この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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水の都編
13話


 置き土産を残して逃走を許してしまったのは、『デッドリーポイズンスライム』の変異種であり、魔王軍の中でも高額な賞金首の幹部。

 水と温泉の都の水源を汚染できるほどの、強力な猛毒の持ち主。直接触れれば即死。

 そして、それは魔王軍も恐れる紅魔族でも変わらない……

 

『と……ん……ぬらぁ……』

 

 高い魔力を持つ紅魔族であり、『プリースト』が治癒魔法をかけ続けてくれるから、即死はしないがそれも時間の問題だ。

 少女は、掠れた声で己の名を口にする。その顔には黒い瑕疵があり、一秒ごとに侵食を広げている。完全に毒が回り切る前に、治療しないとその命は助からない。

 

『おい変態師匠! アクシズ教の入信書に名前でも誓約でも何でも書く! 神社の神主をやめて、紅魔族の『アークウィザード』から、あんたの望む通り女神アクアの素晴らしさを広める『アークプリースト』にだってなる! だから、』

 

 助けてくれ、と懇願する前に、首を横に振られた。

 

『ここまで毒が回り切っては、もはや私でも手の施しようはありません』

 

 いつもはチャラケてるのに、少女の容体を見て神妙な顔をするこの男には、終わりが見えているのか。

 教団内で最もレベルの高い『アークプリースト』でさえも、匙を投げ出さざるを得ない。それは死が宣告されるも同然だった。

 

『すまない。私の力不足で』

 

『謝るな……あんたが俺に頭を下げるなよ!』

 

 振り上げようとした腕を、弱い力で引かれる。そこには在学中に敵わないと認めた天才が、

 

『とんぬら、ゆんゆんが……』

 

 視点をまた少女に引き戻され、そして、蠟燭の火の最後の一際のように、この数秒、持ち直した彼女が、

 

『あのね……一度、夢でしたいこと……あるんだ……とんぬらに……お願い、しても……いいかな……』

 

 

 ♢♢♢

 

 

「弟子君、あなた、宴会芸スキル覚えてるのよね?」

 

 里を出立する前、今まで外れたことがないと王都にまで名を知らしめる評判の紅魔族随一の占い師よりひとつお使いを頼まれた際、師匠としても付き合いのあるそけっとからふとそんなことを訊かれた。

 

「はい。芸能を修めるものとして必須スキルなので。それがどうかしたんですか?」

 

「次は何を覚えようと思ってる?」

 

「あと1ポイント溜まったら『ハッスルダンス』という元気の出る演舞を覚えようと思ってます」

 

「そう。じゃあ、カモネギあげるから、それすぐ覚えなさい」

 

 そけっとの言葉に、とんぬらは少し驚く。

 超一流冒険者並みの実力を持つ彼女は、これまで修行には付き合ってくれても、スキル構成について口出ししたことがなかった。それもわざわざ倒して食べて二度おいしい高経験値モンスターまで用意するなんて、怪しまないのは無理がある。

 

「いったいどうしたんですそけっと師匠?」

 

「里を旅立つ弟子君への餞別? それかお使いをしてくれるご褒美? ああ、将来の族長の王子様へのご祝儀なんてどうかしら?」

 

「最後のはやめてください。王子なんてガラじゃないし、最近、人生の墓場に片足突っ込んでるような気がするんですよ」

 

 族長との二者面談から肩が重いのだ。パーティを抜けて応接室まで来たゆんゆんから、大丈夫? と心配され、お父さんが何をやったの? と質問されたが、とんぬらは何も答えられず、曖昧な笑みで濁した……かったが、無視すると泣きそうになるめんどうくさい少女なので、適当に話をして誤魔化した。あと、日記帳とられてるから注意しろと言っておいた。すぐに族長宅で中級魔法が連発される騒動が発生したが、おかげで余計に疲れて、頭が痛い。本当にどうしよう。

 

「まあまあ、もらっておきなさい。経験値はあり過ぎても困ることはないんだから」

 

「里の中でも上から数えた方が早い、超高レベルの師匠が言うと説得力がありますね。もらえるものならもらっておきますけど……師匠、占いで何を知ったんです?」

 

 そけっとは、水晶玉を撫でながらしばし言葉を選んでるように唸ると、

 

「……そうね、『スライム』に注意しなさい」

 

 『スライム』。小さい個体は雑魚だが、ある程度成長したキングサイズな個体は強敵だ。まず物理攻撃がほとんど効果を示さない。魔法にも強く、悪食で何でも食べる。一度張り付かれてしまえば、鎧を着こんでいても隙間から身体に張り付き、消化液で溶かされるか、口を塞がれ窒息させられる。『アークウィザード』でもキングサイズの『スライム』は手を焼かされる難敵である。

