この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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週間予定のつもりだったのに、一日遅れで申し訳ない!

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内容を一部改稿しました。それから138話に加筆しています。


145話

(数を増やしてくれたのは厄介極まりないが、同時に紛れ易くもなった。怪しまれずに、奪われた装備を無事に回収することができたし……まあ、今の身体じゃ満足には扱えないだろうが)

 

 仲間を守る。相手の(とう)を落とす。

 両方しなければならないのは大変だ。だが如何に万難を排そうが万策が尽きたわけじゃない。この短時間でできる限りの手は打たせてもらった。

 が計算し切れない――何よりも運頼みとなってしまう――不安要素は、この(ちいさ)くなった状態(からだ)

 

 状況の打開と並列して原因を考え、それで、この外れた『仮面』が“己の片割れ”であることに気付いた。

 これはおそらく、同列に語るのは不遜であろうが、『怠惰と暴虐を司る女神』ウォルバク様と同じではないだろうか。

 どのような過去や事情があったのかは知らないが、彼の女神様は、『怠惰』と『暴虐』、神と獣に別れて、力が二分されていた。

 あの魔王の娘は、“魔獣を使役する”という魔導石を使ってきたが、それを己の『人間』としての部分が抗い、だが、()()()()()部分が引っ張られて――結果、『仮面』が(はが)れてしまった、と。

 ……確か、めぐみん、それにホーストが語ってくれた話によれば、今はほとんど子猫と変わらない『暴虐』の半身(ちょむすけ)は、かつては『初心者殺し』以上に大きく、爆裂魔法でもなければ弱らせられないような凶暴極まる獣であった。ゼル帝(ひよこ)に負ける今の子猫な形態はそんな全盛期にはほど遠い。力というのは単純に二分されるというわけではないのだろう。子供になってしまったのもちょむすけと同じだと考えれば推理も落ち着いたところに収まるのではないのだろうか。

 で、心当たりが思いついたとはいえ、今すぐに“二つに分かれたものを一つに戻す”やり方まで見当つく訳ではないのだが。

 ある程度まとまったところで考察する並列思考を打ち切り、現状打破に集中する。

 

 

「鬼ごっこはここまでだ紅魔族!」

 

 

 視界の先には、ついに追い詰められた皆の姿が。初級魔法しか使えない状態で、精鋭の魔族に凶暴な魔獣を相手にしてきた彼らは息も絶え絶えで、膝をつくものまでいる。魔王軍側からでも余裕がないのは見て取れたのだろう。

 今や紅魔族は狼に追い立てられる羊のように一ヵ所に集めさせて、完全に包囲された。いつでもまとめて処せる状況にあるのだ。

 

(……まず、どうにかして皆の元へ合流する)

 

 逸る気を抑えて、一呼吸一呼吸さえ慎重に。気を抜けば急く脚を御そうと、一歩一歩爪先で地面を踏み締める。魔王の娘が従属した魔獣は全て勝手な行いはしない。ここで突出した行為をして怪しまれれば、一巻の終わり。見つかり、人質として意味をなさなくなったとなれば、里の皆をああも生かしておく必要がなくなるのだ。

 だから、ギリギリまで、駆け出すのを堪える。

 チャンスが到来するまで……

 

 

「――我が名はゆんゆん。雷鳴轟く者にして、魔導大国『ノイズ』の改造被検体紅魔族なる者」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 森の奥から堂々と独りでやってきた、黒髪黒目の少女。不気味に爛々と目を紅く光らせて、恥ずかしげもなく淡々と名乗り上げた彼女は、紅魔族の次期族長。

 

 ……あー……まったく……ここで来てはダメじゃないか、娘よ……。

 さっきの台詞から察してくれないものかな……とんぬら君と二人で逃げてくれれば、それでいい。希望を託すことができるって……。

 

 族長になるのだというのに、紅魔族的な言い回しやその読解が苦手である娘である。しかしその辺りはとんぬら君が諭してくれても良かったんじゃないかなあ。

 ……ん? そういえば、独り……とんぬら君の姿がどこにも……

 

 族長が訝しんだ点は、魔王の娘も気づいた。

 

「来たか、雷鳴轟く者! 自ら死に来るとは潔い。それで、ダーリンはどこにいる?」

 

 稚児となった以上、戦闘には参加できない。故に、ここへは連れてこなかった。あの変異種の豹獣(ゲレゲレ)奇怪な魔導ゴーレム(もぐにんにん)もいないのを見るに、奴らを護衛として逃がしたのか。

 この自殺志願も同然な行いを冷静に見定める魔王の娘に、

 

「リア充……ダーリンは、ここにはいない。――監禁、した」

 

「そうか。戦闘についていけないと判断して置いてきたのか。しかし、妾はダーリンも連れて…………ん? 監禁?」

 

「そう、監禁。もう誰にも奪われないように、もう私だけにしか触れないように、監禁しました」

 

「なん、だと……」

 

 淡々と語るゆんゆんに、言葉を無くす魔王の娘。

 “監禁”とは穏やかではないワードを平然と言えるはずがない。これはこちらを誤魔化すために過剰に盛っているのだ。そうに決まっている。

 ちらり、と魔王の娘は、雷鳴轟く者(ゆんゆん)を良く知る紅魔族の方へ視線を振る。彼らは、動揺していた。しかし、それは魔王の娘はそうであれと望んでいた反応とは違っていた。

 

「くっ、親としてフォローしたいけど……! 娘ならやりかねない!」

「ピュアゆんは、ピュアピュア過ぎて、監禁ルートに入っちゃったかー」

「あはは、尻に敷かれているなぁ……とんぬら、強く生きろ……!」

 

 え? 今の発言に誰も冗談とか思ってないんだけど。ブラフとかハッタリとかじゃなくて、この娘、本当に監禁とかやっちゃうとか思われてるの? そんなに頭のアブない人間だったの!?

 思わず、魔王の娘は確認してしまう。

 

「貴様、本気か?」

 

「また目の前でイチャイチャされるようなら――リア充(ダーリン)は、爆発する。それが私の使命です」

 

 抑揚のない声は、事実を述べているもののようにしか聴こえない。つまりは、本気だ。

 ヤバいなこの紅魔族。あんな屠殺場で作業的に家畜を処理するような目で、“使命”って言い切るなんて、相当キてるぞ。

 

「最初からそのつもりであったが……ダーリンを捕らえる前にまずは貴様を屠った方が良さそうだな、雷鳴轟く者よ!」

 

 

 『やれ』と短い合図にいの一番に飛び出したのは、武装した牛頭魔人ミノタウロス。猪突猛進。鼻息荒く、頭角を前に突き出すように全力疾走。こちらに掌を向けるポーズを取る少女へ、真っ直ぐに最短距離で一気に一撃を叩き込もうとし――

 

「――魔獣確認。爆殺処理をジッコウします――」

 

 爆発。鎧を装備した巨体が、吹き飛んだ。

 

 

「敵数確認。単騎での撃破はキャパシティオーバーと判断、改造計画に支障をきたす障害除去に応援を求む。統率機体の権限で、現地に派遣された機体へ緊急集合を呼びかけます」

 

 紅魔族の少女が、一撃でモンスターを撃破した強力な魔法に、一瞬、場の空気が固まった。

 

「え? 今の魔法? って爆発属性?」

「爆発と言えばめぐみんだけど、あれってゆんゆんだよな?」

「ハッ! めぐみんの魂がゆんゆんに乗り移ったとか!?」

 

 ざわめく紅魔族。彼らにとっても予期せぬ事態。しかし、この瞬間に魔王の娘は“もしや”と勘付く。コイツは、おそらく、違う。化けの皮を被った別物だ。――そう、先程遭遇してモンスターを屠ってくれた――

 

「『ファイアシールド』! そして、『ボディプロテクション』!」

 

 魔王の娘は叫び、素早く複雑な印を結んで、全体に支援を施す。

 

