この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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26話

 それは、ある日のこと。

 店番を任された仮面に和装姿の少年がカウンター席に座ってこの魔道具店の店長のオリジナル調合レシピに目を通し、またその店の奥で相方の少女が相棒の豹モンスターを丁寧にブラッシングしていた時、息を切らした珍客が駆け込んだ。

 

「よかった! ここにいてくれたか、とんぬら!」

 

 それは、どこかの女神様のイメージカラーのように青い鎧を纏い、けれど、肩にかけている大剣は以前の魔剣とは違う、元魔剣使いの勇者候補であった。

 

「ミツルギ……? どうした、この店は上級者でさえ手に負えないような玄人仕様の魔道具が大半だぞ。いくら金に余裕があるからといって無駄遣いは感心しないな」

 

「いや、この店にじゃなくて、君に用があるんだ」

 

 ひしひしと厄介事の予感を覚えつつも、神主としての職業意識で、困る相手を突っぱねることもできず、店内に雑談用に用意された席へと勧める。

 

「ゆんゆん、紅茶を用意してくれないか」

 

「うん、わかったわ」

 

 

「それで、話とは何だ?」

 

 ゆんゆんは淹れた紅茶をテーブルまで持ってきてくれると、気にしながらも店の奥へ下がってくれた。その気遣いに感謝しつつ、紅茶を啜ったとんぬらが、いつまでも相談事を口にしないで言い難そうにするこの坊ちゃん勇者に訊ねる。

 

「ひょっとして、それはあんたが店に売っ払った魔剣と関わり合う事か?」

 

「っ……!」

 

 ピクリと肩が反応する。どうやら後ろめたいことがあるのか。しかし、話を聞きに来ておいてその態度では焦れるというもの。そこで適当に思いついた単語を訊いて、反応を見ることにした。

 そう、まずは、他所の知り合いのとんぬらよりも先に相談すべき身内について。

 

「そういえば、クレメアとフィオ、だったけか。あの二人は元気にしてるのか?」

 

「ぁ……」

 

 口に詰まるミツルギ。

 俯き出された紅茶に口にすることなくその水面に顔を映すミツルギに、とんぬらは嘆息して、

 

「いいから話せ。あいつらと違ってあんたのダメなところはわかってる。今更、俺にいい格好しようが無駄だぞ」

 

「…………うん、そうだね。話すよ、とんぬら」

 

 それから、ミツルギの話された内容に、まずは呆れた。

 何でもひとりの女性をかけて、ある冒険者と決闘を挑んだそうだが、あっさりと返り討ちにあったそうだ。高レベルの『ソードマスター』を倒せる相手が、この駆け出し冒険者の街にいたのは驚きだが、相手は低レベルの『冒険者』で、『窃盗』スキルで魔剣を奪われたところをやられたらしい。以前に紅魔の里でも似たようなことがあったが、面目丸潰れな勇者候補である。

 それでその『冒険者』に戦利品として魔剣を奪われたそうだが、翌日、それを返してもらおうと交渉しに行ったところ、決闘に賭けられた女性がこう文句をつけたらしい。

 

『私を勝手に景品にしておいて、負けたら良い剣を買ってあげるから魔剣返してって、虫が良いとは思わないの? それとも、私の価値がお店で一番高い剣と同等って言いたいの? 無礼者、無礼者! 仮にも神様を賭けの対象にするって何考えてるんですか? 顔も見たくないのであっちへ行って。ほら早く、あっちへ行って!』

 

 その後、魔剣がすでに売られたことを知ったミツルギであるが、その魔剣を授けてくれた大恩ある憧れの女性に嫌われてしまったことがとてもショックで、これは魔剣を取り返さないと合わせる顔がないと落ち込んだそうだ。

 

「それで店に行ったらすでに魔剣はお貴族様のもとへ渡ってしまっていたと」

 

「そうだ。だから、その貴族……アウリープの屋敷へ行って、どうか魔剣を返してくれないかとお願いしに行ったんだ。でも……」

 

 その時はまだ同行していたクレメアとフィオと共に向かったが、

 

『この魔剣はワシの物だ。平民風情なんぞにやるものか』

 

