この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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初投稿です。今年もよろしくお願いしますm(_ _)m


147話

「ふにゃ~ん♪」

 

 実に気持ちよさそうな声をあげるのは、この最近ちょっとずつ体が大きくなっているちょむすけ。

 とんぬらが屋敷を出てから掃除をしていたゆんゆんが浴槽に取り掛かり始めたら、ひょっこり浴室に入ってきて、それから催促するかのように湯船をバシバシと叩いて意思表示。

 世話をする人間(めぐみん)がいなくなり、唯一残っていたアクアも酒浸りであった。誰にもお風呂の用意をしてもらえず、習慣としていた湯あみができなかった。

 そこまで理解がいたれば、『ああ、なるほど』と彼女の要求が自ずとわかるだろう。

 ちょむすけ――怠惰と暴虐を司る女神ウォルバクの暴虐を担う獣の半身は、魔王軍との砦攻防戦を経て、ちょむすけを軸にひとつに統合されたのだが、その影響からか以前は毛嫌いしていた入浴を最低一日一回はしなければ気が済まない風呂好きになっていた。

 なのでここ数日、ストレスが溜まっていたのだろう。察したゆんゆんがちょむすけのために洗い桶に温かい湯を張り、それからエリス(&アクア)感謝祭のオークション準備の際に手に入れていて折角だからめぐみんにもお裾分けしてあった、温泉街ドリス名物の『秘湯の花』を投入するや、一にも二にもなくそこへ飛び込むちょむすけ。

 たちまち天然入浴剤から広がる温泉成分をじんわりと全身で味わう猫型の神獣はうっとりと蕩けた。気持ち良さそうに目を細め、お口も半開きである。

 

「にゃあ~~ん♪」

 

 それまで溜め込んでいた鬱憤が外に染み出しているのか、なんか出汁のように魔素のようなもやもやを醸し出しているけど、とりあえず大丈夫のはず? なんにしても敵対したとはいえゆんゆんもお世話になったお姉さんの久しぶりのお楽しみを邪魔する気になんてなれなかった。

 

「……そういえば、あの時、結局お姉さんがいてドタバタしちゃって、とんぬらとゆっくり入れなかったなぁ」

 

 お風呂を堪能するちょむすけを見ていて、そんなことを思い出すゆんゆん。一世一代の決心をして彼と裸のお付き合いをしようと思ったら、既に猫っぽい女神様と一緒にお風呂に入っていたというアレ。眷属の上位悪魔ホーストの乱入でお背中流すどころではなく、一緒にお風呂イベントは何もできぬまま流されてしまった。

 ほんのりと恨み節が滲む吐露が漏れた瞬間、ちょむすけがすすすっとこちらから顔を顔を逸らしていく。

 …………。

 よし。めぐみんがいない間、ちょむすけのお風呂係は私がやろう。とんぬらにはやらせちゃだめ。パルプンテなパートナー(とんぬら)なら、お世話に体を洗っている最中にその猫の身体がお姉さんの豊満な肢体に戻ってしまったなんてこともありえそうだし。

 

 そう、ゆんゆんは心に決めた。

 

 そういえば、あの後の出来事だが、一緒にお風呂は入っていることを連鎖してゆんゆんは思い出す。

 ゆんゆんの思い出……とんぬらの黒歴史のひとつ『甘えん坊辞典事件』

 あの時は、身体は大人のままで頭脳が子供、ちょうど今の逆パターンみたいなとんぬらの入浴のお世話をお手伝いしたのだ。

 今のとんぬらはその小さくなった体で不自由さを覚えている。今朝の朝食でも、感覚のずれから目測を誤って口元を汚してしまうことがあった。あれは可愛かった。

 

 ……そうね。

 これはまたお手伝いした方が良いんじゃないのかしら?

 そうよ、こんな大きなお風呂に入ったら溺れてしまうかもしれない。あの時のとんぬらも湯あたりして鼻血を噴いて倒れちゃったし、そうなったら大変!

 よし、そうしよう。

 

 ゆんゆんはもうひとつ、心のメモ帳に書き込んだ。

 

(あ、そうだ。アクアさんもお風呂に入ったらどう気分も少しはスッキリするかも昨日はお風呂の準備ができてなかったからシャワーだけで済ませたし……)

 

 朝食後も居間のソファに膝を抱えてダンゴムシに落ち込んでいるアクアのことが脳裏に過る。清掃中も無視することなんてできなかった。かといって、こう落ち込んでいる人を見かけた時に、どう声をかけていいかもわからない。

 本では、こういう時はそっとした方が良いとも書いてあったけど、どうしても気になってしまう。

 

 とんぬらは、私に任せてくれたんだから、頑張らないと……!

 アクアさんをどうにかして励まそう。清掃を終え、昼前だけどお風呂の支度を進めたゆんゆんは、湯船にお湯が満たされるまでに、アクアを誘おうかと考えた。けど、落ち込んでて声のかけづらいアクアに、どんな会話から始めたらいいんだろう? とゆんゆんは悩む。

 

 定番の『いいお天気ですね!』を、とっかかりにしても続かない気がする。

 じゃあ、共通の話題になる『そういえば、めぐみんのことなんですけど……』はダメ。また落ち込んでしまいそう。

 あ、でも、共通の話題となる人物は、めぐみんだけじゃない!

 そうだ! 里の皆には訊けなかったけど、アクシズ教の芸達者なプリーストのアクアさんになら……!

 

「――アクアさん!」

 

「な、なに、ゆんゆん? どうしたのいきなり声上げて」

 

「驚かせちゃってすみません! ご相談があるんですけど……その、よろしいですか?」

 

「え、相談? ……うん、別にいいわよ暇だし」

 

 居間に入るや呼びかけるゆんゆん。

 これに、ゆっくりと寝っ転がっていた姿勢から起き上がり、ソファの上に胡坐をかいて楽な姿勢にくつろぐアクア。いきなりのことで準備も何もないけれども、一女神として、迷える子羊を導くのは義務だという意識は備わっている。

 よし、と気合いを入れるゆんゆん。まずはおさげが大きく揺れるくらいの勢いでバッ! と頭を下げた。

 

「朝はお恥ずかしいところをお見せしました!」

 

 あの時は、意識のブレーカーが緊急停止してしまったが、でもあの痴態を見られたから、かえって開き直るきっかけとなった。

 前置きの謝罪から、ゆんゆんは告白した(ぶっちゃけた)

 

 

「それでですね! 私、子作りするときの誘い方ってどうすればいいんだろうとすごく悩んでまして!」

 

 

 ど真ん中のド直球。思わず見逃してしまうアクア。

 すぐに応対できなかったが、なるべく落ち着いて、赤い顔で拳を握って震えるゆんゆんへ返答する。

 

