この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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24話

「飲んでくれるのか、ゆんゆん」

 

「う、うん。……いいよとんぬら」

 

 とろりとした液体を口に入れ、ゆっくりと嚥下する。

 少年は真剣な眼差しで、少女の様子を視察し、その視線に撫でられたようにむずがる彼女。

 まだ全部飲み切ってないが、一度口を放す。

 

「なあ、やめておくか。無理して飲むことはない。そんなに苦いのなら」

 

「にっ、苦くなんてない……! 私自身が、望んだことだから」

 

 昏迷に囚われる少年の視線から逃れるように、少女は顔を逸らす。上気した頬が赤く、赤々と興奮した色の瞳も弱々しく細められている。頬に伝う滴の跡は、汗か、それとも。

 

「ねぇ、お願いとんぬら。一滴たりとも無駄にしたくないの。折角とんぬらが……」

 

「いや、これは初めてなんだし、そんなに気を遣わなくてもだな」

 

「ううん! 私の、ためなんだもん! だから、強引にでも、飲ませて……!」

 

 上目遣いを向けてくる少女。その涙目となっているのを見て、少年は小さな罪悪感を覚える。自分にもう少し甲斐性があれば、彼女をこんなに苦しませなくて済むのに。

 いや、だからこそ、ここは彼女の決意を、その思いを、尊重してやらねば。

 

「……わかった。じゃあ、口に突っ込むからな」

 

「…………うん」

 

 きつく、瞳が閉じられる。

 深く息を吸い込んで、止める。肺に取り入れた酸素を全て使い切るまでが限度。自分にそう言い聞かせ、少年は容赦なく少女の口に――

 

 

「待ってください! 二人はまだ未成年! たとえ互いに同意の上であってもそのような行為は控える、べき」

 

 いきなり玄関の扉が開けられると、慌てた調子でお隣のウィズ店長が入ってきた。

 とんぬらは、ゆんゆんの口に入れようとしたフラスコの首を離すと、何故か目を丸くしてるウィズに戸惑いつつも、頭を掻いて、

 

「あー……やっぱり変な味がしたら、試すのはやめておいた方が良いですかウィズ店長」

 

「へ……」

 

 ぽかんとする魔道具屋の店主。

 やはり倫理的にも最初に試飲すべきは自分であるべきか。いや、完成品をその前に、凄腕の魔法使いである店長に大丈夫かどうかを見てもらうべきだったか。

 

「それは、いったい……」

 

「これは、スキルアップポーションです。自作したので、ゆんゆんに飲んでもらおうと思ったんですが、学校でもらってたものよりもすごく苦いらしくて……上手くできたと思ってたのに、どうにも……これは、里の職人は子供にも飲み易いように工夫してたのか?」

 

 とにかく、本気で心配されたのだから、これはもう流しに捨てよう、としたところで素早く手を伸ばしたゆんゆんにフラスコ瓶を取られ、ラッパ飲みで一気に。

 

「んぐ……んぐ……――ぷはぁ! ポーション全部飲んだわよ、とんぬら!」

 

「おい、ウィズ店長がダメだって言ったのに」

 

「でも、わざわざドラゴンを倒しに行って手に入れた貴重な材料でしょ。無駄にしたくないじゃない」

 

「いや、獲ってきたドラゴンの血はまだ全然あるから。ちゃんと冷凍保存もしてるし」

 

「それに、とんぬらが一週間もポーション作り頑張ってくれたんだし……その、私のために……」

 

 ゆんゆんは、冒険者カードを確認し、わっ! と歓声を上げる。

 

「すごいわとんぬら! 一気にスキルポイントが2も上がってるわ!」

 

「おお、そうか。でも、何か副作用とかはないか? ステータスが下がってたりとか」

 

「ううん、全然。体調も悪くないわ」

 

「うん、そうか。でも、念のために、ウィズ店長もゆんゆんを診てもらえませんか?」

 

「あ、はい」

 

 固まったまま立ち呆けてたウィズだが、とんぬらから声を掛けられ玄関から上がらせてもらって、ゆんゆんの具合を診察。軽く喉の奥とかを観たが、変わった状態異常はない。

 

「問題は、ありませんね。おそらくこの調子だと後発的に症状が出てくることはなさそうです」

 

「ほっ……よかった」

 

「良薬は口に苦し、ということよとんぬら」

 