 かつて魔王は、駆け出し冒険者の街へ調査に赴いた魔王軍幹部『デュラハン』の不死軍団に女神の神聖魔法にすら耐えるほどの対浄化の加護を与えた。

 

 それと同じことができるだけの力がこの次代を担う後継者にはある。

 この次期魔王が唱えたと同時、魔王軍が淡い膜に覆われた。炎への耐性力を上げる『ファイアシールド』と物理防御を高める『プロテクション』――これであの爆発系の攻撃に対抗する。

 

「オオオオオオーッ!!」

「姫からのご加護がある限り、俺達は無敵だ!」

「何してくるかわからない紅魔族だろうが恐れるものか!」

 

 揺らぎかけた士気を立て直し、発奮させる。自分たちの背後には、魔王様より多くの力を引き継ぎ、既に単純な戦闘能力ならば今代をも上回ると言われる女帝がいるのだ。恐れるものなどありはしない。

 

 魔王軍の精鋭部隊に、魔王の娘が使役する百体もの魔獣。数も質も雑魚ではない。本格的に一戦を交えたいのなら、王族が率いる王国軍がその倍の数が必要となることだろう。如何に強力な爆発魔法クラスの一撃が打ち込めたところで、単騎駆けなど無茶無謀。

 群としても個としても圧倒的な次期魔王率いる軍団。

 

 ――だから、“号令”をかけた。

 

 森から紅魔の里へ、あるはずのない援軍が来た。

 

 ドドドドドドドドド――ッ!! と地響きを立てて、電波を受信した者たちが駆け付ける。

 それは、鈍く輝く鋼色の機影。今包囲されている紅魔族と同数程の機体が飛び出してきた。

 

「アレは……っ、森の守り神! 我々紅魔族の守護者!」

 

 それは紅魔の里を守護してきた魔導ゴーレム。

 普段は高レベルモンスターが跋扈する森の奥地に生息し、その戦闘力は、防御にポイントを全振りした『クルセイダー』の鎧防具を凹ませてしまえるほど凄まじい。如何に魔王軍の精鋭部隊と言えども、彼の女騎士(ダクネス)よりも硬い自信がなければ一撃で片付いてしまうだろう。耐久面も紅魔族の上級魔法でも一撃で倒し切れないほどで、ちょっとやそっとじゃ止められない重装歩兵の軍団。

 その魔導ゴーレム・メタルハンターが数十機、ゆんゆんを中心として、一糸乱れぬ陣形に統率。そして、突撃――

 

 毒々しい吐息を鋭い牙の隙間から漏らす、首が三つに分かれた魔犬『ケルベロス』。ゆんゆんが次の照準(ねらい)に定めた苛烈な援護爆撃から、果敢に三機同時攻撃を仕掛ける。

 魔王の娘より支援を受けた『ケルベロス』は、『ミノタウロス』を屠った爆発に耐え、頭を振って煙幕を振り払う。そこへ地獄の番犬の大気を澱ませる濃密な瘴気に怯まず迫るメタルハンター。

 三つ並んだ頭に向かってそれぞれ武器を振りかざして、兜割り――する前に、闘志を剥き出しにする魔獣は先に躍りかかり、三つの牙を魔導金属のボディに牙を食い込ませて、引き千切る。鋼鉄をも噛み砕いてしまう、強靭な顎の力。魔王の娘が使役する中でも上位の戦闘力を有する魔犬は一息に三機を撃破して――爆発された。

 

 かつて、強化モンスター開発局局長の魔改造により反乱を起こした守護者たちには、撃破されると同時に動力部を炸裂させる自爆機能が備わっている。

 

 魔王の娘より耐性・防御力を底上げされていようとも、口の中で爆発されてはひとたまりもない。

 どう、と巨体が地面に倒れる。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 自爆だと……!?

 あの“影武者(ゆんゆん)”に可能ならば他の機体へ応援を呼んでくれるようにと依頼したが、ああまで躊躇なく捨て駒となるか。『紅魔族を観察し、保護する』という遠い昔に滅んだ亡国『ノイズ』の使命を必ず果たすために、我が身の犠牲すら厭わず最善手を打つ。そこまでしなくても、と感情面がこの光景に悲痛な声を出すも、冷静に状況を精査すれば、成果は上々。無視できず、かといってこれで迂闊に手が出しにくくなった。撃破するのに相当手間取ることだろう。

 

(しかし。何だろうあの絡繰り(ロボット)は。以前、遺跡で発見したのはドSな女王様系だったが、これもまたキワモノっぽい。“ゆんゆん”の真似をして注意を引き付けてくれるようにと頼んだはずなのに、監禁ヤンデレ系な台詞を口に出すし……それを受け入れてしまっている周囲の反応から何も言えないし、正直、今、“隣”を見るのもあれなんだが……製作者の趣味が反映されていると思われるが、どんな性格や言語録をインプットしているんだ?)

 

 とにかく、そんな余計なことを考えてないで、これ以上の犠牲を強いてしまう前に、こちらも動こうか。

 

 変身魔法(モシャス)に、さらに芸達者になる支援魔法(ヴァーサタイル・エンターテイナー)で仕立てた“影武者”――『爆殺魔人もぐにんにん』。他者の力ではあるが、忍者らしく変化して、場をかく乱させる。

 ここまでは果たされている。

 そして、自分たちはこの好機に合流を果たす――!

 

『今だ!』

 

 鋼機軍団の神風特攻を魔王軍が警戒態勢を取り、その隙に、包囲網を抜ける三匹の魔獣。

 場は混乱としており、勝手に包囲から飛び出しても咎める者の反応は一手遅れる。そこに一足先に辿り着く。

 

「『モシャス』、解除」

 

 モンスターに猛然と迫られて、ぎょっと身構えた族長たちだったが、それが間近まで来たところで姿が変貌。燃え盛るように逆立つ(モヒカン)と豹柄の魔獣に、お祭りのお面のように頭横に仮面をつけた小さな子供、そして、今も向こうで魔王軍を相手取っている次期族長と瓜二つの――否、こちらが正真正銘の少女。

 

「あっちにゆんゆんがいて、こっちにもゆんゆん!?」

 

「皆、聞いて! 私が本物のゆんゆん! あっちで私の“影武者(かわり)”をしてるのは、『爆殺魔人もぐにんにん』なの!」

 

 ゆんゆんが早口で説明すれば、すぐに全員の目に理解の色が浮かぶ。

 モンスターに化けてここまで潜入。そして、混乱を起こした後に合流を果たす。それがここまでの流れ。

 

「なるほど。しかし、それでゆんゆんの隣にいる子供……どことなくとんぬら君と似てるような……――はっ! まさか……いや、やはり、とんぬら君との子供がいたのか!」

 

「お父さん、落ち着いて! 話せば色々と長くなるし、こっちも良く把握していないんだけど、この子供はとんぬらだから! レックスじゃないから!」

 

 やっぱり注目を浴びることになってしまうとんぬら稚児バージョン。正体が激しく気になって荒ぶりかける族長をすかさず娘が宥める。その際にちらりとゆんゆんが問題発言したが、今は突っ込まないでほしい。そんな余裕はない。紹介もそこそこにとんぬらが主導権を取らせてもらう。

 

「ゆんゆんの言う通り俺はとんぬらだ。ちょっと信じられないかもしれないが子供になった」

 

「頭は大人、体は子供、と言う展開かい?」

 

「ああ、あるえの考えていることで大体あってる。それで俺達がここに来たのは単純に皆を救助するためじゃない。残念ながらそんな力はない。――なので、俺達に力を貸してほしい。俺達と戦ってほしい。この戦に、勝つために」

 

 協力を求め、そして、勝利を約束した。

 本来なら、滑稽な言葉である。子供になったとんぬらは格段に衰えている。力を借りたいと頼った紅魔族の面々も戦う力などほとんど残っていないほど疲弊している。魔法が使えない魔法使いは足手纏い。そんな足手纏いがたとえ力をひとつに集ったところでたかが知れている。

