この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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2話

 炸裂魔法、爆発魔法、爆裂魔法と呼ばれる習得が極めて難しい、特殊な系統の魔法。爆発系の魔法は複合属性で、火と風系列の魔法の深い知識を必要とするもので、だがその威力は非常に高い。

 

 炸裂魔法。

 上級魔法並みにスキルポイントを要するが、岩盤ですら砕くほどの威力があり、国の公共事業で活躍する魔法。覚えれば、土木関係の国家公務員に有利である。

 

 爆発魔法。

 これは伝説的なアークウィザードも使っていたとされ、一発一発の魔力消費が尋常ではないが、相対したモンスターを成す術もなく葬ったと言われる。

 

 爆裂魔法。

 究極の破壊魔法にしてあらゆる存在にダメージを与えられる最強の攻撃魔法。

 ただし、バカ高いスキルポイントが習得に必要であり、覚えられたのだとしても魔力消費が凄まじく、多量の魔力を保有する者でも一発も撃てないことが多い。また万が一撃てたのだとしても、その威力はモンスターだけを仕留めるにとどまらず、周囲の地形までも変えてしまう。ダンジョンで唱えればダンジョンそのものを倒壊させ、魔法を放った時のあまりの轟音に、周囲のモンスターをも呼び寄せてしまう。

 つまり、爆裂魔法は自爆芸も同然のネタ魔法である。

 

 

 ちなみに奇跡魔法も水と土の複合属性で、血統に限られることも加味すれば、爆発系よりも習得の難易度が高い魔法である。ただし、大半が滑り芸なオチになるネタ魔法。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 高い知力と魔力をもつ紅魔族。

 世界最強の魔導士が戦闘において最も大切であると定めるものは、何事にも動じない冷静さ? それとも、すべてを蹂躙する火力? ――いいや、違う。

 

 かっこうよさだ。

 

 紅魔族の戦いは何よりも華を求める。

 

「我が名はとんぬら。アークウィザードにして、神主代行を務める者……」

 

 周りを囲まれながらも静かに、少年は己の獲物である鉄扇を手に取る。

 どんなにピンチでも、無闇矢鱈に騒いで、慌てふためくのは格好悪い。常に自分がどのように映っているのかと意識し、指先まで集中する。

 

「せめてもの手向けに舞を一手馳走しよう」

 

 一斉に襲い掛かってきた輩へ、力強くも流麗な演舞を見舞いする。

 

「汝らも踊れ!」

 

 受け流し、または躱し際に強かに返し打つ。

 鉄扇が振るわれるたびに相手が真っ赤な液体を散らして、くるくると回りながら倒れゆく。

 そして、最後は空高く鉄扇を放り投げ、相手が驚いて上に意識が行ったところで、素早く懐に潜り込み連打。

 

「このようなものが手向けになるとは思えぬが」

 

 当身で倒したところで、真上に落ちてきた鉄扇を見ずに掴み取り、決める。

 とんぬらが扇子を閉じたとき、囲んでいた輩は皆、地に倒れ伏す……

 

 

 

「満点! 文句なしに最高よとんぬら、スキルアップポーションをあげるわ! 鮮血の演出までするなんて憎いわね! でも我ら紅魔族が何たるかちゃんと理解してる!」

 

 男子クラスの担任である女教師は、拍手を送りながらスキルポイントを増やす稀少なポーションをとんぬらに手渡す。

 それで終わった空気を読んで、やられた男子生徒達も起き上がった。

 

「すげぇなとんぬら。アークウィザードなのに前衛職並みに動いてなかったか」

 

「旅をしてると呪文を詠唱するより直接叩いた方が手っ取り早いことがあるからな」

 

「へぇ、でも、服がびしょびしょだぜ」

 

「すまんな。向かってくるもょもとの威圧感に俺も加減ができなかったんだ」

 

「ふっ、いいってことよ。俺もとんぬらの覇気に当てられて、力を抑えきれぬとはまだまだ未熟。それにやられ役もなんだか格好良かったし、水も冷たくて気持ちよかったからな」

 

 互いの健闘を称え合う男子たち。

 服についた赤く染まった水は、鉄扇から噴き出した『花鳥風月』の水芸(血糊バージョン)によるものである。染みにならず、ちょっと洗えばすぐに落ちる。

 

「格好良いわね、転校生。魔法使いっぽくなかったけど」

 

「うん。朝もすごかったし。魔法はズッコケたけど」

 

 校庭で実習する男子クラスの体育の授業。

 それを女子クラスの教室の窓から見て、転校生の殺陣に興奮したように授業であることを忘れて騒いでいた。

 

「うむ。自分の武器を上手く使って格好良さを引き出してるな」

 

 女子クラスを受け持つ担任も授業を中断して感心したように呟きを漏らしている。そんな中、活躍を称賛していないものがクラスに二人。

 族長の娘ゆんゆんは、真っ赤な顔を両手で覆い隠して小さく震えていた。これは転入生の格好良さに、顔を見られなかったというわけでは、決してない。

 

(は、恥ずかしい……っ!)

