この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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駆け出しの街編
19話


 初級魔法で覚えられる5つの魔法。

 火魔法『ティンダー』、

 水魔法『クリエイト・ウォーター』、

 土魔法『クリエイト・アース』、

 風魔法『ウインドブレス』、

 氷魔法『フリーズ』、

 このうちで、『クリエイト』と冠する生成魔法は、水と土。それは奇跡を創造する魔法に関わる属性であり、とんぬらの得意分野でもある。ここ最近は特に水の属性の扱いが上手くなっている。でも奇跡魔法を究めるには土の属性も研鑽しなくてはならない。

 また、魔法使いであるのに、前衛職をこなすことが多いとんぬらは、何人にも破れぬ堅い守りを求めており、それには護り技術だけでは足りないし、『クルセイダー』には及ばないだろう。

 なので、彼はこう考えた。

 

 よし、ここは魔法使いにしかできない独自の防御魔法を考えよう。

 

 そう、土属性を使い、全身をひとつの鉄塊とするオリジナル魔法。

 その名も、『アストロン』――

 

 

 ♢♢♢

 

 

 駆け出し冒険者の街『アクセル』

 別名始まりの街とも呼ばれる、低レベル冒険者たちが冒険仲間を求めて集う場所。

 紅魔族の里から旅立ち、水と温泉の都で師匠に鍛えられ、そして、昨日、ようやくこの街に辿り着いたのだ。

 そのとき、護衛した商隊から謝礼として、礼金だけでなく、上等な宿の二階の三部屋を半年間も貸し切ってもらえた。これは非常に助かる。

 

(だが、来て早々、自称女神のアクシズ教徒や、坊ちゃん勇者に出くわすなんて……先行きが不安になってくる)

 

 精神的な疲労のせいか、いつもより30分ほど遅めの時間に起床したとんぬらは、身支度を整えていると、控えめにノックされた。

 

「とんぬら、起きてる? 寝てたならごめんね。でも、起きてたら一緒にご飯食べに行かない?」

 

「ああ、すぐ行くから」

「じゃあ、待ってるね」

 

 下で席でも取っててくれ、と続こうとした口を閉じると、とっとと身支度を済ませるとんぬら。宿屋の部屋の前で出待ちさせるのは今後の生活に支障をきたすかもしれない。

 

「おはよう、ゆんゆん……」

 

「あ、おはよう、とんぬら!」

 

 やはり出てすぐのところにあった少女の、こちらを見た瞬間に、ぱぁっと花開く笑みに喉元まで出かかった文句を呑み込んでしまう。

 

「それじゃあ、朝食にしようか。めぐみんは?」

 

「うん。……めぐみんは」

 

 『ライバル同士馴れ合うのはここまでです。私はひとりで自分に相応しいパーティを見つけます』と先に行ってしまったらしい。

 爆裂魔法使いという使いどころが玄人並に難しいあの人材を使いこなせるものがこの駆け出し冒険者の街にいるのか疑問だ。

 思うに、あの爆裂魔法は戦闘ではなく、戦術。冒険者ではなく、魔王軍と鎬を削る王都の防衛線で戦う騎士団の方が有効利用してくれそうなのだが。

 

「それで、もう冒険者ギルドに行ってて……」

 

「そうか。……紅魔族の『アークウィザード』で、ステータスは魔法使いとして非常に優秀な部類に入るだろうし、引っ張りだこに合うだろうな……最初は」

 

 めぐみんが、一発限りのオーバーキルの爆裂魔法しか使えないと知れば、すぐにパーティから外される。そして、それを続けていけば、いずれ噂になり、ギルド内から誘いに来る者はいなくなる。

 

(まあ……もし、本当にそうなったら、パーティが見つかるまで付き合おうか)

 

 なんてことを考えながら、ゆんゆんと階下に降りた。

 大抵の宿は、一階部分が食堂兼酒場になっている。

 ちょうど混む時間帯なのか、人で賑わう酒場の中に空いてる席を見つけ、ゆんゆんの分の椅子も引いてから席に着く。

 『アクセル』名物のカエルのから揚げ定食を二人前頼んで、今後について相談を始める。

 

「とんぬら、これからどうするの?」

 

「そうだな。最年少の『ドラゴンナイト』を探したいところだけど当てがないんじゃしょうがない。まずは本格的に情報を集める前に、ここで基盤を固めるところから始めるとしよう。できれば、半年間のうちに宿から安定した住居へ引越ししたいところだけど」

 

「うん、いつまでもここでお世話になるのは悪いわよね」

 

「それから、ゆんゆんのレベル上げかな。上級魔法を覚えるまでは優先的にモンスターを倒してもらおう。言っておくが、これは貸しがあるのもあるけど、それだけじゃないぞ。上級魔法を覚えてくれた方が戦法の幅は広がるし、なにより『テレポート』が使えるようになってくれれば行動も楽になる」

 

「わかったわ。里にもいつでも帰れるようになるのは良いしね」

 

 しばらくの間、里には帰りたくないと思うとんぬら。

 きっと今頃、密告屋(めぐみん)からの報告書(てがみ)が族長に届いているだろうし……里に帰ってきたときの反応が非常に怖い。

 

