この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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2章
27話


 『『水のリング』と『炎のリング』』

 それは我が猫耳神社に保管される『悟りの書』に記される伝説の指輪。

 『水のリング』は、大海嘯を起こし、『炎のリング』は、火山を大噴火させる。指輪に魔力を篭めるだけで、上級魔法以上の効果を発現し、

 そして、〇〇〇〇〇をするときにはズバリこれだとご先祖様は仰っているのだが、その実在は不明。神主一族が探しているのだが見つからず、神器級のアイテムではないかとも推測されている。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 『黒雲の迷路』

 それは、聖風の谷付近にあるダンジョン。迷路というほど複雑なつくりはしていないが、“黒雲”と冠する通り内部には黒い霧が満ちており、五里霧中の視界の悪さ。

 ここでは、怪物の像が尻尾を向けている方向に進むのが正しい通過法とされ、うっかり、間違って逆に顔の向いている方に行ってしまうと延々と彷徨い続けることになると言われている。事前に情報収集が大事な迷路だ。

 そして、この最奥部には……

 

「いやあ! とんぬらがクエストに誘ってくれるとは嬉しいなあ!」

 

「楽しそうだな、ミツルギ」

 

 黒霧に包まれたダンジョンを進む仮面の少年とんぬらと組んでいるのは相方の少女ではなく、とんぬらがつかんだお得意様の野郎。

 流石にスキップまではしていないが、うきうきしてるのがその顔に出ている。

 昔、王都で活躍した凄腕の冒険者であるウィズ店長から『黒雲の迷路』の特性やらは教えてもらっているが、一応、ここは難易度の高い上級者向けのダンジョンである。

 それを二人だけで攻略しようというのだから、無謀が過ぎる。でも、ここにいるのは神器を持った勇者候補である。

 

「まあ、今回はあんたの力を借りないと無理そうだからな。これから、相手にするのはドラゴン並みの難敵だ。頼りにしてるぞ」

 

「ああ、任せてくれ。君は大事なパーティを助けてもらった恩があるからね。それに『グラム』まで取り戻してくれた。存分に力を振るおうとも」

 

 力強く胸を叩いてみせる魔剣使いの勇者。

 パーティを一時解散して、今はソロのミツルギであるも、やはり誰かと一緒にクエストをこなす方が張り切るのだろう。パーティの守護意識が高く、切り込み隊長ができるだけの強力な攻撃力を有して、物理で倒す脳筋思考なミツルギは、生粋の前衛である。

 

「にしても、どうしてこの高難度クエストを受けようと思ったんだい? 今のとんぬらのレベルなら問題ないけど、安全策を徹底する君らしくもない」

 

「この前、魔王軍の幹部を倒した経験値でレベルアップしたけどそれでもギルドの設定した受注基準がギリギリだったな。本来ならあと3レベルくらいは上げてから臨みたかったけど……もうすぐ、パートナーが上級魔法スキルを覚えそうなんだよ」

 

 一緒にクエストを受けて経験値を稼いだり、またメキメキと『錬金術』スキルの腕をあげて作成されるスキルアップポーション。質は上出来なのだが味はとても苦いのが問題点、そこである思い付きからひとつの隠し味を試してみたら、より品質が向上し、一気に3スキルポイントも獲得するように(味は変わらず激苦であったが)。

 それで、今、とんぬらのアトリエに置いてる錬金釜で熟成中の、ついにドラゴンの血を使い切った最後のポーションを飲めば、目標の30ポイントが溜まるだろう。嬉しい誤算だ。

 ただし、そうなると……

 

「はい? それはいったいどういう……」

 

 話はそこまでだ。

 ごおお……と、狭い隙間を通る際に哭く風の音。

 そして、『敵感知』を使わずともわかる強大な気配。

 

「来たか」

 

 ごおおオオオオごおおおおおおおおオオ!! と。

 暴風域に入ったかのような向こうからの威嚇に応じるように、気息を整えたとんぬらは相棒の鉄扇を取り出し、ミツルギもまた神器の魔剣を構えて、果敢に前に出た。

 

「現れたな、亜神『ヘルクラウダー』!」

 

 黄金の体を持ち、黒雲に乗って現れたのは、雲の化身。

 王都を『テレポート』の転送先に登録しているウィズ店長に拝んで王都まで送らせてもらい(帰りは自腹で転送屋に頼る予定)、上位悪魔お墨付きの神をも倒せる魔剣の担い手である高レベル『ソードマスター』と一緒に亜神退治クエストを受けたのは、この雷雲の亜神『ヘルクラウダー』の落とすとされるドロップアイテム『雷の珠』を手にいれるためだ(それからクエスト報酬で帰りの『アクセル』行きまでの転送料金)。

 

「もうすぐ冬のシーズンになるし、あんた以外にも回らなきゃいけないところがあるんでな。それにクエストを達成しなきゃ『アクセル』に帰れん」

 

 背水の陣を敷き、天上から見下ろしてくるような亜神の威圧感に怯まず今この時、荒魂を鎮める神主、否、神を狩る修羅ゴッドイーターとなったとんぬらは、鉄扇に虹色の光を集わせ、

 

「さあ、さっさと『雷の珠』を落としてもらおうか! ――『パルプンテ』ッ!!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 金が欲しい……っ!

