この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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133話

「えへっ、えへへ……」

 

 とても酷く辛そうな表情でのお願い。続いて、何かを深く考え込み始め、最後は意味不明でありながらも真剣さが伝わってくる心の底からの謝罪。

 そんな()()()謝るようなことはないはずで、とんぬらさんの理解のできない“わがまま”に戸惑ったけれど、今は嬉しさで一杯だった。

 自然に歩が軽くなる。心が高揚する。それで、ついつい屈託のない笑みに綻んでしまう顔を見て、隣の彼は僅かに首を傾け、

 

「いきなり笑ってどうしたんだ、ゆんゆん? そんなに久しぶりの里帰りが感慨深いのか」

 

「うん、それもあるけど……」

 

「そうだったな。魔王を倒して、故郷へ錦を飾ったんだ。長となる者として誰も文句のつけようのない功績を挙げたんだから、晴れ晴れとして当然だ」

 

 それもそうなんだけど。

 確かに、里にいるのに肩身の狭い窮屈さや疎外感を覚えることはなくなった。昔はこんなに気楽に出歩くなんて無理だったし、外にいるときは人の目を常に気にしていたけど。

 今はこうしてとんぬらさんと肩を並べて歩けるのがとても嬉しい。

 お父さんも彼のことをすごく気に入ってくれて、『とんぬら君が皆に受け入れてもらえるように、ゆんゆんが里を案内してあげなさい』と今日も送り出してくれた。お母さんからも、『仲が良いってアピールすることが重要だから、どこでも傍を離れずしっかり捕まえておきなさい。牽制は最初が肝心よ』とコッソリ説いて、なんなら胸で抱き着くくらいの姿勢で臨みなさいとアドバイスを送られた。流石にそれは、まだ恥ずかしいけど、こうして隣を歩けるだけでも自分には十分。歩幅の違うのに、自分と同じペースに合わせて歩く彼のさり気のない気遣いだけで、幸せを感じてしまう。

 今のこの気持ちを彼に伝えたい! そうだ、ちょうど商店街にいるから……

 

「とんぬらさん! 私、こうやってお友達と出歩くのを想像して貯金していますし、私の稼いだお金でとんぬらさんが幸せになれるのなら私も幸せですから、何か欲しい物があったら遠慮なく是非言ってください!」

 

「うん、すごく遠慮したくなったな」

 

「ええっ!? じゃ、じゃあ、一体いくら用意すればとんぬらさんとお出かけする権利がもらえるんですか?」

 

「まずお金から離れようかゆんゆん。今の俺が言うのもあれだが、それまでされると弁明の余地なくヒモだからな」

 

 ど、どうしよう。とんぬらさんに呆れられちゃった。

 だけど、学校時代、同じ女子クラスの子と一緒にいた時はいつも何かを買ってあげてて、だから、こう言うときどう接すればいいか思いつかない。どうにかして、挽回したいのに……!

 

「とにかく、お金はいい。……だけど、ひとつゆんゆんに注文だ」

 

「なんですか、とんぬらさん!」

 

「――それ。友達なんだから“さん”付けはやめてくれ」

 

「えっ……」

 

 そんな、呼び捨てで名前を呼ぶなんて……夢見たシチュエーションのひとつだけど……!

 

「あうううっ……――ごめんなさいぃ、無理ですぅ……」

 

「はい?」

 

「とんぬらさんに、そんな砕けた態度だなんて畏れ多いです!」

 

「いや、“友達”だからな。むしろ住居とか生活費とか工面してもらう立場になるから、こっちがへりくだらないとならないんだが。ほら、ゆんゆんは俺を呼び捨てていい権利があるわけで、俺も全然怒らないから」

 

「わ、わかりました。ちょ、ちょっと待ってください……」

 

 胸に手を当てて、大きく息を吸い……吐いて……心鎮めさせてから、

 

「とっ……とっ……!」

 

「ん――ん――!」

 

「とんとんとんとん――!」

 

「ん、ん、ん、ん~??」

 

 意識し過ぎて口ごもってしまい先が言えない。待ち構えていたとんぬらさんも、つんのめるようにケンケンしている。

 

「とんぬ……」

 

「よし、あと一文字だ! 頑張れゆんゆん!」

 

 だけど、そんな鈍くさい私を励ましてくれる。優しい。これに応えないと……!

 

「とんぬら……様!」

 

「いやいやいや、“とんぬら”でブレーキしてくれ! むしろ逆に“さん”付けよりも呼び方のグレードが上がって友達から遠ざかっているぞ!?」

 

「ご、ごめんなさい! でも、私なんかに優しくしくれるのに軽々しく呼び捨てなんて烏滸がましくてできませんよ……!」

 

「ゆんゆんは重々しく捉え過ぎだ」

 

 はぁ、と溜息を吐いて、仮面の額に手を当てるとんぬらさん。

 

「……まあ、いい。普通に呼んでくれればうれしいが、それはゆんゆんに任せよう。無理強いは良くない。ただ、俺の前でそんな気を遣う必要はないからな。前にも言ったが、ゆんゆんは可愛い女の子なんだから、もっと自分の容姿に自信を持つべきだし、こうして一緒に歩けるだけでも俺は十分幸せだ」

 

 か、かわいい……。

 あまりそんなこと人に言われたことがないけど、しかも一緒にいて幸せだなんて私と同じことを想ってくれてるなんて! たとえお世辞でもとんぬらさんがそう言ってくれるのが嬉しくて嬉しくて……おへその下がきゅうんと来る。それで、『とんぬらさんも、凄く格好良いです! 一緒にいるだけで私はとても幸せです!』と言おうとするんだけど、顔を両手で挟んでしまう。今口を開いてしまうと蕩けた呻き声しか出そうになさそうだから。

 

 

