この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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1章
23話


 メキメキという嫌な音。

 そして、一斉に羽ばたく鳥達。

 それはとてつもない存在の到来を知らせる前兆。

 

 木々を踏みつぶし地響きを立てるその巨体は、モンスターの王者。

 

「――さあ、来い! エンシャントドラゴン! 僕はここだ!」

 

 高レベルの『ソードマスター』が、茶黒色のドラゴンの前に立つ。

 

 ドラゴン。

 光物が大好きで宝を集める習性があるこの巨大生物は、倒せば名声と共に莫大な富を得られる。しかし、それを求めてやってくる冒険者たちを羽虫の如く薙ぎ払う最強の一角でもある。

 悪食と知られるドラゴンだが、この火山地帯の岩石鉱物を齧っているせいなのかその色に染まっている。おそらくその鱗も鉄鉱のように硬いことだろう。

 

「カロロロロロ、クルルルルル……ッ!」

 

 ドラゴンは、真っ向から名乗りを上げた『ソードマスター』に恫喝するように唸り声をあげる。

 彼の持つ魔剣『グラム』の波動のせいだ。

 ドラゴンからしてみれば怖気の走る魔力波を放っている魔剣は、何もせずともただそこにあるだけで、『クルセイダー』の『囮』スキルと同じようにドラゴンの目を離せなくさせる。

 

「やはり、まだ100年と生きていない下級ドラゴンか。知恵もないケモノも同じだな」

 

 そして、注意がミツルギに集中し、他への注意が疎かになったところで、

 

「そこは、罠だ。――『花鳥風月・猫(まんま)』からの『雪月花』!」

 

 と『隠密』スキルの助けを借りながら隠遁していた仮面の少年が、鉄扇を地面に刺す。

 瞬間、ちょうどドラゴンが踏み込んだ場所、その予め水浸しにしていた地面を、合図とともに液状化させて重い巨体を一気に沈ませる落とし穴とした。沼地作成魔法の『ボトムレス・スワンプ』と似たようなもの。

 足が地面に沈み込んだところで、続けて氷結させる。そして、同時に一緒に行動していた『盗賊』の少女が、ドラゴンに向かってありったけのロープを放つ。

 

「『バインド』ッ!」

 

 スキルにより魔力を篭められたロープが、意思を持つかのようにドラゴンに巻き付く。魔力消費がなかなか大きいが、モンスターの動きを封じる強烈なスキル。

 

 しかし、行動を封じる成功判定は、運が大きくかかわるもの。

 尋常ではない幸運でレベル差を押し通してしまうようなものもいるかもしれないが、この『盗賊』の女性冒険者は平均よりも少しいい程度のものでしかない。レベルも運も、落とし穴に嵌めて不意を突いてもドラゴンを縛り切れるものではなかった。

 

 だが、目的は、別に拘束じゃないので構わない。

 

 全身、特に頭部へ重点的に縄を巻き付かせることが肝要。

 

「一気呵成に仕留めるっ!」

 

 ドラゴンの頭に巻き付いたロープの端を仮面の少年が握り込む。

 その身の裡に強力な魔力をこの魔力繊維のロープに加減なく注ぎ込んで、導火線が着いたかのようにみるみるうちに黒く染まっていき、やがて赤黒い危険色に、そして、その目の色と同じ真紅に――

 

 ボンッッッッ!!!!!!

 

 限度を超えて魔力を注ぎ込まれた魔力繊維が、爆発。

 零距離。頭に巻き付いたロープが炸裂魔法以上の威力で爆破され、眼球を潰されたり、大きく脳を揺さぶられたドラゴンがノックダウンしたかのように白目を剥いてよろめく。

 

「今です」

 

 酩酊具合を見取って仮面の少年が、ちょっと軍師っぽいことを言いながら掲げた鉄扇の氷面鏡から反射光を。その合図が送られたのを見て、崖の上に待機していた『ランサー』が槍を構える。

 事前に運良く、力みなぎる会心の一撃を可能とする支援効果の奇跡魔法を引き当てた彼女はたった一撃だけドラゴンの鱗を貫通しうる力が与えられた。

 

「『ウインドカーテン』!」

 

 そして、今、行動を共にする『アークウィザード』の風を纏わす支援魔法が『ランサー』の槍に付加される。

 

「『スロー』ッ!」

 

 『ランサー』の『槍投げ』スキルで投擲された空を切る槍は、酩酊して揺れるドラゴンの頭に見事に着弾。鉄の鱗を貫通し、眉間に突き刺さった。会心の一撃だ。

 

 でも、奇跡魔法の支援効果は単体ではなく、パーティ全員に及ぶもの。

 

「ギャアアアア――ッ!?!?」

 

 急所を抉られ、大きく暴れるドラゴン。

 そこに銀色のワンドを構えた『アークウィザード』がその狙いを定め、

 

「『ライトニング』――ッ!!」

 

 のたうち回り激しく動くも、頭部に突き立った槍を避雷針と見定め、全魔力を篭めた雷撃がドラゴンを撃ち抜いた。脳神経を焼く会心の一撃。

 ついにドラゴンはその巨体を地面に倒れ込ませる。

 

 けれども、まだ完全には息の根を止めきれなかったようで、介錯を頼むことにする。

 

「策はうまく成ったが、思った以上にタフだったようだ。あんたの剣で楽にしてやってくれ、ミツルギ」

 

「いや、十分過ぎるよとんぬら。これなら確実に『グラム』の一撃を当てられる」

 

 指揮官としてではなく、一剣士としてここに立つ勇者は満足げに剣を振るう。

 

 

「『ルーン・オブ・セイバー』――ッッ!!」

 

 

 結局、最後は囮に使っていた勇者の魔剣で片を付けたが、即興の臨時パーティにしては、全員に活躍の場を提供できたなかなかのチームプレイができたと思う。

 

 

 『一狩りいこうぜ』とミツルギ一行に誘われ、エンシャントドラゴン討伐に出立してから半月後。

 

『クレメア、フィオ。じゃあ、次会うときは二ヶ月後に』

 

『それはクエストが終わってからでしょキョウヤ』

『そうよ。『アクセル』に帰るまでは一緒よ』

 

 とキョウヤたちのパーティはこれが一時解散前の最後のクエストであることから、『盗賊』と『ランサー』が別れを惜しみ思い出作りに被害を受けてた村の歓待やら途中の街に観光したりとちんたら帰還するそうなので、お邪魔虫な応援のとんぬらとゆんゆんは一足先に帰る。

 ミツルギから別れを惜しまれたが無視。折角、一狩りしたドラゴンの解体素材を凍結保存したが、早く家に持って帰っておきたいし、パーティ水入らずの雰囲気を邪魔して馬に蹴られたくない。

 

「ご苦労様、ゲレゲレ」

 

「しゃう」

 

 荷物運びをしてもらった変異種の仔豹……はもうそろそろ卒業しはじめ、胸元までの高さまで大きくなったゲレゲレの頭を撫で、乾燥させたドラゴンの肉を小さく分けたおやつをあげる。

