この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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25話

 膨大な光をギュッと凝縮したような、とても眩しいが小さな光。

 それが残るドラゴンゾンビの首無し身体に吸い込まれるように突き刺さると、その直後、凶悪な魔法の効果が発現する。

 

 目も眩む強烈な光、そして辺りの空気を震撼させる轟音と共に、ドラゴンゾンビを爆発四散し、さらに破壊の渦はアンデッドナイトをも巻き込んだ。

 

「クックックッ……我が爆裂魔法の威力を目の当たりにし、誰一人として声も出せないようですね……。ふああ……。ゾンビでしたが、これで私も……『ドラゴンスレイヤー』を名乗れますよね……」

 

 街の正門付近に、巨大なクレーターを作り上げ、アンデッドモンスターを跡形もなく消し飛ばした爆裂魔法。

 誰もがその魔法の威力にシンと静まり返る中で、めぐみんは勝ち誇りながら、バッタリと倒れる。

 魔力を使い果たしてうつ伏せに倒れるめぐみんを抱きかかえ、カズマは自分の背中に背負い込む。

 

「口の中が……。口の中がじゃりじゃりする……」

 

 微妙に逃げ遅れたアクアが半泣きでぺっぺっと口の中の砂を吐いてるが、そちらに視線はやらない。

 そう、もう次の戦いが始まろうとしている。

 

 

「クハハハハ! 面白い! 面白いぞ! まさかこの駆け出しの街で、本当に配下を全滅させられるとは思わなかった!」

 

 

 これまでは、ボスの前の前哨戦。

 そして、これから行われるのは、正真正銘のボス戦だ。

 

「……おかしいです。あのデュラハンが右腕にしている腕輪の波動……あれは、魔剣と同じもの……!」

 

 昂りと共に迸る威圧感に臆さず、真剣に魔王幹部を注視していたゆんゆんの指摘に、カズマも見れば、デュラハンの右腕には先週していなかった黄金の腕輪が嵌められている。

 

「まさか、おいアクア! お前、魔王軍幹部にも神器やったのか!?」

 

「はあっ!? 何失礼なこと言ってんのカズマ! この女神の私がそんなことするはずないじゃない! あれは、他の勇者候補の子たちからブン獲ったモノよ!」

 

 つまりは、先日、ミツルギから魔剣『グラム』を『窃盗』で奪ったのと同じ。

 だが、それで本来の所有者でないにしても、神器は使うものに力を与えるものだ。だとすれば、あのデュラハンは、ただでさえ凶悪な魔王軍幹部級の実力にプラスアルファされてるわけか。

 

「さあ、とっておきの配下! ドラゴンゾンビよ! 人間どもを食い尽してしまえ!」

 

 ………

 ………

 ………

 

 まさかもう一体!? と身構えたが、影から何も出ない。

 デュラハンはその右手を高く掲げたまま、停止している。

 

「おい、ドラゴンゾンビ! 早く出て来い! 貴様の出番だ!」

 

 ……これは、ひょっとしてツッコミ待ちなのだろうか。ドラゴンゾンビの頭を吹っ飛ばしたハリセンチョップの出番なのだろうか。

 足元の影を蹴るように地団駄を踏む、魔王軍の幹部。

 場の空気が固まる中、そのドラゴンゾンビ撃退の功労者であるとんぬらが、言い難そうにしながらも言ってくれた。

 

「なあ、ドラゴンゾンビはさっき出さなかったか?」

 

「なに……。……そう、なのか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 ……微妙に気まずい空気が流れる。

 

 もうやだ! ボスキャラが、ボケキャラになってる! 何この一週間で一気に老け込んで痴呆が始まったのかこいつ!

 

「……まあ、いい。それならば、この俺が直接手を下してやるまでよ」

 

 改めて、その周囲の大気が揺らいで見えるほどの覇気を放ちながらベルディアは、歪に巨大な左手に首を、そして、右手に大剣を構えながら、こちらに近づく。

 その進行を阻むのは、パーティの誰よりも先頭に立ち、壁役になる『クルセイダー』ダクネスだ。

 そして、その後ろで抜けば玉散る氷の刃を『氷彫刻』スキルで鉄扇の先より成形するとんぬら。しかし、それをダクネスが後ろ手に制する。

 

「とんぬらは、休んでおけ。先程のアンデッドを相手に疲れてるだろう。ここは、まず私が相手の実力を確かめる。奴の太刀筋をよく見ておくんだ」

 

「ダクネスさん……はい、わかりました」

 

 自ら当て馬になるというダクネスの発言に、とんぬらは頷き、後退する。

 曇りなく磨き上げられた大剣を正眼に構え、背に仲間を庇うその姿が、紛うことなき聖騎士だ。

 首無し騎士の黒曜の鎧とは相反する重厚な白い鎧を纏うダクネスは、頑丈さならばこの国一番と豪語してもおかしくない。鋼鉄も紙を裂くように斬ってしまう強力な攻撃スキル持ちのベルディアが相手でも耐えることができるかもしれない。

 

「ほう! ひとりで来るのか! 首無し騎士として、相手が聖騎士とは是非もなし。よし、やろうかっ!」

 

 ベルディアが走りながら勢いをつけて叩き切ろうとするダクネスの大剣を視認し、そこに込められてる力を推測して受け止めるのは下策と判断。回避しやすいように重心をわずかに落とし、

 

「…………は?」

 

 たが、ベルディアが動くまでもなく、剣撃はその足先数cmほど前の地面に刺さった。

 そのまま呆然と盛大に剣を外したダクネスを見ているが、同じような視線が他の冒険者たちからも送られる。

 

 ……やだもう、俺の仲間まで大ボケかますなんて恥ずかしい! もっとボス戦なんだからシリアスにやってくれよっ!