 

 (頭のおかしな)紅魔族の中で頭のおかしい中二病な感性を持ってるゆんゆんには見てられなかった。

 里の族長である父からは、紅魔族の流儀に不慣れだろうし、ゆんゆんが手本になってやれと頼まれていたけど、もうあれ世話する必要がないくらい、むしろゆんゆんよりも紅魔族に馴染んでいると言えよう。本当に彼は里の外を旅していたのだろうか?

 単に人付き合いスキルが高く、紅魔族のノリに合わせてるだけなのかもしれないが、ゆんゆんと話の合う、(世間一般的に)常識人という淡い期待が砕かれた。

 

 そして、もうひとり。

 

「………」

 

 よく怒ったり、恥ずかしがったり、と感情が激しく荒ぶるとき、人は『顔が赤くなる』と表現することがあるが、

 紅魔族は身体的特徴として、興奮したとき、彼らは瞳が赤く光る。これは危険信号で、冒険者たちの間でも、目を真っ赤にした紅魔族を見かけたら何をするかわからないからすぐに逃げろというのが常識である。

 

 ゆんゆんの隣の席の少女の双眸は、赤々と燃えるように輝いていた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 朝のHRに遅刻したけど、出席確認で自分の名前が呼ばれてなくて遅刻扱いとはならず、でもあんまり喜べない微妙な気分になったり、

 テストで三位以内に入れたのでスキルアップポーションはもらえたけど、一位になれず二位だったり、

 校長の座を狙う紅魔族随一の担任教師ぷっちんのとにかく格好良さを追求する講義を恥ずかしながらも真面目にノートに取り、

 精神的に疲れる午前授業が終わって、お昼休み。

 事情があって二人前の量で作ってあるお弁当をゆんゆんが机の上に出したとき、ガタガタ! と何か揺れる音が後ろから。

 

「え、なにっ!?」

 

 びくっ、と椅子から1cmほど体を浮かせて飛び上がったゆんゆんが振り向けば、教室の後ろにある掃除用具を入れるロッカーが揺れていた。

 女子クラス全員が同じように異音に吃驚している。そして、窓際に近く、二列後ろの席である文武両道の優秀な学級委員ゆんゆんに視線が集まる。影の薄いゆんゆんにこれだけ注目されるのはそうないことであるが、これは空気的に『ロッカーの中を確かめてきて』と貧乏くじを押し付けられてる感じだろう。

 

「ゆんゆん、ちょっと確かめなさいよ」

「そうよ。ゆんゆんが一番近いでしょ」

 

「え、私が……!?」

 

 廊下側の二列後ろの席で一番ロッカーから離れてるツインテール女子生徒ふにふらが言う。その意見に髪をリボンでまとめてポニーテールにしてる女子生徒どどんこが同意して、クラス内の空気が決まった模様。

 と。

 そんな空気を吹き飛ばすように、勢いよくロッカーが開かれた。

 

 

「我が名はとんぬら! 紅魔族随一の芸達者にして、女子クラスにお邪魔する者!」

 

 

 決めポーズをとって、参上。

 一体いつの間に、そして、どうやってクラスが分けられてる男子生徒が、女子クラスのロッカーに入っていたのかトリックの種明かしをしてほしいところである。

 

「ど、どうして女子クラスにお邪魔してるのよ!?」

 

 だが、いち早く混乱から回復し、この中で不本意ながらも破天荒転校生とんぬらと最も付き合いの長いであろうゆんゆんが、まず突っ込んだのは理由(なぜ)であった。

 それに対し、非常識な行動を取ったとんぬらは、逆に問い返した。

 

「何か問題があるのか? 別に男子が女子のクラスに入るのは校則に反してるわけではないだろう?」

 

 同じ校舎内であるものの、男女クラスを分けてる紅魔族の教育機関。でも、別に授業中はとにかくとして、休み時間で遊びに来てはいけない校則はないのだ。ただ思春期的に年頃の異性と交流するよりも、同性同士で集まって過ごすようになってるだけで。

 

「それはそうだけど……」

 

「それにゆんゆんの友達作りをしなければならないからな」

 

 猫耳神社に祈願した望みを叶えんと、神主代行の少年はこのぼっちの少女のところへやってきた。だが、この願いが叶うとどうなるかをゆんゆんは知ってる。

 

「そして、氏子になってもらい、この猫耳バンドを付けてもらう!」

 

「いらない! 絶対に入信しないし、そんなヘンテコなのつけないから!」

 

「ヘンテコだと!? この猫耳バンドは、装備すれば防御力が(ないよりはましな程度に)上がるし、魔力も(雀の涙くらいに)上がる。そして、猫の言葉がわかるようになる優れものなんだぞ!」

 

「やっぱりヘンテコじゃない! それに私、とんぬらの助けがなくったって大丈夫だし……」

 

「大丈夫でないから神頼みしたのではないか? これを言うと紅魔族随一の神主代行として哀しいが、猫耳神社のお賽銭箱に奉納したのは、たぶんゆんゆんくらいだぞ」

 

「そ、そんな……どうして私は噂を信じてあんな真似をしちゃったんだろ……」

 

「おい、落ち込むな紅魔族随一の奉納者。なんでそんなにがっかりする?」

 

「もう私のことはいいから! だいたいとんぬらの方こそ転校初日で大変でしょ? 授業とかついてけないんじゃないの?」

 

「ふっ、それこそ余計なお世話だ。親に連れられ里を出たのは三つの時。それから九年間、俺は外の世界で生きてきたんだ。モンスターを相手に戦ったこともない連中に負けるつもりはない」

