この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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148話

 買い出しと情報収集の帰りの途中にアクシズ教の教会へ寄り道し、暇そうにしていたプリーストらに屋敷へ行くようにと頼んでおいたとんぬら。

 自ら彼女の居住地に赴く真似はしない教徒たちだが、とんぬらからのお願いに二つ返事で了承してくれた。

 酒も買ったので、今頃どんちゃん騒ぎで、お祭りともかくやという勢いで賑やかに酒盛りでもしていることだろう。騒がしいが、その分相手を寂しくはさせない。アクア様なら信者のハイテンションに振り回されることはなく、元気いっぱいな彼らから少しは元気をもらえることをとんぬらは思っている。

 

 そして、アクシズ教は誰が相手であろうとも崇め奉る女神を守護する。

 

 アクア様を一人にすることをとんぬらは危うんでいた。

 以前、ミツルギから受けた警告。『預言者』が視た“光”――すなわち、アクア様が魔王から脅威と思われている。ミツルギにジョークのセンスはないが、だからこそこれは冗談ではない。

 

 もしやこれは、アクア様を狙った魔王軍の奸計か? と今回のことでそんな憶測が頭をよぎった。

 ミツルギ曰くに、まだ“光”の正体がアクア様だとは気づかれてはいない。その神々しい存在感をも世間の目を欺く(または裏切る)普段の偽装(または本性)のおかげだ。

 しかし、向こうも『アクセル』に“光”が降りたことは掴めているようで、それで駆け出し冒険者の街で最も有名な冒険者の一団(パーティ)――カズマパーティに狙いを絞ってみせたこともありうる。

 必ずそうだとは言い切れないが、兎にも角にも、アクア様をお一人にするわけにはいかなかった。

 

 なので、ドランゴも屋敷に留守番させておいたが……これは、必要ないかもしれない。あくまで念のため。魔王軍も敬遠するアクシズ教徒が出張ってくるというだけで、あちらも近づきたがらないだろう。そうなると、戦力的な話で、緊急避難の『テレポート』が使えて紅魔族次期長確定の『アークウィザード』であるゆんゆんを屋敷に置いておく必要性は薄まる。

 なので、屋敷で催す狂信者たちの宴に巻き込まれる前に、ゆんゆんは捜索組へと避難させた。

 

 

 そうして、とんぬら、クリス、ゆんゆんが街の近くにある森へ入る。

 ドランゴは外れているので、三人パーティ。盗賊ひとりと魔法使いひとり、それから子供がひとり。壁役を任せられる屈強な前衛職がいない。見た目だけなら冒険者ギルドでも、簡単な採集クエストくらいしか受注させないような陣容(パーティ)だ。危険なダンジョンや強敵な賞金首モンスター討伐なんてやらせられない。

 でも、『アクセル』の近くに広がるこの森は、街の人達でも気軽に薬草や山菜を採りにいける。この辺りのモンスターは定期的に駆除され、滅多なことでは襲われない。

 だが、街で調べられることは大体やり尽したとんぬらたちが、ここにピクニックを散策しに来たわけではないのである。

 

「ねぇ、後輩君、どうして(ここ)に行くの? ダクネスたちがいるっていう情報はなかったと思うけど」

 

「この土地で、二番目の情報屋に依頼しに行くんですよ」

 

 一番目は何でも見通す悪魔なマネージャーだが、一日に二度も食い物にされるのは御免だ。

 

「あの三人がどこにいるかを知っておかないと、闇雲に捜し回る破目になりますから」

 

「あれ? こんなところに人がいたっけ?」

 

「人はいません。ですが、相手は人じゃないので」

 

「え、モンスター? それとも、まさか……悪魔、じゃないよね後輩君?」

 

 じろっと睨むエリス教徒のクリス先輩。偽義賊騒動で高位の女悪魔(アーネス)のせいで大変不快な風評被害に遭われたのだ。だがとんぬらも悪魔を毛嫌いする先輩がいるのにわざわざ悪魔の話題を振ったりはしない。

 

「魔物でも悪魔でもないです。まあ、悪戯好きなので人に迷惑をかけることがありますが、危険な真似はしませんので基本的に無害です。気まぐれ屋なので、先輩も機嫌を損ねないように気を遣ってくださいよ」

 

 なんだろう? 思い当たるものがない。

 首を傾げるクリスを見て、ゆんゆんが答えを言う。

 

「精霊です。子供たちと個人農園をしていたら現れて、それで知り合ったんですよ」

 

「へぇ、精霊かぁ」

 

「契約を結んでいる相手ではないのでこちらから招集をかける召喚はできませんが、礼を尽くせば話は聞いてもらえます」

 

 そうこう説明している間に目的の場所に辿り着く。ぽっかりと拓けた空間。真ん中にポツンと樹が一本ある森のエアポケットで、とんぬらは道具袋からそれを取り出す。

 そっと口をつけて構えるのは、羽衣のような薄絹を巻き付けた横笛、『春風のフルート』。

 

「では、挨拶代わりの一曲――」

 

 とんぬらは小さくなったが感性まで損なわれていない。短くなった指の動作に少し苦戦するもすぐに調整し(なれ)た。

 奏でられるのは、まさしく魔笛であった。耳に息を吹きかけられるような悪戯心。ゾクゾクッとした震えを禁じ得ない快楽に誘う調べ。力加減を誤れば不快なノイズともなって鼓膜を叩くことになる、その瀬戸際を鼻歌でも口ずさむような気軽さで澱みなく、リラックスしたまま奏者自身も楽しみながら奏でる。