「……ゆんゆん、あのね、私、サキュバスとかじゃないんだけど、その手のアドバイスをするのには向いてないと思うの」

 

「ち、違います!」

 

「え、違うの? てっきり夜な夜な持て余し気味なゆんゆんがとんぬらと朝の続きをどうやってするのかという相談(はなし)だと思ったんだけど?」

「違いますっ! べっべべべ別に、欲求不満だとか思ってませんから、私っ……!」

 

 語るに落ちる子だ。

 けれど、自由な性癖を憚ることなく主張する信者を抱える女神はその辺りおおらかである。

 あわあわし出すゆんゆんに、アクアは優しく諭すように言う。

 

「まあまあ。そう思うのはゆんゆんだけじゃないわよ。とんぬらも男の子なんだから、夜中にひとりごそごそしてても不思議じゃないわね。そうよ、カズマ――とか言う何処かのヒキニートも馬小屋で寝泊まりしていた時は、こっそりゴソゴソと物音を立てるような行為に励んでいたし、サキュバス達のところの常連さんにもなってるみたいだし。だから、ゆんゆんが知らないだけでとんぬらだってムラムラすればなにかで発散してるんじゃないかしら」

「そんなことありませんっ!」

 

 カッと目を真っ赤にして反論するゆんゆん

 

「確かにとんぬらは猫耳に目がないし、えっちな本とか隠し持ってたこともありました。……それに、む、ムラムラくるって告白されたこともありますけど、とんぬらは本当に誠実で、私の知らないところでえっちな行為に励むなんてありえません! 絶対にです!」

 

 ここまで信頼されていると逆に大変そうである。女神様もビックリな安心さだ。

 

「私、とんぬらの好きなものを否定するつもりはないし、好きな人の好きなものは出来るだけ理解してあげたいと思ってるんです。ちゃんと応えます! 満足させます! とんぬらのパートナーとして健やかなるときも、病めるときも、真心を尽くすって決めたんですっ!」

 

 この最近、カズマへの対応がだだ甘になってるめぐみんを見てても思うけど、紅魔族の女性というのは、一度決めた相手に自分の全てを預けてくるくらいとことん尽くす性質かもしれない。

 

「でも、この前、とんぬらに、高等変身魔法『シェイプ・チェンジ』を習得してとんぬらの好みに合わせるから何でもお願いしていいからね、といったら、もっとよく考えろ、って説教されました」

 

 その分、相手は自制を心掛けるようになっていくかもしれない。

 高等変身魔法をコスプレに使うとは、紅魔族らしいというか、ゆんゆんもまた紅魔族だったのだろう。

 

「……それならとんぬらの方から行動するのを待ったらどうなんじゃない。むしろこれ以上ゆんゆんが何もする必要はないわね。そう、果報は寝て待てってヤツよ」

 

 

 見直させようと動いても裏目に出てしまう。

 それならば、何もしないで大人しくしていた方が良いに決まっている。

 だから、屋敷の中に引き籠っていれば、これ以上悪くなるなんてことはないはずなのだから。

 失敗してしまった者であるから、そう諭そうとして――

 

 

「できません」

 

 

 そんな引っ込み思案だった少女は、きっぱりという。

 

「何もしないで待ってるだけなんて、できません」

 

 臆することなく自然と、その一小節(フレーズ)に感情を込めて、自分の言葉で。

 演劇の壇上に昇る役者の華美に装飾された熱烈な睦言などとは比べ物にならないくらい単純な台詞、であるからこそどんな願い事よりも真っ直ぐに主張された意思であった。

 

「えーーーっ! ゆんゆん、ちょっと理解できないんだけど、そんなにしたいの?」

 

 柳眉を訝しげに顰めるアクアに、ゆんゆんは『ええと』と言葉を紡ぎ、

 

「好きだから、とんぬらと一緒になりたいんです。ずっと私の傍にいて、笑ったり泣いたり、狭く縮こもっていた私の世界を広げてくれたのがとんぬらだから、結ばれたのが本当にうれしくて、それでもっととんぬらと色んなことを、嬉しいことや悲しいことだって全部共有していきたいんです」

 

 アクアには、照れ照れと小さくはにかんでいる少女が、人であるのに何故だか眩しく感じるくらいに、衝撃を受ける姿勢。

 

 ただ待つことなんてできない。

 好きだから。狭く縮こもっていた世界を広げてくれた人だから、一緒でいたい――

 

 ポカンと少し見入ってしまったアクアは、つい、そんな彼女と自身を比較して、もやもやとした説明し難いものを覚えてしまう。そのもやもやがはっきりと形を意識できるくらいにまとまってしまう前に、アクアはぽつりと感じたままのことを漏らした。

 

 

「つまり……とってもいやらしいのね、ゆんゆんは!」

 

「違いますってば、アクアさん!?」

 

 

 それもあることを認めざるを得ない。ゆんゆんだってその辺ちゃんと自覚している。だけどそれだけじゃないのだというゆんゆんの訴えなわけだが。これが伝わらない返答に、若干涙目になって落ち込むゆんゆん

 ……けれども、アクアはそんなゆんゆんを、ちょっと前向きに応援したくなっていた。態度も、それまでソファの背についていた上体をやや前に傾けている。

 

 『ぬら様はアクシズ教次期最高司祭(予定)!』だと『アクセル』担当のアクシズ教プリースト・セシリーにも認められているんだから、とんぬらは私の子と言っても過言ではない。

 となれば、男女のあれこれはぶっちゃけ専門外だけど、嫁姑風に、少し厳しくも親身になって教導してあげるのもいいわね!

 

「大丈夫よゆんゆん。いやらしい娘でも、とんぬらに対する想いは十分にわかってるから。どんなえっちぃな相談にも乗ってあげるわ!」

 

 すっかりいやらしい認定されてしまったゆんゆんは、もういっそ開き直って細かな訂正は諦めて、悩み事(はなし)を打ち明けることにした。

 

「ううぅ……アクアさん、その、妻として、神職の夫を支える心構えとかがあったら教えてほしいんです!」

 

 そうして、説明が長々となってしまったがつまりは、“健全な聖職者との健全なお付き合いの作法(マナー)”というのが知りたいのである。

 

「もしかして、とんぬらが、その……色々と我慢してるのは、宗教上の理由なのもあるんじゃないかぁ、って」

 

 ああ、なるほど。ざっくりと相談内容を理解したアクアは、うーん、と少し考えて、

 