 

 制服のマントを広げ、その内側に収納されてる四つのスキルアップポーションを見せる。まだ今日一日の午前授業しか受けられないことを考えれば、とんぬらは全ての授業でスキルアップポーションをもらえる三位以上の好成績を収めたことになる。

 

「そうだな……一月で、この学校のてっぺん獲るつもりだ」

 

 新参者の分際で、ここまで堂々と大言壮語を吐いてのけたとんぬら。

 しかし、それを身の程知らずと笑う者はいない。その纏う空気はゆんゆんたちが息を呑むほど。温室育ちには身につけられぬ、重圧(プレッシャー)

 だが、女子クラスの中で、転校生の放つ圧力をものともしない例外がひとりいた。

 

「それは聞き捨てなりませんね」

 

 黒くしっとりとした質感の、肩口まで届くか届かないかの長さの髪に、物静かな、眠たげな赤い瞳。小柄で細身な、女子クラスの背の順で先頭を立っていそうな、少女はとんぬらの前でバサッと制服のマントを翻して見せ、威風堂々に凛と名乗り上げる。

 

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛する者!」

 

 

 身体は小さいながらも、その身の裡に膨大な魔力を秘めているのが気配から察せられる。とんぬらは嬉し気にわずかに口角をあげた。

 

「ほう、あんたが紅魔族随一の天才か」

 

「ええ、そうですよ転校生。登校初日から目覚ましい活躍をしているようですが。それでもてっぺんは獲れません。この私がいる限り」

 

「言ってくれるな。……でも、あんたは、俺と同じ匂いがする」

 

「奇遇ですね。私もですよ転校生」

 

 ふたりの間で視線がぶつかり、火花が散る。

 興奮して目が爛々と赤く光っており、魔力も零れ出てるのか、周りの空気が蜃気楼のように揺らいていで、それぞれの背後に竜と虎のオーラまで見える。

 

「しかし、一度でも口にした以上、首席の座を奪わせてもらう。そうでないと、猫耳神社の氏子となってくれるゆんゆんに示しがつかないからな」

 

「私そんなのになるつもりないから!」

 

「いいでしょう。挑戦するのは自由です。ですが、できなかったら、力不足を自覚してゆんゆんに付き纏うのはやめるのですね。そこの会話に飢えてるぼっちは押しに弱く、自分に話しかけてくれるだけで嬉しがってしまうので、転校生を強く拒むことができません。仕方がありませんから、私が手切りしてあげましょう」

 

「そ、そんなわけないし! ちゃんと断ってるじゃないめぐみん!」

 

「わかった。そのときは俺に神主代行を務めるだけの力量がないと認め、辞退しよう。金輪際、ゆんゆんに俺から話しかけないことも誓う」

 

「そ――別にそこまで……お願いだから二人とも私の話を聞いて!?」

 

 そして、周りを置いてけぼりにして、いつの間にか一人の少女を巡って争う展開が出来上がった。

 

「まあ、覚えているのがあんなネタ魔法では、結果は見えてますよ。今後一切勧誘をしないと誓うのなら、勝負を取り下げても構いません」

 

「なっ!? 奇跡魔法を爆裂魔法みたいな長続きしない一発芸と一緒にするなっ!」

 

「なっ!? 私の前で爆裂魔法をネタ魔法と呼ぶとはいい度胸ですね転校生! 今朝、盛大に二度もスカなんて、奇跡魔法が滑り芸も同然のネタ魔法と書かれても当然ですよ!」

 

「ほう……そこまでいうなら、我が奇跡魔法をその身で受けてみるか?」

 

「ええ、どうぞ。奇跡魔法なんて怖くありませんから」

 

「……吐いた唾は呑めんぞ、首席」

 

「教えてあげましょう。紅魔族であるなら売られた喧嘩は買うものですよ、転校生」

 

 とんぬらがわずかに開いてみせた鉄扇をめぐみんに向ける。

 その先に魔力が渦を巻いて集い始める。強力な魔法の兆候。けれど、クラスの女子たちは決闘にまで発展した諍いを止めることもしない。今朝、二度も外れ(スカす)るのを見ては、その魔法が危険性皆無だと判断されても仕方ないだろう。

 

 でも、ここにひとり。

 奇跡魔法が、巨大なモンスターを一瞬で凍死させたのを見た者がいる。

 

 

「だめっ、めぐみん! ――お願いやめて、とんぬら!」

 

 

 オチが読めてどこか弛緩した空気のクラスの内で、甲高い声で叫ぶゆんゆん。

 上級魔法と同等以上の威力を発揮したのを目の当たりにした彼女は、めぐみんが凍結した姿を幻視してしまう。

 

 けれど、めぐみんは鉄扇の前から動かず、そして、とんぬらも鉄扇で口元を隠して、呪文を唱えた。

 

 

「(ボソ……)『パルプンテ』」

 

 

 ………何も、起きない。

 不発、だ。

 クラスの女子学生らは、やっぱりと期待外れな結果に慣れていて、けれどひとり、ゆんゆんだけは、めぐみんの無事に安堵のため息を零した。

 

(よかった……けど、詠唱の前に何かぼそっと言った気がするけど……)