 魔法の力に頼っていないのに、魔法じみた演出を為す、宴会芸。とんぬらが神へと奉じる為に磨かれた芸能。

 背骨(しん)から響かせる音色の風が駆け抜けて――――すぅ……と、とんぬらはフルートから静かに口を放した。

 拍手はない。

 この無音に染み入る余韻を、少しでも長く堪能していたいと心惜しんで目を瞑っている。しかしそれも徐々に息苦しくなる。演奏に焦がれる渇望が湧き上がっていくとき、静寂を破る声が脳内に響く。

 

 

『ΩΔΛΣ∫! αγβ。∂Ψ∂Ψ?』

 

 

 ぽっかりと開いた空間にある樹木から、緑色の髪の美少女が現れる。

 

『δΘζθ!』

 

 半透明な上半身を木の根元からニュッと出し、微笑みながら人語ならぬ言葉で語りかけてくる。

 

 ――あれは、『ドライアード』だ。

 クリスは驚いたように目を瞠る。植物の精霊にして、森の乙女『ドライアード』。その存在は幽霊(ゴースト)のように儚げであるが、ただ揺蕩うだけの雪精などとは異なり、知性のある高位の精霊種。ナンパな上位神器の聖鎧(アイギス)と同じように思念(テレパス)を飛ばしてくるので、そこそこの霊感があれば交信(コンタクト)もできる。

 

「二人とも、『ドライアード』と知り合いだったんだ……」

 

「以前、個人農園に侵略してきたんです」

 

「え?」

 

 事も無げに物騒な発言をする後輩に、ぎょっとするクリス。ニコニコと微笑を浮かべているその姿は悪霊とは程遠くて、人に害を為す存在とは思えない。

 だが、とんぬらは人が愛玩したくなる見た目をした『安楽少女』で学んでいる。飛ばしてくる思念の内容もわりと攻撃的で口が悪かったりする。

 

「へ、へー、こんな小さくて愛らしいのに意外だなぁ。ねぇ、本当なの後輩君? 冗談としか思えないんだけど」

 

「Ф♭♭Ξ? πδΔΛΛβ」

 

「『なに、そこの新顔? 貧層でかわいそうな見た目をしてるわね』、だそうです先輩」

 

「は、はぁ!?」

 

 クリスはとんぬらの意訳に固まった。

 

「後輩君……あたしのことからかってるんじゃないよねぇ?」

 

「いやいや、俺が先輩にそんな失礼なことを言うわけがないじゃないですか」

 

『♭ζΩЛ。πФγΨγγ。ΛΛ!』

 

「あー、俺は先輩のこと、その控えめなところに奥ゆかしく、清楚な趣きを感じられる方だと思っています」

 

「ねぇ、今、『ドリアード』は何て言ったのかな? 翻訳してくれない?」

 

 手を振りながらフォローを入れるとんぬら。途中、その背後から緑の美少女がはにかみながら念話(くち)送って(はさんで)きたが無視して。

 意訳はされていないがその内容は、一瞬、若干だが後輩の頬が引くついてそれが顔に出たことからお察し。

 森の乙女に張り合うかのようにクリスもにっこりと笑いかける。後輩(とんぬら)特攻で、逆らい難い先輩強権オーラを漂わせて。

 

「……『ちょっと土に埋まって光合成とかしてみたらどうなの。少しは成長するんじゃない。望み薄かもしれないけど。ぷふーっ!』と言ってきています」

 

「後輩君、この子、悪魔や悪霊とかじゃないけど付き合い考えた方が良いんじゃない?」

 

「畑の肥料を求めてどこからともなく現れ、身を削ってでも抜かれてたまるかという気概と、魔王城の壁の隙間にすら根を生やす生命力を持つ雑草。これら雑草が、『ドライアード』の手足であり、耳目の眷属なんですから、その頭目の性格が現金で逞しいのはだいたい想像がつきます」

 

「めぐみんも、昔、里で農家のアルバイトをした時に、何度も泣かされたことがあって……それで実家での家庭菜園は諦めたことがあるんです」

 

「今は、この森の原住民である鹿と主食にされる山菜を守る『ドリアード』は抗争に明け暮れているようですが、ちょっと前まで郊外の屋敷にまで勢力を広げていたんですよ。世間のイメージでは温厚で心優しい性質だと思われているみたいですが、結構気が強い精霊です」

 

 この世界の生物は、草木の一本に至るまで逞しい。キャベツなんて群れを成して空を飛ぶ。

 すべての生き物が過酷なこの世界の環境で生き抜こうと己の全てを振り絞っているのだ。

 

「しかし、あまり人を騙そうとはしませんし、話は通じる相手です。的確に人の急所を草で引っ叩いてくることもありますが、根っからの詐欺師な『安楽少女』と比べれば十分かわいいものですよ」

 

「はぁ~~~……『アイギス』といい、幻滅させてくるね」

 

「でも天寿を全うした山菜をくれるんですよ!」

 

 深く溜息を吐くクリスを見て、フォローを入れるゆんゆん。

 『ドリアード』は他所の土地から来た精霊。風の精霊から、『この街のどこかの畑の子達が、魔力が豊富な水と土をもらってるらしい』と噂を聞きやってきたのだ。そうそれは子供たちの実習でやっていて、それから気まぐれに水の女神様が世話していた家庭菜園だ。