「別に他人の迷惑にならない範囲ならそんなの気にすることもないと思うけど。まあお堅いエリス教はその辺うるさいかもしれないわね。でも、エリスは気にしないんじゃないかしら? あの子、結構ヤンチャで、初心だけどそういうことに実は興味津々な耳年魔だし。もちろん私も口出しなんてしないわ! アクシズ教はのびのび自由にするのがモットーなんだから! むしろ我慢しないで思うがままにするのが一番だと思うの!」

 

 人差し指を立てて語るアクアに、メモ帳片手にそれを書き込むゆんゆん。

 この姿勢に更に機嫌良くした女神様は、『他には?』と相談を促す。これにゆんゆんも、もうひとつの相談事を打ち明けた。

 

「『“夫婦の営み(そういうこと)”は、心身が大人になったら』と言われたんですけど……どうやったらとんぬらは元に戻るんでしょうか?」

 

「そうねぇ……あ、そういえば、日本の漫……とある文献でそれと似たようなシチュエーション……症状の人物を見たことがあるわ」

 

「本当ですか!」

 

 食い気味に迫る少女に、アクアは、うーん、とこめかみを指でぐりぐり押し込みながら、記憶を検索し、

 

「それでは確か……お酒を飲んだら元に戻ったわ!」

 

「お酒、ですか?」

 

「そう。それもすっごく強いお酒! それでね。噂に聞く地獄ネロイドから造られるシュワシュワはものすっごく度数が強いみたいなの! ドラゴンでもおちょこ一杯でべろんべろんになっちゃうくらい! 酒屋のマイケルさんも地獄ネロイドでシュワシュワ造ってみたいって言ってたっけ?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「……昨日話を聞きましたがそれは、大変な里帰りでしたねとんぬら君」

 

「でも、魔王軍の襲撃を受けて無事に済んだので良かったですよ。身体は小さくなってますけど」

 

 魔道具店に訪れると、ちょうど店番をしていたウィズに歓待され、ここしばらくのことをご報告したとんぬら。店内にある歓談スペースで、ウィズが淹れた紅茶をいただき、隣ではドランゴがクッキーをぼりぼりと齧ってる。

 

「ふふっ。ですが、懐かしくなってしまいますね。とんぬら君が大変なのはわかってるんですけど、初めて会った時はちょうど今くらいに小さかったなぁって」

 

 しみじみと目を細めながら、低くなった頭の上にぽんぽんと手を置くウィズ。どうにもこみ上げてしまう気恥ずかしさを、とんぬらは頬を指でかいてやり過ごす。

 

「そういえば、ウィズ店長もここ数日、出張していたみたいですね」

 

「はい、隣国で魔道具の発明品出展バザーがあってとんぬら君たちと同じでちょうど昨日に『アクセル』に帰ってきたんですよ。それでですね! それはもう凄い魔道具を仕入れてきました!」

 

 アイテム関連に話を振れば、あっさりと目を輝かせて食いつくウィズ。

 そんな店長にとんぬらは七面倒な予感を悟った。商品の魔力の大きさでモノを仕入れるか判断するウィズ店長の鑑定眼からして性能こそ間違いなくあるものだろうが、期待に比例してポンコツ率が高いのだ。残念なことに、これまで太鼓判を押した魔道具で地雷でなかったものがない。

 幼い頃から知る少年からすでに半ば諦められていることは露知らず、嬉々として店の裏から物を持ってきたウィズは机の上にそれを置く。

 

「これはまだバニルさんにも見せていないとっておきなんですが、アガサさんという大変素晴らしい魔道具職人さんが出展していたキック力倍増シューズです! 魔力を篭めるとその瞬間的に数倍に脚力を跳ね上げる増強効果があるんですよ! どうです? 凄くないですか?」

 

「へぇ、数倍に脚力強化するなんて支援魔法でもそうはいきませんよ」

 

「でしょう! 凄いですよね!」

 

「でも、欠点があるんじゃないんですか? 例えば魔力消費が支援魔法の数十倍で、普通の冒険者にはとても使えないとか」

 

「そんなことはありませんよ? 私だって成長しているんです。バニルさんにしょっちゅう怒られ、勉強しています! 効果時間は短いですけど、その分だけさほど魔力は消費しません。使うタイミングには慣れないといけませんがそれも練習すれば使えるようになるはずです! ほらほら、試してみてください、子供用にサイズ調整もできますから!」

 

 笑顔で勧めてくる店長に、嫌な予感が一向に薄れる気配はないのだが、とんぬらは渋々と靴を受け取る。

 まあいい。たとえ魔力の消費が大きくても、紅魔族である。爆裂魔法クラスでもなければ、一発でダウンしてしまうことはない。瞬発的な支援魔法だと思えば、とんぬらにも扱えないことはないはず……そうは思うものの、やっぱり不安が拭えない。散々ひどい目に遭ってきたのだ。ウィズ店長が仕入れた魔道具で最も被害に遭っているのは間違いなく自分(とんぬら)自身だと言えるくらいに自信がある。

 

「一応訊いておきますが、これ一度履いたら脱げなくなって踊り続けてしまう呪いとかが掛けられてませんよね?」

 

「もう、そんなに心配しないでくださいとんぬら君。大丈夫ですから、私を信じてください!」

 

 はぁ、こうまで言われると、弱い。……昔に世話になったせいか、強く勧められると九割九分地雷だと頭でわかっていても断れないのだ。

 ええい、ままよ! こうなれば自棄である! 何、死ぬことはあるまい!

 

 履いていた靴を脱いで、そのキック力増強シューズに足先を入れる。……問題、ない。履いた感触には違和感はない。普通の靴と同じ。魔法がかかっているという感覚は起こってない。魔力を篭めてからが本番だということなのだろう。

 

「……じゃあ、魔力を篭めますよ」

 

 靴側面にある円形部分を指で押して――ひとつ大きく深呼吸を入れてから――魔力を篭めるとんぬら。

 途端、とんぬらの足から稲妻が走った!