 でも、肉体構造が液体なので氷結系で凍らせてしまえばその攻略は可能ととんぬらは知ってる。

 

「あなたの行く先には災難が待ち構えてるわ」

 

 ……確かに、これから行く『アルカンレティア』は非常に気が進まない。

 渋い顔を作るとそれを面白おかしく笑う師は、軽いノリでこんなことを言ってきた。

 

 

「――だから、紅魔族随一の勇者とんぬら君、ちょっと伝説を作ってきなさい」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――水と温泉の都『アルカンレティア』

 澄んだ湖と、温泉が湧き出る大きな山に隣接するこの街は、至る所に水路が張り巡らされており、涼し気で清らかな流水の音がどこにいても聴くことができる。

 青と基調とした建物が並ぶ様は美しく、蒼穹のようなグラデーションで彩られているようで、目にも鮮やか。

 そして、魔王軍の侵攻を恐れる世界情勢でありながら、誰もが活気に満ち溢れている。

 素晴らしい街だ。本当に。

 

 街の水源を占有するある宗教団体さえいなければ、だが。

 

「まず、『アルカンレティア』に入る前に、二、三忠告しておかなければならないことがある」

 

 上位悪魔アーネスとの戦闘で、制服がボロボロになってしまったとんぬらは、旅に出るということもあって、『着物』に『袴』という『神主服』と同じくニホンジンが考案した、水色を基調とする、ゆったりとした和装スタイルに着替え、その上に白い肩掛けを羽織っている。だいたい赤と黒を服の色にする紅魔族の基本とは外れてるものの、付けている雪色の仮面もあってか、服装の感じはまとまっている。

 

 めぐみんとゆんゆんも里にいたころに着ていた制服から服装を着替えており、

 めぐみんは赤のショートワンピースの上に、黒いマントに黒いローブ、黒いブーツにトンガリ帽子、それからパーティでクラスメイトより贈られた彼女の身の丈ほどもある紅の魔石が埋め込まれた長杖に、眼帯を装着してる。それに穴あき手袋に怪我もしてないのに右太股に包帯が巻かれ、三人の中で一番紅魔族センスが溢れている服装である。それから肩には結局連れてきた毛玉な黒猫ちょむすけが乗ってる。

 ゆんゆんもめぐみんが着ているものと似たデザインの黒のローブに黒のマント、腰には柄に猫目石が嵌められた黒の漆塗りの短刀に銀色のワンドを差している。でも、下はネクタイをしてるが胸元が開けている薄黒のシャツにピンク色のミニスカートにハイソックスとロングブーツと、三人の中で一番普通な女子の服装である。

 

 皆、冒険者の服装としては軽装だろうが、魔法使い職としてはこれくらい動きやすい方が良い。

 

「まず、この街は異境ではなく、魔境だ。紅魔の里とは違う方向性に文化がズレてる。こちらの持ってる常識の物差しじゃ測れない。そして、紅魔族にはない、すごい押し売り感がある。自分をしっかりともたないと流されて大変なことになるぞ」

 

「そんな、私たちの里よりも凄いところってあったの……?」

 

 族長の娘のする発言としてそれはどうかと思うが。それくらいの警戒心は持っていてほしい。

 

「ゆんゆんは紅魔族の流儀が恥ずかしくて馴染めなかったみたいだが、断言する。ここはその斜め上を行ってる。絡まれたら恥ずかしいじゃすまない厄介さだ。ここでは、目を輝かせて近づく老若男女全員が敵だと思った方が良い」

 

 わなわなと震えるゆんゆんに、真剣な調子で語るとんぬら。それをめぐみんは、ふっ、と滑稽でも言うように鼻で笑い、

 

「私をチョロいゆんゆんとは一緒にしないでください。私の家の家庭事情はただでさえ生活ギリギリで、おかしな詐欺にでも引っかかったら皆路頭に迷ってしまいます。まずは疑ってかかるというのが身についてるんです」

 

「そうか。じゃあ、ひとつ試そうか」

 

「ええ、どうぞ。構いませんよ。紅魔族随一の天才を試そうなどとは如何に思い上がったことだと知るがいいです」

 

 とんぬらは硬貨に穴をあけて、そこに紐を通して吊るしたものをめぐみんの目の前に垂らす。

 

「この硬貨をじっと見ててくれ」

 

 言って、振り子のように右に左に揺らし始めて、めぐみんはそれを目で追う。

 