 これを目当てに『ドリアード』が雑草を張り巡らせて、農地を略奪せんとしてきた――

 

 だが、学生時代、農家のアルバイトで、雑草千(())斬りを達成した猛者がここにいた。女性にセクハラを働く不埒千万な神風こと『春一番』をも調伏してしまった、対精霊のお付き合いスキルも持ち合わせるとんぬらは、雑草を抜いて抜いて抜きまくって……最終的には笛の音で野菜果実を陽気に躍らせるほどの宴会芸スキルの妙技でもって事穏便に済ませた。

 『春風のフルート』の演奏を気に入った『ドリアード』は、これを時々聴かせてもらうことを条件に無闇に人の畑を荒らさず野菜から養分を略奪しない不可侵条約を締結。それから天寿を全うした山菜と魔力溢れる美味しい水を交換するギブアンドテイクな関係を構築するに至る。

 そんなこんなな経緯があって、植物たちの元締めである『ドリアード』と繋がりができていた。

 

「――『花鳥風月』!」

 

 とんぬらは土地を慰撫するかのように水芸を披露して、魔力を豊富に含んだ馳走の水を森に散布し見舞った後、パチンと扇子を閉じる。

 気持ち良さげに水浴びをした森の乙女。精霊の機嫌がいいうちに早速話をする。

 

「今日は、頼みがあってきた」

 

『ГЛδ√……?』

 

「人捜しだ。あの個人農園で顔合わせたことのあるこの三人の行方が知りたい」

 

 カズマ、めぐみん、ダクネスの人相を書き写した似顔絵の紙を扇状に広げて『ドリアード』の前に提示する。

 

「この『アクセル』付近の土地一帯を縄張りとした、草木を統べる元締めである『ドライアード』ならば、彼らの足跡を追うことはできないか?」

 

 草の根をかき分けて、ではなく、草の根を手繰って、捜索する。

 触覚ともなる眷属の雑草と意識共有することで、それが根を張った土地ならば広範囲かつ迅速に収拾できる『ドライアード』の情報網……これをとんぬらは頼りに来たのだ。

 捜索は基本的に人海戦術。潜伏している相手を見つけるとなれば、隅から隅まで知覚しなければならない。

 それが、土地に居着いた『ドライアード』に協力してもらえれば、大幅に手間が省けることだろう。

 

『ЛδЛΛ? ΛΛ! βπФД』

 

 とんぬら、ゆんゆん、クリスを指差し、三本指を立てながら何かを言う『ドリアード』。

 

「……『クリエイト・アース』で出した魔力を豊富に含んだ土壌ではダメか?」

 

『βπФ、Л∈ΩθΛ』

 

「いや、こちらも値切るつもりはないんだが……」

 

「とんぬら、『ドリアード』は、なんて言ってきてるの?」

 

 交渉に困った表情を浮かべるとんぬらに、ゆんゆんが訊ねる。

 とんぬらは言い難そうにしながらも、質問に答えた。

 

「あー、代価を寄越せと……三人の捜索だから、三人分の新鮮な“肥料”が欲しいそうです」

 

 なんだそんな事かと肩を落とす。後輩(とんぬら)が渋い反応をするから何かと思えば拍子抜け。

 

「肥料ね。それなら街で買えるし、ちょっと帰って――」

『ДαДζ? βπФД』

 

 早速行動に移りかけたら、首を傾げる『ドライアード』。

 

「? 肥料が欲しいんじゃないの?」

 

「ええ、ですから、『肥料が欲しい』と言ってますよ、ほら」

 

 不思議そうな表情を浮かべるクリスだが、とんぬらが翻訳を間違えたわけではない

 『ドライアード』は適当に、しゃがめば人一人が隠れそうなサイズの、茂みを指差しながら、また何やら念話を飛ばす。

 

『βπФ、ΠεЪζΛ』

 

「……二人とも、『ドリアード』は、俺達()()()()()()“肥料”を要求に出しているんだ」

 

「と、とんぬら! もしかして、“肥料”って、そういうこと……!」

 

「そういうことになるな、ゆんゆん。……うん、あそこの茂みでちょいちょいとお花を摘んでくれば、『ドリアード』は満足するみたいだ」

 

「ちょーっと待ってほしいかな! ちょいちょいって言うけどそれとんでもないからね! 女の子にそんなことさせようだなんて何考えてんの後輩君! セクハラだよ!」

 

「ですから、俺じゃなく『ドライアード』の要求ですよ! 俺だってこんなこと言いたくはありません!」

 

 『人探しが三人で、あなた達もちょうど三人だから三人分で手を打ちましょう。別におかしな要求してないじゃない』と森の乙女は言っている。

 確かにその主張は筋が通っているように聴こえなくもない。

 

 そして、耳まで赤くして猛反対するクリスに、へそを曲げたかのように唇を尖らせ、不満を募らせていく『ドリアード』。この気まぐれで気の強い精霊が本格的に拗ねるのを危惧したとんぬらは、まあまあ、と手をやりながら、落ち着いた声で先輩の方に説得を試みる。

 

「世の中、お金(エリス)じゃ解決できないこともあります。大自然が相手なら尚更です。それに、先輩、生きていれば誰だってするものです。恥ずかしいことではありません」

 