「ゆんゆん? ゆんゆんじゃないっ! 帰って、きてた……のね…………」

 

「ふにふらさん! どどんこさん、久しぶり!」

 

 商店街、ちょうど里の本屋のところを差し掛かったところで、ふにふらさんとどどこんこさんとばったり鉢合わせた。

 女子クラスの同級生で、シルビアを倒した時に、本当の友達になった二人。

 とんぬらさんにも、彼女たちのことを紹介しようとしたのだけど、二人とも何故か固まっている。

 

「え、えと、どうしたの、ふにふらさん? どどんこさんも?」

 

「か、帰ってきたゆんゆんが男の人を連れて歩いてる……!?」

「いいえ、これは違うわ! きっと偶々一緒に歩いている風に見えるだけで、本当はまったく見ず知らずの他人なのよ」

「じゃあ、フリーってこと?」

 

 二人とも、隣にいるとんぬらさんを注目している。そして、視線が集まれば条件反射でそれに応じるのがとんぬらさん。

 

「我が名はとんぬら。紅魔の血が流れる勇者の末裔にして、ゆんゆんの友達。と言ったところだが、あんたらもそうなのかい?」

 

「は、はい」

 

「そうか。それは良かったよ。では、お近づきにこれをどうぞ」

 

 ふっととんぬらさんは微笑み、手を下から上に振るいながら、指を小指から順に折り曲げると、何もない宙より摘み取ったかのように、花を模る氷の結晶が手の中に。それを左右同時で行い、二輪の透明な花を二人に手渡す。

 

「な、なにこれ!? 冷た! えっ、本物!?」

「すっご……魔法使ったように見えなかったのに」

 

 ふにふらさんとどどこんこさんが表情を驚愕に染める。芸人根性でノリが良いのだ。アクアさんと同じように、道中で達者に芸を振る舞う。それも紅魔族の自分らが見ても原理がわからないくらい高度のを。難なくこなしたとんぬらさんは微笑みながら言葉をつづけた。

 

「人の掌の体温でも容易く融けてしまう儚い花だけれど、一度きりの出会いでもその輝きは心に残る。喜んでもらえれば重畳、そして、御代は不要だ。これは、ふにふらさんとどどこんこさんに会えた俺の感動の表れだと思ってくれ」

 

 パチンと指を鳴らす。するとそれを合図に八分咲きだった結晶の花は満開となり、ひらひらと氷の花弁が舞い上がった。

 驚きの顔が赤く、それから華麗さに瞠ったお目目も赤く。ふにふらさんとどどこんこさんのとんぬらさんを見る眼差しが段々と氷を融かしてしまえるくらい熱の篭ったものに。

 

「「………」」

 

 紅魔族の血が流れているからか、漆黒の髪色は、自分たちにはとても親近感が湧く。けれど、彼の宝石のように艶やかで澄んだ双眸には仮面の奥に隠されていても強烈な目力のある存在感がある。鼻筋は通って、唇は薄く形が良い。それら素晴らしいパーツが精悍な顔立ちの上で絶妙に配置されて、仮面をつけたその容貌は貴人もかくやと言ったところで、男ならではの色香を強く匂い立たせている。そして、一本筋の通った立ち振る舞いから厳格でストイックな力強い気配を薫らせながら、呼吸の仕方から歩き方、細やかな指先の動きに至るまでひとつひとつの所作が実に綺麗でしなやかで、それが印象にいっそうの艶を添えている。

 そんな同年代の美丈夫の軽い挨拶代わりのパフォーマンスを受けて、二人の反応は鏡を見るようにわかり易かった。

 

「あの、最も深いダンジョンの底で封印されていませんでしたか?」

 

「ん? 最果てのダンジョンの最下層にいたのは、真祖のヴァンパイアだったと思うが」

 

「私の顔を見て前世からの因縁めいたものを感じませんか?」

 

「いや、生憎とそんな記憶はないな」

 

 むっとする。

 ふにふらさんとどどこんこさん――現在彼氏募集中の女子二人から言い寄られる彼を見て、眉間にしわが寄りかけて、すぐにハッとする。友達同士が仲良くなるのは嬉しいこと。とんぬらさんが両親に認められて誇らしい気持ちだったのに、今はどうしてか苛立ちが募る。

 

 これまで無縁だった嫉妬に戸惑い、けれども『ちょっとサービスし過ぎじゃないの?』と文句を言いたい気持ちもゆんゆんの腹の底でわかだまっていた。

 

 『おいお前ら。男が居なくて寂しいのは分かるが、私の男に色目を使うのは止めてもらおう』

 と、かつてライバル(めぐみん)が言い放ったセリフが脳裏をよぎる。

 ……だけど、それを言える資格なんてない。自分は彼と出会ったばかりで、まだ、友達……そう、友達でも満足していたのに――

 

(抱き着く……)

 

 今朝の母からの助言。彼はこちらに背を向けていて、捕まえるチャンスだ。

 飛びついて、抱き着いて、胸を押し付ける。そう、猫がマーキングするようにすりすりと。やれる。できる。二人に行動で示せる。彼はフリーじゃなくて、私が……

 

(って、何考えているのよ私!? ――あっ」

 

 理性と衝動の鬩ぎ合いに、踏ん切りつかず。一歩目で思いきり踏み出したけど、二歩目で急ブレーキがかかり、しかし初動の勢い殺せず三歩目からもつれ込む。ホップステップジャンプの大失敗。

 

「!」

 

 つまずいて、真正面顔から地面に転びかけたゆんゆん――その微かな悲鳴を拾って動く。女子二人と会話をしていたにもかかわらず、迅速に迷いなく。とんぬらは振り返り、倒れゆくゆんゆんを咄嗟に抱き留める。

 

「おっと、大丈夫かゆんゆん?」

 

「ぁ……」

 