「それで今日は俺、ギルドに行く前に寄って行くところがある。この街で世話になった大人に挨拶しに行くわけだが。ゆんゆんは、どうする?」

 

 二つ返事で少女は頷いてくれた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「これから会うのは、俺の恩人……になるのか。うん、恩人だ」

 

「微妙に言い淀んだのが、気になるんだけど……」

 

 狭い路地を通り、頭に変異種の仔豹ゲレゲレを器用に乗せながらとんぬらがゆんゆんを連れて向かうのは、小さな、マジックアイテムを扱っている魔道具店。

 

「ほら、前に、初めてダンジョンに潜る前に準備した魔道具店だ」

 

「……え、と、一ヶ月間出られなくなる結界のスクロールをサービスでくれたところ?」

 

「なんというか、たぶんひょいざぶろーさんが造るような魔道具を気に入る人でな」

 

 ああ、と微妙な顔をするゆんゆん。めぐみんの父であるひょいざぶろーは魔道具職人として腕は良いが、癖も強く、造った魔道具はまったく売れない。それを気に入るというのは、つまり商売人としては残念な感性をしている。

 

「でも、あれのおかげで助かったわけでもある。それに魔道具屋をやる前は凄腕の『アークウィザード』で俺たちの先達者だ……それに、たぶんゆんゆんと気が合うんじゃないかな?」

 

「そうなの!」

 

 とんぬらがここへ来たのは挨拶のためでもあるが、この放っておいたらひとりも知り合いできなさそうな少女に、頼りになる大人を紹介しておきたかったためでもある。きっと自分には相談しにくいこともこれからきっと出てくるだろうし。

 

「つまり、つまらない話でも聞いてくれて、名前が変わっていても笑わなくて、目を合わせて会話ができなくても怒らなくて、毎日訪ねて行っても引かなくて、できれば年が近くて」

「あんたの友人の基準は本当にめんどうくさいな!」

 

 ひとりで仲間を募集したらいったいどうなっていたことか。あの喧嘩っ早い短気な首席よりも心配だ。

 

「……まあ、でも、年が近い以外はおおむねゆんゆんの要望を叶えてる方だ」

 

「本当に! 本当にそんな人がいるのとんぬら!」

 

「あと、もうひとつあるんだが……これは本人から教えてもらった方が良いか」

 

 第一印象に気を遣い、必要にないのに髪を直してるゆんゆんを引き連れ、とんぬらは店のドアを開け中に入った。

 ドアについてる小さな鐘が、カランカランと涼しげな音を立て、入店を店主に告げる。

 

「いらっしゃいませ……、ああっ、おひさしぶりですね、とんぬら君」

 

「おひさしぶりです。昨日からまた『アクセル』を拠点にさせてもらうことになりましたウィズ店長」

 

「まあ、そうですか」

 

 全身を覆うゆったりとしたローブに、上にエプロンをつけた、ウェーブのかかった茶色い髪の青白い顔をした二十歳ほどの美女が出迎えてくれた。

 ぺこりと頭を下げて挨拶をすると、とんぬらはまだ店前で何やらぶつぶつと挨拶を復唱してるゆんゆんを引っ張り込み、

 

「ゆんゆん、挨拶するだけでそう畏まるなよ」

 

「だ、だって、第一印象は大事って本に書いてあったし、変な子だって思われないようにしないと」

 

「残念だがもう十分変だ」

 

 そんなぁ、と涙目になるめんどうくさい娘に、女店長はおっとりとした笑みを浮かべ、

 

「はじめまして。私はウィズと言います。『アクセル』で魔道具屋を営んでおります」

 

「は、はい! 私は……」

 

 ちらちらととんぬらを見てくるゆんゆん。その目配せの意図を察したとんぬらは息を吐いて、

 

「普通のやり方でも、紅魔族流でも、構わないぞ。ウィズ店長は紅魔族に理解のある人だし、俺も他人の名乗り上げにまで拘ったりはしないから、ゆんゆんの好きにすると良い」

 

「わかったわ……わ、我が……私は、ゆんゆん、と言います。よろしくお願いします」

 

 途中で恥ずかしくなって切り替えたのがわかるが、でもはっきりとちゃんと挨拶ができた。

 

「ゆんゆんさん、ですか。とんぬら君のお友達でしょうか?」

 

「お、お友達じゃなくて」

「パートナー、です。パーティを一緒に組む相方、という意味ですよ」

 

 その注釈に少し気落ちするゆんゆんに、彼女から視線を反対側にやるとんぬら。その二人に女店長は微笑ましそうに相好を崩した。

 

 

 予想通り。

 人格者と評判な貧乏店長は、このめんどうくさい少女にも気が合った。

 魔道具屋は相変わらず閑古鳥が鳴いていて心配になるが、わざわざお茶を出してもらい、最初はお見合いの席のように仲介を挟むとんぬらがいなくては会話が成立しなかったが、今では二人で和やかに会話のラリーを続けている。

 ちなみに、女店長より当店自慢と爆発シリーズの並ぶポーションを紹介されてゆんゆんはおおよそ店の内情を理解した。

 

「ゆんゆんさんは可愛らしい方ですね。新しい友達ができて私もうれしいです」

 

「そ、そんな私も、です。ウィズさんのような人が友達になってくれて、本当にうれしいです……『アークウィザード』としてのお話も本当にためになりますし」

 