「そそ、そんなこと言われたって! 野外でそんな……!」

 

「それでも恥ずかしがってしまうのはわかります。ですが、ここで拗らせたら面倒です。助力を得たい『ドライアード』は、神様ではないにしても高位の霊的存在なんですから、こちらが譲歩する姿勢を見せないと」

 

「後輩君が真面目に話してるのはわかるんだけど、先輩にも気を遣ってくれないかなあ! こっちは色々と心中複雑だよまったく!」

 

 催促する『ドリアード』と訴えるクリス。精霊と先輩の板挟みになり、少し困り果てるとんぬら。

 ここは三人目の意見を聞いてみたいな……と隣に視線を向けてみる。これに気付いたゆんゆんは、かぁっ! と恥じらいに顔を赤らめて、

 

「わ、私は、どうしても、とんぬらが欲しいというなら……が、頑張るから!」

 

「ちょっとゆんゆん!? いくら後輩君の頼みだからって、恥ずかしい真似はしちゃダメだよ!」

 

「でもとんぬらが真剣に私の、う……“肥料”を必要としてるなら――私のことを求めてるのなら、応えてあげたいんです!」

 

「ねぇ、後輩君。あたしは君のことを紳士だと思いたいんだけど、まさか彼女にへ、変態な事でも強要してるわけじゃないよね?」

 

「誤解です。全くの誤解ですから変な想像はやめてください先輩。ゆんゆん、俺は欲しくないから。求めてるのは『ドリアード』だから。勘違いしないでくれ」

 

 とんぬらだって、そんな高度な変態じゃないのだ。これがきっかけでパートナーに変な性癖に目覚められても困る。

 

『ζΔФ、Д……』

 

 かといって、『ドライアード』を無視するわけにもいかない。

 とんぬらは周囲の森の木々へ視線を一周巡らせて、考える。この身は子供だが、しかし頭脳は大人。一瞬の閃きから、次策を練り上げる。蜘蛛の糸のように細い、一縷の望みを、掴み取ってみせる意志まで萎えちゃいないのだ。

 数秒後、とんぬらが道具袋から携帯食料としている大きなパンを出して、言う。

 

「……『ドライアード』、残念ながら、そちらの要望にこの場で応えることはできない。たとえここでパンを食べても体の中で消化するのに時間がかかる。その“肥料”は、精神的にもだが、人間の生理的にも用を足せと言われてすぐできるものじゃない」

 

『ΛФΔΛ! ΔΛΔΛΔζ!』

 

「だが、用意はしてみせよう。お花摘みは無理でも、花咲かせはやってみせようではないか!」

 

 大言壮語に、ゆんゆんやクリスも驚く。

 とんぬらは、植物の精霊を前に不敵な笑みを見せつけて、圧倒する。

 その様に稚気は見えず、成熟した姿勢で、青臭さはあるものの、子供にはない風格と凄み、重厚さが感じられる。

 

『ФД、Λ§γ』

 

 そこまで言うのならやってみせろ、と述べる『ドライアード』に、とんぬらは早速、茂みの奥へ向かおうとする。

 

「後輩君、大丈夫なの?」

 

「まあ、何とかしてみせますよ」

 

「とんぬら……」

 

「心配するな、ゆんゆん。俺ひとりでも肥料を作り出せる」

 

「でも、手伝えることがあったら言ってね? その……一緒に、う~ん、してあげようか?」

 

「うーん、と頭を抱えたくなってきた気分だぞ。一体何を考えての発言なのかはツッコまないが、それは違うと言っておく。そんな気遣いは結構だから、先輩と一緒にここで待っててくれ」

 

 それから5分もしないうちに戻ってきた。

 

「生憎と材料の持ち合わせはないんだが、それならば現場にあるものを代用に仕立ててみせる」

 

 先程、視線を一巡させたときに見つけた、コロコロと丸い、乾燥している黒い玉。

 

「後輩君、それは?」

 

「鹿の糞です。『ドライアード』が森で鹿と縄張り争いをしていると聞いてますから、そこら辺に転がっていると思いました。実際、すぐ見つけられましたし」

 

 地面の草陰に大人がちょうど一掴みできる程度の量にまとまっていたそれを、とんぬらは両手をお椀に、さらに落ち葉を下に敷いて、集めてきた。

 草食の鹿の糞は水分含有量が少ないからべちょっとはしていない。それに臭いが少ないため拾うのに、あまり抵抗はない。

 

「鹿は食べたものをすべての養分を消化し切れていないから、糞にそれなりに栄養が詰まっています。人が出すものよりは、優れている」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「農家のアルバイトをしている時に教わったんだ。肥料にするにも良し悪しがあるってな」

 

『ΨГΠβ』

 

「ああ、その通り、拾ったものをそのまま渡しては意味がない。それにこのままでは肥料には適さないからな。だから、一工夫を凝らす」

 

 そういって、先程出した携帯食料の大きなパンを細かく千切って、落ち葉の皿の上に盛られた鹿の糞の上に振り撒いて――パンッ、と手を叩き、掌を向ける。

 

 ――『錬金術』スキル!