 

 

「きえええええーっ!!」

 

 

 奇声を上げて跳ねた前脚から繰り出されるのは前蹴りの連打、それから繋げて相手の首を刈り取るような上段後ろ回し蹴りで〆る。都合、七連撃の凄まじい爆裂脚。これほどの猛蹴を出されれば躱し切れず、また受け止めても無数に襲い掛かる嵐の如き蹴り技の前では骨も砕かれてしまうだろう。

 

「す、すごいですよ。私の目ではとても捉えきれませんでしたとんぬら君。本当、震えが走るくらい素早い動きで」

「ぐはああああーっ!?!?」

 

 絶叫。最後の回し蹴りの勢いのままにくるっと一回転しながら倒れる。どたばたと店内を転げるとんぬら。

 痛い。靴が密着した足の形が変わる勢いでグリグリゴキリッと土踏まずの辺りにあるツボを刺激されて、ものすっごく痛いのだ。

 支援魔法にも効果後の反動で筋肉痛が起こったりすることはあるが、発動した瞬間にとんぬらの脳天に直撃したのはその数十倍といっても過言でない激痛である。

 

「と、とんぬら君大丈夫ですか!?」

「とんぬら……すごく痛そう」

 

「ぐ、ぐぅぅ~~~っ」

 

 痛苦の類に強いつもりだったが、想定を上回るクリティカルにとんぬらも若干涙目に。

 それで凄まじい脚力増強の支援効果が宿ったことは感じたが、本当に一瞬。半端ない痛みに飛び上がって足をじたばたさせたが、あれは反射的なもの。それでいて、痛みは後になってからもじんじんと脚に残ってしばらく立てそうにないという。

 

 魔力で足のツボを刺激して脚力を瞬間的に跳ね上げさせる。ただし、その足のツボを押すのが物凄く痛い。練習程度でどうにかなる代物ではなく、こんな自爆じみたデメリットではとても脚力増強効果を役立てそうにない。というか、ちょっとした拷問器具である。

 

「むむっ、香ばしい悪感情を感じるぞ!」

 

 店に入ってきたのは、ペンギンの着ぐるみ。くんくんと鼻を鳴らすよう嘴を揺らす見た目マスコットは、他人の不幸は蜜の味な悪魔にして、元貴族。ゼーレシルトだ。

 

「おお、この素晴らしい悪感情を垂れ流しているのは君か! まだ子供だというのにこれほどのものを出してくれるとは将来有望だ。どれ、私と契約してみないかい? これでも最近この街の子供たちには抱かせてくれと人気なんだよ」

 

「悪魔というヤツは冗談が下手なのか本気なのか、とにかく笑えん奴らばっかりだな」

 

「ゼーレシルトさん、この子はとんぬら君です。訳あって小さくなってしまっていますが……」

 

「おや、そうなのか。なるほど、通りで美味しい悪感情なわけか。私としては好物である恥辱や屈辱の悪感情を頂きたいのだが」

 

「浄化魔法がご所望ならばそう言え。少ない残機を半分に減らして半殺しにしてやるから」

 

 プルプル震えながらも、とんぬらが目を紅くして凄めば、ゼーレシルトはウィズの背後に回り込む。

 

「まあまあ、二人とも喧嘩してはいけませんよ。それでゼーレシルトさんはどうして魔道具店(こちら)に? 今日はバニルさんとカジノの方に行ってるはずでは……あ、もしかしてバニルさんからきちんと私が店番できているかどうか見て来るようにとか頼まれたんですか?」

 

「それもありますが、個人的なのもありまして。……実は、私のペットが行方不明になってしまいまして」

 

 ゼーレシルトは魔物を飼うのを趣味としていた上位悪魔だ。幸運の女神(エリス)様の悪魔狩りに本拠地としていた城を追い出されたのだが、夜逃げする際に何体か連れ出してきたのか。

 

「あんた、まさかオークをこの『アクセル』に連れてきてたりしないだろうな?」

 

「違う。城の地下ならともかくこんな街中にオークを持ち込む真似はしない。それにちゃんと私はモンスター調教師(テイマー)としての資格も持っているのだぞ」

 

「だったらペットが逃げ出さないようにちゃんと幉を絞めておけ。ここは駆け出し冒険者の街なんだから」

 

 住民の中には元ベテランの冒険者や隠れ高レベル冒険者といった逞しい連中もいるにはいるが、駆け出し冒険者が多いのだ。モンスターが暴れ出したら、この最も治安が良いとされる『アクセル』でパニックが起きかねない。

 

「そうはいっても、地獄ネロイドは縛るに縛れない粘体ボディをしているから、しょっちゅう脱走してしまうことで悪魔界隈でも有名でなぁ」

 

「おい。地獄ネロイドは形容しがたい見た目をしていて、目撃しただけでベテラン冒険者が悲鳴を上げるモンスターのはずだよな」

 

 地獄ネロイド。紅魔族の文献によると、地獄、もしくは魔界と繋がるほど魔素の濃いダンジョン下層に現れるレアモンスター。上級悪魔たちの中には愛玩動物として飼う愛好家もいるという。そして、ダンジョンの暗がりから遭遇してしまった冒険者パーティは一目散に逃げだすほどの、形容しがたい姿をしている。

 

「うむ。地獄ネロイドを前にした人間は皆泣き出して大変素晴らしい恐怖の悪感情を出してくれる」

 

「ドランゴ、ちょっとそこの着ぐるみを押さえてくれ。聖水を目いっぱいぶっかけてやるから」

 

「わかった。グルルッ」

 

「待て待て待てっ!? ちゃんと人を襲わないように躾けてある! 単に怖がらせるだけの善良なモンスターだぞ!」

 

「ふざけるな! 見ただけで冒険者も泣き出すモンスターを野放しにするのは大問題だ!」

 

「わ、わかってる! だから、こうして探しているのだ! 地獄ネロイドは、腐卵臭がしてじめじめとした場所を好むから、真っ先にここを訪れたのだ」

 

「え、それって私の店が卵の腐ったようなにおいがしてじめっとしてるってことですか!?」

 

 ペンギンの着ぐるみを羽交い絞めにするドランゴと、着ぐるみのチャックを開けた隙間に鉄扇を差し込み直接聖水仕様の水芸を行使しようとするとんぬらと、激しく抵抗する上位悪魔。制止役の店長のウィズもなんか流れ弾にショックを受けている。

 

「やれやれ、お騒がせ店主と避雷針小僧が揃うと騒がしいのであるな、この店は」

 

 そんな最中に呆れた声。今度やってきたのは、仮面をつけたタキシード姿の大男。バニルマネージャーである。これに一瞬、気を取られてしまったとんぬら。これを逃さず、上位悪魔の真似事か着ぐるみの下に更にもう一枚着ぐるみを着込んでいたゼーレシルトは脱皮してドランゴの押さえつけから逃れると、地獄の公爵の後ろに回り込む。

 ちっ、と舌打ちする。

 間に挟まれたマネージャーは、やれやれと肩を竦める。

 

「これこれ、あまり店の中で暴れてくれるでない。商品が割れてしまったらどうする。欠陥品(ガラクタ)なくせに値段だけは高額なものばかりであるのだぞ」

 

「そうか。だったら、店に迷惑を掛けぬようコイツは屋敷に連れて帰るとしよう。アクア様の気晴らしになってくれるかもしれないからな」

 

「バニル様、お願いです! 私のペットがどこにいるのか、その見通すお力で探してくださらないでしょうか!」

 

「やれやれ、この前狂犬女神に襲われたばかりのゼーレシルトはすでに残機はひとつしか残ってないのだ。復活させてやるのも手間だし、仕方があるまい。視てやろう」

 