 

 そんな中。

 不敵に笑うとんぬら。対峙しためぐみんへと見せつけるように、自身の制服のポケットを軽く叩いてみせる。まるで自分のポケットを確かめてみろというようなジェスチャーに、めぐみんは制服のポケットに手を入れ、

 

「おおっ!」

 

 突然、驚声をあげためぐみんにクラスの注目が集まった。そして、皆が瞠目する。

 

 なんと、めぐみんの制服のポケットからビスケットが溢れ出てきたのだ。

 

「奇跡魔法とは、敵に攻撃するだけのものに非ず。時に味方に祝福を与えるもの。吉凶振るう奥深い魔法なのだ」

 

 ポーズを決めて鉄扇を開き『吉』と書かかれた面を見せつけるとんぬら。

 おおーっ! とパフォーマンスに感嘆の声をあげるクラス。そんな中、ゆんゆんはジト目を向ける。

 

「……ねぇ、本当に魔法使ったの?」

 

「三度目の正直ってやつだ。うん、これ以上不発(スカ)するわけにはいかないんだ」

 

 ふいっと少女からの訝し気な目線から逃げるように顔を逸らす神主代行。答えになっていない回答だけど、もうこの反応だけで十分。

 インチキとまでは言わないが、必死になって止めたことを今更ながら恥ずかしくなってきて、とてもやるせない気分になってくる。

 こほん、と咳払いをして、

 

「どうだ首席。これで奇跡魔法の凄さがわかっただろう。では、返してくれ」

 

 ポケットから零れ落ちたビスケットを拾い集めためぐみんへ、とんぬらが手を差し出す。が、

 

「返すとは何ですか? これはもともと私が持ってたものです」

 

「はぁっ!?」

 

 返却を求める手を無視し、堂々と所有権を宣言された。

 

「残念でしたね。やはり転校生の奇跡魔法はスカ魔法でした」

 

「何を言うんだあんた。それは俺の今日のお昼になる予定だったものだぞ! ほら小袋に『とんぬら』って名前書いてるだろ」

 

「ちっ。こんなのがご飯とは侘しいものですね。そんなに神主とは儲からないものですか。しかし、これは返しませんよ。絶対に返しません。私と妹の晩ごはんにしますから」

 

 ささっと自分の鞄へ大量のビスケットを入れて確保しためぐみんは、伸びてくるとんぬらの手をぺしっと叩き落とす。

 腕をぶるぶると震えながら、抑えた声で、

 

「がめついな首席。紅魔族随一の天才の肩書を持つならもっと余裕を出してみたらどうだ?」

 

「何を言いますか。獲れるときに分捕るのは当然でしょう。それにたとえこれが転校生の物だったとしても、これは私に“与えた”効果なのですから、私の物です。それとも奇跡魔法とは一度人に上げた物を返せという懐の狭い魔法なのですか」

 

「ぐぬぬ。奇跡魔法はそんなせこいもんじゃない」

 

 歯噛みして悔しがりながらも、そこは譲れない一線であるのか、断腸の思いで食糧(カロリー)を諦める。

 そんなとんぬらを見て、いつも何かと勝負を挑んではめぐみんに言い包められてるゆんゆんは仲間意識に芽生えそうになる。

 

「そうでしたか安心しました。よろしければ、さっきの魔法をもう一度してくれませんか?」

 

「続けて同じ芸を連発するなんて、芸に誇りのある者はしない」

 

「あなた、魔法使いじゃなくて、芸人なんですか?」

 

「神主は、奇跡魔法と一緒に宴会芸スキルを覚えるのがならわしなんだ。神主として芸能を修めるのは必須。勇者のご先祖様からも『遊び人が習熟すれば賢者に至る』という格言を頂いている」

 

「いったい何ですかそれ。普通に才能の無駄遣いですよ。宴会芸スキルをマスターするくらいのスキルポイントがあれば、上級魔法くらい覚えられたでしょうに」

 

「でも、奇跡魔法を極めるには必要だ。宴会芸スキルを極めることで覚えられるある魔法と、奇跡魔法を組み合わせると強力な効果を発揮するからな。俺はそれを覚えて卒業する」

 

「ふぅん……」

 

「何だ文句あるか首席」

 

「いえ別に。ただ馬鹿だなこいつと」

 

「そんなの言われるまでもないし――あんたに言われたくないな」

 

 そのとんぬらの言葉に、くすっと笑い、

 

「まあ、いいでしょう。転入祝いに、ひとつ恵んであげます」

 

「何を偉そうに……もともとこれは俺のなんだ」

 

 鞄から回収したビスケットの小袋をめぐみんは放って、とんぬらはそれをキャッチする。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「茶番に付き合ってたらお腹が減りました。ゆんゆん、弁当を出してください」

 

「わかったわ。今日のおかずはね、私が腕によりをかけて作った……て、どうしてよ! どうして私がめぐみんの弁当を用意しなくちゃいけないの!? 弁当はスキルアップポーションを賭けての勝負で勝ったらもらえる条件でしょ?」

 

「だって、もう勝負する時間はありませんし、どうせ私の分も作ってきてるのでしょう? このまま私が食べなかったらもったいないではありませんか。それに今朝は、ゆんゆんが遅刻してくれたおかげで朝もいただいてません。お腹ペコペコです」