 いつでも遊びに来てくださいね、と微笑みかけられ、感激したゆんゆんはしきりに頷いてる。これは今日の日記に書くだろうな、と思いつつ、

 

「ウィズ店長、ひとつ相談があるんですけど。オリジナル魔法の開発ってどうやったらいいでしょうか。何かコツとかあれば教えてほしいんですが」

 

「オリジナル魔法、ですか」

 

 商才はないが、昔はオリジナルの魔法をいくつか創ったと語る凄腕の『アークウィザード』。おそらく紅魔の里の大人たちと比較しても上の実力を持ってる。今、とんぬらが突き当たってる壁を超えるための助言をくれるかもしれない。

 

「もう術式や詠唱は固まってきてるんですけど、あと少しのところで行き詰ってて」

 

「そうですね……何か具体的なイメージがあると良いかもしれません」

 

「目標とすれば、アダマンタイト級で、できれば爆裂魔法にも耐えられる硬さなんですが」

 

「それはすごいですね」

 

「とんぬら、それひょっとしてめぐみんに対抗して……」

 

 その気はないとは言わない。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 挨拶が終わり、店でひとつ水と混ざったら爆発するポーションをとんぬらが、魔力消費を肩代わりしてくれるマナタイト結晶をゆんゆんが買ってウィズ魔法具店を後にした二人は、冒険者ギルドへ向かい、ゆんゆんの冒険者カードの照会を終わらせると今日はそのままクエストは受けず、土地勘のないパートナーのために街案内をすることにした。

 

「うーん……爆裂魔法にも耐えられるほど硬いものかぁ……」

 

「とんぬら、そのオリジナル魔法開発しても、絶対にめぐみんと勝負なんてしないでよ」

 

「わかってる。そんなバカなことはしない。だが、前に『ドラゴンスレイヤー』の称号が欲しいとか意味深に俺を見ながらぼやいてただろ。上位悪魔を倒したのを見て、改めて危機感を覚えてな。防御策を講じておきたくなった」

 

「そんないくら何でもとんぬらに爆裂魔法を撃ちこんだりなんか……しないわよね、めぐみん」

 

「しかし、紅魔の里でもょもとのところの武具屋でアダマンタイトを使った鎧を触ったことがあるが……ふむ、『アクセル』にもあったかな」

 

 とりあえず、今度は魔法使いにはあまり必要ないかもしれないが、武具屋を覗きに行こうとした時だった。

 

 

「失礼、そこのお方!! ちょっとよろしいでしょうか!」

 

 

 燕尾服を着た執事風のおじいさんが突然声をかけてきた。

 用事があるわけでもなく、また相談者を拒まない神主の職業病から、とんぬらは落ち着いた声で、

 

「なんでしょうか? とてもお困りのようですが」

 

「実は、人を捜しておりまして!」

 

 おじいさんの言葉に、とんぬらとゆんゆんは顔を見合わせる。

 

「実は、当家のお嬢様が見合いを嫌がり家出しまして……通りすがりの方にこんなことをお願いするのは申し訳ないのですが、どうか捜索にご協力を……! この国において、美しい金髪碧眼は純血の貴族の証。お嬢様は、長い金髪を後ろでまとめておられます。それらしい方を見つけましたなら、ダスティネス家までご一報くださいませ。その際にはぜひお礼をさせていただきますので……!」

 

 そういって四分の一も生きてないような少年少女に頭を下げるおじいさん。

 ダスティネス家といえば、『盾の一族』とも呼ばれる有名な大貴族だ。王族とも関わり深いそこのお嬢様が家出とは、一大事ではないか。

 ゆんゆんに目配せして確認を取ると、彼女も頷き返してくれた。

 

「わかりました、協力しましょう」

 

「ありがとうございます、お願いいたします!」

 

 また他の通行人のもとへ駆けていきそうになるおじいさんを、とんぬらは引き止める。

 

「すみません。ちょっとそのお嬢様の匂いがするものはありませんか? コイツ、鼻が効きますので、もしかしたら匂いを辿れるかもしれません」

 

「おお、そうでございますか。……それでしたら……」

 

 とんぬらが親指で、今はゆんゆんの腕に抱かれてる変異種の仔豹を指す。すると、おじいさんは何か考え込んでから、持ち歩いていた袋より……鎧の肩当てを取り出した。

 

「これはどうでしょうか。今日、お嬢様が持ち出そうとして、落としてしまわれたものなのですが」

 

 まるで、童話の『シンデレラ』。

 ただし、こちらが落としたのは、ガラスの靴ではなく、鋼の肩当てである。夢見るお姫様が一気に武闘派になった。

 

「え……」

 

 ゆんゆんの反応が固まる。

 お嬢様というからには、きっと可憐で清楚な人を思い浮かべたのだろう。

 華奢で小柄で心優しい女の子を連想したが、そんなイメージ像に、鎧?

