この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

121 / 150
121話

 旅は順調だった。

 回復・支援・攻撃と魔法が使え、白兵戦もめっぽう強い、ついでに芸もできる仮面の好青年トール。

 これが魔王城へ挑む(アクアを回収する)パーティに加わってくれたおかげで、モンスターが寄ってきても敵なし。それに、覚えたての魔法の練習にも付き合ってくれる(その際に、『多分あんたの方が年上だからため口で構わないぞ』と言われ、年下だと判明した)ので、中々にできた奴である。

 

 しかし、謎の部分もある。

 まず素顔だ。これは仮面が張り付いていて取れない。当人曰く『契約で(呪いではない)』そうなっているという。だから別に大きな火傷の痕があったりとかそういうのはないそうだ。

 そして、冒険者カード。“職業は何なんだ?”という質問に、『スーパースターな賢者こと『天地雷鳴士』というレア職』という聞き覚えのない回答で、ちょっとその冒険者カードを見せてもらえないかと言ってみたのだが、それは断られた。他人の冒険者カードを興味本位に暴くのは冒険者のエチケットに反し、あまり無理に答えさせるわけにもいかない。

 あとは、“どうして魔王城へと向かうのか?”と目的を訊ねてみたら、『理由はまだ言えないが、どうしても行かなければならない』、と申し訳ないが魔王城まで行ったら単独で別行動を取らせてもらうと言われた。

 

 それと、カリスマもあるみたいだ。前門のグリフォンと後門のマンティコアの窮地を脱した時の活躍もあり、それに道中の魔獣退治も回復から支援までこなしいざとなれば自らも斬り込む働きで騎士や冒険者たちから慕われている。当人曰く成人したての十五歳ではあるがその態度は堂の入ったもので、物腰も落ち着いており、受け答えも丁寧で高潔とばっちりだ。

 

 で、そのトールが馬車護衛の冒険者らに誘われて別の馬車へ移っている間に、めぐみんが秘密の会談を設けた。

 

「それで、カズマ、ダクネス、あのトールと言う男……どう思います?」

 

「どうってなあ……。ぶっちゃけ、頼りになるけど怪しいな。でもさ、ウィズから紹介状を預かってるんだ。あれはウィズの書いた字だったし、信用しても問題ないんじゃないか?」

 

「筆記くらい真似ようと思えば真似られます。アクアの次に巧そうな宴会芸を見るからに相当手先も器用みたいですし、模写くらいお手のものじゃないんですか?」

 

 そういわれてみると、否定はできない。

 

「あんなひとりで『アークウィザード』と『アークプリースト』の両方をこなす冒険者なんて、噂だってないとおかしいのに、誰一人として『トール』という名前に聞き覚えがないと言います。これは変ですよカズマ」

 

 一呼吸のためが入る。

 幼い顔に、つかのま緊張が渡った。これからめぐみんが述べようとする状況を推理した自論は、それだけの意味があった。

 

「ウィズのことを知っていて、実力があるのに名が知られていない……これは、魔王軍の関係者かもしれません」

 

 あんな強力な助っ人がパーティに加わってくれるなんて都合が良すぎる。これがゲームなら終盤で“実は敵でした!”みたいな展開もなくはない。

 

「周囲から慕われ、役に立っていますが、あまり自分のことは語らない……。ほら、この前、カズマを嵌めたあの人間の魔王軍幹部のときと似ていませんか?」

 

 セレナのことか。

 『傀儡と復讐を司る邪神』を崇拝する『ダークプリースト』で、『アクセル』を内側から破滅させようと目論んでいた、謀略と諜報を担っている魔王軍の幹部……。もしもトールがめぐみんの言うとおりそのセレナと同じだったら大変なことになる。

 

「ベルディア、バニル、シルビア、そして、そのセレナとこれまで魔王軍幹部を半数も倒した俺達のことを警戒して、刺客を送り込んだってことなのか?」

 

 ちょっと自意識過剰かもしれないが、なくはないだろう。当の幹部であるセレナが語っていたが、自分たちは魔王軍から目を付けられていると言うし。段々とめぐみんの憶測が信憑性を帯びてきた。

 

「ええ、カズマの言う通りです。あの男の正体は、魔王軍を脅かす脅威である私達を恐れて、差し向けた暗殺者ではないかと」

 