 魔法使い職の生産系スキル。魔力と器用さ、それからレシピへの理解度、この三つで作製精度が決まる。確実に仕上げるためには、錬金釜など職人を補佐する機材を用いるのが一般的ではある。けれど、とんぬらは専用の道具もなく、即興で『錬金術』を行使して、難なく成功させる。

 今やとんぬらの魔力制御技術は、最強魔法使い一族・紅魔族の中でも随一であった。

 

「ほいっとな。肥料の出来上がりだ」

 

 そして、撒いた土地を、植物の生育に適した腐葉土にする肥料を、瞬く間に完成させる。この早業には『ドリアード』も目を剥く。さらにとんぬらはもう一押し畳み掛けた。

 

「だが、ちょいちょいと作製した肥料だけでは物足りないだろう。もう一つおまけに、だ。落ちていた太い枝に、このモモガキの実」

 

 鹿の糞と一緒に採取してきた枝と実。

 木でやぐらを組んで、ピンク色の果実を置く。それから、また両手を叩いて、祈るように合掌。

 

「幸多き恵みをもたらす土壌をここに――『クリエイト・アース』!」

 

 この世界に最も広く信仰が浸透している女神(エリス)様へ祈りを捧げながら、創出系(クリエイト)魔法の詠唱。そして、『錬金術』。

 とんぬらの組んだ両手の内から溢れ出すように、光り輝いているようにすら見える豊潤な土。それが見つけてきた素材の上に被せられて、真っ白な灰へと成り変わる。

 これをおもむろに一掴み、握り取った後、適当な茂みへ放り撒く。おそらくは鹿に葉を毟り喰われたと思われる、緑より枝の茶色が目立つその茂みは、純白の灰に当てられた途端、なんと葉を生い茂らせ、花を咲かせた。茂みだけではない。そこら一面の草木が瑞々しい色合いとなっている。

 

「綺麗……っ!」

「おおっ! 凄いね後輩君、君はやればできる子だと信じてたよ!」

 

『ζΨЪΨ!!』

 

 天寿を全うした植物()たちが!? と驚嘆する『ドリアード』へとんぬらは再度交渉を試みる。

 

「蒔けば枯れ木にも花を咲かせる植物専用の活性薬『花咲かの灰』。先の肥料と合わせて、前払いとして受け取ってはくれまいか。そして、三人全員見つかった時に成功報酬として、最高品質の肥料を用意して持ってくる。もちろん、後払いとなってしまう以上、色を付けるつもりだ」

 

 これに、高位の精霊は満開の笑みを向けてくれた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 最近、この拠点よりも荒んできた心の整理をつけたいのでこれまでの報告書をまとめる。

 

 傀儡としたあの三人は、まったくやりたい放題にやってくれた。

 しがらみからの解放を促し、良心を切り捨てさせたのはこちらだが、あんな破綻者共とは思わなかった。これは魔王軍を脅かす冒険者パーティという評価だけで、三人の素性を確かめず迂闊に引き入れてしまったあたしの失態だ。

 魔王軍の幹部を次々と撃破してきたパーティの一員だと聞いていたのに、悪事を働かせようにもままならない。

 『このパンツは、魔王様への貢ぎ物にするぞー!』と女性下着(パンツ)を狩っていく野郎のせいで、魔王軍は変態セクハラ集団だとか言われるようになってしまった。嫌がらせとしては効果があっただろうが、こちらにも風評被害が及んでいる。おかげで魔王様からお叱りを受けてしまった。ふざけた真似を働くようならそちらへの援助を取り止める、とも言われる始末。ふざけてるのはあたしじゃない! あいつらだ!

 なので、沽券に関わるしょっぱい悪行するくらいなら大人しくしていろと言いつけた。

 他にも爆裂魔法をぶっ放す小娘がいるのだが、それがもたらす被害こそ凄まじいがそれ以上にこちらに振りかかる負担が凄く重い。他の冒険者たちに掛けてあった『マリオネット』の支配に回す余力がなくなってしまうほどに。

 当然、こいつもじっとしていろと命じた。

 しかし、ちょっと目を離すと、またふざけたことをやらかす。こいつらは『魔王軍の為に働いている』と堂々と宣う。奴らなりに借りの分だけ報いろうとしているのだが、それならこちらの言うことを聞いてほしい。だが、行動を抑えつける不自由な目に遭わせるとその分だけストレスとなってしまい、拘束力が弱まってしまう。おかげで、あたしは貸しを上乗せせんと、この盛大に足を引っ張ってくれる連中の小間使いのようなことをやらされる羽目になった。一日一回、そいつらのワガママ……爆裂魔法をぶっ放す散歩に付き合うだとか、パンツ狩りが出来なくなった分あたしの下着を頂戴するとかを聞くことに。……くっ、おかしいだろこれ!

 いっそのこと切り捨ててやろうかとも考えたが、傀儡にする際のエサとして計画の情報を明かしてしまっている。保険は掛けてあるが、迂闊に解放できないのだ。

 だが、有用な駒である。冒険者カードを見たが、『冒険者』の男は除いて、二人とも高レベルの上級職で高いステータスをしていた。だから使いようはある。そのはずだ……そう思わないとやってられない。

 

 それで、勝手ばかりする傀儡のお目付け役をしていたせいで計画が遅れてしまっている。人間であるあたしだから任せられていることも多くある。このまま行動が制限されてしまっている現状はかなり好ましくない。