 

「……そういえば、紅魔の里の鍛冶屋にお嬢様の顧客がいるって聞いたことあるな」

 

「おお! ご在知でしたか。ええ、これは紅魔族の鍛冶屋にお嬢様が特注で造らせたアダマンタイトを少量含んだ鎧でして」

 

 感心したように目を丸くするおじいさん。

 先程訪れた魔道具屋といい、里を出た族長の娘は世間が狭いと思った。

 

 遠い目をしてるゆんゆんを他所に、とんぬらは軽く指で肩当てを小突き、その響く音の感触を確かめると、おじいさんに訊ねた。

 

「これ預かってもいいですか? 後日、ダスティネス家まで返しに行きますので」

 

「ええ、構いません! ありがとうございます!」

 

 

 おじいさんと別れ、とんぬらが肩当てをゆんゆんに抱きかかえられるゲレゲレの鼻孔のあたりに持っていく。

 

「ゲレゲレ。この匂いのもとを追ってくれ」

 

「しゃう」

 

 ぴょんと地面に降りると、鼻を鳴らしながらとことこと歩き始める。

 

「これはチャンスかもしれないな」

 

「え……私、別に金欠じゃないんだけど」

 

「違う。ほら、相手は貴族のお嬢様だろ? もしかしたら最年少の『ドラゴンナイト』のことを知っているかもしれない」

 

「ああ、そうよね!」

 

 街行く通行人を躱しながら段々と進むペースを上げていく仔豹、そのあとを駆け足で二人は追う。

 

 

「なんで鱗があってピチピチしてて、脂がのってるサンマが畑にあんだよ!」

 

 

 途中、昨日聞いた声が何やら騒いでいたが、スルーして先を急ぐ。

 

 そして、

 

 

「ねぇ、ダクネスやめよ。クエスト受けちゃってるけど牧場を襲う白狼の群れの討伐は無理だって。あたしたち二人に火力なんてないんだから、一方的にやられちゃうよ」

 

「だから、いいんじゃないかクリス! この紅魔の里から仕入れたモンスターが好む香りのするポーション! このモンスター寄せを浴びた私を白狼が蹂躙し……」

 

 

 行き着いた先は、街の門前。

 何やらクエストに行くか行かないかで言い争いをしてるふたり。

 止めようとしているのは革の鎧を着た、身軽な格好をした女の子。

 頬に小さな刀傷があり、ちょっとスレた感じだがサバサバとした明るい雰囲気の銀髪の美少女。……とんぬらは、あの昨日会った水色の髪の少女と同族のような気配を覚えた。

 

 それから、何としてでも行く! と言い張っているのは、()()()()()()フルプレートメイルを着込んだ()()()()()の美女だ。

 

「ダメダメだって! ほら、ダクネス、今日の鎧、肩当てが足りてないじゃん」

 

「問題ない。鎧の一部が欠損していようが硬さには自信がある。もうクリスが何と言おうとクエストは受けたんだ。だったら、私ひとりでも行くぞ!」

 

「ああもうっ! ダクネスの石頭!」

 

 確認するように足元のゲレゲレを見れば、あれだ、とでも言うように、頭をあの金髪碧眼の女騎士へと振る。

 

「……あの人がお嬢様、なの?」

 

「どうやらそうみたいだな」

 

 とりあえずあの屋上から落としても割れそうにない強化硝子なシンデレラに話しかけるとしよう。

 

「我が名はとんぬら! 紅魔族随一の神主代行にして、奇跡魔法の伝道師なる者! ――お困りのようですが、俺達が力添えしましょうか?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「いやあ、助かった! 肩当てを届けてくれただけでなく、高火力の魔法使いの上級職がついてきてくれるなんて! いや実は、ちょっと言い辛いのだが、私は力と耐久力には自信があるのだが不器用で……その……攻撃がまったく当たらないのだ。だから、君たちがついてくれるおかげでクエストをこなせそうだ。ああ、気を遣わなくていいぞ。モンスターたちは私が! 盾となって! 抑えてみせるから!」

 

 どういう話をしてこうなったかは割愛するが、この遠足であるかのように意気揚々と先を行く騎士上級職『クルセイダー』のお嬢様騎士と、苦笑するその友人の『盗賊』の銀髪少女とクエストに行くことになった。

 

「……ねぇ、とんぬら、本当にいいの? ダク、ネスさんのこと、おじいさんにお願いされてたんでしょ」

 

「あー……あの、ダクネスって人は、一騎士として体を張って民を守りたいという言葉はウソじゃないと思うし、立派だと思うぞ。それに捜索してくれと頼まれたけど、連れて帰ってくれとはお願いされてないわけだ」

 

 貴族の令嬢だというのは内緒にしてくれとお願いされ、気軽に“ダクネス”と呼んでほしいと言われたが、どうにもまだゆんゆんには気安くできないよう。これはこれまで他人をあだ名呼びした事がなかったボッチ性分も拍車をかけてる。

 一方で、とんぬらはすでに割り切った。これはしょうがないと。

 

「それに、あれだけ親友の言葉に耳を貸さずに一点張りだったろ? そこを赤の他人の俺達がどう説得しようと家には帰らないと思うぞ。かといって『クルセイダー』を強引に連れ帰るのは無理があるしな」

 

 だから、無事に帰らせるよう、クエストに協力する。その方が両者納得するところに落ち着くはずだ。

 

「それは、そうだと思うけど……」

 

「心配するな。俺達の紅魔の里製の防具を纏ってるんだ。あれは一撃熊の攻撃をもろに受けても壊れん。それに、俺の見立てではダクネスさん自身も相当硬い気がする。

 それでも何かあるようなら、俺が何とかしてやるさ」

 