 怯える同胞の懇願に、すべてを見通す悪魔は本体である仮面に手を当て、ピカピカと目元を点滅させてその力を行使する。……けど、天を仰いでしまう。

 

「とりあえず、まず、逃亡した地獄ネロイドが街の人間に襲ったり、パニックを起こしたりすることはないから安心するがいい。そして、ゼーレシルト、今回は運がなかったな。まあ、加齢臭漂わせる店主の店でなくても、路地裏とか探せば野良ネロイドがいるぞ」

 

「え、バニル様、それって私のペットは……」

「変な臭いなんてしませんよバニルさん! 私、身体は若いままなんですから!」

 

 不穏な宣告に愕然とするゼーレシルトと、サラッと失礼な引用されたことを憤慨して抗議するウィズ。

 

「ドランゴ、いったん俺のお守を外れていいから、軽く街を一周して地獄ネロイドがいないか探しに行ってくれ」

 

「グル、急いで、やってくる」

 

「いや、急がなくていいから。念入りに探ってきてくれ。変な臭いがするところは重点的にな。俺も冒険者ギルドに寄った際に報告するから、そこで合流しよう」

 

 念のために手を打つものの、とんぬらもひとまず矛を収める。

 

「まったく、我輩がわざわざ視てやったというのに心配性な小僧であるな」

 

「マネージャーの目は信用しているが、残念ながら性格があんまり信頼できないからな。契約事でないのなら、こちらに不都合なことがあっても面白そうだと思えばそれを見逃すことくらいはやりそうだ」

 

 じろっととんぬらが睨めば、仮面の下の口元が意味深ににやりと笑う。

 当てにならない、というのではなく、当てにしてはいけない。マネージャーは悪魔。基本的に傍観者が立ち位置であり、馳走とする悪感情の中でも特に羞恥が好物の愉快犯だ。完全に信用などすれば後で泣かされる羽目になりかねない。

 だから、ウィズ店長とは違って、街に残っていたバニルマネージャーは確実に今回の件も何か知っているはずだが、とんぬらはあまり積極的に情報を引き出そうという気はない。

 

「おや、もう帰ってしまうのか、小さくなったのに厄介事が舞い込むのは変わらない小僧」

 

 ……そうは思っていても、向こうはこちらにちょっかいをかける気満々のようであるのだが。

 ドランゴに続いて店を出ようとしたとんぬらに、扉の前を遮るように立ちはだかるバニル。

 

「これからギルドに寄らなければならないのだが」

 

「だから、逃げ出したゼーレシルトのペットならば問題ないと言っている。何なら、我輩の名において保証してやっても良いぞ? それより我輩の話を聞いていかないか」

 

 きっと汝にとっても美味しい話になるぞ、と悪魔の囁き。

 

「……わかった。そこまで念押ししてくるというのなら、その話、聞くだけ聞こう」

 

「よしよし、賢明な判断である。……さて、貴様のご在知の通り、このアイテム(ガラクタ)屋を営む店主は、仕入れるものが皆ゴミになるという、世にも珍しいスキルを持つレア店主でな」

 

「レア店主だなんてそんな……バニルさん、そんなに褒めるということはついに私の仕入れた商品を認めてくれるようになったんですね!」

 

「褒めてもないし認めてもおらぬわポンコツ店主め!」

 

「俺とゆんゆんはしばらくバイトに出られませんが、商品を売り捌くのを頑張ってくださいなマネージャー」

 

 ウィズを叱責する隙にその横を抜き去ろうとするのだが、魔王よりも強い魔王軍元幹部からそう易々と逃げられない。お仕置きの目ビームで調子付いた契約者(ウィズ)を折檻して片付けると、とんぬらの前に回り込む。

 

「おっと待て。まだ話は終わっておらん。カジノの方は順調に黒字利益を上げているというのに、この赤字店主を抱え込んでいるせいでこちらは思うように資金が集まっておらんのだ。見張り役の貴様ら(バイト)がいないと負債店主は次々と勝手にガラクタを仕入れていくばかりであるしな。その小さな体では働けなくても、店に貢献する気はないのか」

 

「確かに義理はある。特製チーズの製造とか紅魔族製品を卸しているが、店で働けなことを申し訳なく思っている。しかしそうでなくてもウィズ店長のおすすめを売り込むのは無理難題なわけだが」

 

「小僧よ、店の為になるのはバイトだけではない。客として、商品を買ってくれればいい。例えば、そこの棚に並ぶ、ポンコツ店主が出張して仕入れた、役に立たないポーションシリーズを購入するのなら、我輩も大いに助かる」

 

 見通す悪魔が、役に立たないと太鼓判を押してるアイテムを売り込まれるとか、買う気がさらさら起きない。

 

「何、効果は抜群だぞ。例えばコレ! ステータスアップポーション(改)。高価なステータスアップポーションの魔改造品で、通常の物よりも効果が高い」

 

「それで副作用は?」

 

「ステータスが上がった分、対となるステータスが下がってしまう」

 

「まあ、それは予想できるマイナスだが」

 

「例えば今我輩が指さしたものだと、力のステータスが激しく増す代わりに知力が下がる」

 

 あまり賢さを必要としない脳筋な戦士職であれば、有用かもしれないが、それも程度による。

 

「どれくらい下がるんだ?」

 

「ちょうど今、ぼっちの娘から相談を受けてアクシズ教に勧誘している残念女神以下になるのは間違いない」

 

 それは問題だな。というか、さらっと問題のありそうな発言をしたな。

 

「他にもこんなのがあるぞ? 経験値稼ぎに最適、飲むと生涯魔物にたかられるポーション! 毛根が死滅する代わりに魔力が跳ね上がるポーション! 魔力をすべて失う代わりにレベルを跳ね上げるポーション! 異性を引き寄せるが体臭がゴブリンの臭いになるポーション! もう一度苦しい修行をやり直したいドMにオススメ、レベルリセットポーション! どこかのマイナー邪神しか扱わない特殊な状態異常の傀儡化を解除するポーション! 透明になれるがその解除法は不明な存在を消し去れるポーション!」

 

「なあ、もっとマシなセールストークをする気はないのかマネージャー。正直に説明してくれるのは良いんだが、これじゃあまるで購買意欲が湧かないんだが」

 

「そして、禁断のポーションシリーズ第一弾の中には今の小僧にきっと役に立つ“ラッキーアイテム”が紛れていることを見通す悪魔が断言しよう!」

 

「………」

 

 どれもこれも使いどころが非常に困るものばかり。先程の足ツボ激痛(キック力倍増)シューズで痛い目を見たばかりなだけあって、ウィズ店長おすすめ商品に手を出すのは是か非でも遠慮したいところであるのだが、見通す悪魔の保証付きである。