 この半月で、特にドラゴンステーキを食べさせてから、すくすく成長。今では仔馬ほどのサイズ。ひとひとりぐらいは乗れそう。初心者殺しは最終的には牛ほどのサイズになるので、いずれは二人乗りくらいできるだろう。

 

「……これはこの箱に詰めて……と、よし、素材の管理はこれで問題ないだろ。ゆんゆんは、食料品の補充で途中別れたが、まあ、きっとめぐみんに会いに行ったのだろう。新鮮なキャベツはまだ売られてるけど、残念なことに今年のキャベツ収穫祭が過ぎてしまったしな。今頃めぐみんから話をせがんでるに違いない」

 

 想像にクスリと笑みを零しつつ、かねてより検討していた案をとんぬらは実行に移す。

 

 紅魔の里では、生活に必須とされる店を幾人かが営んでいる他は、皆、紅魔の里の特産品製作の仕事についていた。

 紅魔の里の特産品。

 それは、生まれながらにして『アークウィザード』になれるほどの高い魔力を活かした、高品質の魔道具やポーション類だ。

 上級魔法使い達が作る魔道具類は、最高品質の物が多く、それを売ることで里の財政を支えていた。

 で、将来のことを考えると、現状、奉納金に頼るという不安定な収入な里の神職は大変なので、こういう内職系のスキルを鍛えておくのは良い事だろう。

 

 決して、ポストに投函されていた手紙に焦りを覚えてるわけではない。

 

 半月ほど留守にした家に帰ってきたら、早速、届いていた族長からのお手紙。娘とは違い紅魔族センスに富んだ文章だったが、余分な装飾を省いてまとめると、

 

『娘が上級魔法を覚えてからでいいから、一度里に帰ってきて話をしよう』

 

 である。

 ……今度はもう洒落にならないかもしれない。

 その時に備えて、安定した高収入源を確保できる『錬金術』を究めておこう。特に里でも欠かせないスキルアップポーションを高品質に作製ができるようになれば有利になるはず……いや、別に何か、族長に弁明しなければならないような不始末を起こしたわけではないのだが。

 

(ああ、警戒対象から外されたか、今回の旅でクレメアとフィオという新たな女性冒険者の友人ができて、それはそれで喜ばしいのだろう。がそいつらに一体何を吹き込まれたのかは知らないが、別々に取ったはずの宿の部屋に夜中こっそりと入ろうとしてきたりして……ゆんゆんは『アンロック』が使えるから魔法の鍵を持ってるようなものだし、さらに気づかれたら睡眠魔法『スリープ』まで撃ってきた……幸い、状態異常耐性の強いドラゴンの特性があるから寝落ちしなかったが、一瞬、微睡みかけた……あれが、ドッキリがバレたことへの反射的な照れ隠し行為だったらいいんだが。まずい、ミツルギの取り巻きに影響されてか肉食思考になってるぞ)

 

 この二人暮らし、油断すると既成事実を取られかねない。今からでも駆け込み寺なお隣に住み込みさせてもらえないかと検討すべきか。というより、どうして、男の方が身の危険を感じる方になってるんだ!?

 

(……まあ、いずれにしても手に職をつけておくのは良い事だ。損はないはず。……念のために常備携帯できるよう状態異常回復ポーションを作っておこう)

 

 とんぬらは、もうすでに、紅魔の里のポーション工房でバイトしたときに調合士から教えてもらっていた『錬金術』を習得している。

 それに器具も、『キールのダンジョン』で手に入れた金貨財宝の中にあった王国宮廷魔導士御用達の最高級錬金釜がある。

 調合士や魔道具店を営む凄腕の魔法使いウィズからレシピやコツを教えてもらっている。

 素材も手に入れ、準備は万端だ。

 

(おお、これは良い物だ。魔力の伝導率を増幅させる希少なマナタイト、それも最高品質のものをふんだんに使った錬金釜。これほどのものは里でもなかなかお目にかかれないぞ。お師匠様、愛用の魔道具を譲ってくれて感謝します。絶対に使いこなしてみせます!)

 

 魔法使い職の『錬金術』スキル。

 魔道具の動力源たる魔力、素材に対する理解力の知力、そして、作業をこなす器用さが高いほど成功率が上がり、質が向上する。特にスキルアップポーションにも使われるドラゴンの素材に関してとんぬらは“我がことのように”理解しているので、扱いには大人達にも負けない自信がある。

 

 そして、これは立派な修行。

 魔法使いに重要な魔力を扱う資質の内、紅魔族は、魔力感知、魔力容量、魔力回復速度、魔力の質の四つが特に優れているとされ、魔力の自然放出が苦手。そして、魔力制御、いわば精神力は鍛錬によって積んでいくもの。

 魔道具作製には魔力を注ぎ、コントロールする必要があるから、魔力制御の訓練にもってこいなのだ。

 

「慣れてきたらウィズ店長の魔道具屋にも試供品みたいな感じで並べてみようか」

 

 では早速、と錬金釜を丁寧に磨き終わり、精神統一も済まし準備が整ったところで、

 

「そういえば、守衛からちらと耳にした噂話に、魔王軍幹部のひとりがこの駆け出し冒険者の街からちょっと登った丘にある、古い城を乗っ取ったというが、まさかわざわざ『アクセル』を襲いに来やしないよなー」

 

 なんて、フラグを立ててしまったことがいけなかったのか。

 

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっっ!』

 

 

 冒険者ギルドからの緊急集合が響き渡った。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 異世界に転生して、魔王を倒すべく使命が課せられた佐藤和真。

 下積み労働期間を終わらせ、冒険者稼業を始めたが、仲間になったのは、一日一発しか魔法が使えない魔法使い(中二病)に、攻撃が当たらない前衛職(ドM)、極上の馬鹿で運が悪くて、役立たずなプリースト(女神?)。どいつもこいつも美人なのに、性格が破綻していた。

 彼女たちと共にキャベツ収穫という訳の分からんイベントで一山稼げたのは良いが、バランスの悪い、個性が強すぎるパーティの先行きに激しく不安を覚える。しかも自分は誰にでもなれる初期職業、最弱職の冒険者だ。記載上、上級職が3人もいるがこの面子で魔王討伐なんて無理だとほぼ諦めている。

 

 当面の目標は、魔王城ではなく、馬小屋生活からの脱却。適度に安全、ついでに好奇心を満足させられるクエストをこなして、金を稼ぐ……

 

 でも、この最近、掲示板から駆け出し冒険者にもできるお手頃なクエスト募集がなくなってしまった。あるのは、命の危険が高い高難度クエストのみ。

 

 ギルド職員から教えてもらったが、原因は、街の近くの古城に住み着いた魔王幹部だ。そのボスオーラで、この近辺の弱いモンスターは隠れてしまい、仕事は激減してしまった。来月には、王都より幹部討伐のための騎士団が派遣させるというが、それまでは駆け出しには手に余るクエストしかないという。