 捕まえる、とは形が違うけど、彼に捕まり、抱きしめられていることに、思わず熱くなる体温の篭った吐息が零れた。

 ああも反射的に助けられるなんてそれは無視されていたわけではなく、気に留めてもらっていた。何だか試したようで後ろめたさはあるけど、それで胸の中のモヤモヤしたものがなくなった。

 

「はぃ……だ、大丈夫ですとんぬらさん」

 

「そうか? ならいいが」

 

 そういって、とんぬらさんは抱き留めた自分(ゆんゆん)の身体を離して立たせる。母助言のじゃれつき(アピール)の牽制を入れる間もなく、無事を確認すればあっさりと。けれども、距離が離れてしまうのはどこか寂しくて、手が伸びた。

 

「――とんぬらさんっ!」

「うおっ!?」

 

 抱き着くのはまだ羞恥やら遠慮で葛藤してダメでも、とんぬらさんの手を掴むくらいなら……いいよね?

 とその手を掴まえて、この行動に驚いている二人へ言う。

 

「じゃ、じゃあ! ふにふらさんとどどこんこさん! 私達、用があるから!」

 

「「えっ、ゆんゆん!?」」

 

 里の中を案内しないとならない使命がある。お父さん――族長より任された仕事だ。というのを言い訳にとんぬらさんと繋いだ手を引いて、彼女たちから離した。

 

 ………

 ………

 ………

 

 商店街を抜けたところで、足を緩める。

 ふにふらさんとどどこんこさんに申し訳ない気持ちになったけど、二人とも追ってはこなかった。それで、手を離さないまま歩き出したので、強引に引っ張ってしまったとんぬらさんは、突然の行動に驚いてはいるみたいだけど、特に嫌がってこの手を振り払うような真似はしなかった。

 その事に安堵して息を吐くと、彼から噛んで含めるように話しかけられた。

 

「ゆんゆん、さっきはいきなりどうしたんだ?」

 

「その、ごめんなさいっ! いきなりで驚いちゃいましたよね?」

 

「別にそれは構わないんだが」

 

 理由を問う仮面の奥の眼差し。それを真正面で見つめ合えない自分。さっき行動になって零れたのは、たぶん……ううん、きっと醜い気持ちだ。こんな汚い想いなど知られたら嫌われてしまう。それが怖くて、イヤで、グルグルと頭の中で感情の波が渦巻いて混乱してしまう。そんなわけでつい目を逸らしながら、質問にどうにか絞り出せたさっきの大義名分を口にする。

 

「今は、里をとんぬらさんを案内しないといけませんから!」

 

「そうか」

 

 街より広くないし、そんな急ぐ必要はないけれども。

 でも、とんぬらさんはその拙い弁明で納得(ゆる)してくれたように頷いてくれた。これに口を縛る緊張が緩んで、自分に都合のいい設定を必死に捲し立てた。

 

「ですから、案内役(わたし)と離れて迷子にならないよう手を繋ぐ(こうする)必要があって……!」

 

「あー……それほど迷子になりそうだとは思えないんだが」

 

 苦しい言い訳に、流石にツッコまれた。これには反論も何もできず、奮い立った勇気も消沈して、だけどせめてもの意思を示そうと、握る手の指に力を入れる。

 

「……まあしかし、さっきみたいに転ぶのは危ないしな」

 

 ぎゅっと、手を握り返される。するりと抜き取ることなく、彼の方から手を取ってくれた。包み込むような包容力。そこには自分に対する思いやりの情があって、仮面の奥に理解の色がある。言葉にされなくても、大丈夫、別に嫌ったりすることないと苦笑しているような……なんて思ってしまうのは、都合のいい幻想か。だけど、繋がる手の感触、疑いようのない実感、これにますます溢れてくる気持ちはもう抑えようがなくて――

 

「…………う、うん、安全第一ですよね」

 

 それで彼が用意してくれた理由付けに身をよじりながらも、こくん、と頷く。

 ああ、何だかクセになってしまいそう。こうして触れ合えてしまうことに。これからもっと催促してしまう確かな予感がある。

 ああ、それを思うだけで胸が苦しい。心変わりはなく、しかし一層に強くなるそれは今や誤魔化すことができないくらい確かな結晶となっていることを自覚する。

 

 そうして、“これに本当にクセになっていいのかな?”と自問自答しながらも、とんぬらと繋がった手をゆんゆんは最後まで離さなかった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ララティーナ、一つ訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

「何ですか、お父様」

 

 それは、国中から寄せられる(しつこい)見合いの申し出に、貴族のお付き合いに差し障りのない文章で“お断り(『今後もお友達で』という旨)”の返事を何十通もの手紙にしたためていた時のこと。

 ノックをして部屋に入られたイグニスお父様は、どこか困った表情で、

 

「ララティーナたちが、『アクセル』を出た後、ひとり、パーティに加わったものがいるらしいね?」

 

「トールのことですか?」

 

 ばったりといなくなっていたトール。その顔を仮面で隠そうとも街中で目立つ真似は好まなかったのか、折角の宴にも参加することなく、ギルドに賞金も受け取りに来ていない。ダクネスだけでなく、カズマたち三人もこの消息を断たれたことには、別れるにしてもせめて一言くらいは、と残念がっていた。

 

「その、彼は……隣国の王子だというのを耳に挟んだんだが、それは本当なのかい?」

 

「ええ、トールの立ち振る舞いは確かな教養を感じさせるものでした」

 

 時に相手に肩肘を張らせぬよう親しみやすくやや粗暴な感じに振る舞いをすることもあったが、あれは作法の基本をちゃんと抑えた上で崩している、礼というものを理解しているからこそできる物腰と気配りだ。

 そして、あの隅には置けないカリスマ性。

 御者ら騎士達も一目を置かざるを得ない風格があり、彼の者は英雄に相応しいだけの力と勇があった。

 特異なのは外見だけではなくて、眼に力があると感じるのもルックスだけに起因した印象ではない。自分よりも年下ながら、底知れぬ経験値と不屈の精神性を有している。

 こんな男が実在したなんて、にわかに信じがたい現実であって、いったいどんな人生を送ってきたのだろうと興味が湧く。

 

 しかし、お父様はトールが王子などと一体どこから知ったのだろうか?