 買い取った額の倍以上を払うと言っても、

 どんな難題のクエストを受けると言っても、

 男爵は魔剣を渡さず、歯軋りするこちらに見せびらかすようにするだけ。

 それでもしつこく食い下がるミツルギに、やっとひとつ、譲る条件を出した。しかし、

 

『そこの女子二人がワシの愛人となるのなら、考えてやらんこともないがな。どうだ? お前らのような駆け出し冒険者では一生味わえない贅沢な暮らしをさせてやるぞ』

 

『お断りします、アウリープ男爵。クレメアとフィオは僕の大事な仲間です』

 

『何だとっ!』

 

 そして、交渉は決裂し、ミツルギは屋敷を出た……

 

 そこからが、問題だったのだ。

 

『キョウヤ、私達に任せて』

『絶対に魔剣を取り返して見せるから』

 

 とその帰りに二人から励まされながら、宿に一泊したその翌日。

 部屋の扉に、一通の手紙が挟まれていた。

 それは彼女たちの書き置きだ。そして、知る。言えば絶対に反対されるだろうから事後報告であったが、強硬手段に及んだことを。

 『ランサー』と『盗賊』の女性冒険者はあの貴族の屋敷へ魔剣を盗みに行ったのだ、と。

 ……そして、先日から帰ってこなくなった。

 

「すぐ、屋敷へ行った。だが、奴はにやにやと僕を嘲笑うだけで、二人は知らんと……!」

 

「……なるほど、ここの領主の話は聞いているが、随分とあくどいらしいようだ。目についた見目麗しい女性を如何なる手段を用いてもモノにし、飽きれば手切れ金を渡して捨てる。

 不当な搾取に贈収賄の嫌疑がかけられている。叩けば埃が出てくる輩だと誰もが口を揃えてそう言う。だが、何故かとんと物証は出てこない。被害女性達はかたくなに口を閉ざしてしまうから、悪事の証拠もない。小説に出てくる“お代官様”を地で行くようなタチの悪い相手だな。で、領主の養子にされた一人息子だけは例外的によくできた方らしいが、領主の親族だという男爵の評判はあまりよろしくない」

 

 そう言われて、ミツルギはガッとテーブルに額を擦りつけるように頭を下げた。

 

「とんぬら……魔剣を盗り返そうとして囚われた僕の仲間たちを助けてくれ!」

 

「ミツルギ、お前は俺に何を言ったのかちゃんと理解しているのか? お貴族様に喧嘩を売れと言ってるんだぞ」

 

「わかってるっ! だけど、とんぬら、僕には君しか頼れる人がいないんだ! どうか僕に知恵を貸してほしい!」

 

「そうか。残念だが、話を聞かせてもらったからには考えるが、そうすぐには思いつかんよ」

 

「そうか……」

 

 沈んだミツルギは、すっかり冷めた紅茶を呷ると礼を述べ、店を出ようとする。そこで、とんぬらはテーブルに肘をつき、顔を支えながら、ぶっきらぼうに、

 

「おい、せっかく営業時間を潰してまで話を聞いてやったんだ。相談料代わりに、せめて何かひとつ商品を買っていけ」

 

「それは、ごめん。今は自分のことだけしか考えられなくて……迷惑をかけて、すまない。是非、買わせてもらうよ」

 

 店内で品定めを始めるミツルギの方を見ず、紅茶に口をつけてから、とんぬらは明日の天気を訪ねるような軽い口調で、

 

「なあ、ひとつ確認したいことがある。魔剣と仲間、ミツルギはどちらを優先する?」

 

「それは……仲間に決まってる」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ゆんゆん、今日はひとりで在庫の確認をするから先にゲレゲレと一緒に帰っても良いぞ」

 

 夕方、もうすぐ日も落ちて閉店時間となるとき、とんぬらは店仕舞いの作業をこなしながら、ゆんゆんに言う。

 

「帰るって言ってもすぐ隣じゃない。いいわよ、手伝うわ」

 

「いいや、これは俺ひとりでやった方が手っ取り早い。まあ、ちゃんと魔道具が働くものか確かめたりもするから徹夜の作業になるだろうし、今日はここに泊まり込みになるな」

 

 断りを入れると、ゆんゆんからじっと見られる。

 明言はしないが、もう色々とバレバレのようだ。

 