「いったい何を始めるんです?」

 

「これを見てるとだんだん眠くなってる」

 

「はあ? そうですか。別に私はこの程度じゃ全然」

 

「そして、この催眠術スキルは魔力耐性には関係なく、頭が良い人ほどかかりやすい。対魔導士用に習得したものだ」

 

「っ!」

 

「ちなみに俺は初めてこれをやられたとき、3分で眠らされたな」

 

 しばらくめぐみんの目の前で効果を揺らしてると、2分くらい経過したところでにらめっこに我慢しきれなくなったように、こっくり、こっくりと舟を漕ぎ始める。不安定な頭に手をやり、支えながら、

 

「とんぬらは変なスキルばかり覚えてきますね。私も危うく」

 

「とまあ、そんなスキルは習得してないわけだが。賢い人ほど効果的なのもウソ。むしろかかるのは阿呆だ」

 

「なっ!?」

 

「そして、それに3分もかからずにやられるめぐみんは奴らのいいカモネギだな」

 

「よくもやってくれましたねとんぬら!」

 

「このように『自分は大丈夫』だという人間ほど警戒意識を高く持った方が良い。勉強になったろ、めぐみん」

 

「このおおおおっ!!」

 

 ぐるぐるパンチで飛び掛かってくるめぐみんの頭を片手で押さえながらとんぬらは話を続ける。

 

「で、このアクシズ教団の総本山『アルカンレティア』はどこでもいつでもこんなイベントが多発する街だ。アクシズ教徒はやっていることは馬鹿だが、頭の出来はいいんだ。そして、ノリで押し通そうとするから意思も強い。情に訴えてきたりするのなんて常道。向こうは本気で善意からやってると思ってるから、何をしても良心は咎めないし、遠慮なんてしない。僧侶職をやってる連中にもなると人の心もよく読んで、その相手に効果的な作戦を立ててくるから、本当に侮れない」

 

 ごくり、と息を飲むゆんゆん。

 この水と温泉の都が紅魔族の里と同じように魔王軍から敬遠されている理由は、

 『プリースト』を多く抱えているので、戦い辛い、

 水の女神『アクア』の加護を受けている、

 そして、大量のアクシズ教徒がいるからだと言われている。

 

「でも、きちんと警戒してくれば難しくない。絡んでくる相手は必ず最後には入信書を出してくるからそこに名前を書かなければいい。いいか、絶対にペンを持つんじゃないぞ」

 

「わかったわ、とんぬら」

 

「ふん。話はそれで終わりですか。じゃあ、私は行きますよ。ひとりですぐ『アクセル』までの旅費を稼いでみせます」

 

 拗ねためぐみんはひとり先へ行こうとする。とんぬらはその背中にもうひとつ指摘を飛ばす。

 

「あと、『アルカンレティア』の冒険者ギルドは、クエストにレベル制限を設けてる。俺くらいになると大丈夫だが、『アークウィザード』だが駆け出し冒険者レベルのめぐみんはパーティに紛れてもやらせてもらえないぞ。この周辺に生息してるのは強いモンスターばかりだからな。ゴブリンやコボルトのようなお手軽なモンスターでも、大概、初心者殺しとセットだ」

 

「なっ、私の爆裂魔法ならどんな強敵でも一撃で屠ってみせる自信がありますよ!」

 

「でも、一発芸だろうが。めぐみんは、必ず誰かと組まないとクエストは無理だ。それも信頼できる相手とな。そんなことはいちいち俺に言われるまでもないか」

 

「わかってますよそれくらい……ならまた、バイトで稼げばいいんです。紅魔の里では上級魔法が扱えることが前提の環境が特殊でまともに働けませんでしたが、この紅魔族随一の天才に務まらない仕事の方が少ないはず……

 とんぬら、あの芸達者になる支援魔法をお願いします」

 

「嫌だよ。あれ、今後めぐみんには掛けないと決めてるから」

 

「ケチンボ! ちょっとくらい同郷のよしみで支援魔法掛けるくらい構わないではありませんか!」

 

「あんたがやった悪ふざけのせいで俺は崖っぷちに追い詰められてんだよ!」

 

「知りませんよ! もういいです! とんぬらには頼りませんから!」

 

 

 喧嘩別れのように早速、めぐみんが個人行動に走ってしまった。

 『アルカンレティア』と『アクセル』で旅の目的地は同じだから同行していたが、目的は異なる。なので、別行動を取っても問題はないのだが、ゆんゆんは行ってしまっためぐみんととんぬらを交互に見ながら、不安そうに、

 