 

 なのだが、劣勢に追い込まれていた彼らへ向ける、稚児の瞳は燃えていた。

 たとえ子供の姿になっていようとも、小さくなった体の、ありったけの力がその視線には込められていた。

 それがこの戯言のような台詞をけして空虚なものに聴こえさせなかった。

 

 

「――ダーリン、今、何を言った?」

 

 

 遠くより声。乱戦への対応をしながらだが、魔王の娘は逸早くそれが囮であると察知し、狙いである人質の紅魔族らへ視線を向けていた。

 注目を集めて、息を、稚児は吸い込んだ。

 力の半分が離れてしまったはずの身体が、別の何かで満たされようとしているように、思い切り、腹の奥まで深く吸い込んだ。

 そして、

 

「あんたらに勝つと言った」

 

 堂々と、とんぬらが言い放つ。

 

「く、くく!」

 

 この宣言に、高く、魔王の娘は笑った。

 

「抜かすな! 頼りにするのは上級魔法も使えぬ紅魔族で、腑抜けになって子供に成り下がった汝に一体何が……っ!」

 

 しかし、吼えた魔王の娘は絶句した。

 とんぬらの双眸から、蒼い光が染み出していたのだ。

 最初に(まみ)えた時の半分以下の光量。

 だが、その淡い眼光は、もうひとつの半身を呼び覚ます。“力”と共に離れた仮面が仄かに、共鳴するかのように、輝き始めている。

 

「……っ!」

 

 魔王の娘が、瞼を擦った。

 稚児の背中に、何か巨大な影が立っているように思えたからだ。

 

「ああ、今の俺でも諦めないでいることくらいはできる。勝機が万分の一であろうとも、決して零にはしない。俺は、俺が頼れるすべてを賭して、すべてを守る奇跡を掴む」

 

 とんぬらが言う。

 夢よりも夢のようなことを、真っ直ぐに言う。

 ああ、これは“力”だ。それ以外に何だというのだ。

 『仮面』などよりも、はたまた紅魔族が繰り出す上位の魔法などよりも、ずっと熱く激しい“力”。直接的な暴力によらない、もっと根源的なところから世界を変える力が血潮に滾っている。

 

「はは……」

 

 ぴしゃりと手で顔を押さえた族長。

 

「この子供がとんぬら君だというのはまったく疑いようがないようだ。こんな時でもどうにかしてしまえそうな気にさせてしまうんだから」

 

 眩いものに当てられたかのように目を細め、族長の声が歌うように弾む。

 ガチガチと膝が震えていた。これは疲労や恐怖による震えとは全くの別種。身体の奥底から込み上げる、どうしようもなくこの瞳の色を真紅に燃え上がらせてくれる熱情による震え。

 困ったものだと吐露しながらも、頬を綻ばせる表情は嬉し気に。そして、一同は何とも言わずに頷く。

 

「賭けようではないか。私の娘が惚れ込んでいる君の可能性にね」

 

 

 そして――

 

(分かれたが、まだ繋がっている。頼む。応じてくれ……っ!)

 

 研ぎ澄まされた集中と共に、手にしたそのサイズが合わなくなった仮面を顔に押し当てて、一心に願う。

 まるで、祈りのよう。原始に、神も知らぬ人々が両手を組み合わせたように、稚児は祈る。

 

 これを中心とし、この場の紅魔族たちを囲うようにいくつもの石が転がっている。『吸魔石』に『マナタイト結晶』など、決定的に不足する魔力分を補わんと掻き集めた逸品物の魔石。それらブースターが、とんぬらとまるで見えない糸でつながっているかのような、不思議な圧力を生み出している。やがて、空気が奔騰し、稚児に秘められし内燃機関が駆動。呼応して、魔法円に配置された魔石たちが螺旋状に踊り始める。その活発な光に照らし出されて、発せられる万華鏡の如く煌く万色の魔力。その輝きは世界を塗り替えていくほどに眩い。凄まじいがそれだけに、一手誤り暴発すれば、その内側は魔力暴走に呑まれよう。

 此度の魔法陣形は、複雑精緻に入り組ませながら僅かなズレも許さぬ、曼荼羅の如き細密画。

 

「我が才を伝えよう! 『ヴァーサタイル・ジーニアス』!

 我が術を纏わせよう! 『モシャサス』!

 そして、この素晴らしい我が血族に奇跡を! 『パルプンテ』!」

 

 ひとつの魔法がまた別の魔法と連なって幅が広がり、さらにまた別の魔法と重なることでより大きな三次元の立体形(カタチ)に積み上がっていた。互いに噛み合い、組み合い、混ざり合う三位一体の合体魔法は、全く新たな境地へ至らせる。

 

「やらせるか! その儀式を止めろ!」

 

 この鮮烈にして洗練された、繊細な作業を邪魔せんとする魔王軍。しかし、魔導ゴーレムがそこへ割って入り壁役で蹂躙を阻む。さらに紅魔族の周囲には結界が既に敷かれている。『聖竜の守り』。

 魔法円をすっぽりと覆うよう、更に外側より四方に位置している扇、符、刀、杖――それらに宿りし、水の幻魔(カカロン)、風の幻魔、地の幻魔、火の幻魔がその身を融け合わせて、一時、百鬼夜行すら退ける絶対防護の陣形を築く。

 

 

「次期魔王よ。数多のモンスターを隷属し、支配下に置こうとも――『魔獣使い』では、ドラゴンは落とせない」

 

 

 そして、それは完成した。

 

 十人十色を象徴するかのような虹色が、世界に広がる。

 それは、とても輝かしい色だった。

 静謐で、雄大で、圧倒的で、そして、相手を輝かせるもの――スポットライトのように存在を強調するかのような背を押す後光であった。

 それぞれの輪郭へと、その色合いは染み込んでいく。そして、途轍もない魔力より変換された質量が刹那に凝縮し、人からカタチを変える。

 真紅の眼を持つ(レッドアイズ)漆黒の巨竜(ブラックドラゴン)へと。

 

 向こうが強力な持ち駒をいくつも有しているのなら、こちらの駒を昇華させてみせよう。

 紅魔族は希少素材である竜の血を素材とする『スキルアップポーション』を学校で配布されており、その因果も働いたかもしれない。上級魔法が振るえず万全には程遠い紅魔族が、一斉に――この敵地となった里で――『アークウィザード』からドラゴンへと変身する。

 そして、これだけではない。ここからさらに続けて、『ドラゴンロード』である相方が後押しする。

 

「ええ――ドラゴンだけは、魔王にだって負けられない……!」

 

 『仮面』を触媒として奇跡魔法(パルプンテ)が成就させた疑似巨竜変化(ドラゴラム)。強固な契約が結ばれてるオリジナルからの模倣によるものならば、竜の力を引き出すことができるくらいの簡易的な仮契約ならば結べよう。そして、この一瞬だけでも、結べた。彼らからの信頼を一身に預かったのだ。

 だから、やれる。

 やれない理由が、ない。

 とんぬらからのバトンタッチ。自分へと繋げた好機に、ゆんゆんは、満腔の自信を以て、詠唱する。

 

「『速度増加』、『筋力増加』、『体力増加』、『魔法抵抗力増加』、『状態異常耐性増加』、『皮膚強度増加』、『感覚器増加』、『ブレス威力増加』――!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 戦場は、一気に苛烈極まる様相となった。

 千の魔族に百の魔獣、これを竜へと変化した紅魔族が圧倒したのだ。その顎から放たれる黒炎弾(ブレス)は、上級魔法クラスの威力を有していて、禁呪に制限されない(まほうではない)。しかも耐火の防護支援があってもその耐性を貫通(むし)してくる。そして、魔獣の王たるドラゴンの膂力は、如何なる魔獣でも抑え切ることは敵わない。鎧袖一触とばかりに蹴散らされる。

 これに魔王軍は反応が遅れていた。結界内で上級魔法が使えず、また疲労困憊な紅魔族に、油断していた魔族兵はこれをまともに食らってしまう。虫の息が、竜の息に変わるなどあまりに予測がつかない。

 

(禁呪で力が二割に落とされているというのに……!)