「……本当に、手伝うことはないの?」

 

「そう、心配することじゃないだろ。確かにウィズ店長は爆発ポーションや扱いを間違えるといろんな意味で自爆モノの魔道具しか仕入れないから、店の倉庫は魔窟だけど」

 

「とんぬらっ」

 

「あー……。危ないことはしない。心配するな」

 

 強めに呼ばれたとんぬらは降参とでも言うように両手をあげる。それでもゆんゆんは不満げに、若干頬を膨らませており、

 

「本当に? 本当にとんぬら、危ないことしない?」

 

「ああ、約束する。なんなら、この鉄扇を預かっていてくれよ」

 

 攻防の要であり魔法使いの杖でもある相棒をこの心配性な相方の手にそっと渡す。

 

「これで荒事はする気がないのはわかるだろ。それに、預ける、ってことは、ちゃんと返してもらう、ってことだ。だから、明日になったら、ちゃんと会えるさ」

 

「……じゃあ、私もとんぬらに預ける」

 

 ぶすっとしながらゆんゆんがとんぬらに差し出したのは学校時代にあげた短刀である。

 

「これ、昔、俺のだったろ」

 

「でも、今は私の大事な宝物だもん」

 

「わかったわかった。預かっておくよ」

 

 とんぬらは手渡された短刀を懐に忍ばせた。

 

 

 ウィズ魔道具店、商品番号1412。

 隠密トカゲという『敵感知』スキルを無効にしてしまうモンスターの革で作った覆面頭巾『盗賊王カンダタマスク』

 これは、装備した相手に『敵感知』さえ潜り抜けるほどの強力な『潜伏』効果を発揮する。

 紅魔族随一の服屋の店主ちぇけらの下でバイトをしながら魔力繊維について学んでいたから、手触りでこれが本物だというのはわかる。

 

 ただし、ウィズ魔道具店の必ずどこかに残念な欠点のある仕様から例にもれず、効力は覆われた頭部限定。

 つまり、『頭隠して尻隠さず』な魔道具なのである。

 

「とはいえ、興奮すると瞳が紅く光ったり仮面なんて目立つ真似をしてる顔部分を誤魔化すにはうってつけの魔道具だけどな」

 

 黒子のような黒装束に身を包み、覆面頭巾をかぶって、魔道具屋の店員としてこの魔道具の性能を確かめるために、ちょっと厳重に警備された貴族の屋敷に忍び入ることにした。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 時刻は、草木も眠る丑三つ時。

 夜遅くでも警戒の厳しいアウリープ邸の正門、警護する騎士たちに軽く挨拶しながら中に入らせてもらう。

 

「にゃーお」

 

「ん、何だ猫か」

 

 猫の子一匹も通さない警護などそうあるわけないのである。

 

 

「『ヴァーサタイル・エンターテイナー』」

 

 とはいえ、門までは良いが屋敷の中まで野良猫を入れるなど貴族は許さないだろう。そういうわけで次に交代である。

 

「『おい、ちょっとこっちに来てくれ。手伝ってほしいことがあるんだ』」

 

 猫に化けていた変化魔法『モシャス』を解除すると、つい先ほど挨拶した門番の騎士の声色を、念には念を入れ芸達者になる支援魔法をかけてからの声真似で再現し、ちょうどひとりでいる騎士を物陰へ誘いをかける……

 

「なんだ? 何かあったのか?」

 

「『ああ、この辺で妙な臭いがしないか?』」

 

「どれ? ――あひゃひゃん???」

 

 薬草、毒消し草、満月草、この数種のハーブをポーチから握り取り、手合わせして磨り潰す。『錬金術』スキルを働かせて混ぜ合わせると、即興で完成した粉末を風に乗って騎士の鼻腔へ吸い込ませる。

 出来上がったのはウィズ店長の考案した、薬しか原材料に入っていないのにどういうわけか嗅ぐだけで頭が混乱して卒倒させるオリジナルレシピ『おかしな薬』である。

 磨り潰して混ぜるだけなので、釜を使わずとも手合わせ調合でも簡単にやれるのだ。

 

「『モシャス』」

 

 それからお薬を嗅いだら倒れてしまった騎士に変身し、身代わりとして働くことにする。

 

(なんだろうか。七色の声真似ができ、変装も自由自在だし、ひょっとして俺って怪盗の才能があったりするのだろうか……ん?)