 無事に安心する少年に、腕前を称賛する少女。

 そして、その純粋な反応に、なんとなく恥ずかしくなる永遠の二十歳。

 昔、友人に婚期が遅れることを指摘されたが今はそんなことはない。微笑ましく、この若々しいペアを見守ってやれる。うん。彼がポーション作りに精を出したのは相談されたから知ってる。そして、それが彼女のためだというのも察してる。そう。何も焦りを思い出したわけではないし、変な勘違いなんてしていない。

 

「それで、もしかして、俺達に何か用だったんですかウィズ店長?」

 

「はい、今日からしばらく街を離れるので、それまでとんぬら君とゆんゆんさんに店番を任せたいんです。あ、冒険者稼業の方を優先で構いませんから、本当に暇なときにでも店を開けておいてください」

 

 とりあえず、まずは防音の魔道具を探そうとウィズは決めた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 魔王軍の幹部デュラハン襲撃事件、それから隕石からの大爆発メテオインパクト事故より何事もなく一週間が経った。

 

「おはようございます、おじさん、できましたか?」

 

「らっしゃい! 仮面の坊主か、ああ、大金をはずんでくれたからな、あんたの鉄扇はばっちり仕上げたぞ」

 

 鍛冶屋に確認すると、職人はカウンターに預かっていたとんぬら愛用の鉄扇を置く。

 前衛をこなすようになってから思っていたのだが、ドラゴンとの戦いを機に一度鍛冶屋で新調しようかととんぬらは考えていた。ドラゴン化の影響で筋力が増してしまったせいか、今のでは本気で振るうに心許ないのだ。それに魔王軍拠点破壊で多くの経験値を獲得し、レベルアップもした。だから、今の自分に合ったものにしようと奮発した。

 鉄扇は、とんぬらにとって、杖であり、盾である攻防一体の相棒。魔力伝導率を増幅させるマナタイトという希少金属に、それからアダマンタイト鉱石を混ぜてもらう。より黒々とした色合いになり、注文により一割増程拡張されていた。

 それから要の部分に新たに付いてる飾りは鉄扇本体と繋がった、魔力によって収縮する出し入れ自在のミスリル製のワイヤーというギミックも追加している。

 

「どうなのとんぬら?」

 

「うん。良い感じだ。しっくりくる。やっぱり重くなってるけど、今の俺にはこれくらいがちょうどいい。ありがとな、おじさん!」

 

「へっ! あんた若いのに、そいつが随分と使い込まれてるのが良く分かったからな、こっちもきっちり仕事をさせてもらったよ」

 

 軽く振るったり、鉄扇を投げて、ヨーヨーのようにワイヤーで回収してみたり。パワーアップされた相棒の具合を確かめたとんぬらは会心の笑みを浮かべると、店主もニカッと笑い返してくれた。

 

「よし、お前の()は、『猫の手』から『黒猫の手』だ」

 

 安直な名前の得物を懐にしまい、自らの相方に伺う。

 

「なあ、これからクエストに行かないか? 武器を預けてもらっててこの一週間はポーション作りに精を出してたけど、おかげで足りない素材もあるんだ」

 

「もう、とんぬらったら……良いわよ私は。付き合ってあげる」

 

 新調された相棒を早く試したいのが、そのわくわくとした表情に出てる。やっぱり男の子だなー、と思いつつ、ゆんゆんは了承。

 そこで、ふと気づいた。

 

「ん? あれって、ミツルギの『グラム』か……」

 

 紅魔族の優れた魔力感知を引っ張る方へ視線を向けると武器防具屋の店の奥に、まだ梱包途中と思われる魔剣があった。

 

「え、ウソ、神器がここに……でも、あれ、魔力の波動は本物……」

 

「なあ、おじさん、あれって魔剣だけどどうしたんだ?」

 

「ああ、これかい? 昨日、冒険者が売りに来てね。一応確認したんだが、俺にはこのショートソードで十分だって」

 

 あの、魔剣使いの勇者がその代名詞とも言える魔剣を手放す……?

