この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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20話

 駆け出し冒険者の街から半日ほどかけて山へと歩き、その麓にある獣道を進んでいく。

 しばらく歩いて行くと、『避難所』と書かれた看板がぶら下げられたかなり頑丈な造りのログハウスが見える。

 そして、そのログハウスの近くの山の岩肌に、奥を見通せぬ真っ暗なダンジョンの入口が、ぽっかりと口を開けていた。

 入口こそ天然の洞窟のようだが、内部はしっかりと整備され、階段もある。

 ここは、かつて国一番の『アークウィザード』が作ったとされる『キールのダンジョン』。

 

 駆け出し冒険者たちの初めてのダンジョン探索の良い練習場所にされているその入り口に、若き冒険者たちは二分して相対していた。

 

「――冒険者らしくモンスターの討伐数で勝負しよう。このダンジョンで俺達とあんたら、どれだけ多く狩った方が勝ちだ」

 

「この勝負に勝ったら、とんぬらは僕たちのパーティに入ってくれる……でいいんだね?」

 

 鉄扇を持った和装の『アークウィザード』のとんぬらと魔剣を持った全身鎧の『ソードマスター』のミツルギ。

 これからこの初心者用のダンジョンで行われるのは二人のチームで競わられる、冒険者らしい、モンスター討伐数争い。このダンジョンに入って出てからの冒険者カードに増えてるモンスター討伐記録で勝敗を決める。

 

「そうだな。そのときは、ミツルギを優秀なリーダーとして認めようじゃないか」

 

 ミツルギは嬉し気に笑む。

 お目当ての相手にパーティに入ってもらえるだけでなく、この力試しそのものを楽しんでいるのだろう。このように競い合うということをあまりしたことがないのかもしれない。

 

「何よ偉そうに。どうせキョウヤが勝つに決まってるじゃない」

「そうそう。正々堂々と戦ったらあんたに勝ち目なんてないんだから」

 

 黄緑髪のポニーテールをした薄着の少女『ランサー』のクレメアに、ピンク髪で長めのおさげをした革鎧に腰にダガーをぶら下げた少女『盗賊』のフィオ。

 

「こんな初心者用のダンジョンにキョウヤを傷つけられるモンスターなんていないし、魔剣を使うまでもなく『ソードマスター』の相手にならない」

「それに何? そっちのパーティは、駆け出しレベルの魔法使いに仔モンスターが一匹、舐めてるの?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 キッとふたりの取り巻きに睨まれ、身を縮こめる仔豹を抱くゆんゆん。

 気の弱いのもそうだが、学校でもこうして敵意を向けられるという経験はなかった(しょっちゅうライバルに勝負は挑んだがあれは気心の知れた相手)彼女にはビビってしまってもしょうがない。そのあたりは、喧嘩っ早くて短気で、おかしな感性は持ってるがなかなか社交的なめぐみんの爪を煎じて飲ませるべきか。

 ちなみに、めぐみんは今日もパーティ探しだ。爆裂魔法なんてダンジョンでは使えない彼女は只の一般人と変わらないから無理に誘わなかった。

 

「そうだな。やはり上級職ともなるとあんたらみたいに中々レベルは上がり難いんだよ」

 

「なんですって……!」

「この……!」

 

 上級職ではない戦士と盗賊を揶揄するようにとんぬらが言えば、クレメアとフィオは凄い形相で睨んでくる。里でのことは、勝手に、水に流されたようだが、まだとんぬらには恨みがあるのだろう。さすがに見かねたミツルギが二人を宥める。

 

「クレメア、フィオ、誰だって最初は駆け出しなんだ。あまりそう悪く言うもんじゃない。それに僕は募集の通り初心者でも歓迎するよ。どうだい、良かったら、とんぬらと一緒に」

 

「キョウヤ、行きましょう!」

「そうよ! 今度はこっちがぐうの音が出ないほど負かしてやりましょう!」

 

 途中で遮り、ミツルギを押し出して、ダンジョンへ入っていく3人。

 それを見送ったとんぬらは、慌てる素振りも見せず、

 

「よし。それじゃあ、ダンジョンに入る前にもう一度荷物の確認をしよう。中じゃ暗くてやりにくいからな」

 

「いいの? そんなゆっくりしてて……早く私達もいかないと」

 

「クエストに焦りは禁物だ。ゆんゆんもウィズ店長に話を聞いた時にそう教えられただろ?」

 

