この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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126話

 魔王軍幹部最強の魔法使いという魔王城侵入の最大の障害はなくなった。

 そして、今は魔王の娘が王国首都を陥落せんと大軍を引き連れて襲撃しに出ており、残りの守兵の魔族らも疾風怒濤の連続爆裂魔法で城から出たものは皆吹き飛ばされた。

 

 そして、(一応肉体的には)無事に合流も果たした。

 

「わあああああ! ふわあああああああ! あああああああああーっ! せっかく会えたと思ったら、カズマが、カズマがあああああ!」

 

「悪かった! いや、しょうがないだろ、確率で勝手に発動するスキルなんだよ、ほら、俺が悪かったから泣き止めよ!」

 

 頭を抱えて蹲るほどの恐怖に見舞われた爆焔の坩堝から生還した直後であって、感情の抑えが麻痺していたアクア様は、決着後に駆け付けてきたカズマに飛びつこうとしたのだが、『モンク』の『自動回避』スキルがそれを突進(攻撃)と見なして避けてしまった。

 おかげで、ヘッドスライディングを失敗したように顔面で地面を擦ったアクア様は、中々泣き止んではくれず、

 

「ああもう、ほら、顔をこっちに見せてみろ、治してやるから。――『ヒール』!」

 

 これに面倒くさそうにしながらも、カズマがアクア様の顔の擦り傷に手を翳して回復魔法を施すと、アクア様は泣き止んだ。と思いきや、目一杯に見開いて、

 

「ひ、ひーるした……カズマが、カズマが、『ヒール』を使った……! あ、ああ、ああああ……! わああああああ、このクソニート、とうとう私のアイデンティティを奪いに来たわね! この私をトイレの女神と貶めただけでは飽き足らず、唯一の取り柄の回復魔法まで奪うつもり!? さっきの伝言でも、構ってちゃんとかめんどくさい女だとかいいように言ってくれちゃって! これはいよいよ天罰を食らわせるしかないようね……! 水の女神を怒らせた事、後悔なさい……! お風呂を焚いても焚いてもぬるま湯にしかならない罰を与えてあげるわ!」

 

「天罰が地味なんだよ! ああもう面倒くさい! ――ダクネス、パス!」

 

 なんてヒステリックに飛び掛かってきたアクア様にダクネスを盾にするカズマ。押し付けられた形になるダクネスだったが、アクア様を捕まえるや無言で、

 

「ねえダクネス、頭をわしゃわしゃするのはいいんだけど、いいんだけどね!? 篭手でそれをやられると痛いんですけど! 勝手に出てったのは悪かったから、もうそろそろ許して欲しいんですけど!」

 

 感動の再会が何だかグダグダになってきているのだが、この世界でも彼らの調子は変わらないみたいだ。

 それからこちらも、

 

「酷い! 近くには私達もいたのに爆裂魔法を連発してくるとか、本当に友達なの!?」

 

「ち、違うのです、あの時はプレゼントをもらった事といい、その後の色々な展開と良い、ちょっとテンションが振り切れてまして……!」

 

 ゆんゆんがめぐみんにつっかかっていた。

 流石に悪いと思っているのか珍しくめぐみんが、ゆんゆんの訴えの勢いに負けてたじろいでおり……とそこで、タラァと鼻から赤いものが。

 

「そこまでにしてもらえないか? あまり今のめぐみんを揺らすのは良くないみたいだからな」

 

「えっ? あっ……!」

「どうしたのめぐみん、鼻血が出てるけど何処かにぶつけたの? って、顔が異常に熱いじゃない!」

 

 指摘されためぐみんは自分でも気づいていなかったようで、ハッとしてすぐローブの袖で鼻下をごしごしと拭うのだが、かえってそれが血を広げてしまう。

 一転して心配そうにするゆんゆんを少しどけて、めぐみんの前に立つとその肩を捕まえ、じっとさせて、

 

「やれやれ、無茶が過ぎたなめぐみん」

 

 『クリエイト・ウォーター』で湿らせた手拭いで血の跡をふき取り、それから『フリーズ』で熱の出ている顔を冷ましつつ鼻先に軽く指先を添えて『ヒール』をかけて鼻血を止める。