「それはどうだろうか? ならば、あの時、マンティコアに襲われそうだったカズマとめぐみんを助けたのはおかしくはないか」

 

 とめぐみんの意見に反対するのはダクネス。

 あの変態キメラ魔獣に命(と貞操)の危機だったところを救ってくれた恩人。暗殺者と言うのなら、あの場は放置しておいた方が楽に済んだかもしれない。

 ダクネスの意見にも一理ある。

 

「では、ダクネスはどう思うのです?」

 

「私は、トールは、どこかの国の貴族、いや、王族かもしれん……と思っている」

 

 ダクネスの意見は、思ってもみなかったが、立ち振る舞いに英雄たる風格があるのは確かだ。

 ゲームでも、よく国の王子が魔王退治へと旅立たせられる展開があるし。

 

「けど、いくら王族でも若過ぎじゃないか? トールって俺よりも年下だぞ」

 

「王侯貴族は、昔から強い勇者たちの血を取り入れて潜在能力を飛躍させるだけでなく、英才教育を受けて、経験値が豊富な高級食材を惜しみもなく食してレベルを上げている。我が『ベルゼルグ』の陛下は最前線で戦っておられる御方であるし、黒髪黒目が、勇者の血が先祖還りしたものだというのなら、あの実力にも納得がいく」

 

 腕を組み頷きながらそういうダクネス。これにはめぐみんも口元に手を当て、記憶を探るよう視線を伏せながら、

 

「……そういえば、『アクセル』には、隣国の貴族で最年少の『ドラゴンナイト』が冒険者をしているという噂がありましたね」

 

「それに、アイリス様の許嫁である隣国エルロードの王子もまだ随分と歳若いと聞いているな。確か、アイリス様よりは年が上のようだが、カズマよりも年下だったはずだ。ちょうどトールの年頃に当てはまるんじゃないか?」

 

「なんだと!?」

 

 思わずダクネスの肩を掴みかかった。

 可愛い妹(王女様)に許嫁がいたなんて初耳だ。これはお兄ちゃんとして断じて見過ごせない!

 

「アイリスは将来お兄ちゃんのお嫁さんになるんじゃないのか!?」

 

「バカなことを言うな! アイリス様は一国の王女なんだぞ! この婚約は両国王同士の取り決めであるし、それに大体貴様にはもう……」

 

 とそこで何かを言いかけて、こちらから背ける顔が赤いダクネス。めぐみんもこちらに“私では不満ですか?”というような文句がありげな眼差しを向けている。

 この微妙な空気に、反省して口を噤んだ。旅立ちの前夜にあれやこれをいたしかけた身としては今の発言は失言だったかもしれない。しかし妹を思う兄の気持ちが迸ってしまった。

 ダクネスが、仕切り直すようコホンと咳払いし、

 

「だから、世間にあれだけの実力が表沙汰にならず、めぐみんが言うようあまり自分のことを明かさないのは、そういう理由だからではないかと私は思っている」

 

「ええ、ダクネスの言う通り、何か訳ありな雰囲気がありましたね」

 

 ダクネスの自論に、めぐみんは反論せずに頷き返す。

 そういえば、アイリスは最初、普通に直接人と話をせず、お付きのクレアを介して伝言ゲームのように応対していた。仮面で顔を隠しているのも、それと似たような一環なのだろう。庶民に顔を晒すのを厭わなければならないほど上流のやんごとなき身分。お忍びで冒険に出た王族が正体を隠し、かつ衆目の前にお顔を晒さないようにするという。こういう一見無理がありそうな設定背景(ストーリー)だが、この世界では筋が通っていそうだ。

 

「だいたいめぐみんも、ああはいうが本気で魔王軍だと疑ってはいないのだろう?」

 

「……ええ、まあ。隠し事はあるみたいですが、悪い人間ではないと思います。あの仮面も紅魔族的な感性からすると格好良いですし。……ただどうにもこの紅魔族随一の天才である私の勘が、“あれは私の宿敵”だと囁いてくるもので」

 

 お前のライバルはゆんゆんじゃないのか? 自称ライバルみたいだけどその扱いは泣くんじゃないか?

