この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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14話

 あれから一週間が経った……

 

「ほっ――! はっ――! ハッスルハッスルッ――!」

 

『ハッスルハッスルッ――!』

 

 早朝。教会前の広場で、怪しげな踊りを披露する彼がいた。

 アクシズ教徒は怪しげな踊りで崇拝する女神アクアに『今日も一日健やかに暮らせますように』と祈りを捧げる。

 それに彼はどうやらアレンジを加えているようで、踊りで皆を元気にする宴会芸スキルを取り入れていて、でそれがなんか好感触なのか、今ではこの早朝に他のアクシズ教徒や僧侶たちも一緒に朝のラジオ体操のようなノリで彼の動きを手本に真似ている。紅魔族の学校で男子首席である『アークウィザード』のはずのとんぬらは、一躍『体操のお兄さん(マスクマン)』としてこの『アルカンレティア』で名を馳せていた。

 

「そうれっ――! 最後にもう一度! ハッスルハッスルッ――! ハッスルハッスルッ――!」

 

『ハッスルハッスルッ――! ハッスルハッスルッ――!』

 

 踊り終わり、いえー! と両手をあげ、そして、拍手が送られるとんぬら。

 これでアクシズ教徒は、今日も元気に――アクシズ教への宗教勧誘とエリス教との宗教闘争に励むだろう。

 

 “アクシズ教徒の成功例”として勝手に広告塔にされていたのに文句を言いに行ったんじゃなかったっけ……?

 

 思うところは色々とあるものの、いい汗を掻いて、爽やか度が五割り増しくらいしてるとんぬらに『ぬら様ー! 今日も最高ー! こっちむいてー!』と女性信者から声援を集めてるところを割って入るようにゆんゆんはタオルを差し出した。

 

「とんぬら、はい」

 

「ああ、ありがとうゆんゆん」

 

 タオルを受け取り、汗を拭く、運動部のエースとマネージャーな雰囲気の中、とんぬらにゆんゆんは訊ねる。

 

「それで、これからどうするの?」

 

「いつも通り風呂掃除だな。ついでに汗も流しておきたいし」

 

 教会の裏手には、教団が雇った腕利きの魔法使いの炸裂魔法で湯船を造った岩風呂がある。ラジオ体操をしたとんぬらは、そのあとに風呂掃除をするのが日課だ。

 

「じゃあ、そのあとは?」

 

「朝食をいただいたら、今日は一日おきに当番ってことになってる源泉掃除だ。あ、本部裏手の山に入るのは管理人から許可を取った人でないとダメだし、モンスターも出るからゆんゆんは自由にしてていいぞ」

 

「じゃあ、そのあとは?」

 

「源泉掃除が終わったら、温泉街の方の風呂掃除だな。今日お願いされてるのは……」

 

「ゼスタって人に相談は……?」

 

 水と温泉の都に訪れた理由は、風呂掃除ではない。

 彼の具合を超一流の『アークプリースト』に視てもらうためだ。半年間、生活に支障をきたすことがなかったけど、詳細がわからないものを放置していいはずがない。

 でも、半年前に話し合って決めた趣旨から外れているというのに、とんぬらは呑気で、

 

「そう簡単に捕まらないよ。『アルカンレティア』の路地を隅から隅まで舐め尽してるような人だから。逃げる変態師匠を追いかけるのは徒労にしかならないし、一日を無駄にしてしまう」

 

「で、でも、アクシズ教団の最高責任者なんでしょ? じゃあ、懺悔室で待ってれば会えるんじゃないかしら?」

 

「いや、懺悔には専属の人がいるから」

 

「じゃ、じゃあ、教団の経理とか管理に執務室で」

 

「それは全部秘書の人がやってる。教会に運び込まれた怪我人に、治癒魔法を施すのも専属の人がやるし。道行く人に教義を説くこともあるが、くだらない話しかしない」

 

「……なら、その人、何やってる人なの?」

 

「街中をウロウロとしてる暇人だ、あれだ。紅魔の里の『対魔王軍遊撃部隊(レッドアイ・デットスレイヤー)』と同じ」

 

 つまり、アクシズ教団の代表は、いてもいなくても変わらない人だと。

 ゆんゆんは半年間修行に付き合ってくれたぶっころりーたちの顔が思い浮かぶが、余計に頭が痛くなった。

 

「それから、次期最高司祭だし、次期族長のゆんゆんと同じでもあるな」

 

「やめてっ! あの人と一緒にするのだけは絶対にやめてっ!」

 

 本当にアクシズ教団は大丈夫なのか?

 それに自分たちはこのままでいいのか?