 顔を隠しても王族とあって、お父様のような国の重臣は同行を把握していたんだろうか?

 

「そうか……うむ、娘が人を見る目は確かだ。ララティーナがそういうのならひとかどの人物なのだろう。しかし、非の打ち所がないとなると……ふうむ、ますます困ったことに……」

 

「一体どうされたのですお父様?」

 

 顎に手をやり、悩ましい声で唸るお父様に訊ねれば、深く溜息を吐いて、

 

「実はな、アイリス様がそのトール殿下との婚約を撥ね退けようとされているのだ」

 

「何ですって!?」

 

 眉を寄せたその困った表情でお父様は語る。

 我が『ベルゼルグ』珠玉の姫であるアイリス様が、魔王討伐を祝う祭事の最中、突然発表した。厳密に隣国の王子(トール)のことを名指しして婚約破棄を申し出たのではなく、“自分の婚約者は自分で決めたい”と主張したそうだが、会場内がその婚約を喜ぶ雰囲気だっただけに、その印象は“(トール)と結ばれることに不満がある”と取られてもおかしくはない。しかも、ダスティネス家と肩を並べる大貴族シンフォニア家の令嬢にして、王女護衛補佐役を務めるクレアもその王女の意見を強く支持しているようで、一つの条件が追加設定された。

 それは、『王女(わたし)よりも強い相手』という決闘(もの)だ。

 ベルゼルグ王族の強さは騎士や貴族であるのなら誰もが知る無双に近いもので勇者にも引けを取らない。現に陛下は魔王からその力の多くを引き継いだ魔王の娘率いる魔王軍の侵攻と渡り合ったほどだ。王女のアイリス様もまた血統の天賦に恵まれている。さらにお父様が話すには、アイリス様は何と神器を二つも装備する万全の態勢だとか。きっとアイリス様は婚約者選びの決闘に全力で臨まれるおつもりだ。

 しかし、元々婚約者でもある相手に対し、後から条件を付け足す横紙破り、いくら第一王女でも控えなければならない真似で、それを諫めるはずの忠臣も後押しされたとあっては両国の国交を危うくしかねない大問題だ。

 

(……でも、貴族ではなく、個人としてはアイリス様のお気持ちもわかる)

 

 国中から寄せられるお見合いの申し出を悉く一蹴して、お父様を困らせている。程度と立場が違うだけでやっていることは同じようなものだ。だがそうしてでも結ばれたい、心に決めた相手がいる。きっとこのことに自分(ダクネス)も他人のことを言えない。

 で。

 私人と公人の間で揺れ動く心中であったが、お父様(イグニス)はポツリと漏らしたその一言には敏感に反応した。

 

「トール殿下が死力を尽くして、魔王を倒されたというのに、これでは……」

 

「いえ、お父様、魔王を倒したのはトールではなく、カズマです」

 

「ああ、わかっている。ララティーナやパーティの彼らも懸命に戦ったということは、お父さんもちゃんと」

 

「いえ、ですから、お父様。魔王にとどめを刺したのは、カズマですよ」

 

「? 確か、王城で魔剣使いの勇者であるミツルギ殿は、お城でトール殿下が倒したと話をされたと聞いているのだが……」

 

 父の言葉と言えど、むっとする。

 普段は功績など気にはしないが、自分が認めている(カズマ)の決死で成し得た手柄をきちんと把握していない、また勘違いされるのは腹に据えかねる思いだ。

 やや語気を強めて、再三の訂正をきっぱりと言う。

 

「最後の決戦で遅れてから登場したあのミツなんとかという男が勝手に何を話したかは知りませんが、魔王を倒した勇者は、カズマです」

 

 

 ♢♢♢

 

 

『遺産の番人よ、俺が相手しよう! ――『ドラゴラム』!』

 

 里の案内で何かと里の皆に注目されたけれども名所は全部回った。

 『ここには猫耳を祀り上げる神殿はないのか!?』と途中、すごく気落ちしたけど、最後に回った謎の巨大施設にある地下格納庫、そこの紅魔の里の大人たちでも読み解けない暗号を何ととんぬらさんは解読し、封印まで解除してしまった!

 すごい!

 この里の創設期から開かずとされていた巨大施設の封印の扉が開け放たれた報せを受けた族長、お父さんが里の大人たちを引き連れてやってきて付き添い、探検……それから中で見つかった、これまで見たことのない――とんぬらさんが見つけた文献によると――魔導大国『ノイズ』の遺産にみんな大興奮。

 『魔術師殺し』なる未完成品ではあるが、対紅魔族兵器と言ってもいいような代物まで出て来たけど、大人たちはそれを危険がることはなく、『実に興味深い!』、『完成させたい!』と一大プロジェクトを結成する始末で、それから施設内部で侵入者撃退のために配置されたと思われる機動要塞『デストロイヤー』のプロトタイプがこちらに攻撃を仕掛けてきた。

 大陸中を暴れ回った巨大兵器同様、強力な結界が張られているために魔法が通用しない。だけど、とんぬらさんがあの魔王城で披露してくれた巨竜変化魔法でもってドラゴンとなり、力でもって脚を叩き折り行動不能を狙う。プロトタイプの機動兵器も魔法のような光線やらで反撃を繰り出して来たけど、守護竜の鎧装甲はそれらすべてを跳ね除けてほとんどダメージを与えることがなかった。

 すごい!