「それはそうだけど……」

 

 鞄から、ひとつひとつ中身を出して確認しながら、とんぬらは言う。

 

「ダンジョンに入るときは、昨日のクリスさんのような、『盗賊』がパーティいてくれるのはかなりありがたい。『罠発見』や『罠解除』のスキルに『敵感知』と『潜伏』は暗いダンジョンでは重宝する」

 

「それって、あっちのパーティにもひとりいたよね。それじゃあ、ますます向こうが有利じゃない」

 

 ゆんゆんも一緒に持ち物チェックをするが、何故こうとんぬらが落ち着いていられるのかわからない。

 

「めぐみんという爆裂魔法使いという極端な例でなくても、見通しが悪く狭いダンジョンでは魔法よりも武器で戦った方がやりやすい。距離は取り辛いし、どうしても近接戦闘になるケースが多い」

 

「それって、私達『アークウィザード』が不利な場所ってこと? どうしてわざわざこんな勝負にしたのよ!」

 

「そりゃあ、勝てると思ったからだよ」

 

 確認が終わり、荷物を鞄に戻したとんぬらはあっけからんという。

 ますますわからない。

 

「……とんぬらは……あの勇者候補の仲間になりたいの?」

 

 これにはもしかしてわざと負ける気ではないかと疑ってしまう。

 控えめに訊ねるゆんゆんに、とんぬらはきょとんとする。

 

「いや、仲間になるつもりも負けるつもりも毛頭ない。紅魔の里まで自力で来れるくせしてあの坊ちゃん勇者が魔王城から最も遠い駆け出し冒険者の街まで来ていた時点でおおよそ失敗は予想していたが。この道中までのやり取りを見て、あいつらの欠点がゆんゆんにはわからなかったか?」

 

 それから、ととんぬらは自分の頭を指で小突きながら、

 

「忘れたか? ここはお師匠様のダンジョンだ。つまり俺のホームグラウンドだぞ。隅から隅、隠し部屋までダンジョン内のマップは頭の中に入ってる」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ダンジョン初心者ゆんゆんの予想していたよりも長い階段、そして深く広い、光のない世界。冬の寒風のようなひんやりと冷たい、湿った風がやってくる闇の世界。

 

「……とんぬらは、こんなところに一ヶ月もいたの?」

 

 先頭を行くのは、仔豹のゲレゲレ。そして、ゆんゆんはその前を歩くとんぬらの白の肩掛けの裾を摘まみながら、頼りなさげに歩く。右手に鉄扇を、それから左手にはランプを持って、両手が塞がってるとんぬらは冷静に、

 

「そうだな……あの魔性の妹こめっこと同じくらいかそれより下の時に潜ったな」

 

 頷いてるゆんゆんは、話で聞いた時よりも改めて感嘆する。このランプの明かりは、あまりにも頼りない。長い急傾斜の階段をおりると、そこには旅してきた大型馬車が通れそうなくらい幅が広い、平らな床の地下道が横たわっていたのだ。どこまで続いているのか、ランプで照らせるだけでは先が見えない。高さも、ランプの光、一条ではよくわからない。ダンジョンまでの山道を歩いて汗がにじんだのに、真っ暗なここは涼しくて、もう汗が引いていた。

 

「ミツルギたちは、こっちへと行ったか。じゃあ、俺達は違うルートを行こう」

 

 とんぬらはこのランプで照らしても薄暗い中で痕跡を目敏く見つけたのか。そして仮面の少年は、服を握る不安な少女を引くように、ほれぼれするほど恐れもなくすたすた足を進めてゆく。

 

「とんぬらは、暗いの平気なの?」

 

「平気だな。というか、平気にならないと一ヶ月も無理だ」

 

 勝手知ったる我が家みたいな風のとんぬらとは違い、初めてダンジョンに潜るゆんゆんは、肉眼で見えるものしかわからず、物音がするたびに背筋を震わせる。

 どうしようもない暗闇の圧力に圧倒されて、ゆんゆんは息を潜めずにはいられない。はっきり言って腰が引けてしまってる。

 

 一方で初めて地下に潜るはずの仔豹は暗視ができるのか、足音を殺して、先々へ進んでいく。足に小石ひとつ蹴ることなく、階段を下りてから、100mも進んだところ、ふと足を止めたとんぬらは、ついに肩掛けの裾から肩に抱き着いてるゆんゆんの耳に潜めた声で耳打ちする。

 