 

「そ、そう。ごめんね……いや、あげないから! 勝負用に作ってあるけど、めぐみんのために作ってきてるわけじゃないからね!」

 

「………」

 

「やめてよ。お腹を押さえて机に突っ伏さないで、さっき獲った食べ物があるでしょ!」

 

「……………」

 

「や、やめてったら! 勝負もしてないのにあげないから! そ、そんな悲しそうな眼をしても……。………あ、あとで勝負してくれるなら……あげるわ……」

 

 

 結局。

 めぐみんの分の(勝負用)の弁当を差し出すゆんゆんの姿があった。

 ふたりの恒例ともいえるやりとりを、もさもさとビスケットを食べながら観察していた少年がひとり。まだ男子クラスに帰らず留まっていたとんぬらは、眉間に指をあてて非常に悩ましいポーズを取りながら、

 

「……なあ、一応、訊くけど、あんたらの関係は何なんだ?」

 

「えっ? そ……私とめぐみんは……」

 

「見ていてわからないのですか転校生」

 

「見ていて微妙だから訊いたんだ首席。初奉納者が学校ではどんな娘で、周りからどう浮いてるのかとか知りたくて女子クラスの教室を覗きに来たんだが……傍から見てたら、犬猫(ペット)とそれを世話する飼い主にしか見えないのだが」

 

「言い得て妙ですね。確かにゆんゆんに飼われてる気分でいますよ。毎日、ゆんゆんがくれる美味しい弁当が私の生命線なのです」

 

「へぇ、わざわざ弁当を作ってくるなんて大変な真似はそうできるもんじゃない。やっぱり首席はゆんゆんの友達じゃ――」

 

「ライバル! 私とめぐみんはライバル同士なの! 学校のテストでめぐみんがいつも一番で、私が二番。だけど、私はどうしても族長の娘以外の、紅魔族随一の天才の肩書が欲しくて。それで勝負するには、対価が必要。弁当を賭けるなら受けて立つっていうから、弁当を作ってきてるだけで、それ以外に深い意味はないの! だからめぐみんは友達みたいに馴れ合う関係じゃなくて……!」

 

「じゃあ仮に俺が紅魔族随一の天才になったらゆんゆんは俺に弁当を作って勝負を挑んでくるのか?」

 

「めぐみんが負けるなんてありえないわよそんなの! だって、めぐみんはすごいんだから! 将来は絶対すごい『アークウィザード』になるわ!」

 

「ははあ、なるほど……どうやら俺の初めての奉納者はめんどうくさい娘のようだ。ちょっとこれは難易度が高いんじゃないか?」

 

「気づいたようですね転校生。ゆんゆんはちょろいですが、付き合うのはものすごくめんどうくさい娘です。ご愁傷さまと言ってあげましょう」

 

 思い切り溜息を吐くとんぬらに、同情の籠った視線を送るめぐみん。

 何故そんな反応を取られるのか納得がいかないゆんゆんは、交互に二人の顔を見やりながら、

 

「ね、ねぇなんで二人とも運の尽きだってみたいな顔になってるの!? むしろ私の方が変なのに付き纏われて迷惑がかかってると思うんだけど……!? ねぇってば!」

 

 ゆんゆんの言葉は聞き届けてもらえることはなく。

 昼休み終了の時間も近くなったところで、とんぬらは男子クラスへと戻っていった。

 

 

「……そういうことですか。この里には願いの泉という似たような設定の観光地がありますけど、それであんなよくわからない猫耳神社のご神体にお金を奉じるなどもったいない。なんで私の家にお金を投げなかったのですか」

 

 教室を去ってから、転校生(とんぬら)との馴れ初めを話せとしつこく追及され、めぐみんにゆんゆんは『友達が欲しい』というお願いのところは省いて(省く必要もなく察せられてたが)教えたら、残念な子を見るような目で見られた。

 

「だ、だって、めぐみん……泉の方はよく人がいるし、お願いを誰かに聴かれるのは恥ずかしかったから……」

 

「本当にめんどうくさい娘ですねゆんゆんは」

 

「もうめんどうくさいって言わないでよ!」

 

「――そんなめんどうくさいゆんゆんの友達作りに真摯に付き合ってくれる人はそういませんよ」

 

「えっ?」

 

「ほら、午後の授業が始まります。テストで勝負するのでしょう?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 休日。

 学校がなく、同年代の友人のいないぼっちな少女ゆんゆんの休日の過ごし方に、学校の授業の予習復習をすることもあるが、暇を持て余して外へ出ることもよくある。よく人が集まってそうなところを歩いたり、遠巻きに人の交流を眺めたりする。ひとりで。

 あと一歩を踏み出せずに後ろへ一歩引いてしまうような性格をしているから彼女はぼっちである。

 して、今日、少女の足が赴くままに進んだ先で、

 

 ――空に厚い雲が垂れ込め、今にも雨が降りそうな気配を見せる。

 

 その下に真剣な表情をした三人の紅魔族が杖を手に、離れた場所に立っていた。

 

「我が魔力を糧に、この地に大いなる豊穣を与えよ! 『アース・シェイカー』!」

 

 持てる全魔力を注ぎ込んで発動される地属性の魔法が、大地をうねらせ、震動し、脈打つように流動することで、広範囲の土地を耕す。

 