 

 まとまった額の金が必要だ。

 駄女神が作ってくれた億を超える借金のおかげで、毎回、クエストの報酬金が半分以上返済のために天引きされている現状。そろそろ冬であり、気温が下がっていく中で馬小屋生活を続けるのは命にかかわる問題だ。今朝なんて目が覚めたら、睫毛が凍っていたという始末。

 他の冒険者はすでに宿屋で部屋を借りて寝泊まりしているというのに、このまま馬小屋の寝床で本格的に冬を迎えたら、終わりだ。朝になってたら凍死していても何ら不思議ではない。魔王を倒して帰るどころの話ではない。

 

 だが、冬になるとお手頃な弱いモンスターのほとんどは冬眠してしまい、活動しているのは過酷な環境下でも生存できるほど手強いモノばかり。

 駆け出しの街の、素人に毛が生えた程度の冒険者に、冬のモンスター討伐クエストは自殺行為も同然で……つまり、金を稼ぐ手段が見つからないのだ。

 

「報酬は良いのばかりだが、本気でろくなクエストが残ってないな。何かほかに新しいのは……お?」

 

 と頭を抱えたとき、仕事の募集から、今日、新しく掲示板に貼り出されたであろうひとつのクエストを見つけた。

 

「なあ、この雪精討伐って何だ? 名前からしてそんなに強そうに聞こえないんだけど」

 

 雪精を一匹討伐する毎に、10万エリス。

 今は冬眠中だが『アクセル』で最もお手軽なジャイアント・トードが、5000エリスであるから、雪精一匹は、あの打撃には滅法強い巨大蛙20体分と同等と考えると、随分と高額な報酬金だ。

 それでいて、名前的に一撃熊や白狼ほど強そうではない。

 念のために、パーティで最も知力の高い、里一番の天才魔法使い・めぐみんに話を聞いてみると、

 

「雪精はとても弱いモンスターです。雪深い雪原に多くいると言われ、剣で斬れば簡単に四散させることができます。そんな『エレメンタルナイト』に全く需要のない最弱な雪精を使い魔にしている変わり者もいますが、それ単体は脅威ではありません。ですが……」

 

 何か言いかけたが、そこで女神様なプリースト・アクアが横から剝がしたクエスト受注の張り紙を覗き込んできた。

 

「雪精の討伐? 雪精は、特に人に危害を与えるモンスターってわけじゃないけれども、一匹倒す毎に春が半日早く来るって言われるモンスターよ」

 

 なるほど、春が待ち遠しい人たちから依頼されて、弱いモンスターなのに討伐対象にされているのか。

 

 その仕事を受けるなら私も準備してくるわね、と早速、気の早い猪突猛進なアクアはどこかへ行ってしまう。

 めぐみんも雪精討伐のクエストを受けることに文句はないようで、問題は、痛くて気持ちいい強敵との戦いを求める街一番硬い聖騎士だが……

 

「雪精か……」

 

 何故かダクネスはちょっと嬉しそうにしていた。

 そこはかとなく嫌な予感がしたが、今は金だ。こうして、カズマパーティの今日のクエストは雪精討伐に決定した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 街から離れた場所にある山近い平原。

 『アクセル』にはまだ雪が降っていないが、この地帯は一面真っ白に雪で覆われていた。

 この世界に来て初めて挑むことになる、厳しい冬の雪原地帯。

 

 なのだが……

 

「……お前ら、その格好どうにかならんのか」

 

 こっちが笠地蔵よろしくな防寒スタイルできたのに、今日の女神様の格好は、普段着で捕虫網といくつかの小さな瓶を抱えたもの。冬場なのに、夏休みの昆虫採集に張り切る子供のようだ。

 しかし、突っ込んだら逆にアホの子を見られるように見返された。

 

「これで雪精を捕まえて、この小瓶の中に入れておくの! で、そのまま飲み物と一緒に箱にでも入れておけば、いつでもキンキンのネロイドが飲めるって考えよ! つまり、冷蔵庫を作ろうってわけ! どう? 頭いいでしょう!」

 

 もう早速、オチが読めたが、放置でいいだろう。

 そして、もうひとり、

 

「お前、鎧はどうした」

 

「修理中だ」

 

「ああ、こないだ魔王の幹部に鎧をボロボロにされてたからなあ……でも、そんな恰好で大丈夫なのか? ……まあ、雪精は攻撃してはこないみたいだけど」

 

 パーティの壁役のダクネスは、大剣を肩にかけているが、鎧は装備せず私服姿。黒のタイトスカートに黒シャツのみと見るからに寒そうな格好である。こんなの罰ゲームでもない限りやらないところであるが、

 

「大丈夫だ、問題ない。ちょっと寒いが、我慢大会みたいでそれもまた……」

 

 興奮から自家発熱するドMには平気なようである。

 冬の雪原に向かうのに、自分以外でまともだと思える格好をしているのは、もこもこの温かそうなケープを羽織ってるめぐみんだけのようだ。

 

「あれが、雪精ですよカズマ」

 