 お父さんたちもドラゴンとなったとんぬらさんと大蜘蛛のような魔導兵器の迫力のある激闘を、息を呑んで手に汗握りながら見つめ、最後、太刀のような尻尾の一撃で旧式の『デストロイヤー』を叩きつけ、停止に追いやると拍手喝采。その力とドラゴンに変身する独自の魔法に全員興奮しっぱなしで、もう目を真っ赤にしてとんぬらさんを囲んで質問やら実験や勝負のお願いやら(あと告白する人まで出て来た)とたくさんの人たちに迫られて大変だったけど、そこでお父さんが割って入る。とんぬらさんは客人で、今日里へ来たばかり。いきなりそんな質問攻めにするのは可哀そうだと皆を宥めた。族長としてそう言い聞かせば、皆も渋々だけど納得し、“じゃあまずはこの施設にある魔道具の発掘・調査から”という流れでとんぬらさんは解放された。

 それから、巨大施設から帰り、宴はまた今度となったけど実家で精一杯にもてなす。

 

『ゆんゆん!? なんで風呂場に入ってくるんだ? ――って、うおっ!?』

 

 お母さんからの助言で、『初めてで勝手がわからぬ風呂事情だからサポートして、ついでに背中でも流してらっしゃい』と送り出されたけど、“男の人のいる風呂”に入るなんて初めてだからすごく緊張して、何度も深呼吸して精神統一をしてから意を決して体当たりするように扉を開け放ったら、もうすでに体を洗い終わりちょうど風呂を出ようとした裸身のとんぬらさんとばったり鉢合わせてしまい……顔を覆った手の指の隙間からバッチリと見てしまった。

 す、すごかった……!

 とんぬらさんは努めて冷静に『なかったこととしよう。今、ゆんゆんは何も見なかった。いいな?』と言ってくれたけどトラブルの後、まともに顔を合わせることができなくなった。もう夕食の時は、隣にいるだけでいっぱいいっぱい。お父さんとお母さんから様子がおかしいことに訝しまれて、何にも言えない私に代わってとんぬらさんが懸命に弁明していたけど、隣で顔から火が出るように目を真っ赤っかにしていたのであまり意味がなさそう。でも、必死さから誠意は伝わったとは思う。

 

 ・

 ・

 ・

 

「はぁ~~……」

 

 とんぬらさんは、夕食後にお父さんから晩酌に誘われた(とんぬらさんの口元がどこか引き攣っていた)。それで自室でひとりになれた途端、深いため息が出てきた。

 今日一日、故郷の里であるのに多くの新発見に初体験をして、ぐったりと机に突っ伏してしまうくらい疲れた。本当に驚くことばかりで、肉体的よりも精神的な気疲れが大きい。だけど、それは費やした労と引き換えにそれに見合う以上の充足感が得られた心地良いものであって、おかげさまで日記にたくさんのことが書けそうだ。

 

「でも、本当にすごいなぁ……」

 

 ついつい感嘆が零れてしまうのは、名詞を省いていてももちろん彼のこと。

 思いつくままにペンを紙面に走らせるけど、あっという間に一頁を書き切ってしまう。

 魔王軍幹部を圧倒した実力に、魔王を相手に啖呵を切れる勇気。それから紅魔族でも未知の魔法と知識まである。他に諸々とあるが今日の日記に語り(かき)尽せそうにないほど。それでいて、不思議なことにあれだけの存在感があるのに性格は謙虚でどの相手にも礼を尽くす。そのせいか途轍もない知力があっても嫌味はまるで感じさせない。仮面をつけた相貌は、一歩間違えば怪しまれかねないだろうに、何故かそういうマイナスな印象にはつながらない。

 一緒にいて心地良さを感じられる人だと思う。

 おかげで、紅魔族の皆にも認められて、族長のお父さんからは大変気に入られた。その信頼から早速一任されているものもある。施設内から出てきた文献の類は、唯一そのニホン語とやらを解読できる彼に預けられた。貸している自室に持ち込むのを手伝ったけど、でーんと本が山となって積まれている。

 これは読むだけでも一苦労。ある程度は添削して、施設内のこと、また魔導大国『ノイズ』の遺産の魔道具の利用法があればそれをまとめる作業、これはきっと大変だ。だから、サポートする者が必要で……だから、明日からも、彼の傍についていようと思っている。

 

「とんぬら、さん……」

 

 その名前を口の中に転がす。呟いた響きを舌の上で味わうように。

 自然と熱が篭る言霊に体の奥から火照らされたようにむずがる。それで、思い出してしまう。忘れようと努めていたけど、“とんぬらさん”と明らかにその人物を連想させるワードに思い出してしまう。

 ……すごかった。

 魔法使い職ではあるけど素人目にもわかるほど鍛えられた肉体、そして、服の上からではわからなかったけどその肌には切傷や火傷の痕が無数に刻まれている。人に望まれれば期待以上の芸を披露してくれるけれど、その茨の道を歩んだ足跡をあまり人には見せたがらないだろう。優雅に泳いでいるようで水面下では必死に肢をばたつかせる白鳥のように、と思う。あの人はそんな表には出さないだけで、大変なことを抱えている。そんな、気がしたのだ。

 

 ――で、哀切に満ちたそれとは別で、真正面でご開帳されていた股間部も記憶に焼き付いちゃってる。

 

 まず、臍より下の下腹部にあった紅魔族の血を引く紋様(バーコード)(他人に見られたら死ぬほど恥ずかしいそれ)に目が吸い寄せられて、そうなると自然と雄々しいものが視界に入ってしまうわけで。咄嗟に手で顔を覆っても、指間が空いた穴だらけで、視点も頑として固定されてしまっていた。それは時間にしては僅かの出来事だったろうけど、その一瞬を切り取る写真のように今でも詳細に脳裏に描けてしまう。