 心配そうなゆんゆんに、軽い笑みで調子を上げるとんぬら。

 もう……と少女は困ったようにするも、息を噴き出し、笑みをこぼす。今のでちょうど良く緊張が解けてくれたようだ。

 

 

「それは頼もしいね君。ダクネスには困ったものだけど、本当に何とかなりそうな気がするよ」

 

 

 クエストに同行するのに納得したところで、銀髪の少女に声を掛けられた。

 人見知りでいきなり話しかけられるとビビってしまうゆんゆんもだが、とんぬらもどうもこのクリスという自分たちと同年代ほどの『盗賊』の冒険者に畏縮してしまう。

 ひしと腕に抱き着くゆんゆんとそれをされるがままにかたまってるとんぬらを興味津々といったように忙しく視線を何度か往復させて、

 

「随分と仲が良いようだけど、君たちは恋人同士なのかな?」

 

「いえ、違います。互いに共通の目的を持ったパートナーです」

 

 きっぱりと言った。

 横で、むぅ、と唸る声がするが無視する。

 

「えー……本当に? これでも結構な多く人を見てきたから、ごまかしは通用しないよ」

 

「ウソなんて言ってません。ただこの娘、ゆんゆんはこの通り人見知りをする性格ですから、知り合いの俺に寄ってきてるだけで。天地神明に誓って清廉潔白な関係です」

 

 耳が、ぅぅ、とくぐもった声を拾うが無視する。

 

「ふうん。嘘を吐く時の邪な気は感じないけど。君、とんぬら君だっけ? 何か宗教に入ってたりする? 教会の洗礼とか受けた?」

 

「ええ、まあ。僧侶ではなく、魔法使いですが……洗礼だけは、アクア様のを受けました」

 

「そうかー……どうりで先輩の……」

 

「でも、アクシズ教徒ではありません! 将来は里の神社なる施設の神主を務める者ですから!」

 

 妙に納得されたクリスに必死に弁明する。この一線だけは守っておかないと、そのうち流されてアクシズ教団に属していることにされそうなのだ。現にめぐみんとゆんゆんにはもうアクシズ教徒(仮)にされてる。

 

「お願いですからそこのところだけは誤解しないでください!」

 

「ああうん、わかったよ。だから、落ち着いてって……そうだね、とんぬら君の弁明は信じよう。で、ゆんゆんさんに確認するけど、とんぬら君とはお友達でいいのかな?」

 

「違います」

 

 きっぱりと言う。

 確かに友人関係ではない。だから、パートナーというところが表現として落ち着くところであり、

 

「とんぬらとは、パートナーです。……色々な意味で。め、めぐみんもそう言ってます!」

 

「えっ」

 

 最後に余計な一言がついてしまったせいで、ややこしくなってきた。

 とんぬらが慌てて隣のゆんゆんを窺うが、少女は何だか吹っ切れた調子で、

 

「色々な意味で、ってどういう……?」

 

「キ、キスだって、しました!」

 

「わ、わぁ……精々手を繋ぐくらいの初々しいカップルだと思ったのに……さ、最近の子って進んでるんだぁ……」

 

「おい、また酒飲んでるわけじゃないよな? それとも暴露癖がついたのか? いえ、本当誤解しないでください、クリスさん。それは救命行為でやったことですから!」

 

「し、舌だって、入れられました!」

 

「ねぇ、君、とんぬら君、これはちょっと言い逃れできないよ。男として責任とるべきだね」

 

「い、いや、本当に救命行為で、毒を取り除くために……」

 

「初めて、だったのに……」

 

「………」

 

「だから、あれはノーカン……ですよね? ……あー……勘弁してください。俺、まだ成人してないんです」

 

 ゆんゆんにほんのりと頬を染められもじもじとされるのもだが、このクリスという少女に睨まれるとどうにも神職的に降参するしかない感じで。女子二人でとんぬらは卑怯だと言いたい。

 

「そう、ちゃんと真面目に考えてるんだ。じゃあ、15歳になったら責任とるんだね? 洗礼を受けたのとは違うけど、女神エリスに誓える?」

 

「…………はい、その時までには固めておきますので」

 

「だってさ、ゆんゆんさん。大人になるまで待っててくれるかい?」

 

「は、はい! いつだって、私、待ちますから、とんぬらのこと……」

 

 そんなやりとりがあったおかげか、ゆんゆんは、クリスとも打ち解けられた。クエストまでの道中、親しくおしゃべりをして、その二人から後ろに外れたとんぬらは足取りが重く3歩ほど離れたところで、ガクッと肩を落とした。

 

 なんだろうか。

 もう城の外堀も内堀も埋まっただけでなく、天にまで見放された気がするのは。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「どうした、とんぬら? 妙に疲れてる気がするが」

 

「何でもないですダクネスさん。ちょっと人生の墓場に予約を入れただけですから」

 

「なんだそれは?」

 

 牧場に到着して、ダクネスに心配されたとんぬらは、パシッと頬を叩いて気を切り替える。クエストに集中する。

 

「それで、作戦の確認をしますが。基本、ダクネスさんが抑え役の前衛で、ゆんゆんが仕留め役の後衛。俺とクリスさんがその支援を、というわけですが、これじゃあ、ダクネスさんに大変なことばかりさせてしまうので、その時は俺と前衛をスイッチして」

 

「構わん。私は『クルセイダー』、パーティを守るのが仕事だ」

 

「……そのモンスター寄せの薬、すごく効き目バッチリですよ。修行の間、俺も使ったことはありますが、そのときは周りどこをみてもモンスターがうじゃうじゃと。周りの大人達にも目も向けず、俺にまっしぐら」

 

「構わん! むしろそのシチュエーションは望むところだっ!」

 

 …………なんで、この人、紅潮してるんだ?