 駆け出し冒険者が最初に訪れる、初心者のための修行の街だというのに、ゲームで言えばラストの方に出てくる魔王幹部がやってくるなど、一体何が目的か。

 

 しばらく冒険者稼業は無理なので、『クルセイダー』のダクネスは実家で筋トレ、『アークウィザード』のめぐみんは自分も付き添って魔法の修行、そして、幹部到来にいきり立つ『アークプリースト』のアクアは、

 

『ねね、カズマ! この街には『アクアアイズ・ライトニングドラゴン』という、この女神の私に相応しい名前が付けられた、アクシズ教団の守護竜がいるそうなのよ! だから、その子を私の眷属にして、魔王軍幹部を倒してもらうの! どう? 良い考えでしょ?』

 

 なんて頭の悪い噂を信じて、街中を探し回っている。

 なんだその粉砕! 玉砕! 大喝采! な破壊光線を放ち、社長の嫁になってそうなドラゴンは。

 確かにこの前のゾンビメイカー討伐の依頼で、伝説のアンデッドのリッチーに遭遇したが、モンスターキングの代名詞なドラゴンなんて駆け出しの街にいるはずがないだろう。貴族の間ではドラゴンを飼うというものもいるらしいがそれは本当にごく一部。国教でもないドマイナーな宗教がドラゴンを使役しているはずがないし、もし本当にいたとしてもあの駄女神に降るなど考えられない。

 

 まあ、アクアが馬鹿なことをするのは今に始まったことじゃないし、徒労に終わることに付き合いたくもないので放置。なわけで、爆裂魔法を廃城にぶちこむ日課にでかけようとめぐみんと街の外へ行こうとしたら、

 

 

「――久しぶりねめぐみん! 宣言通り、『ドラゴンスレイヤー』の称号を得て帰ってきたわ! さあ、今日こそ、長きに亘った戦いに決着をつけるわよ!」

 

 

 道端でばったりと。

 ひとつふたつぐらい年下の、見覚えすらない女の子と遭遇。黒のローブに身を包んだその少女は、初対面のこちらをチラチラと恥ずかしげに気にしながらも、めぐみんにびしっと指を突き付けている。

 よくわからないが、強くなったライバルとの熱い展開か。

 そして、真っ向から指名を受ける我がパーティの魔法使いは……

 

「……? どちら様でしょう?」

 

「ええっ!?」

 

 その返しに、大きく戸惑う女の子。

 大人しめの学級委員タイプのかなりの美少女は、よく見れば格好はめぐみんと似ていて、何より目が紅い。この特徴は優秀な魔法使い一族の紅魔族のものだ。つまり、おそらく、

 

「わ、私よ私! ほら、紅魔の里の学園で同期だった! 女子クラスでめぐみんが一番で、私が二番で! それで、とんぬらと一緒に『アクセル』まで旅した……!」

 

 涙目で必死に言い募る紅魔族の少女は、さらっと大変なことを言った。

 

「……おい、今学園でお前が一番だとか、何か聞き捨てならないことが聞こえたんだが」

 

「フッ……今更何を。初めて出会った時に、紅魔族随一の魔法の使い手とちゃんと名乗ったはず。それを信じなかった、カズマが愚かなのです。この毎日、爆裂魔法の威力を目の当たりにしながら、虚言だとでも思ったのですか?」

 

「魔法を撃つたびにぶっ倒れるお前を見て、信じられるっていうやつの顔を見たい」

 

「な、なにおう!」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ほ、本当に私のこと忘れたの!」

 

 めぐみんと言い争いに入る前に、慌てて食い下がる紅魔族の女の子。仕方ないから、こちらからも助け舟を出してやることにする。

 

「この子はお前の知り合いだって言ってるが、どうなんだ?」

 

「知りませんよ、大体、名前も名乗らないなんておかしいじゃないですか。これはきっと、以前カズマがアクアに、いくら金に困っても絶対やるなよと言っていたオレオレ何とかってやつですよ。関わってはいけません」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! わ、わかったわよ、知らない人の前で恥ずかしいけど、名乗るわよ!」

 

 言って、女の子はこの往来で、来ていたマントをバサッと翻し、紅魔族流のオーバーアクションな名乗り上げをした。とても小さな声で。

 

「……我が名はゆんゆん。『アークウィザード』にして、中級魔法を操る者。やがては紅魔族の長となる者……!」

 

 顔を赤くするゆんゆんに、めぐみんは、

 

「とまあ、彼女はゆんゆん。紅魔族の族長の娘で、いずれは紅魔族の長になる、学園時代万年二位だった、私の自称ライバルです」

 

「ちょっと、ちゃんと覚えてるじゃない!」

 

 何か思い出すまでもなく、きちんと覚えてる彼女の個人情報をすらすらと語ってくれた。

 

「なるほど。俺は、こいつの冒険仲間のカズマです。よろしくゆんゆん」

 

「……あ、あれ? あの、カズマ……さん? その、私の名前を聞いても笑わないんですか……?」

 

 おずおずと尋ねてくるゆんゆん。

 確かに、最初、めぐみんがパーティ加入してきて来た自己紹介ではいったい何の冗談か、からかってんのか、と文句言ってやったが、今はもう耳に慣れた。

 

「名前がちょっと変わってるぐらい、本人の人格には関係ないだろ? 世の中にはな、とても目立つ変わった名前を持ってるにもかかわらず、おかしなことしかいない奴がいるんだよ」

 

「私ですか? それって私のことですか? カズマは私のことをそんな風に思ってるのですか!?」

 

 この返答に、ゆんゆんは不思議そうな、それでいて嬉しそうな表情を浮かべ、

 

「……なるほど、流石ねめぐみん。とんぬらも心配してたけど、良い仲間を見つけたのね。それでこそ私のライバルよ」

 

 どうやらこちらの評価が上がったようだ。

 しかし、どうやら魔法使いの成績でこのめぐみんに負けていたようだけど、まともそうな性格をしてる。紅魔族の名乗りを恥ずかしがってるのを見るのに、感性も普通そう。

 使う魔法も、使い勝手の良さそうな中級魔法だというし、それにスタイルもここのロリっ娘と同年とが思えないほどに育ってる。

 また一度、見比べて、思わず深い息を吐いてしまう。するとそれを見咎めためぐみんがこちらに不審な表情を向け、

 

「……なんです? ため息なんか吐いて。……紅魔族は、魔力だけじゃなく知力も非常に高いのです。今、カズマが何を考えているのか当ててあげましょうか」

 

「……いや、めぐみんの方が頼りになりそうだ……って、考えました」

 

 心にもない発言に、すぐピンときためぐみんは、ゆんゆんを指差しながら、

 

「あのですね! ゆんゆんは勇者候補や上位悪魔にモテモテな紅魔族随一のプレイボーイを他に取られないように使い魔にした危ない子ですよ!」

 

「ちょっといきなり何言ってるのめぐみん!? 確かにとんぬらとは『使い魔契約』を結んでるけど!」

 

「え゛」

 