「そういえば、アクシズ教はアンデッドにモテモテだという話をしたことがあるだろ」

 

 ゆんゆんのこめかみが引き攣った。呆れた視線が、『なんだ忘れてたのか?』と、無言でしょうがないなと嘆息ついていた。冷や汗を滲ませながら、どうにかゆんゆんが言えたのはこれだけ。

 

「……もしかして、いるの」

 

 魔法使いだけど僧侶の資質を持つ賢者の、淡々とした落ち着いた声が、ダンジョン初心者だけでなく、アンデッドとも初対面の少女に教える。

 

「うん、そこにいるぞ。いっぱい」

 

 身体が凍り付く。でも、心臓は爆発しそうなくらい跳ね回ってる。耳を澄ます。確かに、闇の向こうから足音が、粘っこく小さな反響を繰り返していた。それも複数。

 そして、ゆんゆんが察知するよりも具体的に聴覚だけで間合いを掴んでいるとんぬらは、ランプの明かりを向けることなく、鉄扇を闇の先へ向けて、

 

「『花鳥風月』、『花鳥風月』、『花鳥風月』――『花鳥風月・猫車』」

 

 三連射。そして、それらは悉く的中したのだろう。足音は消え、寒い気配も浄化された。それからとんぬらは部屋全体に振り撒こうと鉄扇をくるくると掌の上で器用に回して、スプリンクラーのように水芸を放つ。

 

 そのとき、薄らとだんだん暗闇に目が慣れてきたゆんゆんは見えた。

 部屋の隅に、朽ち果てた人の身体のような輪郭を。

 ………。

 

「きゃーっ!!」

 

 それは、朽ち果てた冒険者の死体だった。

 ひとりでダンジョンに挑戦しようとしたのか、はたまた、死んだ仲間に置いて行かれたのか。

 どういう経緯でここに放置されているのかは知らないが、そこには確かに人の亡骸が横たわっていた。

 そして、その死体についてる穢れを清めるようにとんぬらが聖水を撒いてることを悟る。

 

「アンデッドになりかけていたな。でも、聖水で浄化できる程度だ」

 

 もう、だめ。

 光はない。

 真っ暗だ。

 先が見えない。

 だから、10m先の暗闇の向こうでは、何か得体のしれない怪物がいる気がした。

 

「ゆんゆん、迷路って右手伝いに手探りに歩いて行けば出口に出られるって知ってるか?」

 

 でも、それよりも近くに彼の背中はある。見える。

 

「まあ、先が見えないのに怯えるのは無理ない。俺もそうだ。でも、それより今何が大事かってことの方がよっぽど重要だと俺は思う」

 

 ……それは、早速暗礁に乗り上げた『ドラゴンナイト』のことを指しているのかもしれない。そして、そのことに焦っているゆんゆんのことも。

 とんぬらはこの暗闇のダンジョンで見つめ直すように言う。

 

「ひとつひとつ、手探りでもわかることからやっていこう。きっとそれは正解に続いてるはずだから」

 

 ふと。

 強張っていた肩から力が抜けるのがゆんゆん自身にもわかった。

 それは闇を怖がらなくなったというのではなく、ただ、すぐ傍にいる彼のことに意識をより強く向けて、そしたら、暗いのが気にならなくなったという。

 よく盲目になるというが、先のことに不安げになる自身にこれはほんの少しの勇気をくれる。少なくとも、この闇の中を歩いて行けるだけの。

 

「しゃう」

 

 林の如く静かに先行していたゲレゲレが警戒するよう声をあげる。野生の感知は、『盗賊』の『敵感知』スキルのように働くのだろう。

 

「足が速いな。きっとこれは、下級悪魔のグレムリンだ」

 

 暗闇の中、飛び掛かってきた小さな人型のモンスターの攻撃を広げた鉄扇を盾にして、受ける。

 

「っ!」

 

 ダンジョンは地上よりも魔力が濃いため、弱い悪魔が湧いてくる。それは、さほど強くない下級悪魔だが、今のとんぬらは、満足に動けない。

 片手はランプを持つために塞がっており、そして、背中にはゆんゆんが張り付いている。いくら雑魚モンスターでも片手で相手するには、防戦一方になってしまう。

 ゆんゆんは、再度の突撃を鉄扇で弾き返したところで、バッと背中にしがみつくのをやめ、銀色のワンドを腰後ろから引き抜いた。

 

「『ブレード・オブ・ウインド』!」

 