 

「とんぬら、これ、どうなってるの?」

 

「さあ? もしかして、しばらく仲間と離れるし、ミツルギもショートソードで一から鍛え直すんじゃないのか?」

 

 魔剣がなくても、高レベルの『ソードマスター』には変わりはない。のだが、冒険者が愛用の武器を手放すなんて、ありえるのか? この前ドラゴンを狩ったばかりで収入も潤っているだろうし、お金に困窮しているはずもないだろうに。それも、あの『冬将軍』に行き合ってもこちらが叩き落とすまで手放そうとしなかった魔剣を。

 ここで何を推理しようにも、相棒の新調で大枚をはたいてしまったとんぬらに魔剣を買い戻してやることはできないのだが。

 

「それってもう買い手がついているみたいだけど、どこへ送られるんだ」

 

「この街の領主アルダープの親戚で、財務を担ってるお貴族様、アウリープ男爵だよ。売らねぇと店を畳んじまうって脅しかけてきやがった。テメェじゃ振ることもできないのに、物珍しい魔剣を蒐集するもんもいるのさ」

 

 

 この一週間後……

 

『とんぬら……魔剣を盗り返そうとして囚われた僕の仲間たちを助けてくれ!』

 

 これまで見たことないほど焦燥した坊ちゃん勇者よりとんでもないお願いをされた神主代行は、貴族の屋敷に怪盗二十面相となって忍び込み、巷で有名な銀髪の義賊に行き合うのだが、その時はまだ知る由もなかったのである。

 

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってきてくださいっっ!』

 

 

 ♢♢♢

 

 

「やっぱ、生きてたか」

 

 カズマが、アクア、めぐみん、ダクネスらと共に駆けつけてみれば、正門前に現れたのは、一週間前と同じ魔王軍幹部のデュラハンだった。

 

 けれども、様子がどこかおかしい。

 まず鎧はボロボロで穴だらけ、そして、首無し騎士が左脇に抱えている首の目は虚ろ。この前は乗っていた首無し馬さえもいない。その身長ほどある大剣を引き摺りながら、徒歩でやってきたらしい。仲間も連れずに。

 

「ああ……どうして、俺はここに来てるんだ……」

 

 夢遊病のようにふらついてる。これはまだ、一週間前の隕石爆裂のダメージが抜けきっていないのか。この前のようなボスの放つ威圧感すらないのだ。だがこのチャンスに、正門前に集まっている冒険者たちは手を出そうとしない。

 魔王軍幹部という一獲千金の高額賞金首が、押せば倒れそうなくらいふらついているのにだ。

 

 不気味だ……

 

 この場にいる冒険者たちの大多数はこう思っているに違いない。

 

「ちょっと、あれ、すっごい弱ってるみたいだけど魔王軍の幹部なんでしょカズマ? チャンスよチャンス! アンデッドのクセに、力が弱まるこんな明るい内に外に出てきちゃうなんて、浄化してくださいって言ってるようなものだわ!」

 

 この前回大遅刻をして、顔合わせすらしてない能天気な駄女神は除いて。

 

「見逃す気はないわよ! あんたのせいでまともなクエストが請けられないんだから!」

 

「おい、待てってアクア!」

 

 アンデッド悪魔は即浄化な狂犬女神は、湖浄化のクエストで新たなトラウマを患ってしまったせいか、ヤる気十分だ。しかし、本能的な危険察知が、ここで迂闊に突っ込むのは危険だと警報を鳴らしてるのだ。

 

「カズマの言う通りだアクア。あれは、手負いの獅子だ。前よりも弱っているように見えるが、危険だ。何をしてくるかわからん」

 

 前回、最も直近で対峙した聖騎士ダクネスが警告を発する。

 

「そうだ……あの前よりもずっと飢えた目を見ろ! きっとあれは公衆の面前であろうとなりふり構わず、私を押し倒して、すんごいマニアックなプレイをするに違いない!」

 

 緊張感が5秒と持たずに、もう自分の欲望に正直に表情が崩れているが。

 

「よし。この前はお預けされたからな! 今度こそ私が」

 

「お前も下がってろこの筋金入りのド変態が!」

 

「くぅ……! カ、カズマ、いきなり公衆の面前で罵倒してどうするつもりだっ!」

 

「どうもしねーよド変態! いいからちょっと下がってろ!」

 

 頼りになりそうでならない、罵声を浴びせられただけで息切れしてる『クルセイダー』を置いて、デュラハンの前に出た。

 

「なあ……今度は、一体なんでこの街まで来たんだ?」

 

 問いかければ、首無し騎士は、黄金の腕輪のついた右手に持った大剣を地面に指し、左脇に抱えた兜に覆われた頭部の額を押さえながら、

 

「……わからない。……わからないんだ……自分が何者かさえ……ベルディアという名前しかわからない」

 

 これは、ひょっとして大ダメージの影響で記憶が喪失したのだろうか?