 まともそうな子だと思っていたのに、やっぱり変人集う紅魔族なのか。

 

「それで、『ドラゴンスレイヤー』になってきた、ですか? ……ああついにとんぬらを刺しましたか。思い詰めたらやるんじゃないかと思ってましたが、さすが紅魔族随一のヤンデレですね」

 

「しないわよ! 私たちが倒してきたのはエンシャントドラゴンで……とんぬらは私のパートナーで……」

 

「ふん。あの水晶型の魔道具で見せられたものを忘れていませんよ私は。何ですか、策があるからというからダクネス達と一緒に上位悪魔を引き付けておいたのに、その間にあなたがやっていたことといったら……! 鉄像にされて無抵抗なとんぬらに無理やり契約を迫って」

「わああああああ! わあああああああ!」

 

 言い争いを始めた二人、頭のおかしいのと頭のアブない魔法少女たちから、一歩距離を取る。

 話題に入れないのでよくわからないが、とにかくヤバそうというのだけは理解した。あまり関わり合わない方がよろしいだろう。

 

(名前が変でもいい。才能を無駄遣いにしてても構わないから、とにかくまともな性格をしてて、幸運値だけが取り柄の俺と相性のいい奴はいないのか!)

 

 なんて、この世界の理不尽さを嘆きながら願ったその時だった。

 

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっっ!』

 

 

 ♢♢♢

 

 

 デュラハン。

 

 人に死の宣告を行い、絶望を与える首無し騎士。

 アンデッドとなり、生前を凌駕する肉体と特殊能力を獲得したモンスターが、使役した首無し馬に跨って、駆け出し冒険者の街の正門前に現れた。

 

 荒れくれ者が金縛りにあうような威圧感を放つ、左脇に己の首を抱えた黒騎士は、フルフェイスの兜で覆われたその頭を高らかに掲げ、まずは感情を押し殺した静かな声で、

 

「……俺は、つい先日、この近くの城に越してきた魔王軍の幹部の者だが……」

 

 段々とプルプルと小刻みに震えが大きくなり、もう冷静に堪えん切れんばかりの沸点に達したとき――こちらが失神しかけるほど力一杯の怒声をあげた。

 

「まままま、毎日毎日毎日毎日っっ!! おお、俺の城に、毎日欠かさず爆裂魔法打ち込んでく頭のおかしい大馬鹿は、誰だあああああああー!!」

 

 

 その場にいたほとんどが、一体何が起こってるのかわからないだろう。

 しかし、すぐ一部の冒険者は、この怒り狂ったデュラハンの原因を察した。

 

 ……爆裂魔法なんていう非常に迷惑なネタ魔法を城にぶちこむような奴は、この街に一人しかいない。

 

 そして、その中のさらに一握りのカズマは気づく。

 

 ……もしかして、毎日魔法をぶっ放したあの廃城がそうなのか!?

 

 カズマは隣にいためぐみんを見て、また周囲の冒険者からも視線が集まる。

 そして、めぐみんは隣にいたゆんゆんへ誘導するように視線を流した。

 

「ええっ!? わ、私っ!? 何で私が見られてるのっ!? 爆裂魔法なんて頭の悪いネタ魔法なんて使えないわよっ!」

 

「なにおう! 今、私の前で言ってはならないことを言ってくれましたね!」

 

「そっちだって! 私に濡れ衣被せようとして!」

 

 濡れ衣を擦り付けられ、それからキャットファイトを始めそうになる少女二人。

 そこに遮るよう、両者の間に鉄扇が割って入った。

 

 

「やめい、ゆんゆん、めぐみん。あんたらまでお怒りになったら事態に収拾がつかなくなるだろうが。時と場所を考えろ」

 

 

 そちらを見ると、豹のモンスターを従えた仮面の少年と、それから金髪碧眼のパーティ仲間の女騎士ダクネスがいた。

 ……アクアはいないようだが、おそらく都市伝説のアクアアイズ・ライトニングドラゴンとやらを探しているのだろう。

 

「と、とんぬら!? そ、その、こんなところで抱きしめられるのは……! 時と場所を考えてくれるなら、その──」

「わかったわかった。すぐ離すし、落ち着けゆんゆん」

 

 で、仮面をつけているが、喧嘩する二人の仲裁に入り、それから彼はゆんゆんを、ダクネスがめぐみんを引っ張って、引き剥がす。

 

「しかし、デュラハンが出張ってくるとは……おい、何をやらかした紅魔族随一の問題児め」

 

「ふ、ふん! 紅魔族随一の問題児とやらがいったい誰の事かはわかりませんが、私には全く心当たりが──」

 

「人の目を見て言え。疚しいことがあるんだろ」

 

 ああもう、と仮面を押さえながら苦労性っぽい慣れた感のある溜息を吐かれると、む、としためぐみん。まるで保護者の兄と反抗期の妹だ。その問題児扱いは不本意だというように、鼻息を鳴らして前へ出た。

 

「ほら、戦闘になったら面倒になる。なんだったら、同郷のよしみで一緒に頭下げてやるから」

 

「わかりましたよ。私が話をつけてきますからとんぬらはそこで見てなさい。ライバルの助けは借りません」

 

 それを見た冒険者たちは、道を空けて、デュラハンと相対させる。

 そして、めぐみんは首無し騎士から十歩分のところまで接近し、そのあとに、自分(カズマ)、ダクネス、ゆんゆん、それから仮面の少年とんぬらが付き従う。

 

「お前が……! お前が、毎日毎日俺の城に爆裂魔法ぶち込んでいく大馬鹿者か! 俺が魔王軍幹部だと知っていて喧嘩を売っているなら、堂々と城に攻めてくるがいい! その気がないなら、街で震えているがいい! 何故こんな陰湿な嫌がらせをする!? この街には低レベルの冒険者しかいないことは知っている! どうせ雑魚しかいない街だと放置しておれば、調子に乗って毎日毎日ポンポンポンポン撃ち込みにきおって……っ!! 頭おかしいんじゃないのか、貴様っ!」

 

 これは相当ストレスが溜まっているようだ。

 意気揚々と出てすぐ気圧されてしまうめぐみんだが、肩のマントをバサッと翻して、高らかに名乗りを上げた。

 

「我が名はめぐみん。『アークウィザード』にして、爆裂魔法を操る者……!」

 

「……めぐみんって何だ。バカにしてんのか?」

 

「ちっ、違わい! 我は紅魔族の者にして、この街随一の魔法使い。我が爆裂魔法を放ち続けていたのは、魔王軍幹部のあなたを誘き出すための作戦……! こうしてまんまとこの街に、ひとりで出てきたのが運の尽きです!」

 

 首無し騎士に強気に長杖を突きつけて言い放つ自称『アクセル』随一の魔法使い。

 それを後ろから見守る面々は、ボソボソと囁き合う。

 

