元気になったという。

 協力してくれた冒険者たちは子供たち、それからダクネスからもキャリアであったシルフィーナを助けてくれてとても感謝していた。

 それで、素材のひとつに協力したドランゴ……子供たちに正体がバレたのだが、懐かれて、今日は一晩、孤児院に泊っている。

 というわけで……

 

 

 悪魔貴族の下から日帰りで、そして、久しぶりに帰ってきた家。

 一緒に帰ったとんぬらが“話がある”と二人きりで居間に。

 今日は本当にいろいろと会って……不満も吐き出したことで発散できたけど、思い出すだけで恥ずかしいやら嬉しいやらで顔と目が赤くなってくるゆんゆんだが、対面の席に着いたとんぬらはなんだか少し緊張していて、ふうと息を吐いてから、

 

「今回、ゆんゆんに不満を溜めさせてしまったことが身に染みてわかった。悪魔の呪いがきっかけだったが、そこまで溜め込ませてしまった俺が原因だ」

 

 罪悪を覚えている様子のとんぬら。だけど、あの時暴走したのは自分も悪い。ゆんゆんはそう口にしようとして、だけどとんぬらが言葉をつづけた。

 

「だから、その不満、解消しよう」

 

「解消する?」

 

「ああ」

 

 とんぬらは、真っ直ぐにこちらの目を見据えてくる。

 仮面の奥の目には迷いはなく、確かな決意が宿っているようで――

 

 

「結婚しよう」

 

 

 真っ直ぐに、単刀直入に告白した…………

 

「へ……………………?」

 

 今、とんぬらは――なんて言った?

 いや、これ以上ないくらいはっきり聞こえたけど、それでも自分の耳を疑いたくなる。

 

「け、結婚って、どうしてっ?」

 

「結婚を申し込んだのにこの反応は肩透かしだぞゆんゆん。これでもこっちは結構思い切っている。だから、返事は“はい”か“いいえ”で頼むよ。できれば前者を強く希望している」

 

 怒涛の展開過ぎて心の準備が間に合わないゆんゆんだがここはもう必死に急ピッチで間に合わせようとする。

 のだが、とんぬらは小休止を挟んですぐ、

 

「もう一度言う。――いや何度でも言おう。――結婚してくれ」

 

 もうすぐ十五歳。そして、今はまだ十四歳。でも、法的には――可能。

 

「まあ、こんなものを用意してある」

 

「え…………こ、これって、ここここ――」

 

「ああ、婚姻届けだ」

 

 とんぬらが机の上に出したスクロールは、あの時クリスに盗まれた……“パルプンテの巻き物”――こと婚姻届けだった。

 

「俺のところは書いてあるし、もう族長とかからも署名していただいている。とりあえず――ここに、サインしてくれればいい」

 

 婚姻届け――

 魔法の力も何も込められていないというのに、見ているだけで手が震えそうになってくる。

 たった一枚の紙切れだけど、これに必要事項を記入すれば、人生が変わる。

 自分だけでなく、相手の人生も。そう考えると、あまりに重すぎる一枚だ。

 

「本当は、ゆんゆんが十五歳で成人したら渡すつもりだったんだが、まあ、ちょっとくらいのフライングは構わないだろ」

 

 問題はとんぬらの親であったが、残念ながら今どこにいるかもわからない。なので、税金を納める際に、ついでに街の領主であるイグニス様を頼って手続きをした。だから、書類に必要なところは埋めてある。

 自分の知らないところで根回ししてくれていたみたいだ。

 これは素直に嬉しい。凄く嬉しい。ちゃんと堂々とお嫁さんであるのを名乗ることができるのだから。

 でも……式は挙げられない。

 そんなゆんゆんの沈んだ顔に、ありありと出ていたのを見取ってか、とんぬらは、頭を掻きながら言い難そうに、

 

「あー、それで……俺は一度でも結婚式を諦めろとか言ったか? 盛大に騙しておいて――いや本当に心苦しかったが――それでもなんだが、俺は約束をきちんと守る方だぞ」

 

 ここだけの話だが、と前置きしてから白状してくれた。

 

「まず、だ。税金は通常、個別に取り扱うものだ」

 

 例として、カズマパーティでも、カズマやアクアに支払い義務が発生されたのに、めぐみんはそうではなかった。

 それは受け取る報酬ごとに区別されているのだ。

 でなければ、同じパーティであるダクネスがあんな面倒な足止めを請け負わず勝手に支払ってしまえばいい。それが認められないから、実力行使に出たのだ。

 

「まあ、夫婦ならば収入・財産を共有するが、まだ俺達は同棲の身だ。当然、別々になる。俺に他人(ゆんゆん)の財産の分に手を付ける権利は生憎とない。

 ――よってそちらの支払い義務は果たせないし、果たしていない」

 