「いいの、とんぬら。めぐみん、ひとりでさせちゃって……」

 

「しばらくこの街にいるのはわかってるから大丈夫だ。それに、さっきは注意のためにああ強調したけど、アクシズ教徒がやってるのはあくまでも勧誘までだ。暴力を振るうことはしないし、後味の悪くなるようなこともしない。いわば、危険性のない詐欺と変態の見本市をやってるようなものだから、付き合ってると自然、対人経験値を鍛えてくれるんだ」

 

 アクシズ教徒はフリーダムな変わり者が多いが、悪い人間でないことは信じてもいいと思ってる。

 だから、冒険者をやるならば最初にここで揉まれておくのはいい経験になるだろう。ここで人をあしらえるようになれば、アクシズ教徒以上に面倒な人間はそういないからどこに行ってもやっていけるようになる。

 

「それに紅魔の里以上に、アクシズ教団の総本山に近づこうとする悪魔はいない」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「変態師匠には近いうちに『アルカンレティア』に行くと手紙を送ってあったが、優先すべきはこっちだよな」

 

「うん。そけっとさんの予言だから。すぐに届けた方が良いわよ」

 

 とんぬらとゆんゆんが、この『アルカンレティア』にやってきたのは、ドラゴンとなってしまってから外れない呪われた武具のような仮面の解呪を、とんぬらの師匠のひとりであるアクシズ教団の最高レベルの『アークプリースト』にお願いするためでもあるが、他にもお使いを頼まれていた。

 それは紅魔族随一の占い師そけっとが、『水と温泉の都が危機に陥る』という未来が見えたから、その予言をしたためた手紙を『アルカンレティア』の上層部へ届けるというものである。

 

「ようこそいらっしゃいました『アルカンレティア』へ! 観光ですか? 入信ですか? 冒険ですか? 洗礼ですか? ああ、仕事を探しに来たならぜひアクシズ教団へ! 今なら、他の街でアクシズ教の素晴らしさを説くだけでお金がもらえる仕事があります。その仕事につきますと、もれなくアクシズ教徒を名乗れる特典がついてくる! さあ、どうぞ!」

 

「いりません」

 

 だが、そこまでの道のりは短いものではない。

 大通りを歩いてると十歩も進まぬうちに熱烈な歓迎に捕まった。

 

「『アルカンレティア』へようこそ! アクシズ教入信者からは、病気が治っただとか宝くじに当たっただとか芸が上手くなっただとか、様々な良い実体験を聞くことができるんですよ。どうです? あなたも入信しませんか?」

 

「しません」

 

 

「おめでとうございます! あなたはこの大通りを通られた、百万人目の方となります! つきましてはこちらで記念品を贈呈したいのですが、この記念品、実はアクシズ教団がスポンサーとなっておりまして! なので、ほんの書類上のことだけなので、記念品受け取りのためにちょっとお名前だけ、入信、という形でお借りしてもよろしいでしょうか?」

 

「先急いでるんで」

 

 

「あれっ? あれあれ? ひっさしぶりー! わたしわたし! 元気してた? ほら、学校の! 同級生の! 同じクラスだった私だけど覚えてる? アクシズ教に入信して、わたし、だいぶ変わったからわかんないかもねー!」

 

「全然知らん。人違いだ」

 

 

「あっ、そこの友達いなそうなあなた! なんとなく幸薄そうですが、アクシズ教団に入るともれなく幸運が訪れますよ!」

 

「さ、幸薄そう……。あ、あの、それって友達とかもできますか」

「俺が幸せにするから結構だ」

 

 友達ができてもまだぼっち癖の抜けきらない少女が捕まりかけたが、強引に引き上げた。

 

「気を付けろと言っただろう? 初めてきたから物珍しいのはわかるが、あまりうろちょろするんじゃない……おい、聞いてるのか?」

 

 引っ張りながら首だけ向けると、そこに、ぽー……と何故か顔の赤いゆんゆんがこちらに熱っぽい眼差しを向けていた。

 

「どうした? 人ごみにやられたか? でも里とは違って街だとこれくらいは普通だぞ。まあ、『アルカンレティア』ほど活気のある所はあまりないが」

 

「あ、うん、え、と……『俺が幸せにする』ってさっき言ったのはどういう意味なのかな、って」

 

 足が止まる。アクシズ教団の勧誘にも足を止めなかったとんぬらだが、天を仰いでから、でもしかと繋いだ手は放さず、じっとこちらを見つめる少女に答える。

 

「それは、もちろん……友達作りを手伝ってやるということだ。代行でも神主として奉納者の願いには真摯に向き合うつもりだぞ」

 