 わりと脅したつもりで体験談を語ったんだけど、思ってたのとは違う反応。

 つい、とお嬢様と親友のクリスを見るが、困った様に頬をかかれた。

 

「いいから、ダクネスの好きにやらせてよ」

 

「そちらがそれで良いというなら、こっちは構わないんですが」

 

 重厚な鎧をまとう『クルセイダー』ダクネスがひとり前に出て、中間に左右別れてとんぬらとクリスが、そして、一番後ろで緊張な面持ちのゆんゆんとその護衛に配置した変異種の仔豹ゲレゲレ。

 

 とんぬらは取り出した鉄扇を空を薙ぐように振るうと、まずは自身に支援魔法をかける。

 

「『ヴァーサタイル・エンターテイナー』!」

 

 それから流れるようにもう一度、振り上げ、虹色の光を放つ奇跡魔法を発動。

 

「『パルプンテ』!」

 

 瞬間、パーティ全員に倍速に動ける支援魔法がかかった。

 これは幸先良い。ダクネスとクリスが驚いた顔をしてるが、奇跡魔法の効能を実感してるのだろう。

 

「おお! これはすごいな! 鎧をつけてるのにまるで体重がないかのようだ」

「え……これって、神器じゃないけど……」

 

 そして、ゆんゆんが気を鎮め、銀色のワンドを構えたところで、ダクネスは用意したモンスター寄せをその艶やかな金髪に思い切り被った。

 ピクとゲレゲレがその匂いに反応したが、ゆんゆんの傍を離れないよう『山の如く動かず』と強く言い聞かせたので、持ち場を離れることこそしなかった――でも、野生の場合はそうはいかない。

 

 遠方より、遠吠えが聴こえた。

 

 犬のではない狼の咆哮は、強く、長く、牧場の空にまで立ち上っていく。

 

 そして、あっという間に。

 牧場に何十匹もの白い狼が群がり、荒い呼吸でダクネスを凝視していた。

 カチカチとなる牙と血走った眼は、今にも稲妻のように走りだしそう。この嗅覚を刺激してくる芳香を放つ女騎士へ。

 

「はぁ……はぁ……狼たちが今にもむしゃぶりつきそうな目で私を見てるぞ……!」

 同じく、女騎士も血走った目をしていた。

 一番前にいるため、とんぬらにはその顔は見えなかったが、獣の息遣いにも負けないほど大きな、荒い呼吸音だけは聞こえる。

 

 怯えてるわけでもなさそうだし、むしろ……

 

 耳を疑うとんぬらだが、今はモンスター討伐に集中。

 荒々しい息遣いの白狼。

 涎を舌から零しながら、ダクネスの顔を睨んでいる。

 ノコギリのような牙と口。前脚の爪は、まるで短剣を三本揃えたような凶悪さだ。

 

 牧場を襲う白狼の群れの討伐、これは100万エリスの高額依頼。

 

 ――しかし、臆することでもない。

 ここ『アクセル』では畑に出没する一撃熊の討伐クエストが200万エリス。大人たちの監視があったとはいえ、半年の修行の間に二人で一撃熊を楽々と倒せるようになったとんぬらとゆんゆん。やれるだけの実力はあるはずだ。

 

 

「『デコイ』――ッ!」

 

 

 『クルセイダー』の囮スキルが発動。

 それまで傍にいたとんぬらたちを警戒して踏みとどまっていたモンスターたちは、スキルの一押しで、一気に女騎士に飛び掛かる。

 そこへ、

 

「『花鳥風月・猫柳』――からの『雪月花』!」

 

 予めダクネスの周囲に打ち水して仕込んで前準備は済ませてあった。

 白狼たちのどてっぱらを打ち上げる間欠泉。モンスターを吹き飛ばして、豪快に水浴びさせると、さらにそこへ倍速で動くとんぬらは雪精が舞う吹雪を浴びせ、濡れネズミとなった白狼たちを凍結させていく。

 

 と。

 

「すみません! 勢いが良すぎてダクネスさんにもかかってしまい」

「――構わん! 遠慮なんてするな! むしろ気持ちいいからもっとジャンジャンやれ!」

 

 ……直接被害は被らなくとも余波の冷水にかかったり、寒風を浴びたりしたのだが、お嬢様騎士は全然平気のようだ。

 事前に『物理耐性』や『魔法特性』、各種『状態異常耐性』で大半を占める、アダマンタイト級に堅いステータスだと教えてもらってはいたが、これは想像以上だ。

 

「『ライトニング』――ッ!!」

 