 もしそうなら適当に言い包めて退散させられるかもしれない。

 

「だが、毎日毎日撃ち込まれる爆裂魔法が! この街の住人を皆殺しにしろと! 俺を駆り立てる!」

 

「えっ」

 

 急に荒ぶるデュラハンの言葉に、パーティの魔法使いを見る。

 一日一爆裂を日課としていためぐみんは、ふいっと目を逸らした。ので、思い切り頬を引っ張ってやり、こちらと目を合わさせる。

 

「…………お前、行ったのか。もう行くなっていったのに、あれからまた行ったのか!」

 

「ひたたたたた、いた、痛いです! 違うのです、聞いてくださいカズマ! いずれとんぬらにリベンジをするためにも、ただ荒野に魔法を放つよりも、同じシチュエーションでやるのがイメージトレーニング的に良くて……! あと、まだ少し城の残骸が残ってましたし、大きくて硬いモノを相手にできるのも良い感じで……!」

 

「もじもじしながら言うな! だいたいお前、魔法撃ったら動けなくなるだろうが! てことは、一緒に通った共犯者がいるだろ! 一体誰と…………」

 

 隣で動く気配がして、そちらを振り向けば、今度はアクアがふいっと目を逸らした。

 もはや聞くまでもなく、そのすっ呆けようとする目が雄弁に語ってる。

 

「お前かああああああ!」

 

「わあああああーっ! だってだって、あのデュラハンにろくなクエスト請けられなかった腹いせがしたかったんだもの! それに倒し切れなかったけど大ダメージを与えたんだからこれは追撃してやるしかないと思うじゃない?」

 

 魔王軍の起こす被害の実情に疎いからあまり言えないが、そこまで追い詰めてもいいのかと思ってしまう。

 

 でも、あのデュラハンにはパーティのひとりに死の宣告がかけられたのだ。

 アクアがダクネスに掛けられた強力な呪いを解除していなければ、一週間が経った今頃、仲間が死んでいた。

 

 あっちに逆恨みする正当な理由があっても、こちらにもあるのだ。

 

「……そうだ。俺がその気になれば、こんな駆け出しの街の冒険者など、ひとり残らず斬り捨てて、住人皆殺しにすることだってできるのだ。……疲れを知らぬこの不死の体。……こんなひよっこ冒険者共で傷つけられぬ……なのに、なぜ俺は……」

 

 不吉なことをぶつぶつと呟きながら、再び大剣を手に取った首無し騎士が、一歩、一歩、この『アクセル』の正門に近づく。

 だが、それを見逃すはずもなく、レベル1からステータスがカンストしている水の女神の『アークプリースト』アクアが動いた。

 

「こっちだってノコノコやってきたアンデッドを見逃す理由はないんだけど! この私がいる時に来るとは運が悪かったわね! 消えて無くなんなさいっ、『ターンアンデッド』!」

 

 アクアの突き出した右腕より放たれた白い光。

 それは、アンデッドの頂点の一角であるリッチーをも祓えるほどの『アークプリースト』の神聖魔法。

 だが、それに対し、アンデッドのデュラハンは、そんなのが目に入ってすらいないように反応せず、喰らってしまう。

 これは天敵であるプリーストを相手にするために、アンデッドの弱点に対して防護策を積んでいるからの余裕なのか。

 魔王の幹部の体に、柔らかな光が飲み込み――

 

「ぎゃああああああああああー!!」

 

 悲鳴を上げて、危うく膝を屈しかけるデュラハン。

 その大剣を杖代わりに身体を支えてなければ倒れ込んでいただろう。けれど、光を浴びた部分から黒い煙を噴き上げて、頭部を抱え込んだ左腕が煙となって消滅してしまった。

 

「ね、ねぇカズマ! 変よ、効いてないわ!」

 

「いや、結構効いてたように見えたんだが、ギャーって叫んでたし。ほら、片腕もなくなっちまってる」

 

 片腕を失くし、頭部を落としたデュラハンはよろめきながらも、何かを思い出したように段々と声の調子を上げ、

 