 

 周りからの居た堪れない視線もやや恥ずかしそうに頬を赤らめるも気にせず、的を外すことはいつものことだと言わんばかりに、ダクネスはさらに前に踏み込み、横一文字に大剣を振るう。

 これは当たる角度であったが、身を低くするだけで、ひょいっとあっさり躱される。

 

「なんたる期待外れだ…………な?」

 

 もういい、とこのつまらない相手に袈裟切りを見舞う。

 だが返ってきた手応えは、いつもの両断したものとは違う。ベルディアの剣は、耳障りな音を立てながら、鎧の表面を派手に引っ搔いた……だけだった。

 

「なに……? 俺の剣を受けて、斬れない、だと……? その鎧が相当な業物なのか?」

 

 聖騎士はまた気勢をあげて大剣を叩きつけてくる。それを闘牛士のように体を横に傾けるだけ躱してみせ、マントを掠ることもなく外れた直後に、魔王幹部の常人離れした三連斬り。

 金属を引っ掻く不愉快な音と、聖騎士の鎧に刀傷が刻まれ、一部が砕かれる。そして、必死に抵抗するダクネスは頬を赤くし、

 

「気を付けろっ! こ、このデュラハンはやり手だぞっ! こやつ、先ほどから私の鎧を少しずつ削り取ってくる……! 全裸に剥くのではなく中途半端に一部だけ鎧を残し、私を公衆の面前で、裸よりも扇情的な姿にして辱めようとしているに違いない……っ!」

 

 時と場合ぐらい考えろ、この筋金入りのド変態が!!

 

「いったい、俺に何を伝えようとしてるんだ……??」

 

 テメェの頭の湧いた発言の真意が何かと無駄にとんぬらを悩ませて、混乱させちまってどうすんだ!?

 

「あれ……俺は……戦っている、のか……? 女騎士を辱めようと加減していたのか……?」

 

 ボスキャラまで戸惑って手を止めてしまう。いや、こいつは元々痴呆が始まってるボケキャラだったか。

 

「くぅ……!」

 

「ダクネスさん……っ!」

 

「ダメだ! まだ助けに入るな! とんぬらにはまだ早い!」

 

「ですが……っ!」

 

「こんなところでやめてしまうなんて勿体ない……! そうだ! この程度の痛めつけで満足してくれるな! 私はまだ戦えるっ! まだまだ露出してない部分はあるっ! さあ、どんどん打ってこいデュラハン!」

 

「ククッ、よかろう。公衆の面前で、我が剣で貴様を裸よりも扇情的な姿に……いや、待て。俺は、生前騎士だったはずだ」

 

 斜め上から迫るベルディアの大剣が直撃し、ダクネスの鎧の肩当てに罅が入り、砕かれてしまう。

 

「いいや、もう終わりだ。貴様の相手は飽いたわ!」

 

 攻撃を喰らいながらも、果敢に体当たりをするようにダクネスは大剣を横に払う。それも、回避される。そして、止めを刺さんと今までよりも大剣を握る右手に力を込めた、そのとき、聖騎士の陰に姿を隠していた仮面の少年が鉄扇を向け、支援魔法がかけられた。

 

 

「『ヴァーサタイル・エンターテイナー』!」

 

 

 自分の足を斬りつけてしまいかねないほど不器用な欠陥『クルセイダー』が、今この一時、芸達者になる。

 フルスイングで空振りしたダクネスは、そのまま独楽のように一回回って、さらに勢いをつけた一撃で、ベルディアの一閃を弾きあげたのだ。

 

「今です、ダクネスさん」

 

「おお、感謝するぞとんぬら! 身体が思うように動く! これならこいつに一太刀を浴びせられる!」

 

 あれだけ散々下手打ちを見せられた後であって、気が抜けてしまっていたベルディアは反応が遅れた。当たれば衝撃の大きいダクネスの剣。両手で振るってくる『クルセイダー』の攻撃を片手で捌くのは厳しいか。

 けれど、相手は魔王幹部。たかが欠点がひとつ補われた程度で、覆せるような実力差ではない。

 故に、ここに来てとんぬらも攻撃参加する。反対側の死角に回り込む。

 

 

「ここは、少し本気を出してやろう」

 

 

 挟み打ちの状況に追い込んだとき、ベルディアは左手に持っていた自分の首を、空高くへと放り投げた。

 

「ゆんゆん、作戦Fだ!」

 

 投げられたベルディアの首は、顔の正面を地上へ向けながら宙を舞う。

 そして、身体の方が大剣を両手に構え直したところで、俯瞰視点からの『魔眼』を発動する――間際、その『魔眼』を予感した相方の声にゆんゆんが反射的に銀色のワンドを振り上げた。