 

「マネージャーはいつからこちらの都合よくお助けアイテムを出してくれる親切心に目覚めたんだ?」

 

「我輩もトイレの女神とのご近所付き合いなど御免蒙るからな。そうはならないように小僧には動いてもらいたいのだ」

 

 まったくこの悪魔は全てをお見通しだ。そして、納得のできる理由でもある。

 今回の、不倶戴天な女神を助けるために動くことを許容しないと考えていたが、それが巡り巡って折角築いた縄張りを荒されマネージャー自身の不利益となると予見す()れば、こちらに支援のひとつもするだろう。

 

「それにはこちらも同意する。だが、それならそのラッキーアイテムだけを売ってくれればいいのではないのか?」

 

「残念ながらこれらはセット商品なのでな。単体でお売りすることはできないのだ。何、まとめている分だけお安くするつもりである」

 

 なんて商売上手な(あくどい)お助けキャラがいたものだ。

 

「悪いがこちらも一万エリスまでは出せるがそれ以上の買い物は、ゆんゆんにも了解を得るのが決め事(ルール)なんでな。あまりお高い物には手が出せん」

 

「何だ、早速財布のひもを握られるとは情けないな尻敷かれ小僧よ」

 

「以前の税金騒動からそうしている。勘違いで仲違いしてしまうのは二度もごめんだからな」

 

「ふむ。このガラクタをさっさと処分したい我輩としても一万エリスでは物足りない。であるなら、その分は金銭ではなく情報を頂くとしよう」

 

 情報? 何でも見通す全知の悪魔に知らないことなどあるのか。

 

「今朝の“ちゅーちゅー”について事細かに教えてもらおうではないか!」

 

 いや違った。これ羞恥責め(いつもの)だ。好物の悪感情(ごはん)を引き出さんと黒歴史を赤裸々に語らせに来ている!

 

(ああ……まったく、ゆんゆんを連れて来ずに訊ねて正解だったな)

 

 にやにやと笑うバニル。これだから悪魔に美味しい想いをさせるのは非常に癪なのだ。

 

「……悪いが、何のことを言っているかわからんな。たとえ何があったとしても眠っている時のことを話せというのは無理ではないかマネージャー?」

 

「そうか。できれば悪感情は新鮮なうちにいただきたかったのだが残念である。では、この話は今度、娘の方に振るとしよう」

「わかった! 覚えている限りのことを話す! だから、そうやってこっちの弱みを突くな! 卑怯だぞ!」

 

「フハハハハハハ! 卑怯とは我輩には実に心地よい響きである!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 精神的に高くつく買い物をした。

 保証は信用するが、それでも全部外れとなれば報復するつもりだ。

 

 一体何の役に立つのか想像の出来ないポーションを背負ったリュックサックに詰めて、とんぬらは冒険者ギルドへ向かう。

 アクア様から人気を奪ったという聖女のようなプリーストを見るべく覗いたのだが、しかしいなかった。ギルド職員にも訪ねたが、王都の方の長期クエストを受注したとかで最近ここでは見ないらしい。

 だけど、その代わりに神出鬼没な先輩と遭遇した。

 

「……で、こんなに小さくなっちゃって帰ってきた、と?」

 

「大変不本意ながら」

 

 テーブル越しに相対した心底呆れ果てたようなクリス先輩の眼差しが、幼くなった身に沁みる。

 久々に顔を合わせたらなんか小さくなっていた後輩からその経緯を訊き出したのだが、もはや驚くこともない。これまでの付き合いで色んなことがあり過ぎたおかげで、慣れてしまっているのである。

 

「本当にあたしでも思いも寄らぬ方向に転がるよね後輩君の災難体質は。バリエーション豊かというか発展性があるというか。とにかく見てて飽きないよ本当に」

 

「自分だって、できるものなら平穏を終生の友人として握手を交わしたいところですよ先輩」

 

「あはは、それは諦めた方が良いっぽいね。どうやら、後輩君は波乱万丈の方に愛されてるみたいだし。でもきっとそんな後輩君をエリス様も応援してるんじゃないのかな」

 

 苦笑気味な先輩はそんなことを言いながら、がくっと肩を落とす後輩を慰める。

 

「それで小さくなっちゃった後輩君は、どうして冒険者ギルドに? まさか、クエストを受けに来たんじゃないよね?」

 

「いえ、それはゆんゆんに止められていますし、不慣れな状態で無茶はしませんよ。今日は気になる話題の人物の顔を拝みに来たんです。何でも、俺たちがいない間に活躍したプリーストがいるそうじゃないですか」

 

 ただギルドにいるだけでもいろんな話が聴こえてくる。

 全知全能な神様や全てを見通す悪魔ではない人間は、便利な力がない分自ら動かなければならない。噂の出所へせっせと話を聞きに行き、そして、得たありとあらゆる情報を分析し、繋ぎ合わせ、仮説を紡いでは却下し、そうすることで真実に辿り着ける。玉石混交、雑多にして単体では意味をなさぬ情報を山のように積み上げ、それらを取捨選択してカタチにするのが賢者の本懐だ。

 それで『ねぇねぇ、お兄さんたち、ちょっと訊きたいことがあるんだけど……』と無邪気な子供のフリをしながら適当に聞き回るつもりだったが、それをするまでもなく何かと情報通な先輩と話ができる機会が訪れたのは、非常にスムーズに話が進められるしとんぬらとしては幸運に恵まれていた。

 

「うん、セレスさん、だったかな。ちょっと前まで、冒険者たちから聖女のように扱われてたね。すごかったみたいだよ」

 

「おや? 先輩も『アクセル』を離れててたんですか?」

 

「ああ、うん、あたしはその時、預かっていた子を、能力的に相性の良さそうで有力な『ソードマスター』に紹介してたんだけど……それが逃げられちゃって」

 

 先輩は、神器回収の義賊だけでなく、有力な冒険者をパーティに引き合わせるスカウトまでやっているのだろうか。それは確かにいつも忙しそうにしているはずだ。

 

「大丈夫なんですかそれ」

 

「あんまり大丈夫じゃないかも。『こんないけ好かないイケメンじゃあこの俺の真価を発揮できない! ご主人様には悪いけど方向性の違いで解散させていただきます!』って、本当に我の強い子で……」

 

「なんか随分とナンパな奴ですねそいつ」

 

「性能は文句なしなんだけど性格的に扱いが難しい子なんだよ。あたしには従順だったから大丈夫だと思ったんだけど……はぁ、それで探しても探しても見つからなくて」

 