 いつもよりも小さく、このダンジョン内に合わせて意識した風の刃が、グレムリンを斬り裂く。

 ……ふう、と一息ついたところで、ゆんゆんにとんぬらは落ち着いた声で、

 

「助かった、ゆんゆん」

 

「うん……ありがと、とんぬら」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 それから。

 闇は怖いが、歩けるようになったゆんゆんは、とんぬらがアンデッドを浄化する片手間でモンスターを捌くのを、一撃で倒しきれなかった、もしくは攻撃を弾いたところにすかさず魔法を撃ちこみ退治していく。

 どれほどの数を倒したのかはわからないが、とにかくとんぬらの動きを見て、魔法を行使する。

 

 それからある部屋に辿り着いた。

 

「ちょうどいい。ここで少し、休憩するか」

 

「とんぬら、あれ!」

 

 ダンジョン探索に慣れてきたゆんゆんはそこで、部屋の隅に何かを見つけた。

 そこへとんぬらがランプの明かりを持っていくと、

 

「うわぁ、宝箱! 本で見たのと同じ……これが、本物の宝箱!」

 

 族長の娘で金銭に不自由していないとしても、こういう冒険のロマンには感じ入るものがある。

 

「待て待て。はしゃぐのはわかるが、近づく前にまずやっておくべきことがあるだろう。ほら、ウィズ店長から教えてもらった」

 

「あ、そ、そうだったわね……」

 

 遺跡探索初心者のゆんゆんは制止されて、やや恥ずかし気に顔と目を赤らめつつ、

 

「『トラップ・サーチ』。『エネミー・サーチ』」

 

 ゆんゆんがウィズ店長に教えてもらった『敵感知』と『罠感知』スキルと同等の効果を発揮する魔法。

 銀色のワンドをかざした宝箱に、なにも反応はない。つまりこれはダンジョン擬きではなく、普通の宝箱であるのだが……初めてのことだから成功したのか判断がつかない。

 

「とんぬらぁ……」

 

「わかったわかった。でも、ちゃんと魔法は成功してると思うぞ」

 

 念のために小石を投げるが反応はなし。

 怖がるゆんゆんの代わりにとんぬらは宝箱を開けて――苦笑する。

 

「ゆんゆん、どうやらダンジョン主にお邪魔してるのがバレてるようだ」

 

「どういうこと?」

 

 ほら、ととんぬらが開けてる宝箱の中を覗くと、そこに金貨財宝があった。

 

「すごい! これがお宝……!」

 

 目を輝かせるゆんゆん。しかしすぐ先程彼の口にした言葉の意味が気になる。そして、一枚の紙を見つける。

 『我が弟子へ』と書かれた……

 

「とんぬら、これって……」

 

「ああ、きっとここまで来ると見越して、お師匠様が用意したんだろう。久々に帰ってきた弟子への駄賃みたいなもんだな。まったく、わざわざ……考えてることは同じか」

 

 そういって、とんぬらは行き止まりの壁に近づき、その前に鞄から用意した一升の酒を置く。

 

「お師匠様、『アクセル』で評判のマイケルさんの酒屋で買ってきた土産です、お嬢様とどうぞ」

 

 しばらく壁の前で跪いて目を瞑ると、酒をそこに置いたまま立ち上がる。

 おそらく、きっとその先に隠し部屋、このダンジョン主のいる場所なのだろうが、とんぬらは先へ踏み込む真似はしなかった。

 

「……いいの、とんぬら」

 

「俺が今度、お師匠様に会うときは、リッチーを浄化できると自信がついた時だ。だから、今日は帰還の挨拶だけでいい。無理に起こすことはない」

 

 改めて決意を深めた少年は、胸を張るように少女へ微笑を見せた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――やっと、出られたぁ……!」

 

 それから、変わることのないアンデッド吸引力を誇る女神アクアの洗礼を受けたとんぬらは彷徨えるゾンビが殺到し、それから下級悪魔もわらわらとやってくる。

 余計なことを考える暇もない中で、ゆんゆんは目を回しながらもモンスターに魔法を撃ち続け……――終了時間5分前くらいに、ダンジョンの外に出られた。

 

「もう……しばらく、ゾンビとグレムリンは見たくないわよ……」

 

「これはダンジョン初日で随分と遺跡探索に慣れたようだな、ゆんゆん」

 

「そりゃ、あれだけ濃密な経験すれば……」

 