 そう、目測だけど、目安とすれば……最低、自分の使っている杖くらいはあった。

 ゴクリ、と息を呑む。

 ペンを置いて、赴くままに杖を取る。自分の得物なのにまじまじと見つめる。頭の中で何か別のイメージと置き換えるように。

 やがて焦点を合わせた杖と重なって見えるくらい具体的に想像が固まってきたけど、ひとつ問題が。

 

 そういえば、お、男の人のそれはもっと膨張す(おおきくな)ると本に書いてあったし、“とんぬらさんの杖”はこれ以上に……! あわわわわっ!? …………で、でも――

 

 そう、プロトタイプの『デストロイヤー』を撃沈させた後で、あるえが訊いた。

 

『そのドラゴンになれる魔法は、とんぬらとの子供であれば継承できるものなのかい?』

 

 彼は、魅力的だ。すごく。あまりこういう言い方はしたくはないけど、言ってしまえば優良物件。紅魔族のノリと波長を合わせられるし、それであるえの突っ込んだ質問から周りも火が点いてしまったが、猫をも殺す好奇心が遺伝子に刻まれた紅魔族の中でその子種ひいては一子相伝の魔法に興味がないと言える者はいない。

 ――ならば、戸惑ってなんていられない!

 

 はしたないと思う羞恥からの躊躇いよりも、求める気持ちが上回る。他の何もが意識に入らない集中で“杖”を見入り、そして、そっと………………………………………………………………。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「……っ、あっ……はぁ……あぁ――『トントン』――んんッ………いい、よ。入って来て! とんぬらさぁんッ!」

 

「――ゆんゆん。これからの予定を話し忘れていたが、明日は俺ひとり……で…………」

 

 ガチャと、ノックをすれば(濡れた声色ながら)名前を呼んで応じられた(ような)ので、扉を開けた。

 風呂場の覗き事件(ラッキースケベ)で、落ち着かなく相談する余裕もなかった。それでも律義なとんぬらは、床に就く前にゆんゆんに今後のことを伝えようとしたのだが、部屋に入ると、自身の杖を脚と脚の間に差し入れている少女の姿。

 眼の毒である。一気に酔いが醒めた。この時ばかりは瞬時に状況を察してしまう己の賢しさが恨めしかった。“ここ”へ送られてから、青少年の日々溢れる衝動を解消できずに持て余し気味な身としては視点が釘付けに打ち込まれかねないくらい刺激的であったが、すぐにとんぬらは顔を逸らす。

 族長にしこたま酒を飲まされて軽く注意力散漫に陥っていたとはいえ、微かに漏れ出ていた喘ぎ声に気付かなかったとは迂闊だ。とんぬらは猛省する。で、声をかけるのもはばかる事態ではあるがここで立ち止まったままではいかないので、途切れた言葉尻を引き継ぐ形で辞退の意を表明した。

 

「大丈夫、うん、大丈夫だぞ。ちゃんと理解しているとも。むしろ健全だ。だから、その、ごゆっくりどうぞ。……すまない、ゆんゆん」

 

 なるべく落ち着いた声音で、それからそっと添えるように最後に謝罪を告げて、バタン、と扉が閉じる。

 優しい彼の気遣いだったが、見られた事実は変わりなく、オーバーロードした羞恥心から感情が戻ってきたゆんゆんはその黒歴史(こと)を理解して、

 

「見られ、ちゃった……うん、見られた。ばっちり見られちゃった。……――うわああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」

 

 ひょっとしたら里中に響き渡ったんじゃないかと思える一人娘の絶叫に、酔い潰れた主人は置いておいて、母親がゆんゆんの部屋へ駆け付けたのだが、そこは配慮したとんぬらが止めておいた。

 『今はそっとしておいてあげてください。俺が何かあれば面倒を見ますから、一晩は落ち着く時間をください。今のゆんゆんを俺以外に見せたくはないんです』

 と自殺するかもしれないから心配だが、黒歴史を知る者は少ない方が良い。そんな行動を起こさぬよう(ちゃんとプライバシーを侵害しない程度に一線を引いて)気を張って、物騒な物音がすればすぐに駆け付けられるよう扉の前でスタンバイするつもりだ……で、ゆんゆんの母親も『責任を取ってくれるのね?』と訊ねて、とんぬらが至極真面目に頷いて見せれば、納得してこの場を任せてくれた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 悪魔族のカリスマなスーパースターである地獄の公爵(バニル)コレクションを対価に

夢魔サキュバスから夢操作を学んだ。

 

 これのおかげで、以前、兄ちゃんに催眠学習法な応用技ができるようになったわけだが、アレの本来の目的は、脱皮の抜け殻の当悪魔から施された(ほとんどがR18指定な)予知夢をどうにか克服したいがためだ。

 本番に突入する前に目が覚めるお預け感に振り回され、それで朝起きたらしばらく顔を覆ってお隣に伝わるくらいの羞恥心を漏れ出す。ニワトリの鳴き声ではなく、悪魔の呵々大笑を目覚まし代わりになっていた。

 でも、予知夢は『毎朝悪感情(ごはん)を作ってほしい』などとのたまう地獄の公爵からの呪いじみた祝福(プレゼント)とだけあって、そう簡単に制御できるような代物ではない。

 それで、サキュバスの夢操作を覚えて、本来無意識である夢の中でも自覚さえすればある程度自意識が働けるようにし、“夢を忘れる”という取捨選択ができるように。これで毎朝快適に起床できるよう精神安定を行えるようになった(それでも隣悪魔(バニル)が言うには睡眠の最中に“お夜食”が放出されているみたいだが、覚えてないので良しとする――と自分に言い聞かせた)。

 