 先輩も先輩で厄介事に追われていたようだ。

 幸運値はカズマ兄ちゃんよりも上だというのに、苦労性なところがある先輩である。

 

「……って、まあこっちのことはいいんだよ。それで直接見たわけじゃないけど、討伐クエストで怪我をした重傷の冒険者を回復魔法(ヒール)で治した途端、その冒険者は彼女のことを様づけして崇めるようになったって話さ。でも、顔を見せなくなってからはすっかりその人気も翳ってるけどね」

 

「へぇ、それじゃあ、突然大量発生したアンデッドを降したのも本当なんですか?」

 

「そうみたいだよ。……けど、大量のアンデッドを退治できる実力があるなら有名なプリーストだと思うんだけどね。あたしの……信仰しているエリス教にもそんな人はいないし」

 

 アクア様をコケにするような真似、彼の女神様よりも目立ってしまうような行為をアクシズ教がとるとは思えない。それからクリス先輩の言が正しければ、その女性プリーストは、エリス教でも、アクシズ教でもない。そうなるとその“セレス”というプリーストは非常にマイナーな神を信仰していると考えられる。

 

「それはますます気になりますね。突如それほどの力を持った新星が現れたのだとしても、名前の響きからして、最近バッタリと途絶えている新しい勇者候補というわけでもなさそうですし」

 

 口元に手をやり、少し考えこむポーズを取るとんぬら。

 すると、クリス先輩は音量を潜めた声で、追っている事件と件の人物のつながりを持たせる重大な情報を思索の中に転がしてくれた。

 

「実は、あたしも気になってさっきルナさんに話を聞いたんだけど、ダクネスがギルドに調査を頼んでいたみたいなんだよね。名うての商人や貴族達に“セレス”という名のプリーストの話を聞いて回っていたみたいだけど、どこの街でも噂になってないんだって。ギルド職員によると、彼女は未だに報酬を一度も受け取っていないみたいなんだ」

 

「さっきのアンデッドの浄化でももらっていないんですか? 大物賞金首ほどではなくても結構な額が支払われると思うんですが」

 

「うん。そこが胡散臭いとダクネスも思ってたみたいなんだよ」

 

 ただの一度も報酬を受け取らないというのはいくら人が良いプリーストでも限度がある。

 報酬の受け取りには冒険者カードの提示が必要になるのだが、もしかして、冒険者カードを見せられない理由でもあるのではないだろうか。

 

「正直、怪しいですね。そもそも、アクア様以上に優れたプリーストがいるとはとても思えないんですよ。『ヒール』でどんな重傷でも一発で完治してしまえるし、お気軽に蘇生魔法をかけてくれますけど、『リザレクション』はあの変態師匠でも難しい超高等魔法です」

 

 あまりに簡単にやってくれるのでこの街の住人は慣れてきてしまっているようだが、やっていることは本当に凄いことなのだ。

 

「しかも、兄ちゃんに対しては何度死んでも蘇生を成功させていると聞きますし。蘇生は一度きりというのが定めで、それを覆すなんて普通考えられません。これはアクア様が、死後の案内をされているというエリス様でも認めざるを得ないお力を有しているということなんでしょう」

 

「う、うん! そうだよね!」

 

「そんな特例が許されるほどのアクア様より位の高いプリーストがいるとは考えられないし、またリッチーですら浄化し得るアクア様に倒せないアンデッドがいるとは思えません」

 

 途中でなぜか目を逸らしたクリス先輩だったが、最後のところでうんと深く頷いて同意してくれた。

 段々ととんぬらの頭の回転が加速していく。そして、クリス先輩が深く没頭していく考察の指向性を導くように問いを投げかける。

 

「それじゃあ、後輩君はそのアンデッドの一件をどう見ているのかな?」

 

「墓地に出現したのは、普通のアンデッドではなかった。たとえば、『クリエイト・アースゴーレム』で造った操り人形(ゴーレム)のような存在だったとすれば筋道は通るかと思いますね。浄化魔法(ターンアンデッド)は、アンデッド以外には効果のないものですから、いくら強力でも通用しなければ意味はありません。

 そして、プリースト・セレスはそれがアンデッドでないことを承知していた可能性がある。……もしくは、それを仕組んでいたとも考えられます。でなければ、一度の魔法で降せるとは思えませんから」

 

 ただこれはあくまでも推測。現場にいて証拠を押さえたわけでもない。種明かしができたところで何かが変わるというほどでもない。

 ただ、頭の整理には良かった。そして、勢いづいてきた思考はよりシャープに物事を突き詰めていく。

 

「ただ、策謀があったとなると彼女は相当な力があります。大量の操り人形(アンデッド)を使役するなんて芸当、そういうのが専門の『クリエイター』でも難しい。ギルドで冒険者たちに支援魔法を掛けていたことから聖職者であることはほぼ確定でしょうから、その力は祀っている神様の特性によるものだと見ています。神の如き『アークプリースト』だとは思えませんが、それに準ずる力を持ったプリーストでしょう」

 

 魔王軍幹部候補であった堕天使デュークは、『不死と災いを司る太古の邪神』に仕えていた恩恵で、不死身であった。それと同じ類なのだとすれば、厄介極まりない。攻略するのなら、まずその崇めている神のことを調べておきたいところだ。

 

「それで、ギルドからの特別報酬をもらわなかったプリースト・セレスが得られたものは、名声。冒険者たちからの信頼。人気、でしょうか。打算があったとすれば、冒険者たちに回復や支援魔法を施しているのも人気取りの一環だと思われます。……しかし」

 

「しかし?」

 

「それにしても成功し過ぎているようにも思えます。聖女と呼ばれるような振る舞いをし、他の者には為し得なかった偉業を達成させた。それでも彼女は新参者です。一日二日で“聖女様”と呼ばれるほど心酔されるのは、流石におかしい。

 見目麗しいお姿をし、長いことこの街に留まっていて、魔王軍幹部やデストロイヤーを相手にした時には活躍だってしたはずなのに、アクア様はいつまで経っても問題児扱いですし……それはそれで、おかしい話なんですが」

 

「あはは……」

 

 神聖性を滅多に発揮しない方だし、それを覆って余りあるだけの俗っぽさ……いや、親しみやすさがあるせいだろう、ととんぬらは内心を濁す。

 

「魔法で傷を癒してもらうことは冒険者にとって日常茶飯事で、治療を施しただけで涙を零して様づけすることなんてありません。

 それならば、蘇生という感謝しても感謝し切れない奇跡を起こしたアクア様は、それこそ女神様だと謳われてもいいとは思うんですが……宴会芸の方がパフォーマンスで印象強く目立ってしまっていて、芸達者な遊び人という風にしか見られていません。いや、アクア様が魅せる一芸はまさしく神業なんですが」