「やっと来たわね。初心者用のダンジョンで死んじゃったんじゃないかって心配してたんだけど」

「キョウヤに勝負を挑んでおきながら、雑魚モンスターに苦戦するなんて。身の程を弁えたらいいんじゃない」

 

 出迎えた取り巻きのふたりが、ボロボロのこちらをせせら笑う。

 きっとそれだけ向こうは勝利に自信があるのだろう。

 

「じゃあ、勝負と行こうかとんぬら」

 

「構わないぞミツルギ」

 

 互いに冒険者カードを見せ、討伐記録を確認し合う。その総計……

 

 ミツルギ 51体。

 とんぬら 47体。

 

 ………

 

「やっ、ったわ! キョウヤ、この勝負、あなたの勝ちよ!」

「流石ねキョウヤ! やっぱりあなたは紅魔族の『アークウィザード』よりもすごいわ!」

 

 互いに手を合わせ、はしゃぐクレメアとフィオ。

 そして、ひとしきり勝利に喜び合った後、こちらを見下すような目で、

 

「それじゃあ、あなた達はキョウヤのパーティメンバーになるってことでいいのね」

「ま、そこそこやるみたいだし。後衛としての働きに期待してるわ」

 

「――おい、待て。何、もう勝った気でいる。あんたらの、冒険者カードも見せろ」

 

「「は?」」

 

 水を差したとんぬらに、怪訝な顔をする二人。

 嘆息してから、とんぬらはもう一度勝敗条件を復唱してやる。

 

「これは、俺達とあんたらの勝負だと言ってあったはずだぞ」

 

「……うん、そうだね。とんぬらの言う通りだ、クレメア、フィオ」

 

 ミツルギにも促され、二人も冒険者カードの討伐記録を見せる。

 

 クレメア 8体。

 フィオ  4体。

 

 ………

 

「じゃあ、ゆんゆん。今日の成果を見せてやれ」

 

「う、うん。私もまだ確認してないんだけど……」

 

 おずおずと差し出した冒険者カードに、だいたい数えていたとんぬらを除く、ゆんゆんを含む4人がギョッとした。

 

 ゆんゆん 105体。

 

 ………

 

「俺の軽く倍は倒してるとはわかってたけど、流石、族長の娘だ。勇者候補を超えたな。レベルも上がったんじゃないか?」

 

「わわわわわわわわ……っ!?!?」

 

 思い切りガクブルするゆんゆんの背中を叩くとんぬら。

 絶句するクレメアとフィオ。軽く引いてる。よくダンジョン初心者にここまでやらせたなと。

 

「ついでに、お宝も見つけてきた」

 

 ドス、と金貨財宝がいっぱいに詰まった鞄を前に落として、とんぬらは確認する。

 

「ああ、これは成績に計上しなくていい。あくまで競うのはモンスターの討伐数だからな。でも、わざわざ総計を取るまでもないだろミツルギ」

 

「……うん、僕たちの負けだ」

 

 何かを噛みしめてるように痛感してるミツルギは、敗北を認め項垂れる。

 それに騒ぐのは、取り巻きのふたりだ。

 

「ち、違うわ! きっとこれは何かの間違いで……」

「そう、あなた達何かインチキして……」

 

 二度も同じ真似をさせてくれるなととんぬらは深く息を吐いて、

 

「わかってないようだから、あんたらにまた三つ教えてやる」

 

 里の時と同じように、三本の指を立ててみせる。

 

「まず、俺が測りたかったのは、ミツルギの勇者としての力ではなく、パーティのリーダーとしての器だ」

 

 つまり、高レベルの『ソードマスター』だとか、魔剣だとかどうでもいい。

 

「入る前にあんたら自身も言ってたが、このダンジョンにいるモンスターは、ひとりを除いて、いくらかレベルの上がった駆け出し冒険者でもやれる雑魚だ。最下級悪魔グレムリンは、魔剣を持った高レベルの『ソードマスター』でなくても、ショートソードを持った『冒険者』でも一発で倒せる。『ランサー』と『盗賊』にだって当然倒せる。でも、あんたら一桁しか倒せてない。言っておくが、ここにいる仔モンスターでも10体以上は倒してたぞ」

 

 ゆんゆんが今抱き上げたゲレゲレへ視線をやる。つまり、それ以下の活躍していないとでも言うかのように。

 

「わ、私たちは」

「そうだな。きっと、あんたらは、ミツルギが戦いやすいように動いてたんだろうよ。でも、逆にミツルギはあんたらに戦わせようとサポートしてたのか?」

 