 

「『フラッシュ』!」

 

 鮮烈な閃光が、中空のベルディアの首へ目がけて迸る。

 目晦まし。これで、『魔眼』の視界を妨害できるはずだ。

 そして、ダクネスの大剣ととんぬらの太刀が、ベルディアを支点に交差する――

 

 

 

 

「残念だったな。俺の顔はもうひとつある」

 

 閃光が瞬いた後、視力が回復した世界に立っていたのは、ひとり。

 

「俺の剣を受けて、斬れないとは、まったく頑丈な奴だ。しかし」

 

 女騎士の鎧に大きな傷を刻まれたが、彼女の身体に届くことはなかった。だが、それでも膝をついている。

 そして、

 

「もうひとりは、斬ったぞ」

 

 ドシャリと氷の太刀が砕かれ、鎧に護られてないその身体を袈裟切りされた仮面の少年が崩れ落ちた。

 

「なんだよ、それ……ふざけんな! テメェ、デュラハンじゃねぇのかよ!」

 

 ベルディアの歪んだ鎧の腹部がバックリと口を開き、その紫の鉱石に血走る瞳が浮かぶ。首無し騎士の胴体は、もうひとつの顔であったのだ。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 宙に放り上げた首は、そのまま自由落下することなく、頭部より翼を広げ、俯瞰視点のまま上空に滞空。

 そのまま、常時死角なしの『魔眼』を発動できるようになったベルディアの動きからは無駄が消えた。

 

 そして、もうひとつの顔を持つ異形の首無し騎士は、その腹部の口に歪な左手を突っ込むと、右手に持った大剣よりも、一回り大きなギロチンの如き首切り包丁を抜きだした。

 

「どうしたどうした! 先ほどの威勢は! この俺に一太刀を浴びせるんじゃなかったのか!」

 

 二刀流となり手数が倍以上に増えたベルディアの猛攻に、ダクネスは幅広の大剣を横向きにし、盾として活用しながら耐える。

 だが、防戦一方で兜をつけていない頭以外が、無数の斬撃に切り刻まれていく。

 シュレッダーにかけられた用紙のように、瞬く間にダクネスの装備する重厚な鎧が細かく砕かれていく。これは並の冒険者ならば一撃で斬り伏せられたであろう攻撃で、それに耐えられているダクネスのタフさを褒めるべきなのだ。

 しかし、それもいつまでもつか。立つことはできているが、頬や鎧の切れ目から流血が飛び散り、延々と嬲られっ放しだ。そして、ここでダクネスが斬り伏せられれば、次餌食になるのは、すぐ傍で血溜まりに沈むとんぬら。

 

「放してっ! 早く助けないととんぬらがっ!」

 

「ダメだ! 魔法使いの嬢ちゃんが、あそこに近づけば瞬殺されちまう!」

 

 それを見て、血相を変えるゆんゆん。先程、とんぬらに助けられた荒くれ者たちに押さえられてる彼女には、冷静な魔法使いとしての顔はなく、年相応の少女のもの。それを見た背負われてるめぐみんが悲痛な声で、

 

「カズマ、どうにかできないんですか……!?」

 

「わかってる! どうにかしようと考えてんだろ!」

 

 早く助けてやりたい。

 瀕死の重傷を負ってるとんぬらに、すぐにでもスタンバイさせてるアクアに回復魔法をかけてやりたいが、そのためにはあそこからベルディアを引かさなければ、飛んで火にいる夏の虫のように近づいた人間は斬り殺されるだろう。

 そう。

 実際に、とんぬらを助けようと、先ほど救われた4人のうち、今ゆんゆんを押さえているのを除いて3人が身柄を回収しようとしたが、それを滞空する頭部が見逃すはずもなく、瞬殺。一刀のもとに斬り伏せられた。

 

「落ち着け!」

 

 そのとき、一喝したのは今、最も過酷な場所に立たされているはずのダクネスだった。

 

「『クルセイダー』は、背に誰かを庇っている状況では下がれない! いいや、絶対に下がらないんだ!」

 

 だからここは任せて打開策を……! と普段はクールな彼女はそう叫んで、硬さと我慢強さが自慢の『クルセイダー』は最前線を維持する。

 

 ……ったく。こんなときに格好つけんなよ。

 

 こっちも負けてられなくなるじゃねぇか!