 ……そう、魔法を使って行われたのは、いわば、耕作である。

 

 柔らかくなった土地に、次の紅魔族が抱えていた大きな箱を降ろし、

 

「大気よ、風よ、荒れ狂え! 我が意のままに! 舞い上がれっ! 『トルネード』!」

 

 空を震撼させるほどに魔力を篭めて発動した風魔法が、耕された地面に置かれた箱の中から種を舞い上げ、大地に降り注がせる。

 ダイナミックな種蒔きである。

 そして、豪快に種が蒔かれた後、最後のひとりが杖を空の暗雲へ向け、

 

「我が全能なる力はこの世の摂理すらも曲げ、天候をもこの手に収める! 『コントロール・オブ・ウェザー』ッ!」

 

 暗雲より雨が降る。

 種蒔きを終えた畑に水やりである。

 

 惜しげもなく膨大な魔力を篭め、上級魔法を振るう。これが、紅魔族流の農業である。

 

 わずか十人程度の農家で里数百人分の食料を育てるほど広大な農業区を管理生産するのだ。魔法を使わなければとても無理で、でも魔法の無駄遣いとしか言いようのない光景。

 紅魔族の農家は里の中でも高レベルの実力者が多い。王国で繰り広げられている魔王軍との戦争でその力を使ってくれれば活躍するだろうに……といつも思うが、彼らはこの平和的な魔法の利用法に満足している。

 

 でも、ひとつだけ。

 紅魔族流の農業の中で、魔法に頼れない作業がある。

 

「今日はこんなものね! 魔力もほとんど使い果たしちゃったし、私たちも収穫するわよー! それじゃあ、バイトさんも頼むわね!」

 

「はい!」

 

 それは野菜の収穫。

 魔法で耕したり種を蒔いたり水をやったりはできるが、実った野菜を収穫するのは人の手でなくてはダメだ。魔法で刈り取ろうにも、上級魔法じゃ威力が強すぎでせっかく育った野菜を潰してしまう。

 そんなわけで魔力をほとんど使い果たした農家の人たち、それからバイトの少年が人力作業に参加する。

 

「え……あれって……とんぬら?」

 

 動きやすい服装に、両眼を防護する大きめのゴーグルをつけているけど、ツンツン頭の少年が手にしてる鉄扇はゆんゆんがここのところよく目につく彼の愛用の得物だ。

 それを巧みに操り、活きのいい野菜を捌いている。

 

 体当たりしてくるジャガイモを、広げて面を大きくした鉄扇で受け流し、

 顔面を狙ってくるネギを、閉じ重ねて、板を束ねた鉄扇で受け止める。

 そして、勢いを殺したところで、鉄扇を持たないもう片方の手で捕まえていく。

 時に失敗して、体に当たったりすることもあるが、倒れず、とにかく動き続ける。

 それから『花鳥風月』の水芸を浴びせて、野菜の泥を洗ったり、新鮮度を保ったりもしている。

 あんな宴会芸スキルを器用に操る鉄扇使いは、この紅魔族随一の神主代行しかいない。

 

「……『アークウィザード』なのによく動けるわね。やっぱり里の外でモンスターと戦闘したりしてたのかな」

 

 多角度からフェイントをかけるジャガイモ、集団で次々に斬りかかる草攻剣な戦術を使うネギ、ひょっとしたらモンスターよりも賢い野菜たちを、魔法に頼らず泥臭く相手するツンツン頭の少年を、ぼう、と見ながらゆんゆんは思い出す。

 授業の体育で見せていた大立ち回りも、派手な演出と口上を除いて見れば、実戦的な動きをしていた。前衛職でもやっていけそうなくらい動きが良かった。

 それに、あの時も、臆して腰を抜かしてしまって自分とは違い、一撃熊相手に彼は戦っていた。

 

「あ……そういえば、まだあの時のお礼言ってない」

 

 一撃熊から助けてくれた一件で、きちんとお礼を言おうと思っていたのに、少年のペースに流されて言わず仕舞いだった。

 

「で、でも……こういう時なんていえばいいんだろ……」

 

 

 ――数時間後、畑の収穫が終わる。

 

「ご苦労様! あなた、初日なのにとても良い動きしてたわね。水芸もすごく助かっちゃったわ。お給料いくらかおまけしといたから! また良かったら手伝ってね」

 

「はい! こちらこそ。また休日になったら参加させてください」

 

 元気よく返事をして、農家のお姉さんからとんぬらがバイト代を受け取ると、農業区の周りにある木々のひとつを見る。ゴーグルを頭から外しながらそこへ歩いていけば、その木の後ろに身体を隠して、ちょろちょろと収穫の様子を遠巻きに窺っていたちょろくてめんどうくさい娘が飛び出してきた。

 

「こ、こんなところで、奇遇ねとんぬら!」

 

「いやあんた、ずっとそこで見てただろ」

 

 ばっさりと言われて、ただでさえぎこちなかった動きが固まってしまう。

 数時間も待ち構えていたのに、ちょっと指摘しただけで停止してしまう少女に、がしがしと少年は頭をかいて、

 

「……わかった。話を聞くから、10分後に喫茶店前で待ち合わせな」

 

「え、でも……」

 