 …………あ。

 あまりのショックで呆然自失しててそのままめぐみんに引っ張られてギルドを後にしたけど……私、何もしていない。

 

「え、じゃあ、つまり? というか何で? どうしてちゃんと説明してくれないのよとんぬら!」

 

 ゆんゆんは頭が混乱しながら、詳細な説明をしなかったとんぬらを責めるが、そこはあっさりと返された。

 

「『敵を騙すには味方からだ』というだろ。だから、“説明は明日(脱税後)だ”と言ったんだ。ゆんゆんは、顔に出るし」

 

 ………

 

 ――状況を整理する。

 あの時、とんぬらは『税金を払う』と言って、ゆんゆんだけを帰らせたが、その実、とんぬらはパートナーと均等に分配している自分の分しか税金を納めていない。より正確には納められなかったであったが。

 簡単に言うと二人合わせた収入の四分の一しか納めていないのである。

 

 まだ税金を納めていないゆんゆんを誰も咎めることなく帰させた。

 場の空気を読んで、(わざとらしくゆんゆんを落胆させてそういう雰囲気をとんぬらが意図して作ったのだが)傷心の少女に誰も声を掛けられない。

 第一王女も騙した宮廷道化師の本領発揮である。あの場において察したのはおそらく一人だけだろう。

 

 職員らも“夫婦のようなバカップルだから、夫婦のように財産を共有しているもの”だと思い込んでいたが、実際は違う。

 それで、そこのところをダクネスに黙っているのは、この抜き打ち税金徴収されたことへの、ちょっとした意趣返しである。車内でもそうだったが、ゆんゆんが落ち込んでいたことに非常に気に病んでいた。とんぬらとしても反省してほしいところであったので誤解は解かなかった。

 それに、とんぬらの分の税金を納めたのだから文句はなかろう。

 イグニスから財政事情を相談されたこともあって資金繰りの状況把握していたし、とんぬらの税金分でも十分補える計算だ。

 とんぬらなりに、“三方よし”に治めてみせたつもりだ

 

(まあ、ショックを受けたゆんゆんをあそこでゆんゆんの未納について指摘せずにギルドから引っ張って連れ出してくれためぐみんには助かったが。流石に俺がついていくわけにはいかなかったし。天災児の推理力は読めんが、まあ、多分あの顔からしてこちらの意図を理解して共犯者を買って出てくれたっぽいな)

 

 真っ向から結婚反対してくれているが、あれでも何だかんだで友情に応えてくれるのは学校時代からとんぬらも良く知っている。

 

 ……でこの事をとんぬらは早くゆんゆんに気づかせたかったが、説明会中の最中にもダクネスがゆんゆんをずっと気にかけていたので二人きりで話すに話せなかったという。

 

「だから、式を挙げる資金……“へそくり”はあるわけだ。まあ、将来のための養育費だとかはまた稼がないといけないし、古くなった神社の改修計画の梯子を外されることになったのだが」

 

 とんぬらはゆんゆんの通帳を見ながら、算盤をはじく。

 

「後先のことを考えるとできれば新婚旅行(ハネムーン)はまたの機会に繰り越したり式の内容を所々ランクダウンして節約してほしくはあるんだが、ここまで来たらけち臭いことは言わず妥協なしで行こうか。本番のドレス、花嫁衣装も借り物(レンタル)ではなくきちんと購入しよう。とにかくやろうと思えば、パァッと当初の予定通りにできなくはない。いや、やれるからな」

 

 ちょっとだけ自信なさげにだが、とんぬらが計画を打ち立ててみせたら、どういうわけかゆんゆんはぼーっとしていた。

 とんぬらが軽く目の前に手を振ってみせると、ゆるゆるとだが反応を見せる。

 

「うん……。何だか婚姻届けで感動しちゃったと言うか、とんぬらのサプライズが思いがけなくて驚きすぎちゃったと言うか……」

 

「そうか。まあまだ十五歳の誕生日まで日はあるし、約束通りに式を挙げるかどうかは、ゆんゆんが決めてくれ。……金に、糸目はつけなくていいからな。一生に一度の舞台であるしな。出し惜しみの類はしたくない」

 

「……でも、とんぬらの分は支払っちゃってるんでしょ。小遣い、足りないんじゃない?」

 

「別にゆんゆんに恵んでもらうほどじゃないぞ。欲しいものがあるわけでもない。まあ、色々と騙して申し訳ないし、その戒めとして、しばらくの清貧は甘んじて受け入れるさ」

 