 彼女が長杖で指す方を見やれば、雪原のそこかしこに、白くてフワフワした大福のようなものが漂っていることに気付く。

 あの見るからに無害そうな丸い塊が、一匹につき10万エリスの褒賞がかけられている雪精か。

 

「本当に、簡単に倒せそうだな」

 

 ますます雪精の報酬の高さが気になってくる。

 クエストは、報酬が高額でも、必ずしも対象のモンスターが強いとは限らない。

 森の奥に生息しているとされる凶悪で肉食の一撃ウサギは、人里にそう滅多に出てこないことからギルドの報酬対象から外されている。

 その一方で、人や家畜を積極的に襲ってくるゴブリンは単体では弱くても、一匹2万エリスの報酬がもらえる。

 そう考えると、この弱くて、基本無害な雪精はどうして10万エリスなどという値が付けられているのだろうか。

 

 

「めぐみん、ダクネス! そっちに逃げたのを頼む! くそっ、チョロチョロと!」

 

 同極の磁石のように近づくとその分、こちらから素早く離れる雪精。

 攻撃を当てるのはなかなか難しい作業で、複数で逃げ道を塞ぐように囲まなければならない。でも、弱い。ショートソードで軽く切りつけただけで倒せてしまう。

 おかげで、もう3匹目を倒したので、30万も報酬金を獲得したことになる。

 

「4匹目の雪精捕ったー! カズマ、見て見て! 大漁よ!」

 

 虫取り女神も好調なようで、腰に付けた小瓶に雪精をギュっギュッと詰めてる。これは剣よりもリーチのありそうな捕虫網の方が雪精には向いていたのかもしれない。

 他にもダクネスとふたりで追い回して、杖で叩いてめぐみんが1匹を仕留めた。……もしあまり討伐数が稼げなかったら、アクアが捕獲した分も退治しておこう。

 

 とはいえ。

 

「まだ一時間と経ってないのに、40万エリスも稼いでるぞ。何だよ、冬の討伐美味し過ぎるだろ。……しっかし、なんでこんな弱くて美味しい雪精討伐を誰もやらないんだ?」

 

 白狼や一撃熊に遭遇する危険性を考慮して、常に『敵感知』スキルを働かせて、反応があればすぐ逃げられるようにしてるが、今のところ危険を覚えることもない。

 

「カズマ、私とダクネスで追い回しても、すばしっこくて当てられません……。爆裂魔法で辺り一面をぶっ飛ばしても良いですか?」

 

「おし、辺りに強そうなモンスターもいなさそうだしな、頼むよめぐみん。まとめて一掃してくれ」

 

 指示を出すと、爆裂魔法使いは待ってましたと言わんばかりに嬉々として詠唱をはじめ、

 

 

「――下がれ雪精っ!!」

 

 

 響いたその一喝に、これまで近づかない限りフワフワと風の流れるままに漂っていた雪精が、統率された軍隊のようにカズマパーティから離れていく。

 山の方から現れ、雪精の群れに号令をかけたのは、一撃熊と思しき毛皮を肩にかけている仮面の少年。

 

「とんぬら……?」

 

 雪精を逆巻く風に引き付けるように従えるものは、カズマも知る人物。

 めぐみんからは紅魔族の変異種などと呼ばれるくらい魔法使いらしからぬ戦闘スタイルで、ダクネスからドMの同士と思われるくらい不幸体質な苦労人で、そして、アクアから信者と思われているがまともな年下の少年。

 

 これはちょうどいい。雪精討伐は追い込み漁のようなもので人数が増える分やりやすくなる。

 

「おーい、とんぬらー! お前も雪精討伐に来たのかー?」

 

 だったら一緒にやらないか? と誘いをかけようとするが、そのとき、カズマの『敵感知』スキルに反応。とんぬらの瞳が赤く、紅魔族の体質で攻撃色が灯っていることに気付き、思わず口を噤んでしまう。

 

「……いや、俺が撃退するのは、雪精ではなく、雪精を討伐しに来た冒険者の方だ」

 

「はあ!?」

 

 冗談かと思いたかったが、向こうは得物である鉄扇を構えた。

 

「おいアクア! いくら借金返済のためとはいえ、お前があんなギルドのど真ん中で土下座脅迫して、1億5000万も遠慮なく強請り取るから!」

 

「そりゃ私も後で信者の子に悪いと思ったけど、私は仮にも女神よ! なのに毎日毎日馬小屋生活なんてさせて、私に贅沢させてくれないし! カズマのせいで鬱憤が溜まってたのよ! もっと私を称えてよ! 敬ってよ! 褒めて褒めて、甘やかしてよ! ギルドの皆で、流石ですね女神様って言って尊敬してよ!」

 

「この構ってちゃんのクソバカが! お前がそんなんだから唯一信者でもないのに甘えさせてくれたとんぬらにも見限られんだろ!」

 

 駄女神と言い争いを始めると、否、ととんぬらは手のひらを向けてきた。

 

「兄ちゃんらには魔王幹部の戦いの時に助けられた恩がある。早急に金策を立てたい事情は理解している。ゆんゆんもそうだが、俺も同情している。だから、特別報酬を返せなどとは言わないし、お願いされずともあの戦闘に参加して、被害を出してしまった冒険者として、いくらかは正門修復費用の寄付へ充てていたつもりだ」