「落ち着いたところで話がしたいけど、農作業して服が汚れてるからな。これじゃ店に入れないし着替える時間をくれ」

 

「でも、初めて喫茶店に行くのは友達とがいい」

 

「わかったわかった。今日は予行練習でいこう。どうせテンパるのは目に見えてるんだ。俺を練習相手にすればいいし、練習だからノーカンだ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――10分後。

 学校の制服姿で紅魔族随一(唯一)の喫茶店『デッドリーポイズン』に駆け付けたとんぬらは、ちゃんと店の前で待っていたゆんゆんを拾い、店内へ入る。

 

「らっしゃい! 紅魔族随一の、我が喫茶店へようこそ! おや、猫耳神社の帰ってきた一人息子のとんぬらじゃないか。今日バイト面接がしたいとか言ってたけど、午後にはまだ時間があるじゃねぇか」

 

「すみませんマスター。落ち着いた場所で話がしたくて。奥の席使ってもいいですか?」

 

「今の時間は空いてるし構わねぇよ」

 

「どもっす。――ゆんゆん」

 

「う、うん」

 

 緊張してるゆんゆんを促して、とんぬらは奥の席へ向かい、彼女の分の椅子を引いて、自分は向かいの席に座る。

 

「ついでに飯も食べていいか? 農作業で腹が減っててな。ゆんゆんも好きなの頼んでいいから。ついさっきバイト代多めにもらえたし」

 

「私は自分の分は自分で払うから」

 

「あんたを誘ったのは俺で、俺は男だ。女に飯代を払わせる男はかっこうわるい。紅魔族はかっこうわるいことはしたらダメだろ。今日使うお金は首席と来た時に奢ってやる分に回しておけ。結構、食い意地張ってそうだしなあいつ」

 

「うん、めぐみんは絶対大盛りで……って、めぐみんは友達じゃないから!」

 

「――マスター、がっつりと食べたいんですけど、オススメは何ですか?」

 

 強引に話を打ち切って、とんぬらが呼べば、店主はメニューを差し出し、

 

「オススメか。『暗黒神の加護を受けしシチュー』、または、『溶岩竜の吐息風カラシスパゲティ』だな」

 

「じゃあ、『暗黒神の加護を受けしシチュー』と『溶岩竜の吐息風カラシスパゲティ』の両方でお願いします」

 

「お、食うねぇ」

 

「働くんなら、やっぱ紅魔族随一の喫茶店の味を知っておかなくっちゃと思いまして」

 

「良い心掛けだ坊主。しっかり紅魔族随一の店の味を覚えていきな」

 

 がはは、と笑いながら店主がとんぬらの背中を叩く。

 

「私は、お冷で」

 

「それから、『幸運の女神に祝福されたプリンパフェ』をその子にお願いします」

 

「あいよ! ちょっと待ってな!」

 

「え、私、お冷で十分!」

 

 キッチンへ行ってしまった店主を目で追うゆんゆんに、備え付けの果汁入りの水を飲んでからとんぬらがダメ出しをする。

 

「あのな。練習だけど普通に頼めよ。あんた、本番で来た時もお冷で十分というのか? それだと普通に注文した子が遠慮しちまって壁を作っちまうぞ」

 

「そう、なの?」

 

「想像してみろ。ゆんゆんがお昼を食べてる間、首席がじーっとみてたら気まずくないか?」

 

「あー、そうね。きっとお弁当半分くらい分けちゃうかも」

 

「だろう。それで半々と比べれば、普通に二品頼んだ俺とデザート一品しか頼んでないゆんゆんは差があるさ。だから、遠慮するな。俺の食事が気まずくなるから」

 

「わかったわ。けど、お金は……」

 

「なら、感想をくれ。さすがにパフェまでは食べられないし、甘い物のは女子の味覚の方が良いからな。飲食店で働く上で味を知っておくのは重要なんだ。頼むよ」

 

「……うん、そういうことなら」

 

 頼まれたら、いやとは断れないゆんゆん。

 なんだか上手に操縦されてるような気がするけど、特にいやってこともないので、折れて提案に乗ることとする。

 

「それじゃあ、ほれ、練習だ。適当に思いついたことを話してみろ。それに俺も適当に相槌とか返答とかしたりするから」

 

 そして。

 とんぬらはメニュー表を眺め、さして急かすこともせず少女が口を開くのを待つ。

 

「き、今日はいいお天気ですね?」

 

「そうだな。……バイトしてた時にも思ったけど、外に出るにはいい日だ」

 

「ど、どうしてとんぬらはバイトを?」

 

「猫耳神社のお賽銭だけでは生活できないから」

 

「やっぱりお金私が」

 

「何度も遠慮するのはかえって人付き合いで減点になるぞ」

 

「う……」

 

「別に気にしなくていい。野菜を傷つけることなく収穫するのは防御の練習になるし、レベルが上がる。この喫茶店も賄いを作ってもらえることになってる。これも族長が紹介してくれたおかげだ」

 

「お父さんが?」

 

「そうだよ。神主代行だけで食ってけないってわかってたから、相談したら学校行きながらでもできるバイト先を紹介してくれたんだ」

 

「へぇ、お父さんそんなこと……。……えと、農家の人も褒めてたけど、野菜収穫すごかったね」

 