 それで、あまり面白くないのも、ああも自分以上に魔法で活躍してくれたのがパーティの魔法使いとしてのポジションが危ういしとトゲトゲとしてしまっているせいもある。自分(カズマ)が中級魔法と『テレポート』を習得した時はだいぶ焦ってたし。

 

 とりあえず。

 つまり、あのトールは、魔王軍が刺客として送り出した暗殺者……かもしれないが、隣国から助太刀に馳せ参じたアイリスの許嫁の王子なのかもしれない。今のところダクネス推しの王子説が濃厚っぽい。

 ダンジョンで無双していたウィズとバニル程ではないにしても、上位魔獣を瞬殺できる実力者なのだから真っ向でやり合った方が手っ取り早くはあるだろう。ダクネスの言う通り、マンティコアとグリフォンから助けはしない。むしろ危機に乗じて仕留めにかかるべきだ。

 さらに言えば、セレナの後だけあって刺客説は二番煎じな感が拭えないし、魔王軍も通用しなかった策を二度続けて吹っ掛けてくるとは思えない。いくら何でもこっちだって警戒する。

 

 ……それに、魔王城へ向かう理由といったら、ずばり魔王を倒すため――王女様と結ばれる条件に挙げられているという魔王討伐を果たすためだとすれば――!

 

「よし、わかった。じゃあトールが暗殺者なのか王子様なのか、それとなく探りを入れてくる」

 

 不穏な予感は拭えたが、それとは別の問題が浮上してきた。ここは可能ならば釘を刺しておこう。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 陽が落ちたので馬車が停まり、野営が組まれる。

 騎士や冒険者らから解放されて、ようやく一人になれたところで、中央に燃え盛る大きな焚き火を見つめながら、少し考えを整理する。

 

 トール……名前を変えたのは、ある種のケジメ。“彼らと親しいとんぬら”はこの世界には存在しないのだと、一線を引くようあえて別名を名乗り、自分に言い聞かせるためだ。

 それから紅魔族だとバレないようにするため。

 “とんぬら”なんて名前の人物は、紅魔族くらいしかいない。それで紅魔族だと知られれば、めぐみんが反応するだろう。仮面の悪魔に保証されているが、『紅魔の里に“とんぬら”なるものが存在しない』と発覚。怪しまれて出自を問い質されるだろうが、別の世界からやってきたなんて荒唐無稽な話を信じてもらえるとは思えない。ならば、怪しまれるのは覚悟して隠した方がいいだろうと判断した。

 そう考えたわけなのだが……

 

(俺がいなくても友達のひとりくらいは作って……いるはず、だといいが)

 

 この世界の彼女のことを訊きたいが、一番知っているであろうめぐみんにどうにも警戒されている。めぐみんは推理力が空回りしているのだが、頭の出来は良いしバカにはできない。こちらも紅魔族だとバレてしまうと面倒になりそうなので、接触は控えておきたいところだ。

 しかし、気になる。

 “水の女神(アクア)様を追って魔王城へ向かった”とこちらに教えた後で、仮面の悪魔より意味深に送られた“予言”が胸中を占める。

 

 

『汝はこの先で二つの選択を迫られる。それはどちらを選んでも必ず後悔するであろう』

 

 

 おそらく、元の世界のマネージャーと同じく、食事のため以外で、無意味に虚言は吐かない。であるのなら、あるのだろうその局面が。そして、きっと“彼女”が関わっている。

 

(……そうだな、それとなく探りを入れてみるか)

 

 だが、これは難しい。自分は彼らとは初対面で、当然、彼らの知り合いである“彼女”なんて知らないという設定なのだから、名前も顔も知らない少女のことを気になるなんて余計に怪しまれる。めぐみんなら絶対に突っ込んでくる。どう話題を切り出すべきか……

 

 なんて悩んでいると、向こうの方からやってきた。シュワシュワがなみなみと入ったジョッキをふたつ、両手に持って、

 

「――やあ、トール、ちょっといいかな?」

 

 なんか無駄に爽やかに。うん、これ怪しい。別世界なのだがサトウカズマにそれは似合わない。普通に胡散臭いし警戒する。それとなく周囲を窺えば、後方で魔女のとんがり帽子が物資の上からぴょこんと飛び出ている。あれで隠れているつもりなのか疑問である。

 

「いきなりどうした、カズマ殿」

 