「……言っておくが、あいつ、毎日爆裂魔法撃たなきゃ死ぬとかダダこねるから、あの城を的にしてただけで、仕方なく同行していた俺もその作戦は初耳だ」

「……うむ、しかもさらっと、この街随一の魔法使いとか言い張っているな」

「……めぐみんは、本当に女子クラスの首席なんですけど、紙一重でバカな子で」

「……これ以上変な恥をさらす前に紅魔族随一の天才の肩書は獲ってやろうかあの天才バカ」

 

 背後からの囁き声が聴こえたのか、片手で長杖を突きつけたまま固まって、目だけでなく顔もほんのりと赤くなるめぐみん。

 けれども、デュラハンの方は納得したようで、

 

「……ほう、紅魔の者か。なるほど、なるほど。そのいかれた名前は、別に俺をバカにしていたわけではなかったのだな」

 

「おい、両親からもらった私の名に文句があるなら聞こうじゃないか」

 

「フン、まあいい。俺はお前ら雑魚にちょっかいかけにこの地に来たわけではない。この地には、ある調査に来たのだ。しばらくはあの城に滞在することになるだろうが、これからは爆裂魔法を使うな。いいな?」

 

「それは、私に死ねといっているも同然なのですが。紅魔族は日に一度、爆裂魔法を撃たないと死ぬんです」

 

「お、おい、聞いたことないぞそんなこと! 適当な嘘を吐くな!」

 

 デュラハンの言葉に、その通りだというように頷くめぐみんの同郷の少年少女。

 

「どうあっても、爆裂魔法を撃つのをやめる気はないと? 俺は魔に身を落としたものではあるが、元は騎士だ。弱者を刈り取る趣味はない。だが、これ以上城の近辺であの迷惑行為をするのなら、こちらにも考えがあるぞ?」

 

 剣呑な気配を臭わせてくる首無し騎士。

 こうしてる今もめぐみんの後ろには大勢の冒険者が控えているが、デュラハンからすれば所詮は駆け出し冒険者の街にいる、取るに足らない有象無象なのだろう。

 

 しかし、めぐみんの方も不敵な笑みを浮かべてみせ、

 

「迷惑なのは私たちの方です! あなたがあの城に居座っているせいで、私達は仕事もろくにできないんですよ! ええ、そんなに、余裕ぶっててもいいんですか? この頭脳(ブレーン)である私の命が下れば、魔王軍幹部クラスの上位悪魔を退治した我が忠実なる右腕と左腕は一丸となって、魔王軍も恐れる紅魔族の真の実力を披露することになるのですから!」

 

 豪語して、後ろのゆんゆんと仮面の少年に振るめぐみん。

 ……おい、その右腕と左腕が揃ってひくひくと頬を痙攣させてるんだが。

 

「何それ。私がいつめぐみんの子分になったのよ。ライバルでしょ」

「俺あんたの作戦には従いたくない。毎度、めぐみんの推理には追い詰められるからな」

 

 めぐみん は 仲間を呼ぶ を 失敗した……

 

 と思いきや、固唾を呑んで成り行きを見守る冒険者たちの視線を浴びながら、その二人はめぐみんの両脇斜め後ろまで出てくれた。思いきり不満顔を作ってるが。

 それを見た首無し騎士は、興味深そうに二人それぞれに向かって首を前に出した。

 ゆんゆんは赤く血走った目を向けられビクッとし、対し、仮面の少年の方は嘆息するのみ。

 首無し騎士はその頼れる援軍とやらをマジマジと観察し、

 

「ふむ、こいつらも貴様と同じ紅魔族の『アークウィザード』か? この俺は仮にも魔王軍の幹部のひとり。こんな街にいる低レベルの、それも子供の魔法になどやられるほど落ちぶれてない。だが、ここで俺と対決に望めるだけの戦友か……。そうだな、ここはひとつ、紅魔の娘を苦しませてやろうかっ!」

 

 デュラハンは、何かアクションを起こす前に先手を打つ。左手の人差し指をめぐみん、から見せつけるようにスライドさせて、ゆんゆんへ。

 そして首無し騎士は予告する。

 

「汝に死の宣告を! お前は一週間後に死ぬだろう!!」

 

 寸前、いち早く反応した仮面の少年が、めぐみんとゆんゆんを襟首をつかんで、自身の後ろへ隠そうとし――同時、ダクネスが彼らの前に出て盾となった。

 

『なっ!? ダ、ダクネス(さん)!?』

 

 三人が驚く中、両手を広げ宣告を受けるダクネスの身体がほんのりと、一瞬だけ黒く光る。

 デュラハンの強力な死の呪いがかけられたのだ。

 慌ててこちらも静観などしてられず飛び出して、自身の身体に起こった不具合を、わりと冷静に確かめてるダクネスに訊ねる。

 

「ダクネス、大丈夫か!? 痛いところはないか?」

 

「……ふむ、なんともないのだが」

 

 しかし、呪いはかけられた。

 デュラハンの一週間後に死ぬ、呪いの宣告を。

 

「その呪いは今は何ともない。若干予定が狂ったが、相手が変わっただけだ。仲間同士の結束が固い貴様ら冒険者には、この方が応えるであろう? ……よいか、紅魔族の娘よ。このままではその『クルセイダー』は一週間後に死ぬ。ククッ、お前の大切な仲間は、それまで死の恐怖に怯え、苦しむこととなるのだ……そう、貴様の行いのせいでな! これより一週間、仲間の苦しむ様を見て、自らの行いを悔いるがいい。クハハハッ、素直に俺の言うことを聞いておけばよかったのだ!」

 

 めぐみんの顔を蒼褪めさせ、満足そうに高笑いをあげるデュラハン。

 そして、ダクネスが震える絶叫をあげた。

 

 

「な、なんて事だ! つまり貴様はこの私に死の呪いをかけ、呪いを解いてほしくば俺の言うことを聞けと! つまりはそういう事なのか!」

 

 

 とても鼻息荒げに……

 

(こいつ、こんな時にまで……!)

 

 後ろで距離を取って待機したままの冒険者、それから真後ろの庇われた三人は気づけないが、そのすぐ斜め後ろにいるカズマには見えた。

 頬を赤らめてブルッと身を震わす、ダメな仲間のひとりは、今の状況に酔っていらっしゃる。

 

「えっ」

 

 デュラハンにも見えている。ただし、このダメな女騎士がどうして興奮を覚えてるのかわからないんだろう。こちらもできれば、わかりたくなどなかった。

 

「くっ……! 呪いぐらいではこの私は屈しない……! 屈しはしないが……っ! ど、どうしようカズマ! 見るがいい、あのデュラハンの兜の下のいやらしい目を! あれは私をこのまま城へと連れて帰り、呪いを解いて欲しくば黙って言うことを聞けと、凄まじいハードコア変態プレイを要求する変質者の目だっ!」

 

「い、いや! これに懲りて俺の城に爆裂魔法を放つのをやめれば……。そ、そうだ! そこの紅魔の娘が、俺の城までやってきたらいい! 城の最上階の俺の部屋まで来ることができたなら、『クルセイダー』の呪いを解いてやろう! だが、城とその周囲には俺の配下のアンデッドモンスター達がひしめいている。並のアンデットと比べても特に強いアンデッドナイト達を、ひよっこ冒険者のお前たちが相手できるかな?」