 

「どうすんのよ! 『アルカンレティア』に来たのに話聞いてもらえないってどうすんのよとんぬら!」

 

「それは俺も困ってるよ。でもな、自由奔放なアクシズ教団の頭は、嫌なものは絶対にやらん。強制は無理だ。修練を積んで、なにかしら『アークプリースト』として変態師匠に認められるようなことをしないと相談の席にも就けない」

 

「とんぬらは、『アークウィザード』でしょ?」

 

「そうだな。……まあ、資質はあるんだし、転職すれば『アークプリースト』になれるだろうけど、それじゃあ奇跡魔法を究めるのは諦めないといけないからな」

 

 そもそも魔法使いに僧侶職の修練を積ませる時点でおかしいが、アクシズ教団とやらの修練がちっともゆんゆんにはわからない。各々自由に、自身が思う形で女神アクアへ信仰を送るのがアクシズ教団のやり方というのだが、とんぬらは特に祈りを捧げることもないし、やってることは体操と水回りの掃除ばかりである。ゆんゆんも最初手伝おうとしたのだが、濡れるし、これは修練だから人の助けを借りるのはいけないと断られた。

 

「教会の宿舎を貸してもらってるわけだしな。働くこと自体に文句はない。あとちょっとで何かが掴めそうな気がするんだけどな」

 

 食事と宿を用意してもらってるのは、ゆんゆんも感謝してるし、勧誘はしないが表の掃き掃除や料理の支度、訪れた怪我人の案内お世話とかはやらせてもらってる。

 でもこれは、魔法使いのするような、いいや、冒険者のするようなことじゃないと思う。

 

「踊りばっかして……とんぬらは何になるつもりなのよ」

 

「魔法使いと僧侶を兼ね備える賢者、それから踊りと遊びで人を魅了するスーパースターを修めると、天地雷鳴士と呼ばれる『アークウィザード』の上の超級魔法使いに至れる。と勇者のご先祖様の『悟りの書』に記されていた」

 

「……とんぬら、アクシズ教に染まってないよね? 『アクシズ教徒はやればできる。できる子たちなのだから、うまくいかなくてもそれはあなたのせいじゃない。うまくいかないのは世間が悪い』や、『自分を抑えて真面目に生きても、頑張らないまま楽に生きても、明日は何が起こるかわからない。なら、わからない明日のことより、確かな今を楽に生きなさい』だとか言い出さないよね?」

 

「失礼な。俺は猫耳神社の神主代行だぞ。修練に参加しても魂を売ったりはしない。……実は、アクシズ教徒らに猫耳の素晴らしさを広め、猫耳バンドを普及したりして、まさしく獅子身中の虫の如く、内側からアクシズ教徒を猫耳神社の信者へとクリーンに改革しようかとしてるんだが。これがなかなかうまくいっててな」

 

「ああ、もうダメ。そうよ、もうとんぬらはとっくに手遅れで……ああ」

 

「おい、そこで何で頭を抱える!? なんでそんな残念な目で俺を見るんだゆんゆん!?」

 

 この世の終わりだと言わんばかりの悲鳴を上げて、頭を抱えてしゃがみこんでしまうゆんゆんに、片目を瞑りながらとんぬらはぽんと頭に手を乗せ、

 

「すまないが今日も俺は付き合えない。ゆんゆんは、めぐみんを捜しに行ったらどうだ? そろそろバイトが全滅して、腹空かせて彷徨ってるころだろう」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「もう……めぐみんはどこにいるのよ……」

 

 とんぬらに言われた通りに捜しに行ったゆんゆんだが、全然見つからず。

 何でもアクシズ教団の男性信者は、この街の条例で子供たちに近づくことが禁止されている。……本当に一体何をやらかしたのか。

 なので、『お金が欲しいから体を売る』などといった心配はしていないのだが、短気で喧嘩っ早い性格に、ここ一週間は我慢してるようだが不採用のたびに爆裂魔法をぶっ放していたことを知ってる者としては、めぐみんが何かやらかしたんじゃないかと思うのは無理はなく、段々と心配になってくる。

 

 ふと、ゆんゆんは視線を感じた。

 

「え……あのひと……私を、見てる……?」

 

 長い独り身生活だったゆんゆんは未だぼっちセンスが抜け切らず、視線に敏感である。

 こちらの気にし過ぎかもしれないが、路地裏からこちらを窺ってるような男が視界の端に。

 背が高くガタイも良い、茶髪を短く切り揃えてる男が、じっと見ている。

 アクシズ教団だったら様子見なんてせずに勧誘一直線だろうし、そもそも男性信者はゆんゆんには近づけないことになってる。

 