「臨時とはいえ同じパーティ、これからの過酷な旅で付き合うんだから親交を深めようと思ってな」

 

 裏がありそうな気がするが、親しくしたいというのは嘘ではなさそうだ。女所帯のパーティでハーレムだとか思ってはいるが、男一人で肩身が狭いと寂しかったりするのだろう。

 

「数多の魔王軍幹部を撃破してきた、この『ベルゼルグ』で話題沸騰中の冒険者であるカズマ殿からそう来られると畏れ入ってしまうな」

 

「おおおう、気にするな! 俺は大物ばかりを倒してきたベテラン冒険者だけど、同じパーティなんだし無礼講だ。お互いそういうのは気にしない方向でな?」

 

 こっちの世界でもチョロいなぁ……。

 シュワシュワを受け取りつつ、話に聞いた功績を持ち上げてみれば、決め顔を作って気を良くするのを、内心で苦笑してしまう。

 

「それで、だ、トール……お前って、好きな娘いる?」

 

「はい?」

 

「ほら! 定番だろこういう話! 男同士で親睦を深めるのにさ!」

 

 そう言うのは聞いたことがあるが、途中入学で学校の卒業も早かったせいか、クラスメイトとそういう話題で盛り上がったことがない。まあ、紅魔族の学校だから決め台詞とか僕が考えたオリジナル魔法の考案について意見を伯仲させていたっけ。

 とにかく、今の自分は答えられるものと答えられないものがあるが、せっかく向こうから歩み寄ってきてくれたのだから、可能な範疇ギリギリまでお答えするのが筋だろう。

 

(それに、男の俺がパーティに入ってめぐみんやダクネス殿と仲良くするのはカズマ殿にはあまり面白くないのかもしれない)

 

 男女関係のいざこざはパーティが解消される主な理由に挙げられるし、そういう意味での警戒を解いておきたい。

 

「そうだな。好きな娘か。……まあ、俺には婚約者がいるぞ」

 

「婚約者がいるのか!?」

 

 思いきり反応された。まるで地雷を踏んでしまったような感じである。

 あれ? だから、安心していいと無害アピールをしたつもりなのだが、これはアピールが足りないのか?

 

「ああ、俺は彼女一筋だ。浮気もする気はない。まだ十五の成年になったばかりだが、彼女が成人するのに合わせて式を挙げさせてやりたいと考えている」

 

「それは早過ぎるんじゃないかっ?」

 

「そうは言っても、彼女の親からせっつかれていてな」

 

「親って、つまり、そういうことなのか……っ!」

 

 もう族長には神社のことも含めて外堀は完全に埋められている状況だ。

 それで、何やら慄いているご様子。これ以上、この話題をするのは止した方が良さそうだ。

 

(そうだな。折角の機会だ。ここは強引にでも……)

 

「そういえば……カズマ殿の知り合いの中には、あまり人付き合いが上手ではなく、友達作りさえも縁遠い少女がいるみたいだが……その、彼女は一人寂しくはしていないか?」

 

「……っ!!」

 

 直接名前は出さず、それとなく当てはまる記号だけで訊ねてみる。

 

「いや、風の噂で、その、婚約者と同じ境遇と言うか。それで気になってな」

 

「そ、そうか……。(まさか……これは本当にダクネスの予想通りに……!)」

 

 しかし、あまりカズマの反応が芳しくない。わなわなと震えっ放しで、話題を変えたのに動揺が収まるどころかひどくなる一方。

 様子がおかしいが、これは、表現が遠回し過ぎたか? いや、ぼっちと言えば、まず“彼女”のことが思い浮かぶはず。それともまさか、めぐみんのいるパーティにすら顔も憶えられていないのか? そうだったら、かなり心配になってくるんだが。

 

「あー、カズマ殿?」

 

「お、おおおおおう! そうだな、ああ、その子とは俺も仲良いぞ! それはもう、“お兄ちゃん”と呼ばれるくらいに、なっ!」

 

「そうなのか?」

 

 何だか仲の良さをアピールするよう語尾を強めたのが気になったが、これは驚きだ。元の世界ではそんな呼び方まではしていなかったが、そういえば、身近で付き合いのある年上の男性と言えば、兄ちゃんくらいだったな。

 うん、これは安心できた。……少しもやっとするものもあるが、この世界の彼女の幸せを思えば、これはいいことのはずだ。

 

「そうだな……。じゃあ、今度から俺もカズマ殿を、“お兄さん”と呼んでも構わないだろうか?」

 

「ダメだ! 義兄呼ばわりは早いし、認めん!」

 

 は?