 

「あ、あはは……」

 

 さっきから頬をかく先輩がとても複雑そうな表情で乾いた笑いを零している。

 とんぬらとしても、どうしてこうなのだろうか? と首を捻るところ。魔王軍でさえ敬遠するアクシズ教の看板が働いているのもあるだろうが、その性格があまり人々から信仰を集めるのに向いていないようにも思われる。

 

「もちろん彼女の行いに冒険者たちは感謝をしているはずです。パーティの中に回復役のプリーストがいるかいないかでは生存率が大きく違いますから。ですが、冒険者だってその身体を張って、命懸けでモンスターと戦っています。

 プリーストは傷を癒して皆を支え、冒険者は皆の盾となって戦う。この二つは並び立つ相互関係であって、上下関係にまでなるのはズレています。

 そんなことはこの駆け出し冒険者の街にだって浸透している考え方だと思うのですが……それが一体何がどうなって聖女様などと崇め立てられるまでになったのか」

 

「それは確かに不自然だね」

 

「もし、そのプリースト・セレスが、幸運の女神エリス様がこの地上に降り立った化身だったら、その異様なカリスマにも納得がいくんですが」

 

「ぶふっ!? ちょ、違う――それはないんじゃないかな、後輩君!」

 

 可能性のひとつとして挙げたのだが、『正体がエリス様』説は、先輩に力いっぱいに否定された。

 

「あのね、後輩君、わた……あたしはエリス様がそんな簡単に地上に降り立ったりはしないと思うよ?」

 

「うーん、エリス様は奔放な方で、お祭りの時にはそれに紛れて楽しまれると聞きますし。実際、感謝祭にも降臨しましたから、ありえなくはないと思うんですが」

 

「あれはそういう特別の時だからじゃないのかな? 普段から遊んでたりなんてしないと思うなー……も、もう、あたしに何を言わせるの後輩君!」

 

「え、なんで怒られるんですか俺!?」

 

「とにかく、そのセレスっていうプリーストの正体がエリス様ということは絶対ないから!」

 

 『盗賊』だけど、敬虔なエリス教徒であるクリス先輩に“絶対ない”とまで言われたら、この推理はないのだろう。とんぬらは頭の中から棄却する。

 

「はぁ……なんにしても、その件の聖女様を直接拝まないと何とも結論付けられません。一目でも見れば何かを感じ入ることはできたと思うんですが……現状では、彼女と三人の関連性について推理以上のことは何とも」

 

 広げてきた机上の空論もここで行き詰まりか。

 確証(ゴール)までは至れず、憶測の域を出れなかった頭の回転も徐々に緩めていくとんぬらの口から、つい嘆息が漏れる。これ以上はなにか考察できる材料がないと進められない。それがどうにももどかしく思ってしまい、まだ何か閃い()てこないかと頭を掻くとんぬら。

 その様を、先輩の青い瞳――ほんの一瞬、感謝祭で視た女神様の(もの)と重なる――がじっと見つめていた。

 

「……後輩君は、アクアさんを助けるつもりなんだね」

 

「はい。……ただ、力になれても支えになれるかは怪しいですが」

 

「どうして?」

 

「俺はどうにも、アクア様には一線を引いてしますから」

 

 クリス先輩に促されてしまうと不思議なことに胸襟が緩む。とんぬらは思ってもあまり口にしないことを胸の内から白状してしまう。

 あの狂信的なアクシズ教がその降臨を直感的に悟ろうとも、(彼らなりに)出しゃばらずに自制しているのは、彼の女神の楽しみの邪魔をしたくはない故。彼らも、あの人の輪(パーティ)の中にいてこそアクア様は、ありのままでいられるとわかっているのだ。

 それがわかるからこそ、とんぬらも信仰する者として正しい距離感を取って接してしまう。だがそれは理解者というには遠い位置取りかもしれない。

 しがらみや憚りもない、そんな遠慮ない付き合いであるからこそ、本当につらい時に支えることができると思えるのだから。

 かといって、とんぬらも自分の中の固定観念(スタンス)をそう易々と変えられるとは思えず。

 

「……はぁ」

 

 また深く溜息を吐くとんぬら。

 助けたいと思い、そう行動しているはずだが、その吐息にはどこか自信のなさが滲んでいた。

 

 ぴん、と音がした。

 そして、俯きかけた額に軽い衝撃。

 そうそれは、向かいの席から身を乗り出して伸ばされた手が、仮面無きその素顔に届いた接触。

 

 

「ねぇ、もしあたしが神様だったらどうする?」

 

 

 ぱちくりと目を白黒させる吃驚した顔で、とんぬらはクリスを見る。いきなりのデコピンで小突かれ、突拍子もない質問をされてはとんぬらもどう反応すればいいか戸惑っても仕方なかった。そんな鈍い様子のとんぬらをクリスは見つめながら、軽い口調でその意図を語る。

 

「ほら、さっき後輩君が、セレスっていうプリーストが、エリス様の化身かもしれないって言ったじゃん? それが実はあたしの正体だったら、どう?」

 

 なるほど。そういう仮定の話をしているのか。

 とんぬらは自分の中を見つめ直すように、少し目を瞑り考える。

 女神様と対面できるなんて願ってもない事態だろう。信仰と感謝を捧げ、そして、許されるのなら、『祝福を――どうか事件を解決するためにお力をお貸しください』とでも願うのだろうか。

 ……しかし、とんぬらがその想定で真っ先に抱いたのはそれとはまったく違うものだった。

 

「そう、ですね。……寂しいと感じてしまうでしょうね」

 

「どうして?」

 

「今、気が付いたんですが、俺が“先輩”と呼べる相手はクリス先輩しかいないみたいなんです。でも女神様であられたのならそう呼べる者がいなくなってしまうだろうなぁ、と」

 

 敬虔なエリス教信者からすれば無礼とも取られる発言だったかもしれなかったが、クリス先輩は、この返答がツボを突いたのか、ぷふっと堪らなく笑みを拭いた。

 

「うん……決めた。あたしも、後輩君を手伝うよ」

 

「え?」

 

「余計なことは考えないでいいんだよ後輩君♪」

 

 つんつん、と今度はほっぺを小突かれる。何か知らないが、上機嫌になってノリが良くなっている。もっと言えば、はっちゃけているようにも見えた。

 

「いいんですか、先輩。失踪しているのを追っているんじゃなかったんですか?」

 

「後輩なんだから遠慮しないの! それにあたしもダクネスたちの行方は心配してたしね。じゃ、いってみよう!」

 

 そういって、どこか艶やかに薫る微笑みを送られれば、とんぬらも降参する他なく、クリスに手を引かれるような格好で席を立った。

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