 

 なんてことを考えて屋敷内を見回りしながら、堂々と建物の中を視察し、お目当ての人物を探していると、ふと、妙な感覚を覚える。第六感がざわつくというか、これを無視しては通れないような。

 そちらの方へ足音を殺しながら近づくと……

 

「見張りのルートは覚えたから、今この時間に誰もここは通らない。侵入は成功、っと」

 

 闇の中でボソリと、凄く小さな独り声が聞こえた。

 どこかで聞いた覚えのあるような声音に、興味を引かれて寄ってみると、

 

「さて、『宝感知』……――っ! 『バインド』ッ!」

 

 しまった!

 『敵感知』スキルに引っかかったか。頭部限定の『潜伏』効果なので気配はバレてしまうのだ。

 

「危ない危ない……」

 

 下手人の様子を窺う限り、どうやらこの屋敷の人間ではない、自分と同じ侵入者のようだが――こっちもここで捕まってやるわけにはいかないのだ。

 

「じゃあ、ごめんね。騒ぎを起こす前に意識を」

 

「『モシャス』解除」

 

 大の大人から少年の体躯に戻る。それでも縄が巻きつけられたままだが、少し隙間さえ空けば、するりと出られるのだ。

 

「え!? 姿が!? それに拘束が!?」

 

 驚いてる隙に相手に飛び掛かると、強引に組み伏せて、押さえつける。

 

「残念だったな。『盗賊』の拘束スキルは強力だが、少し緩めば宴会芸スキル『手品』で縄抜けできるんだよ」

 

「何それ初耳なんだけど本当?」

 

 脱出トリックで必須である。

 さて、組み伏せたが掴んだ腕の柔らかな感触から察するに、どうやらこの侵入者は女のよう。

 

「悪いな。俺もあんたと同じでこの屋敷に用があって忍び込んだ。邪魔はされたくないから意識を」

 

「やめっ!? ちょっ、待っ……!? 放して……!」

 

 パッと手を放してしまった。

 あれ?

 

「え? どういう……」

 

 解放された侵入者の方も驚いてる。

 こっちも凄く驚いてる。

 でも、何故か、強制力でも働いたかのように、身体が勝手に動いてしまったのだ。

 

 どうしよう……

 

 事を慎重に運びたいから、不確定要素はなるべく排除しておきたかった。

 ここは相手の出方を窺おうと注視し……とそこで、気づいた。

 暗がりで相手も黒のスパッツに黒のシャツ姿で夜闇に溶け込むような衣装なので、人影の輪郭しか把握できなかったが、だんだんと目が慣れてきて、そして、今のすったもんだのおかげで相手の口元を隠す布がずれていて、

 

「え、クリス……さん?」

 

 それが、以前、お世話になった『盗賊』の冒険者の顔であった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 利害は一致すると判断して、どこか空いてる無人の部屋へ場所を移し、お互いに情報交換。

 

「わかった。ここは誤解を解くためにも、キミに本当のことを話すよ」

 

 話を聞いてくれればちゃんと理解してもらえる、と前置きを入れて、先輩冒険者クリスは語り始めた。

 

 この世界には、神器と呼ばれる超強力な装備や魔道具がある。

 神器と呼ばれるだけあって、それらの品は簡単には手に入らない。

 

「それで所有者のいなくなった危ない神器が回収されていないか、『盗賊』のレアなお宝の在処がわかる『宝感知』スキルで貴族の屋敷を中心に片っ端から調べてるの」

 

「神器のことなら多少は知ってるよ。勇者候補なんて呼ばれる連中がもってる道具だってことも。実際にそれを見たこともあるし、触ったこともある。でも、あれは確か、神器に認められた所有者でなければ、普通の魔道具程度の効果しか発揮しないと聞いている。そんなに危ない物なのか?」

 