「そうだ……俺は、この街周辺に強い光が落ちてきただのと、うちの占い師が騒ぐから調査に来た、魔王軍幹部のひとり、デュラハンのベルディア。……魔王様からの特別な加護を受けたこの鎧と、そして俺の力により、そこら辺のプリーストの『ターンアンデッド』など通用しない…………あれ……?」

 

 おかしいぞ? と首を捻るように首無し体を傾けたところで、容赦なく。

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』ー!」

 

「ひああああああああー!」

 

 おかわりの神聖魔法。しかも今度は『アークプリースト』でもなければ唱えられない最上級。

 デュラハンの足元に、落ちた頭部も巻き込む白い魔法陣より、天に向かって突き上げる光柱。

 今度は体の欠損は起こらなかったが、鎧のあちこちから黒い煙を吐き出して、膝をついた。

 そして、

 

「……あれ? ……俺は、どうしてここに……?」

 

 何だろうか? あの魔王幹部、痴呆でも始まっているのか?

 

「ど、どうしようカズマ! やっぱりおかしいわ! あいつ、私の魔法がちっとも効かないの!」

 

「ひあーって言ってたし、凄く効いてる気がするが。ほら、なんかまた記憶喪失になってるぞ」

 

 しかし、本来の『ターンアンデッド』は、一撃でアンデッドを消滅させてしまうものだ。

 しかも、アクアのは人間には届きえない女神の力で放たれる。それにアンデッドなのに耐えられるリッチーやデュラハンの方がおかしいのだ。

 なのに、片腕を消し飛ばした最初のよりも強い最上位の神聖魔法を受けながら、全身が消えないどころか、今度はもう片腕も消滅することもない。記憶は吹き飛んだみたいだけど。

 

 まさか、あいつ……アクアの『ターンアンデッド』に耐性をつけやがったのか……!?

 

 これはヤバいかもしれない。

 これ以上強くなられる、“進化”してしまう前に言い包めて街から退散させた方が良い……! とカズマが警告を発する前に、これまで静観していた荒くれ者たちが動き出してしまう。

 

「チャンスだ! 今なら俺達でも高額賞金首の魔王軍幹部を倒せるぞ!」

「ああ、そこらのゾンビよりもふらつきやがって! デュラハンだろうが怖くねぇな!」

「そうだ! この街の切り札が来ちまう前に俺達で倒しちまおうぜ!」

「おい、全員で一気に腕のない左側から攻めるぞ! こっちなら反撃は来ねぇ!」

 

 血の気の多い多数の冒険者たちが武器を手に、一獲千金を望み、この弱っているように見える、危険な手負いの獅子へ迫る。

 

「おい、相手は魔王軍の幹部だぞ、そんな単純な手で簡単に倒せるわけねーだろ!」

 

 噛ませ犬みたいなセリフを吐いた戦士風の男に警告を発するが、すでに大金に目を眩ませている駆け出し冒険者の耳には届かない。

 同時に、暴走した彼らを援護すべく動きたいところだが、この超低レベルの最弱職の『冒険者』が斬りかかったところで結果は変わらない。

 『アークウィザード』のめぐみんの爆裂魔法はあれだけ冒険者たちが接近すれば巻き込むし、援護射撃には向かない。

 『クルセイダー』のダクネスも護りは硬いが、重厚な鎧が重りとなって、すぐ駆け付けてやることはできない。

 

 

「――まったく、(あん)ちゃんの言う通りだ!」

 

 

 その時、カズマの背後から、高速で滑走する人影が追い抜いた。

 

『ぐあっ!?』

 

 その正体が何かを確かめる前に、状況は動いた。

 

「う、腕が生えやがっただと!?」

 

 先ほどアクアの神聖魔法で片腕を消滅させた首無し騎士。

 その死角となる左方面より攻めようとした冒険者たちを、新たに生えた左腕で捕らえた。

 欠損した部位から伸び出した身長ほど巨大で、歪に細長い指をした左手、その指と指の合間にガタイの良い冒険者ひとりひとりの首を挟み掴んで、持ち上げる。

 そして、下手な殺気をぶつけたせいで、微睡みから覚醒してしまった首無し騎士は吼える。

 

「この俺を倒すなどと大言を抜かすとは、愚かな人間どもめ! 身の程をしれ!」

 

 羽虫でも払うように、雑草でも刈り取るように、右手一本で持ち上げた大剣で、左手に掴まえた冒険者たちの首を掻っ切ろうとした――そのとき、割って入る人影。

 

「では、俺が相手を致そうか」

「なに?」

 