 

 『竜言語魔法』で、『氷炎結界呪法』の制限分を補うほどの強化がこの超竜軍団にかけられている。そう、ここで『氷炎結界呪法』まで破られれば単純計算でその戦闘力は五倍にまで跳ね上がる。そうなれば勢いのままに片が付けられかねない。

 

 だが、向こうはその勢いのまま一気に押し切らねば勝てない。

 この“奇跡(ちから)”は、莫大な魔力でもって押し通した力技。紅魔族がドラゴンでいられる時間もそう長くはない。事実そうなのだ。いくら魔力を肩代わりしてくれる魔石で補填していても、全員をドラゴンに変身させる力技は、莫大な魔力の消費を強い、その代償からかとんぬらは鼻血を垂らす。それを魔王の娘は見て、己の考察が間違いではないと確信する。

 

「塔を守護せよ! 妾の禁呪を破らぬ限り、奴らに勝利はない!」

 

 紅魔族は電撃戦で双子塔の最後のひとつ『炎魔塔』を崩して本来の力を発揮できなければ魔王軍に勝てない。それで、時間切れでドラゴンから元の人間(すがた)に戻ってしまえば、『竜言語魔法』の支援は意味をなさなくなり、『氷炎結界呪法』に押し潰されることになるだろう。

 

 冷静に、状況を見定めた。

 この対応さえ間違わなければ、勝利は目前。そして、女帝の禁呪法の要所(とう)には旱魃の巨獣『砂の王』が君臨する。

 とんぬらをして正面からの攻略を断念させた、最大の障害。あまりの巨体故に、巻き込まれさせないよう、その周囲に魔族と魔獣は配置するのを控えているが、この一帯の中でも危険度は最大値である。

 この『砂の王』が『炎魔塔』の前で陣取っている限り、ドラゴンでも結界を崩壊させることはできない。

 

 『砂の王』は大型を超える桁違いの超大型。最大無比な巨体は、上級魔法クラスのブレスですら些末なこと。多少のダメージは与えられたとしても、倒すことまでは叶わない。

 そして、『砂の王』はその巨大な腕を振り回して、翼で空を羽ばたく竜たちを叩き払う。ドラゴンとなり、さらに防御力を増加されているがそれでも痛烈。

 

「無駄だ。『砂の王』を倒したければ、爆裂魔法でも繰り出してくるのだな!」

 

 爆裂魔法を修めているなんて、紅魔族の中でも随一の天才くらいなもので、そのジャイアントキラーにして、美味しいとこどりをするポイントゲッターな天災児は里にはいない。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ここで落とせれば楽な展開だったんだがな」

 

 これでも決定力が足らない。

 短期決戦にこちらは望んでおり、あまり手を拱いてもいられない。

 だから、機を逸してしまう前に、二の矢を放つ。

 

「ゲレゲレ、最後の大仕事だ。もうひと踏ん張り、頼む」

 

 これからあの『砂の王』に向かう。無理を承知する主からの依頼に了承するよう一声鳴いて、ゲレゲレは(はし)り出す。とんぬらとゆんゆんを乗せて、魔族に魔獣、それからドラゴンとロボットが入り乱れる戦場を縫うように障害を躱して駆け抜ける。

 結界で窮屈な思いを強いられたその鬱憤を晴らすかのよう、ド派手に大暴れする紅魔族(ドラゴン)のインパクトに、この一騎駆けに反応できたものは、ただひとり。

 

 眼前に灼熱の竜巻と共に空の王者が舞い降りた。

 

 

「何処へ行く? まさか、この次期魔王を無視して抜けられるとでも思うたか?」

 

 

 ――魔王からは、逃げられない。

 自然体で人間(こちら)を見下してくる魔族の女帝の重厚な威に打たれて、ゆんゆんの上半身に鳥肌が立った。それでも眼差しは逃げることなく真っ向から睨み返す彼に、ゆんゆんは強く杖を握る。その小さい拳が次期魔王へ挑まんとする彼女の意思の強さの程を物語る。

 

「『マジックゲイン』、『リフレクト』」

 

 とんぬらが即座に展開する、固定砲台。魔法の暴走を意図して引き起こす魔力強化に、魔法の威力を収束させる反射障壁で、パートナーの魔法を最大限にバックアップする。

 

「どいてっ! 『ティンダー』!」

 

 ブオッッッ!!!!!! と言う轟音が炸裂した。棍棒を思い切り振った際に生じるような、空気を押しのける轟音。杖先より発射された火炎が噴射バーナーの如く迸った。

 カメラフラッシュのような閃光の炸裂と共に容赦なく、魔王の娘に紅の矢が発射されて――しかし渾身の魔法を絶対防護があざわらう。魔王の娘を守護する魔力障壁に弾かれ、熱砂を奮い起こす空の王者の羽ばたきによって掃われた。

 

 

《――――》

 

 

 攻撃が掃われて、魔王の娘が反撃しようとしたその時、こちらを向いてる魔王の娘の背後より忍び寄る影。変化が解けて、元の機体に戻った爆殺魔人。魔獣が備える野生の感知能力にすら捉えさせぬ迅速な隠密機動で死角に回り込んでいた、忍者型ロボットは不意打ち上等で鉄拳手刀を空の王者へと突き出す。

 

「『カースド――なっ!?」

 

 暗殺を仕掛けたところで、常時展開されている魔王の娘の守りを破ることはできない。だがその守護は騎乗する魔獣まで完璧にカバーしきれるものではないはず。

 将を狙うのならまず馬を。

 岩石じみた頑健な体表をもつ『グリフィンクス』の肉の薄い脇腹を、『爆殺魔人もぐにんにん』の右腕が穿つ。大きく仰け反り、悲鳴を上げる空の王者。騎乗していた魔王の娘もこれに態勢を崩し、詠唱が中断される。

 

「また! 二度も! 妾の邪魔してくれるとは! ――許さん! 『カースド・ライトニング』!」

 

 紫電放つ最速の上級魔法。

 魔王の娘が撃った漆黒の稲妻は、魔導合金のボディを容易く貫通する。それが人体であれば心臓のある左胸部に穴。生物なら致命的な急所を――機体を活動させる(コア)を弱点でもある雷属性の魔法で撃ち抜かれた。修復不能。機能停止になるダメージを負って、尚もモノアイは瞬いた。

 

 

《――我が名は、もぐにんにん――コウマゾクの、守護者――なるモノ――》

 

 

 紅魔族と同じ瞳の色を持つ、紅魔の里の守り人は、最期まで忠実にマスターの命令を全うした。

 

 

「もぐにんにん!」

 

 自爆。五体を盛大に爆ぜ散らして、爆殺魔人は全身全霊を賭した爆撃を敢行した。至近距離からの爆炎は威力の大半を魔力障壁に遮られながらも、粉塵が女帝の視界を覆い、爆音は聴覚を麻痺させた。

 思考も後悔も闘志も、すべてが残像を引くような一瞬、

 ビリビリと全身に伝わる強烈な振動が、音の飽和した沈黙を作り出した。風を千切る衝撃波。これをとんぬらは背に受けて、立ち止まりかけた己に喝を入れ、吠えるように唱えた。

 

「『スピードゲイン』……ッ!」

 

 駿足の魔獣を更に脚力強化。

 濛々と爆発の粉塵を突っ切ったゲレゲレ。

 一飛びで数mを跳躍し、そのまま目標の土竜の体表に爪を立てて蹴る。

 重力の軛を、この刹那のみ切り離した垂直壁走り。そう、登るのではなく、駆け上がる。九十度傾いた世界で、ゲレゲレはその脚力でもって『砂の王』の身体の上を疾駆し、頭頂部を目指す。