 

「そ、そうか……」

 

 実は結構こっちも悪いと思っていたので、そう言ってくれるのは気が休まる所であるも、現在における彼の立ち位置は変わっていない。

 

「しかし、ギルドのクエストとは別だが今の俺はこの雪精の用心棒を請け負っている」

 

 まさか動物愛護団体の慈善事業みたいに、雪精保護を買って出ているのだろうか。

 

「風がざわついているな……将軍様が来る前に片を付けたい。早々に雪精討伐から退かなければ、俺が兄ちゃんたちを討たせてもらうぞ」

 

「っ!」

 

 とんぬらと争いたくないし、できればその警告を聞き入れてやりたいが、まだ40万しか稼いでいない。1億5000万と5000エリスの借りがあるとはいえ、借金額が洒落にならないくらいあるのだ。

 最低でも100万以上は稼がないと、こっちも引き下がれない。

 

「『雪月花・猫足』!」

 

 とんぬらが雪原を滑るようにこちらへ高速接近してくる。

 

「ダクネス! とんぬらを押さえてくれ!」

 

「ああ、わかったカズマ」

 

 とにかくここは説得する時間を稼ぐためにも、問答無用で迫るとんぬらを『クルセイダー』のダクネスに止めてもらう!

 

「わかってくれとは言わん。だが、とんぬら、こっちにも事情があるんだ」

 

「だからって、こんなバカなことをするのを見過ごせるわけがないだろう!」

 

 どちらも譲れぬ両者。

 

「ふっ、こんな時に言っては何だが、一度とんぬらとは手合わせしたいと思っていたところだ」

 

「いいえ、お断りします。魔王幹部でも面倒くさがったダクネスさんとまともにやり合いたくないので――『雪月花』!」

 

 普通に考えれば、近接戦で『アークウィザード』よりも『クルセイダー』の方が、勝率が高いと思われるも……

 

「なっ!? 私の上を跳んだだと!?」

 

 待ち構える聖騎士へ衝突する、その間際、『氷彫刻』スキルを飛ばして成形したジャンプ台から、スノボー競技の要領で、ワイルドキャット(バックフリップ)。壁役のダクネスの上をとんぬらは跳び越えてみせた。

 弁慶を相手した牛若丸の如く身軽に、後方宙返り。

 

「っ! 待て――あぐっ」

 

 華麗にサマーソルトを決めたとんぬらは、天地逆さな姿勢から顔を上げて見下ろすダクネスへ向けて、鉄扇を軍配のように振るって、統率された雪精たちを聖騎士の足元へ集中させる。

 途端、腕を伸ばして追いすがろうとしたダクネスはベチン! と顔面から派手にすっ転んだ。

 

 ダクネスが立っている周囲の地面が氷結させられていた。

 

 氷に足を滑らしたダクネスは、起き上がる事すらも困難のようで、街一番硬い『クルセイダー』はあっさりと突破させられてしまった。

 

「くぅ、とんぬらめ! ぶつかると思った寸前に避けるとは! お預けプレイなどと高尚な真似を……!」

 

 ヤバい。相変わらずドM女騎士の頭もヤバいが、こっちもヤバい。

 壁役の『クルセイダー』が機能しなくなったら、このパーティは脆い。雑魚モンスターとされる巨大蛙に全滅しかねないほどに。

 そして、まず真っ先に向こうが狙ってくるのは、カズマパーティの最大火力で、良く知る同郷の『アークウィザード』。

 

「もしも私に指一本でも触れたら、ゆんゆんにとんぬらから乱暴されたと言いつけますからね!」

 

「あんたは本当、俺のイヤがるところを的確についてくるよな!」

 

「私だって、爆裂魔法をお預けされたんです。あと少しでたくさんの雪精を巻き込む爆裂ができると思ったのに、とんぬらに中断され……ええ、今からでも撃ち込んでやりますよ!」

 

「だから、真っ先に潰さないといけないほどめぐみんは危険なんだよ。実際に見たことがあるくせに、舐めすぎだろこの天才バカ! 里の大人達でも喧嘩を売らんというのに!」

 

 めぐみんの下へ滑走しながらとんぬらは一時鉄扇を仕舞い、腰のポーチから数種の薬草を取り出し、それを手合わせで磨り潰し混ぜる。

 『錬金術』スキルの即興調合。

 構わず爆裂魔法の詠唱を始めようと大きく息を吸い込んだめぐみんへ向け、出来上がった粉末を吹いて、さらに引き抜いた鉄扇を扇いで飛ばす。

 

「『エクスプロー――じょふっ!?」

 

 風に乗った『おかしな薬』を浴びためぐみんは、大きくくしゃみをして詠唱を中断。そのまま目を回して卒倒してしまった。

 

「次はこっちか!?」

 

 注文通りめぐみんを指一本使わずに倒したとんぬらの赤い眼光が、こっちへ向けられた。

 とんぬらが今どれくらいのレベルなのかは知らないが格上なのは確かだ。というより、カズマよりもレベルの低い冒険者がそういるとは思えない。

 

 しかし、一度、高レベルの『ソードマスター』を倒して見せた必勝戦法がある。

 

「悪く思うなよ! ――『スティール』ッ!」

 