「そう、だよね……」

 

 あからさまに落ち込まれると居た堪れないのだが。

 しかし、このチョロいとよく言われる、思い立ったら勢いで大変な娘にあまり期待させると、一足飛びで事が発展しそうなのだ。なにせ、お友達になろうというだけで人生の墓場へゴールしてしまうのだから。まさにパルプンテな事態が発生しそうなのである。

 そう。もしもこの先、里が滅亡の危機となって族長の娘として余計な責任感に駆られたら、『紅魔族再興のために子供が欲しい』と言ってきてもなんら不思議ではない。

 族長から『くれぐれも娘をよろしく頼むよ』と転送屋まで見送りに来た時に念押しされた以上、浅慮に事に及ぶのだけは避けないと外堀どころでは済まなくなり、無血開城で明け渡さなければならない。

 里で友達はできたが、まだ免疫をつけておかないと突発した事態に、こっちが大変な目に遭いそうなので……ととんぬらは言い分を整えてから、

 

「……だから、ほら、予行練習するか。ゆんゆんのことだから、旅先でめぐみんと回りたいところがあったりするんじゃないのか?」

 

 そう声をかけると、ゆんゆんはすぐに期待の篭った眼を向けて、

 

「う、うん! 付き合ってくれるのとんぬら! 実は半年間いろいろと調べてるうちに、『アルカンレティア』に行ったら寄りたいところがノート二冊分くらい溜まったんだけど……」

 

「せめて、一冊にしてくれ」

 

 本当に大変だ。

 

 

 街の中央にある領主の屋敷まで多少寄り道をして散策することにした。

 教団勧誘ゾーンは抜けたが、観光地と呼ばれるだけあり、この街の商売人の客引きは凄まじい。

 まるで戦争してるかのような激しさだ。

 

「お客様、そんな下品な店で物を買うとお客様の品位が疑われますよ? 高貴なお客様に相応しい、天然素材オンリーで作られたエルフ族特性のアルカン饅頭です。どうか、こちらを見ていってくださいませ」

「おうコラ、お高くとまりやがってこの野郎! 物ってのはな、高けりゃ良いってもんじゃねぇんだ! お客さん、ワシんところのドワーフ族特性肉饅頭にしときな! 肉汁たっぷり、日持ちもするってなお得なお土産だ!」

 

 目の前では、耳の長い、緑色の髪をした、肌の白い美男子なエルフと低身長だが横に太いずんぐりむっくりな体型をして、もっさりとした髭を生やすドワーフが喧嘩していた。

 

「へぇ、この人たちが、エルフにドワーフ……! 本で読んだことあったけど、これが本物なんだあ……!」

 

 ゆんゆんが目を輝かせて、軽い感動を覚えている……その横で、ふいっと目線を逸らすとんぬら。

 高貴で上品な美形のエルフに、口が悪くて頑固者で立派なひげを蓄えたドワーフ。

 里から出たことがなく、本や大人たちの話でしか外の世界を知らない族長の娘にはまさに想像通りの姿だろう。

 ただ、三歳のことから里の外へ出て、この水と温泉の都で長期間過ごしていた少年は、残念な情報を知ってしまっている。

 

「御覧なさい、お客様が困っておいでではないですか。当店の商品が見たいのに、貴方が威圧感を出しているから困っているのですよ。お下がりなさい、下品なドワーフよ」

「何言いやがる! お客さんはウチの商品が見たいのに、テメエに絡まれて困ってるんだろうが! お客さんにはうちで買ってもらうんだよ! 引っ込んでろ青白エルフが!」

 

「え、ええ!? 喧嘩しないでください!」

 

 互いに胸倉を掴んで睨み合うエルフとドワーフに、箱入り娘なゆんゆんは慌てて、

 

「わかりました、買います! お二人の店で、それぞれちゃんと商品買いますから!」

 

 途端、エルフとドワーフはがっしりと肩を組んで、にっこりスマイル。

 

「「まいどありー」」

 

 

「――とんぬら、エルフとドワーフの仲が悪いというのは本当だったんだね! 図書館の本で読んだ通り」

 

 土産物屋を後にしたゆんゆんは赤く目を輝かせてその興奮冷めやらぬ所感をとんぬらに聞かせていた。

 無理やり買わされてしまった感が強いが、そこはとんぬらが割って入り、土産物を買うにはまだ早いから、ととりあえず味を知りたいということで、それぞれの店の饅頭をひとつずつとそれに今いないめぐみんにひとつずつ、計四つ二人で折半して購入。食べ歩きという案を取らせてもらった。