 

 ――『砂の王』は敏感にこれに反応。

 地中に生息するこの魔獣の視神経は明暗くらいしか識別できないが、その分、肌の触覚が発達している。敏感肌な巨獣は、胸元のところまで這いずってきた豹獣を叩き落とそうとする。

 だが、遅い。

 これに、ゲレゲレは鋭く真横へ切り返して、その腕の届かぬ背後へ回り込んだ。

 

 『砂の王』が背中部に生やす葉のない木技に似た器官を足場に、あっちこっちへ跳ぶ。『砂の王』も振り払おうと身を揺するが、爪を食い込ませてしがみつく。離れ(おち)ない。しかし、そんな真似をしたところで、『砂の王』を倒せるはずもない。あの豹獣は素早いが、『砂の王』からすればあまりに小さい。ゴブリンを容易く狩れる爪は蟷螂の斧も同然で、あの程度のモンスターが噛みついたところで、『砂の王』は何の痛痒にも感じないだろう。ほとんど無視できる程度に危険度は低い。

 

「何をする気だ……?」

 

 深手を負わされて、地に屈した『グリフィンクス』から降りた魔王の娘が、最大の魔獣に挑むとんぬら達を見る。

 破れかぶれの特攻であったのなら、期待外れもいいところだが、あの者たちは自棄になったわけでも、諦めているわけでもない。確かな何かを目論んでいる。

 

 

「――ゆんゆん、頼む!」

「とんぬら! 『筋力増加』!」

 

 

 『竜言語魔法』による身体強化で、この一時、元の筋力まで持ち直させる。さらに、変身魔法(モシャス)で元の体格へ戻させて、稚児であったとんぬらは腰の得物を抜く。

 そして、鋭き紅の双眸が注視する先には――――果実がある。ひときわ大きな果実。

 

 否、それは、果実にも似た貯水器官である。

 

 

「っ! まさかあ奴ら、『水の実』を狙って!?」

 

 

 手に余るほどのサイズの『水の実』。それを駆け抜け様に両断する一刀。その玉鋼の刀身にはひとつの特性――『結界殺し』という刃先に当てるだけで魔力による結界を霧散させてしまう術式が打ち込まれている。

 一番の大物の後も、勢いのままに太刀は振るわれて、次々と斬り捨てられる『水の実』。『砂の王』がその()()()()()()()()()膨大な水を解き放たれた――

 

 指で摘まめるくらいの大きさでも搾ると貯水池(プール)一杯分の貯水量の『水の実』。手のひらサイズともなればそれは洪水にも等しい水量。

 

 それは、まるで滝であった。

 巨大な魔獣の背中から瀑布のような激流、そして、洪水の激流へと転じて、背後へ流れた――『砂の王』がその背に庇っていた、轟々と燃え盛る双子塔へと。

 

「妾の『氷炎結界呪法』が……!?」

 

 『炎魔塔』は押し寄せる怒濤に足元の基盤から削り掘られるように崩壊した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 魔王軍を絶対有利にしていた禁呪(さく)が、破れた。

 これで禁じられていた魔法は解禁され、縛られていた力も解放された。

 二割に抑え込まれていても押されていた戦況が、一気に傾く。

 単純計算で五倍もの力を発揮する紅魔族(ドラゴン)に圧倒される魔王軍。『砂の王』でさえ、複数のドラゴンに囲まれて、十字火焔弾(クロスファイア)を連発されればひとたまりもない。疑似巨竜変化がいつまで維持できるものかはわからないが、このままでは被害は甚大。

 魔王軍を立て直すには、暴れるドラゴン共を始末するか、それとも変身が解けるまで守りを固めるか――

 

 いいや、もっと手っ取り早い方法がある。

 ここで紅魔族をドラゴンに変身させ、強化するあの二人を仕留めれば、残るは疲労困憊の紅魔族のみ。狩るのは容易い。

 

 

「『砂の王』を利用して、妾の『氷炎結界呪法』を破ってくれるとは、思ってもみなかった。しかし、これで確信を得た。他のどの紅魔族などよりも、この脅威は直ちに始末しておかなければ、いずれ魔王軍に大打撃を与えることになるであろうとな」

 

 未だぎこちない動きで翼を羽ばたかせる獅身獣に乗って、魔王の娘が到来する。

 二人を乗せていたゲレゲレは、瞬間的に火事場の馬鹿力を引き起こ(リミッターをはず)させるほどの速度増強の支援魔法の反動から立って歩くこともできないほど疲弊しており、逃げられない。仲魔(ゲレゲレ)を残して敵前逃亡するという真似もできるわけがなく、とんぬらとゆんゆんは、その表情からついに余裕を消した次期魔王と相対する。

 とんぬらは魔王の娘とはこれで三度目の対峙となるが、これまでで最も重く、冷たい威圧(プレッシャー)を放っている。

 

「父上は剣技が得意とする者には剣技で、魔法を得意とする者には魔法でもって、相手に格の差を思い知らせてきた。であるのなら、妾もこの魔王の流儀に倣い思い知らせてくれよう、格の差と言うのをな! ――『カースド・インフェルノ』!」

 

 負傷した『グリフィンクス』を影に沈めるや、業火魔法を放つ。先程こちらが放った魔法と同じ属性。しかし初級魔法に対し、向こうは最上級魔法。

 それは水分どころか、空気中の成分すべてを蹂躙し、沸騰させて雪崩れ込む灼熱。炎の形状はしていても、それは炎とは非なる何かであるように、赫奕たる牙を剥く。魔王の娘の魔術は、視る者を小さな蟻になったような無力感と高揚と恐怖でもみくちゃにする中で、紅魔族の少女は杖を振るう。

 

「っ! 『ウインドカーテン』!」

 

 風が渦巻き、凝集する。

 魔法の師であるウィズに教わった、魔法の防風壁をさらに練り上げることで為す、真空の障壁。如何なる高熱でも、その熱を伝える媒介がなければ無意味だ。

 それでも空気の断層も完璧ではないのか、障壁に遮られていて徐々に気温は上昇していく。玉のような汗を滴らせるゆんゆんは、歯を食い縛りこの瀬戸際を維持するための魔力を絞り込む。

 

(強い……ッ! でも……)

 

 率いる魔獣に頼らずとも、個の戦闘能力もずば抜けている女帝。真っ当に魔法勝負をすれば十中八九ゆんゆんは自分が負けると直感的にその実力差を悟る。

 それでも、隣にとんぬらがいる。

 それだけで、どんな強敵にも立ち向かえる勇気がもらえる。望みがあると思える。

 風を障壁にしていても伝わってくる地獄のような熱にだって、微笑しながら耐えられるほどに。

 

「いいや」

 

 顔に構えた仮面の奥より、青々と輝く『竜眼』が開眼される。

 

 

「次代の魔王よ。あんたの魔法の時間は、ここで終わる」

 

 

 霞を纏う眼光が、射抜いた業火を、雲散霧消する。一時的な視力喪失と引き換えにして、『セイクリッド・ブレイクスペル』と同等の魔法打ち消しの力は、魔王の娘の最上位魔法を相殺してみせた。

 驚く魔王の娘。

 そこへ続けて、とんぬらはその魔法を行使する。

 

 

 

「『パルプンテ』――ッ!」

 

 

 ゆんゆんは知っている。

 普段は割と外れるけど、こういう大事な局面ではけして外さないことを。

 

 冷たい風が吹き出した。

 

 それは、一番最初にゆんゆんが救われた奇跡(まほう)であって、それを今の彼はさらに巧みに操る。

 『冬将軍』が顕現したかと思うほど、領域そのものを塗り替えてしまうような冷気。業火に炙られた熱気が静まり返る極低温、氷紋が大地に凍てつく魔法陣を描く。

 氷結の陣図は魔王の娘の足元にまで拡がる。

 

「なっ!」

 