 

 さあ、考えろ。

 俺には特殊な力もなければ秘められた才能もない。

 

 人に胸を張って誇れるようなものもなければ、こんな場面で役立つ技術もない。

 あるのは人よりも恵まれた運の良さ。

 あとは、子供のころから培ってきたゲームの知識。

 そうだ。

 ロールプレイングゲームの中でデュラハンなんて何度だって倒したんだ。その時、一体何が効果的だったのか。

 思い出せ。

 一体どんな属性を揃えて、デュラハンを狩ってきたのか。

 

「…………そういえば」

 

 思い返せば、あのデュラハン、とんぬらの攻撃を嫌がっていた。先週、最初の顔合わせの時、あの水鉄砲に大袈裟にびっくりして、それから逃げるように退散した。

 いや、とんぬらの攻撃ではなく、あの水芸……もっと言えば、流れる水……

 

 そう、死の予告をしてくるデュラハンから逃げるには、川を渡るのが良いという話だ。

 

「中々に楽しめたようだよ『クルセイダー』! 元騎士として、貴公と手合わせできたことを魔王様と邪神に感謝を捧げよう! さあ、これで……!」

 

「『クリエイト・ウォーター』ッッッ!」

 

 渾身の魔力を篭めて放っても、バケツをひっくり返した程度の水魔法。

 だが、その最弱職の水浴びを、ベルディアはダクネスに止めを刺すのを中断してまで、飛びずさった。

 それで、確信する。

 

「…………カズマ、その……。私は今、結構真面目に戦ってるんだが……」

 

 ダクネスとそれからとんぬらがずぶ濡れとなってしまったのは申し訳ないが、謝罪の言葉より、大声で言わなくちゃいけない事がある。

 

「水だああああああーっ!」

 

 

「『クリエイト・ウォーター』! 『クリエイト・ウォーター』! 『クリエイト・ウォーター』ッッッッッ!」

 

「くぬっ! おおっ? っとっ!」

 

 デュラハンの弱点が水であると気付いた冒険者たちが水魔法を唱える。

 休む間も与えずに放たれる波状攻撃だが、それもベルディアは躱す。攻撃の届きそうにない上空より『魔眼』による俯瞰視点で見切られているのだ。

 だったら、

 

「『フリーズ』!」

 

 水を凍らせるだけの初級魔法。

 これだけでは単なる涼しい風を送るだけの戦闘には役に立たないものだが、地面がびしょ濡れとなっているのなら、その足場は凍り付く。

 

「!? ほう、足場を凍らせての足止めか……! なるほど、俺の強みが回避だけだと思ったか! こんな打ち水如き、剣で薙ぎ払えるわ!」

 

「なら、今度はその剣を奪ってやるよ! 喰らえ、『スティール』ッッッ!」

 

 足元が滑り、回避し辛いこの状況。

 冒険者たちからの水魔法を剣風で吹き飛ばすベルディアは、両手が塞がっている。

 避けられない。そして、どちらか片方でも武器を奪えば戦力は下がるはず。そうすれば、救い出せる隙も見つけ……!

 

 相手の持つものをランダムに取り上げる『窃盗』スキル。

 運の良さに比例して成功率が上がる、ミツルギもこれで倒した、カズマの本命にして最大の武器。

 それを全魔力篭めて、最高のタイミングで放った会心のスキルは……!

 

「……悪くない手だったな。それなりの自信があったのだろうが

 

 俺は仮にも魔王の幹部。

 絶対的に覆せないレベル差というものが存在するのだ」

 

 状況を覆すために、ここまでお膳立てを整えた最後の一手は、高レベルの魔王の幹部には通用しなかった。

 

「もう、これですべてを終わりにしてやる」

 

 大刀を地面に突き刺し、空いたその歪に指が細長い左手をカズマのいる方へ向け、その五指が、カズマ、めぐみん、ダクネス、そして、荒くれ者とその男に押さえられているゆんゆんを指して、

 

 

「お前らまとめて、一週間後にィィィ! 死にさらせェェ!!」

 

 

 死の宣告。

 これが、『チート殺しのベルディア』と恐れられるようになった代名詞のスキル。

 そして、主要パーティを担っていたカズマたちがまとめて死の宣告にやられたのを見て、冒険者たちはうろたえ、次々と詠唱をやめてしまう。

 参戦しようとしていた他の冒険者も、顔を引き攣らせながら魔法を唱えるのを躊躇した。いや、それ以前にもう魔力切れを起こしている者もいるだろう。

 

 一気に流れが変わる。

 そんなとき、洒脱な声が響いた。

 

 

「いいや、兄ちゃんはきっちり盗んでくれたぜ、あんたから目をな」

 

 

 瞬間、ベルディアの足元が泥沼に変わる。

 

「その目を盗んでくれたおかげで、こっちも仕込みは済んだ」

 

 カズマの起こした行動は、デュラハンの目を引き、上空の俯瞰視点では見抜けない死角、すなわち地下の罠を造り出すまでの時間を稼いでくれた。

 そして、完全に下半身が埋まるほどの泥沼に囚われたベルディアへ、鉄扇の照準が合わせられる。

 『魔眼』で視えようが、動けないようでは躱せず。

 

「『花鳥風月・猫飯』――そして、『猫柳』!」

 

「グオオオオオ!」

 

 武器で打ち返しようのない、間欠泉如く地面から噴き上げる激流に、デュラハンの体が飲み込まれた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「貴様、何故、立てる! 確かに斬り捨てたはずだ! 致命傷でなくともとても立っていられん重傷のはず……!」

 

「ああ……あんたの言う通り、死にかけた。けどな、実は俺、水を浴びると自然治癒が早くなる体質なんだよ」

 

「何だそれは聞いたことがないぞ! また、紅魔族の出鱈目を……!」

 

「いいや、これはウソのような本当の話だ」

 

 ベルディアは、ギョッとした。

 この短時間で、身体に斬りつけた傷跡が、塞がりかけていた。

 デュラハンへの嫌がらせだった水かけは、とんぬらの命を繋いだ?