 何だろう……眼がギラついてて、怖い……

 

 視線に肌を撫でられたかのように、ゆんゆんが身をよじった、そのとき、

 

 

「やあ、ゆんゆんさん、でしたかな」

 

 

 レアモンスターみたいに簡単に捕まえられないと言っていた人物に声をかけられた。

 でも、三度美味しいカモネギのように全然嬉しくない。

 

「あ……」

 

 感じていた視線の圧がふっと消え、思わずそちらをちらと見れば、男はいなくなっていた。

 

「どうかしたのですか?」

 

「いえ、何でも……」

 

「でしたら、ちょっとお茶でもしませんか? ちょうどあそこにアクシズ教団系列の喫茶店があるんですよ」

 

「結構です」

 

 ちょっと棘のある声を出してしまう。

 とんぬらに修練をするようにと言い渡しておいてから、この人は何もしてないし、してくれない。かといって、代表として忙しいのかと思えばそうではなく、こんな時間からぶらついてる。

 

「おお……良いですね。可愛らしいお嬢さんに蔑まれる目でこんなにも見つめられるなんてご褒美です……ありがとうございます」

 

 睨んでるのに嬉し気で、お礼まで言ってくる中年男性と関わりたくないが、こんな機会は滅多にないかもしれないのでゆんゆんは訊ねた。

 

「……気になってたんですが、あなたは、とんぬらとどんな関係なんですか?」

 

「もちろん師弟関係です。彼がこんなにも小っちゃかったころ、この街で私が面倒を見た……とても親密な関係を築き、師ではなくもうひとりの親と言っても過言ではないですな」

 

 とんぬらは、そのあなたの教団を将来潰すと言ってましたよ。

 

「それなら、どうしてとんぬらの話を聞いてくれないんですかっ! 彼は今は、全然平気そうですけど……今後何があるかわからないんですよっ! なのに、魔法使いに僧侶をやれなんて、意地悪なことを……っ!」

 

 訴えるゆんゆんに、ゼスタは好々爺とした笑みを崩すこともなく、

 

「それはあの馬鹿弟子が、私以外の師匠を持ったからです。特に資質のある直弟子でしたからな、この『アルカンレティア』から離れた後も動向は気にしていたのですが……まったくこの私という素晴らしい師がいながら。ぐぬぬ」

 

「とんぬら、里では私達の里一番美人なお姉さんを師匠と言って、一緒に修行してましたよ」

 

「是非、同じ師匠同士お近づきしたいですな!」

 

 鼻息荒くお願いされた。

 

「いえいえ。別に私以外の師がいても良いんですよ。ですが、リッチーに寝取られるとか、アクシズ教徒としてありえません。あんな腐ったミカンみたいな連中と付き合うから、非行に走るグレた子になってしまったのか」

 

 多分、ぐれたとすればこの人が原因だと思う。

 

「でも、とんぬらが話してくれたその師匠、リッチーですけどすごく良い人ですよ。リッチーになったのも大事な人を守るためで、それにダンジョンですごく助けてくれたって。だから、そんな」

 

「そのリッチーから教えてもらった魔法でああなってる、と」

 

 その指摘にゆんゆんは言葉が詰まる。ゼスタはやや斜め上に顔を上げて、顎を撫でながら、昔を思い返すように語る。

 

「実は私、最初は彼に『アークウィザード』ではなく、『アークプリースト』になってほしかったんですよ」

 

 あらゆる回復魔法と支援魔法を使いこなし、前衛に出ても問題ない強さを誇る万能職。上級魔法は強力だが、肉弾戦は苦手とする後衛専門の『アークウィザード』よりは、そちらの方がとんぬらに向いていたと言われても、否定の言葉は出ない。むしろ納得してしまうところである。

 

「紅魔族ですからご在知でしょうが、元来、『プリースト』適性のある人はあまり多くない。ですが、あの馬鹿弟子は、最初からその上位職である『アークプリースト』になれるだけの潜在能力(ポテンシャル)を秘めていた。あれを真っ当に伸ばせれば、きっと今頃、『アルカンレティア』で私に次ぐ『アークプリースト』となれたでしょうに」

 

 戦闘で重傷したものを癒し、命を落としてしまったものを蘇生する。それは、魔法使い職よりも人の世のためになるだろう。才能を無駄遣いしてると言われてもしょうがないかもしれない。

 

「でも、とんぬらには、奇跡魔法を究めるって夢があるんです!」

 

 少年の夢を聞いた少女は、真っ直ぐに目を逸らさずに言った。

 