 

「お兄ちゃんは絶対に認めないからなー!」

 

 いきなりカズマは残りのシュワシュワをグイッと煽ってから立ち上がるとそのまま向こうへと走り去っていってしまった。

 飲み交わすノリで言ってみたのだが、これは失言だったか? しかし話の流れ的にああも『お兄ちゃん(呼ばわり)は絶対に認めない』などと拒絶されるようなセリフではなかったと思うのだが。

 

(……いや、ここは俺のいる世界ではないんだ。あまり踏み込むのは良くないと戒めたはずだろうに)

 

 頭を数度ゴツゴツと叩き、大きく息を吐いて切り替えると、隠れていた(と思われる)ギャラリー二人が寄ってきた。

 まずはダクネスが困ったようにやれやれと息を吐いて、

 

「そう気を悪くはしないでくれ。カズマも悪気はなかったんだが、どうにもな」

 

「いやお気になさらずダクネス殿。領分を弁えず、迂闊に踏み込んでしまったのはこちらの方なので」

 

「そう言ってもらえると助かる。しかし、寛大な度量だな……。(噂では我儘だと……)」

 

「いいえ。カズマ殿はパーティのリーダー、そして、俺は顔すら明かせぬ新参者。警戒するのも当然で、試したくのが道理。ならば、身分や経歴ではなく、今後の働きをもって評価を覆してみせるべきだ」

 

「そうか。――うむ、ならば、私も(……のお相手に相応しいかどうか)、この旅でしっかりと見極めさせてもらうぞ!」

 

「ええ、後悔はさせぬよう、それに相応しい活躍をしてみせましょう」

 

 不敵にそう言い放てば、ダクネスも応じるよう笑いかけて……で、お次は新人に対して先輩風を吹かすよう尊大ぶった調子でやや胸をそらしてめぐみんが、

 

「一人の女性に一途な姿勢には、好感が持てました。ええ、そこだけは認めてあげましょう」

 

「ふっ。めぐみん殿から評価されるとはこそばゆくなってしまうな」

 

「む。何だか私に対しての態度がダクネスのとは違いませんか?」

 

 威厳を見せようと背伸びした態度が微笑ましくなってしまってつい顔に出てしまったがそこを突くように、じと、と半目を向けられる。推理力は頓珍漢だが、天才の勘は鋭い。明後日の方向から物事の本質を掠めてくることがある。しかし、同じであるのなら“めぐみん”のツボ、猫でいえば顎の下の撫でポイントは把握している

 

「同じ魔導を修めている者としてめぐみん殿は親しみやすいのかもしれませんな。話には聞いておりましたが、グリフォンを倒してみせた爆裂魔法。あの凄まじい威力は、これまで魔王軍幹部を撃破したというのも納得する。パーティでも、一撃で強敵を倒せる、劣勢な状況を一発逆転で覆し得る『アークウィザード』がついているのは心強いことでしょう。無論、めぐみん殿だけでなく、瀬戸際でも堪え切ってみせる堅固な壁役を担ってくれる『クルセイダー』のダクネス殿も心強い。爆裂魔法と言う消耗の激しい飛び道具を存分に振るえるのは、頼れる守護者がついてくれるからこそだ。そして、爆裂魔法ひとつのみを極める、それ以外にスキルポイントを割り振らない姿勢を許し、活躍できるよう自身のスキル構成を考えて立ち回るカズマ殿、これはなかなかできる事ではない。『冒険者』ではあるが、上級職揃いのパーティをまとめられているのもその器があるのだろう」

 

 めぐみんの機嫌を取(くすぐ)るツボは、爆裂魔法、それから仲間だ。

 爆裂魔法に関しては言わずもがなだが、その爆裂魔法で活躍するに欠かせないパーティに、人一倍思い入れが強い。だから、それをしっかりと褒める。

 とはいっても、特別、ウソを吐いているつもりはなく、本心で述べている。……元の世界ではこうも面を突き合わせて言えはしないが。

 