 

 大衆の前で、いきなり変質者呼ばわりされたデュラハンは、驚き戸惑うもすぐ持ち直して、魔王幹部としての威厳を放ってきた……が、気の毒なことに、自らの妄想の中に入ってるダクネスの耳には入っておらず。

 

「この私の身体は好きにできても、心までは自由にできるとは思うなよ! 城に囚われ、魔王の手先に理不尽な要求をされる女騎士とかっ! ああ、どうしよう、どうしようカズマっ!! 予想外に燃えるシチュエーションだ! 行きたくはない、行きたくはないが仕方がない! ギリギリまで抵抗してみるから邪魔はしないでくれ! では、行ってくりゅ!」

 

「ええっ!? だから、貴様は指名しておらん!」

 

「いや、しただろう! 私のこの身体を舐め回すように見ながら、ご指名したではないか!」

「止めろ! デュラハンの人が困ってるだろ!」

 

 我こそは! と前に前に行こうとするこのとてもダメな女騎士を羽交い絞めにしてブレーキをかけてると――動揺するデュラハン目がけて、それは放たれた。

 

 

 ズォ!! と。

 首無し騎士が空を切るそれに咄嗟に手に持った頭を抱きかかえた。

 

 

「……っ!!」

 

 指を差したデュラハンへ意趣返すような刺す一撃だった。ダクネスの身に隠れて発射されたのは、水。ただし、前の世界のテレビで見た、鋼板を切るウォータージェットのような鋭利さえ覚える超高水圧の水鉄砲だ。

 パラパラ、と霧の水滴のようなものが肌に触れ、慌てて振り返ればそこに、責任を感じ血の気の引いた青い顔でわなわなと震える少女らを抱きかかえながら、鉄扇をデュラハンへ突き付ける仮面の少年。

 その目から、紅魔族の赤ではない、青々とした眼光を滾らせている。

 

 流石に距離があり、避けられたが、当たっていればその鎧兜を穿ったかもしれない勢いで、水を差した仮面の少年は宣告する。

 

「わかった……。首を洗って、待っておけ、デュラハン」

 

「今のは、まさか聖水か……!? 貴様、魔法使いではなく、プリーストなの──」

「とんぬら、ダメだ! 今回は私が責め苦を受ける番なんだ! いくら同志といえど、ここは譲れにゃい!」

 

「つぅっ、この! だから、貴様じゃない!」

 

 ……とまた、水を差してくれた我がパーティの変態ドM騎士のおかげで、せっかくシリアスに張り詰め直した空気は、霧散した。

 デュラハンは威厳を保ちたいが、これ以上ダクネスを相手してられないと悟ったか、騎乗する首無し馬を城へと走らせる。

 

「俺のところまで辿り着けるか、楽しみに待っているとしよう! クククククッ、クハハハハハッ!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

『ずるいぞ、とんぬら! 私が指名されたのに横から掻っ攫って……!』

『ずるいって何だ!? 最初に掻っ攫ったのはあんたの方だろ! いいから、すぐ教会に行って呪いを見てもらってくださいダクネスさん!』

 

 首無し騎士は退場し、それから女騎士の方も仮面の少年と協力を仰いだ冒険者方に引っ張られながら教会に呪いを見てもらおうと退場させられた。

 

 そして、青い顔で震えていためぐみんは……

 

「おい、どこ行く気だ。何しようって言うんだよ」

 

 ひとり行こうとする彼女を引き止めるも、めぐみんはこちらに振り返らず、

 

「今回のことは私の責任です。ちょっと城まで行って、あのデュラハンに直接爆裂魔法をぶち込んで、ダクネスの呪いを解かせてきます」

 

「ったく、俺も行くに決まってるだろうが。お前ひとりじゃ、雑魚相手に魔法を使ってそれで終わっちゃうだろ。そもそも、俺も毎回に一緒に行きながら、幹部の城だって気づかなかったマヌケだしな」

 

 同行を申し出ると最初は渋い表情を浮かべられたが、見つめ返せば根負けしたように肩を落とし、

 

「じゃあ、一緒に行きますか。でも相手はアンデッドナイトがひしめいているらしいです」

 

「俺の『敵感知』スキルでモンスターを索敵しながら、『潜伏』スキルで隠れつつ、こそこそ行こう。それから、毎日城に通って一階から順に、爆裂魔法で敵を倒して帰還を繰り返し、地道に敵戦力を削っていく。……一週間の期限があるなら、そんな作戦で行ってもいい」

 

 とそこで、

 

「良い作戦だと思う。ただ、『潜伏』スキルは作戦に組み込めないぞ。アンデッドモンスターは、生者の生命力を目印にやってくるから、気配を隠したところでバレるんだ」

 

 抵抗するダクネスを荒れくれ者たちに任せ、戻ってきた仮面の少年。その顔を改めてみて、ふと気づいた。

 

「あ、あんたは……!」

 

「そういえば、自己紹介はまだだったな」

 

 鉄扇を使い、宴会芸スキルの水芸を披露しながら、高らかに名乗りを上げる。

 

「我が名はとんぬら! 紅魔族随一の異才であり、奇跡魔法を受け継ぐ賢者なる者! ――初めて冒険者ギルドを案内したとき以来だったが、まさかめぐみんのパーティ仲間になるとは不思議な縁もあるもんだ」

 

 紅魔族流の名乗りを上げる仮面の少年とんぬら。見れば、先ほど青かった瞳は、特徴的な赤い光を放っている。

 

「そうか。めぐみんと同じ紅魔族だったのか……でも、アクアの信者ってことは……」

 

「待て! 今日はあの妙に逆らい難い女性は連れてはいないようだが、俺はアクシズ教団ではないぞ。ただ、困ってたから、お金を渡しただけでな!」

 

「わ、わかった。でも、本当、5000エリスもくれてありがとな。おかげでアクアがしばらく調子に乗ってうざかったが、こうして冒険者になれた。今、手持ちはあまりないんだがいつか返すよ」

 

「いや、いい。こちらも、この紅魔族随一の問題児のパーティになってくれたお礼もある。今回の件もいたく迷惑をかけたと申し訳なく思ってるところだ。だから、遠慮は無用だ」

 

 おお……!

 見たところめぐみんと同年代で年下そうだが、できた人っぽい。

 めぐみんと同じ紅魔族で、ダクネスから同士とか言われ、アクシズ教徒なんじゃないかと疑ってて、絶対まともじゃないと思ってただけに、逆にこっちが申し訳なってくる。

 

「おっと、こっちも自己紹介しないとな。俺は佐藤和真だ」

 

「サトウ……カズマか……――そうだな、見たところ年上みたいだし。(あん)ちゃん、と呼ばせてもらっても構わないか」

 

「? 別に構わないが、じゃあ、こっちはとんぬらと呼ばせてもらうぜ」

 

「結構だ。では、俺もあんたらに同行させてもらおう。めぐみんの同郷でもあるが、ダクネスさんにはこの前助けてもらった恩がある」

 

 頼もしい笑みを浮かべるとんぬら。

 なんというか、こういったボス戦前に加入してくれる強力な助っ人のようで痺れる!