 

「あ、買い物するときに、エルフとドワーフの人に街の観光名所を教えてもらえば良かったかな……」

 

「いや、昔、俺、『アルカンレティア』で冒険者カードを作って生活してたから観光名所くらい知ってるぞ」

 

「そうなの!」

 

「ああ」

 

 裏事情とかもいろいろ。

 

 夢を壊してしまうのはあれだから言わないが、あのエルフの尖った耳はつけ耳で、本当は人間と同じ丸い耳をしてる。ドワーフの方も見たところあれは付け髭だろう。飲食業も経営してる土産物だったみたいだから、食品衛生面に気を遣い、食べ物に髭が入っていたなんてクレームを回避するために。

 

 森で暮らす純血のエルフ種族は耳が長いままであるが、人里で暮らすエルフは人と交じり合い、混血となってしまうために耳が丸くなってしまう。

 

 そう、紅魔族の神主一族も、勇者の先祖を持ってるがこれまで何世代も経ているため、その血統はほとんど紅魔族寄りである。そのせいか、近代の神主は奇跡魔法を行使できるも、初代神主の勇者ほど伝説的な力を発揮し得ない。九割方がスカで、笑う大魔神やら隕石落しなどの神様の奇跡級の魔法効果を起こしたことがないだろう。なので、奇跡魔法はネタ魔法と伝説は風化している。

 のだが、末裔のとんぬらはご先祖様の隔世遺伝を起こしたのか、『冬将軍』を召喚するなど奇跡級の魔法効果を発現してみせたり、稀少な『アークプリースト』の資質があったり。ご先祖様には為し得なかった奇跡魔法を究められる逸材かもしれぬ、と期待がかけられたりしてる。

 

 と話を戻すが、つまるところあれはゆんゆんのような実地を知らない観光客向けのパフォーマンス。

 実際のところ、エルフとドワーフはそんなに仲は悪くない。むしろお隣で商売作戦をするくらいなんだから良いくらいだろう。

 

「と、とんぬら……!」

 

 そんな考えに耽ってたところ、何か意を決した様子のゆんゆんに話しかけられる。

 彼女の手にはまだ口がつけられてない先ほど土産物屋で買ったエルフのアルカン饅頭。とんぬらの方はドワーフの肉饅頭をパクついたわけだが、そこで、ゆんゆんのアルカン饅頭が半分に割られ、

 

「半分こ、しない……?」

 

「ああ、なるほど、友達とこういうのに憧れてたんだな。わかったわかった」

 

 半分に割られたアルカン饅頭を受け取ろうと、とんぬらは手のひらを差し出すが、ゆんゆんはそこに置く気配はない。何故かもじもじして、半分に割ったアルカン饅頭を、そのままとんぬらの口の方へと持っていく。

 

「あ、あーん……!」

 

「………」

 

 とても力の入った声で、目を赤らせる紅魔族族長の娘。

 少し怖いのだが、それでも彼女が大変気合入ってるのはわかる。勇気を出して思い切った行動なのだろう。でも、高台から飛び降りるのは普通ひとりで行くものであって、他人の手を引きながら道連れしてしまうものではないかと思う。

 

「あーん!」

 

「あー……その、だな」

 

 旅は人を開放的な気分にするというが、これがゆんゆんの理想とする友達とのやりとりなのだろうか。

 

(頼む! めぐみん、来てくれ! そして、今の俺のポジションと変わってくれ! そしたら暫定なんて言わず、あんたが紅魔族随一の天才だって認めるから!)

 

 願うも爆裂魔法の探究者へは届かなかった。

 口を開かずに固まってると、あ、と何かに気付いたように、ゆんゆんの赤々とした目の色の光度が下がっていく。

 

「あ、そっか。……とんぬら、甘い物苦手なんだっけ……――へ?」

 

 ごめんね、と落ちていきそうになる手へ手を伸ばし、つい反射的に手首を掴んでしまった。

 旅は道連れ世は情けだ。一度は了承した以上は、やる。手首を掴んだまま、ゆんゆんの手を自身の口元までもっていき、あと少しのところで止まったとんぬらは、ひとつお願いする。

 

「ゆんゆん……あーん、じゃなくて、にゃーん、にしてくれないか?」

 

「っ、……も、もう! そんな要求するなんて、どうしようもない人ねとんぬらは! ……でも、こっちもわがまま聴いてもらってるんだから……あなたのお願い、聞かないとダメよね……うっ、ううん……すぅー……」

 