 奇跡魔法は、不可能を可能に覆してしまう。

 状態異常の通じないはずの仮初の肉体を持った上位悪魔にさえ幻を見せ、この絶対防護に守護されている魔王の娘の動きを停止させた。

 

「ゆんゆん……!」

 

 魔法を破り、行動を止めて、とんぬらは彼女に託した。

 

「……大丈夫」

 

 息を吸うゆんゆん。

 まるでそれが、スイッチを入れる一息であるかのように、深く。

 そして、少女の瞳、その髪の色までも鮮やかに紅に染まる。醸成された竜の魔力を浸透させる。

 

 ドラゴンの魔力を操り、そして、ドラゴンの力をその身に宿させる。ドラゴンを支援するだけでなく、自らもドラゴンの力を借り受けられる者――それが、ドラゴン使い。

 

「これが、私の全部……!」

 

 紅の色合いがより純度を増して、深まる。

 

 紅魔族は、魔力を溜め込みがちな体質をしている。

 これは過ぎれば問題を引き起こすが、“本来ならばロスしてしまう力を漏らさない”とも見ることができる。

 力を零さずに受け入れることができる(からだ)。これを無理なく活用できる術を二人で模索した。

 『砂の王』が余分な水を蓄えるために『水の実』を作るように、彼とのパスから流れ込んでしまう魔力を、“()()族”らしく紅の色素にして溜め続けてきた。

 それを解放する。

 以前、これで暴走してしまったけど、今ならできる確信がある。

 

(前のことを身体が覚えてるし……族長になれた。ううん、皆に族長になることを認めてもらえた自分のことを、自分でも信じることができるようになれたから、もう、私の心はブレない……!)

 

 

 はらり、とリボンが解けた髪が揺れる。

 瞳だけでなく、その髪の色彩も燃え上がるように紅い。

 しかし、そんな外見の変化より、留意すべきは中身の変化。身体の外に発散するだけで烈風が吹き荒れるほどの魔力。

 魔王の娘が目を瞠った時、ゆんゆんはそちらに向けて杖を目の高さまで上げており、

 

「『カースド・ライトニングブレア』――ッ!!」

 

 かつてとんぬらと入れ替わりで家にお泊りした際に第一王女(アイリス)から教わった王家伝来の雷撃魔法(セイクリッド・ライトニングブレア)から着想を得た、ゆんゆんオリジナルの魔法。それはもはや、稲妻などと言う生易しいレベルではない。練り上げられた無数の雷撃が連なる高電圧の大瀑布に、世界は黒く染まった。

 爆裂し、破裂し、炸裂し、呑み込む。居合わせたものの総身を凄まじい轟音が叩く。鼓膜どころか全身を吹き飛ばされかねない衝撃であった。地上のありとあらゆるものを拉いで、『ドラゴンロード』ゆんゆんの喚んだ漆黒の雷火は世界を引き裂いた。

 

「っ、結界が!? これが人間個人の力だというのか!?」

 

 極大電離魔法に、指輪に込められた防護の魔力が悲鳴を上げる。

 今日の戦いで幾度となく我が身を守ってきた魔力障壁であったが、あの稲光をもう一度受ければ保たない。それ以前に、今の直撃に全身に痺れが走った。

 認めたくないが、今のゆんゆんの魔法の火力は魔王軍幹部にも匹敵する。

 さらに認め難いのはおそらく、今の一撃はトドメを刺すつもりの本命ですらない……!

 

 

 かつて『氷の魔女(ウィズ)』が実証した。

 その魔法は極まれば、数多の勇者の立ち入りを阻んできた魔王城の結界すら断ち切れるものだと。

 そして、それは、紅魔族の十八番……!

 

 

「これは、私ひとりの力じゃない! 『ライトニング・オブ・セイバー』――ッッ!!!」

 

 眼光炯々とした真紅の少女が、指揮棒(タクト)に左手薬指に嵌めた指輪を当てて走らせる。杖先より迸る光まで紅い。募らせてきたこの魔力を結集させて、雷光を束ねる剣とする。

 

(全部、この魔法に私の全部を篭める……!)

 

 祈るように、少女は奥歯を噛み締めた。

 強く。

 ただ、強く。

 祈るように、叫ぶように。

 それ以上の熱で、自分自身の心を押し上げる。

 

 紅魔族の十八番に、ゆんゆんの得意とする雷属性の性質を付与した光の刃は、ドラゴンの身丈をも凌駕するほど巨大に拡張された。

 

 思い切りゆんゆんが振り抜いた横一文字に帯電した剣風が渦を巻き、真紅の竜巻となって魔王の娘を切り刻まんとし――躱される。

 

 え……?

 手も足も痺れて動けないはずだったが、その刹那、“影”が蠢いた。

 

 契約を結んだ相手から力そのものを借り受けられるのは、ドラゴンの悟りを得たドラゴン使いだけの芸当ではない。モンスターの心を得た『魔獣使い』にも、同じような芸当はできる。

 

 影が女帝の身体を覆い、その獣性を形で表す。

 特徴的な頭巾、指に鉤爪、背に鷲の翼と獅子の尾。影が形を変えて、獣の神秘が女帝の五体の枠を拡張させる。

 戦闘前に影に沈めた鷲獅子の影を纏わせて、広げた翼でもって羽ばたく。

 真上に飛んで、ゆんゆんの魔法は、避けられた。

 

「残念であったな。奥の手と言うのは、最後に出した者が勝つのだ、紅魔族!」

 

 雷光の刃に持てる全ての力を込めた。空振りから軌道修正はできない。魔法使いであって、戦士職ではない。手足の延長線上のように剣を振るう達人でもないゆんゆんに土壇場で切り返すことはできない。外して、大振りの勢いを殺すことができずに振り回される。

 そして、その隙を逃す魔王の娘ではない。

 また一度羽ばたき、灼熱の砂嵐を巻き起こす――!

 

 

「いいや、これは、俺達の奥の手だ」

 

 外れた、雷光の刃が振り切られたその先に――とんぬらがいた。

 

 視界は朧気。『竜の眼』から視覚は回復し切っていないが、直視せずともわかる。誰よりも知悉する、命以上のものを預け合っている彼女の魔力の軌道を、目を瞑ったまま読み切った。

 

「隙を生じさせぬ二段構えの連携が二人組(ペア)の鉄則。いつも『パルプンテ』を(スカ)した時のフォローしてもらっている俺が、ここを外すわけにはいかない」

 

「……あっ……」

 

 『マホプラウス』を合わせた魔法の刃を白刃取りが、紅の刃を挟み捉えた。そして、身を捻り引き込む。火を制する『紅蓮の構え』からとんぬらが己がモノに昇華させた、紅の魔力を制する『紅魔の構え』。

 グルンと一回転して空振りした一刀を振り回して――瞬間、ゆんゆんが杖先から切り離し、剣先を捉えているとんぬらへとバトンタッチして――その軌道を斜め上へと切り返させた切り札は、障壁を斬り捨てて魔王の娘を捉えた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 瞼を開くと、夜空が映り込んだ。

 かすかに地平線から、黎明の光が昇りつつある。いまだ太陽は見えず、淡い光は幻のようですらあり、けれど、感覚は死んだものではない。そう、死んでいない。

 

「……何……? ――んん?」

 

 と、魔王の娘は呟いて、その呟いた声が、いつもの自分の声音(もの)と違うことにすぐ気づく。だが、事態を確認する前に、釘を刺し込むような尖った声に制される。

 

「動かないで」

 

 その声は、対決した紅魔族の娘――雷鳴轟く者(ゆんゆん)だ。

 彼女が意識を覚ましたこちらの眼前へ杖を突き付けて――いや、微妙に杖先を逸らして――構えている。

 

「妙な動きを見せたら、容赦、しないから」

 

 瞳を紅くして、警告。しかしだ。そんな強制を言い渡さずとも、すでに体は指一本もまともに動かさないほどに、地面から突き出て伸びる蔓に絡みつかれている。拘束魔法『アンクルスネア』。