 それは一体……?

 

「ゆんゆん……」

 

 パートナーから名前を呼ばれて、ゆんゆんは彼が決心したのだと悟る。

 大勢の人前でその姿になることを。

 だから、頷き返した。すべてをとんぬらに任せるように。

 

「それと、ベルディア……あんたは、俺の逆鱗に触れたぞ」

 

「何……?」

 

「仲間たち……そして何より、俺の女に死の宣告をかけてくれたな! ゆんゆんの一生は俺が先に予約済みだ!」

 

 怒声のような大声で啖呵を切って、とんぬらは今ここに改めて名乗りを上げる。

 

 

「我が名はとんぬら! 紅魔族随一の勇者にして、最強のドラゴンなる者!」

 

 

 奇跡魔法と変化魔法。

 その双方を同時に行使する合体魔法。

 パンッ、と魔力を篭めた両手を叩いたその瞬間、仮面の少年の肉体が変貌する。

 

 

「『ドラゴラム』――ッッ!!!」

 

 

 光り輝く竜。

 氷雪を固めたかのような鎧装甲を纏うドラゴンが、咆哮をあげる。

 

「ドラゴン、だと……!?!?」

 

 竜の青く光る瞳を向けられ、驚愕する魔王幹部。

 冒険者たちも少年から変貌したその姿に絶句している。

 その間に、『ドラゴン使い』の彼女が、『竜言語魔法』の詠唱を済ませる。

 

「『速度増加』! 『筋力増加』! 『体力増加』! 『魔法抵抗力増加』! 『皮膚強度増加』! 『感覚器増加』! 『状態異常耐性増加』! 『ブレス威力増加』!」

 

 赤い光が各部位に浸透していき、支援魔法が充填。

 そして、光が弾けた瞬間、光り輝く竜は跳んでいた。ドラゴンの筋力を限界突破して高められた疾駆だ。身構えていたはずのベルディアすら、その速度には初見で反応できなかった。

 

『さっきのお返しだ、ベルディア!』

 

 デュラハンの認識を周回遅れさせるほどの速度で肉薄したドラゴンが拳を突き出した。真っ直ぐに、最短距離で接近して相手を殴る。破城鎚のように太い竜の腕が、ありのままに衝突して轢く。思いつく限りの最もシンプルで、そして原始的な攻撃だ。

 結果的に、それは意表を衝き、ドラゴンの渾身の一撃をベルディアのもうひとつの顔のあるどてっぱらにもらい、首無し騎士の体は吹っ飛んでいく。

 

「ぐはぁっ!?」

 

 しかし、同時にドラゴンも動きを止める。追撃はせず、膝をつく。

 

『ぐぅっ!』

 

「とんぬらっ!?」

 

 まだ、斬られた傷は完治していなかったのか。塞がりかけていたがそれは薄皮一枚。本来ならば致命傷を受けて、立っていることはできないはずなのだ。

 

「くっ……ククッ……! 上位ドラゴンに、『ドラゴン使い』だと……? つくづくこの街の連中は俺を驚かせてくれる!」

 

 攻撃を受ける寸前、無意識に間にいれ盾にした大剣。刀身が砕かれ、柄だけが残る剣を捨て、首切り包丁の大刀を両手でもって構えるベルディア。アンデッドとなりリミッターの外れ、そして、さらに進化したデュラハンの強靭極まる膂力で振り抜いた一閃。

 咄嗟の反応で躱せず、その一撃をドラゴンは受ける。

 

「ふっ、本気で叩き切ってやろうとしたが切れんとはな! いいだろう! 貴様を屠り、ドラゴンゾンビにし、新たな配下としてやろう!」

 

『ぐぅっ!?』

 

 支援魔法の援助で底上げされ、堅固な装甲に覆われ、あれほど強靭なドラゴンの右腕から血が滴っていた。逆襲にぐるりと回って、大太刀の如く尻尾を振り払うもそれをベルディアは紙一重で避け、逆にその尻尾に大刀で斬りつけた。

 

「初撃のような失態はもうせん! 如何にドラゴンが相手だろうが、進化した我が『魔眼』から逃れることなどできんわ!」

 

 真上に滞空する頭部より、上空を燎原の火の如く染め上げる『魔眼』の魔法陣が展開される。この場に、ベルディアに見切れるものなど存在しないというように。

 

 ドラゴンがぶん回したパンチをまたも紙一重で擦り抜けるように回避すると、容赦なく、音すらも裂いて、曲線の閃きが迷わず正確に生物の急所たる首元を斬りつけてくる。

 

『デュラハンの目で捕らえられるほどドラゴンはトロくないぞ』

 

「ならば、試してみるか?」

 

 ゴッッッ!!! と。

 規格外の両者の足元で、地面が爆発した。新種のドラゴンと異形のデュラハンが常人には目で追うのがやっとな高速領域で戦闘を始めたのだ。

 火花を散らしながら首無し騎士の首切り包丁と全身凶器の光り輝く竜が激しくぶつかり合う。

 