 元より欲しいものがあったら自分で作る性格である。あまり物欲がある方でもない。

 

「……うん、別にいいわよ。何だか時期尚早みたいだし」

 

 ゆんゆんはさらりと言う。

 悪魔に不満を爆発させられて、それで発散させられたせいなのか、とても落ち着いている。あれだけ迫られたとんぬらとしてはどうにも肩透かしを食らう気分で、

 

「何かそれを言われると俺の男の甲斐性がないみたいで癪なんだが」

 

「ううん。本当、全然我慢してるとかじゃないから。ただ、すごく安心したの。とんぬらが、ちゃんと私のために考えててくれてたんだー、って思うとそれだけで十分満足しちゃった」

 

「なんか俺が言うのも何だかゆんゆんチョロいな」

 

 お手軽さに呆れたように言うとんぬらに、ゆんゆんはぷくっと頬を膨らませ、

 

「じゃ、じゃあ! 今日、キスしてくれたから……式は待つわ。だからせめて誓いの言葉をちょうだい!」

 

「なんでだよ」

「いいから! 言ってよ! たまにはいいじゃない」

 

「ああもう、そこは、察して」

「察しては禁止!」

 

「パルプン」

「マジックキャンセラー!」

 

 神主的暗喩も禁じられてしまった。

 

「はぁ、参ったな。こう言う台詞は一年にそう何度も口にできないと思ってたんだが」

 

「とんぬらはお金のことよりもまずきちんといえるようになる方が問題じゃないかしら」

 

 言われて、今度はとんぬらがムッと顔を顰める。

 これにくすくすとゆんゆんは笑い……久方ぶりの彼との会話を楽しんだ後に、ゆんゆんはとんぬらの再確認を待たずにさらさらと自らの名前を“パルプンテの巻き物”に署名してみせた。

 

「とりあえず、これで私はとんぬらのお嫁さん……奥さんになったのよね」

 

「役所に届ければ、そうなるな」

 

「だ、ダーリンって呼んだ方がいい?」

 

「また何かの本の影響か。それは勘弁してほしい」

 

「それじゃあ、私のことは“おい”とか“お前”とか呼ぶのかしら?」

 

「そんな亭主関白はしないからなハニー」

 

 ………

 ………

 ………

 

 こうして、まだ周りには明かさず密やかに人生のランクアップを果たした二人。

 しかし翌日の家のポストが大変だった。

 アクアからの口利きからか、アクシズ教の式場案内のチラシ、それからどういうわけかエリス教の式場案内のチラシも入れられている。あとでエリス教徒な義賊先輩に話を聞くところによると、何でも“エリス様を地上に降ろしたとかで後輩君が聖人指定にされそうになっててねー”と、なのでぜひエリス教で式を挙げてほしいと向こうも向こうで話が盛り上がっているそうだ。

 そして、極めつけは……

 

「とんぬら、ゆんゆん! 今日はお前達にいい話を持ってきたぞ! なんとだな……」

 

 朝一番にバイト先の魔道具店へとやってきたダクネス。

 なんと、彼女とそれからカズマがこの国の王女様であるアイリスに掛け合って……本当に王都の大聖堂で式を挙げられるようにしてくれたそうだ。

 

「気にしなくていい。これは二人の結婚資金を奪ってしまったことへの私なりの罪滅ぼしだ。アイリス様も大変乗り気のようだしな。大船に乗ったつもりで任せておけ」

 

「あはは……(なんか。……実は脱税したへそくりがあるんですとか言いづらくなってきた)」

 

 その後、アクシズ教とエリス教が式場案内の勧誘合戦が起き、そこに王侯貴族が参入して、状況はよりカオスに。

 金銭的なもの以外にもいろいろと式を挙げるのに問題が盛りだくさんのようであった。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 ダーマ神殿(神社):ドラクエシリーズに登場する施設。転職や命名を変えることができる。またドラクエⅨの賢者には『ダーマの悟り』なるどこでも転職ができるようになる特技がある。

 

 怒涛の狛猫:ドラクエの軍隊系の特技。内容は、羊飼いの『怒涛の羊』、それからドラクエⅧのモンスター呼び(キラーパンサー)を合わせたもの。ランダムに複数回攻撃し、そのダメージ総計は結構高い。

 

 竜眼:ドラクエに登場する特技。主にドラゴンのボスモンスターが使用。不思議な霧が辺りを包み込み、その効果は作品ごとに様々だが、バリアのような働きをする。

 作中では、とんぬら流の『セイクリッド・ブレイクスペル』。

 

 テンオツ貴人:ドラクエⅩに登場する。天地雷鳴士のクエストに出てくる神様(大幻魔)




誤字報告してくださった方、ありがとうございます。

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