 かつてここを拠点とした“魔王軍幹部の遺産”は守り通さなければならない。……だから、“向こう”と繋げるために準備をするあたしに代わって動けて、この今後の作戦の起点ともなる重要地から他所に注意を逸らさせるための傀儡を用意しようと思ったのに、肝心のそいつらがこれまでの例にない程の大外れだった。計画を邪魔する最たる不確定要素が、計画を支援するために掴まえた傀儡だとか頭が痛いなんて話じゃないぞ。

 

 とにかく、熟考した末に、ここにひとり放置……守りを置くことにした。いくらあたしでも、二人以上の制御は手に負えない。やってられない。こちらがストレスで破綻する。正直、ものすっごい不安だが、守ることしか能がない『クルセイダー』でも役に立つ……というか、これくらいの働きはやってくれないと元手が取れない。念のためにこちらも手を打っており、瘴気を外に漏らさぬよう結界を張って隠蔽してある。元々この付近に人は住んでいないし、あちこちに草の生えた瓦礫の山みたいなところだ。もう昔に捜索依頼は出されて調べられており、そんな利益の見込めない(うまみのない)遺跡発掘だなんて冒険者たちだってやりはしない。一日二日離れたところで、そうそう見つかることもないはず。だから、大丈夫――

 

 な? 留守番くらいできるよな? 何? 放置プレイかだって? ……ああもう、そういうことでいいから、テメェはここに残ってろ! これ以上あたしにおかしなことを話しかけるな!

 それで、こっちは何だ? ……は? 引き籠り生活を満喫してたのに急に外に連れ出すのなら、報酬を寄越せ? ふざけんな! お前のせいであたしのパンツはこの一枚しかねーんだよ! 返せよ!

 待て待て! 裏工作中に、爆裂魔法なんて目立つ真似はやめてくれ! 派手な振る舞いも厳禁だ! やるな! いいか、絶対やるんじゃないぞ! わかったな! ……だから、やるなつってんだろ! 何詠唱始めてんだ! お約束事だとか知らねーよ! フリとかじゃねぇから!

 クソッたれ! とっととやることやって、この頭のおかしい傀儡共から解放されたい……!

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ここって、前に『アクセル』まで軍を率いてきた魔王軍幹部の『デュラハン』がいたっていうお城、だよね?」

 

「ええ。今では瓦礫の山と言い表す方が合ってそうな惨状ですけど」

 

 ――『ドリアード』から早速情報が入った。

 かつて魔王軍の幹部ベルディアが拠点としていた古城に見つけたと放っている草のひとつから報告があったという。

 

「めぐみんが毎日爆裂魔法の標的にして、最後にとんぬらがトドメを刺したのよね……」

 

「俺のは意図があっての行為じゃないぞ。確信犯のめぐみんと同じ扱いはよしてくれゆんゆん」

 

 いつしか誰も住み着かなくなった廃墟……爆裂魔法と隕石直撃の連鎖の大打撃で、過去の威容が木端微塵に散らばっている。

 魔王軍の残党が潜んでいるかもしれない、また、魔王軍に関する情報がつかめないか。そう考えたギルドは調査クエストを掲示板に張り出し、そこへお宝目当ての冒険者パーティが何組か行ったみたいだが、戦果は何もなし。

 

「かろうじて雨露くらいは凌げそうなくらいに外観は残ってはいても、住めたところじゃない。こんな廃墟に普通はいるとは思えないんだが……――む」

 

「とんぬら、どうしたの?」

 

「踏み入った時に違和感がな。ふむ」

 

 とんぬらの感性が敷地に踏み入ってすぐにその微かなものを拾うやしゃがみ、地面に掌を当てる。

 

「――『フローミ』」

 

 とんぬらは瞑目して、頭の中に描かれる土地構造(マップ)を確認する。隠し部屋さえ暴き立てる地形覚地魔法は、実際に目視しているわけではないが、より深く感覚を潜り込ませれば、その座標位置の状態さえ把握し得る。目隠しをされて手探りで全体像を掴みながら、更にその触れた物の温冷などを感じ取るのと同じ。魔力感知に秀でて、邪なる気配に敏感なとんぬらにはこれに覚えがあった。

 

「ゆんゆん、サーチを頼めるか?」

 

「うん――『エネミー・サーチ』! …………ううん、何も反応はないみたいだけど」

 

「……魔物でないとなれば、これは、結界、か。ゆんゆんの魔法が察知できないとなると、おそらくは隠蔽系の……」

 

「後輩君」

 

「クリス先輩、ここはしばらくの間、無人だったというわけでもなさそうです。何物かが潜伏していた痕跡があります」

 

 この発言に、二人に少しはあった弛緩の色がなくなる。

 

「ひとつ、部屋と思しき場所があります。そちらに案内しますので、先頭を頼めますか」

 

「罠と伏兵の警戒だね。それじゃ『潜伏』スキルを使うから、二人ともあたしと手を繋いでね」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

「ほら、後輩君も」

 

「お世話になります先輩」

 

「ふふっ、任せなさい!」

 

 ハンカチでしっかり手汗を拭ってから手を取るゆんゆんにクリスは苦笑し、それから軽い調子でとんぬらに手を差し出す。

 こういう時、敵探知から罠解除、気配遮断まで何でもござれな『盗賊』は頼りになる。

 

「……ここを右に、っと……この先に階段があるはず」

 

 思い浮かべている地形図ではあるはずの階段がない。行き止まり。あるのは、罅割れながらも残っていた壁とこれを支える柱の一本。

 