「とんぬら……頑張って……っ」

 

 ゆんゆんが祈るように両手で杖を握りしめ、死闘を繰り広げる彼に支援魔法を送り続ける。それでも攻撃を受けてるのは八割方ドラゴンの方だった。

 巨体の操作に慣れていないのだとしても、それ以上に、デュラハンの動きに無駄がないのだ。最小限の動作で回避し、最短距離で急所を狙う。

 

 この状況を打開するには、まず上空から俯瞰しているベルディアの『魔眼』を潰さなければならないが、そうしようと空を飛べば、向こうもとんぬらの急所、支援魔法をかけている『ドラゴン使い』のパートナーを斬り殺しに行くだろう。

 それに加えて、ベルディアはアンデッドだ。底なしの体力。持久戦に持ち込めば、有利になってくるのは明らかだ。

 

 

「水だあああああーっ! もういっぺんジャンジャン水をぶっかけてやれーっ!」

 

 

 そのとき、この場において誰よりも弱い超低レベルの最弱職『冒険者』の少年が声を張り上げた。

 

「デュラハンは水が弱点だ! そして、ドラゴン、とんぬらは水を浴びせれば回復する! だったら、やることはひとつだろ!」

 

 そういって、カズマは強者しか立ち入れぬ激闘に、水を差す。

 その声に、ハッと我に返った冒険者たちは、一斉に戦場へ水魔法を放つ。雨霰と。優しい慈雨のように。

 

「この雑魚どもめ、貴様らの出せる程度の水など、この俺には……っ!」

 

『余所見をするなベルディア!』

 

 この援護射撃に歓喜するように、ドラゴンはその翼を大きく広げて応えた。

 とカズマの音頭で冒険者みんなが一致団結したところで、

 

「ねぇ、一体何の騒ぎなの? なんでいきなり水遊びなんてやってるの? 私が珍しく働いている間に、カズマったら何を遊んでるの? バカなの?」

 

 今の今までどこで何やってたのかわからん奴に、馬鹿にされるほど腹立つものはそうそうない。

 必死で水魔法を放ってるこっちの様子から事態を察してほしい。

 

「水だよ水! 俺達に援護できるのはとにかく水をぶっかけてやるんだ! とんぬらもそれで持ち直してくれるはずなんだよ!」

 

「え! あれってドラゴン!? それももしかしてあれが私の眷属のアクアアイズ・ライトニングドラゴンなのかしら!」

 

 本当にこいつは何をやってたんだ? 一時、また勝手に戦線から離れてたみたいだけど。

 

「お前、仮にも一応はかろうじてとはいえ、水の女神なんだろうが! それともやっぱり、お前はなんちゃって女神なの? 水のひとつも出せないのかよ!」

 

「!? あんた、そろそろ罰のひとつも当てるわよ無礼者! 一応でもかろうじてでもなんちゃってでもなく、正真正銘の水の女神ですから! 水? 水ですって? あんたの出す貧弱なもので、私のアクアアイズ・ライトニングドラゴンが満足するはずがないじゃない! いい? あの子を満足させたいなら全身で浴びれるほどの、私クラスの女神じゃないと出せないような洪水クラスの水を出さないと駄目に決まってるじゃない!」

 

「だったら、早くやれよ! もう何だっていいから、働けこの駄女神が!」

 

「わああああーっ! 今、駄女神って言った! あんた見てなさいよ、女神の本気を見せてやるから!」

 

 売り言葉に買い言葉の応酬をして、アクアは一歩前に出る。

 

 途端。

 彼女の周囲に霧が立ち込め始め、段々と密度を濃くしていく。

 

「この世にある我が眷属よ……」

 

 その神妙なる言の葉の響きに、大気を満たす霧が震え始め、やがて漂う水の粒子が肥大したかのように小さな水の玉に。

 その水の玉ひとつひとつに、ギュッと濃密な神聖なる魔力が封入されている。

 

「水の女神、アクアが命ず…………」

 

 嫌な予感がする。

 これは先週のメテオインパクト事件を予感させる不穏な空気だ。

 つまり、それぐらいにヤバそうな、いや、これは正しく神様の奇跡級の魔法なのだ。

 

「さあ、アクシズ教の守護竜アクアアイズ・ライトニングドラゴン! 女神様からの清らかなる水よ! 受け取りなさい!」

 

 アンパンヒーローに新しい顔を投げつけるパン職人のようなノリで、張り切った水の女神様は、

 

 

「『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!」

 

 

 天変地異の災厄を起こしてくれた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

『えっ……! これ無理……!』

「ちょっ……! 待っ………!」

 

 天空から突如発生したのは、全身で浴びる、なんて済まないレベルの水量。

 ドラゴンの固有スキル『すべてを吸い込む』でも飲み切れないほどの圧倒的水量を前にドラゴンはこの大瀑布に呑まれた。これはもう援護射撃ではなく、味方撃ち以上の絨毯爆撃である。

 ついでに、上空でドローンのように滞空していたデュラハンの頭部も思い切り洪水クラスの水を叩きつけられ、真下の胴体と一緒に滝行に打たれる。

 

 そして、被害は爆心地だけで留まらず。

 