「私のせいで、ドラゴンになって……寄り道してますけど……本当なら、上達した奇跡魔法で、そのリッチーの師匠をお嬢様のところへ成仏しに行ってたはずで……!」

 

「……なるほど、入信書を持ち出せば必ず釣れるとは思ってましたが、それから反抗期な馬鹿弟子が大人しく修練を積んでいたのはそういうことですか。なるほどなるほど」

 

 妙に納得したように頷くと、ゼスタは目を細め、

 

「それで、お嬢さんは我が直弟子とどんな関係なのかな?」

 

「え、ええっと……同じ学校に通ってた……でも、男女違うから、クラスメイトじゃないし……友達、でもないし……」

 

「一緒にお風呂に入ったりしましたか?」

 

「えええっ!? そ、そんなしてませんっ! 何訊いてんですか! セクハラで訴えますよ!」

 

「はっはっは! でしたら、私の勝ちですな。直弟子とは一緒にお風呂に入り、裸の付き合いをした仲ですから!」

 

 なんだか納得いかないけど、勝ち誇るゼスタに、ゆんゆんは敗北感を覚える。

 

「どうです? この『アルカンレティア』には若い女の子にも人気な混浴温泉があるんです。この次期最高司祭お勧めの観光名所ですから、一緒にお風呂に入れず寂しいようなら行きませんか?」

 

「い、いいいい行かないわよ! とんぬらと、そんな……そんな……」

 

「いえ、馬鹿弟子とではなく、私とですが」

 

「絶対に行かない!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 アクシズ教団の本部である大教会の左隣には、『アルカンレティア』の水源にもなっている巨大な湖があり、そして教会の裏には、源泉の湧き出す山がある。

 両方ともアクシズ教団が占有していることになってるが、しかし、山には強力なモンスターが生息している。

 

 その中には、ゴブリンやコボルトといった駆け出し冒険者にとっては非常に美味しいモンスターたちの群れの傍に身を潜め、それを狩りに来た冒険者を襲う、ハンター・ハンターな初心者殺しという異名を持ったモンスターがいる。

 

 それは一言で言えば、猫科の猛獣。

 虎やライオンをも超える大きさで、全身を黒い体毛で覆われ、サーベルタイガーのような大きな牙を二本生やす。

 

 

 ――その牛ほどの巨体の初心者殺しが、食われていた。

 

 

 パルプンテ……!

 パルプンテ……!

 パルプンテ……!

 

 呪文が山にこだました。

 

「ぐぬぅ、今日もスカか」

 

 結果、向こうに気付かされるだけの始末。

 

「しかし、あれほど大きなスライムが出てくるとはな」

 

 源泉掃除を終わらせた帰り道。

 駆け出し冒険者の天敵を体内に取り込んで食している物置小屋サイズの流体生物と遭遇した。

 

「放置するのはマズい。今のうちに退治しないと手に負えなくなる。やるしかないな」

 

 とんぬらは落ち着いて鉄扇を構えた。

 

 学校に通い始めていた時点、とんぬらは駆け出し冒険者をあと少しで卒業するレベル10に達しており、卒業してから半年間、ゆんゆんに止めを譲ることが多かったものの、里の近くの高レベルモンスターを大人たちの監視下でながら、狩っていた。おかげで今は中堅冒険者ほどのレベルがあり、そして、一撃熊と打ち合えるほど、表記されるステータス以上に筋力を底上げしてくれるだけでなく、芸能をより強力なものとする仮面の力がある。

 

「ひとつ、ドラゴンにならずにどれほど高められるか、試してみるか」

 

 顔に強く押し付けるように仮面に手をやり、目を瞑る。

 大型スライムは、こちらに気付いたようだが、大物の食事に夢中で動く気配がない。

 目を閉じたままそこを動かないとんぬらの周囲へ、次々と雪精が漂い始め、徐々に加速をつけていく勢いで冷気が吹き込んでくる。気温が下がる。冷気はどこかへ吹き抜けていくということもなく、ただひたすらにとんぬらの掲げる鉄扇へと吹き込んでくる。渦巻くほどの勢いで。

 

 たった一匹で、冬を半日長くする雪精。

 一匹ではなく多数の雪精の力を、この一瞬、この空間に限定して集中させる。

 

 大型のスライムは液体の身体に霜がつき始めたところでようやく食事をやめるが、時すでに遅し。

 

「『雪月花』――!」

 

 『冬将軍』の仮面の補助を受けた渾身の涼風を浴びせられ、流体生物は凍結。

 それから、氷漬けにされ行動を停止したキングサイズのスライムは歩み寄ったとんぬらより鉄扇を叩き込まれ、砕け散った。

 