 

 この鼻血が出る症状は、以前に見たことがある。

 

「しばらく爆裂魔法は厳禁だ。爆裂魔法は消費も大きいが反動も大きい。マナタイト結晶に消費分を肩代わりしていたとはいえ、ああも連発して何ともないはずがない。身体が出来上がっていないあんたには特に負担が大きいだろう」

 

「つまり、めぐみんの体には、負荷が大き過ぎたってこと……?」

 

「そんな、私の体が小さいから問題が起きたみたいに言わないで下さい。大丈夫です、まだまだいけます。ええ、今から魔王城の天辺をぶっ飛ばしてそれを証明し……」

 

 と腕を振り払って反抗するめぐみんだが、杖を支えにしながらでも立ってはいられない状態。

 そんな熱に浮かされながらも駄々をこねるめぐみんに向こうも気づき、アクア様をダクネスに押し付けて自由となっていたカズマが捕まえて、

 

「ダメだ。トールの言う通り、無茶し過ぎだ。今日はもう爆裂魔法は撃たせないぞ。後、荷物は俺が持ってやるから無理すんな」

 

「……そう言われても、危なくなったら遠慮なく爆裂魔法を撃ちますよ? そして、これはカズマからもらった物なんですから、断固として私が背負って持っていきます」

 

 満足に自分自身を支えられない状態だというのに、重たいリュックを背負うめぐみん。その背負った荷物の中にはまだ残りのプレゼントのマナタイト結晶が数個入っており、なので頑なに手放そうとしないのである。

 

(魔王軍幹部を倒したがこちらも消耗が大きい、か)

 

 めぐみんだけではない。こちらも、幻魔たちはしばらく影の中で控えざるを得ないくらいに消耗し切っている。これ以上、彼らに無理をさせられない。

 だが、決定打を与えるには至っていない。何故ならば、大軍を率いている魔王の娘が帰還すれば立て直されるだろう。

 紅魔族が束になっても破れなかった魔王城の結界がなくなったことでこちらからも攻め入るのが容易になっているが、だからこそ相手も守りに入る。魔王より力を受け継ぎ、魔王以上の実力と目される魔王の娘が魔王城に居座るようになってしまえば、魔王討伐は至難になるだろうし……宝物庫への侵入もまた同じく難易度が跳ね上がる。

 

「ねえー、それで結局どうするの? 城に突入するの? 私はまあ、キョウヤが行くって言うならどこまででも付いてくけどね」

 

「あたしも、キョウヤの為にここまで来たんだしね。死ぬ時は一緒よキョウヤ。キョウヤが行くのなら、どこまでも一緒に……」

 

 ぐだぐだな再会をするカズマパーティを空気を読んでしばらく黙っていてくれていたが、そろそろ痺れを切らした取り巻きの『盗賊』と『ランサー』の女性冒険者が決断を迫る。

 その彼女たちに挟まれる形のミツルギが、アクア様に視線を向けながら問いかける。

 

「アクア様……アクア様は、どうするべきだと思いますか?」

 

「……へ? 私?」

 

 まさか自分に水が向けられると思っていなかったのかキョトンとしたアクア様だが、少し悩む風にうーんと唸りつつ、

 

「……そうねえ、楽ちんに魔王を倒せるなら倒したい所だけど。でも、こうして皆に会えたらちょっと……その……気が抜けちゃったって言うかね……?」

 

 最後の方はほとんど聞き取れないような小声ながらも、ご自身の意見を素直に仰ってくれた。

 アクア様も、もう帰りたいのだろう。

 このヘタレた雰囲気を嗅ぎ取ったカズマはそこに便乗して一気に話をまとめようとする。

 

「じゃあ帰ろうぜ。今度はもっと、しっかりと準備と計画を立ててから襲撃してもいいんだしさ。そう、楽ちんに魔王を倒せる方法を考えて。案としては、城の外にテレポートの転送先を登録してさ、めぐみんに毎日爆裂魔法を撃ってもらうって作戦があるんだが……」

 

「――待て、サトウカズマ」

 

 だが、一度引き上げようとするカズマを、ミツルギが引き止めた。

 左右にいる取り巻き二人の頭をポンポンと軽く撫で、離れさせてから、

 