 しかも奇怪なことに、縛られている体は、魔王の娘のものではなかったりする。

 人間の、それも小さな子供のものだ。力も弱々しく、自分の身体ではないことは明らかだ。

 

 いったいこれはどうなっている? と当然な疑問を抱いた魔王の娘であったが、それよりもまずはこのことを訪ねた。

 

「妾を、殺さなかったのか」

 

「とんぬらは、殺すつもりはなかったから……そんな割に合わない真似はできれば御免にしたいって」

 

 隠し切れてない不満を滲ませてゆんゆんが息を吐いた。

 

 あの最後の一撃に指輪の魔導石はどれも耐え切れずに砕け、強烈な一太刀を浴びせられたはずだ。あのままトドメを刺せたはずだ。だから、こうして生かされていることには理由がある。

 

「とんぬらからの伝言」

 

 そして、ゆんゆんは淡々とその言伝を語り出した。

 

 

 ――計算を、した。

 次期魔王を討てば、正統な後継者がなくなった魔王軍は大打撃を受けるだろう。

 だが、魔王の娘を討ったとなれば、今現在、紅魔の里を襲っている魔王軍は止まらない。討たれようが、死に物狂いで紅魔族を滅ぼしに来るのが予想つく。

 このまま戦争を続けることになれば、被害が大きい。里の皆に犠牲が出ることになる。いつまでも里の皆をドラゴンになど変身・支援してはいられない。灰被りの娘を舞踏会の華を飾る姫君に変身させる魔法にも限度があるもの。状況を長引かせればこちらの策も破綻する。延長する余裕なんてないことを考えれば、長期戦に突入なんて絶対に回避すべき事態だ。

 それは望まない。

 こちらの勝利は、魔王軍の侵略から里を守ること。

 ここで、魔王の娘を討つことは最優先事項ではない。

 だから、とんぬらはこの戦争をとっとと蹴りをつけさせることにした。

 

「――『次期魔王よ、あんたの身体をちょいと利用させていただく』」

 

 そう伝えながら、ゆんゆんは、手鏡を魔王の娘の前に出して、見せた。その顔に、あの魔王軍の中でも手に負えない幹部筆頭であった地獄の公爵と同じデザインの仮面が被せられているのを。

 

「なんだこれは……?」

 

「その仮面は装着者同士の中身が入れ替わるもの」

 

 そうそれは、とんぬらが里へ赴く前に店でマネージャーから贈られたもの。

 

「それで、今のあなたととんぬらは入れ替わっているの」

 

 状態を説明してからゆんゆんは伝言を再開。

 

「『用が済めば傷ひとつなく返却する。身の安全は今あんたが乗り移っている俺の身体を担保にして保証しよう』」

 

 その時になって、魔王の娘は気づいた。

 この場、紅魔の里の空気が、落ち着いている。血気逸る戦場のものではない。今ここに、魔王軍と紅魔族の戦争は行われていない。

 これより自ずと彼奴の狙い(よう)を悟る。

 

 今、雷鳴轟く者(ゆんゆん)は、自分の身体がダーリン(とんぬら)のものと入れ替えられていると話した。

 つまりは今、向こう――魔王の娘の身体に入っている意識は――

 

「なるほど、妾だとたばかって軍を引かせたのだな」

 

 魔王の娘を倒し、その意識が失われている間に、バニルの入れ替わりの仮面を装着させて、魔王の娘の身体と交換する。

 そして、魔王の娘の身体で、『状況が! 不利だ撤退する!』などとまくし立てて、紅魔の里から魔王軍を城へと引き上げさせたのだ。

 

 人質に囚われている間に魔王軍内の情報は収集済み。王女の影武者を経験したこともあるとんぬらなら、軍を撤退させることに、何ら怪しまれることのない演技ができる。

 そうして、安全圏まで退けさせたところで、元に戻る。その間に無防備になってしまう自身の身体は、絶対の信用を置いているゆんゆんに任せる……とそれが二人の作戦なのだろう。

 

「……しかし、この次期魔王を討つチャンスをみすみす逃すとはな」

 

「『事故とはいえ、あんたの心を惑わす真似をした。それも俺の魔法が引き起こしたこと。悪いと思っている』」

 

 女帝がそう嘆息を漏らすことも予想済みであったかのように用意されていた伝言を付け足す。

 『ラブラブ夫婦になる』なんて効果は、とんぬらとしても予想外で、少なからず負い目に感じていたりした。

 

「ここで妾を討伐するのは、後味が悪いということか」

 

「『あんたが抱く俺への執着は、今日中にでも解ける。正気に戻った時、きっとひどく俺を恨むだろう。……魔法を掛けておいて無責任だと承知している上で言わせてもらうが、俺自身もこうなるとは思っていなかった。

 だが、なんにしても俺自身、それに付き合う気はない』」

 

 きっぱりととんぬらの伝言をゆんゆんは言い切った。後腐れのないよう、自分で蒔いてしまった種は刈る。人伝とはいえ意思表明をしっかりと伝えた。

 

 ゆんゆんも、個人的にも、非っ常に見逃し難い相手であるが、里の皆を犠牲にするような選択肢など選びたくない。

 それに、此度の戦端を開くことになった原因は、こちらの覗きである。プライベートを暴くような望遠鏡にキレたから魔王の娘が攻め入ってきたのだから、ゆんゆんとしても若干気後れしてしまうところはある。

 

 とゆんゆんが大きく鼻を鳴らしたところで、魔王の娘は目を細めて、口を開く。

 

「……ここで見逃して、ダーリンの言う妾に掛けられたその“魔法”が解けていなかったとすれば、この先、妾は何度もダーリンを狙うぞ」

 

「『できればそれは勘弁してほしいが、俺はどんな魔法を掛けられたところで揺れることはない。――そして、敵対するのならば戦う』」

 

 これも予測済みであったのか、女帝の挑発めいた文句に、断言と宣言の伝言が返される。

 

「とんぬらは、絶対に、渡さない」

 

 そして、ゆんゆんが、真っ赤な瞳孔の開いた瞳で自分の宣告を言い渡す。

 

 これを真っ向から受けて、はあ、と重く、魔王の娘は息をつく。

 この己の何もかもをひっくり返された敗戦に、まざまざと人間の恐ろしさと言うのを思い知った、そんな感慨に満ちた吐息。だがそれだけでは吐き尽せない想いも胸の内に燻る。その想いとやらは、何もかもに恵まれて不自由なく育った女帝が抱く嫉妬であったかもしれない。

 手に入れられなかったからこそ、余計に二人の関係が羨ましく見える。

 何の理由もない直感的なものだが、この“魔法”は随分と長引く気がした。

 

「わかった。今回は引いてやるとしよう」

 

 瞼を閉じて、ポツリと降参の意を示した。

 

 

 その後、『仮面の紅魔族』に賭けられた賞金は彼のベルゼルグ王族を上回る額に達し、ただし『生存捕獲のみ』という注釈がつくようになった。

 

 

 そして。

 傍からではこの状況、何も知らなければ、“稚児(とんぬら)を縛り上げて、ちょっとアブない感じになってるゆんゆん”という図に見えており、それを遠巻きで里の人間が窺っていたりする。

 この後、どのような噂が流れるかは明言を避けるが、とんぬらは矢鱈と族長らに『がんばれ』と励まされることになる。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 紅魔の里から、魔王の娘が率いる魔王軍は去った。

 此度の侵攻は厳しいもので、里の守護者の大半を失うことになってしまったが、それでも紅魔族側に犠牲はでなかった。

 ドラゴンになってハイテンションに大暴れした連中はその翌日からしばらく筋肉痛で動けなくなり大変だったが、他の者たちが里の復興を行い、とんぬらとゆんゆんもそれを手伝って、二日ほどで里はほとんど元通りに立て直した。

 