 

「そちらは終わったかね」

 

 大型のスライムを倒したところで、山の管理を任されている金髪の老人が顔を出す。そちらも近くにいたゴブリンを狩り尽したようだ。

 

「はい」

 

「しかし、この辺りのモンスターをひとりで倒すとはあれから大分成長したようだ」

 

「そういうあなたこそ、未だにひとりで初心者殺しを倒せるじゃないですか。今でも現役でいけるんじゃないんですか」

 

「ほっほ。儂はもう冒険者を引退した身じゃよ」

 

 この昔よく世話になった顔なじみは、老人ながら初心者殺しをひとりで倒せる古強者である。金髪碧眼の見た目から、ひょっとするとどこかの貴族か王族なのかもしれないが、深くは訊いたことはない。アクシズ教にも破戒僧と呼ばれる金髪碧眼の『プリースト』がいたが……

 

「ん……この鳴き声」

 

 戦闘が終わり静まり返る山の中で、微かな音をとんぬらの耳は拾った。

 

「どうしたのかね」

 

「いえ……――あ」

 

 茂み中を確かめると、モンスターの仔がいた。

 猫科モンスターで、毛玉のようなちょむすけよりは一回り大きいが子猫のように小さい。おそらく初心者殺しなのだろうが、

 

「これは珍しい。初心者殺しの変異種か?」

 

 体毛は、黒色ではなかった。

 黄色で黒のまだら模様がついてる体毛、そして、頭にはモヒカンみたいに逆立ってる赤毛。

 

「しゃあ」

 

 モンスターの中にはごくまれに通常個体とは変わった特徴を持つ変異種というのがいる。それは通常個体よりも経験値は高いが強い。でも、この初心者殺しの変異種はまだ赤ん坊だ。この高レベルモンスターがひしめく環境の中で、とてもひとりで生きられるとは思えない。

 

「スライムに食われてたモンスターが親だったのか……」

 

 冒険者としては失格かもしれないが、どうにも見捨てれない。

 管理人のおじいさんは何も言わず、とんぬらに判断を委ねてるよう。

 しばし瞑目して考え込むと、懐から保存食のビスケットを取り出し、小さく割って手のひらに乗せて赤子のモンスターに差し出す。

 それからしばらくして、匂いを嗅ぐように鼻を鳴らし、よちよちと歩いて、ビスケットにありつく。それを見て、よし、と小さく声を零し、

 

「俺が調教(ティム)しますよ。『魔物使い』じゃないですけど、これでも猫を霊獣とする猫耳神社の神主代行ですから」

 

 世の中には、竜を買う金持ち貴族もいるのだ。初心者殺しくらい十分、人間に飼える範疇に入ってるはず。

 

「儂は別に構わんが。すでに冒険者は隠居してるしの」

 

「ありがとうございます」

 

 同意を得られて、ひょいっと首後ろをつまんで、抱き上げる。猫の扱いならお手の物だ。

 それにそれなりの打算もある。この最近、あまり顔を合わせられる時間が減り、手持無沙汰でひとり何もすることなく焦りを覚え始めてる少女の気を紛らわせてくれるのにも一役買ってくれるか、という。植物のサボテンを友達していたというのだから、見た目がちょむすけと同じ子猫の赤子モンスターの相手をしてれば、少し落ち着くようになってくれるはず。

 

「よし、お前の名は……ゲレゲレだ」

 

 直感的に閃いた名前付けをしたとんぬらは、そこで老人にひとつ訊ねた。

 

「そういえば、この山ってスライムは出ましたっけ?」

 

「いや。儂は長いこと『アルカンレティア』におるが、スライムの発生は耳にしたことがない」

 

「そうですか……」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「めぐみんまでアクシズ教に入ったなんて……!?」

 

「違いますよゆんゆん! 私はただ紅魔族の高い知恵で、効率の良い勧誘方法を考案しただけです」

 

 ゼスタにまとわりつかれながらも散々探し回ったが、捜し人は、ゆんゆんがいない間に教会にいた。

 予想通りバイトが全滅して、旅費を稼ぐどころか行き倒れそうになったところをエリス教と抗戦していたアクシズ教団の女性信者に誘われたらしい。そして、一宿一飯の礼に紅魔族随一の天才の知恵を貸すと申し出たそうだ。

 