 ギロチンの如き大剣の処刑執行を阻むは、鉄扇を両手で構えた仮面の少年。

 以前、打ち合った女悪魔以上の衝撃に痺れながらも、続く剣撃を、専守防衛に徹して鉄扇で数合捌く。

 

「ほう、軽い手合わせとはいえ、この俺と打ち合えるとは力はあるようだ――だが、軽いわ!」

 

 下から掬い上げて振り切る斬撃を、束ねた鉄扇が受ける。がその威力を流せず、少年の身柄は高々と宙へ打ち上げられた。

 片手一本だろうと、不死化して体のリミッターが外れた剛腕は火事場の馬鹿力。生前の三倍以上の膂力を誇る。

 

「『ウインドカーテン』!」

 

 そこで、遅れて駆け付けた仔馬ほどの豹に乗った少女が銀色のワンドを中空の少年へ支援魔法をかける。風を纏い、姿勢を保持した彼は閉じた鉄扇で真下のデュラハンを指し、

 

「逆だが駆け付け三杯だ、喰らえ――『花鳥風月・猫の爪三指』ッ!」

 

「くっ!」

 

 超高圧照射される水鉄砲の早撃ち三連発が、俯瞰して捉えた、地面に転がったデュラハンの頭部に襲い掛かる。

 反撃を受けた首無し騎士は、首を押さえた冒険者たちを解放すると、自由になった左腕で頭部を拾い上げて、回避。

 

「『ライトニング』ッ!」

 

 息を吐かせず電光石火の中級魔法が迫るも、それにさえ反応してみせる首無し騎士は大剣を盾として後退した。

 それを機に、冒険者たちも喉を押さえながら引き下がる。

 

 

 そして、吹き飛ばされた仮面の少年も、カズマたちの前で猫のように勢いを上手く殺すように身を屈伸して着地する。

 

「とんぬら! それに、ゆんゆん!」

 

 駆け付けた少年少女は、やはり頼りになる紅魔族のペアだった。

 

「遅れてすまない、(アン)ちゃん。状況は大まかに把握してるが、あいつはどうなってる? 随分と様変わりしちまってるのだが」

 

「わからない! だが、アクアの、『アークプリースト』の『ターンアンデッド』にも耐えた! たぶん耐性を作っちまってる」

 

「なに? 『アークプリースト』の『ターンアンデッド』に……え、『アークプリースト』がいるのか?」

 

 驚き訊ねるとんぬら。それに答えたのは、カズマではなく、ご当人。

 

「あら、なかなかやると思ったら、あなた私の信者じゃない!」

 

「え゛」

 

 固まる少年。それを自らの後光に目が眩んでしまったものと勘違いしてるのか、アクアは自己賛美するように胸に手を当て、高らかに、

 

「そう、この私が最上級職の『アークプリースト』! でも、それは世を忍ぶ仮の姿! 私は、アクア。アクシズ教団が崇拝する、水を司る女神アクアなのよ……!」

 

「っ、う、何だこの人……? いや、人なのか……? まさか、本当に女神……!?」

 

 強制力のような圧が働いているのか、ぐぐっと本人の意識にもよらずにアクアの前に膝をつきそうになる。

 なんだ? まさか、とんぬら、アクアの正体に勘付いているのか? 事情を知ってるこっちでさえ疑問を持つほどパチもん臭い駄女神だというのに。

 

「流石、ウチの子。アクシズ教徒は国教になってるエリスのよりも数は少ないけど、信仰心はとびきり強いわ。ズバリ量よりも質! だから、とっても頼もしいのも当然ね」

 

「い、いや待って、ください! 前にも言っ、いましたけど、俺はアクシズ教徒じゃ、ないです!」

 

 なんか抵抗するのも辛そうなので、アクアとの間に割って入る。

 

「おい、そんなことしてる場合じゃないだろ! 向こうは何かしてきたぞ!」

 

 

「さあ、お前ら! 街の連中に。……地獄というものを見せてやるがいい!」

 

 首無し騎士の影が地面に広がり、無数の配下を召喚する。

 それは、朽ちて、ボロボロになった鎧を身に纏った騎士たち。

 鎧や兜の隙間からは直視しているとしばらく食事ができなくなりそうな、腐った体が見え隠れてしている。

 その一目でアンデットだとわかる、鎧を着込んだゾンビの上位互換モンスターは、アンデッドナイトだ。

 