「人は人一人で真に覚醒することはできない。今や大魔導師として大成しためぐみん殿は、仲間たちの支えがあったから、己の信念、ロマンを追い求めて、今や大魔導師として大成したのだろうな」

 

「おおっ、世間知らずの坊ちゃんかと思えば、なかなかわかるではありませんか!」

 

 世間知らず? ……ああ、この『平行世界』はこれまでどういう流れか、元の世界との差異点を確認するために、色々とこの『ベルゼルグ』の世情のことを訊き回っていたのだが、それでそんな風に思われていたのだろうか。

 

 ………

 ………

 ………

 

 こうして、カズマが暴走してしまったものの親睦を深めるに成功し、警戒が抜け切れていなかった視線も和らぎ、打ち解けることができた。

 しかし、

 

「途中までですがこの旅路に同行できて光栄であります、トール王子」

 

「何ですかその王子は? 俺にそんな敬称は不要ですよ騎士殿。貴殿の方が年長であり、隊を率いる身分がある。一介の冒険者の若造など呼び捨てで構いませぬ」

 

「おっと、そうでありましたな。ここでの貴方様は冒険者。ダスティネス様より聞かされております。失礼しました、トール様」

 

「いやだから、その様付けをよしてくれないか」

 

「そんな畏れ多い! ささっ、馬車の中へお戻りくださいませ。道中の露払いは我々にお任せを! こうして貴方様の我が国『ベルゼルグ』、世界の命運をかけた魔王討伐にお供できたのは、末代までの語り草になるでしょうな」

 

「一体どうなってるんだこの士気(テンション)の高さは……??」

 

 それからその日から、やたら周りから、特に王国の騎士兵から畏まれるようになった。

 警戒は解かれたみたいだが、何やら変な誤解が深まったようであった。

 

 

 カズマの警戒度が下がった。

 お兄ちゃんの警戒度が上がった。

 

 ダクネスの警戒度が下がった。

 ダクネスの評価が上がった。

 

 めぐみんの警戒度が下がった。

 めぐみんの評価が上がった。

 

 以下、本筋ではない外野の展開なのでダイジェスト。

 

 王子の意思を尊重して大ぴらに喧伝しないが、同行した騎士たちは別れた後、王城勤務の大貴族シンフォニア家へとその勇ましい活躍の程をご報告。王女側近のクレア、その情報を王女の耳に届く前に口外禁止とするのだが、同じく旅に同行していた護衛の冒険者や馬車の御者らが、王都のギルドにて武勇伝を語って、そのときにはすでに公然と秘密として王都中に広まっていた。

 

 王女側近のレイン、念のため、密使をエルロードへ送って確認しようとする。が、その時、ちょうど、宰相にして魔王軍工作員ラグクラフトが、諜報部の長であった魔王軍幹部セレスディナの撃破の報を受けて焦り、エルロードを魔王軍へと寝返らせようとクーデターを引き起こし、実権を握ることに成功していた。しかし、クーデターの際の混乱で逃げた王族の王子は行方不明。

 

 ベルゼルグ、急ぎ帰ってきた密使より隣国が宰相一派のクーデターで魔王派へと寝返っていたとの情報が伝わる。これに、魔王の手の者であった宰相に王位を簒奪されたエルロードの王子が悲壮な決意で旅立ったのだと深読みする。これに王城内でも『魔王との戦いから無事に生還できたら王女との結婚を望む』という(伝言ゲームを経て会話の内容が補填された)若い王子を応援する声が段々と増える。

 またこの一報は密やかに、魔王の娘が率いる魔王軍本隊に劣勢下にあった王国軍本隊へと伝えられ、亡国の王子が見せた奮起に士気を復活させる。当然、陛下の耳にも入ることになる。

 

 魔道具店で働く地獄の公爵、この蝶の羽ばたきが大嵐を生じさせるこの事態がここまでとは予見し切れず、腹を抱えて笑う。

 

 

 この世界におけるトール()の全体評価。

 仮面で顔を隠した魔法戦士な冒険者(だけれど、その正体はエルロードの王子。大貴族ダスティネス家のお墨付き)。

 旅の目的は、友国ベルゼルグを脅かし、そして、自国エルロードを奪った魔王を倒し、許嫁のアイリス王女と結ばれるに相応しい相手になること――と思われる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。