「君は、アクア様をこの世界へ引きずり込んだ張本人だろう? その君が、そんな事を口にするのか? 君は、本来なら命懸けで魔王を倒し、アクア様の願いを聞き届ける必要があるはずだろう」

 

 それは、初めて聞いた話だった。

 アクア様が水の女神様であることは最初の方から勘づいてはいたものの、何故、地上に降りているのかその理由はうかがい知れなかったが、今の話を聞くにどうやらカズマがそれの一端を為し、その責任で魔王討伐を使命としているようだった。

 ミツルギの言葉に、カズマは顔を顰めながらも否定はしないのだからそれは確かなのだろう。

 

 そこで、アクア様が、カズマとミツルギの両者を見比べて、おろおろしながらも仲裁しようと、

 

「私としては、ここに来てから毎日面白かったし、連れて来られた事は気にしてなかったんだけどね?」

「――では、どうして街を出たんですか?」

 

 ミツルギがそう言えば、アクア様は困った顔をして、そして少しだけ寂し気に陰りを滲ませて、カズマの方へちらりと視線を向け、

 

「その、ちょっと家出気分を味わいたかっただけだから……」

 

 そんな態度から適当なことを言っているのが丸わかりだった。

 

「なんて言うの? ほら、私のありがたみを忘れた人達にお灸を据えてやるみたいな。なんかそんな感じで旅に出てみたんですけど。どう? どう? 街の皆は何か言ってたかしら」

 

「そりゃあもう心配してましたよ? 長いこと暮らしてるあの街で、未だに迷子になるアクアが旅なんて出来るはずがないって」

 

 気づいているだろうに、めぐみんがそれを指摘せずに応える。

 

「旅に出る前、街中の冒険者達がカズマにスキルを教えてくれたからな。そして、無事にアクアを連れ戻してこいと言っていた。魔王軍による街への襲撃計画さえ無ければ、きっとたくさんの冒険者が一緒に来ただろうな」

 

 ダクネスも同じように。

 

「ほう。あれかしら、皆ツンデレってやつかしら。普段は素っ気ないのに、まったくもう。……しょうがないわね! それじゃカズマ、帰りましょうか!」

 

 一周回って帰ってきた意見をアクア様がまとめた。

 その明るい笑顔で――ただし、一点の瑕疵のような陰りがある。祀る神の些細な情動に気を配る神主(もの)としてそれを見過ごせなかった。無視できれば、自分を誤魔化し切れたかもしれなかったが、後ろ髪引かれるアクア様に、自分の中の天秤が平衡状態から傾いてしまう。

 

「……分かりました。アクア様がそう仰るのなら、今回は……」

 

 ミツルギはアクア様の表向きの意見に納得してしまう。周りの様子を窺えばカズマたちも勘づいているようだが、その辺は付き合いの長さか。そして、ミツルギが撤退に折れれば取り巻き二人もほっと息を吐く。彼女ら自身も自分たちが魔王城で戦えるレベルでないと痛感しているのだろう。

 別にいい。それで。

 彼らがどう動こうとも、自分の行動は定まっているのだから。

 

(……それにこれ以上、一緒にいると未練を残してしまいそうになるからな)

 

 ここまで、だな。

 ちらりと無事をもう一度だけ確認するようこの世界の“彼女”を一瞬見て――視線を感じ取った風に反応されて目を合わせそうになったがすぐに逸らして、前を向く。そして、前を行く。

 

「おいトール!?」

 

「勝手で悪いとは思うが、最初に言っただろう。俺には俺の理由がある。だから、魔王城に到着すれば別行動を取らせてもらうと。――つまり、そういうことだ」

 

 魔王城へひとり向かう。それを見て、慌てたカズマが呼びかけるも、振り向かない。

 

「じゃあな。短いながらもあんたらと過ごした景色は、楽しかった」

 

 そんな胸に居着いていた感傷を捨て台詞に吐き出して、ひとり身軽になったトール――いや、とんぬらは、走り出す。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――追わなきゃ!

 

 遠くなる彼の背中を見て、自然と体が動いた。

 自分でもよくわからない。

 一人では危ないから?