「博識だね。そうだよ。神器は、与えられた者にしか本来の力は発揮できない。例えば無限の魔力が引き出せる魔法の杖があったとしても、他の人が使えば魔力の回復を早める程度の効果しかない。でも中には、他者と入れ替えることができる神器なんてあってね。それは所有者以外では、ずっと体を入れ替えることはできず、制限時間がつくようになるんだけど――もしも、入れ替わりの最中に、片方が死ぬと元に戻らなくなるんだ」

 

「なっ! それはつまり……」

 

「そう、その神器は、使い方によっては永遠の命だって手に入れられる凄い物なんだ。自分の体が衰えてきたら、若くて健康な人と体を入れ替え、相手を殺せばいいんだからね」

 

「さらに、体を入れ替える前に、自分自身の財産を渡したりしておけば尚よしか」

 

「うん。その危ない神器がどこかの貴族に買われたと耳にして、ちょうど神器の反応がするこの屋敷に来たわけなんだけど」

 

 ゆるゆると首を横に振り、

 

「ここにある神器は、違いますよ。何でも斬り裂く、上位悪魔にも危険視されるほど強力な魔剣ですが、あいつ以外が扱っても普通の剣と変わらないものです」

 

「へぇ、そうなんだ。ありがとう、教えてくれて……それで、声の感じから大体察してるんだけど、そろそろ覆面を外してほしいかなー」

 

「はい、クリスさん」

 

 この人のお願いには逆らえず、『盗賊王カンダタマスク』を脱ぎ取る。

 

「やっぱり、キミか」

 

「そうですね。巷で噂の義賊に合わせて、今の俺は、『アークウィザード』ではなく、紅魔族随一の奇術師にして怪盗、『マジシャン』のカンダタキッドとでも名乗っておきます」

 

「なんだいそれ」

 

 クスクスと笑われる。

 

「でも、『盗賊』でもないのに、よくここまで忍び込めたね」

 

「七色の声真似に変装が特技ですから。まあ、中級魔法スキルを取って、『エネミーサーチ』や『トラップサーチ』、『ロック』と『アンロック』も覚えてればさらに完璧ですが」

 

「いや、十分凄いよ、盗賊顔負けだからね。……でも、こんなところに夜遊びとは感心しないなー」

 

 今度はそっちの理由を話してよ、と暗に言われて、とんぬらは少しだけ迷った後、打ち明けることにした。どうにもこのクリスという人には逆らい辛いのだ。

 

 魔剣を売り払われたマヌケな坊ちゃん勇者候補がいて、

 それを買い取った悪徳貴族から、魔剣を盗もうとホイホイ忍び入ったら捕まったマヌケな女性冒険者がいると。

 

「じゃあ、キミはその娘たちを助け出しに危ない橋を渡ってここに忍び込んだわけかい?」

 

「ええ、まあ、そうなるんですかね。あの二人は、なんだかんだでウチの相方の友達ですし、それからあの坊ちゃん勇者は……俺の友達ですから」

 

 自分を誘いにわざわざ紅魔の里まで来るような奴だ。空気が致命的に読めないという欠点があるものの、その熱意くらいは買っているし、自分のことを高く評価してくれている相手でもある。どうしてそんなに信頼が篤いんだと訊いてみたいくらいであるが。

 

「でも、本当に、今も昔も世話の焼けるヤツですが」

 

「あー、それわかる気がする。あたしも先輩のフォローが大変で……っと、まあ、よくわかったよ」

 

 楽しげな調子で彼女は片目を瞑りながら、

 

「それなら、どうだい? 情報をくれたお礼に、新米の怪盗君に先輩として色々とレクチャーしてあげようか?」

 

 最初から拒否権なんて持ってない相手であるも、その提案には深く平伏するカンダタキッドであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 かつん、かつん、と。

 地下空間に響く足音に目を覚ます。

 薄暗がりの地下牢に降りてきたのは、今回は護衛を引き連れずひとりで降りてきた、でっぷりと太った男。

 

「どうだ? そろそろ反省するころではないか?」

 

「「………」」

 

 イヤらしく笑うその男は、地下牢に閉じ込め、縛り上げたここの悪徳貴族。そして、キョウヤの魔剣を手中に収めてる相手である。

 そして、魔剣を必ず盗み返しに来ると予想されて、まんまと罠に嵌められたのが自分たち……

 