 そう、この世界でまだ片手で数えるくらいしかしてない冒険者っぽいイベントだ。

 

「アンデッドナイトには武器が効きにくいけど、魔法なら通用するはず。私もついて行くわ、めぐみん」

 

「ゆんゆんも……」

 

 それから、豹の魔物を隣に侍るゆんゆんも加わり、デュラハンの待つ古城へ。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 それからの道中は楽だった。

 城までの道のりには数多くのアンデッドモンスターがいたが、

 

「『花鳥風月』! 『雪月花』!」

「『ライトニング』! 『ファイアーボール』!』」

 

 前衛で切り込むとんぬらを、後衛より援護するゆんゆん。

 

「ハッスルハッスル!」

「『ウインドカーテン』!」

 

 それから回復に防護まで。

 何よりも息の合った二人の連携。

 

「ゲレゲレ、火の如く激しく!」

 

「しゃああ!!」

 

 ついでに、その隙を埋める使役した魔物。

 ゲレゲレが『敵感知』まで可能なので、こちらのやることは一発しか撃てない頭のおかしな魔法使いの護衛で、それもモンスターが一匹も寄ってこないので、ショートソードは一度も振るってない。精々アンデッドモンスター以外のモンスターに襲われないよう『潜伏』スキルを使ってる程度だ。

 

「そうか、あれが本物の紅魔族か……ゆんゆんの魔法はあれが中級魔法なのか? 上級魔法といっても信じられるぞあれ。とんぬらも、あれはアクアと同じ宴会芸スキルなんだが、すごいな。つか、魔法使いの戦い方じゃないだろ」

 

「どうして、()()というのですか、カズマ。それではまるで()()もいるみたいじゃないですか。それから、とんぬらは紅魔族の変異種です。あれを基準に考えないでください」

 

 門番のアンデッドナイトの剣撃を、とんぬらが鉄扇の先より伸びる抜けば玉散る氷の刃で受け、

 

「『フリーズバインド』!」

 

 すかさずゆんゆんの凍結魔法が、アンデッドナイトの動きを止める。そこで、とんぬらがバク転しながら、曲芸じみた動きで腰のホルダーから抜き取った札を投擲し、アンデッドナイトに貼り付ける。

 そして、氷刀を溶かしながら垂直に振り抜いた。その隣で揃って、ゆんゆんも横一線に銀色のワンドを振り切る。

 

「『花鳥風月・海猫・火鉢猫』!」

「『ブレード・オブ・ウインド』!」

 

 アンデッドを十字架状に斬り裂くグランドクロスか。

 飛ぶ聖水の斬撃と中級魔法の鎌鼬は、アンデッドナイトに交差して直撃し、そして、起爆札が炸裂。

 すごい。デュラハンが自慢していた魔王幹部の配下モンスターが成す術もなく、ほとんど一方的に撃破された。

 これが臨時パーティであるのが惜しいくらいの活躍ぶりだ。

 この二人のどちらかでいいから、この爆裂娘と交換移籍してくれないだろうか。何だったら二人同時でもいい。むしろそっちが良い。

 ……が、そんなことをしたら、そこの爆裂魔法使いに爆裂魔法を撃ちこまれそうだが。

 

「……どうやら、また腕をあげたようですね、あの紅魔族のバカップルは」

 

「え、あいつら付き合ってるのか?」

 

「両方ともヘタレで、お互いにパートナーとしか言わないでしょうが。まあ、爆裂魔法を一度は撃ち込んでやりたいと常々思うくらいバカップルです。……ですが、頼りにはなります。私がデュラハンに言った啖呵は、ウソではないんですよ」

 

 成長しているライバルたちに悔しく思いつつも、誇らしいように見つめるめぐみん。

 紅魔族の三人が、魔王幹部級の上位悪魔を倒したという話は、本当であるのかもしれないと思えてきた。これならひょっとするとデュラハンも……

 

 

「なあ、とんぬらも紅魔族の『アークウィザード』で、男子クラスの首席卒業なんだろ。奇跡魔法ってのを見せてくれないか」

 

 門番を撃破し、さあ古城へ入ろうという段階に入って、お願いした。これまでの戦いは見ていても見事なものだったが、肝心の魔法を使っていないという。

 

「そうだな、兄ちゃんに俺の魔法を知ってもらうのも戦術上必要だし、景気づけにいいかもしれない」

 

「滑ってせっかく盛り上がったテンションがガタ落ちするんですからやめてください」

 

「良い機会だ、めぐみん、奇跡魔法と爆裂魔法の決着をつけようか!」

 

 茶々を入れるめぐみんに奮起したとんぬらは、鉄扇を閉じて、頭上に掲げる。どうやらあれがとんぬらの杖代わりらしい。

 そして、虹色の光の帯が鉄扇の先端へ巻き取られるように収束し、天空へ放たれた。

 

 

「『パルプンテ』――ッッ!!!」

 

 

 ………

 ………

 ………

 

 しばらく、そのポーズのまま固まるとんぬら。

 つられて空を見上げるも、何かがチカッと光った。

 ? とわずかに眉を顰める。そこで、

 

「ほら、見てください。やっぱり外れですよ。究極の魔法は爆裂魔法に決──」

「──おい」

 

 がくっ、と魔力切れを起こしためぐみんのように力なく倒れかけ、ゲレゲレの背にしがみつくように乗るとんぬら。

 その顔には強張った表情、切羽詰まった感を醸し出していて、めぐみんの台詞を遮って、掠れた声で力一杯の警告を発した。

 

 

「早く、ここを離れるぞっ!! 隕石が降ってくるっ!!」

 

「「「はあっ!?!?」」」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 チュ――――ッッッドォォォおおおおおおおおおおおおおおォォォン!! という巨大な衝撃波が、いつもの爆裂魔法を撃ち込む場所まで緊急撤退したカズマたちの耳を襲った。

 単に鼓膜を震わせるだけの音ではない。まるで至近で魔物の咆哮を聞かされたような、腹に響く音の塊が、ここまで届いてくる。

 

 (ソラ)から落ちてきた流星が、不気味な廃城に降り注ぐ。

 

 それはオレンジ色の光線だった。実際の軌道とは違うのかもしれないが、スケールが大きすぎてカズマの目には斜め上から落ちてくるようにしか見えなかった。そして、一直線に突き進む隕石は、デュラハンがここで待つと宣言した最上階部に直撃。

 

「100点」

「ぬなっ!?」

 

 いつもの爆裂魔法の採点癖でした反応に、呆然と固まっていた爆裂魔法使いが大いに動揺。だって、今日まで日課に付き合ってたけど、これほどの破壊は見たことがない。濛々と粉塵が立ち込めているが、もうあそこにあった魔王軍幹部が拠点とする古城は木端微塵に吹き飛んだ事だろう。