 彼には助けてもらったから?

 それともあんな死亡フラグっぽいセリフをしたから?

 そう色々と考えられる理由はあるけど、胸を衝く想いはひとつ。

 

 ――助けになりたい! ううん、もっと言えば、彼の傍にいたい!

 一瞬、ほんの一瞬、仮面の奥の瞳と目が合っただけなのに、他のことが何も考えられないくらい、そのことで頭がいっぱいになった。

 

 誰かに頼まれてとかではなく、自分からそう思えた。今、私が足を動かす原動力はそんな衝動だった。

 

「――待ちなさいゆんゆん!」

 

 彼の後を追って走り出そうとした自分に、めぐみんが待ったをかける。

 それに立ち止まったけれど、早く追いつきたい自分には一秒一秒がもどかしくて、急かすように『何?』と目を眇めて睨む。

 この時の余裕のない表情に、めぐみんが何を思ったのかを悟ることはできなかったけれど、思い悩むよう眉根を寄せて顔を顰めて、

 

「……ったく、これを持っていきなさい」

 

 それまで大切そうに背負っていたリュックから取り出した石ころを両手に一個ずつ……二個、前に差し出すように突き出す。

 これには驚いて目を瞠ってしまう。

 

「わあ……。凄く大きなマナタイト……! いいの? これもらっちゃって?」

 

 カズマさんからのプレゼントだという最高品質のマナタイト結晶。爆裂魔法だって肩代わりできてしまう、億はくだらない使い捨てのアイテムを、あのめぐみんがポンと渡してくるなんてとても信じられない。本当に大丈夫なのだろうか?

 そんなこっちの思惑を余計な心配ですと言うよう鼻を鳴らし、

 

「ええ、先程の慰謝料です。あともうひとつはここまでよく働いたあの男への退職金の分ですから、()()()()届けてください。……これがあればいざというとき『テレポート』で連れて帰ることができるでしょう?」

 

 めぐみん……。

 途中からそっぽを向いてしまったけど、そんな素直じゃないめぐみんなりの思いやりが滲み出ているのを覚えて、胸がジーンと震える。

 そんなライバルの――そして、親友の後押しを受け取ろうと、目元に潤みかけた涙を指で拭ってから、マナタイト結晶に手を伸ばし…………たのだが、取れない。

 掴んだのにめぐみんは中々手を離さない。

 

「……ねえめぐみん。ね、ねえ? ねえったら! くれるんなら、早くちょうだい!」

 

「これは、私がカズマからもらった物です。大切な物です。大事に使ってくださいよ? 本当に、ここぞと言う時に大切に使ってくださいよ? 私が! もらった物ですから!」

 

「分かったわよ、こんなに高価な物もらったのが嬉しかったのは分かったから、そんなに自慢しないでよ! 大事に使うから!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 トールが行き、ゆんゆんまで行ってしまった。

 『テレポート』要員が一人減ってしまったが、この魔王城近くのところを登録して、多少無理してもマナタイト結晶に魔力を肩代わりさせて往復すれば全員ここから避難できる。

 元々、めぐみんの爆裂魔法で魔王城を攻撃して『テレポート』で撤退するという一撃離脱戦法を考えていたから、魔王城付近に登録するつもりではいたし……。

 

(でも、あんなこと言われて行っちまったらなあ……。ったく、トールのヤツ)

 

 頭をガシガシと掻くと、さっきはヘタレた女神がそわそわと落ち着きなく、明らかに気になるご様子で、

 

「ねぇ、カズマ、あの仮面の人って何者なの? なんか私に似たとても綺麗な女神様の加護に満ち満ちている感じだったけど」

 

 それは何か災難だな。完璧ヒロインなエリス様のならとにかく、アクアみたいな女神から加護を受けてるとか逆に災難に塗れてしまいそうだ。

 

「あまりにも問題ばかり起こすプリーストが家出したから、アクシズ教ではない真っ当なプリーストを冒険者ギルドの掲示板で募集してパーティに入れたんだよ」

 

「わああああーっ! 背教者め、天罰食らわしてやる!」

 