 そうして、ゆんゆんの族長試練から始まった波乱の里帰りから、『アクセル』へ帰還する。

 族長の資格を得たパートナーであるが、魔王軍に里を襲われたからか、『何かあってからじゃ遅い! 魔王を討伐する!』と魔王討伐に意欲満々。

 ちなみに、試練期間時に拾って、神社で預かっていた猫は結局、その飼い主は来ず、それにやたらとんぬらに懐いており、里においてはまた変態なストーカーに無理やりに使い魔にされかねない。しょうがないので、一緒に『アクセル』へ連れてきている。

 それで、とんぬらは、小さくなってしまった体をどうにかしようと相談を……

 

「おやおや、随分とちっこくなったではないか竜の小僧よ! 奇遇にも今の汝にぴったりな子供服を取り揃えてあるぞ! フハハハハハハッ!」

 

 しようとしたが、やめた。この旅立つ前から展開を予想していたと思われる愉快犯を頼ろうとしたのが、気の迷いだった。

 『まあ、これはまた懐かしい姿ですねとんぬら君』としみじみと目を細めるウィズ店長も元に戻る方法を探してくれるそうだが、何だか余計に事態がこんがらがりそうになるマジックアイテムを仕入れそうな気がしてならない。

 

 それで『アクセル』の家へ帰り、バイト先へ帰還の挨拶を済ませた後、仲魔のドラゴンを預けている知人の屋敷へ……

 

 

「ぐすっ……、うっ、うえええええええええっ……」

 

 

 と屋敷について、扉をノックすると鍵を開けたのは、留守番していたドランゴで、居間に入ると、わんわん泣いている『アークプリースト』にして水の女神であるアクアがいた。

 

「アクアさん!? ど、どうしたんですか!?」

 

 これに自分も泣きそうなくらいに動揺するゆんゆん。あわあわとどうしたものかととんぬらへ視線を振る。

 しかし、とんぬらもとんぬらで泣く女神にはとことん弱い。

 それに、こういう時は自分よりもあの三人がいるはずで……けれど、居間にいるのはアクアひとり。

 何か変だ? と眉をひそめた時、二人の来訪に気付いたアクアが愚図りながらも、顔を上げた。

 

「ううっ……ぐずっ……あ、あら、ゆんゆん帰ってきたのね……っ! とんぬらも……あれ?」

 

「とんぬらは俺です。わけあって小さくなってます。それで、アクア様、一体どうされたのですか? カズマの兄ちゃんやダクネスさん、めぐみんもいないようですし……」

「そうなの! カズマも、ダクネスも、めぐみんも出ていっちゃったの! “もうポンコツプリーストには付き合い切れない”って私のこと捨て、て――うわあああああああん……!」

 

「「はあ?」」

 

 アクアの口から語られたのは、とても信じられない内容であった。

 アクア様に愛想が尽きてパーティを別れた? サトウカズマがよく文句を愚痴るが、それでも本気で仲間を切り捨てるような真似をするとはとても思えない。

 何かの間違いだと思う、そう思いたいが、現実として屋敷に三人はいなくなっている。

 

 泣きじゃくるアクアにこれ以上話を聞くのは憚れて、傍にいたドランゴに訊ねたのだが、よくわからない。いきなりの出来事で、三日前にドランゴがカエル狩りに出掛けて戻ったらこうだったという。

 そして、独りとなってしまったアクアをとても一人にしては置けず、その日、屋敷に泊ることにしたとんぬら達であったが、その翌日、早朝から屋敷へ来訪したギルド職員より、駆け出し冒険者の街に新たな魔王軍の手下と思われる三人組が出没するようになったと話を聞かされた。

 

 

「黒い髪をした男性が婦女子(の衣服のみ)を切り刻んで『切り裂きシャック』の再来と街で恐れられ、

 やたらと爆裂魔法を打ちたがる少女が、一日に何度も騒音騒ぎを繰り返したり、周辺の土地を荒しに荒らして苦情が殺到したり、

 あやしげな眼付きの女騎士が変質者として冒険者ギルドへ報告されています……」

 

 

 …………これって、もしかして、だが。

 

「……ねぇ、とんぬら。その三人組って」

 

「信じ難いんだが、爆裂魔法なんて打つ頭のおかしい女子なんて、心当たりがひとりしかいない」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――くくくっ、早く帰って来ないと大変なことになるぞ『仮面の紅魔族』! 復讐の手始めにこの駆け出し冒険者の街を滅茶苦茶にする! それもお前の近しいモノ達を使ってな!」

 

 かつて魔王軍が拠点としていた古城。

 そこでひとりの女性が、高らかに笑う。

 

 ――と、その彼女の胸を背後から持ち上げる黒髪の男性……

 

「おい!? いきなりなに人の胸を掴んでんだよテメェ!」

 

「違います。これはセレナ様の為に、その重そうな胸を支えるためのブラの代わりを果たそうとしているだけです。セクハラではありません」

 

「ふざけんな! 誰がそんな馬鹿なことを命じるか!」

 

 ――と、男性に抱かれるのを目撃するや、目を紅くして呪文の詠唱を始める少女……

 

「黒より黒く闇より暗き漆黒に我が真紅の混淆を望みたもう――」

 

「ちょ、おいやめろ!? こっちに杖を向けて詠唱するな! というか、爆裂魔法なんて連発して、レジーナ様に負担をかけるような真似はよせって前に注意したはずだろ!」

 

 ――と、自らが陥ってしまった状況に抗い、息荒げに火照らせる女騎士……

 

「くっ……! 復讐と傀儡を司る邪神レジーナよ、私はまだまだ屈しない……! たとえこの身体を操り人形にしようが、心までは自由にできるとは思うなよ……! 操られた私はこれから邪教徒に怪しげな儀式と称して不埒なことをされるシチュエーションがきっと待ち構えているんだろうが、私は屈しない! もっともっと苛められようが絶対に屈しないからな!」

 

「しねぇよ! そんな真似しねぇから! もう大人しくしとけよ!」

 

 

 ……計画は前途多難な状態であったりする。

 標的とした街で有名で、魔王軍でも噂される有力者を傀儡にしたのだが、あまりに我の強い三人に、支配力の容量を使い切ってしまうという始末。おかげで街全体を支配しようと企てていたのに、頓挫してしまっている。

 

 

「ああもうっ! もっとまともなヤツを傀儡にするんだった! 早く帰ってこい、『仮面の紅魔族』うううう!」

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 パーティ全員が『ドラゴラム』効果:パルプンテの効果のひとつ。

 作中では、『ドラゴラム(パルプンテ+モシャス(モシャサス))』+『ヴァーサタイル・ジーニアス』。

 

 カースド・ライトニングブレア(ジゴデイン):ドラクエシリーズに登場する、勇者の必殺雷魔法(ギガデイン)のさらに上。対象とその周囲の敵へ極大な雷が流星の如く降り注ぎ、そして爆発を起こす。

 ドラクエⅪでは、『ジゴスパーク』が使えるとできる連携。

 作中では、アイリスの『セイクリッド・ライトニングブレア』の、『ドラゴンロード』ゆんゆんのアレンジ版

 

 ライトニング・オブ・セイバー(Xジゴスパーク):ドラクエモンスターズで神獣が覚える固有特技で、データ上にのみ存在する。『雷の剣を降らせる』という。

 作中では、『ライト・オブ・セイバー』に雷属性を足したゆんゆんオリジナルの魔法。

 

 モンスターの心:ドラクエシリーズに登場するレアアイテム。モンスターの気持ちになれる悟りのオーラ。これを消費することでモンスター職に転職ができるようになる。盗めず、最後に倒したモンスターからドロップすることで手に入れられる。

 作中では、ドラゴン使いの設定も合わせての魔獣使いの設定。

 ちなみにドラクエⅥにはドラゴン専用の転職アイテムの『ドラゴンの悟り』もある。




13章はこれで最後です。
色々と忙しくなり、次章の14章の更新は遅れることになると思います。

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