 『窃盗』スキル発動の閃光が瞬き、そして、カズマが突き出した手には、見事、とんぬらの鉄扇が乗っていた。

 得物を回収した。これで、どうにか……と踏ん張り切れずバランスが崩れ、がっくんと前のめりに倒れた。

 

「っぐぉー! 重っ!? すげぇ重いぞこれっ!?」

 

 見た目の割に重い鉄扇。いつも片手で巧みに操ったり、軽々と投げてたりしたが、とても冒険者の中では非力なカズマが突き出した片手で持てそうなものではなかった。ミツルギの大きな魔剣は見るからに重そうだったから心の準備はしていたが、これはあまりに予想外だった。大剣ほどとは言わないが、普通にカズマの持ってるショートソードより重い。

 重力に従って、鉄扇を掴み取った右手は、地面を殴りつけるかのように落ちたが、幸い下は雪原で拳を痛めることはなかった。

 

「悪いな、兄ちゃん。今の俺はこれくらいでないと物足りないんだ」

 

 そういって、とんぬらは予め手首に巻き付けておいたミスリル製のワイヤーギミックに魔力を篭めて引き戻し、カズマの手から離れた相棒を手元に回収する。

 

 そして、カズマパーティを三人抜きしたとんぬらは、最後のひとり、アクアの下へと向かう。

 

「アクア様、捕まえた雪精を解放してください」

 

「だ、ダメよ、この子たちは持って帰って家の冷蔵庫にするの! 夏場でもキンキンに冷えたネロイドが飲めるように……。ほら、もうこの子たちに名前を付けてて……ね、ねぇ、とんぬらはカズマのように、私にヒドいことはしないわよね? ね?」

 

 媚びた感じに、両手を合わせたお願いのポーズを取る水の女神様であるが、

 

「いいから、とっとと捕まえた雪精を解放してください! 時間がないんです!」

 

 お願いも突っぱねられたアクアが、ガーン! と効果音が聴こえてきそうなほどショックを受けた表情で、泣き叫ぶ。

 

「反抗期!? 私の信者に反抗期が来ちゃったの!? いやー! この子は大事に育てて、夏になったら氷をいっぱい作ってもらうのよ。そして、この子と一緒にかき氷の屋台を出すの! 夏場の寝苦しい夜には一緒に寝て……!」

 

「わかったわかった。夏になったら俺からお願いして雪精を貸し出しますから! 早くその雪精らは解放して! じゃないと来ますよ本当に! これは脅しじゃないんです!」

 

 何故か焦ってる様子のとんぬらがついにアクアに手を伸ばそうとしたところで、待ったをかけた。

 

「とんぬら、頼む! 見逃してくれ! この冬の季節に、雪精討伐のような安全でお手軽なクエストは他にないんだよ!」

 

 すると、とんぬらはギョッとした目でこっちを見てきた。

 

「雪精討伐が安全でお手軽なクエスト? おい、まさか、兄ちゃんは何も知らないでクエストを受けたのか? 雪精討伐なんて、命知らずか世間知らずしか受けない、今の『アクセル』で一番危険なクエストだぞ!?」

 

「え……?」

 

 どうして教えてないんだ! と責めるようにカズマ以外のパーティの面々を睨んでくる様子に、ようやく思い違いをしていたことに気付いた。

 

 とんぬらが警告を発していたのは、雪精を守るためというより、バカなことをしてる自分たちのため。

 そう、赤信号なのに横断歩道を渡ろうとするのを、強引にでも腕を捕まえて、引き戻してやるように、実力行使に出た。目が赤くなっていたのも敵意から興奮していたのではなく、焦燥から。

 

「っ! 来てしまったか!」

 

 不意にとんぬらが視線を逸らし、険しい表情を作る。

 突如湧き出るように出現したそれは、出現が急過ぎて、『敵感知』スキルで逃げることなどできなかった。

 

「……カズマ。何故冬になると、冒険者たちがクエストを受けなくなるのか。その理由を教えてあげるわ」

 

 

 そのときになって、アクアが語ってくれた。

 日本の冬の風物詩の名を冠する、雪精たちの主、『冬将軍』

 この世界に転生してきたチート持ちの日本人によってイメージ像が形成された冬の精霊は、国から特別指定されるほどの超級のモンスターだと。

 魔王幹部のベルディアよりもかけられている懸賞金の額は低くて2億エリスであるも、雪精にさえ手を出さなければ無害であるのにこれは破格。その強さは超級に相応しいモノで、爆裂魔法でさえも倒せないほど魔法防御力が半端ない精霊の王なのだと。

 わかりやすくゲームで譬えれば、『冬将軍』は裏ボスのような存在だ。

 

「バカッ! このクソッたれな世界の連中は、人も食い物もモンスターも、みんな揃って大バカだ!!」

 

 もう日本人として叫びたかったが、血相をかけたとんぬらに叱られた。

 

「何やってんだ兄ちゃん! いいから早くショートソードを離せ! 『冬将軍』に絶対に敵意を向けちゃダメだ!」

 

「す、すまんとんぬら!」

 

 慌ててショートソードを投げ捨てる。見れば、向こうでダクネスが対決したがっているが、足が滑ってうまく立てないようで、それがちょうど頭を地面に擦り付けるような格好となっている。