 アクアが泣き喚きながら掴みかかってきた。

 あのセレナに一時『アクセル』の冒険者から人気を奪われたことがあったせいか、この手の話題に過敏となっていて、落ち着かせようと宥めるのに、ダクネスとめぐみんに協力してもらっても時間がかかってしまった。

 

「カズマ、久しぶりだからと言ってアクアのことを揶揄い過ぎですよ」

 

「アクア、今のはカズマの冗談だ。ギルドの掲示板にメンバー募集の紙は貼っていないから」

 

「ぐすっ……新しいプリースト募集の件は本気じゃないのね。じゃあ、本当に私を敬う気持ちがあるのなら、これからは晩のおかずを私の希望の物にして……――痛い痛い! 痛いんですけど! 調子に乗ってごめんなさい! ああっ、でもなんか、こんなノリも本当に久しぶりな気がするわ!」

 

 お灸を据えたのが足りなかったのか、すぐ調子に乗った家出女神をダクネスとめぐみんが左右から合わせてこめかみにぐりぐりする。

 

「ったく。今の話は、冗談半分だから落ち着けよ」

 

「ねえちょっと待って。冗談半分ってことは、半分本気ってこと?」

 

 と、そこで、会話に割って入られた。

 やり取りを窺いながらも、自分自身でも気になったのかミツルギが、

 

「サトウカズマ、あの仮面の男は何者なんだ? どうやら君とは別の理由でこの魔王城に目的があったみたいだけど」

 

 さて、どう話したらいいものか。

 とりあえず、庶民が口出していいものか判断できないので、大貴族のご令嬢でもあるダクネスへ説明を任せるよう視線を振る。

 このアイコンタクトを受けて、ダクネスは少し悩んだものの、確認はまだ取っていないが、確度の高いと思われる憶測をアクアとミツルギ達へと話す。

 

「これはまだ皆の胸の内に秘めておいてほしいが、トールは……仮面でその顔を隠されてはいるが、隣国『エルロード』の王子だ」

 

「なんだって!?」

「うそっ!?」

 

「彼は、我が『ベルゼルグ』の王女アイリス様と生まれた時から決まっていた許嫁で、それに相応しくあるために、陛下が掲げた『魔王を倒した者にこそ娘を娶らせる』という約定を果たしに魔王討伐に旅立ったんだろう」

 

「そんな……でも、それならどうしてさっき行かせてしまったんだ!? 本当に王族であるなら止めるべきだったのでは?」

 

 ミツルギの心配はもっともだ。次期国王になるかもしれない相手を魔王城に単身突入させるなんて看過できるものではない

 だが、それでも止めることはできなかった。何故なら、

 

「ええ、その通り。トールは王族です。しかし、彼の国は魔王軍に滅ぼされてしまったのです」

 

 ダクネスから引き継いで、めぐみんが感情を抑えた淡々とした声で語る。

 この衝撃的な事実にミツルギはわなわなと身震いするも、目に理解の色が浮かぶ。

 

「そ、それは本当なのかい?」

 

「道中で捕まえた魔王軍の幹部から明かされた情報です。間違いはないでしょう。そう、トールの魔王討伐は王子の使命でもありますが、個人の復讐でもあるのです。一緒に旅をしていましたが、常にあの男は急かされていました。きっと身の裡を焦がす炎が抑え込むことができないほど燃え盛っていたんだと思いますよ」

 

 それをどうして止めることができるのか?

 そうトールは魔王を倒すまでは立ち止まることができない、いや自分でも許せないくらいに駆り立てられている。それを知ってしまえば、引き止めるような言葉を無理に掛けることはできなくなってしまう。

 

 ああ、そうだ。

 こうなることなんて予想できていたんだ。

 トールは止まらない。……ここにきて迷って止まってしまったこちらとは違って。

 トールもそれがわかっていた。だから、自分たちとパーティ解散と告げてひとりで行った。

 

 ……トールはいい奴だ。こんなところで死なせてしまうのが惜しいくらいに。

 

 そして、アクアも本当はこのまま帰ってしまうのを……

 

「…………行き掛けの駄賃って知ってるか?」

 

 魔王城前に『テレポート』の登録先の設定をしてから、そんなことが口に出た。

 これは気の迷いだったかもしれない。

 