 とんぬらの凍結と、それからクリスが『盗賊』の拘束スキル『バインド』で捕縛して動きを止めた白狼を後衛の『アークウィザード』ゆんゆんの中級魔法で撃ち抜いていく。

 ダクネスに狼の爪牙がかからないようにと張り切ってるゆんゆんは、倍速の支援魔法を受けてることもあって、一息に二度放つ稲妻の連射を行い、次々とモンスターを屠っていく。

 

 と。

 

「ダクネスさん、ごめんなさい! 間違っても流れ弾が当たらないようにしますが気をつけて」

「――いい! 思いっきりやれ! 背後から魔法の乱れ撃ちが飛んでくるなんてゾクゾクする!」

 

 ……流石、守ることを生業とする聖騎士。普通の人ならビビってしまう状況でも臆することなく、壁役に徹する。

 ここは譲らんとばかりに、不動の構えを見せる。

 

「フフッ……激しい水と荒ぶる雷、まるで嵐の中にいるようだ。そして、何としてでも噛みついてやろうと必死な狼たち……んんっ」

 

 その後も我武者羅にダクネスを目指す白狼を仕掛けた間欠泉が押し出し、凍結された、またロープに巻かれたところを雷撃が仕留める。モンスター寄せと囮スキルを使っているからか、中衛後衛には一切襲い掛かってくる気配はなく、その分一生懸命にゆんゆんがモンスター退治に専念する。今のところ、ダクネスは数度モンスターの攻撃を受けるもそれはとんぬらの『ハッスルダンス』ですぐ回復するため、ほぼ万全のまま群れの半数が仕留められた。

 

「『ライトニング』――くっ!」

 

 倍速の魔法連射の制圧力は凄まじいの一言だが、ただしその分だけ魔力の消耗も激しい。

 いざというときのために、魔法使いの必需品ともいえるマナタイト結晶は用意してあるが。

 魔力切れに近い顔色だと察したとんぬらは状況を切り替えようと、奇跡魔法を行使する。

 

「『パルプンテ』――ッ!」

 

 虹色の光が拡散し、その波動はパーティの体力魔力を全快させる。

 

「おお、また吉。それも大吉だ」

 

「うん! まだまだいける!」

 

 魔力が全快し、復活したゆんゆんは再び雷撃の乱れ撃ち。

 高火力の弾数も充填され、この調子でなら、白狼たちの群れを全滅できそうだが、今度はとんぬらの仕込んだ水の方が足りなくなる。間欠泉を打ち上げるにも地面に水を十分染み込ませておく必要があるのだ。

 そこで、とんぬらはもう一度、奇跡魔法を行使する。

 

「『パルプンテ』――ッ!」

 

 発現した効果を悟ったとんぬらは、前衛のダクネスに叫んだ。

 

「ダクネスさん! 伏せてください!」

 

「っ!」

 

 思い切り鉄扇を振り払う。そして、標的を瞬間凍結する極寒の吹雪が放たれる。それは、モンスターを一瞬で行動停止にしてしまえる――

 

 

 ただし、お嬢様騎士も巻き込んだ。

 

 

「ダクネスさん!?」

 

 彼女は、忠告されたが、伏せなかった。むしろ、全身で受けるように両腕を大きく広げたくらいで、モンスターたちの壁役となったようにも見える。

 あれほど堂々とフレンドリーファイアを受ける姿は見たことがない。

 背中から奇跡魔法の吹雪を浴びた『クルセイダー』は、身体に白い霜がついて、固まってしまったかに見えたが、ブルブルと微動してることから完全には凍結していないようだ。これはすごい。とんぬらがこの当たりを引いて、完全に行動を停止できなかったのは魔王軍幹部ハンスくらいである。

 呆然として魔法の詠唱が止まってしまうゆんゆん。その一番後ろの彼女の耳にも聞こえるほど大きな、熱の篭った悲鳴が、前衛の背中だけしか見えない女騎士から響いた。

 

「くぅっ!? 何ということだ! 敵に囲まれて身体が凍ってしまった! このままではっ……! このままではあのモンスターの群れに、蹂躙されてしまうっ!」

 

「――ごめんっ。本当に、あたしの親友がごめんっ」

 

 何故かクリスがとんぬらたちに謝って、急いでダクネスに『バインド』でロープを巻き付け、引き摺って回収しようとする。

 前衛が崩れたところへ白狼が迫ってくるが、そこへ中衛のとんぬらが前に出ながら、

 

「『花鳥風月・猫火鉢』!」

 

 水に触れると爆発するポーションを一回分に小分けして試験管サイズの小瓶に詰め合わせたものを投擲し、それを白狼たちの前で水鉄砲を浴びせ――爆破。

 爆音と暴風に、モンスターたちが怯んだところで、魔法の詠唱を終わらせる。

 

「『モシャス』――ッ!」

 

 変化魔法で、とんぬらは先まで前衛を務めていた『クルセイダー』に変身する。

 耐久、筋力、体力、敏捷値とその身体スペックを模倣したとんぬらは、ダクネス´の凄まじさ、特に硬さに驚嘆する。

 

「何だこの人……これまで見てきた人の中で一番防御力が高いんじゃないか」

 

 そして、退場した本人と入れ替わって、前衛に立つとんぬら。

 すでに鉄扇の先より大太刀ではなく、氷の大剣を成形しており、重厚な全身鎧ではなく軽装ではあるが、これで白狼たちを相手できるだろう。いや、無双できてしまうくらいだ。

 