「ぎゃー! 水、水がああああー!」

「とんぬらっ!? きゃああー!」

 

 周囲にいたダクネスやゆんゆんなどの冒険者。

 

「あぶ……! ちょ、おぼ、溺れま……!」

「めぐみん、めぐみーん! 掴まってろ、流されるなよ!」

 

 そして、離れていたカズマやめぐみん、後衛の魔法使いたちに、あまつさえ魔法を唱えたアクア自身も巻き込み。

 その場にいたすべての人を押し流す大洪水は、街の正門にまで届き、盛大に激流をぶつけると壁を壊して、街の中心部まで浸水が広がっていく。

 やがて水が引いたそのあとにあったのは、地面にぐったりと倒れ込む溺れかけた冒険者たちに、頭を抱えずぶ濡れのデュラハン。

 

「ちょ……、ちょ……っ、何を考えているのだ貴様……。ば、馬鹿なのか? 大馬鹿なのか貴様は……!?」

 

 まさしくここにいた皆の意思を代弁してくれた。

 けれど。

 ドラゴンは、完全復活を果たす。

 

『グオオオオ――ッッッ!!!』

 

 水の女神から、ありったけにも程がある大洪水を全身で吸収し、それまでベルディアに受けた傷が治癒した。ばかりか、その大きく開かれた咢には、バリバリと素人目でも即座にわかる量の凄まじい静電気が弾けて、喉の奥より青白い光が灯っているのが見えた。必殺技のエネルギーも充填済みのようだ。

 ただでさえ盛大な水浴びでデュラハンの肉体は弱体化し、『魔眼』の頭部も大洪水に叩き落とされてしまった今、渾身の『ドラゴンブレス』など食らえば、ひとたまりもない。

 

「こうなれば……『進化の秘法』よ! 俺にさらなる力を」

「封――印ッ!」

 

 黄金の腕輪を嵌めた右手を掲げようとし、たところで、羽衣の水を絞っていたアクアが片手間な感じでそれに指を差して、あっさりと神器の機能を停止させてしまった。

 

「残念、この私にかかれば神器の封印なんてチョロいもんよね! さあ、やっておしまいアクアアイズ・ライトニングドラゴン! アンデッドのクセに神器に手を出した不届き者へ、粉砕! 玉砕! 大喝采! 滅びのバーストスプラッシュよ!」

 

「ちょ、待っ――――」

 

 そして、女神の掛け声でドラゴンから放たれた眩き光は、魔王幹部ベルディアを呑み込んで、欠片も残さず浄化させる。そして、さらに突き抜け、遥か彼方の暗雲まで晴らして見せるであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ベルディア討伐から翌日。

 デュラハンに斬り捨てられた冒険者が3人いたが、『死にかけほやほやなら簡単に蘇生できる』と豪語するアクアのおかげで、死傷者はゼロ。一時戦線を離れていたのは彼らを回収し、安全なところまで運んでいたかららしい。

 そして、ドラゴンのことは公然の秘密となったのか、それほど騒がれずに受け入れられている。

 

「ほら、行くぞゆんゆん」

 

「ま、待ってとんぬら! こういうお祝いの席って、皆でプレゼント交換したりするんでしょ? 念のために全員分を買って不公平のないように」

 

「冒険者のどんちゃん騒ぎを変に勘違いしてるなおい。どんなお祝いの席に関する参考書を読んだか知らんが、そんな気遣いは無用だ。本当に、ぼっちは卒業したはずなのに、一体いつになったら普通に慣れてくれるんだ?」

 

「ふ、普通じゃないの私!?」

 

 冒険者ギルドはむせ返るような酒の臭いで充満していた。

 現在、最もこの駆け出し冒険者の街の熱気が集まってるこの場所では、魔王幹部討伐記念を祝して、盛大に宴会が開かれていた。

 おっかなびっくりのパートナーの手を引きながら、とんぬらがギルドに足を踏み入れると、カウンターの方から手を振られた。

 

「おーい! とんぬら、ゆんゆん! お前たちにもギルドの特別報酬が出るってよ! 早く来いよ!」

 

 カズマと、それからアクアにダクネス、そして、めぐみんのいる方へ駆け足で寄ると、ギルドで一番美人な受付嬢が、賞金の詰まった袋をゆんゆんへと差し出した。

 

「お待ちしておりました、とんぬらさん、ゆんゆんさん。あなた方とカズマさんのパーティには特別報酬が出されることとなりました」

 

「え……?」

 

 そういって、まずはあの場にいた冒険者全員に分配された賞金をゆんゆんが受け取る。見れば、ダクネスとめぐみん、アクアにも同じような金貨袋を手に持ってる。

 

「何恍けた顔してんだMVP! お前らがいなきゃデュラハンなんて倒せなかったんだからな!」

 

 いや、これは、自身がドラゴンに化けれることを知られても、危険視されずに冒険者のひとりとして受け入れられたことに、驚いている。口元を手で覆って打ち震えているゆんゆんも同じ気持ちだろう。

 これまで通り、大っぴらに『『ドラゴン使い』とドラゴン』であることを名乗り上げることなどしないが、この街にやって来て良かった、と改めて実感する。

 仮面の下の目頭が熱くなるも、そこはグッと堪えて、とんぬらは、向こうの四人の代表者として立つカズマの横に並ぶ。

 