 その例一。

『これは優しそうな人狙いです。人の良さそうなのが通ったら、まず女性信者が、リンゴを入れた買い物袋を落としてわざと中身を転がします。

 そして、慌ててリンゴを拾ってるところをその優しい人が手伝ってくれますから、お礼と称して近場の喫茶店などに連れ込むわけです。そこで、世間話などをして相手の警戒を説いたところで、スタンバイしていたアクシズ教徒たちが、偶然を装って通りかかるわけですよ。後は最初の人の友人だと言い、数人でテーブルを取り囲み、脅迫説法という勧誘を……』

 

 その例二。

『これは正義感の強そうな人狙いです。まず女性信者が、悲鳴を上げて注意を惹きます。そしたら男性信者が女性信者に迫ってください。そこを、正義感の強そうな人に助けてもらうんです。後は、先ほどの同じ流れで、お礼と称して……』

 

 その例三。

『これは、できれば子供の信者にやらせた方が良いでしょう。走って通りすがりの人の前で転んで、立てないでいるところを助けてもらうんです。それでまず名前を訊いて、それから字はどう書くのと入信書を出して訊ねれば……』

 

 と見慣れた筆記で記された助言メモを見て、ゆんゆんは目を赤くした説教モードで、正座してるめぐみんに問いかける。

 

「ねぇめぐみん、こんな勧誘してもいいの?」

 

 疚しいところがあったのか、視線を逸らされる。

 

「まったく。一応私のライバルなんだから、あまり恥ずかしい真似はしないでよ」

 

「くっ。それをいうならゆんゆんはどうなんです? 紅魔族なのに普通にできる手伝いをしてただけじゃないそうですか。知恵者の紅魔族として恥ずかしくないのですか!」

 

 叱ろうとしたら逆に叱りつけられた。

 

「だいたいゆんゆんはここで何をしてるんです? わざわざとんぬらと二人きりにしてあげたんですから少しは進展したんでしょうね?」

 

「なっ!? わ、私は別に何も……旅に出たのは今度こそ上級魔法を覚えるために修行したかったから……」

 

「はぁ~~~……残念な娘ですねゆんゆん。一週間も時間があって何もなしとは」

 

「だ、だって、とんぬら、『アークプリースト』の修練で大変だから……」

 

「はぁ? ネタ魔法しか使えませんがとんぬらは『アークウィザード』でしょう。まさか『アークプリースト』に転職したんですか?」

 

「違うわよ。魔法使いのまま僧侶の修行をしてるの。踊りや水回りの仕事ばっかりだけど」

 

「ますます何してるんですか……そんな無駄なことに一週間も時間を費やす前に止めてあげなさいよゆんゆん」

 

「で、でも、とんぬら、最近、何かつかめてきたって言ってたし」

 

「ああ……とんぬら自身がパルプンテなのを失念してました」

 

 一瞬遠い目をしためぐみんだが、すぐ立ち上がると、小さくなっていくゆんゆんを見下ろして、

 

「が、それでもゆんゆんは奥手過ぎると思いますけどね」

 

「私だって……色々と、頑張って……!」

 

 いつの間にか形勢が逆転し、顔を赤らめるゆんゆんが恥ずかしそうに俯く。

 するとそこで再会した女子二人の会話をニコニコと見ていた、めぐみんを連れてきた金髪碧眼の女性信者のセシリーが、感極まった様にゆんゆんを抱きしめた。

 

「めぐみんさん、ゆんゆんさんを責めないで上げて! だって見て頂戴、この赤くなった恥じらいの顔を! ぬら様を他の娘に取られないように話しかけられる前に甲斐甲斐しくお世話を焼いたり、彼の食べる料理だけは自分で作ろうとしたり、夜中、部屋に行こうとするけど、扉の前でずっと右往左往して結局自分の部屋に戻ったり、結局、現状維持だけどゆんゆんさんなりに頑張ってたのよ! そんなゆんゆんさんを私は温かく見守ってるんだけど、ああもう、可愛いわ! なんて可愛いの!? 大丈夫、お姉ちゃんは味方だからね、気軽にセシリーお姉ちゃんって呼んでいいのよ!!」

 

「すごいですねお姉さん、これだけ人の耳があるところで乙女の秘密を暴露するなんて、ゆんゆんの目からどんどん光が失われてきてますよ。さすがの私も、ここまでの晒しはできません」

 

 形勢逆転からさらにコールド負けしてしまったように、死んだ目をして動かなくなったゆんゆんに、ついにはめぐみんは同情の眼差しを送る。

 