「『デコイ』――ッ!」

 

 ダクネスが囮スキルを発動させて、モンスターを引き寄せる。

 ただし、オリジナルと違い、器用度が凄まじく高く、支援魔法をかけてさらに底上げされてるとんぬら。変化魔法が模倣するのは身体性能と保有スキルで、器用度や魔力、知力、それから幸運値は変わらない。

 剣と刀で勝手が違うものの、その剣の舞で次々と白狼を切り刻んでいく。倍速の支援魔法がかかってるということもあってか、攻撃は重く、それでいて剣速は恐ろしく速い。一瞬の斬り返しなど、小説に出てくる大剣豪『ササキコジロウ』の『燕返し』のようだ。

 

「おおっ……私に化けたのは驚いたが、この数を相手に圧倒しているのを見てるとなんだか嬉しい……でも、折角の獲物を奪われて寂しくもある。ここは、私もまた『デコイ』でモンスターを」

「『スキル・バインド』ッ! ――これ以上、彼らの邪魔しないで大人しくしておこうかダクネス」

 

 囮スキルを発動しようとしたお嬢様騎士は、行動を察知した親友より未然に『盗賊』のスキル封じをやられ阻止された。

 

「ゆんゆん! 右!」

「うん! ――『ライトニング』ッ!」

 

 食らいつこうとする白狼の牙を氷の大剣を盾に受け、教示した通りに雷撃がその白狼を貫く。

 

「とんぬら! 後ろ! ――『フリーズバインド』!」

「おう!」

 

 後ろから押し倒そうとする白狼に、凍結魔法を放って一瞬動きを止めると、聖騎士は振り向きざまにモンスターを斬り捨てる。

 まるで二重奏(デュエット)のように指示を出し合い、円舞曲(ワルツ)のように連動して標的を仕留めていく二人。

 それは、冒険者二人も感嘆するほど理想的な前衛と後衛で、数十体の白狼は一匹残さず退治された。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 一度の戦闘で奇跡魔法があんなに大吉が連発することはなかったが、もしかするとあの二人のどちらかに凄まじい幸運値の持ち主がいたのだろうか。

 クエストは無事に討伐成功した。

 それで報酬の100万エリスは、四等分となった。最初は『終盤は任せっきりだったから』と遠慮されたが、こちらもパーティでしてはいけないミスである味方撃ちをしてしまったわけで申し訳ないのだ。そう告げたら、ますますクリスが申し訳なさそうにしたが、どうにか報酬は平等に分け合うところで落ち着いた。良い経験値稼ぎにもなったし、ゆんゆんの方は、1、2レベルほど上がってるだろう。

 

「……でも、得られた『ドラゴンナイト』の情報は、『ライン=シェイカー』という名前だけか」

 

「身分を偽って冒険者をやってるというんだし、偽名を使ってるわよね……」

 

 道すがら今日の成果を話しながら宿に帰ると、食堂の一階の端っこのテーブルに魔力切れの気怠い体でテーブルの上に突っ伏してるめぐみんがいた。

 

「ねぇめぐみん、今日はどうだった? 良いパーティには出会えた?」

 

「いえ、一緒にクエストは請けたのですが……。俺達のパーティには、君は宝の持ち腐れだと言われて断られてしまいました」

 

「そっか。めぐみんは魔法は強力だけど、使いどころを選ぶしね」

 

「玄人並にな」

 

 両手に二人分のお盆。

 クエストは成功したが、爆裂魔法による被害の補填で金欠となってしまっためぐみんの分まで日替わり定食を取ってきたとんぬらが席に着く。

 

「そういう二人は、情報は得られたんですか? それともイチャイチャしてたんですか?」

 

「い、イチャイチャなんてしてないわよ……!」

 

「とりあえず、運良く名前だけ分かったけどそれだけだ。まあでも、クエストで報酬と経験値が結構稼げたから今日は成功だな。中々幸先のいいスタートが切れたぞ」

 

 手を合わせ、とんぬらが食事をしようとしたところで、めぐみんが懐から一枚の手紙をとんぬらに差し出した。

 

「なんだこれ?」

 

「今朝、冒険者ギルドに行ったら、紅魔の里に来てたあの勇者候補の……マツルギに会いまして、もしとんぬらに会えるようなら渡してほしいと頼まれました」

 

 紅魔の里で見ためぐみんのことを覚えていたのか、もしくは同じ紅魔族だから依頼したのか。どちらでもいいが、やはり昨日見つかってしまった時点で目をつけられたらしい、

 

『魔法使いとプリースト募集中。現在のメンバーは、『ソードマスター』、『ランサー』、『盗賊』の三名です。魔王討伐を真剣に目指しています。やる気さえあれば初心者でも大歓迎。僕たちと一緒に世界を救いませんか?』

 

 という脳内が勇者様な募集要項の下に、

 

『とんぬら、君の加入を僕は望んでる。  ミツルギ=キョウヤ』

 

 と直筆の勧誘文句と、『明日の朝に冒険者ギルドで会おう』という……

 

「訂正する。前途多難だ……」

 

 やはり、人生はパルプンテだ。




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