 ただ、完全に克服できず対処策だけで終わらすのは、悪魔の呪いから逃げたようで癪だったし(実際、最下級悪魔(サキュバス)に頼ったことを挙げられて『“小僧”にはまだ早かったな! フハハハハ!』と笑われた)、どうにか利用できる術を模索した。もはや意地である。

 

 様々な構想を巡らした結果、自分中心に働き、印象が強い出来事(もの)自動的(かって)に見せる予知夢は、抑制できるものではなかったので考えを改めた――そして、抑えられないのなら、抑えずに方向性を変えることにした。

 荒れ狂う激流の水害を利となるよう、別の場所へ流れ込む水路を設ける“治水”と同じような解決策だ。

 

 サキュバスからノウハウを学習した夢操作に、元来己が持つ特性でドラゴンとなれるようになり本格的に開花された魔法・スキルの拡大解釈による改変。これらでもって、無理に封じ込むのではなく、こちらからも法則(ルール)を差し込む。無理に大筋を変えない程度であれば可能である。

 そして、“一秒先の期間に限定し、危機感を条件(トリガー)に、覚醒時でも未来視(イメージ)を過らせる”という設定を新たに付け加えて、自己流に昇華させることに成功した。

 本来が予知夢の未来視であるので、夢見ではない予見は精度が落ちて朧げながらも、走馬灯の如く危機を報せる虫の予感くらいにはなった。

 

 ――もっとも、それでも順当な千里眼のスキルの用い方で彼女に劣ることには変わりはないわけだが。

 

 

「やるわねー、私かなり本気で魔法ってたんだけどそれ全部捌いちゃうなんて」

 

 

 ゆんゆんはあれからも部屋の中でどったんばったんと悶えて(けれど、不思議なことに彼女の両親、族長らは真夜中にあれだけうるさくしても様子を伺いには来なかった。余程信頼を託されてしまったのだろう)、しかしどれだけ騒いでも収まりがつかず、最終的についに魔法の前兆の荒ぶる魔力の波動まで感知したので部屋に突入。

 

『と、ととととととととんぬらさん!?』

 

『ゆんゆん、また勝手に部屋に入って悪いがこれ以上は看過できん。気持ちはわかるが、ここはいったん深呼吸してくれ』

 

『は、はい――すぅぅ――……はぁぁ――……』

 

『そうそう、それでいい。何も考えずに呼吸だけに集中して……気休めかもしれないが落ち着けば、いい考えが浮かんでくるはずだから』

 

『落ち着けば……』

 

『ああ、そうだ』

 

『ねぇ、とんぬらさん、魔法を撃っていい? モノの本で頭に大きな衝撃を与えれば、記憶を奪えるって――』

 

『待て。そんな物騒な考えはよそう。もっと冷静になるんだ』

 

『冷静に……――死のう、こうなったら死ぬしかないわ』

 

『待て待て。だから、物騒なのはNGだ。だいたい、こんなので自殺に走るんならさっき素っ裸を見られた俺はどうなるんだ?』

 

『そうよね、うん、そう。あははは……すごく破廉恥だけど、さっき私が見ちゃったからこれでお相子になってちょうどよくって、だから……うぅ……うぅぅうううう! やっぱ死ぬしかないぃぃ!』

 

『ああもう! ゆんゆん! 俺の目を見ろ!』

 

 と言葉による説得(ネゴシレート)は無理と判断し、喚き続けて息切れを起こしていた彼女をベットの上に押し倒して抑える。

 

『っ!?!?!?』

 

『俺がそんなにゆんゆんを幻滅しているように見えるのか?』

 

 しっかりと目を見て確認すれば、ぶんぶんとゆんゆんは首を振る。

 それで納得したのを、沈着とした声を意識して囁く。

 

『わかったな? 俺はこんな事で人を笑ったりはしない。勝手な思い込みは止してもらおうか』

 

『は、い』

 

『では、ゆんゆん、そのまま……』

 

『!』

 

『おやすみ』

 

 そして、真っ赤にした目と見つめ合い、自然、顔と顔が近づいて――しかし、雰囲気に流されて目を瞑る前に、ピカッと妖しく瞳を光らせた『催眠術』で強制的に寝落ちさせた。

 不意打つ形で全く抵抗できなかったのか、一発でゆんゆんはとろんと堕ちた。

 

 そうして、騒々しい一夜明けて。

 『昨晩は随分と激しかったんですね?』とゆんゆんの母親がにこやかに朝の挨拶の後に言われたが、そこはきっちりと『多少強引でしたが、ゆんゆんを傷つけないように済ませたので安心してください』と応えれば、『粗相をおかけするでしょうけど、これからも娘を大事にしてやってください』と腰を折って頭を下げられてしまう。慌ててそれを辞めさせて、それから、『娘さん(ゆんゆん)は起きる頃にはきっと落ち着いているでしょうが、そっとしておいてあげてください』とお願いして、それから自分(とんぬら)の顔を見ると沸点に達してしまいかねなさそうなので、当初の予定通りひとりで族長の家の外へ出て……

 

「そけっとさんも、魔法の技量が凄まじい。紅魔の里の中でも五本の指に入る『アークウィザード』という評判に偽りはないみたいだ」

 

「まあ、仕事をしないときはもっぱら修行に励んでるからね。けど、あのドラゴンになるとっておきの魔法を使わせられなかったし、守りが固いわあなた」

 

 雷撃は反射板で跳ね返し、業火は氷の防壁で威力と熱気を削いだ(さました)後で吸い込む。魔法が通じぬのなら! と魔力で肉体強化して思いっきり叩き込んだ木刀も鉄扇で捌き、けれど木刀とは逆の手から反射・吸い込み(カウンター)が間に合わぬ至近距離より紅魔族の十八番『ライト・オブ・セイバー』で斬りかかってきた。これには焦ったが、咄嗟に一工程で出せる脚での魔力放出技の『真空蹴り』を、さらに『錬金術』をドラゴンの特質から昇華させた『龍脈』スキルでもって魔力を際限なく注ぎ込んで強化。強引な力技に頼ったが、光の刃が迸るそけっとの手刀を蹴り払った。