「ほら、私も女の武器を大盤振る舞いで毎日泣いてダダこねて引き止めようとした魔剣持ちの美少年に逃げられた挙句、エリス邪教徒に虐められた可哀そうな可憐な美人プリーストでしょ。だから、ゆんゆんさんの気持ちはとってもわかるの! 陰で恥ずかしながらも教団認定された『ハッスルダンス』を練習したり、私にこっそり混浴場の場所を尋ねたり、でも、ぬら様の前になると言えなくなっちゃうところがもう! 最高ね!」

 

「わかるのならやめてあげてください。本当、本当にゆんゆんいっぱいいっぱいな目をしてますから」

 

 セシリーの腕の中で、カラータイマーのようにゆんゆんの死んだ目が赤く点滅し始めてる。このままだと三分後にポンッといくかもしれない。

 

「ああ、心配しないでめぐみんさんも可愛いわ! 私好みの魔法少女よ! ポーズを決めて助けに来た時なんて、本当に天使みたいって、ええ、天使だったけど! 無条件で私のこと信じてくれてすっごくうれしかったわ。先週警察署の人のお世話になったばかりだけど、思わずその場でギュッと抱きしめたくなっちゃったくらい! もちろん今も! あ、もう抱きしめちゃってたわ!」

 

「私に矛先を変えるのもやめてください!」

 

 めぐみんとゆんゆんの会話に割って入ってすぐ両手に美少女で絶好調なアクシズ教徒の破戒僧。さらに今度は、めぐみんが考案した勧誘メモに目を通し終えた教団最高責任者のゼスタが乱入。

 

「とても良い。これなら面白い人材がたくさん入信してくれそうだ勧誘方法をたくさん出してくれるとは感謝しますよめぐみんさん。……それで、随分とご機嫌ですねセシリーさん。いつもの犯罪者のような笑みが、今は一段と気持ち悪いですよ」

 

「アツアツのスープを目に入れますよゼスタ様。今、私、可愛いふたりの愛を全身全霊で受けてるんですから。邪魔をするのは野暮ってもんですよ。シッシ」

 

「その幸せをお裾分けしてほしいものです。ゆんゆんさんとめぐみんさんの、抱いてるときのアレのアレな感触を事細かく教えてくれないでしょうか」

 

「もうしょうがないですねゼスタ様は! まずはゆんゆんさんの体はですね――」

 

 誰かこのブレーキの壊れたアクシズ教徒を止めて! とふたりの思いが重なったその時、教会の扉が勢い良く開けられた。

 

「――アクシズ教団最高責任者、ゼスタ殿。貴方に出頭命令が出ております、我々と共に、署までご同行してもらおうか」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「なに? あの変態師匠が外患誘致罪で警察に捕まっただと?」

 

 今日の修練を終えて、何故か頭に仔豹を乗せたとんぬらが教会へやってきたら、出迎えてくれたゆんゆんとそれにめぐみん。

 

「色々とやらかしてる人だから警察に捕まっても何ら不思議でもない日常のひとつだが。……確か、外患誘致罪は死刑だったぞ」

 

 ゆんゆんは言い難そうにしながらも、

 

「その……私たちが届けたそけっとさんの手紙に……」

 

『『アルカンレティア』の街に、やがて危機が訪れる。温泉に異変が見られたときは、湯の管理者に注意を払え。その者こそが、魔王の手の者』

 

 この予言の内容と現状が一致すると警察側は主張し、現在の湯の管理者であるゼスタが、魔族と繋がり水と温泉の都を貶めようとしている、と。

 それを聞かされ、とんぬらは思わず鼻で笑う。

 

「ふん。『悪魔殺すべし』『魔王しばくべし』を教義とするアクシズ教団、その中でも水の女神の狂信者な変態師匠が魔族と通じてるなんてありえない。魔王軍側だってお断りだろうあんなの」

 

「しかし、そけっとの占いは外れたことがありません」

 

 紅魔族随一の占い師は、的中率が99.9%と言ってもいい。

 対し、アクシズ教団随一の問題児でもある代表は、日ごろの行いがセクハラ三昧で信用度ゼロだ。

 それは警察側が占い師の予言の内容を優先するのも当然のことだ。

 

「とんぬら……その、いいの? 一応、師匠でしょ?」

 

「全然。欠片も心配してない」

 

 直弟子の反応に、予言の手紙を届けてしまったことに責任を感じた少女は乾いた笑みを漏らした。

 

「それで、どうして教会はがら空きなんだ?」

 

 とんぬらは改めて視線を巡らす。

 もう夕食時だというのに、アクシズ教徒でもない、ゆんゆんとめぐみん以外の人間がひとりもいないのだ。

 

「まさか、変態師匠捕縛の抗議に……いや、それはないか」

 

「その、選挙活動ですよ」

 