 そして、最後に冒険者たちの視界に埋め尽くすほど大きな、大きな、アンデッドモンスター。

 

「あっ……あわわわ……、どっ……、どどど、どっ……!」

 

 めぐみんがそれを見て、挙動不審に狼狽えた。

 

「噓でしょ……。こ、こんなものまで、喚び出すなんて……!」

 

 先週にそれを倒したと言っていたゆんゆんですら、引き攣った顔で後退さる。

 強敵相手だと嬉々として突っかかっていくダクネスすらも、様子を窺い喉を鳴らしている。

 

「――――――ッッッッ!」

 

 判別不可能な咆哮が轟く。

 すでに腐り落ちた声帯では声ならぬ声としかならないのだろう。

 大きな顎をガバッと広げ、声を出そうとするたびに、何かがあたりに吐き散らされる。地に落ちて湿った音を立てる吐瀉物は、腐りかけた肉体の一部。

 そう、この巨大なモンスターは、

 

「ど、ドラゴンゾンビだ!? ドラゴンゾンビを出してきたぞ!?」

「おわーっ!? 『プリースト』を! 『プリースト』を……いや、『プリースト』の相手になるのか!」

「誰かエリス教の教会行って、聖水ありったけ……貰っても足りるのかこの化け物!?」

 

 あちこちから響く切羽詰まった冒険者の叫び。

 そして、進軍するアンデッドの軍勢。魔王軍幹部ベルディアは、逃げ惑う人間を見て嘲笑うかのような哄笑をあげ……

 

「クハハハハ、さあ、お前たちの絶望の叫びがこの俺を目覚め」

 

「わ、わああああーっ! 何で私ばっかり狙われるの!? 私、女神なのに! 神様だから、日ごろの行いも良いはず尚に!」

「うおおおおーっ! 下準備もなしにやってられるか! このときほど変態師匠に洗礼をやられたことを悔やんだことはないぞ!」

 

 神様要素ゼロなアクアと、その駄女神に信者認定されたとんぬら、逃げるその二人の後をアンデッドナイトとドラゴンゾンビが追いかける。

 召喚したベルディアが指示した街へは向かわず、猫まっしぐらで。

 

「ああっ!? ずっ、ずるいっ! 私は本当に日頃の行いは良いはずなのに、どうしてアクアととんぬらのところにばっかりアンデッドモンスターが……っ!」

 

 約一名、どうしようもないことを羨ましそうに叫ぶ聖騎士がいるが。

 

「こっ、こらっお前たち! そんな冒険者二人にかまけてないで、街を襲え……!」

 

 主人から命が飛ぶも、本来、意思を持たないアンデッドたちは、本能的に女神であるアクアに救いを求め、集まって行ってしまうのだろう。そして、それに巻き込まれる不幸な少年がひとり。

 

「頑張ってほら頑張って私の信者! このアンデッドたち、『ターンアンデッド』が効き難いの!」

 

 おそらくは、先ほど独り言でぼやいていた魔王の加護だろう。力を溜めての渾身の神聖魔法でもなければ通用しない。しかし、こうして追われながらでは集中できない。

 

「『パルプンテ』! 『パルプンテ』! 頼む来てくれ『パルプンテ』――ッ!!」

 

 逃げながら三回連続で神頼みをするも、奇跡魔法はすべてスカ。

 

「これだけピンチなのに不幸(ハードラック)が働かない!? というか、全然、当たる気がしないぞ! 何だすぐ近くに貧乏神でもいるのか!?」

 

 はい、隣に。

 

「くっ、アクアさ、様! ここは二手に別れましょう! そうすれば、奇跡魔法で一発逆転できるかもしれません!」

 

「それはダメ! きっと私の方がたくさん寄ってくるから! だから、お願い一緒にいて!」

 

 傍からあの駄女神に纏わりつかれるのを見てると非常に同情できる。でも、おかげでこっちは冷静に状況を見てられる。助かった。

 

「くそっ、ミツルギは何してる! こういう来てほしい時に来ないとかアイツは本当に期待を裏切ってくれるよな!」

 

 ……ごめん。マジごめん。

 魔剣使いの勇者は、戦利品で神器を奪って売っ払っちゃったから、応援に来ない。

 真っ青になりながら、この状況を打開できる切り札となりうるパーティのひとりを見る。

 