「俺さ、今回の事でほぼ全財産をマナタイトに変えてきたんだ」

 

 それでも仲間たちへ、今思ってることを素直に打ち明けたとは思っている。

 

 

「……魔王に掛かった賞金って、一体いくらぐらいなんだろうな?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 とある里への侵攻を指揮していたが、それに失敗し、倒された後に自らが取り込んでいたもの全てを摘出(救出)されてしまい、元の下級悪魔にもなれない鬼族の男へ戻ってしまった。

 己が蒐集してモノにしてきた美を根こそぎ分離されて醜いころに戻された逆襲を誓う。そう里の人間がいる前で宣言したのだが、里の男(ニート)(ぶっころりー)はそれでもにこやかに、

 

『うん、待ってるよシルビア。……俺、あんたのこと、本当に満更でもなかったんだ。いつまでもずっと、待ってるからな』

 

 ……と『あんたのことが好きだったのかもな』とか言うセリフを戦闘の最中に口にした(でおちょくったあと転移魔法でトンズラこいた)里の男(ニート)は言う。

 里と敵対していた魔王軍だったというのに、トドメを刺さずに温情(なさけ)をかけられる彼に反感を、それから……少しの憧れを抱き――『テレポート』で里の外へ飛ばされた。

 

 それで到着した先は、男殺しのオークの集落のど真ん中。

 

 それからは、地獄の日々だった。

 心は女、しかし体は男である。なんにしてもオスの子種が欲しいオークは降って湧いたオスに飛びついた。

 混血に混血を重ね、各種族の優秀な遺伝子を兼ね備えた――だが、見た目は醜悪――オークに力で対抗しようなど無理。さらにオークはオスから遺伝子を頂戴する手管にも秀でている。

 ……あのまま嬲られては、貪り尽くされて枯死していた。

 だから、生存本能からか、何が何でも生還を果たさんと意識が朦朧としながらも…………その手段を実行した。

 

 

「た、たたたた大変だ、シルビア様が出てしまったぞ!」

「結界が破られたせいで封印もなくなってしまったんだ! こうなったら視界に入った男が見境なく餌食になってしまうぞ!」

「いやあああ! 魔王城の警備兵は、安全で安定されたエリート職だって聞いてたのに! ねえ、飼ってるネロイドに餌をやり忘れたんだけど、俺、帰ってもいいかな!」

 

 外で爆裂魔法が乱発されて城の奥に篭っていた魔族が、内で発生した事態に狂乱して逃げ惑う。

 魔界を管理していた魔王軍幹部『預言者』が討伐されたのをきっかけに、魔王城の魔界のある封印が解かれたのだ。

 

「――ふしゅるるるるううぅぅ……!」

 

 それは、危険区域で発見・救出されたが、魔王にも襲い掛かってしまうほど錯乱状態にあったため、魔界の最奥に厳重に隔離されていた。

 

「オヒュ……新ひい、若くて()いオヒュの(にほ)ひがする! ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ!」

 

 長く太い腕と短めだが逞しい後肢で広い廊下の天井を擦るほどの巨躯を支える。そして、鬼族の頭部と、体の表面に出来物のような無数の潰れた丸顔がびっしりと埋められている百頭の怪物。

 紅魔族の里襲撃時の配下が見ただけで卒倒したほど変わり果てたそれは、魔王軍幹部だったシルビア。

 

「三人……ピチピチでひいオヒュ……それも、ひとりは、紅魔族(ほうまぞく)……ッ! ――待っへなはい! 今、あの(ほき)約束(やくほく)を果たひに会いに行くわ!!」

 

 キメラの中のキメラ、集落全てのメスオークとひとつになった『グロウキメラ』のシルビアは、『敵感知』ならぬ『雄感知』スキルに覚醒したと言っても過言ではないその第六感(センサー)で侵入者を捉える。

 

 魔王城攻略における最大の障害は撃破したが、魔王城で厳重に封印されていた最悪の怪物が解放されてしまった。

 元魔王軍幹部にして、魔王ですら制御不能な最悪の怪物が城内を徘徊する――まずは、混沌とした愛憎抱く紅魔族のオスの方角へ。




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