「ふむふむ。後輩君の魔法が合っているのなら、これは何か仕掛けがあるね」

 

「仕掛けですか!」

 

 顎に手をやりながら語るクリスの推測に、音量は潜めながら興奮気味に声をあげて反応するゆんゆん。そんな彼女のワクワクとした反応が伝播したのか、それとももとからあったのが増幅されたのか、楽しげな調子で返事をする。

 

「ま、そこで見ててよ。あたしがちょちょいとその仕掛けを攻略してみせるからさ! ………ふんふん、ここが怪しいかなー?」

 

 リズムよくコンコンと軽く壁をノックしながら、壁を調べるクリス。時計の針が一周回るほどの時間もかからずに、柱にそれらしきでっぱりを見つけた。

 

「なるほど、これがスイッチだね」

 

「罠、という線は?」

 

「働かせてる『罠発見』スキルに何の反応もないから大丈夫だよ」

 

 『盗賊』の先輩は自信たっぷりにそういって、やや勢いよく、柱のでっぱりを押し込む。

 がたっ、と音。スイッチが押され、仕掛けが作動したことを表す反応だ。

 

「これで隠し階段が現れる…………はず……………………あ、あれ? これ以上動かない?」

 

 ぐいぐいとでっぱりを押すもでっぱりはこれ以上押し込めない模様。試しに捻ろうとしても回らない。

 

「え、どうして!? ちゃんとそれっぽいスイッチを押したのに!」

 

「それじゃあ一体? もしかしたら魔法で二重に鍵がかかっているのかも。――『アンロック』! …………ダメでした、手応えがないみたいです。どうしよう、クリスさん?」

 

「う、うーん、普通こうしたら、隠し扉は開くもんだと思うんだけど」

 

「いや、周囲の状況から察するに、こうやらないと……」

 

 慌てふためく二人の隣をすり抜けて、とんぬらがでっぱりを持ち上げるように押し込むながら、横へ――動か(ズラ)した。

 

「クリス先輩の思う通りにここにあるのは仕掛け扉なんでしょうが、ここはめぐみんの爆裂魔法に隕石が墜落したようなところですよ。ギミックに多少の不具合があっても不思議ではありません」

 

 そうじゃないかと思ってた通り、爆裂と隕石の威力でダメージがあった壁は、立てつけの悪い引き戸のようになっていたらしい。本来ならでっぱりを押し込めば自動で開くはずが、手動でやらなければ開かないようになっていた。

 

「う~……もう! 後輩君と一緒だとなんか調子が狂うなぁ!」

 

「はぁっ!? こっちに責任転嫁とかひどくないですか先輩!」

 

 理不尽な先輩に稚児(とんぬら)のやわらかほっぺをお餅のようにぐにぃと伸ばされる。

 そうこう先輩後輩がじゃれている内に、横へスライドされた壁の柱があったところに、下り階段が姿を現した。

 

「これは隠し通路か。前にも見たことがあるが、この手の城には定番の仕掛けだな」

 

 地下に造られたからか、地上で外観が崩壊している城でも無事なようだ。いざという時の避難路や隠し通路であるのだから特別頑丈に築かれているかもしれない。

 

「うわぁ、読んだ小説の中にもこういうのがありました! 焼け落ちる城から姫と近衛騎士の二人が手を取り合って決死の逃避行を!」

 

「隕石を堕とされた直後に爆裂魔法をぶっ放されたら、ロマンチックな空気に浸れる余裕もないと思うんだが」

 

 夢見がちなパートナーは、定番な設定を嬉々として語るが、とんぬらとしてはあまりいい実体験(おもいで)がないので別のことを想像する。

 

「じゃあ、階段を降りるけどなるべく音は立てないよう慎重にね。特に後輩君は注意するように」

「どうして俺を問題児扱いするんですか」

「だって、後輩君だから」

 

 何だか理不尽な扱いにちょっと頬を膨らませるとんぬらであったが、クリスの言うことに素直に頷く。

 そして、クリスを先頭にし、後ろでゆんゆんがランタンのように初級火魔法(ティンダー)の灯りを光源とし、それからとんぬらが気流を操って地下内の空気を新鮮なものと循環させながら、三人は隠し階段を降り始める。

 

(……通路は逃げやすいよう直線ではなく、螺旋階段か。避難経路の線は薄れるな)

 

 隣国『エルロード』の王城では、スカルドラゴンを潜ませていたが、さてこの先は鬼が出るか蛇が出るか。

 

 階段の終着、最下層まで辿り着くとそこは円形に刳り貫かれた空間。壁際に扉が一つあり、錠前が取り付けられている。そのぶ厚い扉一枚に遮られた向こうからは、何か蠢く物音と息遣いを覚る。耳を澄ませば、苦悶の声も聴こえた。

 だけど、魔力の反応は拾えない。何故ならば、結界がこれを阻んでいる。

 

「張り巡らされてる魔力がはっきり目に見えるほど濃密……すごい」

 

「これほどの結界、王城の宝物庫でお目にかかったの以来だね」

 

 この手の魔力で編まれた障壁を断つのにうってつけな、『結界殺し』の大太刀をとんぬらは残念ながら持ち歩いていない。子供(いま)の身長ほどもある刀身は、実戦でまともに振るえないし、携帯するにも重いのだ。それに紅魔の里での魔王軍との戦闘で結構無理な働きを強いたので、装備一式は里随一の武器屋のせがれへ整備に出している。現在、とんぬらが装備しているのは、宴会芸の小道具に用いていた予備の鉄扇ひとつである。