「このワシの愛人となるのを誓うのなら、今すぐここから出して、贅沢をさせてやる。言っておくが、ワシに見初められるのは大変幸運なことなんだぞ? 貴様ら只の冒険者の収入なんぞ、この駆け出しの街の奴らでは月にせいぜい10万から20万エリスといったところだろうが、ワシはその倍以上の金を与えてやる」

 

 相変わらず、キョウヤを駆け出し冒険者と勘違いしているのも腹立たしいが、この野郎のモノになるなど怖気が走る。

 

「いやよ! いくら積まれたってお断り!」

「そうよ。私たちは何があろうとキョウヤについて行くって決めてるの」

 

 ぺっとそいつ目がけて唾を吐いてやる。

 それに憤慨することなく、冷淡な眼差しでアウリープは見下してくる。そして、心胆から震えがくるような低い声で、

 

「どうやら、自分の立場というのを理解しておらんようだな。ワシがその気になれば、いつだって貴様らを殺すことだってできる。ペットの魔物のエサにしてやるのも良いな」

 

 ゾクリと脅しに怯むも、それでもアウリープを睨み返してやる。その強がりを鼻で笑い、

 

「では、こういうのはどうだ? ワシの愛人となるのなら、魔剣はあの坊ちゃんに返してやろう」

 

「「え……」」

 

 その提案に、考え込んでしまう。

 戦闘面で、魔剣を持ったキョウヤは最強だ。自分たちはそう信じている。たったひとりでドラゴンも狩ってみせるだろう。

 一方で、魔剣がないキョウヤにドラゴンを倒せるかといえば、難しいだろう。それは『ランサー』と『盗賊』の二人が援護についていてもだ。それが彼と同等の高レベルの冒険者であれば話は別かもしれないが、駆け出し卒業程度の冒険者では、お荷物としかならない。

 

 それに……キョウヤは、あの魔剣を授けたという彼女のことが……

 

 ……なら、ここでキョウヤのためにするべきことは――

 

 

「ミツルギは魔剣よりもあんたらの方を取るよ」

 

 

 声の調子が、それから雰囲気が変わった。

 まるで別人のように。

 吐き出そうとした言葉が、一気に喉の奥へ引っ込んでしまうほど驚いたこちらに、アウリープはやれやれと嘆息すると、地下牢の鍵を開け、

 

「『モシャス』解除」

 

 それから本当に別人に変わった。

 黒装束を纏う、あの仮面をつけたキョウヤから信頼を最も勝ち得ている少年とんぬらへ。

 

「あ、あなたどうして……!?」

 

「わざわざこんなところまで来る理由はそうないだろ」

 

 教えてやるまでもない、と言うように鼻を鳴らし、懐から取り出した短刀で拘束された縄を切っていく。

 

「助けに、来てくれたの」

 

「ミツルギじゃなくて残念だったな。だが、目立つことしかできないあいつにこの手の作業は致命的に向いてない」

 

 自由に、なった。

 まだ屋敷から脱出していないけれど、身体を思うままに動かせることについ涙腺が緩んでしまう。

 そして、一気に安堵してた反動からか、つい余計なことまで思ってしまう。そう――

 

「ねぇ……魔剣は? 魔剣『グラム』はっ?」

 

 最初にこの計画を考えた『盗賊』のフィオが訊いてくると、彼は仮面の奥の眼を細めて、

 

「魔剣をエサにホイホイ釣り上げられながら、馬鹿なことを考えるな。過ぎた欲は身を滅ぼすことを反省してないのかあんたは」

 

「でも! あれがないとキョウヤは……!」

 

「あの坊ちゃんは、魔剣なんかよりもあんたら優先すると言ったぞ」

 

 その文句に目を瞠目してしまう自分たちから背を向け、浮かれそうになるその横っ面を引っ叩くように続けて言ってきた。

 

「悔しかったなら、強くなってみせるんだな」

 

 

 ♢♢♢

 

 

『……あ、おかえりなさい、とんぬら』

 