 言葉を被せるように先取りして指摘する。

 

「折角、あんたらが活躍できるよう初心者用のダンジョンにしたというのに……舐めてるのか」

 

「それって、どういうことよ! こっちだって真剣に……」

 

「全身鎧のミツルギは、ガチャガチャと煩い。モンスターに気づかれる。それに対して、ファッションだか何だか知らんが、『ランサー』のあんたは薄着で、静かに素早く行動できただろう。むしろ率先して前で動くべきだ。ミツルギはうるさいから後ろで大人しくしてろくらい言わないといけない。それは、『盗賊』のあんたも同じだ。

 あんたら二人が前に出て自分で戦えてたら、もっと倒せただろうよ。もっとも、それでも総計でゆんゆんに及ばないと思うがな」

 

 まずひとつ指を折る。……隣で紅潮させた顔で嬉しげに笑う娘が視界の端に入ったが無視する。

 

「あのな。太鼓持ちはパーティとは言わん」

 

「「なっ!」」

 

 これはひどく侮辱することだ。

 だが、坊ちゃん勇者は身内に甘いので、部外者のとんぬらが言ってやらないとわからないだろう。

 

「魔王討伐を目指すと謳っておきながら、紅魔の里まで来れる結構名の知れた冒険者がこの駆け出し冒険者の街にいるのには、何か特別な理由があるのかもしれんが、それ以外にも理由があるのだとしたら――あんたら、ミツルギとレベル差いくつだ?」

 

「「……っ」」

 

 言葉を窮してしまう反応は、無言だけど雄弁だ。

 

「一緒に戦闘してきたパーティにあまりにレベル差があり過ぎるのは問題だ。しかもレベルの上がり難い上級職と基本職で差があるのは、ワンマンチームにしても行き過ぎてる。勇者個人としては強いのだとしても、パーティのリーダーとしては無能だと評価せざるを得ない」

 

 歯軋りさせながらも、自分らのせいで負けたと責任を感じるクレメアとフィオは、これ以上は遠吠えとしかならないのを悟らされ、言い返すことはできなかった。

 取り巻き二人を黙らせたところで、二つ目の指を折り、そして、項垂れたままの勇者候補へ、

 

「そして、これがミツルギとパーティを組みたくない最たる理由なんだが、あんたと一緒に戦っても強くなれない」

 

 そうはっきり言って、最後の指を折った。

 

「魔剣なんて超威力で養殖なんて器用な真似ができそうにないしな。『ソードマスター』は基本物理で殴るしかできん。一パーティの切り込み要因ならばそれでいいかもしれないが、全員を育てないといけないリーダーは向いてない」

 

 これまでのとんぬらの言葉に何も言い返してこないのは、きっと薄々当人も気づいていたんだろう。

 

 これまで多くのパーティを見てきたとんぬらからしてみれば、リーダーはもっとも弱くても構わない。ただパーティメンバーを上手く使い、育てることこそ優秀なリーダーに必要な要素だ。

 

「新しい仲間を探す前に、まずそこの二人をパーティにしたらどうだミツルギ。あんたに足りないのはまずそれだと俺は思う」

 

 レベルを上げるには一度ミツルギと離してやる必要がある、強力な魔剣持ちの『ソードマスター』と一緒では、どうあっても一番多くの経験値を奪ってしまうのだ。

 だが、それをそこの取り巻き二人は嫌がるだろうし、しばらく説得に時間がかかるかもしれないが、おそらくこの坊ちゃんだけど想いだけは本物な勇者は……

 

「それじゃあ、山を下りるかゆんゆん。来たのに半日かかったが、少し早足で急げば今日中に宿へ帰れるはずだ」

 

「うん……でも、置いて行っていいの、とんぬら」

 

「ここは、置いて行ってやるべきなんだ。これ以上勝者が敗者にかけてやる言葉はない。今のでも言い過ぎたくらいだ」

 

 つい癖で昔みたいに説教してしまったが、これは向こうの問題。せめて邪魔にならないようにダンジョンの避難所に一泊せずこのまま街へ帰るとする。

 

 

 その場から動けず立ち尽くす魔剣使いの勇者一行を置いて、帰還するとんぬらたち。その小さくなっていく背中に、振り返らぬまま、勇者候補の少年は声を零す。

 

「…………ありがとう、とんぬら」


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