 そして。

 このめんどうくさいがちょろい少女は、恥ずかしがりながらも妙にやる気の入った感じで、声の調子を整えて、さらに深呼吸もして――

 

 

「――アクシズ教! アクシズ教をお願いします!」

「アクア様を共に愛でませんか? 敬いませんか? 仕えませんか? きっと、あなたの人生が色んな意味で劇的に変わる事うけあいですよ!」

 

 

 バッ! と離れた。

 あまり目立つ行為を恥ずかしがる普通の少女は、ここが人前だと再認識した。もちろん、とんぬらも手を放した。

 

「や、やっぱ、普通に食べよっか」

 

「そうだな。食べ物で遊んじゃいけない」

 

 ……正気に戻してくれたことには感謝する。お礼にとんぬらは、改めて、アクシズ教団を潰すと心に決めた。

 

 

「教団に伝えられているアクア様の様々な逸話を聞けば、きっとあなたもアクア様を放っておけなくなりますよー!」

「アクシズ教に入れば、芸達者になれるだの、アンデッドモンスターになれるだの、そして、水芸から悪魔撃退に効果的な聖水が――ああっ!」

 

 

 大通りで大声で勧誘していたアクシズ教団のひとりが、驚いたようにこちらを見た。

 そして、その二人の若い女性信者は、とんぬらのもとへ駆けつけて、

 

「仮面なんてつけてましたから気づくのが遅れましたが、ぬら様ではないですか!」

 

「ぬら様……?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 これは、ひとりの少年の実体験に基づく話である。

 

 親の勧めで我がアクシズ教団の次期最高司祭のもとに預けられた彼に、次期最高司祭は自ら直々に洗礼を行った。そして、次期最高司祭の教えにきちんと聞いて、毎日この『アルカンレティア』の風呂掃除を引き受け、女神アクア様に感謝を捧げる少年は、めきめきと芸達者の腕が上がり、アンデッドにモテモテ。そして、なんと僧侶職でもないのに水芸から聖水が出るようになった。

 

 『おかげで人生が成功してます、悪魔もアンデッドも怖くありません! ゼスタ様の勧め通り、アクシズ教団に入信して本当に良かったです』と彼は笑顔で語ってくれた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 とある少年の思い出話。

 

『さあ、親と離れて寂しい僕ちゃん。おじさんと一緒にお風呂に入ろうか』

『ぼ、僕、ひとりで入れますから!』

『いいえ。師弟としての絆を深めるには一緒にお風呂に入るのが一番です。さあ、裸の付き合いをしましょう! 猫耳ショタっ子とお湯の掛け合いっこや背中の流しっこをしましょう! 是非! それとついでに、アクア様の洗礼を受けてしまいましょう』

『目が怖いです! それから洗礼なんて話は聞いて』

『『セイクリッド・シェル』』

『か、体が動け……!?』

『逃げてはいけません。怖がることなんてないんですよ。師弟仲良く風呂を共にして親睦を深めればきっとアクア様の素晴らしさに気付くはずですから』

 

 

 ♢♢♢

 

 

 アクシズ教。

 国教とされるエリス教の陰に隠れ、『アルカンレティア』以外では非常にマイナーな宗教である。

 だがその存在感は凄まじく、旅をしていて野党などに襲われた際にはアクシズ教徒であると告げると、怖がった野盗達に見逃してもらえることもあるとか。

 それほどまでに恐れられるアクシズ教徒。

 魔王軍にすら敬遠されると言われるアクシズ教徒。

 

 ――そのアクシズ教本部の教会に今、同じく魔王軍に敬遠される紅魔族の少年が爛々と目を赤く光らせ、突撃した。

 

 

「勝手に人の名前を使ってくれてる変態師匠はどこだっ!」

 

 怒鳴り込むとんぬらは、すでに鉄扇を抜いていて臨戦態勢である。

 

 色々と古参のアクシズ教徒から話は聞いた。

 これは当人の耳にはまったく聞いてない情報であったが『水芸から強力な聖水を出せるようになった』ことから、とんぬらはこの『アルカンレティア』で多方面に色々な意味で“アクシズ教団の成功例”と呼ばれている。

 

 そして、ここ最近、稀少な資質が必要とされる僧侶職にならなくとも、悪魔やアンデッドという厄介なモンスターを簡単に倒せるようになるというライバルのエリス教にはない謳い文句は思いの外影響力があり、とんぬらは今やアクシズ教団勧誘の招き猫なのだ。

 

 つまり、いつの間にか、とんぬらの顔が、アクシズ教団の宣伝広告に使われており、次期最高司祭の直弟子として“未だに教団に籍を残している”と言われた。

 