 魔道具の実践チェックを兼ねた夜の散歩が終わり、家に帰るとそこに暗い部屋の中で目をボウと赤く光らせるゆんゆんが出迎えてくれた。用意しなくていいと言ったのに、テーブルに冷めた夕食があり、帰りを寝ずに待っていてくれたようである。心配をかけさせてしまったようだ、とても申し訳ない。でも、ビックリして悲鳴を上げかけた自分は悪くないと思う。足元でどこかやつれた感じのゲレゲレがぐったりしていたが、何があったのかは訊かないでおこう。でも、後でドラゴンの干し肉をあげておいた。

 

 それから、ウィズ店長のオリジナル調合レシピ『おかしな薬』にまた活躍してもらって、強引に眠らせたゆんゆんをベッドにやり、有言実行、徹夜で在庫整理を行い、そして、早朝、まだ店も開けてないのに飛び込んできたのは、マナーを知らん坊ちゃん勇者であった。

 

「とんぬら! クレメアとフィオが帰ってきてくれた!」

 

「おお、そうか。でも、開店前だ。せめて静かに扉を開けてくれ。隣ではまだ寝てる娘もいるし、俺も徹夜明けで眠いんだ」

 

「あ、ご、ごめん……!」

 

 わざとらしく欠伸をしてやると、頭を下げるミツルギ。しかし、顔はどうしようもなくにやついていて、こちらにキラキラとした眼差しを送ってくる。眠いせいか、その眩しさがうざく思える。

 

「君が、助けてくれたんだろ?」

 

 どうやら、あの二人が言ったのか? あれだけ散々煽ってやったから、絶対に自分に助けられただなんて、ミツルギに言いたくないだろうと思ったのに。

 

「クレメアとフィオが、とんぬらにとても感謝していた。今は疲れ切っていて宿で休ませてるけど、いずれちゃんとお礼に」

 

「いいよ。もうお礼は言われた」

 

 手のひらを向け、今にも抱き着きそうなくらいに迫ってくるミツルギを制する。

 

「君にはもう感謝してもしきれないよ……!」

 

「はぁ……もうこれに懲りたら少しはしっかりするんだな。いつまでも年下に尻拭いをさせるのは格好悪いぞ」

 

 指摘され、ポリポリと顔を掻くミツルギ。

 

「ああ、クレメアとフィオが戻ってきてくれたけど、いなくなったことに気付いたアウリープがまた二人を」

 

「来ていないと明言しているのなら、問題ないんじゃないか。あんたにそう言ったんだろう? 二人は、屋敷に来てないと。裁判沙汰になればきちんとそう証言することだ。いない人物を攫うなどできないんだからな」

 

 それに、あの手の後ろめたいことを抱えてる悪徳貴族は、逃がした魚をしつこく追うような真似はしないだろう。それよりも保身に走るのに躍起になる。

 

「もしそれでもお困りのようなら、ダスティネス家に駆け込むと良い。あそこは真っ当な貴族だからな。きっと俺達じゃ対処できないことも請け負ってくれるはずだ」

 

「そうか……何から何まで、ありがとうとんぬら」

 

 さて。

 厄介事も片付いたところで、商談に入ろう。

 

「ミツルギ、新商品を入荷したんだが、買わないか? といっても、ウチは魔道具屋であって武器屋ではないんだがな」

 

「え……」

 

 カウンターの下にあったそれをミツルギの前に出すと、彼は言葉を失った。

 そう、今出したのは、このたびめでたく先輩になった神器コレクターの義賊様からの贈り物である。クレメアとフィオをミツルギのいる宿まで送り届け、ゆんゆんを眠らせた後に家の前に置いてあったのだ。義賊な先輩は神器のついでに盗んだ金貨をエリス教会に寄付するのが趣味だそうだが、どうやら気風が良い性格なようだ。この手のサプライズがお好みと見る。おかげで、デカい借りを作ってしまった後輩は、今後、何か厄介事を頼まれそうな予感がひしひしとしてる。

 

 

「本日の目玉商品は、魔剣『グラム』だ。仕入れたばかりで、お値段はまだ決めてないんだが、いくらで欲しいかね、ミツルギ?」

 

 

 一体この坊ちゃん勇者がいくら払ったかは明言しないでおくが、とりあえずウィズ店長が帰ってきたとき、びっくりするくらい黒字になったと言っておく。




誤字報告してくださった方、ありがとうございます。

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