「外で、三回ほどキャベツの群れに行き合ったことがある。最初は大人たちに庇われながら見てることしかできなかったけど、二回目で騎士職のひとの動きを真似て、三回目でようやく一個のキャベツを捕まえられた」

 

「そうなんだ。だから、『アークウィザード』だけどあんなに動けたの」

 

「知っての通り、奇跡魔法は何が起きるかわからないもんだ。だから、何が起きても対処できるように鍛えている。守りに専念すれば前衛ができるくらいわけない」

 

 ますます魔法使い(アークウィザード)っぽくない。

 めぐみんも指摘していたけど、普通に上級魔法を覚えていれば、きっと優秀な『アークウィザード』になれただろうに。

 

「今からでも普通に上級魔法を覚える気はないの?」

 

「ないな。卒業したら、今度はひとりで冒険して、奇跡魔法を極める。

 俺の力量が未熟だから、今はネタ魔法と言われても甘んじるが、奇跡魔法は神様の奇跡級の魔法くらいの現象を起こしてみせる魔法なんだ。だから、いずれ運任せではなく、己の意思で運命すら操って、自在に効果を発現させて見せるようになる」

 

 バカだなぁ、と思ってしまうけど、その夢を語る子供っぽい笑みに釣られてか、ゆんゆんもくすっと笑ってしまう。

 最初、喫茶店の空気に緊張していたが、だんだんと教室での調子になっていく。

 

「だからって、めぐみんの挑発に乗って勝負するのはやめてよね。すっごく心配したんだから」

 

「勝負などしたつもりはない。首席とてっぺんを争うのは、首席が爆裂魔法を習得してからだ」

 

「え、何言ってるの? 爆裂魔法? 習得するのに必要なスキルポイントは、あらゆる職業の、あらゆるスキルポイントで最も多く、もし習得できたとしても、ほとんどの者は魔力不足で発動もしないか、たとえ発動しても、魔力を使い果たして動けなくなるっていう、ネタ魔法でしょ? いくらめぐみんでもそんなバカなことはしないわよ」

 

「あー……まあ……そうだな。これは俺がどうのこうのというもんじゃないか」

 

 言葉を濁し、呑み込むとんぬら。

 それを若干訝しむもそこで、『へいお待ち』と店主が料理を持ってきた。

 

「あ、そうだゆんゆん」

 

 料理に手を合わせてから、何気なく、

 

「あんたのことを心配していた首席に免じて、氏子の勧誘はやめる。まあ、初回限定サービスだ」

 

「めぐみんが私を心配……?」

 

 首をきょとんと傾げるゆんゆんだが、とんぬらは料理を頂き始める。男の子らしくガツガツと食べ、会話をするにも口は食べ物に塞がっている。

 それ以上答える気はないという意思表示であるかのように。

 

 思い返してみると、この三日ほどの付き合いでこの少年は、ゆんゆんと普通に接しているようにも思える。紅魔族の流儀にあっさり馴染めてるけど、外で生活していたからか、紅魔族の流儀に馴染めずに浮いてしまってるゆんゆんを特別変わり者扱いもせず、普通に話を聞いてくれている。猫耳と氏子勧誘が恥ずかしいが、それもしないという。

 助けてくれたし、今後もいろいろとお世話になるかもしれない。ゆんゆんは大きく息を吸って深呼吸し、溢れてくる感謝の気持ちを言葉として吐き出す。

 

「一昨日、モンスターから助けてくれたり、友達作りにも付き合ってもらっちゃって、ありがとうねとんぬら」

 

 もぐもぐと『今更か』というような半目の呆れた眼差しを送りながら、口の中の食べ物を呑み込んで、

 

「どーいたしまして」

 

 ぶっきらぼうに言って、スパゲティをフォークにくるくると巻いて絡み始める。

 

「そういえば、ゆんゆんはこれまでに友達のひとりもできたことがないのか?」

 

「そ、そんなわけないわよ。ちゃんと私には話し相手になってくれるサボちゃんがいるもの」

 

「まあ、そうだよ、な……サボちゃん?」

 

「え、っと、サボテンだからサボちゃん」

 

「いや、紅魔族らしからぬ安直なネーミングセンスについて聞いてないんだが。そうか、植物か……」

 

「な、なんでとんぬら、そんな可哀そうな人を見る目で私を見るの!? 別にいいじゃない植物が大切な話し相手だって!」

 

 半泣きで抗議してくるゆんゆんに、一度深い溜息を吐いてから、

 

「まあ、これから作れるようになるから問題ない。猫耳神社に祈願したんだ。今度誰かこの喫茶店に放課後誘ってみると良い。もしかしたら俺がバイトしてるかもしれないし、その時はゆんゆんのフォローくらいはするさ」

 

「そ、そんな……! 約束もなしにいきなり誘ったりして、相手に予定があったりしたら……。そ、それで、大した用もないのに付き合わせるなって、き、嫌われたりしないかなとんぬら……」

 

「そうだな。ここまで付き合っておいてこれとは、神主代行の俺でも段々と嫌になってきたぞ。――いいから、そんなこといってないで誘え! じゃないと一緒に買い食いしてくれる友達なんて夢のまた夢だぞ」

 

 

 帰りに喫茶店に誘う(本番)を実行したのはこの10日後のことであった。


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