「これはこれは久しぶりだ、我が直弟子。急に便りを寄越した時は何事かと思ったけど、元気そうでなによりだ、師として嬉しく思うよ。おや、格好良い仮面をしてるね?」

 

 教会の奥より白髪の混じった渋めの中年男性が、隣に秘書の女性を連れて現れた。

 ニコニコと人の好さそうな顔をしていて、でも、どことなく只者ではない雰囲気を漂わせている。

 

「おい、変態師匠。色々と言いたいことはついさっき山ほどできたが、まず俺はもうとっくにアクシズ教は辞めてるはずだよな?」

 

「いえいえ。ちゃんと君の入信書は私が持ってますよ、ぬら君」

 

 司祭服の内側から取り出したのは、半分に破れた用紙。

 それはかつて『アルカンレティア』を旅立つ前に、どうにかとんぬらが破り捨てたはずの入信書の片割れだ。

 だが、半分。

 半分の入信書に記入された『とん/ぬら』で、『とん』の方は破り分かれたときにとんぬらが手にしていて捨てた方だが、『ぬら』の方はアクシズ教団に保有されたままであった。それで、その『ぬら』と書かれた半分の入信書を教会は認可している。

 いや、それはもはや何も言うまい。そう簡単に抜けられるものではないと理解していたのに、半分破り捨てた程度で満足していた己が甘かったのだ。

 だから、かつての過ちはすぐに取り消させてもらう。

 

「『花鳥風月』!」

 

 鉄扇を振るい飛ばした水鉄砲が、司祭の持つ入信書へ。

 ずぶ濡れにして、残り半分を――とその前に手が翳される。

 

「『リフレクト』!」

 

 宙空に発生した光の壁が、聖水を弾いて、半分の入信書を守った。

 

「微かに付いた悪魔臭……やはり厄介事を抱えてるようだ。でなければ、君が私を頼るはずもないか」

 

 アクシズ教団の次期最高司祭ゼスタは、半分の入信書を再び懐に仕舞うと、かつての直弟子の少年へと言い放った。

 

「アクシズ教の修練をもう一度積みなさい。そして、今度こそ『アークプリースト』の資質を開花させるのです。でなければ、リッチーになど教えを乞うた馬鹿弟子の相談事とやらに一切耳を貸す気はない」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 魔王軍に盾突く忌々しいアクシズ教団を終わらせる。

 そのための破壊工作を思案中だが、準備のためにも都に長期間潜り込まなければならない。

 

 ……だが、思った以上に腹が減る。

 

 食った相手でなければ、“擬態できない”。

 だが、食えない。

 あの自分を含め魔王軍幹部三人抜きした『氷の魔女』が、『冒険者や騎士など、戦闘に携わる者以外の人間を殺さない方に限る』という中立の条件を出し、魔王様がそれを呑んだからだ。

 もし、この街の土壌を汚染して冒険者でもなんでもない住民らの命を奪ったとして、それが知られれば、今度こそ氷漬けにして殺しにくるだろう。リッチーになった今では牙が抜け落ちたようにぽわぽわとしてるが、かつては魔王軍内で賞金首にされるほど魔物を殺してきた凄腕の『アークウィザード』だ。同じ魔王軍だろうが絶対に容赦しない。

 

 だから、面倒な破壊工作など考えなければならず。腹が減った。

 だが、教会の僧侶職は基本的に戦闘に携わらず、教団内には一般人もいる。食えない。

 冒険者もこの街にいるのは高レベルで有名どころが多い。ひとりでも減れば騒ぎになるだろう。潜伏中にそれはダメだ。飢えてる。

 

 クソッ!

 スライムにとって、食事とは本能だ。我慢などできるはずがない。

 そうだ。ひとりで行動してる冒険者を狙えばいい、それも高レベルではなく、無名の。あとは、『氷の魔女』にやられたことを思い出してイラついたから、『アークウィザード』がいいな。魔力が多い人間は美味いし。

 

 だが、そんな都合よく……

 

 

「……もう、急に、私にお使い押し付けて勝手にどこかに行っちゃうんだから……もうちょっとくらい二人きりで回りたかったのに……」

 

 

 ――いた。

 腰のワンドとナイフ――冒険者。

 魔王軍幹部の知らない顔――無名。

 しかもあの幸薄そうな感じは、おそらく、ぼっちだ。

 そして、あの黒髪赤目は紅魔族の特徴――『アークウィザード』。

 

「紅魔族は、シルビアが担当するようだが、あれには俺もムカついてるからな……」

 

 久々に美味い食事にありつけそうだ。




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