「おいめぐみん、あのアンデッド軍団に、爆裂魔法を撃ちこめないか!?」

 

「ああもまとまりがないと、撃ち漏らしてしまいますが……! 特にあのドラゴンゾンビを止めてもらわないと!」

 

 それを耳で拾ったとんぬらは手にした鉄扇を短冊(いた)の数が均等になるよう半分、二組に分離。

 その行動に止める術が思いついたのかと察したカズマは、めぐみんに叫んだ。

 

「めぐみん、ドラゴンゾンビはとんぬらに任せて、魔法の詠唱を始めてろ!」

 

「ええっ? ……りょ、了解です!」

 

 そして、とんぬらは、半々に分けた鉄扇『黒猫の手』を投げた。

 

「『花鳥風月・猫車二輪』!」

 

 左右両手から同時に、そして、噴出する水流に勢い良く旋回させて一投。

 狙うは、最も図体のデカいドラゴンゾンビの首。

 弧を描く二つの車輪は、巨竜の両脇を通り過ぎてから交差するように飛翔する。

 それから、ぐるん、と。

 二つに分離した鉄扇同士を間で繋げるミスリル製のワイヤーがドラゴンゾンビの喉に引っかかり、巻きつけるように双扇の軌道は変わる。

 ぐるん、ぐるん、ぐるん、と。

 

「――――ッッッ!」

 

 再び声にならない音を響かせるドラゴンゾンビ。

 だが、振り子のように遠心力のついた双扇はさらに加速して、絞め付けを強める。腐り切ったアンデッドの肉体。ドラゴンは鉄のように硬い鱗を持っていようとも、このように腐敗して錆び切ったのでは元の強度は望めない。鱗は割られ、肉に極細のピアノ線は食い込む。

 

「ゆんゆん! 一分ほど両腕両足を頼む!」

 

「わかったわとんぬら! ――『速度増加』! 『筋力増加』!」

 

 ゆんゆんから支援魔法を受け、四肢に赤い光が浸透したとんぬらは、力一杯に跳躍。

 それは、魔法使いらしからぬ、見ていたカズマでさえ、いなくなった、と錯覚してしまうほどの速さでドラゴンゾンビの頭部に飛び乗っていた。

 そして、首を絞めつけながら巡る二つに分離した鉄扇を両手に掴み、ひとつに結合し、

 

「『三味線』!」

 

 ぎゅるん! ととんぬらの膨大な魔力を通されたミスリル製のワイヤーが収縮。さらに、ドラゴンゾンビの首を絞める。時代劇ドラマで見た必殺仕事人の如く巨竜を締め上げ、そして、大きく仰け反ったところで、

 

「『アストロン』――『黒猫の手』!」

 

 自身ではなく、武器に鉄塊とする支援魔法を限定付加。防護系スキルが、装備品にも働くように、とんぬらはこの自滅魔法を部分制御してみせた。

 

「必殺『猫パンチ』!」

 

 宴会芸スキル『ツッコミ』のハリセンチョップ。

 ただし、それは紙ではなく、鋼の。速さと筋力が増大した状態で思い切り振り抜かれ、鉄扇の硬さと重量が強化された一発。

 

「はっあああああああっ!」

 

 気合の乗った最上級魔法使いの一撃が、ほぼ首が切れかかっていたドラゴンゾンビの頭を刎ね飛ばし、その主人とお揃いになった首無し巨体でアンデッドナイトたちを下敷きにするように地面に埋めた!

 

 

「おい、この世界の魔法使いってのは宴会芸で竜殺しが出来ちまうもんなのか!?」

 

「だから、とんぬらは紅魔族の変異種だと言ったでしょう! あんな魔法(物理)を基準にしないでください!」

 

 そして、ドラゴンゾンビを沈めた。けれど、頭が落ちてもまだ体が動くドラゴンゾンビからとんぬらが、大きく跳躍して離れるのを確認して、

 

「めぐみん、やれーっ!」

 

 合図にめぐみんは、杖を構えて、爛々と赤い瞳を輝かせ、

 

「正真正銘、真っ当な紅魔族がなんたるか、カズマにも示してあげます! ……紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操りし者! 魔王の幹部、ベルディアよ! 我が力、見るがいい! 『エクスプロージョン』――――ッ!」

 

 紅魔族随一の天才による、会心の爆裂魔法が、アンデッドの軍勢を盛大に火葬してふっ飛ばした。




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