 でも、問題はない。

 

「となると、これの出番か。この最近、紅魔族(きみ)たちの特産品のひとつにもなってる『結界殺し』。普通なら手古摺る結界でも一発で破れちゃう。すぐに開けられちゃうけど、心の準備はいいかい?」

 

 そう、クリスは『結界殺し』を所有していた。

 こちらが頷くと、先輩は強力な結界が施された扉に懐から取り出した魔道具を押し当てる。そして、操作するとパキンという音共にあっさりと結界は破れて、それと同時に『開錠』スキルで錠前も外された。

 封印が解かれ、ゆっくりと開かれている扉の隙間から漏れ出る魔力に、ゾクッと産毛が立つほどの戦慄を覚える。

 

 この空気は……!

 以前、ウィズ店長に連れられて、ダンジョン深下層まで潜った時、濃密な――この世ならぬ地獄に近い――魔力を体感したことがある。

 この空間は、それを思い出すほどに澱んでいた。

 

「! 『敵感知』に反応が多数! 結界に邪魔されて気づけなかったけど、ここモンスターハウスだ! 気を付けて!」

 

 ――この不浄な気配は、アンデッド!

 数多くの魔物が潜んでいた。鎧甲冑を着込む動く骸、ゾンビの上位種アンデッドナイトだ。

 表の結界はコイツらをここに閉じ込めておくためだったか。

 

(ん? 床に何か書かれてる――魔法陣か?)

 

 一番視点の低いとんぬらが床に描かれている紋様に気付くも、落ち着いてこれを確認できる状況ではなかった。

 群れる死霊騎士という壁の先――そこに、いた。全身鎧に包まれているが、兜の隙間から垣間見えるその顔と金髪は見間違いがない。

 

 

『ダクネス(さん)!?』

 

 

 『盾の一族』とも謳われた大貴族のご令嬢にして、いなくなったカズマパーティ三人のうちの一人。ダスティネス・フォード・ララティーナ――ダクネスが、このアンデッドナイトに占められる隠し部屋の一番奥の王座のような椅子に座っている。

 距離があるのでその表情まで窺い知ることはできないが、なにやら苦悶の声が漏れ出ている。

 これにカッと大きく見開かれたゆんゆんの瞳が、紅く――一族の攻撃色に染まる。

 

 一刻も早くダクネスを助けないと!

 それにはアンデッドナイトが邪魔だ。

 だったら、魔法で蹴散らす。

 戦闘職ではないクリスさん、子供になってるとんぬら――今ここでまともに相手にできるのは『アークウィザード』の私だけ。

 

 昂る魔力を火力に変換。ゆんゆんが振るう杖先より、死体を火葬してくれる豪火球が放たれた。

 

「『ファイアーボール』!」

「『デコイ』――!!」

 

 しかし、ゆんゆんがアンデッドナイトたちに狙い定めていたはずの火球が、奥の方へ外れる。いや、外された。

 詠唱した直後に差し込まれた気勢(こえ)。この『囮』スキルに邪魔されたのだ。

 

「ふん!」

 

 自らの方へと引き寄せた火球魔法を、片腕を振るって打ち払う鎧騎士。次期紅魔族族長(ゆんゆん)の魔法を全くものともしない。

 だがそれよりも衝撃的なのは、信仰騎士(クルセイダー)である彼女が、アンデッドを(まも)ったということ。

 

「!? どうして?」

 

 わなわなと震えるゆんゆん。

 そして、“招かれざる客”たちに応じるべく、ゆっくりと、この“遺産”を守護する番人が立ち上がる。

 

「ダクネスさん……!」

 

「愚民よ。私の名はダクネス、ダスティネス家の令嬢にして、誇り高き『クルセイダー』。我が……神レ――くぅっ――ナ様にあだなす輩よ」

 

 明らかに様子が変だ。

 まさかこれは何かに操られているのか?

 仮面の悪魔に身体を乗っ取られたのと同じ展開か。前とは違って意識までも洗脳されているみたいだが……

 

 心の準備もままならないこちらへ、ダクネスは剣を掲げて突き付ける。

 こちらの意思など関係なく、向こうは侵入者撃滅に動き出す。剣が振り下ろされたその時、アンデッドナイトたちがこちらに襲い掛かるだろう。

 それでもとんぬらは、戦闘を回避するべく説得を試みる。

 

「私をどうするつもりだ。強めに罵ってくれるのか」

 

「こちらは事穏便に済ませたいんですが」

 

「そうか、辱めるのか……やってみせろ。むしろやってみせろ……!」

 

「いやいやいや、やりたくないんですって」

 

 が、話が通じない。

 あれ? これも洗脳されているせいなのか!?

 

 長剣は振り下ろされ、火蓋を切って落とされた。説得ターンなどスキップされた強制イベントは、もはや回避のしようがなかった。

 

 

 参考ネタ解説

 

 

 肥料:ドラクエビルダーズに登場するアイテム。周囲の土を腐葉土に変えることができて、レシピは小麦+こやし。

 

 花咲かの灰:ドラクエビルダーズに登場するアイテム。使うと花咲か爺さんのように枯れ木に花を咲かせることができる。レシピは、太い枝+モモガキの実+石炭。


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