 めぐみんは語る。

 このままだとゼスタが、最高責任者の座から下りることになる。となると、新しい責任者を決める必要がある。最高責任者を決めるのはアクシズ教徒による投票だ。

 というわけで、誰も現代表の無実を晴らそうなどと考えず、いなくなった前提で先を見据えて動いていた。

 

「なるほど。すごく納得した。まあ、アクシズ教徒なら自分の欲求に素直に動いてるだろうな。相当混乱しそうだけど」

 

「いえ、とんぬら、アクシズ教徒は一丸となってあなたを御輿に担ぎ上げるようですよ」

 

「――???????」

 

 今、めぐみんが何言ったかわからなかった。

 違う言語で話したのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。そうであってくれ。

 

「すまん。……よく聞き取れなかったみたいだ、もう一度言ってくれないか?」

 

「とんぬら、ご愁傷さまです」

 

「そんな同情した眼差しを送ってくれるなめぐみん! ゆんゆんも泣きそうにならないでくれ!?」

 

 ゆんゆんはとても言えそうにない状態なので、めぐみんが伝えてくれた。

 とんぬらを最高責任者にしようとアクシズ教徒は動き出した、と。

 

「ごめん、本当意味わからない。冗談でも言っていいことと悪いことがあるってそろそろわかれ!」

 

「冗談では言えませんよ流石にこれは。私だってそれくらいの分別はつきますよ」

 

「実はその時、セシリーさんが……」

 

『ぬら様は、ゼスタ様の直弟子よ。それにアクシズ教徒の中では評判がいいし、『アルカンレティア』でも上々の人気。エリス教にも好印象みたいだし、彼が上になったら、きっと私たちも色々と動きやすくになるに違いない! 子供だけどそこは私たちが足りないところはサポートすればいいだけの話よ! 元々ゼスタ様なんていてもいなくてもやっていけるんだし! 問題ないわ! 私もぬら様が上に立ってくれたらすっごくやる気出るし、むしろ最高よ!』

 

 つまり、ここ最近、元気になる体操や水回りの掃除をボランティアでやって評判のいいとんぬらを矢面に立たせ、傀儡政治にすればいいんじゃないか? という……

 

「……………駄目だ。色々と言いたいことがあって、一度出したらとんでもなくぶちまけそうだから呑み込む。でもな。俺、まだ子供で僧侶じゃないぞ。そんなのを最高責任者にさせたら、本職の人に怒られるぞ。そうだ、エリス教の人から抗議が来ても――」

 

「ええ、早速、エリス教から祝辞が届いてます」

 

 エリス教の美人プリーストより。

 あの変態司教の直弟子とは思えないほど、まともで、“アクシズ教団の成功例”のとんぬら様に最高責任者になってもらえることを心より願っております。まだ子供で僧侶職ではないと聞いておりますが、なによりも、アクシズ教徒じゃないのが良いです。

 

「おい。アクシズ教全否定か」

 

 ついにとんぬらは頭を抱えてその場で蹲った。

 エリス教という良心もゴーサイン出しちゃってるし、アクシズ教はブレーキがぶっ壊れてる。放置すれば、あれよあれよという間にトップに据えられるだろう。

 

「こうなったら何が何でも変態師匠を釈放させてやらないと! くっ! 俺が変態師匠のために動かないとならないなんて……屈辱だ! この――」

 

 アクシズ教ぶっ潰す!

 

 

 ♢♢♢

 

 

 水と温泉の都は、神出鬼没でアクシズ教の連中が目を光らせてる。

 折角の獲物を見つけたのに、すぐにあの狂信者共の勧誘に引っかかって、近づけなかった。

 特に、あのアクシズ教の代表が気まぐれ過ぎて邪魔だ。行動が読めん。

 

 それでも一度ターゲットにした相手を諦められない。何よりアクシズ教を理由にするのは絶対に許せない。

 

 ……あの憎き代表が、警察に連行されているのを目撃した。

 チャンスだ。やっとあの人間(エサ)が食える!

 

「しかし、仮にもアクシズ教団の最高責任者だろ? 一体何をして……」

 

 事情が気になり、また作戦に利用できないものかと魔王軍と繋がっていると嫌疑がかけられてる代表を調べ、そして知った。

 

『街中の温泉をところてんスライムに変えるという破壊工作は、間違いなく魔王軍の仕業だ』という供述が……

 

「どういう事だ!? はあ!? まだ何もしてねぇし、そんな頭の悪い破壊工作なんてするはずねぇだろ! くそ――」

 

 アクシズ教ぶっ潰す!


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