 昏倒しているめぐみんもうまい具合に平伏しており、そして、アクアも、

 

「DOGEZAよ! DOGEZAをするの! 早く謝りましょ!」

 

 女神などというプライドなどどこかへ投げ捨てて、綺麗な土下座をしていた。

 

「鎮まりたまえー『冬将軍』っ! この通り、雪精は解放する!」

 

 それからとんぬらがアクアが腰に付けた小瓶と、それから隠し持っていた雪精も逃がして、『冬将軍』と取り成してくれたおかげで、刀の柄に手を掛けたものの鞘から抜き放つことはなく、裏ボスな超級モンスターは何処へと立ち去ってくれた。

 

 本当に殺されるところだった。

 盛大な誤解をしていた初心者も見捨てず、強引に赤信号から救い出してくれた命の恩人にもまた、深く土下座をし、

 

「とんぬら、改めてありがとう。感謝するよ、本当に。どのくらい感謝しているかといえば、これからの人生で『尊敬する人は?』と聞かれたなら、とんぬらですと即答するくらいに感謝してる」

 

「それは普通にやめてくれ兄ちゃん。こっちも改めてあんたが切羽詰まってるのもわかったし、俺も何か金策がないかと考えるから」

 

 ああ、本当に、できた人間だ。

 とんぬらがパーティの誰かと交換移籍してくれないかと真剣に思った冬の日であった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ああああ……! うわああああ……! こんなに敵わないと思ったのは初めてだあああ……!」

 

 このどうしようもない絶望に打ちひしがれたとんぬらが店内で四つん這いになって、真っ白になった。

 それを申し訳なさと、これほどのオーバーリアクションをとられることに対する不満が半々となった表情を浮かべながら、ウィズ店長は弁明を述べる。

 

「私がいない間、とんぬら君たちがすっごく頑張って、黒字を出してくれたのは本当に感謝してるんですよ? でもですね、やはりひょいざぶろーさんの作品は素晴らしいものばかりなんです! まとまったお金も入りましたし、ひょいざぶろーさんが手掛けた魔道具を全部あるだけ買い取らせてもらって……ちょっと予算がオーバーして、店の今月分の家賃も怪しくなってきましたけど。品質は最高です。きっと売れます! ほら、たとえばこのマジックポーション! これはなんと『パラライズ』の威力と効果範囲を問答無用で強化するポーションなんです!」

 

「どうせ、問答無用っていうくらいですから、『パラライズ』を唱えた魔法使いも一緒になって痺れるんでしょう? 地雷ですよその魔道具! こんなの売り出すにも申し訳なくなって客には勧められません! 良心が咎めます!」

 

「そんな!?」

 

 帰ってきた店長と入れ替わるように王都に出張したり、雪山に篭ったりとこの一週間ほど『アクセル』から離れていたとんぬらだったが、帰ってきたら、ウィズ店長が先月の黒字分を早速使い込み、たった一週間目を離しただけで赤字になっていた。

 きっと、帰ってきた自分にあっと驚かせて見せようと思ったのだろう。

 確かにあっと驚いた。

 店内がクセの強すぎる商品で一新されていたのには。しかもそれを仕入れるために黒字が全部使い潰されてしまったことを。その後、あああああっ、と嘆くとんぬらである。何だろう、この店にデュラハンでもやって来て、『この店は一週間後に赤字(しぬ)!』とでも死の宣告でもかけたりしたのだろうか。

 折角、勇者の力を借りて討った(売った)強敵(商品)だったというのに、類い稀な店長の商売センスのおかげでより強力になって復活した。

 これはどうやら亜神よりも手強い強敵らしい。

 

「勇者でも倒せないとは……もう、これは悪魔の力を借りないとダメなのか」

 

 脳裏になんだかんだで世話焼きな上位悪魔ホーストの鼻を擦る顔が浮かぶも、宿敵(とも)でもダメだろうこれは。公爵級の最上位悪魔でも連れてこないと無理だ。

 

「いや、まだだ! 諦めるな紅魔族随一の神主代行の異名に懸けて、打開策を講じるんだ! ……ああ、でも、売れてもまた新たな強敵が店に並ぶイメージしか湧かない。きっと今度は魔王幹部級のボスラッシュが始まるんだ……」

 

「そ、そんなに悲観しないでくださいとんぬら君。ほら、お詫びに出張先でダンジョン造りの参考に見に行ったときにもらった『すごろく券』を二枚あげちゃいます!」

 

 

 その後、ウィズ店長からの励ましの言葉をもらい、少しずつ持ち直してきたとんぬらは、店長にお願いして、この魔道具屋にある錬金釜を貸してもらうことにした。

 現在、師匠から譲り受けた錬金釜はスキルアップポーションの熟成に使っている。それに、この作業はあまり家で行いたくない。

 

「……よし、やるか」

 

 歴代の猫耳神社の神主たちの中には、『悟りの書』に記された『『水のリング』と『炎のリング』』を自分で造ってみようと試みた者がいた。

 それの成功例として残されたレシピ内容が、『亜神の核を極低温で凝固させ、それから……を加える』という最後の方が、字が掠れていて読めなかったが、とにかくやってみる。

 