 そんな大惨事を引き起こしたとんぬらは、ゲレゲレの背中に身体を預けながら恐る恐る訪ねた。

 

「……ご先祖様からの伝承は知っていたが、この大凶(おおあたり)は初めてだ……ひょっとして、兄ちゃん、凄く運がいい人?」

 

「あ、ああ、冒険者カードを作ったとき、ギルド職員から運が非常に良いと言われたな。ぶっちゃけ冒険者よりも、商人になれば大成するって太鼓判を押されてくらいだ」

 

「なるほど……『パルプンテ』は、術者だけでなく、組んだパーティの運にも左右されるとあったんだが」

 

 そこで、ゆんゆんが悲鳴を上げた。

 

「ちょっとめぐみん!? 何で魔法を唱えようとしてるの!?」

 

「止めないでくださいゆんゆん! 爆裂道のソムリエとして認めたカズマから満点を取られたんです! ここで私も満点を、いえ、それ以上の点数を叩き出さなければ、とんぬらに負ける! すなわち、爆裂魔法が奇跡魔法に劣るということ! それは断じて許せるものではありません!!」

 

 そして、いつも以上に気合を入れた爆裂魔法使いから、人類最強の攻撃手段とされる破滅の光が放たれた。

 隕石が落下した直後、まだ粉塵が落ち切らない廃城へ。

 

 

「『エクスプロージョン』――――ッッ!!!!」

 

 

 ……“弱り目に祟り目”ということわざがあるが、オーバーキルにオーバキルを重ねられたあのデュラハンは、もっともこの格言が似合う奴ではなかろうか。

 

「悪は滅びました……くふっ」

 

「90点だな。これ以上はおまけできない。やっぱさっきの隕石落しの方がすごい」

 

「くっ……! 運任せとはいえ、負けてしまうなんて……! 屈辱ですっ!!」

 

 ついいつもの調子でまた採点してしまったが、力尽きて悔しがるめぐみんは、相手が魔王軍幹部とはいえこっちがドン引きするほど情け容赦ない。爆裂狂とは刺激したらあかん危険物というのが再確認できたところで、なんとなく城のあった方へ南無と手を合わせ、黙祷を捧げると、

 

「よし、退散しよう」

 

 

 その後、街へ帰還したところ、ギルドがてんやわんやしていたが、ダクネスはアクアによってあっさりと強力な死の宣告を解呪されたそうだ。

 そして、とんぬらとめぐみんの冒険者カードに表記される撃破数を確認すると大量のアンデッドモンスター討伐記録がされていたが、デュラハンの文字はなかったという。

 あの隕石からの大爆発というオーバーキル二連発に耐えたのかもしれないし、間一髪で危険を察知して逃げ延びたのかもしれない。どちらにしろ流石ボスモンスター、イベントもなくやられてはくれないようであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 拠点の古城は崩壊。

 引き連れてきたアンデッドの軍勢も影に避難させたのを除いて全滅。

 しかし、魔王軍幹部のデュラハンは、生きていた。

 

「グオオオオオ……見所のありそうなやつだとは思ったが……やはり、紅魔族というのはどいつもこいつも……!」

 

 息も絶え絶えながらも。

 首無し騎士ベルディアは、王都方面では、多くの勇者候補を解呪不能な死の宣告で殺してきたことから『チート殺しのベルディア』と恐れられている。そして、ベルディアには、気に入った勇者候補の神器を記念に頂いて行く蒐集癖のようなものがあった。これは騎士として強者との戦いを忘れぬようにするという心構えなのかもしれない。

 そして、その中には、防護系の神器もあり、それが本来の所有者ではなかったにしても、オーバキル二連発をいくらか肩代わりしてくれたのだ。

 だが、魔王様から特別な加護を受けた鎧は原型こそとどめているが凹凸だらけでボコボコ、胸当て部分には大きな穴があけられている。不死の体であるデュラハンは瀕死の状態。生還はしたが、とても任務を果たせそうにない。このままでは。

 

「こう、なれば……! こいつに頼るしかあるまい……!」

 

 デュラハン・ベルディアは、ちょうど目の前に転がったひとつの神器を掴む。

 それは、『進化の秘法』と呼ばれる禁呪の掛けられた黄金の腕輪――

 

 

 

 

 ふと思いついた次回の展開()。

 

 

「……(あん)ちゃん」

 

 進化した魔王軍幹部『復活のベルディア』。

 独立した頭だけでなく、胴体にも顔を持った死角なしの二面魔人に、最後の一撃に死力を尽くし、ドラゴンから人に戻った少年が、看取る自分へ言う。

 

「受け継いでは、くれまいか。『冒険者』で、運がチートしてる兄ちゃんなら、きっと『パルプンテ』を操れる……神主の長子は、必ず次代へ、奇跡魔法を継がせなければならぬ……しかし、俺はもうお役目を果たせそうにないのでな」

 

「おい……! 何言ってんだよ! こんな時に笑えない冗談はよせよ!」

 

「冗談、か……確かに、そう思われても仕方がない。いい加減でお調子者で、楽ばかりしようとする……クズマ、カスマ、と悪名高い……けど、兄ちゃんは、不思議と何とかしてくれるのではないかとそう思わせてくれる男だ」

 

 これまで外すことのできなかった仮面を外し、

 

「……それに、実はな。神主の一族は代々奇跡魔法と共に密やかに受け継いできてる勇者の真名がある……それが、サトウ。俺は、サトウ=とんぬらなんだ。……兄ちゃん、と呼んでいたのはそれが理由だな」

 

 それを、自分へと差し出した。

 

「頼んだぜ、兄ちゃん」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「君は……君は……誰だ? この世界に訪れてから、幾度も彼と魔剣を交えた僕が、間違えるはずがない……君のそれは、断じてとんぬらの太刀筋ではない……! ――君は……誰だァッ!!」

 

「ミカツギ……」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「とんぬら……いや、お前が誰であろうと、構わない。ただ私たちはパーティで、かけがえのない仲間だ。それだけは言っておきたかった」

 

「ダクネス……」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「如何に変化魔法『モシャス』で化けてても、あなたが我がライバルでないことくらい、もうとっくにわかっていたのですよ……カズマ」

 

「めぐみん……」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「さあ、カズマ! 私の眷属として、魔王をしばくのよ!」

 

「断る」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「我が名はゆんゆん! 魔王軍の新幹部にして、超竜軍団を率いる竜の魔女なる者!」

 

「ゆんゆん……!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 くそ……

 結局、あいつの願いを、叶えてやれなかった。

 もし、あの時に戻れるのなら……

 

 そうだ。

 願うのだ、この奇跡魔法に!

 

 

「『パルプンテ』ェェェ――ッッ!!!!」

 

 

 そして、偽りの勇者は、時を、巻き戻る。

 

 

 

 

 注)ウソ予告です。




誤字報告してくださった方、ありがとうございます。

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