「えー。サトウ=カズマさんのパーティ、それからとんぬらさんとゆんゆんさんのペアには、魔王軍幹部ベルディアを見事討ち取った功績を称えて……。ここにそれぞれに、金1億5000万エリスを与えます」

 

 思わず絶句。

 またその発表を耳にした冒険者たちも、シンと静まり返る。

 そして、潮に引いた波が戻ってくるように、徐々に騒めきは大きくなり……

 

「おいおい……1億5000万ってなんだ、奢れよテメェらー!」

「うひょー! カズマ様、とんぬら様、奢って奢ってー!」

 

 冒険者から奢れコール。

 

「おいダクネス、めぐみん! お前らにひとつ言っておくことがある! 俺は今後、冒険の回数が減ると思う! 大金が入った以上、のんびりと安全に暮らしていきたいからな!」

「おい待てっ! 強敵と戦えなくなるのはとても困るぞっ!? というか、魔王退治の話はどうなったのだ!?」

「私も困りますよ、私がカズマについて行き、魔王を倒して最強の魔法使いの称号を得るのです!」

 

 そして、向こうのパーティが何やらもめ始める中、ポリポリと頬をかいたとんぬらが、ゆんゆんに訊ねる。

 

「大金も入ったみたいだし、さっきのプレゼントの話じゃないが、奮発して記念に何か高価なものでも買うか?」

 

「え、っと……。…………じゃあ、指輪が欲しい」

 

 と恥ずかし気に俯くゆんゆんは答えてくれた……何気なく左手の薬指辺りを触りながら。

 

 デュラハンでもないのに死の宣告に匹敵する、もしくはそれ以上のものがとんぬらに掛けられた気がした。それはもう、今度は女神様な『アークプリースト』にも解呪できなさそうな。

 

 ――古来、この国にはある決まりがある。

 魔王を倒した勇者には、褒美として王女を妻とする権利が与えられ、その証に指輪が授与されるという……

 

 いや、これはそうじゃないはずだ。

 きっと、死の宣告も防げるほど呪いに耐性があるお守りのようなアクセサリーが欲しいのだ。

 

 少年が自問自答しながら強引に納得してるところに落ち着けさせようとしていると、不安げに上目遣いで少女から、

 

「ダメ、かな……?」

 

「あ、ああ……」

 

 わかった、と頷きかけたその時だった。

 隣のカズマパーティから悲鳴が上がったのは。

 

『3億4000万エリスの借金っ!?!?』

 

 振り向けば、そこにはそっと目を逸らしてそそくさとカウンターの奥に引っ込んでいく受付のお姉さん。気まずげな雰囲気を察して、そっとこちらから目を離す冒険者たち。

 そして、請求書の紙を持ったまま固まるカズマとそのパーティの面々。

 

 今回、カズマパーティのひとりである、アクアの召喚した大量の水により、街の入り口付近の家々が一部流され、損壊し、洪水被害が出ている。魔王軍幹部を倒した功績のあるパーティにこんなことをお願いするのは心苦しいので、せめて全額弁償は結構だから、一部だけでも払ってほしい……と。

 

「というわけで、明日は金になる強敵相手のクエストに行こうと思ってる」

 

 パーティの中でただひとり、借金地獄の苦難にも、笑顔を浮かべているダクネスが説明してくれた。

 

「――では、とんぬら、ゆんゆん! 特別報酬もいただいたことですし、私達もそろそろ行きましょうか」

 

「めぐみん……いくらなんでもそれはひどすぎるわよ」

 

 そう沈みかけた船から避難するように、さりげなくパーティ移籍しようとする同郷のライバルに、ゆんゆんは非難する目を向ける。

 すぐその後ろ襟をカズマが捕まえ逃げようとするめぐみんを確保し、そして、同じく確保されていたアクアが、小切手を持ってるとんぬらの前に正座した。

 

「我が眷属アクアアイズ・ライトニングドラゴン。アクシズ教の守護竜であるあなたをご神体として私は誇らしく思います。今、この女神アクアは再び苦難に見舞われております。敬虔なる信者である汝を見込んでどうか……! ……またお金を奉納して頂けると助かります」

 

 と最後に、ペタリと頭を床につけるように低姿勢で、惚れ惚れするくらい見事な土下座をしてくれた。

 

 あれ……? 俺、この方はひょっとして女神かもしれないと思ってたんだが……

 

 信者ではないけど信者だと思っている相手に、ここまで迷いなく土下座をする彼女にはもう、何だか清々しささえ覚えてくる。いや、むしろあのアクシズ教団の崇めるのだから、これくらいが女神様らしいのかもしれない。

 一応、了承を得ようと相方のゆんゆんに視線を向けると、やや残念そうに『指輪……』と呟いたが、追い詰められた様子のめぐみんを見て、頷き返してくれた。

 

「……はい、どうぞ全額足しにしてください、アクア様」

 

 この街にやって来て良かった、と思うのと同時に、この街に来て大変になりそうだ、と先行き不安を覚える少年であった。


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