「風雲の亜神を撃破して手に入れた『雷の珠』。それから雪精を守護した報恩に『冬将軍』から頂いた『氷の結晶』を錬金釜に入れて、『錬金術』スキル発動!」

 

 魔力を篭め、釜の中の材料が混ざり合わせるように、魔力の流れを制御する。

 そのまま数時間、作業に集中しながらも、高い知能を持った紅魔族の並列思考でこの店の今後について考える。

 

「どうしよう、本当に……こうなったら、俺も『錬金術』スキルをフル活用して、これまで考案した俺のオリジナルチーズレシピで、本格的に売り上げに貢献しよう。原材料は安くて、作製時間も短時間、冬場にホットで体もあったまる暖温効果付きの激辛チーズはきっと流行するはず! そして、どうにかギリギリ売れそうなのとセットで買うとお得感を出して…………あ」

 

 考え事してると自然と体が動いてしまう性質なとんぬらは、味付けするように『雷の珠』と『氷の結晶』を溶け込ませてる錬金釜の中に、この魔道具店の店主考案のオリジナルレシピの粉末『おかしな薬』を投入してしまっていた。

 

「しまった!? 事故ってしまったぞ!? 早く分離しないと……! でも、どうやって……いや、まずはいったん止めて…………あれ。もしかして、できたのか?」

 

 慌てて作業を中断しようかとするとんぬらだったが、釜の中身が、急激に凝固圧縮し始める。一体どんな化学反応が起こったのだろうか。言えるのは、魔道具センスのおかしい店長の独創レシピが最後の一押しとなって、調合完了してしまったということ。

 

「………」

 

 とんぬらは釜の中に転がっている、出来上がった蒼白い精霊石を拾い上げた。優れた紅魔族の魔力感性で、予想していたもの以上の魔力の波動を覚える。

 

「……うん。少しくらい、ウィズ店長のセンスを信じてみよう」

 

 そして、とんぬらは鍛冶屋にオーダーしたミスリル銀製のリングをポケットから取り出し……

 

 

 ♢♢♢

 

 

「よし。スキルアップポーション、熟成完了だ」

 

 自室兼錬金術のアトリエに置かれる錬金釜の色を見て、とんぬらは会心の笑みを浮かべる。どうやら、まだまだ試行錯誤の余地はあるけれど、里の特産品製造は中々熟達してきた。

 

「とんぬら、それじゃあ……」

 

「待て、ゆんゆん」

 

 頬を火照らせたように紅潮させながら期待するような眼差しを送ってくるパートナーの少女を手で制する。

 

「確か、この一週間でレベル上がったんだろ?」

 

「ええ、とんぬらがいない間にも、クレメアさんとフィオさん、それからゲレゲレと一緒にちゃんと修行してたもの」

 

 ここ一週間、別行動を取っていたゆんゆんは、ゲレゲレを連れて、以前パーティを組んだことのあるクレメアとフィオとでクエストをしていた。

 前衛、遊撃手、後衛の揃った面子は安定していて、多少手を出すのも躊躇うような難易度の高いクエストでもやれたのだろう。

 とはいえ、あれだけ人付き合いの苦手だった彼女が、自身の援助なしに誰かとパーティが組めるようになるなんて……少し涙腺が緩むような実感を覚えるとんぬらである。

 

「そうか。これが、巣立ちを見送る親鳥の気持ちなんだな……」

 

「どうしたのよ、いきなり」

 

「いや、何でもない。それでだな、スキルポイントも増えてるわけだし、“隠し味”は、やめないか? もうこんなことしなくても2ポイントあれば十分溜まるだろ」

 

「だ、ダメよ! もったいない! 折角…スキルポイントが1ポイント増えるのに」

 

 目を赤く光らせ、拳をぎゅっと握る断固反対のポーズを取るゆんゆんに、とんぬらは頬をかきながら、

 

「まあ、そうなんだが……でも、()()()を“隠し味”にするのはイヤじゃないのか?」

 

「ううん、全っ然! むしろ、とんぬらの、だと思えば、すごく飲み易くなるわよ!」

 

 いや、効能は上がっても、味が苦いのには変わってなかったはず。

 まあ、心理的なものなのかもしれない。ちょっとした冗談のつもりでこの思い付きを提案してみたら、凄い食いつきようで発想を支持されて、試しにやったことだが、思いの外彼女には好評らしい。

 

(まさか、ヴァンパイアにしてしまう副作用があったりするのか……?)

 

 若干、心配になりつつも、ナイフで軽く切った指先から血を数滴、出来上がったスキルアップポーションに落とす。

 現状、人型時のとんぬらの身体はドラゴンではなく、人間と言えるものだが、ドラゴンの特性も持ち合わせている。いわゆるドラゴンハーフに近しいもの。だからか、スキルアップポーションの原材料であるドラゴンの血と、親和性が高いのかもしれないと睨んでいる。

 

(それから、効果が上がったのは、ゆんゆんが俺と契約した『ドラゴン使い』だからなのか……?)