 

 と、2:8くらいの専守防衛で徹し、そけっとのわりとマジな攻めを耐え忍ぶことができた。しかし、これができたのも経験の差があったからだ。

 初めてのそけっとに対し、こちらはもう何度となく動きを見てきているのだから。

 

「皮肉ではなく心からの賛辞ですよ。魔王の側近にいた魔法使い以上の実力……奇遇にも、そけっとさんと似たような、魔法使いなのに物理で殴ってくるタイプとの経験があるだけで、それで今回は猛攻を凌げたと言ったところです」

 

「あら、そう。何だかその人とは気が合いそうね。一度手合わせしてみたいわ」

 

 紅魔族随一の美人な見た目ではあるが、上級魔法を五月雨撃ちしながら木刀片手に切り込んでくるその姿は狂戦士である。

 趣味が鍛錬で、戦闘狂(バトルマニア)の気のあるのは、彼女の弟子としてよく知っている。里を出る前に相手してもらった時はいつも容赦なく滅多打ちに打ちのめされていただけに、こうして少し息切れしてても無事に立てていることに成長の実感を覚えなくもない。

 さて、ファイアドレイクが(経験値稼ぎの)お気に入りで、披露されたドラゴンの形態(すがた)に目を好戦的に光らせたそけっとからの『ねぇ、勝負し(やら)ない?』という誘いを受けて、どうにか無事に達成した。向こうもそれがわかっており、早速その話を切り出してくれた。

 

「それで、私に何を占ってほしいのかしら?」

 

「王都でも御用達にされる紅魔族随一の占い師に相談料を払わずにお願いするのは畏れ多いのだが」

 

「こういう占いは自分のために利益を追求しちゃうのは良くないのよ。どこかでしっぺ返しを食らっちゃうし。それに、私はお金をもらう以上に満足したわ。ドラゴンとやり合えなかったのは残念だけど」

 

「それなら遠慮なく――『ルラムーン草』……夜、暗くなると発光する植物の在処について訊ねたい」

 

「ふうん、物探しの依頼ね。わかった、いいわよ」

 

「お願いします」

 

 こちらの依頼を受領するや、取り出した水晶を掲げるそけっと。

 掌の上で転がす水晶が淡い光を放ち、それを覗き込む。猫のように、光彩の色がかすかに変わったように思える。

 どんな経緯があったかは知らないが、そけっとはあの全てを見通す仮面の悪魔の力の一端を借り受けることが認められた占い師(また、当悪魔とは違って人を揶揄わない)。その千里眼でもたらされた情報は、この『異世界転移の魔道具』にも用いられた、そして、『扉』の制作に重要になる素材の群生地への確かなヒントをくれるはず。

 と眼は水晶を覗きながら、含み笑いを浮かべるそけっとが訊いてくる。

 

「夜中に光り輝くなんて、随分とロマンチックなものじゃない。ふふっ、誰かへのプレゼントなのかしら?」

 

「何を考えているのかは知りませんが、そんなんじゃありませんよ」

 

「そう? 喜ぶと思うのに」

 

 残念、と肩を竦めるも、あっさりと引く。占い師のエチケットからか余計な詮索はしないようだ。

 ただ……

 

「……これは、占いとは別の、極めて個人的な質問ですが」

 

 そけっとは何も言わない。ただ、“どうぞ”と言葉の先を促すよう、水晶にかざしていた手をいったんこちらへ差し向ける。

 

「“人と人の良縁とやらは、どんな人でも最低一人くらいはある”、と前に話をされたことがあります」

 

「そうね。でも、未来は変えられるもの。だから、現時点で視えた相手が絶対だとは言えないけど……」

 

「つまり、その今の相手がいなくなれば、次の相手を見つけるのか?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 これは、思わぬ問いかけだったのか。そけっとは水晶から目を離した。そして、こちらの声音より、真剣の度合いを察した彼女は、言葉を選ぶように間を置いてから答えてくれた。

 

「……一概には言えないけど、まあ、普通はそうなるんじゃない?」

 

 仮面の奥を見る。だが、その透き通った瞳を覗き込んでも、占い師は水晶玉のようにその心情を推し量ることはできない。

 とんぬらは、透徹とした眼差しのまま、感想を零す。

 

「それは、良かった。安心できた」

 

 自重する、あるいは、自嘲するような、勝手に自己完結した言霊。

 この吐露を拾い、占い師は眉を顰める。そんな性格をしているわけでもないのに、無性に説教をしたくなる。

 

「残念だけど、私の占いの精度は絶対じゃない。天気で曇りと占っても5分ほどにわか雨が降ったことがあるし」

 

 やたらガードの固い若造へとため息交じりに一言、助言(もんく)を投げてやった。

 

空模様(みらい)なんてころころ変わるもの。特に恋する乙女の手に掛かればね。安心するのはまだ早いんじゃない?」

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 ルラムーン草:ドラクエに登場するアイテム。夜になると光る性質がある。ドラクエⅤで、『ルーラ』を教えてくれる魔法研究者のおじいさんから要求されるもの。ちなみにこのおじいさんは、後で『パルプンテ』も教えてくれる(ドラクエⅤでは、『ルーラ』も『パルプンテ』も失われた古代呪文という設定)。

 ドラクエⅩでは、『メガルーラストーン』(特殊な転移アイテム)に必要。草を燃やした煙で燻されることで力を発揮させる。

 ドラクエ漫画ダイの大冒険では、合流呪文『リリルーラ』(場所ではなく、個人を登録先にする転移魔法)を使う触媒に用いられる。異空間でもこれを目印に空間跳躍が可能。


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