 

 それを確かめるには隠し味を施したスキルアップポーションを他人に飲ませるのが手っ取り早いが、流石に自分の血を入れたものを飲ませるのは敷居が高いだろう。事情を知って、了承してくれてるゆんゆんにでさえ、遠慮してしまうというのに。

 そんなこんなを考えてるうちに、ゆんゆんは隠し味入りスキルアップポーションをゆっくりと味わうように嚥下して、飲み終わる。

 目を瞑り、胸に手を当て、身体の裡から上がってくる感覚を覚えながら、無言で赤く光ったままの目を開き、冒険者カードを見る。

 

「やった、わ……3ポイント、あがってる……これで……!」

 

 喜びを噛みしめてるゆんゆんを、何も言わずとんぬらは見つめる。

 

 中級魔法を覚えて、学校を卒業。

 半人前の烙印を押されながらも、半年間、里の中で修練を積んで、

 それから里を出て、水と温泉の都を巡り、この駆け出し冒険者の街に辿り着く。猛毒にやられ死にかけたりと大変な目に遭いながらも成長してきた彼女は、また、寄り道して貯めていたスキルポイントを消費してしまったけれど、ようやく。

 中級魔法を覚えてから、まだ一年と経ていないが、努力を怠らなかった族長の娘はついに、紅魔族の一人前の証である、上級魔法を習得することができた。

 

(これで、里で卒業したのに上級魔法を覚えていない異端児は、俺とめぐみんだけになったか……いや、ゆんゆんは最初から上級魔法を覚えようとしていたんだから一緒にするのは失礼か)

 

 そして、彼女に多大な苦労をかけてしまったとんぬらは懐に手を忍ばせ、今日、どうにか間に合った、出来上がったばかりのものを取り出す。

 生憎と洒落たラッピングや小箱までは用意できなかったが、そのあたりは勘弁してほしい。

 冒険者カードを操作し、上級魔法を習得したゆんゆんに、とんぬらはコホンと咳払いをして、

 

「あー……まずは、おめでとうゆんゆん。これで晴れて族長としてきちんと里の皆に認められるようになった。本当におめでとう」

 

「うん、うん。ありがとう、とんぬら。あなたのおかげよ」

 

「いや、頑張ったのはゆんゆんだ。それに俺は色々と迷惑もかけちまったからな」

 

「そんな! 私はとんぬらの応援があったから」

 

「わかったわかった。まあ……それで、だな。めでたく上級魔法スキルを覚え、一人前の紅魔族になった記念に、ゆんゆんにプレゼントを用意してみた。ほら、この前、魔王幹部の祝勝会の時に欲しいって言ってただろ?」

 

 とんぬらが差し出したのは、蒼白い稲妻が封入されてるかのように煌く玉が埋め込まれた指輪。

 

「覚えておいて、くれたの?」

 

「ああ、もちろん。ちゃんと無視せず話を聞くと約束しているからな。……まあ、特別報酬を寄付して、残った全員に分配された分の賞金だけではリングしか用意できなかったからな。飾りの宝石の方は自前の『錬金術』スキルで補填してみた。名づけるなら、『雷のリング』ってとこだ」

 

 今は視線を合わせるのすらもむずがるようにそっぽを向いている少年は視界の端で、感極まった顔の前に重ねた両手を当てる少女の目から嬉し涙がポロポロと出てくるのを、捉えて、

 

「里の職人と比べれば不格好だろうが、そこは我慢してくれ」

 

「ううん……。すごく…嬉しいよ…とんぬら」

 

「そうか。……努力賞くらいは取れて安心した。じゃあ…………付けるか?」

 

「うん!」

 

 それから手を乗せろというように手のひらを差し出すと、ゆんゆんは左手を差し出――そうとしたので、その前にとんぬらは右手を捕まえておいた。

 そして、あれ? と小首を傾げるゆんゆんへ、とんぬらははっきりと言っておく。

 

「紅魔族の一人前にはなったが、まだ成人したわけじゃないだろ。子供にそれは早い」

 

 できるだけ延長をお願いしたいところであるが、ゆんゆんが上級魔法を覚えたからには一度里に帰って族長に挨拶しに行かなければならないだろう。手紙で催促されているわけだし。

 だが、里帰りしたときに、指輪を左手薬指に嵌めてるのでも里の人間、族長に見られたら、大変になるので、とんぬらはせめて嵌めるのは右手人差し指にして欲しいとゆんゆんに嘆願した。

 

「……じゃあ、大人になったら……いいのね」

 

 その言葉に、とんぬらが頷く。

 

(色々と手遅れかもしれないが、成人になるまでは一線を引くと決めたんだから)

 

 果たしてこの少年の健闘は報われるのだろうか……!

 

 

 だが、そのとき、とんぬらはうっかりしていた。

 めぐみんがいないことに安堵してしまい、いざというとき以外はわりと思った通りに事が運べない『不幸』であることを失念していた。

 手紙を出すのは何も密告者だけの特権ではないということを。

 

 当事者に口封じをすることを忘れたことを、里に帰還したときにやっと気づくことになる。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「おお、これは珍しい娘からの手紙が来るとは……ほう、ついに上級魔法を覚えたか。思っていたよりも時間がかかったようだが、一年以内に習得するとはなかなかに早い方だ。それに……ほうほう! 彼から指輪をもらったと! ――よし、里の皆に回覧板を回そう!」


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